3-2 お願い
夜になって、クラリッサはセツトが伝えた通りにホテルの部屋にやってきた。
昼間もいた護衛2人の他に、いかにも上品そうな女性がもう一人一緒だ。クラリッサよりもやや明るい茶褐色の髪をしている。顔の造作もよく似ていた。姉妹だろうな、とセツトは推測した。
「クラリッサの姉、アーデルハイトともうしますわ~」
その人物が名乗った。やはり姉だった。
クラリッサの腹芸ができなさそうな雰囲気とはうって変わって、こちらは表情がぽややんとしていて何を考えているかよくわからない、すべてのセリフの最後に波線が付きそうな間延びした雰囲気がある。
「キティよ、よろしく」
キティたちも改めて自己紹介をした。
<黒銀の栄光>側のメンバーは、キティ、セツトに加えて一応の護衛役としてミツキの3名である。
「さて、それで、あんたたちが頼みたい仕事ってのはなんだい?」
「私たちの国から、連邦を追い出して欲しいの」
クラリッサはそう切り出した。
「帝国軍にでも頼みなさいよ」
キティは一言で切って捨てた。
「帝国軍が来るには連邦に近すぎるもの!」
「ふぅん。でも連邦はあんたの国のお友達なんじゃなかったかい?」
「……」
クラリッサは黙ってしまった。
「クララちゃん、それじゃあお話にならないわよ~」
代わりに口を開いたのはアーデルハイトであった。
「まずは、なぜ私たちがここにいるのかというところからお話させていただきますわ」
そう口火を切って、アーデルハイトの事情説明が始まった。
「まず、つい2か月ほど前に、私と連邦の有力家系の一員との婚約が決まりまして」
「ブタみたいな少将なの」
クラリッサの合いの手が入った。
「ただ、クララちゃんはその婚約に不満らしいの」
「だって連邦はうちの国から何でもかんでも奪っていくだけじゃない」
「それでクララちゃんは、私を連れて家出してきたのよ」
「お姉ちゃんが国に居なければ、婚約以上には進めないわ!」
家出。セツトにはなじみ深いワードである。
「それで、何を僕らにしてほしいんです?」
セツトはアーデルハイトに聞いた。妹より姉の方がちゃんと話ができそうだった。
「私たちの星系には、ずっと昔からあった一つの遺跡があるのですけれど、連邦の方々はそれを手に入れたがっているのよ」
「どういう遺跡なんです?」
手に入れたい、ということは役に立つ遺跡ということだ。もしかしたらレガリアが眠っている遺跡ということもあるだろうか。
「要塞ですわよ」
「……要塞」
「星々の間を駆け巡ることができる移動要塞だと伝えられているのよ」
「大きさと、戦闘能力についてはご存じですか?」
超空間航行可能なものだとすると、それが重要になってくる。
「大きさは、直径でだいたい15キロメートル。それ以外のことは分からないわ」
巨大だ。既存のどんな戦闘艦よりも10倍以上大きい。というかそんな大きいものが超空間航行できるんだろうか。
「使えるんですか?」
「ず~っと昔からの言い伝えで、ベルンシュタイン王家が起動できるって言われていたけれど、実は全くできませんでしたのよ」
それを連邦が欲しがっている。
セツトの脳裏に浮かんだのはディートリヒが乗っていたつぎはぎレガリアのことだった。あのとき、連邦軍の者たちは、壊れて動かないレガリアを動くようにしてしまったのだ。
あの技術はもしかして要塞にも適用可能なのではないだろうか。
セツトはチラリとキティを見たが、キティは興味なさげにしていた。
「もしかして、連邦がその要塞を手に入れるのを妨害してほしい、とかですか?」
セツトは話の流れを推測した。
「そうよ!」
クラリッサが元気よく身を乗り出してきた。
「あの要塞を破壊してほしいの! そうしたら連邦の注目や要求もなくなるわ!」
「破壊……」
できるのだろうか、そんなこと。
ふぅ、とキティが息を吐いた。
「無理よ」
返答はにべもなかった。
「報酬なら何とかするから!」
「報酬の問題じゃないわよ。いいこと、あたしたちは海賊。軍隊でもなければテロリストでもない。そういう破壊工作はどこかの傭兵に頼むことね」
「……つてがあるところはどこも受けてくれなかったのよ」
「でしょうね」
「もう他に頼めるところがないの!」
「だからってあたしたちが受ける義理はないわ」
キティの返答は冷たいが、セツトもそれは同感だった。
破壊という内容はさておき、その後に生じるだろう危険も無視できない。
レガリアを製造した文明が作った直径15キロの移動要塞。間違いなく大きな脅威だが、当時の技術を分析するための資料としての価値も高い。そのようなものを破壊したら、連邦は確実にそいつを許さないだろう。
<黒銀の栄光>は今、不透明な立場にある。内実の立場的にはサリアフェ大侯爵領での騒動に手を貸したことにより帝国側へと移りつつあるのだが、連邦に対して何の敵対行動もとっていないから、中立国圏では連邦側の海賊のようにふるまっている方が通りがいい。
よりによって連邦が欲しがっている移動要塞を破壊するなどという過激なことをしてぶち壊す必要はないのだ。
「……受けてくれないというの」
クラリッサはしゅんとしてしまった。
「そうよ」
「わかったわ。それなら、要塞の方は私が何とかしてみるから、お姉ちゃんを預かって」
「クララちゃん?」
アーデルハイトが聞いてないわよと声を上げたが、クラリッサは姉の声を無視した。
「お姉ちゃんを連れて帰ったら、そのまま結婚させられちゃうもの。だめ。そんなの絶対だめ」
クラリッサは膝の上で拳を強く握っていた。
「本当は動かない要塞だけど、いざというときには動かせるって匂わせて安全を買うこともできてたの。パパはその要塞を連邦に渡す代わりにお姉ちゃんを嫁がせて安全を買おうとしてるのよ。そんなの許せない。結局全部持ってかれるってことじゃない!」
目には涙が浮かんでいる。要塞を壊してくれ、などと頼んできた時よりもよっぽど真摯だ。
「いいわ。お姉さんがあたしたちの手が届く範囲にいる限り、かつ公的な手続きには対抗しないという条件でなら構わないわよ」
今度のキティはそう返答した。
ミツキ以外の全員の視線がキティに集まった。
「ほだされたわけじゃないわよ。その条件ならあたしたちに何のリスクもないじゃない」
キティが照れ隠しで言い訳をした。




