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 エルザが伯爵邸に赴くと、伯爵自身が玄関で出迎えてくれた。すらりと無駄のない体つきをしたいかにも精悍な男である。


「ようこそ、レディ。わざわざ来ていただいて申し訳ない」

「お出迎えありがとうございます、閣下」


 握手で形通りの挨拶をした。

 館の中は一見落ち着いているように見える。エルザは単刀直入に質問をぶつけた。


「それで、セツトが家に居ないとお聞きしましたが」

「あぁ。今朝なかなか起きてこないので、メイドが様子を見に行ったらしい。昨日から体調を崩していたからね。ところがセツトは部屋にいなかった」

「手がかりは?」

「記録を調べたところ、昨夜遅く貴族街を車で出て行った記録があった。乗車人数はセツト1人だ。それ以外は今のところ手がかりがないが、誘拐ではないだろうと考えている」


 家出だろうということだ。


「クレジット決済顛末も持っていったようだから、食べ物が得られないと言うことはあるまい」

「そうですか」


 おおまかな現状は把握できた。

 そこでエルザは伯爵邸の広い玄関に視線を走らせた。

 今は自分たちの他に誰も居ないが、いつ使用人が通りかかるか分らない場所だ。


(ここで本題を聞くわけにはいきませんわね)


 どうしようか、と少し考えて、エルザは先日読んだ小説で使っていた小技をやってみることにした。


「ところで閣下、わたくし静かな所で落ちついてお話したいことがございますの」


 静かな所=他の誰にも聞かれない所、落ちついて=大事なことという意味である。たぶん。

 伯爵はエルザの言葉の意味について少し考え、うなずいた。


「では応接室に行こう。こちらへ」


 伯爵はエルザを連れて歩き出した。

 歩いている間はお互い何も話すことはなく、応接室につき、お茶が出され、お茶を持ってきた使用人が部屋を退出してから、伯爵が切り出した。


「それで、話とは?」

「もちろん、セツトのことです」


 伯爵はうなずく。このタイミングで他の話などあるはずがなかった。


「昨日、セツトは騎士鎧を操縦しようとしました」


 エルザの言葉に、伯爵がかすかに目を見開いた。


(クロだわ)


 エルザは確信した。伯爵は何かを知っている。エルザはすかさず追い打ちすることを決めた。


「彼が騎士鎧を動かせないこと、ご存知ですよね?」

「……」


 伯爵の答えは沈黙だった。表情すら動かない完璧な自己統制。

 ある意味で雄弁な回答だった。

 動かせない可能性がある、どころではない。確定で『動かせない』だ。


「理由をお伺いしても?」


 エルザは伯爵をじっと見た。視線に逃がさないという意思を込めた。


「教えることは出来ない」

「なぜ?」

「それも教えることは出来ない」

「その答えを父にお伝えしても?」

「構わない」


 さすが歴戦の男である。小娘にしか過ぎないエルザでは彼の鉄壁を崩すことは出来なさそうだった。

だからといって、引き下がるわけにはいかない。

 エルザは必死で思考を回した。

 騎士鎧を動かせない理由として思いつくものは、セツトが貴族の血を引いていない、という理由だ。

 しかし、そうと断定するには大きな違和感が残る。


 絶対にバレるのだ。

 帝国貴族の男子が騎士鎧に一度も乗らずに済むということはありえない。遅かれ早かれ乗ることになり、そうなれば当然動かせないことがバレることになる。貴族の血を引いていないのであれば、公爵令嬢の婚約者であり続けることはできない。そのようなことになれば婚約破棄だけではなく伯爵自身にも罰があるだろう。伯爵がそれを知りながら隠し、セツトを育てるはずはない。

 伯爵はエルザの父、公爵に伝えても構わないと言った。素直に考えれば、公爵に知られても問題ないだけの理由があると言うことだ。あるいは公爵も既に知っているのかもしれない。

 あるいはそれがブラフの可能性もあるだろうか。


(あぁ、もう。頭の中がごちゃごちゃしてきたわ)


 分らない。全く分らない。

 エルザは開き直ることにした。

 考えて分らないものはいくら考えても分ることはない。

 それならばいっそ、伯爵自身に言える範囲を判断させて教えてもらおう。


「いくつか質問させていただいても?」

「答えられるものであれば、もちろん」

「それは、帝国にとって問題のあるものですか?」

「いいや」

「父はそれを知っていますか?」

「答えられない」

「この先セツトをどうするつもりですか?」

「まずは探しだす。その後のことは答えられない」

「騎士鎧を動かせない者が貴族であり続けられると?」

「答えられない」

「では、わたくしがこれからも彼の婚約者として行動し続けることについて、伯爵家として問題はありますか?」

「ふむ」


 伯爵は即答を避けた。

 エルザとしてこれは確認しておきたい事項だった。それは問題ないと答えて、もし真実は問題がある、すなわち婚約破棄につながりうるような理由が隠れていた場合、伯爵はエルザを、ひいてはその父である公爵をこけにし侮辱したことになる。


「問題は、ない。これからもセツトのことを頼む」


 十分以上の回答にエルザは微笑んだ。


「ありがとうございます、伯爵。ではわたくしも、彼を探し出すお手伝いをさせていただきますわ」


 動いていい。探し出していい。追いかけていいのだ。

 その保証さえあれば動ける。

 セツトが騎士鎧を動かせないことにどのような理由があるのかわからなくとも、婚約を破棄すべき理由にはならないのならば。


(わたくしが、支え、守りますわ)


 決意してエルザは席を立った。

 そうと決まれば行動あるのみだ。


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