8.早朝の密会
よく考えたら早朝にリエーヴェル副隊長と密会だなんて、私はとんでもないことをしようとしているのでは……?
王宮図書館の扉の鍵を開けながら、そんな今更な考えが頭をよぎった。
朝日が上る前、王城では侍女や侍従が活動を開始する時間。私は1人、人気のない王宮図書館へと来ていた。
もちろん理由はリエーヴェル副隊長との約束があったためだ。あんな目立つ人が王宮図書館の前に居れば直ぐにこの密会の事がバレてしまうと思い、少し早めに来て王宮図書館を開けることにした。
昨日は色々あったし、騎士達の誤解を解くことばかり考えていたため、早朝にリエーヴェル副隊長と会うという危険性にまで考えが至らなかった。
落ち着いて考えれば、まるで逢い引きだ。身分違いの二人が人知れず愛を育んでいるように見えなくもない。例えリエーヴェル副隊長の相手が私のような平々凡々な小娘だったとしてもだ。
それが根も葉もないことだったとしても、あのリエーヴェル副隊長と二人で密会をしていたという事実は消えない。
これが知られれば私は無事でいられないだろう。
特に、婚約してくれとか側室でもいいなんて本人に縋るような権力を持ったお嬢様方だけには知られないようにしなくちゃ……。
冷や汗がたらりと背中を流れた。
扉を開けば、ぎぎぎぎ、と少し冷えた静かな空気の中に軋んだ音が響いた。
まだ日が昇る前のため、ただでさえ窓が少ない王宮図書館の中はほの暗く、少しだけ不気味だ。
「早いな」
「うひゃあッ!?」
真後ろで聞こえた声にビクリッと体が飛び上がった。
何を驚いている、という冷静な声は振り返らずともリエーヴェル副隊長の物であることは直ぐに分かった。
リエーヴェル副隊長、気配を消さないでください……!足音なんてぜんぜん聞こえなかったよ。
すみません、とバクバクと煩く鳴り響く心臓を押さえるようして顔だけを後ろに向ければ、涼しげな金色の瞳は外を向いていた。
「そろそろだな」
その呟きとほぼ同時に、眩しい朝陽がこちら照りつける。
眩しい、と目元に手で影を作れば、真っ直ぐに太陽を見つめるリエーヴェル副隊長の透き通るような水色の髪の毛が光を帯びて輝いて見えた。その横顔は、まるで人とは思えないような美しさを纏っている。
東門の方からとゴーーンッと低い鐘の音が響いて聞こえてきた。
朝の鐘だ。
この鐘と共に人々は目を覚ますのだ。
王都はぐるりと塀で囲まれており、四方の門にはそれぞれ鐘が付いている。朝の鐘は東門、昼の鐘は南門、夕刻の鐘は西門、深夜の鐘は北門が担当している。
6回響いた鐘の音が聞こえなくなると、リエーヴェル副隊長が外からこちらに目線を移した。
その金色の瞳には何時もの鋭さはなく、ほのかに緩んでいるように見えた。
「おはよう、ハールック」
「…おはようございます、リエーヴェル副隊長」
こんなに清々しいと思える朝を、久し振りに迎えた気がした。
「───王様は恥ずかしさのあまり、顔をまっ赤に染めたまま行進をしました。そうして進行を終えると、逃げる様にお城へ帰って行っていきましたとさ。めでたしめでたし……」
王宮図書館の奥、一昨日リエーヴェル副隊長と出会った私の本棚の前で物語を語った。
今日語ったのは『裸の王様』だ。
私達しか居ない図書館は、あまりにも静かで私の声が反響するように微かに響いていた。普段なら自分の声がこんなに響けば恥ずかしいと思うはずなのに、今はなぜだかそれが私を落ち着かせた。私達以外は誰もここには居ない、という安心感が生まれるからかもしれない。
早朝の王宮図書館は、予想していたよりも密会にはぴったりだった。
目を閉じて物語を聞いていたリエーヴェル副隊長は、今日のも違ったが良い物語だった、と感想を言って本棚に預けていた背中を外して懐中時計を取り出した。
残念ながらかすりもしなかったみたいだ。昔々あるところに、以外の手懸かりがあればいいのだけど。
「やはり時間的に聞くことが出来る物語は一つだな」
「どのくらい経ちましたか?」
王宮図書館に入ってから30分ほどだ、と言われて少し焦った。活動の早い文官なら、もう文官棟へ向かう頃だ。誰かに目撃される前に早く解散した方がいい。
「そろそろ誰か来るかも知れないので出ましょうか」
「ああ、そうだな」
懐中時計を仕舞ったリエーヴェル副隊長の後ろを着いて行く形で図書館の出入り口を目指す。
これから暫くはこんな毎日を過ごすのかと思うと不安もあるが、物語の感想を聞けることへの喜びが少しずつそんな不安を染め変えていく。
社交辞令じゃない、真剣に話を聞いての評価をリエーヴェル副隊長はしてくれる。私の記憶の中の物語を認めてもらえているようで、それが堪らなく嬉しいのだ。
……物語が見つかればリエーヴェル副隊長へ物語を語ることもなくなる。そうなれば物語の感想も聞けなくなるんだ。
図書館の扉の前でリエーヴェル副隊長と別れた。
また明日、という一言だけを私に残し、リエーヴェル副隊長はそのまま騎士棟へと真っ直ぐに向かっていった。
その後ろ姿を眺めながら、早く見つかればいいなと思うのと同時に、でもそれが少しだけ先になればいいなと思ってしまった。
「リエーヴェル副隊長、明日の朝はお休みさせて貰いたいのですか良いでしょうか?」
王宮図書館に集まるようになってから1週間と少しが経った。相変わらずリエーヴェル副隊長の探している物語の手懸かりは見つかっていない。
今日の物語を語り終わってから、私は明日のことについて相談をした。
「何か用事か?」
「はい、明日は休暇を貰っているので久しぶりに郊外の孤児院に行きたいのです。数ヶ月に1回程度なのですが、子ども達への寄付と一緒に私の物語を語っていまして」
領地に居たときから孤児院へは物資の寄付と一緒に物語を子ども達に語るために訪れていた。侍女時代は時間がなくて出来なかったが、文官になってからは少し余裕も出来たので、孤児院への寄付と物語普及活動も再開をしていたのだ。
物語を語っている時に子ども達はきらきらとした目をする。それがとても可愛いくて癒されるのだ。
「なるほどな。郊外の孤児院というと、馬車か」
「はい、朝に西門から出ている乗り合いの馬車に乗っていくんです」
だから明日の朝はお休みを貰いたいと再度お願いした。
リエーヴェル副隊長は、少し考える仕草を見せていたが、分かったと頷いてくれた。
「しかし、ここ数日は毎朝物語を聞いてから執務を行っていたので、物語が聞けないとなると残念だな」
「そ、そうですか。残念ですか」
そんな嬉しいことを言われたらにやけてしまう……!
緩みそうになる頬を片手で押さえながら、私はリエーヴェル副隊長から視線を外した。
その時、リエーヴェル副隊長が「……よし」と呟いていたのは全く耳に届いていなかった。
翌日、私は子ども達へ配るお菓子が入った籠を持ち、乗り合い馬車が出る西門へと朝早くに向かった。
孤児院の方へと向かう乗り合い馬車の列を探して、視線をさ迷わしていた私は目にした光景に驚きで固まった。
そこには私の記憶の中の物語に出てくるどの王子様よりも美しい麗人が黒毛の馬の頭を撫でていたのだった。
そしてその方の髪の毛は、ここ数日で見慣れてしまった透き通るような水色をしていた。
「どっ!どうして!!?」
何故?!どうしてここにリエーヴェル副隊長が!?




