9.氷の騎士のお迎え
朝の門前は人が多く行き交っている。各門から毎日、朝と昼に乗り合い馬車が出ているのだが、夕刻までに帰ってくる必要がある場合は朝の馬車に乗らなくてはいけない。そのため、昼よりも朝の方が込み合うのだ。
乗り合い馬車を利用するのは殆どが平民や旅人で、稀に私のような下級貴族が混ざっていることもある。
大体の貴族は各家の専用馬車を利用するため、このような平民の生活圏で上級貴族を見かけることは無いに等しいのだが、例外の存在がいる。
それは騎士だ。
騎士は仕事の関係で王都外へ出ることは珍しくない。でもそれは領地警備を任される騎士が大半で、城内警備の騎士は殆ど王都外への仕事はないはずなのだが……。
私は行き交う人々がちらりちらりと好奇心の視線を向けている人物へと視線を向けた。
横顔からも分かるほど、今日の金色の瞳は鋭く尖っている。
リエーヴェル副隊長……、皆に見られているからあんなに不機嫌な目をしているんだろうなぁ。
騎士服を着ているだけで目立つのだか、さらにあの綺麗な水色の髪の毛に美しい顔立ちだ。視線を集めてしまうの仕方がない。
リエーヴェル副隊長は見られるのが嫌いな分、この視線の嵐は不愉快で仕方ないのだろう。
西門の塀に背中を預けているリエーヴェル副隊長は、白の騎士隊服が栄えるような黒毛の綺麗な馬を連れていた。
黒毛の馬は、たまに騎士棟の近くで見かけたことがある。きっと騎士隊が飼育している馬なのだろう。
仕事、だろうか?
昨日会った時は、今日が休みとは言っていなかったし、私が休暇を取ったと言ったときも特に反応はなかったはずだ。
まあ、探し物に協力をしているという関係しかない女性に、あのリエーヴェル副隊長が自分の予定を教えるわけないか。
騎士隊の仕事内容は詳しくないが、きっと王都の外へと出る仕事が出来たのだろう。
なんでこんなところにリエーヴェル副隊長が!?と思ったけど、仕事なら居てもおかしくないか。
騎士が王都外へ出る場合は、確か城門警備をしている兵士に話を通してから門を通るはずだ。手続き待ちをしているだけなのかもしれない。
しかし、リエーヴェル副隊長のお陰か、いつもは数人くらい見かける薄暗い仕事をしていそうな怪しい人物が今日は見当たらない。第1騎士隊の副隊長として前に出ることも多いリエーヴェル副隊長の顔を知っている、やましい心を持つ人達は隠れてるのかもしれないな。
立っているだけで悪人避けができるなんて、第1騎士隊副隊長という肩書きは名前だけではないんだと感じる。
毎朝顔を合わせているのだから、挨拶だけでもした方がいいかな。いやでも、仕事の邪魔をするのは悪いよね。
というか、まるで“話しかけるな、不機嫌だ”って看板を首から下げているようなリエーヴェル副隊長に、ここで話しかける勇気は持ち合わせていない。
………見なかったということで。
私はリエーヴェル副隊長から視線を外し、目的の乗り合い馬車を探すために足を進めた。
「ラカンナ村行きはこちらだよ~!まもなく発車するよ~!」
孤児院のある村の名前が聞こえた。声のした方へと視線を向ければ、ぎゅうぎゅうとまではいかないが、いつもより多くの人が乗っている見慣れた馬車を見つけることができた。
列が見えないと思ったら、もうすでにみんな乗り込んだ後だったのか。
乗り遅れたら今日は孤児院へ行けなくなる。急がなきゃ。
私は小走りで馬車の近くで声を上げる御者のお爺さんへ手を振った。
「待ってくださーい!乗りまうひゃあッ!!?」
しかし、急に黒い馬が私の進行方向を遮るようにして目の前に現れ、慌てて籠をごと自分を抱きしめるようにして急停止をした。
どっどっどっどっ、と心臓が痛くなるほど鳴り響くのが聞こえてくる。
あああああ危なかった!!
ぶつかるかと思った!!
一体何事?とゆっくり視線を上へと上げていけば、馬上の人物を確認するよりも先に水色の三つ編みが目に入った。
「はぁ……、やっと見つけた」
「リ、エーヴェル…副隊長……」
少し疲れたように溜息をついたリエーヴェル副隊長は、馬から降りて私の目の前に立った。
驚きの所為で思考が回らない私が、ぽかんと目の前のリエーヴェル副隊長をしばし見つめていると、耳にカーン!カーン!と馬車が出る合図の鐘が聞こえてくる。
ああ!!しまった!!乗り遅れた!
リエーヴェルと黒い馬の隙間から、先ほど私が乗ろうとしていた乗り合い馬車が鐘を鳴らしながら西門を出ていくところが目に入った。
走って追いかければまだ間に合うかもしれない。
思わず駆けだそうと足が出かけたが、金色の瞳と目が合ったことにより、私は一瞬だけ忘れてしまっていたリエーヴェル副隊長の存在を思い出した。
見つけたと言ったのだ、リエーヴェル副隊長は私の事を探していたのだろう。まさか私に用があって西門に来ていたとは思わなかった。いくらなんでも目上の者を放置することなんて小心者の私には出来ない。
どうやら今日は孤児院へ行くことを諦めるしか無いようだ。
私は零れ出そうになる溜息を喉の奥へと仕舞い込んで、目の前のリエーヴェル副隊長に、おはようございます、と頭を下げた。
「おはよう。朝の西門にここまで人がいるとはな。ハールックを探そうにも、黒髪の者が結構いたので苦労した」
「私に用があったのですね。実は先ほどリエーヴェル副隊長を見かけたのですが、お仕事中だと思ってお声をかけなかったのです…」
失敗しましたね、と苦笑いすれば、リエーヴェル副隊長は軽く首を振った。
「間に合ったので問題ない」
間に合った?ああ、私が馬車に乗ってしまっていたら見つけられなかったからか。
そんなに急ぎの用事だったのだろうか?
「何かありましたでしょうか?リエーヴェル副隊長が態々私の事を探されるなんて…」
「ハールックが言っていた孤児院は、ラカンナ村にあるものだろう?」
「そうですが、それがなにか?」
「詳しくは後で話す。私もラカナンへ向かうので乗れ」
そう言ってリエーヴェル副隊長は、先ほどまで乗っていた黒毛の馬の横で軽く膝を折って手を差し出してきた。
…………え!?なに、どういう状況なのこれ?!
リエーヴェル副隊長の体制は、まるで私を馬の上に上げるために自分の膝に乗って登れと言ってきてるように見える。しかも、支えとなるように手を差し出して来ているようにも見える。
つまり、私にリエーヴェル副隊長のお膝を汚せと?
むッ、無理!!無理だよそんなの!!
「リエーヴェル副隊長の膝に乗るなどできませんよ!!」
ぶんぶんと何度も手と首を横に振って少し後ずさる。
リエーヴェル副隊長の膝に足を掛ける!?手で支えてもらう!?馬に一緒に乗るなんて出来るわけない!!
私の反応にリエーヴェル副隊長は少し眉を寄せた。
「ハールックは補助なしで馬に乗れるのか?」
「あ、いえ、そういう意味では……」
「なら早くしろ」
眉間の皺を濃くしたリエーヴェル副隊長は、少し機嫌が悪そうに馬の上に向かってくいっと顎を向けた。
早く乗れと言われても、こっちにも色々と事情があるんですよ。会ったこともない上級貴族のお嬢様方に谷底に突き落とされる光景が頭の中に渦巻いてくる。うぅ…、私だって若くして死にたくない。
なかなか動こうとしない私に、リエーヴェル副隊長の金色の瞳がどんどん鋭くなっていく。
ああ!ごめんなさい!でもやっぱり乗れないんですよ!!
一体どうすれば…、と解決策を探して思考を彷徨わせていると、リエーヴェル副隊長が溜息をつきながら私に向かって手を伸ばしてきた。
「え?」
「手間を取らせるな」
ぐっ、と腰を掴まれたと思ったら、ぐんと視界が一気に高くなった。
「ひゃあぁッ!?」
突然の事に驚きで手にしていた籠を抱き締めた私を軽々と持ち上げたリエーヴェル副隊長は、ぼすんっと少し雑に馬の上へと私を乗せた。
うるさいぞ、と至極面倒くさそうに言い捨て、リエーヴェル副隊長がストンと私の後ろへと乗り込んできた。その振動で馬が揺れ、落ちる!と思って慌てて片手で鞍を掴んだ。
前から思っていたけどリエーヴェル副隊長は強引で短気だ。こちらの事情なんて全く考えてくれない。なかなか馬に乗ろうとしない私に苛ついたのは分かりますけど、こんな強引なやり方はないんじゃないでしょうか…!
あまりの理不尽さにふつふつとした怒りが沸いてくる。今なら私、リエーヴェル副隊長に文句を言える気がする。
私は心に沸いた怒りを顔に滲ませてキッと後ろを見上げるようにして振り返えった。
「なんだ。嫌だったなら今度からはさっさと行動しろ」
不機嫌を瞳に滲ませたリエーヴェル隊長がギロリと私を冷たく見下ろしてきた。
私はさっと前を向く。
あんな怖い顔の人に文句など言える強い心を私は持っていない。
「……お手数掛けしました」
「分かればいい」
いくぞ、と馬を走らせたリエーヴェル副隊長は、人々を掻き分けて西門へと向かっていく。
馬の動きによって体が跳ねそうになり、慌てて鞍を強く掴んだ。
「鞍ではなく私を掴め、落ちるぞ」
「ごっ、ご心配なく!!」
こんな人目のあるところでそんな命知らずなこと出来る訳ないじゃないですか!!
私の返事に、リエーヴェル副隊長がはぁ、と呆れるようにため息をついた。
「王都を離れるまで少し走らせる。それまで黙って口を閉じていろ、舌を噛んだという文句は受け付けないからな」
お願いします!早く王都から離れましょう!こんなところ誰かに見られたら、ってもう沢山の人に見られてるよ!
ひぃ~っ!と心の中で叫びながら、こちらを驚いたように見てきていた平民や兵士達に、顔だけでも見られないようにと、王都が見えなくなるまで私は籠に顔を埋める勢いで頭を下げ続けたのだった。
「人攫い、ですか?」
「ああ」
王都から馬を走らせて30分程が経った辺りで、リエーヴェル副隊長は走らせていた馬の速度を落とし、私と一緒にラカンナの村へ行く理由を話してくれた。
ここ最近、王都では子供が突如として姿を消すという事件が起こっているらしく、既に消えた子供の数は5人になるそうだ。全て平民の子供ということもあり、混乱を避けるために貴族の居住地域や城内には話は広げないよう、騎士隊内で話を留めているらしい。
城下警備を担当している第4騎士隊の方で捜索を行っていたが、王都内を探しても手がかりは何も見つからず、既に王都を出たのではないかと、他の騎士隊も協力をして郊外の村や町へ捜索の目を広げることが昨日の騎士隊会議で決まったそうだ。
「それでリエーヴェル副隊長がラカンナ村に行くことになったのですね」
「いや、本来であればジャハンが行くことになっていた」
「ジャハンさんが?ではなぜリエーヴェル副隊長が変わりに捜査へ?」
私が首を傾げたのを見て、リエーヴェル副隊長は困ったように小さな溜息をついた。
「前から思っていたがハールックは少し疎いな」
「疎い、でしょうか?」
「ああ。ジャハンに変わって私がハールックと共に向かうのは何故か、察してくれてもいいと思うが」
そう言って、リエーヴェル副隊長は言葉を閉ざした。
ジャハンさんに変わってリエーヴェル副隊長が捜査に出た理由を察しろと言われても、私は予算のこと以外の騎士隊の事情など全く知らない。
そもそも、私と一緒に行く必要など無さそうなのに、わざわざ私を馬に同乗させたのは何故なの?
まさか人攫いが出ているから私のことを心配してくれた、なんてリエーヴェル副隊長に限ってそんな事を思うはずないだろうし。
………………え?いや、まさかね?でも察してくれって言うくらいだし、それってもしかして?
思い当たった答えに徐々に顔が熱くなっていく。
私はドキドキとする心臓を押さえながら、ゆっくりとリエーヴェル副隊長を見上げた。
「その、ありがとうございます」
「なにがだ?」
「私のことを心配して同行してくれたのですよね?」
「いや、違うが」
リエーヴェル副隊長は、意味が分からないという顔で私を見下ろしてきた。
私はすっと前を向いて、小さくうなだれた。
恥ずかしい!!やっぱり勘違いだった!
心配されたと勘違いするなんて……!先程とは全く別の理由で顔が熱くなっていく。
じゃあ何!何でわざわざ私と一緒に行こうとしたの?!
ふと、昨日のリエーヴェル副隊長の言葉が頭を過ぎっていく。
まさか………。
私は前を向いたまま、リエーヴェル副隊長に問いかけた。
「物語を聞くために…?」
「やっと気づいたか」
リエーヴェル副隊長は満足そうな声で頷いた。
そのためだけに!?リエーヴェル副隊長が物語を聞きたいが為にわざわざ私を巻き込んだの!?
「公私混同は反対だが、効率的であるなら良いとも思える。今回で行けば、私がラカンナに行くことによって移動中及び孤児院でも物語を聞くことができるだろう」
「…まあ、そうですね」
「さぁ、時間は沢山ある」
話してくれ、と言われ、私は自然と出てくる溜め息を隠すことなく吐き出した。
氷の騎士はなんて自分勝手な人なんだ。
「…………『眠り姫』 昔々、あるところに───」
私が仕方無さそうな声で物語を語っていても、リエーヴェル副隊長は何も言うことなくずっと物語を聞き続け、ラカンナの村に到着するまでの間、私の声が途切れる事は許されなかった。
……喉が痛いです。




