10.ラカンナの孤児院
「ロジーナ様が騎士様と一緒に来られた時は、もしや結婚がお決まりになられたのかと思いましたよ」
「あの方とだけは絶対にないです」
「あら?お似合いだと思いますけれど」
黒い修道服を纏い、アメジスト色の綺麗な紫の目を柔らかく細めて笑ったのは、ラカンナ村の孤児院でシスターをしているリリアナだ。
ラカンナ村は民家がぽつぽつとあるような小さな村で、孤児院は教会と一緒になっており、リリアナの他にも3名のシスターがここに住んでいる。
リリアナは、この教会の牧師の娘なのだが、牧師が半年前に病で床に臥せてから、牧師に代わってこの教会の長を任されているのだ。
孤児院の一室へと案内された私は、リリアナに寄付としてお金と布を渡した。
「いつもありがとうございます。心優しき貴方様へ感謝と細やかながらの祈りを贈らせてください……」
首に下げられた細い金色の十字架を手に持ったリリアナは、私に頭を下げて感謝の祈りを捧げてくれた。
それを受け、私も「神の御使いの祈りに感謝を」と両手を組んで祈りを贈る。
教会で物の受け渡しを行う際に使われるこのやり取りは、昔から伝わっている作法のようなもので、私も幼少期にお母様から教えてもらった。
顔を上げたリリアナと共に部屋の椅子に座り、最近の事について話をした。牧師の容体や、子供たちの様子等の話を聞いたところ、リリアナは柔らかく嬉しそうに微笑み、子供たちは相変わらず元気で、父親については容体が回復しつつあると話しをしてくれた。
2年前から定期的に訪れている孤児院なので、私も気になっていたのだけど、大丈夫そうで安心した。
「それにしても先程の騎士様はとても綺麗な方でしたね。まるでロジーナ様が語られる物語の王子様のようだって、子供たちも言っていましたわ。他のシスター達も頬を赤く染めていましたもの」
「そうですね……、でも他のシスターには不用意に近づくと凍らされると伝えておいてください」
「まぁ、凍る?ふふふ、面白い表現をなさるのね」
いえ、本当に凍るのです。氷の騎士という異名を侮ってはいけません。
その氷の騎士様ことリエーヴェル副隊長は既に孤児院から姿を消している。いや、間違えた。逃げたのだ。
遡ること2時間前、昼前にラカンナ村に到着した私たちは、まっすぐに孤児院へと向かった。リエーヴェル副隊長の計画では、孤児院で物語を聞いた後、ラカンナ村の村長へ今回の事件について報告と注意を促し、そのまま村周辺を巡回、最後に孤児院へ戻って私を回収して王都に戻る予定だったらしい。
しかしこの計画は孤児院で狂わされたのだ。
孤児院に到着してすぐに、私たちは子供たちに囲まれた。
「すげー!騎士様だ!」
「お馬に乗って王子様みたい!」
キラキラとした目で駆け寄ってくる子供たちは、顔見知りの私よりもリエーヴェル副隊長に好奇心丸出しだ。郊外の村では騎士というのは普段お目にかかれないものらしく、子供たちは興奮をしながらリエーヴェル副隊長に群がった。
恐怖心を知らない子供たちは、冷たい表情のリエーヴェル副隊長を物怖じせず、質問攻撃をぶつけまくる。
騎士様は王子様ですか?違う。悪人を退治に来たの?違う。お姫様を迎えに来たの?違う。ロジーナさんと結婚したの?違う。馬に乗りたい!だめだ。その剣触らせてー。だめだ。髪の毛なげー。触るな。
子供の言葉一つ一つに律儀に返事を返すリエーヴェル副隊長だけど、返事はとても短く冷たい。見ているこちらはいつ吹雪が吹き荒れるかとヒヤヒヤしながらその光景を眺めていた。
しかし眉間の皺は濃くなっても、リエーヴェル副隊長の吹雪は吹き荒れなかった。どうやら、リエーヴェル副隊長も子供にはお手上げらしい。
それどころか、子供の相手は苦手なのか、いつも冷静なリエーヴェル副隊長が眉間に皺を寄せつつも困ったような顔で私に助けの視線を投げてきたのだ。
仕方ない、と私は持ってきていたお菓子で子供たちを釣り、その隙にリエーヴェル副隊長は後で迎えに来ると言って馬に乗って孤児院から逃げたのだった。
肝心だった物語を聞くという目的は諦めたようだ。まぁ、ここまでの道中にあれだけ語ったのだ。満足してもらわなくては困る。
「そういえば、孤児の数が増えましたか?」
先ほどお菓子を配った時に、前に来たときには見かけなかった子供が数人いた。大目に用意をしていたため足りないということはなかったが、孤児が増えた理由は気になる。
リリアナは睫毛を伏せて寂しそうに微笑んだ。
「隣国との争いは起きずとも、悲しいことに助けを求める子供の数は減りません。突然親を無くした子供たちに私共は出来るだけ手を差し伸べてあげたいのです」
「そうですね……」
ラカンナ村は農作が盛んで、村人の殆どが畑を持っている。この孤児院にいる子供たちは、村人の手伝いをする事によって生計を立てているといっても過言ではない。畑仕事に協会や孤児院の管理等、毎日やることはいっぱいある。人手はいくらあっても足りないため、子供が増えても困るということはないらしい。
しかし、孤児が増えたことは悲しい現実でもある。
「リリアナシスター、ロジーナ様」
まるで少し暗くなった空気を変えるようにドアをノックしたのは、ここのシスターの1人であるユフィナだ。シスター達の中で一番年下の彼女はまだ13歳の少女で、リリアナの後ろをついてシスターの勉強をしている途中の新米シスターである。
そんなユフィナの顔は真っ赤だ。どうしたんだろう?
リリアナもユフィナの異変に気づき、席を立って部屋の入り口で両手を組んで固まっているユフィナに近づいた。
「ユフィナ、どうしたの?あなた顔が真っ赤よ」
「その、あの、わたくし裏庭の掃除をしていたのですが、そこにまるで神の御使いのように美しい騎士様が来られまして……。言付けを預かったのですが、わたくし何故だか体が凄く熱くなってしまって、騎士様を置いてきてしまって、それで、その」
たどたどしく話すユフィナに、リリアナは落ち着くようにと肩を撫でた
「一度落ち着きなさい。その騎士様は、きっとロジーナ様と一緒に来られた方ね」
「は、はい。ロジーナ様をお迎えに来られた、とおっしゃられてました」
なんだ、もう仕事が終わったのか。
あまりの速さに思わず溜め息が出る。リエーヴェル副隊長のことだから、時間が惜しいからさっさと帰るぞ、とか言ってきそうだ。
本当に自分勝手な人である。
「もう帰宅しなくてはいけないみたいです」
「そうみたいね、残念だわ。もっとお話ししたかったです」
「ではまた今度お伺いしますね」
はい、と微笑んだリリアナは、私を裏口へと案内してくれた。顔が真っ赤なユフィナは、ちょこちょこと私の後ろをついて来る。
……多分、あの赤い顔はそういうことだろう。
裏庭につけば、リエーヴェル副隊長が辺りを警戒しているように金色の瞳を細めていた。
安心してください、子供たちは畑仕事のお手伝いに行っていませんから。
生暖かい眼差しを送っていれば、こちらに気づいたリエーヴェル副隊長は、スタスタと真っ直ぐ私の方へと歩いてきた。
「仕事は終わった。時間が惜しいので王都に戻るぞ」
やっぱりそう言うと思ってましたよ。
私は、わかりました、と頷いてから、リリアナとユフィナに頭を小さく下げた。
「また来ますね」
「はい、本日は寄付をありがとうございました」
「ま、また何時でも来てください!そ、その……騎士様も……」
真っ赤な顔でちらちらとリエーヴェル副隊長に視線を送って頭を下げたユフィナに、私とリリアナはあらあらとほっこりと微笑んだ。
可愛い!ユフィナ可愛い!恋する少女はこんなに可愛いのね。
リエーヴェル副隊長の反応が気になって斜め後ろを振り返れば、興味が無いと言わんばかりの冷たい金色の瞳が私に早くしろと訴えてきていた。
相手が氷の騎士なんて無謀な相手でなければ、私も応援したのだけどね……。
「帰るぞ」
「……はい」
リリアナとユフィナに手を振り、私達は孤児院を後にした。どうやら馬に乗っていると目立つと考えたのか、リエーヴェル副隊長はあの黒毛の馬を村の入り口に置いてきたらしい。
そこまで並んで歩いていれば、リエーヴェル副隊長が安心したように息を吐き出した。
「子供、苦手なんですね」
「………女の次にな」
ぽそり、と吐き出したリエーヴェル副隊長の瞳には疲れが見て取れた。そんなに苦手だったんだ。よく孤児院に付いてくって言ったな、この人。
「孤児たちはあの時間は村の畑仕事を手伝いに行ってるんです」
「なんだ、そうだったのか。裏口に回る必要はなかったな」
「あら、可愛らしいシスターに会えたので良かったのでは?ユフィナはリエーヴェル副隊長のことを本物の神の御使いだと思ったそうですよ」
私がくすくすと笑いながら教えると、リエーヴェル副隊長はやめてくれと手を振った。
「この容姿だ。そのような言葉は聞き飽きた」
「そ、そうですか……」
自分の見た目のことは自覚しているんだね……。
しばらくそのまま、たわいもない話をしていると、目の先に黒毛の馬が見えてきた。
「アーテル」
リエーヴェル副隊長が馬に向かって声を掛けると、黒毛の馬は顔を上げて鼻を鳴らした。
「アーテルというのは、あの子の名前ですか?」
「ああ、騎士隊に入った時からの私の相棒だ」
そういえば行きの時に一度もこの子の名前を聞いていなかったっけ。
人には見せない、少し優しげな目でアーテルを撫でていたリエーヴェル副隊長だったが、アーテルが何故か私の方へと顔を伸ばしてきた。
「わっ、」
するり、と私の頭に擦り付くようにじゃれてくるアーテルに驚きながら撫で返してあげれば、私に答えるようにアーテルは鼻を鳴らした。
う、馬に好かれるなんて初めてなんだけど……。
どうすればいいんだ、とアーテルの頭を撫でながらリエーヴェル副隊長に助けの視線を送れば、リエーヴェル副隊長は顔を背けて肩を震わせていた。
「あ、あの?リエーヴェル副隊長?」
「なんでもない、気にするな」
では何故こちらを見ないんですか。じとっとリエーヴェル副隊長を見つめていれば、落ち着いたのか肩の震えを止めたリエーヴェル副隊長が私とアーテルの傍にやってきた。
「アーテル、ハールックはおまえと同じ黒毛だが馬ではないんだ。好いても番にはなれないぞ」
「求婚されていたのですか私!?」
ああ、と頷いたリエーヴェル副隊長だけど、その肩は不自然に少し揺れている。
まさかこれは、笑っている……?
馬に求婚されたことよりも、リエーヴェル副隊長が笑っているのではということの方が気になってしまう。
よく観察しようとすれば、アーテルがなーんだ、とでも言うかのように私から顔を背けてリエーヴェル副隊長に擦りよった。
ああ、見えない!アーテル避けて!
しかし、アーテルが避けてくれた時にはリエーヴェル副隊長は既に冷たい無表情に戻っていた。
「ハールック、乗れ」
そういって、リエーヴェル副隊長は朝のように片膝を曲げてから私に手を差しだしてきた。
しまった!忘れてた!
この後、結局リエーヴェル副隊長の膝を汚すことに抵抗をしてしまった私に、背中に吹雪を背負ったリエーヴェル副隊長の怒りが落ちた。
リエーヴェル副隊長の怒りより恐ろしい物はない。
説教が終わった後、私は躊躇することなくリエーヴェル副隊長の膝に足を置いてアーテルに乗ったのだった。




