11.『狼と七匹の子山羊』その1
リエーヴェル副隊長と一緒に孤児院に行ってから1週間。あの日以降、私はリエーヴェル副隊長と会っていない。
どうやら、他の地域に向かった騎士が人身売買をしている集団がいるという情報を手に入れたようで、騎士達はその集団の発見及び捕縛するために皆忙しそうに動き回っているそうだ。
私はこの事を書類を運んできたジャハンさんからこっそりと教えてもらったのだ。
「というわけで、うちの隊長と副隊長は騎士隊会議と捜索で毎日大変そうですよ」
「ジャハンさんは忙しくないのですか?」
「いえいえ、リエーヴェル副隊長が暇な騎士を作ると思いますか?」
これから僕も捜索ですよ、とジャハンさんは肩を窄めた。
なるほど、リエーヴェル副隊長が図書館に来れなかったのはこの所為だったのか。
実は、リエーヴェル副隊長からは連絡だけ来ていた。
孤児院に行った日、リエーヴェル副隊長と別れた私はそのまま自室で過ごしていたのだけど、夜に窓を何かが叩いたのだ。
なに?と、カーテンを開ければ、そこには小さなツバメがいた。
「久しぶりに見た……」
最後に見たのは、幼少期に親指姫を語ってあげた女の子が看病をしていたあのツバメだけだ。
よく見るとツバメの足に何かが付いていた。
まるで伝書鳩みたい。窓を開けて中へと招き入れれば、ツバメは暫く私の部屋を素早い速さでくるくる飛び周り、満足したのか最後には私の手に止まった。
か、可愛い…!
感動で打ち振るえていると、ツバメは早く受け取れと言うように私の手をつついた。
わかった!わかったから!痛いよ!と言いながら足に付いていた紙を外せば、ツバメは役目を終えたとばかりに私の部屋から飛び出していった。
ああ!もっと見ていたかったのに!
窓から見えていたツバメはどんどんと小さくなり、やがて夜の闇の中に消えていった。
夜にやってきて物を置いていくツバメなんて、少しだけ『幸福な王子』みたいだなと思って感動していたのに。
そうだ。明日、リエーヴェル副隊長に話す物語は『幸福な王子』にしよう。
「っと、それよりこれなんだろ?」
手にした小さく折り畳まれた紙を開いていけば、見慣れたリエーヴェル副隊長の綺麗で整った文字が並んでいた。
《忙しい。朝の図書館中止。連絡待て》
「…………んん?」
えっと、つまり明日から暫くは朝の物語語りはしなくていいということ?
忙しいって何かあったのかな。伝書…燕?に手紙を付けて連絡をくれるくらいだし。
「『幸福な王子』は、また今度だな」
少しだけ残念だという気持ちを抱えたまま、1週間リエーヴェル副隊長からの連絡を待っていたが、ツバメが私のところへやってくることはなかった。
「それじゃあ、失礼します」
「はい。捜索頑張ってください」
監査班の執務室から出て行ったジャハンさんに手を振って、置いて行かれた書類に目を通す。どの書類にもリエーヴェル副隊長のサインが書かれてある。
忙しくても全ての書類をリエーヴェル副隊長が確認しているんだ。
ベルッケン隊長だと不備があっても見逃しそうだけど、少しは仕事を隊長にも振らないと。リエーヴェル副隊長は過労で倒れたりしないのだろうか?
一つ一つの書類を隅から隅まで確認したが、問題は一つも見つからなかった。
「ハールックさーん」
支出許可の書類を作成していると、班長席に座っているエンフォリオ班長が手招きで私のことを呼んできた。
「はい、何でしょうか?」
「ごめーん、お使い頼んでもいい?」
そう言ってエンフォリオ班長は私に地図とお金を渡してきた。地図に示されているのは、メリーナとモニカから話を聞いたことがある有名なお菓子屋さんへの道順だった。
これはつまり、買ってこいと?私に?
「あの、これは仕事でしょうか?」
言葉裏に、自分用ならエンフォリオ家の使用人に頼んでいただきたいのですが。という意味を込めた。
それは班長にも伝わったようだが、笑みを深めた班長は秘密話をするように口元に手を当てたので、顔を近づけて耳を貸した。
「実はですねぇ、宰相閣下へのご機嫌取り用なんです」
「宰相閣下の?」
聞き返せば、しー!と人差し指を口に当てた班長は、また私の耳に手を当てて話を続けた。
「ああ見えて宰相閣下は甘党なんですよ。最近、騎士隊の方が色々と忙しく動いてますでしょう?それに伴い各方面で予算もカッツカツで。昼から緊急で宰相閣下と私で対策会議をするんですが、その時にあまり八つ当たりされたくないのでこれが必要なんです」
「とは言っても、何故私なのですか?」
「使用人に連絡するのが面倒なのと、時間があんまりないので、頼んだら行ってくれそうなハールックさんに目を付けましたー」
「お断りします。私も忙しいんですよ」
なんだその理由は、付き合ってられない。席に戻ろうと背筋を伸ばしたが、私の服をエンフォリオ班長が掴んで不適に笑った。
「あららぁ~?いいんですかぁ~?私はハールックさんの秘密を知ってるんですよ~?」
ニヤリと笑った班長に、私の背筋がぞくりと震えた。
嫌な予感がする。私はするするとしゃがみ込んでエンフォリオ班長に顔を近づけた。
「な、何がでしょうか……?」
「んふふー、少し前まで毎朝、王宮図書館でハールックさんが誰かと会っていた事ですよ」
「えッ!!?」
私が上げた大声に監査班の面々がこちらに目を向けたので、なんでもないです!と言ってエンフォリオ班長を机の影に引っ張って、何故そのことを知っているのか問い詰めた。
「ハールックさん、壁に耳あり本棚に目あり、王宮図書館に私ありだからですよ」
「つまり……、目撃したという事ですか?」
正解でーす!と手を叩いた班長に私はうなだれた。
まさか班長に見られてたなんて……!
ぽん、と肩に手を置かれ、顔を上げれば班長がにっこりとした笑顔を浮かべていた。
「お菓子がなかったら、この後の会議で宰相閣下にポロリと喋ってしまいそうですねぇ」
「喜んで買いに行ってきます!」
宰相閣下ご本人に、実の息子が冴えない子爵家の末娘と密会をしている、なんて喋られては要らぬ誤解を生みかねない!!そんなの冗談じゃない!!
私は早足で街まで掛け出したのだった。
「またのご来店お待ちしてます」
カランカラン、と耳障りの良いベルを聞きながら、私は目的の物を持ってお店から出た。
思ったより時間がかかったな。
今人気のお店ともあって着いたときには店の前に列が出来ていたのだ。会議が何時からか聞いていなかったが、走って戻れば間に合うだろう。
私はお城に戻ろうと小走りでお店の角を曲がった。
「きゃっ!!」
「わっ!?」
ドンッ、と誰かとぶつかってよろけた。相手の方は転んでしまったみたいで、ドサリという鈍い音が耳に届いた。
しまった!と思って相手を見れば、身なりの整った金髪の女の子が顔を歪めて尻餅をついていた。
「ごっ、ごめんなさい!急いでて前を見ていなかったわ!大丈夫?」
「…………」
女の子は眉間に皺を寄せ、目にたっぷりの涙を蓄えている。
ああ!ごめんね!痛かったよね!大丈夫じゃないよね!わーん!どうしたらいいの!?
何も喋ってくれない女の子の周りをオロオロとさ迷っていれば、私の後ろから「チエル?!」と驚いたような声と共に男の子が女の子に駆け寄ってきた。
「大丈夫か!?」
「ユニシス……」
女の子を立ち上がらせて服の埃をほろってあげている男の子は、少し薄汚れた服を身につけていた。身綺麗な女の子の隣に立つと、その不釣り合い差が目に見えて分かってしまう。
思わず首を傾げそうになっていれば、チエルと呼ばれていた女の子が男の子に抱きついた。男の子が困ったように背中をさすっていれば、私達のところへ茶色の布を深く被った女性が近づいてきた。
「あっ、か…母さん」
お母さん?
茶色の布で顔は見えないが、男の子が言うのだからそうなのだろう。私は、女の子にぶつかってしまったことを謝ろうとしたが、するりと私に背を向けた女性は、男の子に何かを耳打ちをしていた。
すると、驚いたように男の子が私に振り返った。
「え?」
「あっ!いや!!い、妹のチエルがぶつかってごめんなさい!!もう母さんも来たので大丈夫です!」
この女の子は妹だったのか。
私は、お母さんだと呼ばれた女性に頭を下げて、娘さんにぶつかってしまい申し訳ありませんと謝罪した。
「あっ、いえ、……大丈夫、です」
女性は片手を振って私を制し、顔を隠す布を引っ張っりながら頭を下げた。顔は見えなかったがその声はとても若々しく聞こえた。まるで私と同い年かと思えるほどに。子供のいる年齢の女性の声ではないような…。
何かが心に引っかかった。
何だろう?何かが不釣り合いで、何かが矛盾しているような気が……。
私が思考を巡らせていると、妹と言われた女の子は、きょとんと男の子を見上げていた。
「ユニシス?妹って何を言って」
「ほら!行くぞチエル!母さんも!馬車に乗り遅れちまう!」
妹の声を遮った男の子は、私に一度頭を下げてから、女の子と女性の腕を掴んで引っ張るように西門の方へと向かっていった。
そうだ、私も早く帰らなくては!エンフォリオ班長がいらぬ事を宰相閣下に喋ってしまう。面倒な人に弱みを握られたな。
私は荷物を持ち直して三人とは逆方向の城へと向かって足を進めた。
そんなことがあった次の日、リエーヴェル副隊長の姪で宰相閣下の孫娘である、チエル・リエーヴェルが行方不明になったという話が城内を駆け巡ったのだった。




