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12.『狼と七匹の子山羊』その2

「ロジーナ聞いた!?」

「お城中がこの話で持ちきりですよ!」


 城内を移動中、私を見つけたモニカとメリーナが慌てたように話してきたのは、私も班長から既に聞いていた【噂】についてだった。


「私もさっき班長から聞いたけど、まだ確証は無いみたいだから二人ともあまり騒がないでね」


 しー、と口元に人差し指をあてれば、二人は口を噤んで頷いてくれた。

 班長が先ほど監査班の文官を集めて話してきたのは、昨日起きたチエル・リエーヴェル様の行方不明事件についてだった。

 いつもは少しおちゃらけた雰囲気のエンフォリオ班長も、この時は眼鏡の奥の瞳を鋭く細めていた。


「私達の上司でもある宰相閣下の孫娘、チエル・リエーヴェル様が行方不明となったという噂で城内は持ちきりになっています。また、騎士隊の予算等を受け持っている人は既に知っている情報ですが、現在国内では人身売買を行っている集団がいるという話も出ています。今回のチエル様が居なくなった事と関係があるかは騎士隊が調査中ですので口外は控えてください。噂話で仕事が遅れないように、と宰相閣下からもお言葉を預かってます。あくまでチエル様の件についてはまだ未確定情報です。噂に気を取られず、皆さんは騒がないで通常業務を続けてください。話は以上です。仕事に戻ってください」


 騒がずに、といっても監査班でもざわつきはしばらくの間続いた。

 チエル様はリエーヴェル副隊長の兄上であり、未来の宰相だと言われているジェイル・リエーヴェル様の一人娘だと聞いている。ジェイル様は今、宰相閣下の下について政権を学んでいる最中だと聞いているが、今はきっと娘を探して動き回っているに違いない。


「………チエル?」


 話を聞いた後、私は胸のざわつきを押さえることが出来ずにいた。

 チエルという名前を偶然だけど私は昨日聞いていたからだ。

 同じ名前なだけの他人かも知れないし、私があの時聞き間違えていただけかも知れない。だけど、もしあの女の子がリエーヴェル副隊長の姪だったとしたなら、私があの時感じた不可解な点が解消されていく。


 リエーヴェル副隊長に相談しよう。


 間違った情報かもしれないけれど、私はこのことを話しておくべきだと思った。

 目の前の書類には、いつもと変わらない綺麗で整ったリエーヴェル副隊長のサインが記入されているが、よく見れば文字がかすれている箇所がある。

 ……いくら子供が苦手だと言ったって、実の姪だもん。リエーヴェル副隊長も心配だよね。

 いつもとは違うサインに、私の胸のざわめきが少し大きくなった。





「リエーヴェル様もきっと今頃悲しんでいるのではないかしら」


 頬に手を当てたメリーナは、騎士棟の方を向いて小さく溜め息を吐き出した。そんなメリーナの肩を優しく撫でたモニカは首を横に振った。


「大丈夫よメリーナ、リエーヴェル様にはベルッケン様がいるんだもの。きっと今頃弱り切ったリエーヴェル様をあの厚い胸板でベルッケン様が慰めているに違いないわ」

「そうよね!これをきっかけに二人の距離が縮まるに違いないわ!」

「おいしいわね!」

「おいしいですわ!」


 多分、それだけは無いと思う。と伝えても、ロジーナにはまだ解らないのね!と二人に流された。いや、解りたくないよ。

 そのまま盛り上がる二人と別れた私は、目的の場所を目指して歩き進めた。

 私が向かう場所、それは第1騎士隊の執務室だ。

 予定は聞いていないので、執務室に行っても会えるかは分からないけど、それでもじっとしていられなかった。私は早まる気持ちを押さえて騎士棟へと向かった。





「申し訳ないが私は忙しいので時間は取れない。今度にしてくれ」


 第1騎士隊の執務室は、今日も絶賛吹雪が吹き荒れており、空気は前とは比べ物にならないほど凍りついている。

 偶然だけど執務室にいたリエーヴェル副隊長は、前に見た時よりも金色の瞳を研ぎ澄ましていて、話があるとやってきた私を片手で追い払った。

 くっ、挫けそう……!でも、話さなきゃ!

 執務中のジャハンさん達騎士がハラハラと見守る中、鋭く研ぎ澄まされた金色の瞳を真っ正面から受け止めた。


「私が昨日、チエル様だと思われる方を目撃していた、と言ってもリエーヴェル副隊長は私の話を聞いてはくださらないのですか?」


 ガタッとジャハンさん達が立ち上がって私を食い入るように見てきた。目の前のリエーヴェル副隊長については、その金色の瞳を少し細めただけで微動だにせずに私を真っ直ぐに見ている。


「……わかった、話を聞こう。その前に少しだけこちらも話をさせてもらいたい」


 ついてこい、とリエーヴェル副隊長は私を隣の部屋へと案内した。

 前回と同じソファーに座ったリエーヴェル副隊長を見て、私も前と同じくリエーヴェル副隊長の正面に腰を下ろせば、リエーヴェル副隊長は本当に時間が無いようで直ぐに話を始めた。


「まず、チエルのこともそうだが私達は子供の行方不明事件の捜索をしていたことはハールックにも話したな」

「はい」

「……昨日、チエルの他にもう1人子供が消えている。私からすればそちらの方が問題なんだ」

「……はい?」


 自分の姪が消えているのに消えた平民の子供の方が重要ってどういう事なの?

 私が訳が分からないという顔をすれば、リエーヴェル副隊長は窓の外を見て小さく溜め息をついた。


「今回は平民の子供が消えたことや、人身売買の集団が国内にいるという噂が出てきたりと、色々な問題が混ざってチエルのことも大事のように皆が騒いでいるんだが、我が家の中では大した問題ではないんだ」

「…と、いうと?」

「チエルが居なくなることは良くあるんだ」

「はい!?」

 

 公爵家の娘が居なくなることが良くあること!?そんなまさか!?


「チエルはまだ幼いんだが頭が良くてな、あらゆる手を使って家を抜け出しては平民の子供と遊んでいるんだ。前に居なくなった時は、その平民の家に泊まっていたくらいだ」


 誰に似たんだか…。と呟いて溜め息を吐き出したリエーヴェル副隊長は、疲れたように頬杖をついた。


「今回もどこかにいるんだろう。こっちはそこまで心配していないのに、ハールックのようにこちらを尋ねてくる者が絶えなくて執務が進まないんだ」

「そ、それはすみません」

「いや、どこにいるか分かればこの騒ぎも収まるだろうから早いに越したことはない。ハールックの話は聞く価値があると思ったしな」 


 それで、どこで見た?と聞いてくるリエーヴェル副隊長の横顔には心配の文字は見えない。

 あれー?私1人だけが慌ててた感じ?

 私は体の力が抜けて椅子に深く座り込んだ。リエーヴェル副隊長を見てたら気が抜けたよ……。

 あれ?でも、だったらなんで妹なんて言われてたんだろう?男の子は良く遊んでいる平民の子だったのかな?でもだからって私相手に妹っていう必要ないだろうし……。

 黙ってる私に、リエーヴェル副隊長は首を傾げた。


「どうした?」

「あ、いえ、今更ながら私が見た女の子が本物のチエル様かどうか不安に思いまして…、兄だという男の子と母親だという女性が一緒にいたんです」

「なんだそれは?本当にチエルだったのか?」


 リエーヴェル副隊長は眉間に皺を寄せて、時間を返せと言わんばかりに私を睨んできた。


「す、すみません。事件に巻き込まれたんだと思って慌ててしまって。ちなみにチエル様は金髪ですか?」

「ああ。……まさかチエルの髪色も知らずに見たと言ったのか?」


 呆れる、とリエーヴェル副隊長は眉間をぐりぐり押した。

 うぅ……、すみません……。


「金髪のチエルと呼ばれた女の子を見たことは本当なんです。あまりに身綺麗な格好をしている女の子で、兄だと名乗った子が薄汚れた服を着ていたので変だなと思いまして。ユニシス?だったかな、それが兄の名前です」


 ガタッとリエーヴェル副隊長が立ち上がって驚いたように目を見開いて私を見てきた。

 え、どうしました?


「ユニシス、だと?」

「は、はい。チエルと呼ばれていた女の子が確かそう男の子を呼んでいました」

「そいつの特徴は?」

「えっと、背丈は私の胸辺りで、薄汚れた服、髪色はチエルと呼ばれる女の子と比べると少し薄汚れたような金髪だったはずですが……」


 なぜユニシスと呼ばれる男の子の方を気にするのだろうか?

 リエーヴェル副隊長は、明らかに焦ったように顎に手を当てて思考を巡らせている。

 ……まさか、さっき言っていた消えたもう1人の子供って!?


「消えた6人目の子供はユニシスというのですか!?」

「…ああ、特徴はハールックの言う子供と一致している」

「そんな!ではあの時一緒にいた母親という女性は!?ご両親はどうして彼を連れ去られたのですか!?」

「ユニシスという子供に母親はいない。居るのは父親だけで、留守番をしていたはずが家から居なくなっていたと言っている」


 いったいどういうこと…?あの女性は母親じゃないということになるの? 


「他に情報はないのか、ハールック」


 いつもは冷静なリエーヴェル副隊長の金色の瞳が、焦ったように揺らめいている。私に出来ることは語ることだ。


「私には何が情報になるか分かりません。簡潔的に昨日のことを話します」


 頼む、と頷いたリエーヴェル副隊長に私も頷き返し、私は早口で昨日のことを語ったのだった。

ブックマーク100件を超えました。

皆様ありがとうございます!

ちまちま書いていきますのでよろしくお願いします。

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