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13.『狼と七匹の子山羊』その3

「ハールックに聞きたいことがある」


 私の話を聞き終えたリエーヴェル副隊長は、真剣な眼差しで私の目を真っ直ぐに見つめてきた。

 嘘を付いても直ぐに分かる、とまるで言われているように。

 私は、ごくり、と唾を飲み込んでゆっくりと頷いた。


「ラカンナ村の他に、お前が西門から出る馬車で訪れたことのある場所はあるか?」


 ラカンナ村以外…?

 私は記憶を巡らせてみるが、乗り合い馬車で降りたことがあるのはラカンナ村以外に思いつかない。


「ないですね……」

「では、ラカンナ村で孤児院以外に顔見知りは居るか?」


 なんでそんなことを?

 私は首を傾げつつ考える。ラカンナ村で孤児院以外で会う人は村民しかいない。何度か訪れているので、向こうは私の顔を知っているかもしれないが、私の方はぼんやりとしか思い出せない。これは、顔見知りとは言えないだろう。


「顔見知りという仲の人は孤児院以外には居ませんね。ぼんやりと、ラカンナ村で会えば村民かな?と思う程度の人しかないです」

「……そうか、」


 ならば、ほぼ確定だろう……。そう呟いたリエーヴェル副隊長は、何かを悩むように一度瞳を閉じ、そして次の瞬間には感情を全て排除したかのような冷たい目で私を見据えてきた。


「……情報提供感謝する。文官棟に帰してやりたいが、ハールックには私が戻るまでここに居てもらう」

「え?」


 そう言うなり椅子から立ち上がったリエーヴェル副隊長は、私をこちらに置いたまま隣の執務室へと行ってしまった。

 ここに居てもらうってどういうこと!?それに聞くだけ聞いて何も教えてくれないの!?もっと詳しく説明してよ!


「待ってください!」


 慌ててリエーヴェル副隊長の後を追いかければ、既にリエーヴェル副隊長はジャハンさんたちに何かの指示を出していた。


「これより、我々で極秘に人攫い事件の実行犯だと思われる人物の捕獲のためラカンナに向かう!ジャハン及びギベンは私に同行しろ!ルナントはここにて待機!隊長が戻った際の事情説明を任せる!まだ確定事項では無いため他の者への口外は許さん!以上、早急で準備に取りかかれ!」

「「「はっ!」」」


 ……え?


「なッ!?なんですかそれ!!」


 意味が分からない!実行犯を捕まえる!?いったい誰を!?

 ラカンナに行くって………ラカンナ?

 先程のリエーヴェル副隊長の様子を思い出し、私の胸が大きくざわついた。

 ……ラカンナ村では孤児院以外の村人とは顔見知りではないと答えたら、リエーヴェル副隊長は、ほぼ確定だなと言った。それって!!


「孤児院の者は犯人ではありません!!」

「黙れハールック。お前に顔を見せることができず、西門から出ている馬車に乗らなくてはいけない人物など、ラカンナの孤児院の者以外にいない。まだ確証が無くとも、我々には確かめる義務があるんだ!」


 でも、リエーヴェル副隊長が疑っていることには変わりない。私の頭の中にリリアナやユフィナ、子供達の笑顔が浮かんでは消えていく。

 そんなはずない……、私は絶対に信じない!


「ならば私も連れていってください!!」


 冷たい目で私を制するリエーヴェル副隊長に掴みかかる勢いで迫れば、ガッと後ろからルナントと呼ばれた騎士に肩を掴まれた。


「なにするんですか!!離してください!!」

「申し訳ありません。副隊長の命により、ハールック女官には私と共にここに残ってもらいます」

「そんな!?」


 振り解こうにも、相手の力が強くてびくともしない。


「極秘と言ったはずだ。騒がれて誤った情報が出れば、それこそお前が親身にしている孤児院が危機に晒されるぞ。最小限に被害を押さえるためだ、ハールックはここにいろ」

「リエーヴェル副隊長!準備完了しました!」

「行くぞ」

「ちょっと待ってください!まだ話は終わってません!どうしてですかリエーヴェル副隊長!リエーヴェル副隊長!!」


 私が声を荒げようともリエーヴェル副隊長は私の方を一度も見ることなく、私を第1騎士隊の執務室に残したままラカンナへと行ってしまったのだった。






「ほぉ~ん、そりゃあシリルが悪いな」

「ですよね!」


 バンッ!と机を叩いて力説する私に、燃えるような赤い髪の騎士ことベルッケン隊長が力強く頷き、ルナントさんが困ったように溜め息を吐き出した。


 遡ること10分前。

 リエーヴェル副隊長がラカンナへ向かってから既に30分が経っていた。早くここを抜け出さないとリエーヴェル副隊長に追いつけない。

 追いつくと言っても馬に1人で乗ることもできない私にはルナントさんを説得して一緒に行ってもらうしか方法はない。しかしルナントさんは困ったように首を振るだけで、私の話には聞く耳を持ってくれず、どんどん時間だけが過ぎていく。

 どうすればいいよ……!

 気持ちだけが空振ってしまい、目が熱くなってくる。


「……泣かれるのは困るのですが」

「なっ、泣いてません!」


 慌てて目元を手で擦っていれば、バーーンッ!!と豪快に執務室の扉が開いた。


「騎士が女を泣かすとは何事だぁッ!!?」

「ッ!?」

「ベルッケン隊長!!?」


 扉を蹴破る勢いで入ってきたのはベルッケン隊長で、違いますよ!とルナントさんが慌てたように隊長の傍に駆け寄るが、目つり上げたベルッケン隊長は話を聞かずにそのままルナントさんの脳天に拳骨を振りかざした。


「い゛ッ!!」

「女と子供と老人には優しくするように何時も言ってるだろうがっ!!全員そこに直れッ!!………って他の奴らどこ行ったんだ?」


 鬼のような形相からきょとんと目を丸くして執務室を見回したベルッケン隊長は、突然の出来事に驚いて固まっていた私に目を止め、そして眉間に皺を寄せた。


「ピーターのとこの女官じゃねぇか。おいルナント、他の奴らはどうした?」


 その場にしゃがみ込むルナントさんは目に涙を溜めながら「人攫い事件の実行犯と思われるラカンナの孤児院に行きました」と答えた。

 だからそれはリエーヴェル副隊長の誤解なんだって!


「ラカンナの孤児院?」

「違うんです!!リエーヴェル副隊長が間違ってるんです!!誤解なのですよベルッケン隊長!!」

「ハールック女官!」


 ベルッケン隊長に事情を話そうと私が声を上げれば、ルナントさんがそれを咎めるように声を大きくした。


「おい、ルナント止めろ」


 しかし、ベルッケン隊長がルナントさんを止めて、私の目を真っ直ぐと燃えるような赤い目で見てきた。

 リエーヴェル副隊長とは違う、人の本質を見抜こうとするような熱い視線に、思わず目を会わせていられないと逸らしそうになる。

 でも今、ベルッケン隊長から目を逸らせば、私はラカンナの孤児院を見捨てることになるのでは?リエーヴェル副隊長を止めることができるのは、ベルッケン隊長だけなんだ……!

 視線に押し負けないようにとぐっと足に力を入れ、私はベルッケン隊長の目を食い入るように見返した。


「……………ピーターのとこの女官は、良い目をするな。それにあの何でも全て完璧にこなすシリルを否定するところが面白い。ハールックといったな?」

「はい」

「名は?」

「ロジーナです。ロジーナ・ハールックといいます」

「気に入った!」


 ニヤリと笑ったベルッケン隊長は、私の頭にぼふっと掌を乗せた。


「何があったか話せ!俺があの堅物シリルを何とかしてやる!」

「本当ですか!ありがとうございます!」

「ちょっ、ベルッケン隊長!」


 目を輝かせた私とベルッケン隊長の間に慌てて入ってきたルナントさんだったが、ベルッケン隊長の「第1騎士隊の隊長は俺だ、俺の命に従え」という鋭い命令により、しずしずと後ろに下がっていった。

 こうして、戦場の赤鬼と恐れられたらベルッケン隊長を味方に付けた私は、リエーヴェル副隊長への悪口と文句を混ぜ込ませながらベルッケン隊長に事の次第を説明したのだった。




「そんで?シリル達はいつ頃出てった?」

「1時間は経ってないですが、それに近いくらいですね」


 ルナントさんの答えに、時間がねぇな、とベルッケン隊長は呟いて立ち上がった。


「あの、もしかして間に合わないのですか……?」

「馬を飛ばせばラカンナまで2時間で着くからな。普通じゃ追いつけないだろう」

「そんなっ!」


 せっかくベルッケン隊長を見方につけたのに!

 口元を押さえて愕然とした私に、ベルッケン隊長はニヤリと笑って、普通ならな、と言いいながら私を担ぎ上げた。


「ひゃあっ!?」

「ベルッケン隊長!?ハールック女官になにを!?」


 慌てるルナントさんと共に、私もベルッケン隊長の肩の上で何が起こったの!?と目を白黒させていれば、ベルッケン隊長は私を担いだまま執務室の扉をくぐった。


「俺なら追いつけるから安心しな。じゃ、そういうことで口下手な部下のところにロジーナちゃん連れてってくるわ」

「はぁっ?!ちょ!ベルッケン隊長!!」

「後よろしくー」


 そう耳に言葉が届いた時、既に私の視界にルナントさんは写っていなく、変わりにすごい早さで周りの景色が流れていた。ルナントさんのたいちょーーーう!!と悲壮感漂う叫びが遠くから聞こえてくる。

 あっという間に馬小屋に着いたベルッケン隊長は、そのままひょいと私を馬に乗せ、しっかり捕まってろよ、と言って自身も馬に乗り込んだ。


「いくぞ!」

「ぅわっ!?」


 走り出した馬は、前にリエーヴェル副隊長と一緒に乗ったときとは比べものにならない振動とスピードで道を駆けていき、胃が飛び上がる感覚に思わず歯を食いしばった。


「直ぐ追いついてやっから我慢しろよ!!」


 私は何度も頷いて、既に夕方に向けて傾き始めた太陽に目を細めながら西門の方向を見つめた。

 早く、リエーヴェル副隊長達の背中が見えるようにと願いながら。

昨日、ブックマーク100件ありがございますと言っていた矢先、200件を越えており驚きと喜びで震えています。

また、評価もありがとうございました!昨日書き忘れてました、すみません……!!


更新について

前の日に書いてますので、書き上げ終わったら次の日の朝9時に更新します。更新が朝9時になかったら、「あ、書けなかったんだな」と思ってください。

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