14.『狼と七匹の子山羊』その4
目を開けていられない速さに耐えてどのくらい経っただろうか。太陽の傾き加減で時間を確認しようにも、馬にしがみつくのがやっとな私にはそんな余裕はない。ぐっと目を閉じながらリエーヴェル副隊長達に早く追いつけと願っていれば、馬を操っていたベルッケン隊長が「みっけたぜぇ!」と声を上げた。やった!と心の中で歓喜の声を上げながら、私は何とか薄目を開けて道の先へ視線を飛ばした。
遠くに馬で駆ける3人の人影が見え、そのうちの1人は黒い馬に跨がって水色の三つ編みを揺らしている。あれはリエーヴェル副隊長で間違いない!
「シリーーールッ!!!」
馬上で大声を上げてベルッケン隊長がリエーヴェル副隊長の名前を叫べば、前を駆けていた3つの影が急停止をした。それを確認したベルッケン隊長は、馬の速度を押さえて軽快なテンポを刻んで馬の足を進める。距離がどんどんと近づいていき、リエーヴェル副隊長の怒りで染まった表情も確認できた。
予想通り、大変お怒りのようだ……。
「隊長直々に届け物にきたぞー」
ベルッケン隊長が手を振ってそう言えば、リエーヴェル副隊長の眼光が鋭くなり、後ろに控えているジャハンさん達が頭を抱えたのが分かった。
私は、真っ直ぐにリエーヴェル副隊長を見つめるが、金色の瞳は私の後ろにいるベルッケン隊長を射抜くように睨みつけている。
「帰って下さい。こちらは我々だけで十分です」
「ああ、それは分かってるって。俺はロジーナちゃんをお前の所に届けに来ただけ」
リエーヴェル副隊長が眉を寄せて、ロジーナちゃんだと?と苦々しく呟いた。
……ちゃん付けが似合わないのは私も分かっていますから、そんな不快そうな顔をしないでください。
「ハールックには残っている様にと指示していました。2人でお戻りを」
「本人は納得してねぇけど?」
なっ、と言われて私は大きく頷いた。
ええ、もう全く何もかも納得しておりませんよ。確かにリエーヴェル副隊長が言っていた通り、ユニシスという少年と一緒にいた女性は、私に顔を見られないようにしていたことから、私が知っている人物で、そして西門から出る馬車に乗ろうとしていたことから、ラカンナ村の孤児院関係者だと予想したことは私だって信じたくないけど分かるのだ。だけど納得はできない!
孤児院の者が子どもを攫う理由など何もないし、それにユニシス少年は自ら進んで彼女と行動を共にしている様にしか見えなかった。シスター達を人攫いの実行犯だと決めつけないでもらいたい。もしも孤児院にユニシス少年やチエル様が居たとしても、それにはきっと理由があるはずだ。
「私も一緒に行きます、連れて行ってください」
「駄目だ」
リエーヴェル副隊長は私のことを一瞬だけ目に捉え、ベルッケン隊長に向けていた怒りを消してそのままと目を逸らした。
「邪魔だ、帰れ」
そう冷たく言うリエーヴェル副隊長は全くこちらを見ようとしない。どうして私のことを見ないの?執務室を出て行った時も私の方を一度も見なかった。いつもは私のことを真っ直ぐに見てくる金色の瞳と交差しない視線に違和感を覚えた。
「シリル、そんな言い方じゃ伝わらねぇだろ」
私達のやり取りを見ていたベルッケン隊長は、両手の平を上へと向けて演技のように態とらしくはぁー、と溜め息を吐き出し、そしてニヤリとリエーヴェル副隊長に向けて笑ったと思えば、私の頭にぼふっと手を乗せた。
「ロジーナちゃんを巻き込みたくないんだって言えばいいだろ、素直じゃねぇな」
「え?」
私を巻き込みたくないとはどういうこと?
リエーヴェル副隊長を見れば、眉間に眉を寄せたまま口を引き結んだ。
「なんだよ黙りか?話を聞いて俺は直ぐにピーンときたぜ。もしシリルの予想通り孤児院が人攫い事件の実行犯だった時、ロジーナちゃんは孤児院を庇うだろ?」
「は、はい……」
「だかそうなれば俺たちは、人攫い事件の協力者となるロジーナちゃんも捕まえることになる」
「……え?」
私を、捕まえる?
ベルッケン隊長の言っている言葉を頭の中で復唱し、私は自分の立場をやっと理解した。金品の寄付をしていた、というだけであれば私は今回の事件は無関係となる。しかし、孤児院がもしも実行犯だったとして、私がそれを庇う様な行動をとれば、それは立派な協力者だ。
「シリルはそれを避けるためにロジーナちゃんを置いていったんだろ?」
「……ベルッケン隊長は何故その頭脳を執務に活かせないんだ」
リエーヴェル副隊長は、仕方なそうに溜息を吐き出して馬から降りてこちらに近づいてきた。
あの氷の騎士と呼ばれるリエーヴェル副隊長が、私の事を心配してくれた?私を置いていったのは、私を捕まることがないようにするため?
私は、真っ直ぐにリエーヴェル副隊長を見た。
じんわりとした嬉しさが胸に広がるが、それを無視することになる自分の思いに胸がチクリと痛んだ。
リエーヴェル副隊長が私に向けてくれた心配を無視することになる、けど私はどんな結末を迎えようともリリアナ達の味方でいたい。最初は、ただ自分の物語を語る相手が欲しくて孤児院に寄付をしていた。でも今では違うとはっきり言える。
私を見上げるように顔を上げたリエーヴェル副隊長は鋭くて冷たい表情をしていた。
「リエーヴェル副隊長、私それでもついていきたいんです」
「ハールックが付いてくると面倒が増えるんだ。こちらも最少人数で行動をしているため、捕らえる者が増えると困る。最初から面倒となることが分かっているから騎士棟に置いてきたんだ。その理由を聞いてもなお行きたいというお前の神経が分からん」
リエーヴェル副隊長は心底呆れたというように溜息を吐き出した。心配、というよりも効率を重視しているようなリエーヴェル副隊長の言葉に、私の頭は混乱した。
思わずベルッケン隊長を振り返れば、ベルッケン隊長も顔を引きつらせていた。
「………ベルッケン隊長?私、先ほどのお話を聞く限り、リエーヴェル副隊長に心配されていたと思っていたのですが、なんだか本人の反応が少しずれているような…?」
「まぁ、一種の照れ隠しじゃねぇか?」
ベルッケン隊長は、私から目を逸らして引きつった笑みを浮かべてパタパタと手を振った。視線を動かしてジャハンさん達を見るも、向こうも困ったように笑っている。
……うん、これは心配など少しもしていなかったんだな。ただただ私が付いてくると仕事が増えるからとしか思っていないと見て間違いない。
また勝手な勘違いをしてしまったようだ。
じわじわと襲ってくる羞恥心に悶える私をリエーヴェル副隊長は厳しい顔で睨みつけた。
「ハールック、これだけ言ったんだ。邪魔はしないと約束しろ」
「ですが!」
「お前は私の後ろで見ているだけだ。それならば同行を許可してやる」
「……え?」
リエーヴェル副隊長は、どうするんだ?と私に問いかけながらも、既に答えは分かっている様で、私に右手を伸ばしてきた。
同行を許可するって…!あんなに頑なに着いてくるなって言ってたのに許可するって…!!
私は喜びを我慢できないまま、大きく笑顔で頷いてその手を取った。リエーヴェル副隊長の手は、今日も氷の様に冷たかったが、私の体温が映るように、じんわりとした温かさが灯る。
「絶対に邪魔はしません!」
「約束しろ。では行くぞ」
頷いたリエーヴェル副隊長は、手を取った私の腕を引いて、ベルッケン隊長の馬の上から私を引きずり下ろしてきた。
「ひゃっ?!」
バランスを崩した私は、そのままリエーヴェル副隊長の上へ倒れ込みそうになったが、その前にリエーヴェル副隊長が抱きしめるように私を受け止めてくれたようで、目の前に白い騎士服が広がる。
「っ!?」
「ひゅー、シリルったら男らしー」
ベルッケン隊長の冷やかすような声と、視界の端に映るジャハンさん達の驚きに染まった顔に、今の状況が幻ではないということが分かって耳まで顔が熱くなる。
しかし、頭の上から聞こえてくるリエーヴェル副隊長の声は至って冷静だった。
「ベルッケン隊長はお戻りください。ご苦労様でした」
「おいおい、ここまでロジーナちゃんを連れてきてやった俺に対して他に言うことねぇのかよ」
私を支えていたリエーヴェル副隊長の手に力がこもった。
「そうですね。では、未婚女性の名前を気安く呼ぶのは止めてください。ハールックのことは、以降名で呼ばないように」
「え?」
私がリエーヴェル副隊長を見上げるのと同時に、ベルッケン隊長がぶはっ、と吹き出して笑い出した。
「ははははははッ!!んだよ妬いてんのか!シリル可愛いとこあんだな!」
「何故そこで私が妬いていることになるんですか」
意味が分からないと、リエーヴェル副隊長は眉間に皺を寄せたが、ベルッケン隊長は大笑いしながらそれを止め、分かったよと頷いた。
その後、笑いを収めたベルッケン隊長は、私をリエーヴェル副隊長の所まで送り届けるという役目を終えたため、王都へと戻っていった。駆け出した隊長の後ろ姿に、ありがとうございました、という気持ちを込めて私は頭を下げた。
リエーヴェル副隊長の馬に乗せてもらいラカンナへと出発をした私達だったが、道中何度もジャハンさん達が微笑ましくリエーヴェル副隊長の馬に同乗する私を見ては、やりましたね!というように親指を上げたので、いや違うから、と首を振って否定をした。
ラカンナに到着したのは、空が赤く染まるころで、太陽は既に山の間に隠れかかっていた。
今回は極秘ということになっているため、村人に気づかれない様、村の入り口から少し離れた場所に馬を置いてから孤児院へと向かう。
歩きながら、私は孤児院に付いた後の事を考えた。邪魔をしないと約束をしたが、リリアナ達にリエーヴェル副隊長達が手を出すようなことがあった時、私には黙っていられる自信なんてなかった。どうすればお互いが納得する結果に持っていけるのかを考えていたが、特に良い案も浮かばないまま、とうとう孤児院へと着いてしまった。
もどかしい気持ちを押さえ、私は約束通り後ろに控えたまま、リエーヴェル副隊長がドアをノックするのを見守った。
孤児院のドアが開けば中の明かりと、楽しそうな子供たちの声が漏れてくる。夕食の途中だったのか、スープのいい匂いがした。
「いらっしゃいませ、」
出てきたのはリリアナだった。いつもと変わらない柔らかい笑顔を浮かべるリリアナは、騎士や私がここへ来ることをまるで知っていたかのように落ち着いていている。
ゆっくりと体をずらしたリリアナは、私達を中へ招くように腕を伸ばした。
「きっと騎士様たちが来られると思っていました。どうぞ、お入りください」




