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15.『狼と七匹の子山羊』その5

「うげっ、シリル叔父様…!」


 リリアナに通された部屋にリエーヴェル副隊長が入室すれば、中から可愛らしい声には似合わない言葉が聞こえた。ジャハンさん達の後ろから部屋の中を覗き込めば、3人掛けの質素なソファーとは不釣り合いの身綺麗な格好をした金髪の女の子が腰かけていた。

 リエーヴェル副隊長を叔父様と言ったことや、平民の子供とは違うと一目でわかる髪や肌の艶などから、あの子がチエル様ということは間違いないようだ。

 やっぱり、ここの孤児院に居たんだ……!

 これでリリアナ達がチエル様を連れ去ったことが明白となってしまった。リリアナ達が罪を犯してしまったという事実に、私の血の気がさぁーと引いていく。でももしかしたら何か事情があるかもしれない、罪だと決めつけるのは早い。私は、リリアナの元へ行こうとジャハンさん達の横をすり抜けて部屋へと足を踏み入れたその時、「はーなーしーてーッ!!」というチエル様の叫び声に足が止まった。

 何事だとチエル様の方を見てみれば、リエーヴェル副隊長がばたばたと暴れるチエル様を猫を掴むように掴み上げているではないか。

 なっ、何をしているんですかリエーヴェル副隊長!?

 表情は見えないが、リエーヴェル副隊長の背中では怒りの吹雪が吹き荒れていた。あれは相当怒っている。私とジャハンさんが同時に二の腕を摩った。


「自分が何をしたのか分かっているのかお前は」

「べ、別に何時もと同じでちょっと家から抜け出しただけじゃない!叔父様もこんなところまで私の事を探しに来るなんて暇なのね!」

「ほう、私が暇だと?」


 ビシリッと空気が凍った。吹雪が……猛吹雪が吹き荒れる…!!


「優雅に食事を楽しんでいるお前と一緒にするな、お前の所為で私がどれだけ迷惑を被ったと思う?その小さな頭でも分かるように脳みそに刻み込んでやろうか」


 怒りを抑えるような低く冷たいその声色にチエル様がピッと縮こまった。

 よく見れば、チエル様が座っていたソファーの前のテーブルには、パンにソーセージ、スープにサラダに果物と貴族としては質素かもしれないが、孤児院の子供からすれば豪華な食事が食べかけの状態で広がっていた。

 あ、あれ?連れ去らわれた割にお持て成しをされているような?

 そう思ったのは私だけではないようで、ジャハンさんも「これはいったい…?」と目を瞬いている。


「公爵家を抜け出すだけでは飽き足らず、王都から離れた孤児院にまで行っているとはな。兄上が探しても見つからないはずだ。言っておくが、口の軽い使用人が口を滑らせた所為で、今回お前が居なくなった事は既に多くの者の耳に入っている。もちろん父上にもだ」


 チエル様の体がビクリと揺れた。


「お、お爺様にも……?」

「そう言っただろう」


 さぁーと血の気が引いたように青くなったチエル様にリエーヴェル副隊長は呆れるようにふん、と鼻を鳴らした。


「今までお前がしてきた行いは全て兄上が隠し通してきたが今回はそうもいかない。お前のこのじゃじゃ馬っぷりの所為で何度兄上に泣き付かれたか…。今回は私もお前らを庇わん。今まで私が被ってきた迷惑の分を報いると思い、父上の所へ家族揃って頭を下げに行くんだな」


 簡単に許されるとは思うな、とリエーヴェル副隊長が付け加えれば、チエル様はガクンとうなだれた。

 

 ……なんだか二人の間で話が進んでいるが、私たちは全くついていけない。

 ジャハンさんとギベンさんについては、ぽかんとしているくらいだ。リリアナは少し事情を知っているのか、あらあらと頬に手を当てて笑っている。

 えっと、確かにリエーヴェル副隊長からチエル様が家から抜け出すことは良くある事で、そこまでリエーヴェル副隊長も心配はしていないって話は聞いていたけど、公爵家の娘が行方不明になったことってそんな説教程度で済む話ではないよね……?

 それに今回はチエル様が人攫い事件に巻き込まれたのではって話で、リリアナ達がその犯人だって疑われているんだよね?

 私が、リリアナへと視線を向ければ、それに気づいたリリアナはにこりと私に微笑んでから、リエーヴェル副隊長とチエル様の間に入っていった。


「どうか一度お怒りを収めてはいただけませんか、騎士様。差し出がましいようですが、わたくしからチエル様がこちらへ参られた理由をお話しさせてくださいませ」


 きっと、騎士様はにとってはそちらの方が重要な話になるかと。そう付け加えて微笑んだリリアナをちらりと横目で見たリエーヴェル副隊長は、何かを考えるように眉間に皺を寄せた。


「ギベン、チエルが逃げないよう捕まえていろ」

「は、はいっ!」


 ぶらん、と首根っこを掴まれたチエル様は、リエーヴェル副隊長に「暴れたりすれば父上からの説教の前に私がお前に嫌というほど説教をしてやる」と鋭い眼光で脅され、コクコクと何度も頷いてギベンと呼ばれる騎士に大人しく抱きかかえられた。

 リリアナは、手際よくテーブルの上を片付けると、リエーヴェル副隊長と机を挟んで向かい合うようソファーに座った。

 

「お話しする前に、一ついいでしょうか?」

「なんだ」

「ロジーナ様にもお話を聞いてもらいたいのです」


 リリアナはいつもの様に柔らかく微笑んで、私を見た。


「私にも…?」

「ええ、ロジーナ様には大変お世話になっていますもの、わたくし共がしてしまっていた過ちについて正直にお話ししなければなりません」

「あ、過ちって…!」


 私がリリアナに近づこうとすれば、「ハールック」と冷たい声に名前が呼ばれた。

 そうだ、私は邪魔をしないと約束をしている。ぐ、と唇を噛みしめて出かけた足を元へ戻せば、なにをしている、とリエーヴェル副隊長が呆れるような声を出した。


「早く座れ」

「え…、ですが」

「聞こえないのか、ぐずぐずするな」


 邪魔をしなければ話を聞くのは良いってこと?私が、恐る恐るリエーヴェル副隊長の隣に腰を下ろせば、リリアナがありがとうございます、と微笑んだ。


「では、お話しましょうか」


 目を閉じてリリアナがゆっくりと語ったのは、この孤児院へと助けを求めて手を伸ばした子供達の話だった。



 ラカンナ村では成人を迎えたものに畑が与えられる決まりがあり、村人の殆どが農民なのはそのためだった。そしてこれは孤児でも同じなため、孤児院の子供達の殆どが成人を迎えればそのまま農民となり、一人で生活していくようになる。だけど農民にはならずに、町に出て仕事をする子ももちろんいる。王都にもラカンナ村の孤児院出身の者は何人かいるらしい。


「2か月前の事です。わたくし宛に1通の手紙が届きました」


 それはリリアナの幼馴染で、今は王都で生活をしている孤児院出身の女性からの手紙だったらしい。王都に行ってからも定期的に孤児院に顔を出していたため、彼女から手紙が届いたのは初めてだったそうだ。手紙には「近々子供を数名連れていく」という内容が書かれてあり、そして手紙が届いてから1週間後、彼女は3人の子供を連れて帰ってきたそうだ。


「ポレッタ、マーシー、イワン、それが彼女が連れてきた子供たちの名前です」

「一人は聞いたことない名前だが、ポレッタとイワンについては人攫いにあったという子供と同じ名前だな」

「……マーシーには、ご両親がいませんからね」


 寂しそうに笑ったリリアナは、3人の子供の身の上話をしてくれた。

 一人目ポレッタは朝から晩まで働き、その稼ぎは全て親に奪われていた。

 二人目マーシーは父親は元からいなく、そして母親も再婚相手と共にどこかへと消えてしまった。

 三人目イワンは前妻の子供だからと家族から蔑ろにされていた。

 どうやってこの3人と知り合い、どうやって連れ出したのか、リリアナは幼馴染に尋ねた。彼女は悲しそうに笑って「出会いは様々だったけど、今よりは絶対にマシな生活をさせてあげられると思って、攫うように私の自宅へと連れてきたわ。だって、3人とも助けてって目をしていたんだもの」と答えたそうだ。

 しかし自宅へ連れてはきたが、彼女一人の収入で彼らを養ってあげることもできないし、ポレッタとイワンについては、親に見つかれば連れていかれてしまう可能性もあったので外出をさせることも出来なかった。考えた彼女は、自分が育った孤児院に頼ることにし、リリアナに連絡を取ったらしい。


「ここまでの道のりは、変装して家族だと誤魔化してきたそうです」


 事情を聞いたリリアナは子供たちを受け入れることにした。助けを求める子供の手を取るのが私たちの役目なのだと。そして彼らにこの孤児院の家族にならないかと尋ね、彼らは元の家族よりも孤児院を選んだそうだ。


「けどポレッタについては自分だけが助かってしまった、と悔やんでもいました」


 ポレッタは、自分と同じ境遇の仲間が他にもいると話してくれたらしい。そしてリリアナ達に他の子供も助けて貰えないかとお願いしたそうだ。リリアナと幼馴染の女性はそれを了承し、そして実行した。

 幼馴染が子供を探し出して助けが必要かを確認し、リリアナが助けを求めてきた子供を孤児院へと連れていく。そうして4人の子供を孤児院へと連れ帰ったそうだ。

 

「ツェティ、セルク、アマンダ、そしてユニシスという名前の子供に覚えはありますか?」

「……全員、ここ最近居なくなった子供の名前だな」


 ユニシス、という名前が出た瞬間、チエル様がピクリと反応してリエーヴェル副隊長の方を見てきたが、チエル様が口を開く前にリエーヴェル副隊長がチエル様を睨み付けた。黙っていろ、という意味が伝わったのか、チエル様はぐっと口を噛みしめてギベンさんに抱き着いていた。

 ……ギベンさん、可愛い幼女に抱き着かれたからって嬉しそうな顔しないでください。


「全員で7人の子供をわたくし達はここへと連れてきました」

「いや、正確には8人だろう。チエルの人数が引かれているぞ」


 リエーヴェル副隊長は、親指でチエル様を差したが、リリアナは「わたくし達も連れてこようとは思っていなかったのですが、どうしても言われてしまいまして」と困ったように笑った。

 なんと、昨日私があった茶色の布を被った女性はリリアナだったらしい。全く気付かなかったが、言われてみれば背丈も声の感じも似ていた気がする。

チエル様については、リリアナとユニシスの二人で家に帰るように説得をしたのだが、どうしてもユニシス少年に着いていくと言って聞かず、馬車の時間も迫っていたため、仕方なく孤児院へと連れてきてしまったらしい。


「後から名前を聞いて驚きました」


 見た目から普通の家の子ではないとリリアナも思っていたが、それがまさかリエーヴェル公爵家だとは思っていなかった。大変な子を連れてきてしまったと慌てたらしいのだが、本人はユニシスが居るからここに自分もいると言い、しかも自分がここに居ることで孤児院の不利益にならないようにお父様にお願いするから安心しろとリリアナに言ってきたらしい。

 その話を聞いたリエーヴェル副隊長の眉がピクリと動き、冷たい空気が漂った。

 ……チエル様、また一つ怒られる案件が増えたようですよ。


「ロジーナ様とあの時会ってしまったこと、そしてリエーヴェル家のお嬢様をお連れしてしまった事で、騎士様がこちらに来られるだろうと思いました」


 リリアナはリエーヴェル副隊長を見てにこりと微笑んだ。


「先週、ロジーナ様と一緒に馬に乗って来られた騎士様の名前もリエーヴェル様だったと思い出しましたから」


 バッ、とジャハンさんとギベンさんの視線が私とリエーヴェル副隊長に向いた。

 いつの間にそんな関係に…とか、やっぱり二人は…とか思っていそうな視線が頭に突き刺さる。

 違うから!お願いだからリリアナの話に集中させて!


「チエルは何故ユニシスという少年にそこまで執着をしているんだ」


 二人の視線に気づかないのか、それとも無視をしているのか、リエーヴェル副隊長はギベンさんの腕の中で大人しくしていらチエル様に顔を向けた。


「ユニシスは私の大切な子分だからよ!」

「子分?なんだそれは」

「子分は子分よ!私がボスだからユニシスは子分なの!」


 ふんっ、とチエル様は顔を背けて唇を尖らせた。

 子分とボス…、まるで公爵家のお嬢様の口から出たとは思えない単語に私の口が引きつった。

 なんでも、チエル様が屋敷から抜け出したときに良く遊びに行く範囲にユニシスの働いている食堂があるらしく、たまにユニシスはチエル様の話し相手をしていたらしい。

 そしていつの間にかチエル様がユニシスのことを子分だと任命したそうだ。

 なんとも予想外すぎる関係だ。てっきり身分違いの恋でもしているのだと思っていたのだけど…。

 ふと、チエル様を見れば、さっきまで不貞腐れた様な顔をしていたのに、いつの間にかその可愛らしい顔を曇らせていた。


「……ユニシスは売られちゃうからここに逃げたんだって。だから王都には戻れないんだって。それなら私がお父様に頼んでうちに置いてもらおうと思って。うちなら安全だし、いつでもユニシスに会えるもの。お父様なら私がここに居ることも直ぐに分かると思うし、それまでユニシスとここにいるって決めたのよ。お父様より先にシリル叔父様が来るとも思ってなかったけど」

「え、あの、今売られるって…」


 思わず声が出てしまった。子供たちの境遇は様々だったが、ユニシスはどうやら親に売られかけたらしい。

 リエーヴェル副隊長が詳しく話せと、リリアナへ視線を向ければ、リリアナも顔を曇らせながらユニシスについて話をしてくれた。

 ユニシスには母親がいなく、父親は偶にしか家に帰ってこないような人だった。父親に育てられたという記憶はユニシスには殆どないらしく、幼少期から食堂の下働きとして働いて何とか毎日を過ごしていたそうだ。

 そんなユニシスは、先に孤児院へとやってきたポックルと知り合いだったらしく、リリアナの幼馴染の女性も早くからユニシスに接触をしていたらしい。しかし、自分はまだ大丈夫だから他の子供を先に助けてくれと言って、ユニシスは他の貧しい子供や親を亡くして困っている子供をリリアナ達へ教えたそうだ。

 それから数日後、急に家へと戻ってきた父親が何故か上機嫌で、そしてユニシスに優しくしてきた。珍しいこともある、とユニシスは思っていたらしいが、それは数日続き、今まで放っておいたユニシスを父親は甲斐甲斐しく世話をしはじめたそうだ。比較的綺麗な洋服を与えて、風呂へと入れ、髪を整えさせ、仕事もしなくていいと食堂を辞めさせられた。

 嬉しさとこそばゆい気持ちも感じていたのだが、ユニシスにはどうしても父親の優しさが嘘のように感じられたそうだ。

 そしてその直感は当たっていた。夜中に目が覚めたユニシスは、父親が何かの紙を手にして寝ているのを見つけ、何気なくその紙を見てみたらしい。

 

「それには、ユニシスの名前と金額が書かれていたそうです」


 文字に詳しくないユニシスだったが、それでも自分の名前と金額が書かれていることから、それが自分を売るための契約書か何かだと分かったそうだ。


「……東の方に出ている人身売買集団と関係がありそうだな」


 リエーヴェル副隊長が目を細めて、口に手を当てながら何かを考えていた。

 ユニシスはそのまま家を飛び出し、そしてリリアナの幼馴染の女性の自宅へと逃げ込んだそうだ。


「あれ?ユニシスは自宅に留守番をさせていたら姿を消した、と父親は言っていたのでは…?」


 リエーヴェル副隊長から聞いた話との違いに疑問を口にすれば、「逃げられたなんて言えないから嘘をついたのだろう」とリエーヴェル副隊長が冷たい声で答え、まるで邪魔をするなと言うように片手を振った。

 ……話を遮ってすみません。

 

「私宛に連絡が来て、直ぐにでも王都から離した方が良いと思い、昨日ユニシスを迎えに行ったのです」

「そしてそれを偶然屋敷から抜け出した私が知ったのよ!」

「チエル、黙っていろ」


 ギロリ、とリエーヴェル副隊長の氷のような眼光がチエル様に向かえば、チエル様はギベンさんに抱き着いて何度もこくこくと頷いた。

 話を一通り聞いた、リエーヴェル副隊長は顎に手を当ててしばらく口を閉ざした。

 私からすれば、リリアナ達は子供たちを助けているようにしか思えない。しかし、理由は様々だろうがここへと逃げてきた彼らの親は彼らを探している。だから騎士隊にも話が行き、そしてリエーヴェル副隊長達も犯人を捜していた。

 口を閉ざすリエーヴェル副隊長に、リリアナが両手を揃えてゆっくりと頭を下げた。


「騎士様、わたくし共は子供を助けるためとはいえ、彼らの親から彼らを奪い、そして連れ去ってきたことは事実です。その罪をわたくしは認めます。しかし、どうか彼らを親元へ帰すのは止めていただけませんでしょうか」

「リリアナ…、」


 私がそっとリリアナの肩に手を添えれば、リリアナが肩を震わせているのが伝わってきた。

 

「残念だが、ここに連れてこられた子供が居るなら、我々はその子供を連れていく必要がある」

「そんなっ!?リエーヴェル副隊長!」

「シリル叔父様!?」


 ガタリと私が立ち上がるのと同時で、チエル様から悲痛な声が上がった。そんな私とチエル様に一目もくれず、リエーヴェル副隊長は頭を下げたままのリリアナに鋭い視線をじっと向けていた。

 しかし、よく見ればその金色の瞳は鋭く尖っているが、いつもの冷たい氷のような目ではなかった。

 ……何か、きっとリエーヴェル副隊長にも考えがあるんだ。


「シスター、我々をその子供の所に案内してくれ」

「………わかりました」


 顔を上げたリリアナは、いつもの様に微笑みを浮かべようとしているが、その顔は今にも泣きだしそうに歪んでいた。

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