16.『狼と七匹の子山羊』その6
「リリアナシスター!どうしてこんな時間に騎士様が…、それにロジーナ様も……」
案内された部屋には、ユフィナや他のシスターに子供たちがみんな集まっていた。いつも顔を合わせている子の他に、昨日初めて会ったユニシスもそこにはいた。ユニシスが私のことを見つけた瞬間に悔しそうに顔を歪めたのが見えた。
……そうだよね、ユニシスからしたら私がリエーヴェル副隊長達を連れてきたように見えるんだよね。
チクリと胸が痛んだが、私はリエーヴェル副隊長の横顔を少しだけ見上げた。何時もは氷のように冷たく感情を見せない金色の瞳が、先ほどは冷たくは見えなかった。きっと、彼らをこのまま連れ帰るだけなんてしないはずだ。
リエーヴェル副隊長が氷の騎士だと言われているのはその厳しい性格と冷たく見える容姿の所為で、その心は氷でなんて出来ていない。まだ少しの付き合いだけど、私はそのことを分かっている。
リエーヴェル副隊長を信じる、それが私に出来ることだ。
私は出来るだけ柔らかくユニシスに微笑みかけたのだが、ユニシスは私から顔を背けた。
「シスター、言っていた子供たちを前に並べろ」
「………はい」
皆の元へと移動したリリアナは、事情を聞こうとするユフィナ達シスターや子供達を押さえ、6人の子供をリエーヴェル副隊長の前に整列させた。全ての事情を察しているからか、子供達の顔は暗く曇っている。ユニシスだけは、悔しそうに口を噛みしめていた。
「わっ!ちょっ!チエル様!!」
ギベンさんが声を上げたのと同時に、私とリエーヴェル副隊長の間を小さい影が素早く通り過ぎ、ユニシスにチエル様が飛び付いた。
隣でリエーヴェル副隊長がギベンさんを睨みつけている。多分、逃がさないようにって言われてたのに手を離したから怒ってるのだろう。
……幼い女の子の首根っこ掴み上げるようなリエーヴェル副隊長と違って正しい女の子の扱いをギベンさんはしていたんですよ、そんなに怒らないで上げて下さい。
「チエル、抱きつくなって」
ユニシスはチエル様の肩を叩くが、チエル様はふるふると首を振って黙っている。ぎゅっとユニシスに抱きついたチエル様の肩は震えていて、少しだけ鼻を啜る音が聞こえてきた。
チエル様……、泣いてる?
ユニシスは仕方ないと言うようにチエル様の背中をさすった。
「………ありがとうな」
チエル様をユニシスはぎゅっと抱き締め、覚悟を決めたように真っ直ぐとリエーヴェル副隊長へと顔を向けた。
「副隊長、私が…」
「いや、ジャハン達は下がっていろ」
ジャハンさんが子供達の確認を買って出たが、リエーヴェル副隊長はそれを断った。カツン、カツン、と高い音を響かせてリエーヴェル副隊長は子供達一人一人の前に立ち、見分するように頭からつま先まで目線を走らせる。
金色の瞳を見ていられないのか、子供達は視線を逸らしたり下を向いたりしている。その中で、ユニシスとチエル様だけがリエーヴェル副隊長を真っ直ぐと見つめ返していた。
少しだけ、リエーヴェル副隊長の目が緩んだ気がした。
「ハールック」
「はっ、はい!」
全ての子供を確認したリエーヴェル副隊長は、金色の瞳を何故か私に向けてきた。
「ここに並ぶ子供に『狼と七匹の子山羊』を語ったことは?」
「へ?」
何故急に『狼と七匹の子山羊』?
私が頭を傾げていれば、リエーヴェル副隊長は目を細めて冷たい眼光を私に向ける。
「早く答えろ」
「なっ、無いです!」
「そうか」
どうするか、と呟いたリエーヴェル副隊長に部屋中の人がきょとんと目を瞬いている。
………なんで急に私の物語?!
リリアナの願いを聞き届けなかったリエーヴェル副隊長だったけど、その瞳が冷たさを纏っていなかったことから、何か考えがあるのではと私はリエーヴェル副隊長の事を信じて見守っていた。だけど、この展開は予想外だ。なんで!どうして急に『狼と七匹の子山羊』のこと思い出したの!?
シスター達や子供達が困惑したように目を合わせて首を傾げている。最近孤児院の家族となった子達が、急に王都からやってきた騎士に何かを確かめられている、なんて普通のことではない。シスター達も子供達も何かあったという事は察したはずだ。なのに急に、狼と七匹の子山羊を語ったことはあるか、なんて騎士が言い始めたら、そりゃ首を傾げますよ。
ジャハンさん達だって、これからこの子供達を王都に連れ帰えらなくてはいけないのかって苦い顔をしていたし、「何か手はないのか…」ってジャハンさんは悩んでいた。だけどリエーヴェル副隊長の意味不明な発言にジャハンさんとギベンさんは「狼と、子山羊?」「なんだそれは?」と目を点にしている。
『狼と七匹の子山羊』の物語を知らないユニシス達やチエル様は困惑の表情でリエーヴェル副隊長を不思議そうに見つめながらも声を噤んでいる。
リエーヴェル副隊長……、全員が着いていけてませんよー!!
孤児院に流れていた緊迫した空気は拡散し、今や皆が首を傾げている中、そんな空気を作り出したリエーヴェル副隊長は考えが纏まったのか、くるりと振り返り私の肩を掴んだ。
「では、語れ」
「は?」
素で聞き返してしまったが、私の事など気にしないリエーヴェル副隊長はそのまま私を並んでいる子供達の前に突き出した。
ええええええっ!?どういうことですか!?
意図を教えて欲しくてリエーヴェル副隊長を振り返るが、金色の瞳はこちらを全く向いていなく、「座れ」と子ども達を座らせている。
全員が困惑するようにその場に座れば、リエーヴェル副隊長は満足げに私の肩を叩いてきた。
「頼んだ」
「はあっ?!」
丸投げ!?状況を全く把握していない私に丸投げしないでくださいよ!
後ろに下がったリエーヴェル副隊長に口パクで「どういうことですか!!」と伝えるが、リエーヴェル副隊長は顎を上げて早くしろと冷たい視線を飛ばしてきた。
………もう、何がなんだか……。リエーヴェル副隊長の考えていることは全く分かりません。
私は引きつる顔で子ども達の顔を流れるように確認した。うん、皆もよく分からないって顔してますね、私もだよ。
リエーヴェル副隊長が何をしたいのか分からないけど、『狼と七匹の子山羊』を語ればいいんだよね?もうやけくそだよ、語りますよ、略さずに全部語りますよ。
私も子供達と目線を合わせるためにその場に座り、背筋を伸ばした。
「リエーヴェル副隊長からのご命令で、一つ物語を語らせて貰いますね」
少しでも安心をさせてあげたくて、にこりと笑って見せたが、子ども達の顔は困惑したまま固まっている。出来れば物語はリラックスして聞いてもらいたいのだけど、今回ばかりは仕方がないか。
私はゆっくりと息を吸い、狼と七匹の子山羊の物語を頭の中から引き出した。
「それでは……、 『狼と七匹の子山羊』 昔々、あるところにお母さん山羊と七匹の子山羊が住んでいました……───」
物語を私が語っている間、皆は口を閉ざして私の声に耳を傾けてくれた。
静かなラカンナ村の夜、孤児院には私の声だけが響いていた。
「───狼は井戸の底へと真っ逆様。お母さん山羊と七匹の子山羊達は、狼にもう襲われることはありませんでした。めでたしめでたし………」
私が物語を語り終わると、孤児院にはシンとした空気が流れた。誰も口を開かずに、静かにリエーヴェル副隊長に皆が視線を向けている。
……終わりましたが、この後はどうすればいいんでしょうかリエーヴェル副隊長?
ゆっくりと後ろを振り返れば、金色の瞳と目が合い、少しだけリエーヴェル副隊長が笑ったように見えた。
「ご苦労、ハールックは下がっていろ」
「は、はあ……」
私の肩をぽん、と叩いたリエーヴェル副隊長の声色はとても満足げだ。
……もしかして『狼と七匹の子山羊』が聞きたかっただけとか言いませんよね?
王宮図書館に既に置いてあるため、リエーヴェル副隊長に直接『狼と七匹の子山羊』を語ったのはこれが初めてだ。何となくだけどリエーヴェル副隊長は、本で物語を読むよりも物語を聞く方を好んでいる気がするんだよね。
じと目でリエーヴェル副隊長の背中を見つめていれば、リエーヴェル副隊長が纏う空気がピンッと張り詰めたのが分かり、思わず息を飲んだ。
「では、お前たちに一つ確認をする」
冷たく見える金色の瞳を細めてリエーヴェル副隊長は子供達を見た。ビクリッと小さな女の子が体を震わし、隣に立つ男の子がその体を抱きしめている。
「が、その前にハールックに物語を語らせた事について少し説明をしよう」
眉間の皺を緩めたリエーヴェル副隊長に、皆が張りつめていた息を吐き出した。
あ、私に物語を語らせたのは自分が聞きたかったからではなかったんだ。リエーヴェル副隊長に対して失礼な事を思ってしまったなと少しだけ反省した。
「先ほどの物語では、狼があらゆる手を使って自分は母親だと子山羊達を騙し、そして七匹の内六匹の子山羊が狼に食われた。それを母山羊と逃げ切った一匹が助け出した物語だったな」
まあ、簡単にまとめるとそうだな。私は小さく頷いた。
「少し似ているんだ、シスターから聞いたお前達の話とな。あのシスターによると、お前達は王都かここの孤児院へと連れ去られてきたらしいな」
ザワッ、と部屋中がざわめいた。事情を知らないユフィナ達や子供達がリリアナの事を驚愕したように見ている。リリアナは、両手を握りしめて目を閉じていた。
しかし、そのざわめきもリエーヴェル副隊長が氷のような眼光を走らせたため直ぐに沈静した。
「7人の子供がどこかへ連れ去られ、その内1名が私の姪のチエルだった。チエルの手掛かりを追って我々がこの孤児院へとやってくると、そこには我々が探している子供と同じ名前と同じ特徴を持っている子供が6人いた。物語と似ていると思わないか?」
それは子供達を子山羊と見立て、そしてリリアナを狼と言っているの……ッ!?
カッと血が頭に上り、私が一歩足を出しかけたその時、ジャハンさんが片手で私を制した。
「っ!邪魔しないでくだ」
「ハールック女官、我々は時には嫌われる必要があるのです」
私の言葉を遮ったジャハンさんは、少し眉を下げながら小さく優しい声で囁いた。
嫌われるのも仕事……?それってどういうこと……?
「リリアナシスターは俺達を助けてくれたんだッ!!悪者みたいに言うなよ!!」
「僕達は自分からここに来たんだ!連れてこられて何て無い!」
「やっと自由になれたの!もうあんな所に戻りたくないッ!ここにいたいの!!」
私がジャハンさんに止められている間に、無言を突き通していた子供達が堰を切ったようにリエーヴェル副隊長へと涙ながらに止めろ、違う、嫌だ、と叫び始めた。
まるでこうなることを仕向けていたかのように、リエーヴェル副隊長もジャハンさん達も子供達を止めようとはしないで、その叫び声を聞いている。
これを待っていたの……?私はゆっくりと足を元の位置に戻して、視線を子供達に罵倒されるリエーヴェル副隊長に戻した。
その時だった、ユニシスがリエーヴェル副隊長の腹を殴りつけたのは。
「ユニシスッ!?」
「狼なのは俺らの親の方だ!!お前が騎士ならあいつ等を捕まえてくれよ!!あいつなんて俺の父親なんかじゃねぇッ!!父親は子供を自由に売るのかよっ!母親は俺を犠牲にして独りで逃げやがった!あいつ等と親子なんて言われるのはごめんだっ!!俺達がリリアナに家族になろうって言われてどれだけ救われたのかお前には分かんねぇんだ!!」
チエル様がユニシスを止めようと名前を呼ぶが、ユニシスは何度もリエーヴェル副隊長の腹を殴りつけながら叫び続ける。ユニシスの剣幕に怯えたように体を震わして動きを止めたチエル様は、リエーヴェル副隊長を泣きそうな顔で見上げた。
「シリル叔父様……、もう家から抜け出したりなんてしないから、お願いだからユニシスを助けて……っ!」
チエル様の宝石のように綺麗な青色の瞳から大粒の涙がこぼれ落ち、それを見たリエーヴェル副隊長は溜め息を吐き出してから、ユニシスの手を突かんでその動きを止めた。
「離せッ!!このっ!」
「お前達は攫われたのではないんだな?」
「そう言ってんだろ!!」
腕を取られてもなお暴れるユニシスをものともせず、リエーヴェル副隊長はチエル様に視線をずらした。
「チエル、お前はあのシスターに連れられてここに来たのか?」
「ち、違うわ!自分でここに来たのよ!」
「そうか。聞いていたなお前達」
「「はっ!」」
ジャハンさんとギベンさんが背筋を伸ばして返事を返し、そしてジャハンさんが小さくニコリと笑って頷いた。
もしかして、これって……!
思い当たった結末に、私は零れ出てしまいそうになる歓喜の声を押さえるため、両手で口を押さえた。
熱くなる目はどんどん景色を滲めていく。私の頬に熱い雫が伝った時、リエーヴェル副隊長がユニシスから手を離し、金色の瞳から鋭さを消してその頭に手を置いた。
「どうやら、物語と違って狼はここには居ないらしい。我々は攫われた子供を探しているが、お前達はどうやら違うようだな」
「………騎士様、では……!」
リリアナが声を震わせて顔を上げた。闇の中で一つの光を見つけたかのように、希望を灯した目には光り輝く涙が湛えられている。
「ここの子供は連れてく理由が無い。攫われた訳でないのなら、騎士が動く理由にはならないからな。チエルを連れて我々は立ち去ることにする」
「………本当に?」
目を見開いて力が抜けたようにその場に座り込んだユニシスに、リエーヴェル副隊長は「嘘を吐く必要などないだろう」と冷たい視線を寄越した。
わっと子供達が歓喜に沸き立ち、泣き崩れるリリアナへと駆け寄っていった。チエル様だけはユニシスに抱きついて泣き喚き、ユニシスもチエル様を抱き締めてその小さな肩を震わせていた。
良かった……!本当に良かった!
喉から溢れ出てくる嗚咽を押さえ、私はボロボロと涙が流しながらこちらに歩いてきたリエーヴェル副隊長に頭を下げた。
「あ゛り……ッ、がどう……ございます…ッ!!」
喉を通った声は涙に濡れてしまっていた。頭の上から呆れるように吐き出された溜め息が聞こえ、そしてぽすりと頭に重みが乗った。
「別にハールックに感謝されるような事はしていない」
冷たく突き放すような言い方なのに、その声はとても穏やかだった。
その後、泣きながら手を振る孤児院の皆に別れを告げ、リリアナとユニシスと一緒に馬を止めている村の入り口まで私達は移動した。
「ユニシス、本当にいいの?」
「俺が協力出来るならしたいんだ。俺と同じ思いをさせる奴は作りたくない」
あれだけユニシスと一緒に居ると言っていたチエル様が心配するようにユニシスを見上げているのは、リエーヴェル副隊長から「人身売買を行っている連中を捕まえるため、我々に協力してくれないか」と頼まれたユニシスがそれを了承し、私達と一緒に王都へと戻ることになった為だ。
危険な目には遭わせないとユニシスと孤児院の皆にリエーヴェル副隊長は約束をしていた。それに人身売買集団が捕まった後、ユニシスはリエーヴェル副隊長の個人宅で住み込みの使用人として雇われることになっている。
「……シリル叔父様にやられたわ」
ユニシスが王都に戻ってくれることは嬉しいのだが、リエーヴェル副隊長の家に雇われることはチエル様にとって不満なのだろう。唇を突き出して不服そうにリエーヴェル副隊長を睨んでいる。
その視線を無視して、リエーヴェル副隊長はジャハンさん達に指示を出している。
「ロジーナ様」
村の入り口まで私達を見送りに来たリリアナは、泣きはらして赤く染まった目を閉じて私に頭を下げた。
「わたくし達に支援をしてくださっていたロジーナ様に心配をかけ、そして裏切るような事をしてしまいましたわたくしを許して欲しいなどとは言いません。ですが、一つだけわたくしの願いを聞いてくださいませ」
私はそっとリリアナの肩に手を置き、聞かせてちょうだいと声をかけた。リリアナは、ゆっくりと息を吸ってから何時もと同じ微笑みを浮かべて顔を上げた。
「また、孤児院へ物語をお話に来ては貰えませんでしょうか?」
私はリリアナを真似るように微笑んで、大きく頷き返した。
「もちろんよ!」
次の日、チエル様の行方不明事件は本人の家出だったと発表された。宰相閣下がチエル様と父親のジェイル様を連れて「孫の家出で皆に心配をかけた。人騒がせな親族で申し訳ない」と各方面に頭を下げたため、あの冷徹の宰相閣下が頭を下げたという噂で逆に王城内は暫くざわめいていた。
もちろんそれは、監査班も同じだ。
監査班の執務室に宰相閣下とチエル様、そしてジェイル様が頭を下げにやってきた際、エンフォリオ班長が笑うのを我慢していたが、宰相閣下達が立ち去った後は「あははははは!!最高だねぇ!!家出って!!彼のリエーヴェル家の娘が家出って!!チエル様おもしろーーい!」と爆笑をしていた。
多分、チエル様本人は懲り懲りしてると思いますがね。
監査班に来た時のチエル様とジェイル様の顔はげっそりとしていた。あれは宰相閣下にこってりとしぼられたのだろう。
チエル様の行方不明事件は解決したが、騎士隊の方は人身売買集団の摘発と子供の人攫い事件の解決の為に暫くの間、慌ただしく動いていた。
子供の人攫い事件については、リエーヴェル副隊長が上手く処理をしたのかラカンナ村の孤児院へと捜査が及ぶこともないまま、人身売買集団の犯行とされていた。
人身売買集団が捕まったのは、あの日から1ヶ月程が経った頃だった。この間、私はリエーヴェル副隊長とは一度も顔を合わせていない。
まぁ、忙しそうにしているジャハンさんから、こちらが聞いてもいないのにリエーヴェル副隊長の近況について報告をされていたけど。
一応、「少し疲れているようです」という報告を受けたときは、ジャハンさんにお願いをしてリエーヴェル副隊長に届け物をしてもらった。
渡したのは、リエーヴェル副隊長と会わない間に書き上げた物語だった。気分転換になればいい、なんて最もらしい理由もあるが、本当はリエーヴェル副隊長に一番に見てもらいたかっただけなのだけど。
物語の題名は『狼と七匹の子山羊』。
だけど中身は全て私が書き換えた、全く別の物語だ。
良い狼が七匹の子山羊を助けてあげる物語を私は書いた。初めて作った、私の記憶の中の物語ではない、私の物語。
記憶の中の物語とは違って、纏まりも無ければ文脈もおかしい全くの素人が作った物語は、自分で読んでも恥ずかしくなるほど出来が悪かった。
それでも、私はリエーヴェル副隊長にこの物語を読んでもらいたかったのだ。
ジャハンさんに物語を届けて貰ってから二週間後、人身売買集団が騎士隊によって捕まったという報告が城中を駆け巡り、至る所で歓喜の声が上がった。
そして、その日の夜のこと。私の元へ、何時ぞやのツバメがリエーヴェル副隊長からの手紙を持ってやってきた。
『明日、執務室で待つ』
まだ忙しいのか、王宮図書館ではなく第1騎士隊の執務室を指定された。
……リエーヴェル副隊長は、私の物語を読んでくれたのだろうか?
少しの不安と、久しぶりにあの冷たい金色の瞳の前に立つのだという緊張を抱えながら、私は翌日、第1騎士隊の執務室の扉をノックしたのだった。
「久しぶりだな」
出てきたのはリエーヴェル副隊長だった。
「はい。今回は、お疲れさまでした」
「その手の挨拶は聞き飽きた、とりあえず入れ」
疲れたように溜め息を吐き出すリエーヴェル副隊長は、少し伸びた透き通る水色の前髪をかき上げながら私を執務室へと招き入れた。
中には誰も居なく、リエーヴェル副隊長はそのまま隣の副隊長の書斎へと入っていった。
「誰も居ないのですね」
「上から交代で休暇を与えられたんだ。隊長は、王の所へ行っていて不在なだけだ」
こっちだ、と私を呼んだリエーヴェル副隊長に続いて書斎へと入れば、先ほどまで飲んでいたのか、前と同じ紅茶がいい匂いを立ててテーブルの上に置いてあった。
「ああ、そういえば」
本棚に向かったリエーヴェル副隊長が手にして持ってきたのは、私が作った紐で綴っただけの簡素な本、『狼と七匹の子山羊』だ。
「読んだぞ」
「……そ、そうですか」
ちゃんと読んでくれたんだ……。記憶の中の物語と違って、自分で考えて作った物語の所為か、リエーヴェル副隊長の手にあの本があることが何故だか無性に恥ずかしくなってきた。
すると、私の羞恥心など気づかないリエーヴェル副隊長は、ぱらぱらと本を捲りだしたので思わず顔を背けた。
目の前で読まないで!!恥ずかしいです!!
「私は、こちらの方が好きだ」
「……へっ?!」
今、好きだって言ってくれた?
私が作った物語のことを……?
ドクン、と胸が大きく鳴り響いた音が聞こえ、同時に私の中で喜びという感情が波のように体を駆け巡っていく。
どうしよう……、すごく嬉しい……。
今まで、自分の記憶の中に眠っていた物語だけを私はリエーヴェル副隊長に語っていた。リエーヴェル副隊長が良い物語だと認めてくれていたのは、私の記憶の中の物語だった。でも、好きな物語だと言われたことはない。今の瞬間まで。
そしてそれは、私の作った物語だった。
ドキドキと高鳴る鼓動を押さえ、私は「ありがとう、ございます」と頭を下げた。
この胸を占めるのは喜びだけではない。
私は、ほんの少しだがリエーヴェル副隊長に物語のことだったとしても好きだと言われたことに胸を高鳴らせていたのだ。
「では、久しぶりに物語を聞かせてくれないか」
「はい、もちろんです!」
私達は前と同じソファーに腰掛けた。リエーヴェル副隊長の横顔は穏やかで、私も頬が緩んだ。
「それでは……、『幸福な王子』 昔々、あるところに──」
私は、ずっとリエーヴェル副隊長に語ろうと暖めていた物語を頭の中から引き出して語ったのだった。
最後、駆け足になりましたがこれで『狼と七匹の子山羊』編を終わります。




