閑話.ジャハン・ランダリム
私の名前はジャハン・ランダリム。ランダリム子爵家の嫡男で、ルノワール王国騎士団第1騎士隊に所属する騎士です。
ちなみに現在、彼女を募集中の21歳。できれば侍女のモニカさんのような明るくて可愛らしい女性とお付き合い出来たら…、なんて夢を抱いていたりします。まぁ、モニカさんに話しかけるなんて勇気もないんですけどね。
それでもモニカさんと仲の良いというハールック女官から、たまにモニカさんの話を聞けたりします。しかし、ハールック女官から聞くのは、あの騎士がモニカさんを狙っているとか、そういえばあそこの騎士がモニカさんにちょっかいをかけていた、などという話ばかりなんですけどね。
大変だ…!私が話しかけていない間に、他の騎士たちは着々とモニカさんに近づこうとしている!
しかもハールック女官から聞いた話からライバルを調べてみたら相手は伯爵家の者ばかりだった。
子爵家の私にはとても太刀打ちできない……!
このままではモニカさんが取られてしまう!
「……いったいどうすれば…」
執務室で頭を抱えていれば、ひゅおっと冷たい空気が私の頬を撫で、ドンッと目の前に書類の束が置かれた。
……し、しまった…!
頬を冷や汗が伝う。私がゆっくりと顔を上げれば、水色の三つ編みが視界に入った。
「仕事をさぼって何をしているんだ?」
ぎぎぎぎっ、と凍り付いたように上手く動かない首を動かして前を見上げれば、氷のように冷たい金色の瞳を吊り上げたリエーヴェル副隊長が私を見下ろしていた。
ひぃっ!!後ろに吹雪が見えるっ!!
「すすすすみません副隊長!少し考え事をしておりました!!」
慌てて立ち上がって背筋を正すが、リエーヴェル副隊長の氷の眼は鋭さを増すばかり。
しまったぁ…!こうなってしまえばもう怒りの吹雪に耐えるしかない…ッ!
我らが第1騎士隊のリエーヴェル副隊長は、その氷のように冷たくも美しい容姿から氷の騎士と言われています。まぁ、我々はあの何もかもを凍り付かせそうな冷たい眼光や、憤慨された際の吹雪のように凍てつく怒りからそう呼んでいるのですが。
そしてリエーヴェル副隊長の吹雪を受けている回数が多いのが私だったりもします。仕事は真面目にやっているんです!ですが少し他の者よりミスが多いだけなんです!
今日もやってしまった……。
ぎゅっと目を瞑り、凍結覚悟でリエーヴェル副隊長のお叱りを受けようと身構えたが、その前に私はこれを回避出来るかもしれないある話を思い出した。
「リエーヴェル副隊長のお耳に入れるべきか迷っている情報があったのです!!ハールック女官についてだったのですが職務に関係がないため報告するべきか考えておりました!!」
「……ハールックについて?」
リエーヴェル副隊長のお叱りが始まる前に捲し立てるように早口で伝え、心の中で私は神に願いを込めた。
どうか!どうかハールック女官の情報でリエーヴェル副隊長を釣れますように……ッ!
第1騎士隊の執務担当を兼任している私とギベン、ルナントの3人は、ある疑惑をリエーヴェル副隊長に持っています。それは、リエーヴェル副隊長とハールック女官が恋仲なのではないかということ!
今まで、女性という存在自体を毛嫌いしていたリエーヴェル副隊長が、女性と会話しているところなんて見たことなかったのですが、私たちはある日驚きの光景を目にしました。
我々の予算を監査しているハールック女官がリエーヴェル副隊長と普通に会話をしていて、しかも副隊長の書斎に二人で入っていったのです!!
他の騎士と女官ならば、仕事中によく見る普通の光景でしょうが、リエーヴェル副隊長にとっては普通ではないのです。女性となれば睨み付け、話しかけられたら「邪魔だ、煩い」と払いのけるリエーヴェル副隊長が、あろうことか女性と二人きりになるなど前代未聞じゃないですか!
私はハールック女官と、書類のやり取りで何度か顔を合わせたり会話をしたことがあるのですが、彼女は良くも悪くも普通の女性です。
爵位は子爵と低くもなければ高くもなく、突飛して美人というわけでもなければ、不細工というわけでもない。性格だって、騒がしいわけでもなければ、静かすぎるわけでもない。とっても普通の女性なのです。
しかし、一点尊敬している部分があります。あのリエーヴェル副隊長の凍り付けられそうな冷たい眼光を物ともせず、凛とした佇まいでリエーヴェル副隊長と対等に会話をしていらっしゃるのです!なかなかそんな肝の据わった女性はいないでしょう。
それにリエーヴェル副隊長は、女性の視線は自分に纏わりついてくるようで嫌いだと前に言っていたのですが、ハールック女官については見られていても平気なようなんです。
自分に恋慕の情を抱いていない者の視線は平気なのだそうですよ。
確かに私から見てもハールック女官がそのような思いをリエーヴェル副隊長に抱いている様には見えません。しかし、それは上手く隠しているだけかもしれません。
あ、逆にリエーヴェル副隊長がハールック女官に惹かれているという可能性の方がありえそうですね!
リエーヴェル副隊長がハールック女官を他の女性と違う目で見ていることは確かです。ハールック女官とリエーヴェル副隊長がどこで知り合い、そして何をきっかけに親しい中になったのか、我々では想像がつきませんが、私たちはリエーヴェル副隊長とハールック女官を応援しようと思っています!
ハールック女官は、相手があのリエーヴェル副隊長ということもあり、恐縮しているのか、それとも恥ずかしがっているのか、「想像しているようなことは何もないですからね!」とか「お願いですから私の事は誰にも喋らないでくさい!ただの文官として出入りしているだけなのですから!」等と言って、照れ隠しをしているのです。
そしてリエーヴェル副隊長については、ハールック女官と書斎で密会を行って以降、毎朝機嫌が良いことが多くなりました。きっと毎日が充実すれば、あの氷のような心も溶かされるのでしょう。
このことから、私どもはハールック女官とリエーヴェル副隊長の恋仲説を疑っています。まだ確証は無いですが、きっと二人は何かあるに違いありません。
うっすらと目を開いてリエーヴェル副隊長の様子を伺えば、金色の瞳は鋭さを残したままだが、背中の吹雪は消えていた。
吹雪回避成功だ!やった!ハールック女官に感謝を!!
心の中で歓喜に震えていれば、リエーヴェル副隊長が続きを話せと顎を上げた。
彼の氷の騎士と言えど、好きな女性の事になると執務を放り出してしまうのですね。いつもなら「職務に関係ない情報ならば必要ない」とか言うはずなのに。
思わずにやけてしまいそうになり、頬に力を入れて引き締めた。
「実は、第4騎士隊のメディビル・フィクオンがハールック子爵家に縁談を持ち込もうとしているそうです。ハールック子爵家にはハールック女官の他に姉君が居るそうですが既に既婚済みの為、ハールック女官目当てなのは明白です」
ハールック女官に関わりが出てきそう情報を私は自分のライバルを仕入れている時に偶然手に入れたのです。我ながらお手柄だと思う。
リエーヴェル副隊長は、腕を組ながら指先をトントンと動かしている。
「ハールックに縁談か……、フィクオンとはどんなやつだ」
「はい!昔は見た目の美しい侍女等に声を掛けまくるような軟派者でしたが、最近はそれも大人しくなっているそうです。なんでも王城警備時代にハールック殿と接点が合り、最初の印象はあまり良くなかったと言っていたようですが、いつの間にか気になる存在になっていたんだと他の騎士仲間に零していました。なお、現在は女遊び等は控えているとのことです!」
「そのような情報を聞きたかった訳ではないのだが……」
呆れるように息を吐き出したリエーヴェル副隊長だったが、次の瞬間にはその瞳を鋭く尖らせた。
「まぁいい。第4騎士隊のフィクオンだったな」
「はっ、はい!!」
「……少し出る。何か情報が入れば、また報告しろ」
ハールックの貴重な時間を取られる訳にはいかないからな……。そう呟いて、リエーヴェル副隊長は執務室を出て行った。
………これは!!もしかしてこれからフィクオンとリエーヴェル副隊長でハールック女官を取り合って一騎打ちなんてことが起こるのでは!?まるで演劇のような展開ではないですか!そういうの大好きなんです!
やはりハールック女官はあれだけ否定していたが、二人はそういう関係だったということがこれで証明されましたよ!
こうはしていられない。我らがリエーヴェル副隊長の氷の心がハールック女官の愛により溶かれるのならば、力不足ながらこのジャハン、お二人のために一肌脱がせていただきましょう!
モニカさんを狙う情報を集める時に、時たまハールック女官関係の噂も聞きますからね。
まずはリエーヴェル副隊長の吹雪が吹き荒れないように、置いていかれた書類を急いで片付けるところ始めなくては……!
翌日、メディビル・フィクオン騎士が結婚をしたという話が騎士隊内で流れた。
どっ!?どういうことだ!!?
フィクオンが結婚しただって!?
相手は辺境領主の娘らしい。
伯爵持ちで見た目も麗しいと聞く優良物件ならぬ優良花嫁ではないですか!
でも確かこのお嬢様は、リエーヴェル副隊長に首ったけともっぱらの噂だったのに、いつの間にフィクオンとそんな仲になっていたんだ?!
おいフィクオン!当て馬のお前がハールック子爵家へ縁談を申し込まなくては、二人の愛が盛り上がらないじゃないか!!
当て馬として頑張ってから結婚しろよー!!
私は、やるせない気持ちを抱えたまま、何故だか複雑そうに笑うフィクオンに祝福の言葉をかけた。
ちくしょう!当て馬が幸せになるなよ!
俺だってモニカさんと結婚したい!!
第1騎士隊の執務室へと向かえばリエーヴェル副隊長が既に出勤をされていた。
執務室にはほんのりとした暖かさが満ちている。どうやら今日は機嫌が良いらしい。
リエーヴェル副隊長の機嫌が悪いと、朝から執務室が凍える寒さになっていることがあります。人身売買集団関係で忙しかった時期は、毎日が極寒だった。でも仕事も落ち着いたからか、最近は極寒になることはとても少ないです。
この暖かさは今朝も機嫌が良い証拠ってことですね。
「副隊長、おはようございます!」
「ああ、ジャハンか」
椅子から立ち上がったリエーヴェル副隊長は、私の肩を軽く叩いた。
「おかげで面倒ごとも片付いた。また、何かあればまた知らせるように」
「は、はい…?」
リエーヴェル副隊長の金色の瞳は、満足げに光を帯びている。
ほ、本当に機嫌がいいようですね……。全然、いつもの冷たさを感じません。
それにしても面倒ごとなんて何かあったかな?
頭に疑問が浮かんだと同時に、複雑そうに笑うフィクオンの事を思い出した。
もしかしてあの2人を結婚させたのって……?
いやいやいや!それはないですよね!……よね?
私は急いで頭を振ってその考えを打ち消したが、背筋の震えだけは無視できなかった。
私はこの日、リエーヴェル副隊長だけには絶対に盾突かないようにしようと心の中で決心しました。
フィクオンさんは昔、モニカとメリーナと出会った際にちょっかいをかけていた騎士さんです。
そんなフィクオンさんと結婚したのは、リエーヴェル副隊長に側室でもいいからと迫っていたご令嬢様です。
そんな裏設定でした。




