6.第1騎士隊の問題児
第1騎士隊長ブレート・ベルッケン、彼はベルッケン男爵家の長子であり、爵位は低かろうとその実力は他者を寄せ付けない程のものだったようで、騎士隊の本隊長だったヴォルフ王と戦場で肩を並べたほどの実力を持っている。
その燃えるような赤い髪と目から、戦場の赤鬼だと呼ばれていたそうだ。
しかしピッシモさんから私はあるもう一つの威名を聞いていた。
“問題児”
それが昔なじみのピッシモさんから見たベルッケン隊長の評価だった。
余裕そうに笑ってその太い腕で頬杖を付くベルッケン隊長は、リエーヴェル副隊長の氷の視線を受け止めている。
ベルッケン隊長の執務机の前に立ったリエーヴェル副隊長がバンッと力強く机に手を置いた音が静かな執務室に響いた。
「ベルッケン隊長、前にも言いましたが私の確認を通さずに提出許可をしないでください」
「いや~、いつも忙しそうなシリルを俺も手伝ってやろうと思ったわけだよ」
「不要です」
「そんなに怒んなってー、ほら反省してっからさ」
怒りを滲ませるリエーヴェル副隊長をものともせずに揚々と笑うベルッケン隊長に、リエーヴェル副隊長の背中で吹き荒れる吹雪がさらに強くなった。心なしか水色の三つ編みが怒りで震えている。
何を煽ってるんですかベルッケン隊長!!
私と騎士たちがハラハラしながら、しかしそれを表へは出さずに二人の様子を伺っていると、くるりと振り返ったリエーヴェル副隊長が眉間に深い皺を刻んで私の腕をつかんで引き寄せた。
「っ!?」
「禄に計算もできない貴方が確認をした所為で、ハールック女官にも迷惑がかりましたが、その事についてはどのようにお考えで?」
肩を押すようにして前に出された私を見て、髪の毛同様に燃えるような赤い目をしたベルッケン隊長が面白そうにニヤニヤと笑った。
「そうだなぁ、あまりにも完璧な書類ばっかだと監査班も暇だろうから良いことしたなーとか?」
「はぁ?」
凄むリエーヴェル副隊長を無視したベルッケン隊長は、私になぁ?と同意を求めてきた。
やめて!私に振らないで!
しかし今回、執務室に訪れる理由を作ってくれたベルッケン隊長には、勝手に恩を感じている。私の弁護で、少しでもここの空気が緩まるのなら…。
「そ、その……、不備がない方が助かりますが、確認と訂正説明は私の仕事でもありますので、迷惑などでは」
「ほう?ハールック女官は不備書類があっても良いと?」
私の言葉を遮ったリエーヴェル副隊長は、肩に置いた手に力を込めた。
「以後、リエーヴェル副隊長の許可なくこちらへ書類を提出しないでいただきたく存じます」
怒っているリエーヴェル副隊長に反論などできない。私は、真剣な顔でベルッケン隊長にお願いをした。
すると面白そうに笑っていたベルッケン隊長が仕方ないというように溜息をついて、わかったよ、と頷いた。
……反省の色は全く見えない。
ベルッケン隊長を睨み付けていたリエーヴェル副隊長は、眉間をぐりぐりと押しながら溜息を吐きだした。
「こちらはもういいので隊長は王の護衛に戻ってください」
「え、いいの?」
「こちらに居られても執務の邪魔です。さっさと行ってください」
やりー、と壁に立てかけられていた剣を手に取ったベルッケン隊長は、そういや、と振りかえって私とリエーヴェル副隊長をニヤニヤした目で見比べる。
「シリルが女の肩に手を置くなんて初めて見たけど、もしかして彼女?」
「何を言っ」
「それだけは絶対にありえません!!ええもう全くと言っていいほどに!!リエーヴェル副隊長のような優秀な貴公子と私のような見た目も中身も平凡な一介の文官がそのような恋仲になどなるなど天と地がひっくり返ってもありえないです!」
呆れた様子で返事を返そうとしたリエーヴェル副隊長を遮り、私は慌ててベルッケン隊長の前に出て全力で否定をした。
変な噂など立てば私など権力を持ったお嬢様達に指先一つで闇に葬り去られる!
私の剣幕に押されたベルッケン隊長は、目を丸くして瞬きをした後、ふはっ、と吹き出して笑った。
「はっはっはっ!!パーターから聞いてたより面白い女官だな!」
パーター……ああ、ピッシモさんのことか。私のことを聞いてたって何だろう?
面白いという評価を受けるようなことは何もないと思うのだけど。話について行けずに困惑していると、ふいに私の後ろを見たベルッケン隊長は、ぶはっ!とさらに大きく吹き出して腹を抱えて笑い始めた。
ど、どうしたの?!
「はははははッ!!シリル!最高の顔をしているぞ!!ははははッ!!」
リエーヴェル副隊長?
私も後ろを振り返りかえろうとすれば、パーンッと酷く冷たい手で顔を捕まれるようにして目元を塞がれた。
「痛!?」
「こちらを見るな」
まるで地の底を這うような低い声と共に、ぐっと顔を掴む手に力が込められる。
いただだだっ!!見ません!見ませんから離して!
前回よりも酷い塞がれ方をされている。一応、私も淑女なのだけど伊達に女嫌いだと噂のあるリエーヴェル副隊長は女性の扱いが乱暴すぎる。今まで生きてきて男性にこんな扱いをされたのは初めてだ。
「おいおい、シリル止めろ。いくら初めて女にありえないって言われて傷ついたからって八つ当たりはダメだろー」
「早く出ていけッ」
初めて声を荒げたリエーヴェル副隊長は、ぺいっと投げ出すように私の頭を掴んでいた手を離した。衝撃で少し身体がふらついたところを慌てたように執務机に向かっていた騎士の一人が支えてくれる。
ありがとうございます、と頭を下げながらベルッケン隊長の言った言葉を考える。
傷ついたって……?
足蹴りをして執務室からベルッケン隊長を押し出していたリエーヴェル副隊長を盗み見る。
「おいっ!隊長を蹴るなよ!!いてっ!!痛いぞ!!」
「……………」
ゲシゲシゲシゲシと連続で蹴りを打ち込むその顔は、感情を全て排除したかのような冷たい無表情なのだけど、金色の瞳は黒く冷たい怒りを纏っている。
私はさっと目を逸らした。ベルッケン隊長、多分とても勘違いしてらっしゃいます。あの瞳は事実無根な言い分に不愉快だと語っています。
バンッと大きな音を立てて執務室の扉を閉めたリエーヴェル副隊長に、私を含める騎士3人がびくりと体を揺らした。そのままガチャリと鍵を閉め、こちらを振り返ったリエーヴェル副隊長の顔は氷のように冷たかった。静かな怒りを押さえ込むリエーヴェル副隊長がジャハンさんを真っ直ぐ見る。
「ジャハン、時間だ。寄越せ」
「はははははいッ!!!」
ぽかんと隊長と副隊長の様子を見ていたジャハンさんがリエーヴェル副隊長の呼びかけでビシッと背筋を伸ばして椅子から立ち上がる。
結構手が止まっていたように見えたけど修正終わってたんだ。
実は大丈夫か心配していたのだけど良かった。
ジャハンさんから書類を受け取ったリエーヴェル副隊長が自身の執務机へ向かうのを横目に入れながら、私はあることを思い出して背筋が震えた。
……この後、本当にあのリエーヴェル副隊長と2人で話すの?
「ハールック女官」
この後の事を考えて恐怖で震えていると、こそっと先ほど支えてくれた騎士が話しかけてきた。
この騎士もジャハンさん程ではないがたまに文官棟にやってくる1人だ。ここにいる3人の騎士はきっと剣術だけでなく教養も身に付けた頭脳派の騎士なのだろう。
第1騎士隊に3人もそんな騎士が居るなら、第4騎士隊にも配置して欲しかったな。
「何でしょうか?」
一応相手が小声なので私もそれに合わせて小声で返事をすれば、すっと彼は私に毛布を渡してきた。
なんで?
「あの、これは?」
「この後の猛吹雪を耐えきるのに使ってください」
そう言うと彼はすすっと静かに執務机に戻っていった。
手に持たされた毛布を見ながら、猛吹雪とは何のことだと考えていると、バァーーンッ!!とリエーヴェル副隊長が自身の机を叩いた。
「ジャハン……貴様は本当に第1騎士隊を辞めたいようだな」
冷たい冷気を発するリエーヴェル副隊長がゆらりと立ち上がる。その後ろでは猛吹雪がこちらに襲いかかろうと渦巻いていた。
こ、こ、こ、これは……っ!!?
私は危険を察知してとっさに毛布を頭からすっぽりと被った。
ジャハンさんは既に気絶しそうに震えている。
その後、まだ春だというのに第1騎士隊の執務室には凍結寸前かのように震える騎士が一名転がっていた。
ちなみに後から毛布を貸してくれた騎士に聞いたところ、ジャハンさんは書類作りの速さは第1騎士隊一なのだが、必ず10枚の内1枚に何かしらの不備があるらしく、それを見つける度にリエーヴェル副隊長の吹雪が執務室では巻き起こると教えてもらった。
ピッシモさーーん!もう1人問題児いましたよー!




