4.物語探しの始まり
金色の瞳は確信を持った目で私を見つめている。
その表情は何を考えているのか読み取ることはできないが、問い詰めてくるような威圧感は感じられなかった。
物語を書いていることは秘密にしているわけではない。物語を広めることが私の目指す未来だからだ。
でも、王宮図書館に無断で置いていることは、秘密にしなくてはいけないことだった。
だからバレないように作者名を書いていなかったのに。
「どうして、私だと?」
純粋な疑問だった。
リエーヴェル副隊長は私だと確信を持っている。その根拠は何なんだろう。
シンデレラを私が誰かに語っているところを見たことがあるとか?
とはいっても、領地の孤児院の子供たちやお兄様やお姉さま、それとシンデレラの物語を思い出した時近くにいた騎士くらいにしか話したことはない。
………騎士?
「まだ分からないのか?ハールックが私に直接シンデレラを語っただろう」
覚えていないか?、そう少し首を傾げたリエーヴェル副隊長を見て、私は慌てて記憶を巡った。
ええ!?嘘!あの時!?
私が物語を語った騎士は式典用の騎士服に青いマント、そして青い縦長の帽子を深く被っていた。7年も前のことで、その騎士の顔ははっきりと思い出すことはできないけど、目の前にいるリエーヴェル副隊長をそのまま若くしたような、とても整った綺麗な顔をしていたような気が……。
………それってつまりそういうことですか?
「7年前にあったガラスの靴の披露パーティーの時だ」
「それではあの時、会場警備していた騎士様ってもしかして…」
「思い出したか、なら話は早いな」
それよりもこっちを見るな、と鋭い視線をこちらへ向けられ、慌てて顔を横に向けた。
女嫌い、めんどくさい……。
でもやっぱりあの騎士はリエーヴェル様でしたか。
そういわれるとあの時の光景が少しずつ思い出されて来る。
たしか警備についていた騎士は、ガラスの靴を指差しながら興奮した様子で物語を語る私を不思議な者を見るような目で見ていた。
「お前はこちらの仕事の邪魔をしていることに気づいていない様子で物語を語り始め、語り終わったと思ったらこの物語を知ってるか知らないかと問い詰めてきたな」
「え、」
「こちらが知らない物語だと答えれば、満足そうに頷いてそのまま去っていっただろ」
「そ、そんな失礼なことを!大変申し訳ありません!」
「いや、お陰で探している物語の手がかりが見つかったんだ。今思えば感謝しているよ」
慌てて頭を下げようとした私を手で静し、リエーヴェル副隊長はシンデレラをパラパラと捲り始めた。
「まあ私も、シンデレラの事はこの本を見つけるまで忘れていたんだがな」
リエーヴェル副隊長は物語を探すために色々な本を読んでいるようで、国境から王都に戻って直ぐに王宮図書館で物語探しをしたところ『シンデレラ』を見つけたそうだ。
聞いたことある題名だと思って読んでみると、自分の探している物語と書き出しが一緒だったことに気がついた。よく見れば紐で綴られただけの似た作りをした本が他にもあったため、それを1日で全て読んだらしい。
だが探している物語はなかった。
「読めばすぐに探している物語だとわかる自信はあるんだが、どの物語も初めて読むものばかりだった。もう見つからないのかと諦めかけていたんだが、式典の日に2階にいる黒髪の女官が視界に入った瞬間、私にシンデレラを語った黒髪の少女を思い出したんだ」
だからあの時、私の事を見ていたのか。でも睨んできていた様にしか見えなかったんだけど…。
手にしていたシンデレラから目線をこちらに移したリエーヴェル副隊長は、目を細めて私を見てきた。
「見れば見るほどあの時の少女に似ていると感じた。そこで思ったんだ、あそこにいた黒髪の女官はシンデレラを語ったあの少女で、そして王宮図書館にあった本は彼女が作ったのではないかとな。……違うか?」
こちらに聞いてきているのに自分の答えに確信を持ったその瞳に、私は観念して、はい、と頷いた。
「すごい推理力ですね、さすがリエーヴェル副隊長です」
「やめてくれ、このくらい誰でも思い当たる答えだ」
首を横に軽く降った後、私が両手に抱えていた本に気付いたリエーヴェル副隊長は、渡せ、と手を出してきた。
め、目の前で読まれるんですか。苦行すぎる……。
しかし、リエーヴェル副隊長に逆らおうとは思えず、私はおずおずと本を差し出した。ぱらりと表紙を捲り、リエーヴェル副隊長は文字に目を走らせ始める。
「見たことない物語だ、新しく書いたのか?」
「はい、昨日書き上げました」
「そうか………………」
リエーヴェル副隊長はそのまま静かに本を読み始めた。
私は邪魔をしないように口を閉ざし、自分の本棚へと視線をずらした。
探している物語が『昔々、あるところに』から始まるのだとしたら、それはきっと私の記憶の中の物語だ。
でもリエーヴェル副隊長が探している物語が私の記憶の中の物語のどれかだとしたら、どこでそれを聞いたのだろう。
私の物語を知った誰かが話したとか?
それともシンデレラみたいに私が思い出せないだけで、どこかで直線本人に話した事がある、とか?
う~ん、それは無いような気がするんだけどなぁ。
本棚にある私が作った本は11冊、あの『三匹の子ブタ』で12冊目だ。
お母様に処分されたことでまた一からの書き直しとなってしまった記憶の中の物語は、思い出している内のまだ十分の一も書き出せていない。
5歳から19歳になるまでの14年間で、私の頭の中には沢山の物語が思い出され続け、今でもそれは続いている。
一つ一つの物語をお話しすれば、リエーヴェル副隊長の探している物語がもしかしたら見つかるかも知れない。だけど、それには長い時間がかかる。本に書かれた文字を目で追うのと人がお話を語るのでは、掛かる時間がぜんぜん違う。
正直、とても大変だと思う。
だけど………。
ちらりと横目で見たリエーヴェル副隊長は、長い睫を伏せて本に集中していた。私の作った物語を真剣に読んでくれていて、そして探してくれている人がいる。
物語の題名も内容も覚えられていなかったとしても、私の物語が人の記憶にも残って貰えたことが、心にじわじわとした喜びを広げていった。
「………残念だがこれも違ったようだ」
ぱたんと本を閉じ、ここでいいか?と本棚へと戻したリエーヴェル副隊長はいつもの冷たそうな無表情をしているが、心なしか目尻が残念そうに下がっているように見えた。
その表情を見て、私はある決意を固めた。
「リエーヴェル副隊長、私に探している物語を知らないか聞きたい、そうおっしゃってましたよね?」
「あぁ。私の探している物語はハールックが書いた物語と似ている様だからな。ハールックが知っている物語を全て教えてもらえれば、私の探している物語も見つかるかもしれない」
期待を込めた目線を私は真っ正面から受け止めた。
「わかりました、私でよければ協力します。……私の物語のことを探してくださってるんですから」
「ハールックの物語?」
「『昔々、あるところに』というのは、私の物語の始まりに必ずついているんです。あとは最後に必ず『めでたしめでたし』ともついてますね」
「それじゃあ、ここにあるのはハールックが作った物語なのか?誰かに聞いた物語を書き出しているのでは無く?」
大きく目を見開いたリエーヴェル副隊長は、本棚の本と私を見比べた。
私が作った物語っていうのは違うんだけどね、思い出してるだけだから別の人が考えた物語を書き出しているっていう方が正解かな。
でもこれを説明すると頭の変な人に見られ兼ねないし、今はまだ黙っておこう。
曖昧に笑って頷けば、そうか、と呟いたリエーヴェル副隊長はじっと私の事を見てきた。
リエーヴェル副隊長って見られるのは嫌いだって言ってるけど、本人は結構こっちのこと見てくるよね。毎回、痛いくらい見られるからなんだか緊張する…。
「つまり、私の探している物語もハールックが作った物語の可能性があるんだな」
「そうですね、おそらくは。ここにあるのは一部だけなんです。まだ書き出し切れていない物語は沢山あるので、一つ一つお話すればいつか見つかるかもしれませんが、時間はかかりますよ?」
どうしますか?と首を傾げれば、すぐに強い瞳が頷き返してきた。
「頼む、時間はどれだけかかってもいい。手伝ってもらえないか?」
「もちろんです、そのつもりでしたから」
リエーヴェル副隊長の記憶の中に私の物語が残ってくれるのならいくらでも手伝いますよ。初めて、私の物語を聞いたことがあるという人に出会えたんだから協力は惜しみません。
「でも量が量なので、少し絞りたいんです。物語の題名や内容が思い出せないなら、聞いた時の様子を教えてください」
何かわかるかもしれない、と言う私に、リエーヴェル副隊長はふい、と顔を横にそらした。
「……私は全て話して貰って構わないので、教える必要はない」
「え?」
どうして?少しでも早く見つかる方がいいに決まっているのに。私は首を傾げて食い下がった。
「もしかしたら私の方で思い当たることがあるかもしれないですし」
「問題ない。時間はいくらかかってもいいんだ」
「ですが」
「必要ないと言っているだろ!」
ぴしゃり、と私の言葉を強く遮ったリエーヴェル副隊長に思わずビクッと体が震えた。冷たい空気が流れだし、これ以上聞くな、と訴えてきている。
しししししまった!踏み入れていはいけない領域だったのか!
何故だか本当に空気が冷たく感じてきて体が震えてくる。
まさか、これが噂で聞いていたリエーヴェル副隊長の怒りの吹雪!?
「す、すみません!出過ぎたことを聞きました!」
「………」
「全部お話しさせていただきますので、その…、すみませんでした……」
「……いや、こちらこそすまない。変に意地を張って強く言い過ぎた」
悪かった、と小さく呟いたリエーヴェル副隊長の横顔からは怒りが消えていて、張りつめていた空気が緩んでいき、思わず安堵の息が漏れた。
……そんなに知られたくないんだ。もしかしたらリエーヴェル副隊長の中で、当時のことは大切な思い出なのかもしれない。人に話すのも嫌なくらい、大切なのかな?忘れてしまった物語を思い出したい、ってこうやって探してるくらいだし。
「あ、あの…、とりあえず今から何個かお話ししましょうか?」
少し重くなった空気を換えるために恐る恐る聞いてみると、ゆっくりと首を横に振ったリエーヴェル副隊長は懐から懐中時計を取り出した。
「残念だが、今日はこのあと会議があるので時間がない」
このあとって、もう夕方なのに。副隊長はやっぱり忙しいんだな。
私は頭の中で自分の予定を確認した。私の休みは5日後だったはずだけど、リエーヴェル副隊長の予定と会うだろうか?
「では、別の日にしましょう。私の休みは5日後なのですが、リエーヴェル副隊長のご予定をお聞きしていいですか?その日に時間が取れるようであれば、」
「いや、明日こちらの執務室に来てくれ。時間はいつでもいい、私が合わせる」
「はい?」
あ、明日?
第1騎士隊の執務室?
……えぇッ!!?
「そんな!仕事中にお邪魔できませよ!」
「私は構わない」
もう時間だな、と慌てふためく私に気づかないのか、それとも私のことなど気にしていないのか、リエーヴェル副隊長はぱちんと懐中時計を閉じて本棚から背中を離した。
「申し訳ないがもう行かなくてはいけないんだ。今後どうしていくかは明日話そう」
「え!?」
「では、また明日」
待ってください!と手を伸ばす私に目もくれず、リエーヴェル副隊長は颯爽と図書館を後にした。
私はこの日、氷の騎士と恐れられる人の人間らしい内面を少し見ることができた。人の予定も聞かずに強引に話を進めていく上に、不機嫌になると無表情で人を威嚇してくる、そんな残念な内面だったけど。
そうして、リエーヴェル副隊長を手伝うと言ってしまった自分に少し後悔をしながら、私は明日のことに頭を悩ませたのだった。
あーーッ!王宮図書館に本を置いていることを他言しないようにお願いするの忘れてた!!
お願い!誰に言わないでリエーヴェル副隊長!!




