25.ハートの女王との接触
「最近結婚の話ばかりよねぇ」
「文官のベルモルト様にグージナム様、第3騎士隊のぺディ様に第4騎士隊のドナード様。そうそう、第4騎士隊といえば、先月にフィクオン騎士も結婚したわよ。私達によく声を掛けてきていた」
「あぁ、あの伯爵家の」
モニカが入れてくれた紅茶を飲みながら、会うたびにモニカ達の事を可愛いと褒め、私の事をもう少し可愛げを持てと言ってきていた第4騎士隊のフィクオン騎士のことを思い出した。担当部署が変わったこともあるが、どうやら暫く見ない間に結婚をしていたようだ。
何度も書類を偽装しようと奮闘していた彼に、私は努力の無駄遣いだと叱ったものだ。
今私は、久々の休暇ということもあり、モニカとメリーナの自室に遊びに来ている。リエーヴェル副隊長の護衛もなしに、お菓子と紅茶を楽しみながらお喋りに花を咲かすことができているのは、話題にも上がった結婚ラッシュのお陰だ。こうして自由に歩き回れているのも、この1週間の間にご令嬢たちが自滅をしてくれたからだった。
第2回ご令嬢撃退作戦会議から1週間が経つと、この間に残っていた3人のご令嬢は、こちらが手を回さなくても勝手に結婚相手を見つけていた。あんなにリエーヴェル副隊長にぞっこんだったのに何故?と首を傾げていた私に状況を説明してくれたのは、第1騎士隊に報告に来てくれたピッシモさんだった。
「シリル君に懸想していても、彼女達も結婚を焦っていたんだ。そんな中、仲間だと思っていたご令嬢の一人が幸せな結婚相手を見つけたから自分たちも焦ったんだと思うよ」
売れ残りだなんて思われたくないだろう?そう苦笑いしたピッシモさんは、他のご令嬢たちが「恋に夢見る年ごろじゃないわ」「愛してくれる人との結婚が一番よ」「リエーヴェル様?それはもう昔の男よ」と昔の自分たちを鼻で笑っていることを教えてくれた。
なんという身代わりの速さ。そんな簡単に思考を変えてしまいうような相手に、一時的にでも命を狙われたのかと思うとガクンと肩の力が抜けた。
しかしこれでリエーヴェル副隊長がわざわざ私を護衛する必要も、私が第1騎士隊で執務をする必要もなくなった。リエーヴェル副隊長の匂いがする部屋での仕事は、結構集中力も切れるので大変だったのだ。
「お世話になりました」
ピッシモさんから話を聞いた後、私は仕事道具を抱えて第1騎士隊を後にした。リエーヴェル副隊長に感謝の意味を込めて頭を下げたのだが、返ってきたのは真剣な眼差しだった。
「ハールック、私は誓いは守る」
誓い?一体何の?
私が首を傾げていれば、リエーヴェル副隊長は私を包み込むように腕を回してきた。
なっ、何!?私が驚きで思わず固まっていれば、カチン、という音と共にリエーヴェル副隊長は私から直ぐに離れた。
「それを身に着けておけ」
「え?」
自分の首元に手を当てれば、ネックレスがついていた。細い金色のチェーンにリエーヴェル家の家紋が刻まれた金色のプレートが付いたそれは、その家の者だと証明するために各家の使用人に与えられる証明書代わりの物に似ている。ハールック家では、こんな金で出来たものは作成できないため、家紋が刻まれた木造りの札を使用人に渡しているのだが、リエーヴェル家はやはり財力が違うようだ。
感心しながらプレートを見ていた私は、はたと気づいた。
なぜ、私にこれを着けたの?
「あの、リエーヴェル副隊長……これは?」
「何かがあった時にお前を助けるための物だ。普段は隠しておけ」
指先で私の襟元を少し引っ張ったリエーヴェル副隊長は、するりとネックレスを私の服の中へと滑り込ませた。
ちょっ!?何ですか今の手慣れた感じ!?
ひやりとした金属の冷たさが鎖骨のあたりを滑っていく。覗かれたわけでも触られた訳でもないのに、冷たい金属の感覚が、まるでリエーヴェル副隊長に触られているかのように感じてしまい、頬に熱が集まっていく。
ん?でもこれって使用人用のやつだよね?私の身を守るってどういうこと?
結局詳しいことを聞けないまま、私の第1騎士隊での日々は終わりを告げた。
ちなみに毎朝の王宮図書館での密会については、暫く様子を見るために1週間ほど行わないことにさせてもらった。これは、噂が渦巻いている中での密会は危険だと言うピッシモさんの案だ。リエーヴェル副隊長も、さすがに今回のご令嬢撃退は疲れたようで、しぶしぶ了承をしてくれた。
自身の胸元に手を当てれば、堅い金属の感触が手に伝わる。あの日貰ったネックレスは約束通り肌身離さず身に着けている。初めてもらった贈り物が、使用人の証明書用のネックレスだったことはとても残念だが、それでも何故だか胸がほっこりと温かくなる。
「ロジーナ、にやけてどうしたの?」
「えっ、嘘!にやけてた?恥ずかしい……」
慌てて頬を押さえるがそれも遅く、途端に爛々と目を輝かせたモニカとメリーナに詰め寄られた。
「もしかしてリエーヴェル様の事考えていたの?」
「ロジーナったら何も話して下さらないんだもの。あの日、私は驚きすぎて心臓が止まるかと思ったのよ」
「ご、ごめんなさい、色々あったのよ」
「色々ねぇ」
「そこのところを詳しく聞きたいわ」
にっこりと笑顔を深めた二人に、私は額に脂汗を垂らした。まぁ、もう隠すこともできないから話すので、どうかお手柔らかにお願いします。
私は、根掘り葉掘り聞きだそうとする二人を受け流しつつ、リエーヴェル副隊長との出会いから、先日のご令嬢たちの一件についての話までを簡潔に説明した。
だけど、一応リエーヴェル副隊長が物語を探していることは伏せて、私が作った物語を聞いてもらっているということにした。まぁ、間違ってはいないよね?
話を聞いた二人は、驚きと興奮が入り混じったように目を見開いて頬を紅潮させている。
「すごいわロジーナ!あの氷の騎士であるリエーヴェル様とそんな親密な関係になっていたなんて!」
「親密というわけじゃ……」
「いいえ。あの日見た二人の雰囲気は、まるでこのまま駆け落ちをするかのようだったわ」
「駆け落ち!?」
どうしてそんな発想になるの!?私からすれば、あの仏頂面のリエーヴェル副隊長に引きずられる人を見つけたら、「ああ、何か不祥事を起こしたんだな」と合掌を送るよ。現に、あの日すれ違った騎士たちは私の事を驚きと好奇心、そして憐みの目で見ていたはずだ。
ないから、と手を振る私に目もくれず、二人は拳を握りしめて何やら鼻息を荒くしている。
「リエーヴェル様を連れ去ろうとする女官が現れ、焦るベルッケン様!」
「本当の想いを隠しながら、リエーヴェル様はベルッケン様へ背を向けて、女官の元へと行ってしまうのね!」
「きゃああああ!もう悲恋最高!」
「そうですわ!この前モニカに声を掛けてきた第1騎士隊の素朴な騎士を話に入れるのはどうかしら!」
「メリーナ天才よ!傷ついたベルッケン様の肩を抱くのは心優しき部下。『隊長、私じゃ代わりになれませんか?』なんて言われたら!」
「いやああああ!心臓が痛いわ!涙なしには語れない三角関係よ!」
紅潮した頬を両手で押さえて悶える二人は、はたから見たらとても可憐なのに、その話の内容はとてもじゃないが耳を塞ぎたくなるものだ。二人とも、私がその3人と仕事で良く顔を合わせることを忘れてはいませんか?
というか素朴な騎士って絶対にジャハンさんだ。声を掛けたことへの勇気を拍手喝采で称えたいけど、今は二人の妄想の中でベルッケン隊長に思いを寄せる部下役に抜擢をされてしまっている。私は涙が出そうですよ。
そんなジャハンさん、二人の妄想の中でリエーヴェル副隊長に「隊長を悲しませていいのか!」と掴みかかっている。このまま聞いていたら、今度ジャハンさんにあった時に思わず憐みで泣いてしまうかもしれない。
私は二人の話を聞き流しながら、紅茶をゆっくりと楽しんだ。
このままなら徹夜でもいけるわ!と意気込む二人には悪いが、私は明日の朝一で行われる会議の資料作成を班長に押し付けられたので午後の時間を仕事に充てることにしていた。名残惜しそうにする二人に手を振り、私は二人の部屋を後にした。
休日に仕事をするほど忙しいのかと言われれば、全ては班長の所為なのだ。ご令嬢撃退の対価だと言って、班長は様々な雑用を私に押し付けてきた。それがまた本当に雑用で、私がやらなくてもいいんじゃないかと思う様なものばかり。本の返却や宰相閣下へのご機嫌取り用のお菓子の購入、班長の書斎の本棚整理といった使用人にお願いをしてもらいたいような物ばかり。まぁ、確かに班長のお陰でご令嬢の皆さんと接触をすることもなく、私への怒りを鎮火させてくれたのだから感謝をしている。
だからこそ断ることもできず、遅れた分の仕事をこうやって休日返上で行っているんだ。
文官棟へと行くため、2年前まで毎日歩いていた侍女寮の廊下を懐かしいなという思いで歩みを進めていれば、華やいだ声が前方から聞こえてきた。
うわぁ、最悪だ……。
回れ右をしたところで、侍女寮で灰色の文官服を身に着けた私の事を彼女たちは見逃さないと思う。零れ出そうになる溜息を飲み込んで、私は背筋を伸ばして胸を張った。
「あら?そのみすぼらしい地味な黒髪はもしかしてハールックさんじゃないかしら」
「あのような黒髪はこのお城でハールックさんしか居ませんもの、きっとそうですわ」
「灰色の文官服に黒髪だなんて、まるでネズミのようでハールックさんにはお似合いね」
くすくすと笑いながら私に近づいてくるのは、侍女時代から私に何かと因縁をつけてくる行儀見習いの侍女達だ。私の歩みを止めるように前に立ったのは、大きなウェーブが掛かったブロンドの髪の毛を持つ、3人のリーダー格であるのはステラーナ伯爵家の娘であるフローラ様だ。薔薇の様な華やかさのある顔立ちは、社交界でも赤薔薇の君と呼ばれるほどで、行儀見習いとしてお城に仕えてはいるが、どちらかというと周りの侍女たちに自分の世話をさせているようなお方。両隣に立つのは、フィクオン伯爵家の末娘であるリージア様と、ベルセルブ伯爵家のプリシモ様。二人は俗にいうフローラ様の腰巾着だ。
この三人に嫌われる原因は分かっている。私が昔、フローラ様達に突っかかったからだ。そもそも、行儀見習いの侍女は、爵位等は関係なくみんなが平等の存在である。しかしそれをまるっきり無視して、権力を振りかざしていたフローラ様達に「『不思議の国のアリス』という物語を知っていますか?お三方はまるでこの物語に出てくる権力を振りかざして我が侭ばかりを言う『ハートの女王』のようですよ」と私が言ったことにより、三人の怒りは爆発。騒ぎを聞きつけた侍女長に4人で叱られたことはまだ記憶に新しい。
それ以来、三人は人目のないところでは私にこうやって難癖をつけてくるのだ。本当に陰険な人たちである。
正直、まだ行儀見習い中だったのかと落胆してしまうほど、この三人のことが苦手な私は、溜息を隠してにこりと笑顔を浮かべ、淑女の礼を取った。
「お久しぶりです、フローラ様にリージア様、プリシモ様」
「わたくし達の事を覚えて下さっていたのね。わたくしはもう貴方の地味すぎる顔など忘れてしまっていたのに」
はい、地味な顔立ちで悪かったですね。ひくりと顔が引きつりそうになるが、笑顔でそれを耐えきる。このまま話をしていたら、血管が切れてしまうかもしれない。早急に退却をしようと、私は壁際によって片腕を広げた。
「道を塞いでしまっておりましたね。どうぞお通りください」
「わざわざ道を空けてくれてありがとう。流石、わたくし達のことを『ハートの女王』なる野蛮そうな物語の登場人物に例えていただけあるわ」
全然私の事忘れてなんていないじゃないですか!そこまで根に持っているとは思わなかったよ。
私が何も言わずに笑みを深めれば、フローラ様達は口では笑みを浮かべているのに、その目には嫌悪感を募らせ、そのまま私の横を通り過ぎていったが、すれ違い様に「あなたなどリエーヴェル様に相応しくないわ」と囁かれた。
完全に三人の姿が見えなくなってから私は大きく溜息を吐き出した。
「……せっかく片付いたと思ったのに」
どうやら、私とリエーヴェル副隊長の噂はまだ完全に鎮火されていないようだ。




