24.妖精の面影
あの後、私とジャハンさんはリエーヴェル副隊長の前に正座をして事の発端について説明をした。
恋愛相談に乗っていた際にジャハンさんに物語を語ってあげたところ、感極まったジャハンさんが思わず私に感謝の抱擁をしてしまったことを説明したのだが、リエーヴェル副隊長の怒りは鎮火せず、結局私はリエーヴェル副隊長の書斎へと執務場所を移すこととなった。
リエーヴェル副隊長は護衛任務の合間を縫って執務室へ来てくれたようで、私を書斎に押し込めると「私が戻るまでここを出るな」と睨らみ、直ぐに仕事へと戻っていってしまった。
ちなみに執務室の騎士との書類のやり取りはドアの下に書類を滑り込ませるという方法で行った。
日が長くなったが空は既に赤く染まっていて、夕刻の鐘が窓の向こうから聞こえてくる。
もう勤務時間終了だ。夕刻の鐘は一日の仕事の終わりの鐘でもある。私はリエーヴェル副隊長の書斎でいつも座っているソファーに腰かけて大きく背伸びをした。
「……リエーヴェル副隊長はいつ戻ってくるんだろう?」
執務室へと続く扉に耳を澄ませば、まだ向こうで人の動く気配が感じ取れる。騎士たちは夜勤もあるだろうから、文官と違って仕事時間はまばらなのかもしれない。
出来上がった書類を監査班へと持っていきたいのだが、リエーヴェル副隊長が戻るまでは身動きも取れない。
ぐるりと部屋を見渡せば、本棚には前に私が渡した『狼と七匹の子山羊』の本が陳列されていた。なんと気なしにそれを手に取れば、本の下の角が少し汚れていた。
……何度も読んでくれてるんだ。
ぺらぺらと薄い本を捲れば、全てのページの角が少しだけ汚れていて、何度もこの本を捲っていたのだということが直ぐに分かった。
じん、と胸に喜びが染みわたっていく。
「……また、何か物語を書こうかな」
私に文才がないことは、この『狼と七匹の子山羊』を書いた際に嫌というほど実感した。私には、記憶の中の物語を超えるような作品は作れないけど、それでもリエーヴェル副隊長が好きだと言ってくれるような物語をまた作りたいな。
ぱたんと閉じた本の表紙を一度撫でてから、私は本棚へと本を戻した。
「またせた」
「いえ、お勤めご苦労様です」
リエーヴェル副隊長が戻ってきたのは、日が暮れて空が真っ暗に染まった頃だった。
少し疲れた様子のリエーヴェル副隊長には申し訳ないが、出来上がった書類を文官棟へと運ばなくてはいけないため、そのまま一緒に文官棟までついてきて貰うことにした。
並んで歩きながらリエーヴェル副隊長を横目で見上げれば、とても不機嫌そうに眉間に皺を寄せている。
……まだ、先程のジャハンさんの行動を怒っていらっしゃるのですか。
仕事中にお喋りをしていたことも相まって、リエーヴェル副隊長はジャハンさんに暫く王子の護衛を任命していた。ルノワール王国の第1皇子は、御年10歳のやんちゃ盛りで、その好奇心旺盛な性格のため護衛はあらゆる場所に振り回されるそうだ。護衛任務を申し付けられたジャハンさんは「モニカさんに声を掛ける勇気をもらったばかりなのに……」と肩を落としていた。
リエーヴェル副隊長が口を噤んでいることもあり、私たちは足音だけを響かせながら暗くて静かな通路を歩き進めた。
通路を照らすのはリエーヴェル副隊長の持つランプだけで、ゆらりゆらりと私たちの影が揺れるように壁に映っている。オレンジ色の光を発するランプによって、リエーヴェル副隊長の水色の髪の毛が金色に見えてくる。金色の瞳に、金色の髪の毛、妖精のように整った容姿は、私の頭の中に一人の少女の姿を思い浮かばせる。
あの親指姫を語った少女は、きっとリエーヴェル副隊長のように美しい人に成長しているんだろうな。
公爵家で開かれたお茶会の庭園で迷った私を助けてくれたあのご令嬢は、その公爵絵の娘さんだと思っていたが、成長してからお母様に確認してみたところ、あの公爵家には娘は居ないそうだ。
親戚筋のご令嬢かとも思ったが、金色の瞳と髪を持つ少女は見つからなかった。
もしかしたら、あの時あったあの少女は本当に妖精だったのでは?なんて思わず考えてしまうほど、少女の消息は掴めなかったのだ。
もう14年も前の話になるのか……、懐かしいな。
そういえば、私はまだリエーヴェル副隊長に『親指姫』を語ったことがないっけ。それどころか、今日はまだリエーヴェル副隊長には物語を一つも語っていないんだ。
「あの、リエーヴェル副隊長」
「なんだ?」
「文官棟へ着くまでの間に、ひとつ物語を語りましょうか?」
どうせこのまま黙って歩いてても会話は弾みそうにないし、夜ということで人気も殆どないせいで静かだから、私が物語を語るのには調度良いだろう。
今日はまだ何もお話ししていませんし、と微笑みかけてみれば、私をちらりと見下ろしたリエーヴェル副隊長は、少し不機嫌そうに眉に皺を寄せながらぷいっと顔を背けた。
「では、ジャハンに語ったという物語を聞かせてくれ」
「『ねずみの嫁入り』ですか?あれは、新しい物語なのでリエーヴェル副隊長の探している物語ではないと思いますが……」
新しく思い出した物語を聞いてもらえることは嬉しいし、私は何も問題がないのだけど、リエーヴェル副隊長の物語探しには貢献できないお話だ。
しかしそれを伝えたところ、リエーヴェル副隊長は苛立ちを隠さずに大きく舌打ちをした。
「ちっ、私が知らない物語をジャハンが聞いたことにも腹立たしいのに、それが新しい物語だとはな」
「い、いけませんでしたでしょうか…?」
「駄目だとは言わないが、どうにも釈然としない。今度から新しい物語を最初に語るのは私にしろ」
「え、あ、はい…」
まさか不機嫌の理由はジャハンさんに語った物語が自分の聞いたことない物語だったからですか。まさかそこまで私の物語を気に入ってくれているとは思っていなかった。
不機嫌そうなリエーヴェル副隊長には悪いが、少し嬉しくなってしまうのは仕方がない。思わずにやけそうになる口を噛みしめて我慢する。
でもきちんと自分に言い聞かせる。これはあくまで物語の事であって、私のことじゃないからね、勘違いしないようにしなきゃ。
こほん、と咳ばらいをして私は物語を語るために頭の中から『ねずみの嫁入り』の物語を引き出した。
「では、……『ねずみの嫁入り』 昔々、あるところに裕福なねずみの夫婦がおりました———」
私が物語を語り始めると、リエーヴェル副隊長は歩幅を狭めて少しゆっくりと歩き始めた。まるで、途中で物語が途切れないようにしているかのように。
「———めでたしめでたし」
「………ハールック」
「はい?」
物語を語り終われば、リエーヴェル副隊長は急に足を止めた。私も歩みを止めて、リエーヴェル副隊長を見上げる。先ほどまでの不機嫌さを全く感じさせない、むしろ感情が読み取れないくらいの無表情を浮かべたリエーヴェル副隊長は、その金色の瞳を少しだけ伏せた。
「もし、物語が見つかったら……」
「え?」
物語が見つかったら?
ざわりと胸がうずいた。何を言われるのかと、胸元をぎゅっと握りしめて言葉を待ったが、一度口を引き結んだリエーヴェル副隊長は、そのまま緩く首を振った。
「いや、なんでもない。今回のも良い物語だった」
「あ、はい……。ありがとうございます…」
リエーヴェル副隊長は、そのまま足を進めたので、私も少し後ろを歩くような形で着いていく。
もし、物語が見つかったら……。
リエーヴェル副隊長が言ったその言葉に、胸のざわつきは収まらない。
何を言おうとしたの?その続きを知りたいけど、でも聞きたくない。それを聞いてしまえば、今の時間が無くなってしまう様な気がする。
まだ、私はリエーヴェル副隊長に物語を語りたい……。
「明日は、何の物語を語りましょうか?」
「……まかせる」
ぽつりと返されたリエーヴェル副隊長の声は、何だか少しだけ弱弱しく感じた。
第1騎士隊の執務室で業務を行ってから3日。私には特に被害もなく、状況に変わりがないまま第2回ご令嬢撃退作戦会議の日がやってきた。
第1騎士隊の執務室に集まったのは、前回と同じ顔触れである。
その中でも、一番楽しそうな笑顔を浮かべているのは、言わずもがなのエンフォリオ班長だ。
「実はですねぇ、1人片付けました~!思った以上に簡単でしたよぉ」
褒めて褒めてぇ!と両手を上げてくるくると回る班長に、私とピッシモさん、そしてベルッケン隊長が目を瞬いた。
一人片付けた!?早くないですか!?
驚きで私たちが固まる中、リエーヴェル副隊長だけは事情を知っているのか疲れたように息を吐き出した。
「とても不愉快な作戦だった。もう金輪際、あの作戦は行いたくないな」
「うふふぅ、リエーヴェルくんのあの冷めた氷のような眼差しはぞっくぞくしましたよー。ご令嬢のあの絶望に染まった顔なんてもう最高に笑えましたぁ」
「な、何をしたんですか、相手は一応伯爵家のご令嬢ですよ?」
恐る恐るピッシモさんが尋ねれば、班長は何てことないと手を振った。
「言っていた通りですよぉ、普通に幸せな結婚相手とめぐり合わせてあげただけでーす」
なんでも、昨日行われた国政会議に対象のご令嬢の父君が出席をしていたそうで、一緒にそのご令嬢が城へと着いてきてしまったそうだ。その情報を受け取った班長は、3日前から考えていた作戦を実行に移すことにしたらしい。
「そこで!悪役としてリエーヴェルくんに協力をしてもらったんですよぉ」
「あ、悪役?リエーヴェル副隊長がですか?」
私が目を瞬きながらリエーヴェル副隊長を見れば、不本意だと言うように溜息を吐き出していた。
エンフォリオ班長の指示により、偶然を装ってご令嬢に接触をしたリエーヴェル副隊長は、合図があるまで仕方なくご令嬢の相手をしていたらしい。
ちなみに、ご令嬢が話していた内容の大半は、私がどれだけリエーヴェル副隊長に相応しくないかという訴えだったそうだ。
「まぁ、事実私は相応しくないので」
苦笑いを零せば、リエーヴェル副隊長になぜか睨まれた。え、間違ってないよね?
そのまま適当に話を聞き流していたリエーヴェル副隊長だったが、ご令嬢が何を思ったのか急に抱き着いてきたらしい。なんて命知らずなのだろうか。
もちろん、リエーヴェル副隊長もそれには我慢ができなくなったようで、令嬢を払い倒して「突然男に抱き着いてくるなど、どこの痴女だ。お前の恥さらしに私を巻き込むな」と罵倒したそうだ。さすが紳士の反面教師、女性の扱いが酷すぎる。
我慢の尾が切れたリエーヴェル副隊長は、地面に座り込んだ令嬢に『醜いアヒルの子』の物語を語ったそうだ。そして私のことを主人公の白鳥と例え、令嬢の事を醜いアヒルを虐めた心の汚いアヒルだと罵ったそうだ。え、これは褒められている?私が白鳥?
リエーヴェル副隊長の言葉に涙を流して地面にうづくまった令嬢だったが、その令嬢の肩に手を添えた人物がいたそうだ。
「その人が私が用意をしましたご令嬢の運命のお相手なのでーす」
傷ついたご令嬢を慰めるため、これまたエンフォリオ班長の策略によって偶然を装ってその場に現れたのは、視察班に在籍する文官だったそうだ。その文官は令嬢の幼馴染そうで、何回も令嬢に求婚をしているが「リエーヴェル副隊長の要素を一つも持っていない貴方とは結婚などしないわ!」と言われて振られ続けていたらしい。
その話をどこからか入手してきた班長が、今回の作戦に使えるとその文官を引っ張ってきたそうだ。
「見知らぬ文官がいきなりやってきて、僕がいる、君を大切にする、君は僕の唯一無二などと、良く分からんことを言い始めたんだ」
勝手に二人でやっていろ、とリエーヴェル副隊長はその場を後にしたらしい。そのまま二人の様子を盗み見ていたエンフォリオ班長によると、その場で求婚の申し込みを行った文官の男性の思いをご令嬢は受け止めたそうで、既に二人は本日それぞれの実家に挨拶へと行っているらしい。
なんという、ありがちな恋愛小説の展開だ。つまり、ご令嬢は好きだった相手にこっぴどく振られて、心がズタズタに切り刻まれていたところに、塗り薬のように傷を癒そうとやってきた彼にメロメロになったということですね。
「これまた、やっすい舞台劇みたいな話だな」
「二人が幸せならいいんじゃないですかぁ」
良いことした後は気持ちがいいですねぇ、と笑う班長に私とピッシモさんの顔がひくりと引きつった。皆の事を掌の上で転がしまくっただけのように聞こえてくるのですが…!
「それで、残りの3人はどうしますか。結婚相手と言っても、あのような軽すぎる頭の持ち主たちに相応しい人材など私の知り合いの範囲には到底居ませんでしたが」
「あぁ、前にも言いましたが、このまま上手くいけば後は坂道を転がる小石のように勝手にご令嬢たちも転がっていってくれると思うんですよねぇ」
「どういう意味ですか?」
リエーヴェル副隊長が首を傾げれば、班長はにやりと口の端を上げた。
「自分一人だけ置いて行かれるのは、自尊心の高い者にとっては屈辱的ということですよー」
その言葉が何を表しているのか私は理解できなかったが、エンフォリオ班長の言う通り、この会議から1週間後には、ご令嬢たち全てが結婚相手を見つけたそうだとピッシモさんが報告をしてきたのだった。




