22.第1回ご令嬢撃退作戦会議
第1騎士隊の執務室の左側、ベルッケン隊長の書斎への扉のすぐ横にテーブルを挟むようにしてソファーが置かれている。ベルッケン隊長は自分の執務椅子を持ってきて座ったため、私と班長、ピッシモさんとリエーヴェル副隊長がソファーに腰かけた。
ソファーに座りながら、私はそっと自分の手の甲を撫でる。
リエーヴェル副隊長の唇が触れた箇所が、火傷をしたように熱く感じ、まるで沸騰したように熱い血液が凄い速さで身体を駆け巡っていて、頭がくらくらして目が回りそうなのだ。
せめて熱を逃がそうと、私は小さく息を数回吐き出した。
斜め向かいに座る、私をこんな状態にした張本人であるリエーヴェル副隊長の涼しげな顔がとても憎らしく見えてくる。
じとっとリエーヴェル副隊長を睨んでいれば、とんとんと肩を叩いてエンフォリオ班長が私の耳に顔を寄せた。
「ご令嬢の撃退止めますかぁ?このまま行けばリエーヴェルくんと結婚できますよー」
「ちょッ!?」
なんてことを言いだすんだ班長は!!
慌てて首を振って小声で「変なこと言わないでください!」と抗議をすれば、班長はにやにやとした笑いを浮かべた。
「うふふん、照れなくてもいいんですよぉ。あんな風に結婚の申し込みをされたら、そりゃあ誰でも意識しますからねぇ」
「照れてません!いいから早く会議を行いましょうッ」
既に意識しまくっていることは口が裂けても言えない。
もしもハールック家にご令嬢たちの真黒な思惑が詰まった縁談が入ってきたら、それを全て跳ねのけることの出来る地位を持っているリエーヴェル副隊長が私をお嫁に貰ってくれるらしい。まさかそんな話になるなんて……。
そのもしもが本当に起こったら、リエーヴェル副隊長は私と本気で結婚するつもりなのだろうか。
先ほど向けられた小さな熱を蓄えた金色の瞳を思い出して、ぶるりと背筋が震えた。
いやいやいや、ないでしょ。エンフォリオ班長にこれで良いかって聞いていたし、手の甲への口付けまでもが全て班長の指示だったに違いない。
ちらりと隣に座る班長の顔を横目で見れば、うふふんと楽しそうな笑顔を浮かべていた。
……あながち間違いじゃないかもしれない。
「はぁ~い!それではこれより、第1回ご令嬢撃退作戦会議を開きたいと思いまぁーす」
ぱちぱちぱちと、自分で拍手をしたエンフォリオ班長に、よっ!と言いながらベルッケン隊長も手を叩いている。ちなみにエンフォリオ班長と会議を行うときは、いつもこのような調子である。
私とピッシモさんは慣れているが、あまりにもひょうきんな班長にリエーヴェル副隊長が呆れた顔をした。
「でも班長、撃退と言っても重要なご令嬢様達が分かりませんよ?直接見たハールックさんでさえ名前も分からないんですから」
ピッシモさんの指摘にハッとした。そうだ、そもそも私は昨日見たご令嬢たちの名前さえ知らない。見た目だけで判断と言っても、髪色と憎しみと怒りの炎を灯していた瞳の色程度しか覚えていない。
「だいじょーぶですよ、調べておきましたぁ」
そう言って班長は、ぴらりと紙を机に置いた。覗いてみれば名前が4つと簡単な特徴が書かれている。
あ、みんな私が昨日見たご令嬢と特徴が一緒だ。それよりも、全部見たことある家名だよ……、揃いも揃って伯爵家の皆さまではないですか。
「4人とも、多分私が昨日見たご令嬢だと思います……」
とてもじゃないがこの4人のご令嬢はハールック家と格式が違い過ぎる。班長達が味方してくれなかったらと思うとゾクリとする。我が家など指先一つで消し去れるだろう。
「おいエンフォリオ、これどうやって調べた。昨日の話にしては、情報が揃いすぎてねぇか?」
「昨日の王宮図書館の利用者名簿とー、城門を通過した馬車の記録にー、あとは宰相閣下が良く嘆いている人の名前を照らし合わせたら調度この4人が該当になりましたぁ」
リエーヴェル副隊長が少し目を見開いた。「仕事は本当に出来るんだな」と失礼な事を呟いているが、エンフォリオ班長は気にせずに「もっと褒めてください」と返した。
いや、班長。褒められてはいないと思いますよ。
「んで?撃退って言葉のとおりじゃねぇんだろ、どうすんだよ」
「作戦も練ってますよぉ、その名も『やられる前にやってしまえ』でーす!」
「……」
班長に少し感心していたはずのリエーヴェル副隊長が眉間に深い皺を刻み、「この班長は何を言っている」という文句を込めた視線を飛ばしてきた。
私に訴えないでください。
「えっと、それは具体的にどんな作戦なんですか?」
「簡単だよぉ、こちらの権力使いまくって彼女たちを結婚させてしまうのでーす」
「えぇ!?此方がそれをしてしまうのですか!?」
それは流石にご令嬢達が可哀想なのではないだろか。一応、彼女たちはリエーヴェル副隊長に恋幕の情を抱いているのに、それを無理やり断ち切らせるなんて。
それに、そんなことをしても多分だけどリエーヴェル副隊長への想いを彼女達はそのまま持ち続けると思う。
「あの、あまり良い案ではないと思うのですが……」
「なぜだ?私としては面倒な女達が片付くなら、結婚させてしまうのは良い案だと思う。ハールックはそれをさせられるかもしれないんだ、先に此方から仕掛けてしまえばいい」
ふん、と鼻を鳴らしたリエーヴェル副隊長に私は首を振った。
「リエーヴェル副隊長にとって彼女達の想いが迷惑なのは分かりますが、彼女達の気持ちは大切にしてあげましょうよ。それに、彼女達が結婚したところでリエーヴェル副隊長への気持ちが消えるわけではないじゃないですか。手が届かなくなったからこそ、リエーヴェル副隊長に誰も近づくことがないように手を回すことは考えられませんか?余計に面倒な事になると思います」
「……なるほどな」
自分に近寄ってきていたご令嬢達の圧を身を持って体験しているリエーヴェル副隊長なら、彼女達が簡単に諦めないということが理解できるはずた。
「ならよぉ、ご令嬢さん共がシリル以外で納得する相手ならいいんだろ?」
「まぁ、そうなりますね」
「うーん……、それはまた中々難しい話だね。僕達で彼女達のお眼鏡に叶う相手を捜し出して、そして相手側にもご令嬢達を選んでもらうんだろう?そんな誰もが幸せになる大団円な結末は用意できないんじゃないかい?」
うっ、と思わず息が詰まった。唯一の常識人であるピッシモさんに否定をされてしまうとどうしようもない。確かにそんなに上手くはいかないか。
ご令嬢達がリエーヴェル副隊長以外に思う人でもいればいいんだけど……。
「そうですねぇ、大団円とまでは行かなくてもそれに近づけましょうかー。最初の1人は素敵なお相手を見繕いましょーう」
「え?1人ですか?」
「後は勝手にご令嬢達が崩れていきますから大丈夫ですよぉ」
うふふん、と笑う班長の目が三日月のように弧を描いた。悪巧みをしている魔女のようだ。
ぱんぱんっ!と手を叩いたエンフォリオ班長は、勢いよくソファーから立ち上がった。
「では、また3日後この時間に会議を行いますよー。それぞれご令嬢に合いそうなお相手を見繕っておいてくださーい」
「なっ!?俺達もか!?」
「当たり前ですぅ。隊長なんだから1人くらい調度良さそうな騎士を見繕ってくださーい」
「うおぅ……面倒くせぇ……」
そうして各自に課題を残して第1回ご令嬢撃退作戦会議の幕は閉まった。私は本当に第1騎士隊で仕事する事にはならないと思っていた為、班長とピッシモさんと共に文官等に戻ろうとした。
「仕事道具を運ぶなら着いていこう」
しかしそれは、ピッタリと私に張り付いて護衛を行うリエーヴェル副隊長によって実行へと移されたのだった。
え、本当に第1騎士隊の執務室で仕事をしなくてはいけないのですか!?
あれよあれよと言う間に、色々な人に指を差されながら文官棟へと移動し、戸惑う私を放置して班長によって私の仕事道具がまとめられ、リエーヴェル副隊長がそれを運ぶために抱え込んでしまった。
あわあわと、私が慌てていればピッシモさんに肩を叩かれて同情の眼差しを向けられた。
「……諦めようか」
「……は、はい…」




