21.班長の策略
「いやもうハールックさん最高でしたよ~、腹がよじれて死ぬかと思いましたぁ」
「んだよ、そんな面白い事になってたんなら俺も誘えよ。シリルは俺んところの部下だぞ」
「駄目ですよぉ、ベルッケン隊長がいたらリエーヴェルくんに逃げられちゃうじゃないですかぁ」
「くぅ~、否定できねぇ!」
あはははは!ははははは!と爆笑しあっている二人と違い、ピッシモさんは冷や汗を流しながら椅子に座って肩を縮こまらせている。なぜなら腕と足を組んで目の前に座るリエーヴェル副隊長がどす黒い顔をして二人を睨み付けているからだ。その眼光が刃だったとしたら、あの二人はみじん切りにされている。
ちなみに私はというと、エンフォリオ班長によって先ほどのリエーヴェル副隊長との王宮図書館での一件をピッシモさんとベルッケン隊長に暴露されてしまったため、壁に頭を押しつけるようにして羞恥で悶えていた。
お願いです、エンフォリオ班長にベルッケン隊長出てってくださいっ!!
遡ること5分前。
リエーヴェル副隊長の書斎に案内された私達は、いつもの窓際のソファーへと腰を下ろしていた。
「早速ですが、ピッシモさんの用件を聞かせてください」
席に着くなり話し始めたリエーヴェル副隊長に、ピッシモさんは苦笑いを零しながら頭に手を置いた。
早急に話を始めるあたりやっぱりリエーヴェル副隊長は短気だ。
うーん、と迷うような唸りを上げたピッシモさんは、どうしようかと言うように目線をあちこちへ動かした後、最終的に私を見た。
「いや、本当はハールックさんが居ないところで話そうと思っていたんだけど…」
どうやら、私がいるから話すのを迷っていたみたいだ。
「あ、では私は席を外しますよ」
ソファーから腰を浮かせれば、ピッシモさんは安心したように息を吐き出した。
てっきりリエーヴェル副隊長の眼光を前にして居心地悪そうにしていたのかと思ったけど違ったみたいだ。でも、私の話なのに私が聞かない方が良い内容って何だろう?
昨日、ピッシモさんは私の事を心配してくれていた。だから、ご令嬢たちに注意してほしいとか言ってくれるのとばかり思っていたけど、それはどうやら違うみたいだ。
話の内容は気になるが、私がいても話は進まない。リエーヴェル副隊長に目配せすれば、リエーヴェル副隊長も頷いて顎で扉を差した。
……さっさと出ていけとな。なんだか、話の当事者の筈なのに疎外感だ。
溜め息を喉の奥へと飲み込み、私は書斎を後にした。
「……出勤時間はばらばらなのね」
王城警備の任務についているのか、それともまだ早朝ということで出勤をしていないだけなのか、第1騎士隊の執務室はがらんとしている。人が居ない執務室に部外者の私が一人でいるのは何だか居心地が悪い。
執務室は静かなのに、隣の書斎の声は全く聞こえてこないな。後ろ手で閉めたリエーヴェル副隊長の書斎の扉を振り返る。
……一体何の話をしているんだろう。
聞き耳を立てたい衝動を抑えるため、何かやることはないかと執務室をぐるりと見渡したり、本棚の書籍を眺めていれば、なにやら廊下の方から騒がしい声が聞こえてきた。よく耳を澄ませば、バタバタという足音がどんどん近づいてきている。
え、こっちに来てる?と扉を見つめていれば、バンッと勢いよく扉が開いた。
「シリーーールッ!!」
「うひゃあっ!?」
大声と共に入ってきたのはベルッケン隊長は、驚いて身を縮こまらせた私を目に留めると「……まじだった…」と言ってあんぐりと口を開けた。
え?なにがでしょうか…?
私を見たまま固まったベルッケン隊長は、走って来たのか額には汗が滴っていて、その筋肉質な肩を上下に揺らしながら息を整えている。
「お、おはようございますベルッケン隊長。お邪魔しています」
「おう……」
私が頭を下げれば、何やら気まずいような顔をしたベルッケン隊長が顔を背けた。
一体何を急いできたんだろうか?シリルと叫んでいたし、リエーヴェル副隊長に急ぎの用事かな?
「リエーヴェル副隊長なら書斎にいますが……」
「………そうか」
ゆらりとベルッケン隊長は書斎へと近づいていった。すると隊長の巨体で見えていなかったが後ろからひょっこりと丸メガネをキラリと光らせたエンフォリオ班長が顔を除かせた。
「エンフォリオ班長!」
王宮図書館で盗み聞ぎするだけでは飽きたらず、わざわざここまで追いかけてきたの!?
私の予想はあながち間違っていないのか、私の顔を見るなりエンフォリオ班長は口を押えてぶるぶると震え始めた。
「ぶふッ、ご、ごめんなさい……!ハールックさんを、見たらうぷぷ…ッ、さっきの事やら、ここまでに聞いた噂話の所為で…うひひっ、わ、笑いが…ッ!」
ちょ、ちょっと待って…!と体を曲げて笑いを堪える班長にカチーンと来た。
ピッシモさんは私の事を思ってリエーヴェル副隊長に相談しに来てくれているのに、監査班のトップである班長が笑い転げているなんて。一回絞めてしまおうか、と私が考えていれば、ベルッケン隊長がリエーヴェル副隊長の書斎の扉を壊す勢いでバンッ!!と乱暴に開け放った音でビクリと体が揺れた。
「おいシリルっ!!お前がハールックちゃんを王宮図書館で襲って妊娠させたって嘘だよな!!親への挨拶も済ませてこれから俺に結婚の報告するってマジなのか!!?」
「はいぃっ!?」
何ですかその話は!?いつの間にそんなことになっているんですか!?
エンフォリオ班長はとうとう我慢できなくなったようで、ごろごろと転がりながら「あはははははっ!!笑い死ぬっ!!あはははあはっ!」と笑い始めた。
ベルッケン隊長も混乱をしているのか、「見損なったぞ!それでも騎士か!子供は男か!?女か!?」と扉を開け放った状態で大声で叫びだしている。
そんなベルッケン隊長を黙らせたのはもちろんリエーヴェル副隊長だった。
「一度黙れお前はッ!!」
金色の瞳を氷のように冷たく尖らせて書斎から勢いよく出てきたリエーヴェル副隊長は、ベルッケン隊長の顔を鷲掴みにして無理矢理黙らせた。あの筋肉質のベルッケン隊長が苦しそうに首を振っている。こちらにもギリギリという締める音が聞こえてくるくらいだから凄い力が籠められているというのが分かる。
ちなみに笑い転げていたエンフォリオ班長は、こっそりと書斎から出てきたピッシモさんが抑え込んでいた。そんなピッシモさんは、どんな話をしていたのか分からないが顔色がすこぶる悪くなっている。一体書斎で何があったのですか…?
そうして、嵐のように騒がしかった執務室は一度静けさを取り戻した。
しかし、落ち着いてもリエーヴェル副隊長を疑いの目を向けたままでいるベルッケン隊長の誤解を解くため、昨日までの出来事について説明をすることになってしまい、気づけばエンフォリオ班長が出しゃばってきて私達がいつも密会をしていることや、今日の王宮図書館でのやり取りについてまで暴露を始めたのだ。
止めて下さい!と私が声を上げても、まあまあと言って話したい班長と聞きたいベルッケン隊長に諫められてしまった。
我先に止めに行きそうなリエーヴェル副隊長も、女性であり、しかも階級も上となるエンフォリオ班長には手を出せないのか、吹き荒れる怒りの猛吹雪を抑え込んでじっと耐えている。いや、怒りを蓄えた眼光は隠そうともしていませんがね。
「もういいでしょうか。こちらからも話があるのですが」
我慢しきれなくなったのか、椅子から立ち上がったリエーヴェル副隊長は二人の話を遮った。その眼光は鋭いのに、向けられている二人はケロリとした顔で「はぁ~い」「おう!」と返事を返している。
余りにも呑気な返事に、怒りを堪えているリエーヴェル副隊長の口がひくりと引きつった。
分かりますよ。その怒りは私にも良く分かりますが、できれば荒れ狂う吹雪を仕舞ってください。私とピッシモさんが凍え死にます。
「それでぇ~?ハールックさんとリエーヴェルくんはどうすることにしたの?ハールックさんはうちの大事な戦力だから、どっかのご令嬢なんかには手を出させるつもりはないけどさぁ」
「わかっています。既にピッシモ殿と話は終わっていますので、あとはエンフォリオ班長が許可をくださるだけでいいです」
班長に許可を貰うようなこと話していたの?
ピッシモさんに視線を向ければ、さっと何故か目を逸らされた。
え、何ですかその反応!?なにか不味い結果になったんですか!?
それに相変わらず、私の事をみんな置いていくよね。当事者にも話が分かるように説明してほしい。しかし、説明をしてくれそうなピッシモさんには匙を投げられてしまったので、私は黙って成り行きを見守ることにした。
「許可ですかぁ、いったいなんでしょうか?」
「本日より、ハールックを私就けの文官にしていただきます」
「はいっ?!」
大変だ、見守ってなんていられない。
「ど、どうしてそうなったのですか!?」
私の驚いた声が煩かったのか、リエーヴェル副隊長に黙れと睨まれた。理不尽です。
「そうきましたかぁ」
こうなることを予想していた様に、ふんふんと頷いたエンフォリオ班長は、ピッシモさんにどう思う?と聞いていた。
そんなピッシモさんの顔色は相変わらず悪いままで、ちらりと私とリエーヴェル副隊長を一度見てから溜息を吐き出したて諦めるように口を開いた。
「私も最初は反対しましたが、シリルくんの意思も堅くてですね……、」
「意志は堅いかぁ、それって別の言い方で頑固ってことだよねぇ」
あははと笑ったエンフォリオ班長だったが、次の瞬間には丸メガネの奥の目を鋭くし、真っ直ぐにリエーヴェル副隊長を見つめた。普段の緩みきった物とは違うその目に、私の方がぞくりと背筋が震えてしまった。
「理由を聞いてもいいですかぁ?」
「ピッシモ殿にも言いましたが、私の伴侶の座を狙っている女たちがハールックを狙っているのであれば、私が守るべきだと言ったのです。ハールックはそもそもこちらから渡している書類を監査しているのだから、こちらで仕事をしても問題はないでしょう」
「でも、そのことでハールックさんを取り巻く噂が大きくなった時に、リエーヴェルくんは責任を取れるのですかぁ?」
責任、とは何のことだろう。他のご令嬢にも命を狙われるとかそういうこと?
私が首を傾げているのを見たエンフォリオ班長は、小さくふっと笑った。
「ハールックさんは分かりませんかぁ?ハールックさんがここに通えば、それこそ二人の事は噂になりますよねぇ。本人たちも一緒にいるんだから噂は本当だろーって。そうなれば困るのはハールックさんでしょー?」
「は、はぁ…」
「だから僕も言っただろうシリルくん。今回の話が大きくなれば、良くも悪くもハールックさんの結婚の話が出てくるって」
「私の、け、結婚……?」
なぜ急に私の結婚なんて話になったのですか?
話が分かっているのはピッシモさんと班長、そして顎に手を当てて思考を巡らせているリエーヴェル副隊長だけのようで、肝心の私は全く話についていけない。もちろんベルッケン隊長も訳が分からん、と首を傾げている。
「リエーヴェルくんを狙っている女性は多いですからねぇ。本人に攻撃できないとしたらぁ、周りを固めてしまうという手は考えられませんかー?だからぁ、リエーヴェルくんに責任が取れるのかって聞きたいんですよぉ」
「……なるほど」
ふむ、と頷くリエーヴェル副隊長と、満足そうに笑みを浮かべている班長の間で、小さな火花が散って見える。
いや待って!だから私が話についていけていませんって!
そもそもリエーヴェル副隊長付きの文官という発想にも驚きなのに、それが私の結婚とどういう関係があるんですか!?
「おいっ!もっとはっきりと分かりやすく話せ、訳が分からん」
「わっ、私も分かりません!どういうことですか!」
考えるのを放棄したベルッケン隊長が、パーターさんを捕まえて説明を求めたので、私も班長とリエーヴェル副隊長が睨みあっている間にその説明を一緒に聞かせてもらうことにした。
「そんだね、簡単に説明するけど……」
リエーヴェル副隊長の言い分としては、私の事をリエーヴェル副隊長自らが護衛すれば、ご令嬢たちも進んでボロを出すような事はしないだろうということだった。城内であれば安全かもしれないが、誰がいつどこで狙っているか分からないからこそ、常に護衛を行えるように私をリエーヴェル副隊長付きの文官とするよう言っているらしい。
「確かに、ハールックさんの身の安全は必ず保証されると思うんだ」
「ほぉ~ん、なるほどな」
「そういう意味だったんですね……」
しかし、今朝の目撃情報のこともあり、根も葉もない噂が飛び交ってしまっている状態で、私がリエーヴェル副隊長と行動を共にすれば、さらに噂の炎は燃え盛ると思われる。そんなことになれば、私自身に手を出せないとはいえ、ご令嬢たちも黙って指をくわえてはいないだろう。
私を文官という職から降ろすという手も考えられるが、文官のトップはあの宰相閣下。そして監査班のトップはエンフォリオ班長のため、権力を使って無理矢理私から文官という職を取り上げることは困難だと思われる。そのため、私をリエーヴェル副隊長か引き離すために考えられる別の方法が結婚らしい。
「それの意味が分からん!」
「わ、私もです!」
そうなんだ、どうしてここで私の結婚なんて突拍子もない言葉が出てくるんだ。家族の間でもそんな話はまだ出ていないのに。
お母様もお嫁に行き遅れない程度なら、仕事を続けることを認めてくれている。まだあと数年は働くことを許してくれるだろう。ハールック家は既にお兄様が後を継いでいるし、お姉さまもお嫁に行っている。お母様とお父様からすればそこまで私の結婚についてはそこまで重視をしていないので、婚約者の話でさえこれと言って今までも出てこなかった。
私が結婚をするなど、まだまだ先の話なのだ。
「ハールック子爵家にそのつもりがなくても、シリルくんの伴侶の座が奪われなければいいという考えの人たちなら、子爵家では断ることのできないような圧力をかけて、意にそぐわぬ相手と無理矢理結婚をさせるなんて簡単な事だろう?」
「……あ、」
そうか、私やハールック家の意思など関係なく、結婚をさせて仕事を辞めさせればいいんだ。だから周りを固めてしまうか。本体が壊せないなら、囲って閉じ込めてしまえってことね。
「最初は些細な噂だとしても、それさえも気にくわないと権力を振りかざすご令嬢は沢山いるからね」
こんなことで無理矢理結婚させられるなんて嫌だろう?とピッシモさんは苦笑いをした。
まさか、今回の事がそんな事態を招く恐れがあるなんて考えもつかなかった。ハールック子爵家諸共闇に葬り去られないとしても、どっちにしろ我が家に上級貴族からの圧力が掛かることは避けられないみたいだ。
……ん?でもこれってリエーヴェル副隊長に近づきさえしなければ良いのではないだろうか?そもそもリエーヴェル副隊長付きの文官になるという発想から間違っている気がする。
「だったら最初から第1騎士隊からも暫く離した方がいいじゃねぇか。ハールックちゃんの安全を考えるならそれが一番だし、護衛が必要ならうちの騎士を1人出してやっからよ」
私が思っていたことをベルッケン隊長が代わりに言ってくれた。
そうだよ、やっぱり私が最初に考えていた通り、リエーヴェル副隊長と会わなければいいんだ。それがご令嬢たちを逆撫でしない一番の方法だと思う。ありがたいことにベルッケン隊長が護衛を付けてくれるなんて言ってくれているし、身の安全はそれで確保できる。
私も頷いていれば、ピッシモさんはとても疲れたように肩を落とした。
「僕もね、それが一番だと思うよ。シリルくんも最初は護衛を付けたいって提案だったんだ。それを僕の所為で悪化させてしまったというか……」
「悪化って、ピッシモさんなにかしたんですか?」
「……うん。なんていうか、ハールックさんに対して父親心みたいなのが僕にもあってね、シリルくんがどういう想いを持ってハールックさんと密会をしているのかをきちんと聞きたかったというか、さ……」
えっ!?それってピッシモさんが私の事を外させたのって、リエーヴェル副隊長が私の事をどう思っているか聞きたかったってこと!?
リエーヴェル副隊長は物語を探しているだけ、私はその物語を知っていると思われる人物なので手伝っているだけ、密会という形を取っているのは、今回のように人に見られたら面倒だったためだ。この密会に心情などは含まれていないのだけど、ピッシモさんからすれば若い男女が早朝に密会を行っているのは、只事ではなかったみたいで、軽い気持ちで会っているなら止めるべきだとリエーヴェル副隊長に言ったらしい。
「僕には関係のない話だろうって、シリルくん怒っちゃってね」
「んだよ、それで意地張ってシリルがハールックちゃんを守るって言い出したのか」
「ちょっと違うかなぁ。他人が関与するから面倒なことになるので自分が護衛をするって言ってたから……」
あぁ、つまりこれ以上面倒ごとが起こらないように私の事を見張りたいってことですね。大丈夫です、リエーヴェル副隊長が私を何とも思っていないということは承知済みですので、落ち込みなどもうしませんとも。
「はいは~い、ハールックさんはもう話についてこれましたかぁ?」
にゅっと私たちの間に顔を入れてきたエンフォリオ班長に三人でビクリと肩を揺らした。
と、突然現れないでもらいたい、驚いたよ。
どうやら二人の方も話はついたようで、エンフォリオ班長は満足そうに満面の笑みを浮かべており、リエーヴェル副隊長も眉間に皺を寄せているが怒っている様子は見られない。
班長は、鼻歌交じりに私の肩を叩いた。
「リエーヴェルくんがもしもの時は責任を取ると言っているので、ハールックさんは暫く第1騎士隊に配属させますね」
「えっ!?」
「おいおい、それは止めた方がいいんじゃないのか?」
ベルッケン隊長も眉間に皺を寄せて止めようとしたが、それをリエーヴェル副隊長が遮った。
「問題ないです。私とハールックの事なので、こちらで全て処理します」
「や、あの、リエーヴェル副隊長……、そんな言い方をされるとまた勘違いが生まれますので…」
「なにがだ、間違っていないだろう」
何を言っている?と首を傾げられ、思わず肩の力が抜けた。いや、だってまるで付き合っているような言い方をされるからですよ!なにが私とハールックの事なので、ですか!そういうことを言うから私が勘違いをしてしまうっていうのに。
心の中でぶつぶつと文句を言っていれば、ピッシモさんが焦ったように班長に詰め寄った。
「ちょっと待ってください!責任を取るって、それってつまぶふッ」
何かを言おうとしたピッシモさんの口を、にんまりと笑った班長が押さえつけた。
「こらこらぁ~、こっちで言ったらつまらないでしょ~?」
「むがほがっ!」
「はい黙って黙ってぇ」
苦しそうに悶えるピッシモさんを容赦なく押さえつける班長は、リエーヴェル副隊長に「ほらぁ、早くハールックさんに言いなよぉ」と良い笑顔で頷きながら促した。
そういえば、もしもの時はリエーヴェル副隊長が責任を取るって班長が言ってたっけど、そもそも、『もしもの時』と『責任』って何のこと?
「ハールック」
「はい、」
名前を呼ばれたためそちらを向けば、リエーヴェル副隊長が眉間の皺を取り払い、金色の目を少し細めて私をまっすぐと見ていた。
思わずどきりと心臓が跳ねてしまう。
「今回の件で、ハールック子爵家に縁談の話が持ち込まれれば、私の全てを持ってお前の縁談を排除する」
一度そこで言葉を区切ったリエーヴェル副隊長は、一度軽く目を閉じた後、金色の瞳に真剣さを纏わせ、私の手を取り跪いた。
「っ?!」
驚きで思わず手を引こうとしたが、掴まれた手が強く握られてそれは叶わなかった。逃がさないとでもいうかのように、私を見上げる金色の瞳が小さな熱を籠めている。
「そしてその時は、お前を守っていくため私がハールックを貰い受けよう」
「……え?」
私だけでなく、ベルッケン隊長とピッシモさんまでもが息を呑んだ。
リエーヴェル副隊長が言っていることを理解できない。私を貰い受ける、なんてまるで結婚をするといっているようではないか。あのリエーヴェル副隊長が、そんなことを言うはずない。
どうしてこうやって、私を勘違いさせる言葉を言うのだろうか。
「あの、守るだなんて、そこまでしていただかなくても大丈夫ですよ?」
私は緩く首を振った。掴まれた手を再度自分の方へと引き寄せようとしたが、逆にリエーヴェル副隊長に手を引かれた。
「そういう意味ではない。物語のようにしなければ分からないのか?」
耳に届いた声は冷たく鋭いのに、金色の目は怒りとは違う熱を纏っていて、その目に捕らわれたように体が硬直した。私の手を掴んだまま立ち上がったリエーヴェル副隊長は、私の手を引き寄せてそのまま自分の口へと持っていく。私は、流れるようなその動きを目線だけで追い、そして私の手の甲にリエーヴェル副隊長の唇が触れた瞬間、魔法が解けたかのように体中の神経が爆発した。
「ななななな何してるんですかッ!!?」
「おいおいおいおいおい!!面白い事になってんぞ!!」
「ベルッケン隊長しーですよ!しー!」
視界の端でベルッケン隊長と班長が騒いでいるが、そんなことは全く気にならない。目の前で未だに私の手に口付けを続けるリエーヴェル副隊長から急いで手を離そうと、暴れるように腕を引くが全くビクともしない。
こんなの!こんなのまるで求婚されているみたいではないですか!!
ゆっくりと唇を離したリエーヴェル副隊長は、ふん、と呆れるように息を吐き出した。
「お前の物語通りにしたまでだ。結婚の申し込みはこのようにするのだろう?」
「けっ、こ……ッ!?」
「言っておくが、ハールック子爵家に縁談が入った時の話だ。意にそぐわぬ相手より、私の方がまだマシだろう」
「だだだだからと言ってこんな事までする必要ないじゃないですか!」
理解が出来ないお前が悪い、とリエーヴェル副隊長は首を振って私からエンフォリオ班長へと視線をずらした。
「これで満足ですか、エンフォリオ班長」
「もう大満足ですよぉ~う!良い物見れましたぁ!さっ、話も纏まりましたし、ご令嬢撃退作戦会議始めますよぉ」
ふんふんふーん、と上機嫌で押さえつけていたピッシモさんから退けた班長は、ほらほらみんな早く!と言ってソファーをばしばし叩いて座るよう促している。
………………え、どういうこと!?班長の策略ですか!?なんなんですか!?誰か教えて!!




