20.勘違いしません
……やっぱり、リエーヴェル副隊長がおかしい気がする。
腕を引かれる私には、前を行くリエーヴェル副隊長の背中で揺れている水色の三つ編みと青色のマントしか見えない。だけど、その顔がだれも寄せ付けないような冷たさを纏っているということは見なくても分かる。
リエーヴェル副隊長は常に眉間に皺を寄せているため、その時々の感情はあまり読み取ることが出来ない。寧ろずっと怒っているのではと思っていた。
だけど、さっきリエーヴェル副隊長の瞳が素直に感情を表していることに気づいた。目は口ほどに物を言うという言葉を作った人の近くには、リエーヴェル副隊長のような人が居たんだろうな。
これにもっと早く気付けていたら、ここ最近のリエーベル副隊長への違和感も払拭出来たかもしれないのに。
そう、私に心なしか優しくなったような気がするとか、私を心なしか気遣ってくれているような気がするとか、なんだか物語探しの意欲が若干小さくなっているような気がするとか……。
ん?
そ、そうだ!そうだよ!リエーヴェル副隊長の違和感はそこだ!物語探しにあんなに執着していたのに、それを先延ばしにしているような気がするんだ!
「文官だけが入れる部屋があるのだろう?案内してくれ」
「そういえば、この本の物語は直接語ってもらったことがないな。今日はこれを語ってくれ」
「……この本棚の並びが気にくわない。五十音順に並び替えるぞ」
「これはどうやって綴っているんだ?仕組みを教えろ」
とかとかとか。前までは時間が惜しいから早く物語を話せと言っていたあのリエーヴェル副隊長が、あまり新しい物語を聞こうとしない日が結構あったのだ。まぁ、その大半が本棚に既にあった物語の音読だったんだけど。
毎朝の密会は、欠かさず行っていた。物語探しを止めたわけでは無いのだろうけど、そうやって先延ばしにしていることが多いから違和感を感じていたんだ。
いつからだろう……。多分、人攫い事件が解決した後くらいからだと思うんだけど。
でも一体どうして?先延ばしにする理由が分からない。リエーヴェル副隊長は無駄なことが嫌いなはずなのに。
……無駄な時間だと思っていない、とか?
とくり、と胸が鳴った。
「あ、あの!」
「なんだ?」
思わず声を出してしまったが、リエーヴェル副隊長の歩く速度は変わらない。その声色はメリーナに会ったときと変わらず冷たく尖っているままだ。
いつもこの冷たい声に目を覚まされていた。
危ない危ない、また勘違いするところだった。しっかりしろ、ロジーナ。勘違いは止めるんでしょう。
リエーヴェル副隊長が私と一緒にいる時間を続けるためにわざと時間稼ぎをしている、なんてそんなの私に都合のいい妄想をしても虚しいだけだ。そんな事を氷の騎士が思うわけ無いんだから。
心の中で“リエーヴェル副隊長は私のことを知り合いの文官くらいだとしか思っていない”と繰り返し言い聞かせる。
勘違いして悲しくなるのはもう嫌だ。
私は一度、ぐっと目を閉じてから声が震えないように平常心を取り戻した。
「いえ、騎士たちの出勤がまだならいいなと思っただけです」
朝の光が差し込んでいる中庭はキラキラと草花が輝いていて、その先に騎士棟が見えてきた。
すれ違ったのはメリーナだけだったのは運が良かった。けど、この朝の時間帯に騎士棟に騎士がどれくらい出勤してきているかは私も知らない。
出来ればこれ以上、リエーヴェル副隊長に腕を掴まれて一緒に歩いている姿を誰にも見られたくない。変な噂が立って、それがご令嬢達の耳にでも入れば、それこそ私の寿命が縮んでしまう。
「何を言っているんだ。王宮警備は24時間体制なのだから常に騎士は常駐しているに決まっているだろう」
「…えっ!?」
慌てて体をずらして見えていなかった前方を覗けば、騎士棟の周りには第1騎士隊の青いマントと第4騎士隊の黒いマントがあちらこちらに点在している。
うわぁあああああっ!!?
騎士達めっちゃ居るんですけどーー!?
「あれって第1騎士隊副隊長だよな!?」
「えっ!?女を連れているぞ!」
「あの服は文官か?灰色ってことは監査班だろ」
「リエーヴェル副隊長が……!あのリエーヴェル副隊長が?!」
リエーヴェル副隊長も行っている朝稽古を行っていたのか、汗をタオルでふき取っている人や、夜勤明けなのか少し眠そうな顔をしている人がいる。
そんな騎士達が、騎士棟前の広場を早足で突き進む私達を驚愕の表情で眺めていた。
皆の視線が突き刺さる!隠したくても隠すことの出来ない黒髪が今ほど憎いと思ったことない!!
ひぃえーっ!と自由に動く片手で髪を少しでも隠せるように抱え込む。せめてこの手を離せられたらとぶんぶんと腕を振っても全くビクともしない。
お願いですから離してもらえませんかねリエーヴェル副隊長!!
しかし、リエーヴェル副隊長はこちらを興味津々に見ていた騎士達に眼を飛ばしていて私のことなど気にしていない。注目をされていることで機嫌は更に悪くなったようで、背中では吹雪が吹き荒れている。寒くて私が凍りつきそうです!
騎士棟の廊下まで来れば騎士の数はぐんと減ったが、前からやってくる騎士達が青ざめながら顔を背け、早足で私達とすれ違っていく。彼らにもこの背中の吹雪が見えているんだろう。触らぬ神に祟りなしと言わんばかりに私達を避けていく。
ご令嬢達だけを丸め込めれば良いと思っていたのに、リエーヴェル副隊長の所為で騎士達の誤解まで解かなくてはいけなくなってしまった……!
頭を抱えたくなっている内に第1騎士隊の執務室が近づいてきたのだが、何故かリエーヴェル副隊長が急に足を止めた所為で背中にそのまま激突をしてしまった。
「ぅぶっ!」
「……何をしているんだ」
振り返ったリエーヴェル副隊長は、呆れるように息を吐き出して私の腕を引いて体制を立て直してくれた。腕を掴まれていたから転ぶことはなかったが鼻が痛い。
なんで急に止まったの?
鼻を押さえながらリエーヴェル副隊長越しに前を覗き見れば、私も目を瞬いて固まった。
なぜなら第1騎士隊の執務室の扉の前に文官棟に出勤してきているはずのピッシモさんが立っていたからだ。
え、何故ピッシモさんが?第1騎士隊に仕事での用事など殆どないはずなのに。
「ピッシモ殿、何かご用ですか?」
「ああっ、シリルくん!実は、君に話したいことが……ハールックさん?」
苦笑いをしながらリエーヴェル副隊長の影から顔を出せば、ピッシモさんは目を見開きながら「本当だったんだね……」と呟いた。その視線は私達の間に固定されている。
うぅ、やっぱり気になりますよね。
「あの、リエーヴェル副隊長。もう執務室に着きましたし、その、離してもらえませんか?」
そっと、掴まれている腕を持ち上げれば、ぱちぱちと瞬きをしたリエーヴェル副隊長は、まるで忘れていたと言わんばかりに「ああ、」と返事を返して手を離してくれた。
さっきまでいくら振っても離してくれなかったのに、意外にあっさりと離してくれるのですね。
リエーヴェル副隊長は姿勢を正してピッシモさんに向き合った。
「それで、私に話とは何ですか?」
「えっ!あー、えっと……」
ピッシモさんはちらりと私を見た。
………もしかして昨日の話を聞いてリエーヴェル副隊長に私のことを相談しに来てくれたんですか!
何という優しさ。覗き見して楽しんでいるエンフォリオ班長とは大違いだ。ピッシモさんに後光が差しているのが見えてきます。
私が感動で打ち振るえているうちに、リエーヴェル副隊長はピッシモさんを執務室へと招き入れた。
「話はとりあえず中で聞きます。こちらもハールックのことで相談したいこともありますので」
「ハールックさんについて…?」
「私について…?」
私とピッシモさんは目を合わせた。その目は「あれ?なんか面倒なことになってそうじゃない?」と言っている。「ええ、分かりましたか。私も困惑しております」と頷き返した。




