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19.氷の騎士の変化

 リエーヴェル副隊長は私の手を振りほどき、そのまま強く私の両肩を掴んだ。

 その眼は今まで見たことがないほど動揺で揺らめいている。


「いったい誰に何を言われた?どうして急にそんなことを言い始めたんだ」


 何時もは冷静で慌てる様子など全く見せないリエーヴェル副隊長が、私が暫く会わないようにしたいと言っただけでこんなに取り乱してくれている。氷の騎士に似合わない姿に、私は自分が嫌いになるくらい喜びを感じてしまった。

 私に対して心配や気遣いなどリエーヴェル副隊長は持っていないと思っていたけど、それは私が気づかなかっただけなのかもしれない。目の前の金色の目はこんなにも感情を表しているのに、なんて鈍感なのだろうか私は。


 だからこそ、余計に心が虚しい。


 リエーヴェル副隊長が持っている感情は私の持っている感情とは違う。変な期待をして、いつも勘違いだったと後で知らしめられていた。だからこそ、もう私は勘違いをしない。

 私の物語が好きだと言ってくれたこの人を無くさないため、代わりに私はこの気持ちを無くそう。

 そう思えば、沸騰しそうなほど熱くなっていた体から熱が引いていく。悲しいことに諦めを認めれば、心臓はすっかりと大人しくなってしまった。 

 

「……まだ誰にも何も言われてはいません。私の勝手な判断です」

「まだということは原因となった者がいるんだな。誰だ、言え」


 原因と言われるとそれはもちろんリエーヴェル副隊長なのだけど。ご令嬢たちも、私の気持ちも、どっちもリエーヴェル副隊長が原因だ。

 でも私の気持ちのことを言うわけにもいかない。

 私は、昨日目撃をされていたこと、その後のご令嬢たちが嫉妬に狂いそうになっていて命の危険を感じたこと、ご令嬢たちをこれ以上刺激しないようにするために暫く会わないようにしたいことをリエーヴェル副隊長に伝えた。

話を聞き終えたリエーヴェル副隊長は、額に手を当てて心の底から呆れたような溜息を吐きだした。


「私がハールックに触れるくらいでか…、やはり女は面倒だな」

「……それほどリエーヴェル副隊長に皆さんが好意を抱いていらっしゃるということですよ」

「やめてくれ、迷惑でしかない」


 何かを振り払うように手を振ったリエーヴェル副隊長は、私の隣へと移動して本棚に背中を預けた。視線は窓の外を向いており、こちらからは表情が伺えない。

 目の前からリエーヴェル副隊長が避けたことで少し息がしやすくなった。期待しないように思っても緊張はしてしまう。

 あの金色の瞳はいつも私の心をかき乱そうとするから危険だ。

 女性からの好意を迷惑だと思っていても、私がこうやって一緒に居ることができているのは、やっぱり私がリエーヴェル副隊長に恋愛感情を持たないという安心感があるからなのだろう。


「……邪魔だな」

「え?」


 窓から視線を外したリエーヴェル副隊長は、怒りを蓄えた瞳を光らせた。


「その女共のことが片付けばいいのだろう。ならば排除するだけだ」

「は、排除?」


 私が1人で気持ちを断ち切ることを決断している間に、リエーヴェル副隊長から物騒な言葉が聞こえてきた。その顔は真剣そのもので、排除という言葉が冗談ではないことが伝わってくる。

 え?あれ?空気がぴりぴりとしている気が……。

 そして心なしか寒くなってきたような……?


「ハールック」

「は、はい!」


 ギラリと鋭い眼光に、思わずびくりと飛び跳ねるように姿勢を正した。この感じ、前にも経験したことがある……。

 初めて第1騎士隊の執務室に訪れた時、あの時の空気と全く一緒だ。

 つまり、リエーヴェル副隊長はとってもご立腹でいらっしゃるということ?

 なんで!?そこまでご令嬢達が嫌いなの!?

 命を狙われているかもしれないご令嬢達だが、この怒りに満ちた氷の騎士を目の前にすると同情しか生まれない。

 この心の声が届かないことは分かっているが、逃げた方がいいですよご令嬢ーーッ!!


「今日は物語を語らなくていい。このまま執務室に行くぞ」

「はい!………はい?」


 圧力に負けて返事を返したが、執務室へ行くって言った?どうして?

 私が目を瞬いている間にリエーヴェル副隊長に手首を掴まれ、ずんずんと出口に向かって引っ張られるように進んでいく。そのまま王宮図書館を出てしまい施錠をする暇さえなかった。


「鍵を閉めなくては!」

「ハールックのところの班長が二階にいたようだから問題ない」

「えぇ!?エンフォリオ班長がですか!?」


 今日も居たんですか班長!?全く気づきませんでしたよ!

 というよりもリエーヴェル副隊長は、いつからエンフォリオ班長のことに気づいていたの?知ってたなら教えてほしかったよ……。

 ふと、昨日のエンフォリオ班長の顔を思い出した。

 そういえば面白いから続けていいとか、変な台詞を言うように言われてたっけ。エンフォリオ班長のことだ、今日の密会が気になって王宮図書館に泊まり込んだに違いない。


「あの……、実はエンフォリオ班長には、リエーヴェル副隊長と王宮図書館で朝に会っていたことを知られてしまっていて……」

「ああ、知っている」

「えっ!?」


 知っているだって?!


「どっ!どういうことですか!?」

「ハールックと王宮図書館で会うようになって暫く経った頃に、二階に人の気配があることに気づいたんだ。ハールックと別れた後にそのまま王宮図書館前で見張っていれば、監査班長が出てきたから問い質した」

「どうして私に教えて下さらなかったんですか……」

「ハールックに黙っていれば朝に図書館を使用して良いと許可を貰ったんだ。ベルッケン隊長も変わっているが、ハールックのところの班長も大概変わっているな」


 エ、エンフォリオ班長めぇっ!!

 もう彼女のことは信用しない。きっと今頃も王宮図書館で笑い転げているに違いない。

 リエーヴェル副隊長に引きずられながら、この後の仕事でエンフォリオ班長に会うことの憂鬱さに溜め息が出た。


「ロジーナ!?」


 リエーヴェル副隊長に腕を取られながら騎士棟に向かって通路を進んでいると、聞き覚えのある声に名前を呼ばれた。

 慌てて通路の向こうに視線を向ければ、驚いたように目を見開いたメリーナが私とリエーヴェル副隊長に交互に視線をさ迷わせ、最終的に私の手首を掴むリエーヴェル副隊長の手に視線が固まった。

 しまった……、人に会うかもしれないのに呑気に手を取られたままだった。

 だけどリエーヴェル副隊長の力が強くて振り払うことも出来ず、私は前から戸惑った様子で此方に近づいてくるメリーナに冷や汗を流しながら苦笑いで「お、おはよう」と挨拶を返した。


「誰だ?」

「友人のメリーナです。行儀見習いの侍女をしているんです」


 女性ということでリエーヴェル副隊長が眉間に皺を寄せたので、慌ててメリーナを庇うように前に出たが、リエーヴェル副隊長の手は離れない。


「リ、リエーヴェル副隊長おはようございます……」

「…………」


 緊張しているのか、メリーナは顔を強ばらせながらリエーヴェル副隊長に頭を下げたが、リエーヴェル副隊長は眉間に皺を寄せたまま顔を背けた。

 温度がどんどん下がっていくのが分かる。

 やばい……、リエーヴェル副隊長の女嫌いが発揮されている。

 この場を何とかしなくてはと私が思考を巡らせていれば、メリーナが小さな声で話しかけてきた。


「ロ、ロジーナ……あなた大丈夫なの?リエーヴェル副隊長に何か不敬なことでもしたんじゃ……」


 チラリと心配そうに私の手首を見たメリーナに、慌てて首を振った。


「大丈夫よ、これには少し事情があって」

「ハールックもういいか?」

「えっ、あっ、はい!」


 リエーヴェル副隊長の声がとても冷たくて驚いてしまった。私と話すときとは違って全てを拒絶しているかのようだ。

 私の返事を了承と捉えたようで、リエーヴェル副隊長はメリーナを避けるように足を進めだした。もちろん私の手を掴んだまま。

 困惑するメリーナに「今度ちゃんと話すから」とだけ伝え、私は早足で通路を進むリエーヴェル副隊長に遅れないよう、小走りぎみに足を動かした。


  ラカンナの孤児院ではリリアナ相手にあんな態度ではなかったのに一体どうしたんだろう。

 それにリエーヴェル副隊長と女性が話しているところを見かけたことがあるが、義務的な感じだけどちゃんと会話はしていたと思う。あんな風に無視をするような人ではないはずなのに。

 前を突き進むリエーヴェル副隊長の表情は氷のように冷たい。

 空気も冷たくて鳥肌が立つ。

 心なしかリエーヴェル副隊長の背中には吹雪が見える気もするし……。



 いったいなんでそんなに怒っているんですかー?!

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