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1.氷の視線

 暖かな日差しがルノワール王国に春を運んできてから1か月が経った。

 春の日差しが降り注ぐ中、城内にある講堂では式典を進める宰相閣下の声が大きく響いていた。

 現在行われているのは、三日前に二年間の国境警備任務から戻ってきた第1騎士隊の帰還を労い、新たな任務を任命するための式典。


私は式典に興味がなかったのだけど友人に連れられ、観客席となっている二階の一番奥の立ち見席からその様子を見ていた。


 主役となる総勢42名の第1騎士隊は、式典用の白地に銀色の刺繍が施された騎士服の上に、隊色となる青色のマントを身に着けて綺麗に整列をしている。

 

 ルノワール王国には4つの騎士隊があり、それぞれに青・赤・紫・黒といった隊色が決められている。そしてそれぞれの隊には王城警備、城下警備、領地警備、国境警備、といった任務が与えられるのだが、それは2年ごとに輪番で回るのだ。

 これを決めたのは現ルノワール王であるヴォルフ・ルノワール王だ。


 ヴォルフ王は第2皇子だった。兄である第1皇子が次代の王となった後に補佐をするため、幼少期から騎士隊を率いる本隊長となるべく躾けられてきていた。

 そして実際に、第1皇子は王様となりヴォルフ王は騎士隊の本隊長となった。

 しかしヴォルフ王が騎士隊を率いて5年が経ったころ、王様が病で急死した。

 兄の突然の死により、騎士隊長だったヴォルフ王が兄に継いで次代の王となった。

 

 ここから王城内は大きく変化した。

 大臣や官僚たちの顔がガラリと変わり、一つだった騎士隊が4つに分かれた。

 ヴォルフ王はこの改革をする際、「自分が騎士隊本隊長として勤めていた間の不満を全て解消させてもらった」と言ったらしい。

 簡単な話、騎士達が働きやすいようにした。というそれだけの話なのだ。

 まるで騎士を小間使いのように扱う大臣や、仕事をせずに口ばかりが動く官僚達を排除して、代わりに予算をきちんと管理して騎士隊の援助をしてくれる文官を増員。

 辺境地に配属されたら最後、王都に戻るのは騎士を辞める時だった騎士達が王都へと定期的に戻ることができるよう、4つの隊を作って配属先を回すようにしたのだ。


 こうしてヴォルフ王が王となってから10年でルノワール王国は周辺国の中でも一番の軍事力を持つ国となった。

 隣国は恐れて攻め込むなんてことはしない。そうなったら最後、鬼神と恐れられたかつての本隊長であるヴォルフ王直々に成敗されるからだ。


 とまぁ、王様のお話はここまででいいでしょう。

 そんなわけで2年間の国境警備任務を完遂した第1騎士隊が王都に戻ってきたのだ。これから向こう6年間は王都近辺での勤務となる。


「第1騎士隊長ブレート・ベルッケン及び第1騎士隊副隊長シリル・リエーヴェルよ前へ!」


 宰相閣下の声が響き、隊長と副隊長が前へと出てきて王座の前に跪いた。

 相変わらず対照的な二人だな。

 私は目立つ頭の二人を目で追った。


 第1騎士隊隊長のブレート・ベルッケン様は、燃えるような赤い短髪にはち切れんばかりの筋肉を身に着けた騎士隊いちの大男で、その中身も見た目通りの熱い人だと聞いている。

 そんなベルッケン隊長と見た目も中身も正反対だと言われているのが、第1騎士隊副隊長のシリル・リエーヴェル様である。すらりとした細身の体型で、腰まである透き通るような水色の髪の毛を片側で三つ編みにして纏めており、その顔立ちはそこら辺の令嬢と比べるまでもなく妖艶で美しい。しかし金色の眼は何時の時も鋭く研ぎ澄まされており、その瞳が緩んだ姿を見た人はいないという。

 瞳の鋭さは剣にも現れているようで、25歳という若さで第1騎士隊の副隊長を任されているのはその強さからだ。また頭脳は騎士隊いち優秀らしく、彼に事務仕事を任せたら文官の仕事はなくなると言われるほど。

 まるで完璧なリエーヴェル様は、その冷たくも美しい美貌と鋭い剣裁きから氷の騎士だと言われている。だけど氷の騎士という呼び名にはまた別の理由もある。

 リエーヴェル様は、その見た目だけでなく中身も冷えっ冷えの氷なのだ。冷静で厳格な彼が怒ると吹雪が吹き荒れるらしい。凍え死ぬかと思った……、とリエーヴェル様の怒りに触れた者は語ったらしい。

 ベルッケン隊長が炎の男ならリエーヴェル副隊長は氷の男だ。


 しかしどれだけ性格が冷たい人だろうと、その整った顔立ちとリエーヴェル公爵家の次男ときたら、それはもう女性達は色めき立つ。

 第1騎士隊が戻ってくると話が出た1か月前から城中の侍女達が騒がしくなった。昨日なんて「やっとシリル様に会えるのね…!」と感極まって泣いている子が居たほどだ。

 そんなリエーヴェル副隊長だけど、噂によると女性がお嫌いとの事で、25歳になった今も結婚どころか婚約者もいないらしい。

 次男と言えど公爵家の息子なのだから婚約者くらいは居そうだけど、本人がそれを望んでいないと聞いている。

 だけどこれ幸いと思っている人は多く、3日前に帰ってきた後から思いを告げる女性は後を絶たない。

 何故私がそんなことを知っているから言うと、いたるところで女性が泣きながら友人達に結果を報告しているのを目撃しているからだ。仕事しろと言いたいけど、聞こえてくる話に私も少し同情してしまう。

 みんなリエーヴェル様が氷の性格をしているということを忘れているのだ。女性達はみんな、頬をピンク色に染めて思いを告げに行くのだが、戻ってきた時には瞳に涙を溜めて意気消沈している。

 なんでも、あの金色の瞳で鋭く睨まれ「邪魔だ」「時間の無駄だ」という厳しい言葉を浴びせられたらしい。

 なんて冷たい。そして酷い。私なら絶対に嫌だそんな人。

 それでも人気が止まないのは、あの見た目と家柄、そして第1騎士隊副隊長という地位があるからこそだろうな。

 さっさと結婚をして身を固めれば周りも静かになるだろうけど、それをしないのは男色家だからでは…、なんて一部の女性は色めき立っているし。

 世の中の女の思考は恐ろしいですね。

 まぁ、私の隣に立って感嘆の息を漏らしている侍女のメリーナとモニカがその一部の女性陣なのだけどね。


「ほらロジーナも見て!ベルッケン様の熱い空気とリエーヴェル様が纏う涼やかな空気の差が、まるで二人の愛の障害を物語っている様に見えない?」

「今頃リエーヴェル様はベルッケン様が注目されていることに妬いているのね、だからあんなに鋭いお顔をされていらっしゃるのよ」

「……二人とも、せめて小声で話してちょうだい」


 聞くに耐えない話に顔を引きつらせながら小さい声で注意をすれば、二人が慌てて口を閉じて小さく笑った。

 メリーナは商家の娘で、モニカは男爵家の三女、二人とも行儀見習いとしてお城に侍女として勤めている私の数少ない友人である。

 出会いは私が二人を意図せずに助けたことからだった。

 波打つ桃色の髪と愛くるしい容姿をしたメリーナに、ふわふわとしたオレンジ色の髪と太陽のように明るい笑顔をしたモニカは、お城の独身男性達から言い寄られることがとても多い。

 ある日、二人が仕事中に不埒な騎士にしつこく絡まれて困っていたところを私が助けたのだ。

 まあ私は、その騎士から提出された不備だらけな上に考えなしの金額が書かれた予算請求書を突き返すためにその騎士を探していて、調度二人に絡んでいるところを見つけて声をかけただけだったのだけどね。

 私に声をかけられてギョッと目を開いた騎士に確信を持った。やっぱり不備があることを自覚して提出していたのか。

 自然と目が据わり騎士に詰め寄った。


「この予算請求書ですが書式がそもそも違いますし、備品としか品目に書かれていません。なにに使うのかを明確に全て記入をしていただくよう決まっていますので書き直しをしてください。そもそもこの金額は何を買うためにこんな大金になったのか教えていただきたいくらいです。どんな高級な備品を買えばこんな金額になるのでしょうか?」

「えっとそれは~……」


 煮え切らない返事しか返さない騎士に私はとどめを刺すことにした。


「ではこの予算請求書を目にしているでしょう第4騎士隊隊長に直接お伺いします。まさか隊長に許可を貰わずにこちらへ提出している訳ではないでしょう?」

「なッ!?」

「そういえばこの隊長のサイン…、いつもと違うように見えますねぇ」


 どうしたのでしょう?そう微笑んでから騎士を見上げれば、その顔は血の気が引いて真っ青になっていた。

 図星か。偽装した書類だったんだなこれ。


「作成し直します!」


 騎士は慌てるように私が持っていた不備書類を奪い取って逃げていった。

 直すと言っても多分通らないだろう。きっと禄でもない事に使う予定だったに違いない。

 その後、絡まれていた二人は私にお礼を言ってきた。これからも仲良くして欲しいと言われ、よく2人が私に話しかけてくれるようになり今では友人となったのだ。

 2人はよく絡まれるので私が助けてあげている。まぁ、都合よく不備書類を提出してきた騎士ばかりだったのだけどね。

 騎士は平民もいるが貴族が多い。商家のメリーナと男爵家のモニカでは貴族の騎士には太刀打ちできないらしくて私を頼ることが多い。

 いや、私も子爵家で爵位は下なんだけどね。

 でもこの文官服を着ている私には騎士は太刀打ちできないのだろう。私の文官服は灰色をしていて、これはある部署に所属する文官が着用する制服だ。


 実は文官も騎士隊同様に10年前から国政班、視察班、監査班と3つの部署に別れている。制服も紺、緑、灰となっていて、私は灰色の監査班に所属している。

 監査班はその名の通り各部署の書類監査を行っていて、私の担当は騎士隊の予算関係。

 不備や不正とかを見つけるのが得意な私は監査班に向いていたけど、女官でしかも爵位は子爵の私に書類を突き返された相手はもちろん気分が悪くなるのだろう。

 しかし顔をしかめても文句は言ってこない。何故なら我らが文官のトップは冷徹の宰相閣下だから。

 宰相閣下は忙しい人だ。仕事の滞りなどけして許さない。文官に文句を言って仕事を遅らせようなら、その騎士が所属する隊に宰相閣下自ら赴き雷を落とすのだ。それは屈強な騎士隊長達が恐れるほどのものらしい。隊長達はそれを恐れ、騎士達に文官の仕事を煩わせないよう命令をしている。そのため騎士達は文官には強く言えないのだ。

 まあ、私たち文官もミスは許されないので毎日神経をすり減らして書類と睨めっこしている。失態を一つでもすれば文官生命は途絶えるのだ。


 宰相閣下が文官長をしているのはヴォルフ王の命令だった。

 ヴォルフ王は騎士隊の職場改善を行った際に多くの文官を採用した。そしてその増えた文官をまとめ上げるために、頭脳明晰な宰相閣下に文官長を兼任するよう命令を下したのだ。

 宰相閣下ことカンジェ・リエーヴェル公爵はその頃から眉間の皺が一本増えたそうで、私が2年前に行儀見習いの侍女から文官へと職を移したときには既にあの美貌に似合わない眉間の皺はくっきり2本あった。

 そう宰相閣下ことリエーヴェル公爵は、あの第1騎士隊副隊長のシリル・リエーヴェル様と親子である。


 私は講堂に立つ宰相閣下と王座に跪くリエーヴェル副隊長を比べ見た。本当にあの美貌と冷たい金色の瞳はそっくりだ。

 冷徹の宰相閣下に氷の騎士。異名が冷たいところまでそっくりだわ。


 っと、宰相閣下で思い出した。


「私そろそろ仕事に行くわね」

「えっ!ロジーナもう行くの?」

「午前中は式典があるからお仕事お休みではなかったの?」


 まだいいじゃない、と私の袖を引っ張る2人に緩く首を振った。


「お昼開けに宰相閣下と班長達で会議があるのよ。私それの会議内容を記録する事になっているから普段の仕事を先に終わらせておきたいの」

「そっかぁ」

「忙しいのね、私たちに付き合わせてごめんなさい」


 しゅん、と残念そうに手を離す2人に私は笑って講堂を指差した。


「ほら、ベルッケン隊長がリエーヴェル副隊長の肩に手を置いてるわよ。見なくていいの?」

「やだ!本当だわ!!」

「はうっ、あのリエーヴェル副隊長の嫌そうな顔が照れている様にしか見えない!」


 直ぐに目を光らせて式典の様子に夢中になった2人の背中に手を振る。じゃあ仕事にいきますか、講堂を出ようと扉に手を掛けたとき背中になにか強い視線を感じて振り返った。

 どこから?

 くるりと講堂を見渡せば、輝く月の様な金色の瞳に視線が捕らわれた。


「え、」


 講堂の王座、そこでベルッケン隊長に肩に腕を回されているリエーヴェル副隊長が遠い二階にいる私を真っ直ぐに睨みつけていた。

 その冷たく鋭い氷のような眼差しに体が凍りついたように固まる。


 私を睨んでる?


 視線が絡まっていたのは時間にして数秒だった。

 その時間はベルッケン隊長がリエーヴェル副隊長の背中を叩いてよろめかせたことにより唐突に終わりを告げ、私は体の自由を取り戻した。

 お、驚いた。なんでリエーヴェル副隊長が私のことを睨んできたのかしら?

 私がそのまま王座に立つ2人を眺めていれば、リエーヴェル副隊長の視線が再度こちらを向いた。


「っ!」


 やっぱり私を見てる?!

 私はまたあの金色の瞳に捕らわれないよう、逃げるように講堂を後にした。



 リエーヴェル副隊長はどうして私のことを睨んできたの?

 ……いや、きっと気のせいだ。きっと私の居たあたりを見ていただけに決まっている。

 頭に焼き付いて離れない金色の瞳を消し去るために私は頭を振り、仕事場へと足を急いで進めた。


しかし、その後直ぐに宰相閣下と会ったことにより金色の瞳を忘れることはできなかった。

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