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荷下ろしを済ませて別の村へと向かって行く馬車を、チロは「有難うございましたー!」と手を振って見送る。
そうして馬車が随分と遠くなるとチロは手を下ろして、背後でどんよりとしたオーラを放っているファズを振り返った。
「あの、ファズさん? 私、気にしてませんから。少し驚いただけですし……」
「いえ、……本当にすみませんでした」
ファズがこれでもかと深く頭を下げる。
その頭が地面にめり込む前に、チロは頬に未だ若干の赤みを残しながら笑った。
「寝惚けていたんですから仕方ないですよ」
「しかし……」
「僕の事言えないね、お前も」
「…………」
普段なら拳一発若しくは鋭い毒舌で返すようなシェイムの言葉にも、ファズはその半笑いの顔を睨み付けるだけだった。
しかし、シェイムは怯えるどころか挑発するようにニヤニヤと笑っている。
このままだと調子に乗ったシェイムが余計な事を言うだろう。それを察したチロは二人の手を取って引っ張った。
「ほ、ほら! とにかく村長さんの所に行きましょう? さっきの御者さんは村の一番奥の家だって言ってましたよ!」
「……そうですね。あまり遅くなっても失礼ですし、行きましょうか」
「とか言いつつさり気に僕とチロちゃんの手を引き離すなよ、おい」
「それにしても想像以上に広い村ですね。殆どが放牧地のようですけど」
シェイムの文句を聞き流したファズは村をぐるりと見渡す。
煉瓦造りの建物が多いプレジールとは違い、マードレ村は丸太小屋が建ち並ぶ。どの家の庭でも鶏が地面を啄んでいたり、アヒルが溜め池に浮いていた。
そして、柵の向こう側に見える広大な放牧地には、何頭もの牛が草を食んだり寝ていたりと自由気ままに過ごしている。
正に、牧歌的、という言葉が似合う光景だった。
「……平和だね」
「牛に異変があるようには見えませんね」
この長閑な空気が流れる村で問題が起きているとは考えづらく、チロは怪訝そうに眉間を寄せて呟いた時だった。
「それがあるんですよ、困った事に……」
「ひゃあっ!?」
突然割り込んできた擦れ声に驚く。
振り向けば、樫の杖を突いた老人が立っていた。
老人は顎に蓄えた白髭を撫でながら、牛のような穏やかな眼差しでチロを見上げる。
「すみませんね、お嬢さん。うっかり驚かせてしまった。ところで、貴方がたがパルマさんの言っていた……?」
言いながら老人は三人を見る。
最初に頷いたのはファズだった。
「ええ、そうです。貴方がこの村の?」
「はい、私がこのマードレ村の長をしております、グランと申します」
「そうでしたか。私はファズ、此方の方はチロさんとシェイムさんです」
ファズの紹介を受けて、二人も軽く会釈をする。
この三人がパルマの寄越した人材だと確認すると、グランはその皺だらけの顔に安堵の笑みを浮かべた。
「よくぞ来て下さいました。早速ですが、話を聞いてもらって良いでしょうか?」
「はい、その為に来ましたから」
「有難うございます。──パルマさんから多少は聞いていると思いますが、この村は牛乳が有名でしてね。パルマさんを始め、沢山の店や商人の方に牛乳を買ってもらって、村が存続しているようなものなんですよ。それなのにある日を境に、どの牛からも牛乳が取れなくなってしまいまして……」
グランは放牧地に佇む牛達を見る。
と、今の話である事が引っ掛かったチロは思わず口を挟んだ。
「ある日を境に……って、何かあったんですか?」
その質問にグランは頷き、放牧地を囲む柵に近付いた。
すると、グランの姿を見つけた牛達がのそのそとやって来た。その頭を順番に撫でてやりながらグランは話を続ける。
「この村にいる牛は『マードレカウ』という、特別な子たちでして、とても仲間意識が強いんです。そして群れには常にリーダーがいるんですが、そのリーダーの牛が魔物に浚われてしまって……」
「魔物に、ですか?」
「ええ……それでリーダーの牛がいなくなったショックで、他の牛が牛乳を出さなくなったんだと思うんですよ。何せ仲の良い子たちですから。──それでですね、また新しい牛が浚われない為にも、貴方がたには魔物を見つけて退治して頂きたいのです。お願い出来ますでしょうか……?」
牛を撫でながらそう頼んでくるグランは、家畜を盗まれたというよりも、家族を浚われたかのような悲しい表情をしていた。
チロはつい真っ先に返事をしそうになったが、最終的な判断権はファズにあると気付き、グッと言葉を堪えて視線を向ける。
「分かりました。此方で牛乳が取れなくなるのは私達にとっても一大事ですから。出来る限り、力になりますよ」
「おお……! 有難うございます、何卒よろしくお願いします!」
グランは細い体を震わせながら頭を下げる。
そして、牛達に「良かったなぁ、お前達」と微笑みかける姿を見て、チロは今度こそ何か力になろうと改めて決意したのだった。




