21
晴天の下、馬車の荷台に乗せられた三人は荷物と共に運ばれていた。
のどかな平原を馬車がガタンゴトンと揺れながら進んでいく。
それに合わせてチロの鼻歌も跳ねる。
その手には木苺のジャムがたっぷりと塗られた、ファズ特製の弁当用サンドイッチ。
ぱくりと大きく頬張れば、花を頬張っているような甘酸っぱさに、鼻歌は更に軽やかになった。
「ご機嫌だね、チロちゃん」
「あ……すみません、つい……」
向かい側に座るシェイムに微笑み交じりに言われて、無意識だった己の鼻歌に気付いたチロは顔を赤らめる。
口元を押さえてもごもごとサンドイッチを咀嚼する様子にシェイムは頬を緩めた。
「こうやって遠出するのは初めて?」
「はい、初めてです。少なくとも紅灯亭で働き始めてからは初めてですね」
「あ……そっか、ごめんね」
チロが記憶喪失だという事は、共に働き始めた頃にシェイムにも伝えてある。
申し訳なさそうに眉尻を下げるシェイムに、サンドイッチを食べ終えたチロは慌てて首を振った。
「気にしないで下さい! ほ、ほら、色々と新鮮な気持ちで体験出来ると思えば!」
我ながら苦しいフォローだと思うが、気に障らなかった事は事実だ。
だから本当に気にしていないと笑っていれば、不安げにしていたシェイムは水色の瞳を緩やかに細めた。
「本当に何も、覚えてないんだね」
こそりと零されたその呟きは、誰の耳にも届くこと無く、大きく揺れた馬車の音に掻き消された。
「もうじき着くよ、お三方」
「本当ですか?」
「おう、ほら見えてきた」
御者の男が馬の手綱を引きながら言う。
──どんな村だろう。パルマさんは良い村だって言っていたけれど。
好奇心が膨らんでいく。唇に付いたジャムを舐めたチロはひょいと前方を覗き見て、そして、パッと目を輝かせた。
「わあ! あれがマードレ村ですね?」
「そうそう、かなり大きい村だよ」
近付きつつある村を見ながら御者は言う。
村の領域を囲む塀は長く、門は立派な丸太で組み立てられている。
西の国最大の城下町であるプレジールよりは当然小さいが、今回の目的地──マードレも村にしては充分大きい方に入るだろう。
パルマから請け負った用事を忘れたわけでは無いが、未知なる土地への期待でチロの胸が弾む。
「そろそろ降りる支度をしておいてくれな」
「はーい、……さて、ファズさん、そろそろ起きて下さーい」
木箱に寄り掛かって眠っているファズに、チロは反応を窺いながら優しく声を掛ける。
それでもファズは目覚めない。少し眉間を寄せたまま寝息を立てている。
「起きないなぁ」
「もっと強めに仕掛けなきゃ駄目だよ、フライパン無いかな?」
「……きっと倍返しにされますから、あったとしても止めた方が良いと思いますよ」
悲惨な光景が容易に想像出来たチロは苦笑し、真剣な顔でフライパンを探し始めるシェイムをやんわりと止める。
(うーん、どうやったら起きてくれるかな?)
そういえば、此処までの道中で馬車が何度も揺れたりしたが、出発してすぐに寝たファズが起きる事は無かった。そう考えると、なかなかの熟睡型なのかもしれない。
(あんまり変な起こし方したら、後が怖いしなぁ……)
うーん、とチロは考え込む。
と、不意に馬車がガタンと跳ねるように大きく揺れた。
「きゃっ!?」
「うわっ、と!」
シェイムは咄嗟に傍の木箱にしがみ付けたが、チロは間に合わず、ファズの胸元へと飛び込むように体勢を崩した。
その軽くも確かな衝撃にファズの意識が覚め、目蓋がゆっくりと持ち上がっていく。
「……、……チロさん」
「あ、あああの! すみません! これはその、馬車がガッターンって揺れて、だから……っ!?」
誤解されて怒られる前にと、チロは赤くなったり青くなったりしながら説明をする。
が、明らかに目覚め切っていないファズは小さく舟を漕いだ後、むぎゅ、と抱え込むようにチロを抱き締めた。
突然の事態に馬車内の空気がピシッと固まる。ガタゴトと車輪の音だけが響くこと数秒。腕の中でゆっくりと顔を赤らめたチロは、
「……っ、ひ、きゃあぁぁっ!?」
其処から逃げ出す事も思い付かず、甲高い声で叫んだ。




