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まず初めにチロ達が足を運んだのは巨大な牛舎だった。
案内してくれたグラン曰く、この村の牛達は纏めて同じ牛舎で飼って、何人かで世話をしているらしい。
今は放牧の最中なので牛が一頭もいなかったが、それならば先に誘拐された現場を調べようと、三人は空っぽの牛舎内を歩き回る。
「うーん、特に変わった事は無さそうですね。荒れてるわけでも無いですし」
「…………」
「……? ファズさん、どうしました?」
取り敢えず牧草が入った餌入れを調べていたチロは、険しい表情で黙り込んでいるファズに気付いた。
声を掛けられたファズは表情はそのまま、何の変哲も無い牛舎をぐるりと見渡す。
「魔物が牛を浚った、というのが気になりまして。牛が目当てならその場で喰ってしまうのが普通ですから」
「でも、村長さんは確かに『魔物に浚われた』って……」
「そもそもどうして牛を誘拐したのが魔物だと分かったんでしょうか? 証拠が残っているようには──」
「なあ、これ落ちてたんだけど」
そう言って会話に割り込んで来たシェイムは、半透明の小さな物を摘んでいた。
チロは分からず首を傾げたが、それを見たファズは更に眉間に皺を寄せた。
「スライム、ですね」
「スライム?」
「魔物の中でも最弱と言われている奴です。しかし……まさか、スライムが牛を?」
「それは無いでしょ。だってスライムって、犬にすら負けるって言うじゃん」
スライムの欠片をぷらぷらと揺らしながらシェイムが言う。
──そこまで弱い魔物がいるんだ……。
それでどうやって生き延びているのだろうか。まだ見ぬ魔物だが、チロがその弱さに同情していると牛舎のドアが開いた。
「皆様、少し宜しいですかな?」
「グランさん、……と、その子は?」
やって来たのはグランだった。
そして、隣には十歳くらいの少年が立っていた。少年はそばかすが浮かぶその顔を不機嫌そうに歪めている。
「ミドと言います。この子が、牛が魔物に浚われていくのを見たと言った子なので、皆様にもお話をと……」
「だからグラン爺、ぼくは家の窓から見ただけなんだ。何も話すことは無いよ」
そう言い切ったミドは明らかにこの場から帰りたそうだった。
しかし、ファズはミドに歩み寄る。
長身で無愛想な男に見下ろされたミドは、少し脅えた様子でファズを見上げた。
「な、何だよ?」
「いえ、出来ればどんな魔物だったのか事細かに教えて頂けたらと思いまして」
「そんな事言われたって、その、見たのは夜だったから……」
ミドは若干身を引きながら答える。
蛇と蛙のような状況になっている二人を傍から見ていたシェイムは呆れたように肩を竦めた。
「あーあ、完全に怖がられてんじゃん」
「ですね……」
チロも思わず苦笑する。
自分は怖くないので何とも思わないでいたが、やはりファズの見た目は子供から見たら迫力があるのだろう。
「このままじゃ、教えてもらえる事も教えてもらえないかもね。チロちゃん、ちょっと間に入ってあげてよ」
女の人の方が安心するでしょ、とシェイムに促されたチロは頷き、話が進まない二人の傍へと近付いていく。
そして、自分に気付いたミドに微笑みかけると、屈み込んで目線を合わせた。
「あの、ミド君。どんな些細な事でも良いの、思い出してもらえないかな?」
少しでも警戒心を解いてもらおうと、チロは微笑んだままミドの瞳を覗き込む。
が、ミドはほんのりと目元を赤らめると、顰め面をプイッと逸らしてしまった。
(うーん、どうしよう?)
どう会話をしたものかとチロは悩む。
(……あれ? 肩に何か付いてる?)
と、ふとミドの肩に糸くずのような物が付いている事に気付く。
よく見ればそれは牧草だった。取ってやろうとチロが手を伸ばしかけた時、
「……っ、知らないよ。牛なんかどうなってって、ぼくは知らないんだ!」
そう言うとミドはその場から逃げ出してしまった。
「あっ、ミド君!?」
咄嗟に手を伸ばすも間に合わない。
突然逃げられて呆然と見送るチロに、グランは「こらミド!」と叱り飛ばしてから、申し訳なさそうに頭を深く下げた。
「すみません、根は良い子なんですがね……。村に同い年の友達がいないからか、どうにも素直じゃなくて……。ミドは私から叱っておきますので、皆様はどうぞ、この村の宿屋に部屋を取っておきましたから、そこでお休みください」
では、とグランはもう一度頭を下げて、ミドが走っていった方へと歩いていく。
残された三人は顔を見合わせる。
このだだっ広い牛舎は特にもう何も無さそうで、日は大分暮れ始めていた。間も無く牛達が戻って来るだろう。
「此処で立ち尽くしていても仕方ありませんし、ひとまず宿屋に行きましょうか」
「……だな」
「そうですね……」
ファズの提案に二人も頷く。
そうして三人は宿屋へと向かった。




