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ふたご銀河の物語  作者: 日向 沙理阿
93/153

ダルシア帝国の継承者

417.

 帝都ロギノスは遠くから見ると、『死の呪い』に掛けられた星に特有の真っ黒な髑髏に覆われた惑星になっていた。その地上は昼なお暗い様相を呈していた。それでも厚い雲を通して、ロギノスの属する恒星の光がほんのわずか届いてはいた。

 帝都の中心である広大な宮殿や政府庁舎のある大陸中心部には貴族の邸宅街が隣接しており、その周囲に張り付くように繁華街ができていた。中心部に比べて建物が非常に密で人口密度も高い街である。そこには帝国では庶民である商人たちが住んでいた。そしてその繁華街の更に外側にある古い建物群にはスラム街とまではいかないが、一般の労働者が住んでいた。彼らは貴族の召使になったり、商人の造る会社の勤め人であったり様々だった。ただ帝国においては彼らの存在は労働者階級であり、それ以上の例えば貴族や、金持ちである商人にさえなることも考えられないという立場だった。

 確かに前王朝が新王朝に代わった当初、帝国でもどこか新しい風が吹き込んだような気がしたものだが、それから数年経ったにも関わらず以前と変わりのない状況が続いていた。それと言うのも、あれほど若く生命力にあふれていた新王朝の若き皇帝が病に伏していると言う噂がどこからともなく聞こえて来たからである。

 それを聞いてまだ残っていた前王朝の勢力が勢いを盛り返すかと思いきや、どこか弱弱しい抵抗に収まっていた。それだけではない。帝都のあちらこちらで、妙な病が流行っているという噂が聞かれるなど、再びわらわらと帝都に不穏というよりは不安な風が吹き始めていた。それは銀河帝国自体が、衰退しつつあるように思われた。

 もちろん、誰も――帝国の人間で帝都ロギノスを覆っている『死の呪い』の真っ黒な髑髏を見た者はいない。行方不明になった元ジェグドラント伯爵の他は。なぜなら帝国に属する白魔法使いはいないからだ。ここにはただ一人、ナンヴァル連邦の白魔法使いがいるだけだった。ゼノンの魔術師も魔導士もその黒い髑髏を見ることはできない。


 それが現れたのは帝都の繁華街を外れた、貴族の邸宅街に近い林の中だった。

 かなりの地響きと共に、それは帝都ロギノスの大地に足を踏みしめた。そしてあたりを睥睨した。まるでここは自分の領地・領土であるかのように振る舞っていた。

 それはドラゴン、竜だった。本物の竜である。そして本物であるということは、それはダルシア人であることも意味していた。

「今の地震は何?」

と、アルネ・ユウキは言った。

「お前が、ドラゴン・スレイヤーというのなら、その証拠を見せてもらおうか……」

と、ゼノンの魔術師は言った。

 遠くで竜が咆哮した。それは声ではなく、振動が周囲に伝わって来た。正確に言うと、その咆哮は他の者が聞いた時には落雷の音のように聞こえたのだ。

「まさか、この帝都にドラゴンがいるというの?」

「その、まさかだ」

「ちょっと待ってくれ、何が起きているんだ?」

 ジェルス・ホプスキンには何が起きているのかわからなかった。魔法使い同士の会話はあの言語フィールド装置でわかったが、その意味することはわからなかった。彼にはドラゴンの咆哮は落雷の音としか聞こえなかったのだ。

「待って……」

と言って、アルネ・ユウキは目を閉じた。意識を集中するためである。そして、透視能力を拡大し、地響きの原因を見つけようとした。まさかとは思うが、ダルシア人がこの帝都にいるとは信じられないことだった。ジル星団ではダルシア人はすでに滅びたことになっているのだ。

 それはほどなく見つかった。帝都の繁華街から左程離れていない貴族の邸宅街の端に、一匹の竜がいるのが見えたのだ。

「お前の仲間に、ダルシア人がいるとは思わなかったわ」

「そうだろう。俺もダルシア人が未だに生きていることに驚いた口だ。何しろ、あのハガロンのダルシア帝国大使が死んだ時、惑星同盟は正式にダルシア人が滅んだと認めたと聞いていたからな……」

 アルネ・ユウキは帝都ロギノスにダルシア人がいることを驚いたのであって、その存在自体に驚いたのではない。

 ハガロンのダルシア帝国のコア大使が亡くなった時ダルシア帝国は滅んだとされたのは、本国のダルシア人が居なくなったと言うことを公にしたにすぎない。これまで、流刑にしろ探検にしろ、多くのダルシア人がふたご銀河を彷徨したものである。そのどれだけの者たちが他の惑星に住み着いたかは、本国でさえ把握していないことなのだ。しかも、かつてアルフ族が移住し滅んだという曰くのある帝都ロギノスに、ダルシア人がいると誰も思わなくてもおかしくはない。少なくとも、その言い伝えのあるゼノン人やナンヴァル人は決してこのロル星団に近寄ろうともしなかったのだ。

「あなたの勇気を褒めてあげましょうか?この惑星に居ることについて」

「ふん。昔のことは昔のこと。あの呪いが今現在も存在するなど馬鹿げている。あれからどれだけの年月が経ったと思うのだ?」

 アルフ族がこのロル星団で滅びて、すでに数百万年は経つはずだった。それはアルネ・ユウキも知っている。

「確かに、ここが今でも人の住まない惑星であったなら、そう言えるでしょう。でも、今この惑星は多くの人口を抱えている。だから、逆にあの呪いの発動条件を満たしているとは思わない?」

「例え、どんなに恐ろしい呪いが掛かっていたとしても、数百万年もの歳月に、すでに消えてしまっているのではないか」

「そうかしら。もっとも、消えていなくとも、この惑星全体にその印が現れたとしても、お前のような魔術師いえ魔導士にはわからないわね」

「ふん。ここでそんな話をしている暇はあるのか?あの竜、ダルシア人は本国ではこの銀河帝国の大逆人のような扱いをされたものだと聞いたぞ」

「あのダルシア人の名を知っているの?」

「奴の名は、ジグルガスダスと聞いている」

「ジグルガスダスですって?」

 アルネ・ユウキは記憶のどこかにその名があることを思い出した。

(アルネ・ユウキ少佐。あの竜は私に任せてください)

と、TPで連絡してきた者がいた。

(ゼフィア・シノン中尉なの?あなた一人で大丈夫?)

(私を誰だとお思いですか?)

(そうね、愚問だったわ……)


 ゼフィア・シノンが竜の存在に気づいたのは、もちろん地震のような振動とその咆哮の所為だった。すぐにその居場所を特定して、瞬間移動した。彼女のいたビルの地下牢からは少々離れていたが、移動には支障はなかった。すでにアルネ・ユウキとゼノンの魔術師との会話を聞いたので、その竜が何者であるかを知っていた。

 竜は暴れてはいなかった。突然開かれた場所に出た所為で、背伸びをしているような風情だった。

(ひさしぶりね)

と、着くなりゼフィア・シノンがTPで伝えた。

(ほう、お前は人間族のようだが、私を怖れないのか)

(見た目は人間族だけれども、私は元ダルシア人だったのよ……)

(なるほど。お前は追手か!)

 竜は強く息を吐いた。竜――すなわちダルシア人の息は人間には毒になる。それを知っていてそうしたのだ。

(ジグルガスダス、随分長生きをしたものね。長生きし過ぎて、お前は更に落ちてしまったということか……)

(ふん。私は別に法を犯したわけではない。単に、ダルシアの皇帝に挑んで破れただけのことだ)

(皇帝陛下に挑むなどと言う不遜なことをする者は、法を犯すよりももっと大きな大罪を犯したのだ)

(それはお前が皇帝の犬だからそう思うだけのこと。私の仲間ならそうは言うまい)

(だが、その仲間もとっくの昔に居なくなっているわ)

(そうだろうか……)

 ジグルガスダスは、その昔ダルシア帝国の皇帝に挑んで破れた者だった。

 ダルシア帝国ではその頂点に立つ者は、挑まれた時に決してそれを回避してはならなかった。なぜなら、頂点に立つ者はダルシア人として一番強者でなければならなかったからだ。それは大昔からの掟であり、文化文明が発達した後も、それだけは変わらなかった。

 ダルシア人には親兄弟という血の繋がりは重んじられなかった。常に一人孤独で、強い者だけが生きていくことを許される社会だった。だからこそ、頂点に立つ者は誰よりも強者でなければならなかった。従って挑まれた時に回避することは許されず、そしてそれに勝った者が新しい頂点に立つ者となるのだ。ダルシア帝国の皇帝の座もそうやって新しい皇帝に受け継がれて行ったものである。

 とは言え、やはり文化文明が高度になっていくと、この慣習は少しずつ変化して行かざるを得なくなった。その最初に起きたのが、『ジグルガスダスの反乱』だった。


418.

 後世『ジグルガスダスの反乱』としてダルシア帝国の歴史上有名なのは、それが弱肉強食のダルシア人の慣習に終わりをもたらしたものだからである。と同時にダルシア人による他の種族の捕食を止める切っ掛けともなったのだ。

 ダルシア人は自分たちのリーダーたる『皇帝』――人間族ではそう呼ぶので同じような言葉を使っているだけなのだが――を選ぶには、血筋ではなくその実力を持って勝ち進んだ者が成るというのが掟、つまり彼らの法だった。何年かに一度かどうかは決まってはいない。多くはリーダーが年老いた時であったが、それはリーダーの代替わりの時であることも、突然名乗りを上げる時もあったが、何人かの候補者が集まり、その中で戦いをして最終的に勝利を得たものが、リーダーになると言うことが彼らの掟だった。そして、負けたものは勝った者の胃の中に入ることになるのだ。残酷ではあったが、それは後腐れのないリーダーの選び方だとダルシア人は誇りとしていたのだ。

 当時の皇帝の名は『ライアガルプス』だった。その強さは歴代の皇帝の中では並ぶ者がないとされ、その聡明さ能力の高さや広さなどあらゆる点においてダルシア人としては最高の力を持っていたと言われている。

 その皇帝に挑んだ者が『ジグルガスダス』だった。言い伝えでは、時の皇帝に反逆したと言うことで悪者のように言われているが、事実はわからない。少なくとも皇帝に挑戦したのは、『ライアガルプス』が年老いたためではない。そして、皇帝ライアガルプスに挑戦して敗北したジグルガスダスはその命を皇帝によって助命され、追放刑となった。史上初めて、皇帝に挑戦して敗北した者が命永らえたのである。それは画期的なことだった。それ以降、ダルシアの習慣は変化していった。血生臭い習慣が減って行ったのだ。有るモノはダルシア人が弱体化したと言ったが、本当にそうであったかはわからない。ゼフィア・シノンは以上の事をダルシア人として記憶していた。

 今そのジグルガスダスは彼女の目の前にいた。人間の彼女に比べて小山のような大きさだ。それにTPを使えば話もできる。ダルシアではその歴史の前半は言語を使っていたが、TPが使えるようになってからはそれで意思疎通をするのが普通になっていた。

(待て!お前にダルシア人の仲間が他にいるのか?)

(さあ、どうだろうな。確かにあの時私は皇帝に負けた。そして遠くの星々に落ち延びて言った。あれからどれだけの歳月が過ぎただろうか……)

(他に仲間がいるかと聞いているのだ)

と、ゼフィア・シノンが聞いた。彼女にとっては大逆人であるジグルガスダスに仲間がいたら、大変なことなのだ。すでに本国のダルシア人は滅びている。もし、この連中がそれを知って、本国を占拠したらどうなるだろうか。今のダルシアではそれを退けるような戦力はなかった。

(何を怖れている。もう私はあの時の私ではない。ダルシアの皇帝になると言う私の望みはとうに捨てている)

(ではなぜ、今ここに出て来たのだ?)

(人間よ、おまえは元ダルシア人と言ったが気の短い人間に過ぎぬな……)

 小山のようなダルシア人は首を空へと伸ばし、背の羽を羽ばたいた。ゼフィア・シノンはその羽ばたきに危うく吹き飛ばされそうになった。

(このような広い場所に出たのは久しぶりのことだ。これまで本国の軍を怖れて我々は暗い狭い場所に暮らしてきた。今やっと、我々は自由になったのだ)

 ゼフィア・シノンはジグルガスダスの心を読みかねた。何を考えているのだろうか。今更ダルシア帝国を支配することを夢見ているのだろうか。もしそうだとしたら、それを黙って見ているわけにはいかない。

 その反乱のあった当時、本国にいたダルシア人の数は数十万人だった。彼女の記憶では反乱に加わったダルシア人はそのうちのおよそ数万人だった。ダルシア人の人口は通常本国だけではなく、他の惑星や宇宙航行中の者を加えてもその数、百万いるかいないかだった。他の種族に比べて人口が少ないのが特徴である。もっとも数が多かったらとてもそれを支える程の食料を確保できなかっただろうし、多くの他の種族が犠牲になっただろう。ジグルガスダスの仲間は、その中でも戦闘的なダルシア人が多かったと言われている。

 それにしても、あの反乱があったのはふたご銀河によその銀河からアルフ族が移住して、その文明が滅んだ後だったとゼフィア・シノンは記憶している。従ってすでに数百万年は経っているのだ。それなのにその歳月どうやってジグルガスダスは過ごして来たのだろうか。それに彼の仲間はどうなったのだ?彼が生きていると言うことは、他の仲間も生きているのだろうか。

(ふむ。我が同士のことを考えているのか?)

(……)

(残念ながらすべての同士が生きながらえたわけではない。それでも私一人になってしまったわけではない)

 すると、もう一度大きな地響きがした。

 そちらを見ると、もう一匹の竜が出現していた。

(遅くなりました、ジグルガスダス様……)

 新しく出現した竜は深々とジグルガスダスに頭を下げた。

(お前の他はどうした?)

(あと数人が近くにおります。後は他の惑星にいるはずです)

 竜は小さな人間のゼフィア・シノンを見つけると、一瞬視線を止めた。

(お食事中でしたか……)

(いや、そうではない。そこにいるのは、どうやらかつての我らの同朋らしい……)

(何ですと?では、あのライアガルプス皇帝の企みが現実になっているというのですか?)

(そのようだ。そうした時代になっているということだ)

(それは、我らにとってもやりやすい時代になったということでしょう……)

(そうとは限らぬ。よくよく注意した方がよい)

 ゼフィア・シノンは彼らの話を聞いていた。仲間がまだいることもわかった。だが、実際にどの程度いるかはまだわからない。

(ジグルガスダス様、どうか私にあの人間をいただけませんか?)

(腹がすいているのか?)

(いえ、そうではありません。人間と我々竜との違いを教えてやろうというのです)

(なるほど。だが、あの者が弱いかどうかはわからぬぞ……)

(私にお任せを!)

 竜の目が荒々しく光った。

 ゼフィア・シノンは目を細めて、用心深く後じさった。

 その竜は空を見上げて、咆哮した。戦いの合図だ。最初にゼフィア・シノンを襲ったのは、その竜の尻尾だった。

それを軽々と飛んで回避すると、TPで話しかけた。

(随分だこと。こちらに名乗りもせずに戦いを始めるのか?)

(ふん。おまえはすでにダルシア人ではない。名乗ることなど必要ではあるまい)

 竜は人間のゼフィア・シノンに比べれば小山のように大きかった。しかもその皮膚は鋼鉄よりも硬く、その息ぶきは人間には毒ガスのようなものだった。全てにおいて人間よりも頑丈で強い生物が竜だった。

 一方、ゼフィア・シノンは一般の人間の基準から見ても強くは見えない。人間族の女性というのは、同じ種族の男性よりも弱いというのが定説である。その上、人間と言うのはふたご銀河の多くの種族のなかでも弱い方に位置していた。その爪も歯も同族ならいざ知らず、竜を前にしてはとうてい武器にはならない。

 ゼフィア・シノンの武器は小さくて動きが素早いことだった。それだけではとてもこの竜に対峙することは難しい。従って彼女には何か別の武器が必要だった。人間がよく使う武器、槍や剣や弓のようなものだ。


「あれは何かしら?」

 二度目の地響きを感じてアルネ・ユウキは言った。

「さあ、なんだろうな。お前には関係あるまい」

 アルネ・ユウキのもう一つの目は、二匹目の竜を見つけていた。帝都にダルシア人が二匹もいるのだ。それに、あれは智慧のない怪獣ではない。TPを使った会話はこの程度の距離ならば、聞こえないことはない。だから、彼女にも聞こえたのだった。

「何か困った事でも?」

と、ジェルス・ホプスキン刑事は聞いた。

「どうやら、帝都には我々に知らないことが沢山あるようだわ」

「当然だろう。お前たち白魔法使いよりも我々闇の魔術師、魔導士と言ってもいい、我々の方がより深くより多くの事を知っているのだ」

と、ゼノン人の魔術師は誇らしげに言った。

「あら、そうなのかしら?私は別に、この世で一番の賢者とも知者とも言っているわけではないわ。それにしても、これは確かに我々の盲点だった……」

 帝都ロギノスに『死の呪い』を封印したことは事実だが、大昔のダルシア人までいるとは考えてはいなかったのだ。あの二匹の会話からアルネ・ユウキはそれが何者であるか大体の見当は付いた。かつてダルシア帝国本国で起きた反乱の内、最後のものである『ジグルガスダスの反乱』の当事者たちなのだ。ダルシアの帝都から姿をくらませたジグルガスダスはこれまで一切行方を知られることはなかった。だが、あれから数百万年もの歳月が経ち、すでに彼ら反乱に組した者達は皆死んで行ったものと考えていたのだ。それがまさか、銀河帝国の帝都に現れるとはアルネ・ユウキも、ガンダルフの他の魔法使い達も思いもしなかったことだ。

 それにしても、一つ疑問があった。

 あれだけの大きな怪獣が現れたのに、帝都を守る帝国軍は何をしているのだろうか?帝国軍の動きがほとんど感じられないのだ。彼らの実力なら例えあの怪獣を認識したとしても、帝国艦隊が攻撃するのに躊躇することはないはずだ。帝国艦隊なら、例え竜だとしてもビームやミサイルを使えば倒すことはできる。一戦士が戦うのとは違う。だとするならば、彼らの持つ探知装置にあの竜は掛からないのだろうか。もしかして、あの竜は幻影なのかもしれないとアルネ・ユウキは一瞬思った。だが、ゼフィア・シノンが彼らと対峙しているのを見て、やはりあれは本物のダルシア人だと思わざるを得なかった。

「一体どこに、あの竜はいたのかしら?そもそもこの星は、五百年前までは人の住まない惑星だったはず……」

「だから、どうしたというのだ?ここはかつてのアルフ族の首都星の一つだと聞いている。もう一つはあの惑星ゼンダだと聞いているが……」

 数百万年を超えて、今かつてのアルフ族の二つの首都星がそれぞれ銀河帝国と元新世紀共和国の首都星となっているというのは、まさしく奇跡のような偶然だった。

 このゼノン人はどこまで知っているのだろうか、とアルネ・ユウキは思った。それに、帝都の帝国軍は何をしているのだろうか。何処からか攻撃を受けてでもいるのだろうか。少なくとも、彼女の分かる範囲では帝都には他の勢力の艦隊はいない。攻撃を受けているようなこともない。『死の呪い』であっても、帝国軍の探知能力をくらますことはできないはずだ。あれは、生きている人間にのみ効果を持つのであって、帝都を守る帝国艦隊の機器にまで影響はないはずだ。

 もっとも、髑髏が帝都を覆っている状態では全てとは言わないが、多くの帝都の住民がその影響下にあることは確かだと思えた。その影響には思考力や判断力を弱くし萎えさせる効果もあるのだ。


 ゼフィア・シノンはイメージした。あの竜――ダルシア人を倒す武器を想像した。いくらドラゴン・スレイヤーだと言っても、小さい体のままの武器なしでは彼女に比べて巨大なダルシア人を倒すことは難しい。物を創造することは、念力を使うことだった。彼女の持つダルシア人としての強力な念力は周囲のダーク・マターや極小の素粒子に影響して、しだいにある一点に集中し、有る武器を形作った。

 数秒後、彼女の手にはその身の丈の倍ほどの大きな剣があった。

(ほう、それは剣か?)

 その竜は余裕を見せていた。どんな武器もダルシア人の強靭な皮膚には通用しないことを知っているからだ。だが、それは人間の知っている金属でできた武器ではと言うことに過ぎない。ゼフィア・シノンの持っている剣は人間の知らない金属で作られていたのだ。

 ダルシア人はその尻尾も腕も、爪も歯も武器として充分通用した。だから他の惑星で彼等よりも弱い種族に出会うまでは身体以外にある武器と言うものを知らなかった。そしてその武器さえ、彼らダルシア人には通用しなかったのである。何しろダルシア人に取って武器となる素材はダルシアン鋼以外にはなかったし、それを知っていてかつ作ることが出来るのはダルシア人の他にはいなかったのだ。

(そうだ。これはお前たちに通用する剣だ)

と言うと、ゼフィア・シノンは竜に飛び掛かって剣を振り下ろした。

 その竜はあまりの痛みに絶叫した。

「ギャアァー……」

 見ると、剣を振り下ろした箇所がパクッと割れた。まさかこんなことになるとは思わなかった竜は驚きと痛みで絶叫した後、ゼフィア・シノンを思い切り睨んだ。

 ゼフィア・シノンの動きは素早かった。竜が彼女を排除しようとその腕や尻尾を使っても、軽々とそれを回避して次の攻撃をした。

(その剣は鋼鉄でできたものではないのか?)

と、興味深そうにジグルガスダスは聞いた。

(ダルシア人の皮膚は、そんなものでは歯が立たないことを知っているわ。だからこれは、鋼鉄ではない。あのダルシアン鋼で出来た剣なのよ)

(何だと!)

 ゼフィア・シノンはニヤリと笑った。それはまるで、この戦闘を楽しんでいるように見えた。始めはまだ恐る恐るだったが、今はその動きと剣の鋭さを楽しんでいた。だんだん以前の感が戻ってきているのを彼女は感じていた。かつてのダルシア人としての戦闘に対する感が戻って来たのだ。


419.

 グーザ帝国の大艦隊は元新世紀共和国首都星ゼンダに近づきつつあった。

「先ほど、この恒星系内でジャンプ・ゲートが出現した反応がありました」

と、艦隊司令官クシュドルラに報告が来た。

 実はそのジャンプ・ゲートの反応が起きた時、これはどうしたことだと多少の騒ぎになった。ジャンプ・ゲートの機能についてはわかっているのだが、それがどうやって作られたのかまだかわからなかったからである。こんな場所に突然、つまり元々あるはずのない場所に突然現れると言うことは、考えられないことだった。グーザ帝国ではジャンプ・ゲートは宇宙の始めから存在すると言うことになっていたからである。それが、突然出現すると言うことは理解できなかったのだ。

「ジャンプ・ゲートが出現しただと?」

 ジャンプ・ゲートについては、グーザ帝国はその存在が分かっている物しか把握していない。それはこのふたご銀河とグーザ帝国の間を行き来するためのものしかわかっていなかった。しかしジャン・ゲートは他にも多数存在すると考えられていた。それが自然にできたものなのか、それともそれを作った種族がいたのかはわからない。だが、それが存在すること、機能することは確かなのだった。

 グーザ帝国のある人物がそれを偶然発見した時、本当に使えるかどうかが問題だった。理論上、使えると分かっても実際に使えるかどうかはすぐにはわからなかった。何度も実験を重ね、人や宇宙船を送ることで使えることがわかったのである。

 そのジャンプ・ゲートが出現したと言うことは、近くにジャンプ・ゲートが存在すると言うことを意味した。そして、それを使った者もいるかもしれない。

「その場所については把握しているか?」

「いえ、すぐに反応が消えてしまったので、おそらくジャンプ・ゲートが出現したとしてもすぐに消滅したのだと思われます」

「ジャンプ・ゲートとは、そのようなものだったのか?自然にできたり消えたりするものなのか?」

「そ、それは……」

「警戒を強めるべきだな」

「ですが……」

「ここは、我々のよく知っている銀河ではない。ふたご銀河だ。何が起きても不思議はなかろう」

「はっ」

 クシュドルラ提督はヘイダール要塞に向かった艦隊についての情報を得ていた。ヘイダール要塞と言うのは銀河帝国が建設した要塞だ。だがら、グーザ帝国艦隊で十分に落とせると考えられていた。しかし、それは二度にわたって、失敗したのだった。その詳細な情報までは得られなかったが、どうもジル星団の方にはかなり科学技術の高い種族がいて、現在はその者たちがヘイダール要塞を支援しているらしいと言うことは想像できた。だからこそ、今回急ぎロル星団を手中にするということになったのだ。その種族が銀河帝国まで支援するようになったら、ふたご銀河を手に入れることは不可能になるだろう。それはエネルギー結晶石を手に入れることが出来なくなることを意味する。

 もし、ジル星団の未知の種族がジャンプ・ゲートを作ることが出来るのだとしたら、これはグーザ帝国にとってはかなり手ごわい敵となる。だからこそ、早くロル星団を落さなければならないのだ。


「グーザ帝国艦隊の位置が判明しました」

と、司令室に戻ったクルム司令官代理に報告が来た。もちろん、銀の月やディポック提督、ブレイス少佐も一緒だった。

「彼らはこの恒星系の第五惑星と第四惑星の間に来ています」

「で、我々はどこにいるのだ?」

「現在我々は惑星ゼンダと第四惑星との間に位置しています」

「そんなに近くに?大丈夫なのですか?」

と、ブレイス少佐が不安そうに言った。あまり惑星ゼンダに近寄ると、総督の艦隊に探知されてしまうのではと思ったのだ。ヘイダール要塞は惑星に比べれば小さいが、宇宙船に比べれば大質量の存在である。できるだけ存在が分からないように様々にステルス状態を維持しているが、グーザ帝国艦隊に攻撃すれば、その存在を隠すことはできなくなる。

「現在この宙域はグーザ帝国艦隊のジャミングで通信もレーダー探知も効かなくなっています。それから、帝国艦隊は惑星ゼンダの周回軌道上にいます」

「わかった」

 クルム司令官代理が思ったよりもグーザ帝国艦隊は惑星ゼンダに近付いていた。もうこれ以上近づけるわけには行かない。

 まず、ダルシア帝国の艦隊を転送装置で第四惑星のグーザ帝国艦隊の前に出す。最高速度でグーザ帝国艦隊の中を突っ切るのだ。そうすれば、彼らは混乱するだろう。そうしておいて、その背後に元新世紀共和国の艦隊を転送する。そうすると、銀河帝国から援軍が来たとその混乱に拍車がかかるだろう。そこをダルシアの艦隊とリドスの艦隊で追撃するというのが大まかな筋書きだった。

 クルム司令官代理は、敵以上の大軍を持って当たるというのが本来の性格である。だが、今回は残念ながらこちらの方が艦船は少ないのだ。ただ、艦船の実力はおそらく敵よりも上だろうと考えていた。それはこれまでのグーザ帝国艦隊との戦闘でわかったことである。

「総督府の駐留艦隊はどうしますか?」

 最初の話では、惑星ゼンダの総督府の艦隊と連携するような動きをして、グーザ帝国艦隊をけん制すると言う考えだったのだ。

「もちろん、こちらと連携しているように動いてもらうつもりだ」

 そちらはリドス連邦王国の魔法使いや特殊能力者達に任せて、例えばインスピレーションを降ろすような感じで総督府の艦隊を動かす方法を考えていた。

「総督府の艦隊の各艦長に暗示を与えます」

と、銀の月が言った。提督一人に暗示を与えても、提督自身の能力が足りない場合は役に立たないからだ。返って手は掛かるが、艦隊の各艦長に対して暗示を与えた方が正確だった。

 暗示については魔法使いや特殊能力者を使えばいいが、その暗示はあまり強くはできないのが悩みだった。かなり距離があるので強い暗示を与えなければならないのだが、あまり強く暗示を与えると、それが後にトラウマとなって本人の障害を引き起こすからだ。けれども、今回は敵の艦隊が近づいているという事実があるので、それをうまく使って暗示を与えることにした。


「何だか嫌な予感がするな……」

と、惑星ゼンダの周回軌道上にいる総督府の駐留艦隊提督ハルバロイ・バルム少将は言った。

「敵の艦影は残念ながらわかりません」

と、以前と変わりない報告が来ていた。

 敵の通信妨害の所為でレーダーも使い物にならない。惑星ゼンダの総督府との通信さえできなくなっている。ハルバロイ・バルム少将は不安を抱えていた。敵らしき艦隊が近づいているという報告があってから、もう随分たつのだ。その直後に強力な通信妨害でどことも通信出来なくなった。彼の考えではおそらく総督府も本国に救援を要請する前に通信ができなくなったはずだった。それは惑星ゼンダが孤立したことを意味する。敵の位置も規模も分からず、惑星ゼンダの司令部とも連絡を取れないとすれば、彼の取る道は限られていた。

 ふと、ハルバロイ・バルム少将は何か声が聞こえたような気がした。何だろうと思ってつい耳で聞こうと集中すると、何も聞こえない。それは音ではなかった。心の中から言葉が湧いてきているのだ。

(……敵の艦隊は、近づいてきている。だから、艦隊を第四惑星に向けて出動さ……)

 全部はわからなかった。途中とぎれとぎれになるのだが、大体の意味は分かった。

「何か地上の総督府の司令部から言って来たか?」

と、副官にバルム少将は尋ねた。

「いえ、通信そのものが出来ませんので、何か気づいたことでも……」

「いや、何でもない」

 自分はおかしくなったのかとバルム少将は思った。だが、またどこからか言葉がわらわらと湧いてきた。

(……敵は現在、第五惑星と第四惑星との間に来ている……)

 その時、バルム少将は自分を見ている旗艦の艦長と偶然目が合った。

「艦長、何か意見でもあるか?」

「は。あの現在の敵の位置はわかりませんが、我々が惑星ゼンダの周回軌道上に居ても仕方がないかと……」

「だが、やみくもに艦隊を動かすわけには行くまい」

「そうですが、少なくとも敵の艦隊は近づいてきていると思われます。何もしなければ、我々はどうなるのでしょうか?」

 その不安は全員が抱いていた。何もしなければ、敵の攻撃にさらされて味方は惨敗するのではないかと考えていた。かと言って、むやみに動くわけにいかないのも当然だった。

「地上の司令部とも通信はできないのだ」

「わかって居ります。ですが、何かできないのでしょうか?」

「少なくとも視認できる速度で動くことはできるでしょう。それで少し移動してはどうでしょうか?」

 視認による移動は危険が伴う。宇宙空間には目に見える危険だけがあるのではない。レーダー探知ができない以上、目に頼るしかない。だが、そうすると移動はまるでカタツムリが這うように遅くしかできない。

 バルム少将は総督が自分の行動をどう評価するか不安だった。だが、あの総督は少なくとも部下の評価は公平だと言う評判がある。それに掛けてみようかと、彼は思った。

「艦隊の標準形態を保ったまま、惑星ゼンダの周回軌道上から離脱する。目標は第五惑星と第四惑星の間だ」

と、バルム少将は命じた。

「何故、第五惑星と第四惑星の間なのですか?」

「敵の位置がわからないが、敵がもしその位置に来ていたら、かなりこちらは危険になる。だから、そこまで移動して何が起きているのか見るしかない」

「ですが、危険が大きいと思われます」

「わかっている。だが、何もしないよりはましだ」

 普通ならこんなことはしない。だが、バルム少将は他にやることも考え付かなかった。これではまるで、心の中に浮かんだ妙な言葉、考えに引きずられているような気もした。


「総督府の艦隊が動き出しました」

と、リドス連邦王国の探知能力を得意とする特殊能力者が言った。

「よし、うまく行ったようだな。では、こちらも転送装置を使って作戦通りに艦隊を移動させてくれ」

 ダルシアの艦隊をコントロールするのは、ダズ・アルグ提督とメイヤール提督である。元新世紀共和国の艦隊はダズ・アルグ提督の副官だったリブロフ・アロウ准将が指揮を取ることになっていた。



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