ダルシア帝国の継承者
414.
惑星ゼンダのフォルガ・ドル少将は政府庁舎にある総督府の総司令部に戻っていた。
もっともその中は未だに侵略にきた謎の艦隊の出現の対処に騒然としていて、フォルガ・ドル少将が今までいなかったことなど誰も気づいてはいなかった。こんな時に役に立つとは誰にも思われていないのだ。
フォルガ・ドルはヘイダール要塞に連絡を入れたことは誰にも話さないつもりだった。話しても誰も理解できないだろうし、信用もしないだろう。ただ、もしかしたらリューゲル・ブブロフ総督はそのことを知ったら、信用するかもしれないが、怒りに任せて自分を解任し、拘束するかもしれないと思って居た。
ヘイダール要塞のあの帝国の大逆人であるダールマン提督は、かのブレイス少佐によるとガンダルフの強力な魔法使いで、レギオンという名であるとまでは聞いていた。だが、そのレギオンにしてもこれからやって来る大艦隊を跳ね返すような魔法はないと言っていたのは、少々がっかりしていた。とは言うものの、ヘイダール要塞で協議の結果、何とか援軍を出してくれると知らせてきたので、不安ながらも、多少の希望を感じていた。
何しろ、現在は銀河帝国への通信も妨害にあって、援軍を呼べるような状態ではない。それに、もし援軍を呼んだとしても、到底間に合わないことはわかっていた。ただ、ヘイダール要塞の援軍が間に合うかどうかが、フォルガ・ドル少将の目下の不安なのだった。
「フォルガ・ドル少将どこに行っていたのだ?」
と、突然声がした。
驚いて声のする方を見ると、アルマイト・フォル中将が立っていた。
「はあ、ちょっと喉が渇いたので……」
「そんなことはどうでもいい。総督はどこにおられるのだ?」
何でそんなことを聞かれるのだろうと思いながら、彼は言った。よく見るとアルマイト・フォル中将の目が赤くなっているようだった。おそらく、あれからずっとこの司令部に詰めきりで他の側近や副官とこれからどうするか協議をしていたのだろう。
「先ほどと言うかちょっと前になりますか、皆に自室に戻っていると仰って行かれましたが……」
「そうか……」
と言うと、アルマイト・フォル中将は何かを考えているようだった。
アルマイト・フォル中将は総督府の総督の副官の中でも優秀な人材の一人だった。だから、何かいい考えが浮かんだのかなとフォルガ・ドル少将は思った。
「お呼びしましょうか?」
「いや、まだいい」
と言うと、アルマイト・フォルは他の総督の側近連中の話の中へ戻って行った。
もっとも総督の側近たちが何かよい思案を思い浮かべたとしても、それを現実に実行することはすでにできなくなっている。敵の通信妨害はかなり強力で、ほんの少し前まで可能だった惑星ゼンダの周回軌道上にいる総督府の艦隊との通信も、今はできなくなっている状態だった。従って、もはや敵の艦隊に抵抗することすら難しい有様なのだった。おそらく敵の艦隊はかなり近づいてきているのだ。
「フォルガ・ドル少将!」
と、今度は耳の傍で声がした。
慌てて振り返ると、そこに魔法陣が浮かんでいた。その中にあのダールマン提督――レギオンの顔が浮かんでいた。それを見て、フォルガ・ドルはアルマイト・フォル中将たちのいる方を見た。彼らは何かを熱心に議論しているようだった。けれども、フォルガ・ドル少将の方を見ている者はいない。
「あの、何かご用でしょうか?」
と、小さな声で彼は言った。
「そちらはどうなっている?」
「あ、あのこれは他の連中には見えないのでしょうね?」
「もちろんだ。声が聞こえることもない」
「総督の側近連中は、何か策を考えているようなのですが、……」
「ほう、なかなか頼もしいな」
「いえ、例え策を考え付いたとしても、こちらの司令部からはもう惑星ゼンダの周回軌道上に居る艦隊とも連絡が付かなくなっています」
「奴らの通信妨害はなかなか強力だと言う訳か……」
「そうです。これでは我々は何もできないまま、この惑星ゼンダを占領されてしまいます」
「そうだな……」
「しかし、このままあなた方が来たとしても、通信の方は魔法で可能だということですか?」
「魔法だけではない。TPも使えるだろう」
「TPですって?魔法だけではなく……」
フォルガ・ドル少将の頭の中は、魔法やらTPやらで何が何だかわからなくなりそうだった。
ダールマン提督は頼りなさそうなフォルガ・ドルの様子を察して、言った。
「要するに、通信に関しては不安はないと言うことだ。それよりも、グーザ帝国の艦隊はどうなっているかわからないか?」
「確か、こちらの偵察艦と最後の通信では、すでにこちらの恒星の第十二惑星付近に到達したと言うことでしたが……」
惑星ゼンダの恒星は十五の惑星を持っていた。惑星ゼンダはその第三惑星である。
「そうか、思ったより速いな。だが、こちらもあと少しで惑星ゼンダの近くへ着くはずだ」
「急いでください」
「わかっている」
あと少しと言ったのは嘘ではないのだが、ヘイダール要塞その物を動かすのは初めてのことなので、思ったより時間が掛かっていた。ヘイダール要塞の近くにジャンプ・ゲートを構築することは、すでに着手していた。ジャンプ・ゲートを構築することはそれほど難しくはなかった。ただ、そのサイズが巨大になるので手間取っているのだった。
そして、ヘイダール要塞その物が周囲の重力を制御しつつ少しずつ動き始めた。それに伴う要塞内の重力制御も行わなければならないので、最初は慣れるのに時間が掛かったようだった。その作業が順調になって言ったころ、頃合いよく暗い宇宙空間に巨大なジャンプ・ゲートが形成されたのだった。
「よし、うまく行ったようだ。留守番の艦隊と通信回線を開いてくれ!」
すぐにスクリーンにリイル・フィアナ提督の姿が映じた。
「うまく行くように祈っているわ、レギオン」
「後のことは頼む」
宇宙空間にジャンプ・ゲートだと分かる様な印も何もなかった。だが、確かにあると言う確信の元に、ヘイダール要塞はゆっくりとジャンプ・ゲートに近付いて行った。
それはあっという間だった。まるで何かに吸い込まれるような感じがしたのは、一瞬のことだった。ヘイダール要塞はすぐに出口に当たるもう一つのジャンプ・ゲートを出た。
そこがどこであるか、要塞司令室の大スクリーンから見てとれた。元新世紀共和国から来た連中には見慣れた星の配置だったからだ。かなり惑星ゼンダに近い宇宙空間に出たのだった。
「着いたのか?」
と、グリンが言った。
「そのようだな……」
「随分、早いものだな」
と、フェリスグレイブが言った。
「グーザ帝国の艦隊よりも先に、ここに着いている必要があったのだ」
と、ダールマン提督が言った。だから、少々危険ではあったのだが、惑星ゼンダのかなり近くにジャンプ・ゲートの出口を設定したのだった。
「グーザ帝国の艦隊はどこにいるのでしょう?」
と、ブレイス少佐が言った。
「向こうに聞いてみよう」
だが、聞かれたフォルガ・ドル少将は先ほどと同じことを言うしかなかった。
「こちらでは、もう探知機もレーダーも効かないのです。あれが最後のデータでした」
「そうか」
「それよりも、着いたというのでしたら、どこにいるのですか?」
「少なくとも、グーザ帝国の艦隊よりは惑星ゼンダに近い所にいる」
「本当ですか?で、これからどうするのです?」
と、フォルガ・ドル少将はアルマイト・フォル中将らの動きを見ながら聞いた。
「こちらも今、作戦を練っている」
「作戦を?誰がです。もしかして、あのディポック元帥ですか?」
フォルガ・ドル少将にとっても元新世紀共和国のディポック元帥の名が、仲間の士官や将官連中の中でまるで軍神のように噂されているのを知っていた。それに元新世紀共和国でたった一つの知っている名でもある。
「そうだ。彼とこちらの司令官代理が考えている」
「こちらも、総督の副官や側近連中が何か考えているようなのですが、ただ、何かを思いついたとしても、それを艦隊に通信できなければ、何もできません」
「その通信に関してはこちらにも考えがある」
「そちらには魔法やTPがあるのでしょうが、こちらにはどちらも使えませんが、……」
帝国軍には魔法使いもTPなどの特殊能力者もいないのだ。
「大丈夫だ。それは何とかなる」
ヘイダール要塞では、ダズ・アルグ提督やメイヤール提督が艦隊の出動準備に忙しかった。
415.
しばらくすると、去っていく足音とともに先ほどの声も聞こえなくなった。ゼフィア・シノンはどうやらこの暗がりにたった一人残されたようだった。
一応、あたりを透視して、彼女は誰もいないことを確かめたが、おそらく監視カメラがこちらを見ているだろうとゼフィア・シノンは思った。これからすることを他の者に見られることはあまり嬉しくないのだ。すでにアルネ・ユウキ少佐――エルレーンのエリンの掛けた魔法はここに移動したときに解除されていた。誰かほかの者によって解除されたわけではない。あの魔法はアルネ・ユウキの傍から離れると効かなくなるのだ。だから、先ほどの声の主に彼女の姿が見えたのである。従って監視カメラにゼフィア・シノンの姿はしっかりと映っているだろう。
部屋の中を透視して監視カメラを見つけると、ゼフィア・シノンは強い念でその爆発をイメージした。すると、それは魔法を掛けたような効力を発揮して、鈍い音をたてて、監視カメラが胡散した。それは一つではなかった。その爆発は三つ立て続けに起きた。
「三個もあったのね……」
と、ゼフィア・シノンは驚きの声を出した。
この念で爆発をイメージするというのが、ダルシア人が魔法と同じ力を持つと言う所以である。呪文を使うのではなく、強い念で持って魔法と同じ効力を発揮するのだ。そのためには、爆発が科学的にどのようなものであるかを詳細に知っている必要がある。どのような科学的な変化がその物質に働くか、つまり分子や原子や粒子の段階でどのような変化を起こすのが最善かを詳細に知っている必要があった。高度な文明を持つダルシア人はそれを知っていたが、他の種族は知っていてもそれをどのように使うかまでは知らないのが普通だった。もちろん、魔法使いは科学的にではなく、呪文を使って同じことをするのである。どちらが果たして有効か、あるいは有用かはそれぞれの種族の発達段階や文明段階によって異なっていた。
ダルシア人は強い念を持っていたから、念でイメージをするだけで、自分のやりたいことをすることができるのだ。だが、他の種族はダルシア人の程の強い念も科学知識も不足していたので、呪文によって念をコントロールするのである。どちらにしても念を使うことは同じなのだった。
そこは真っ暗だったが、ゼフィア・シノンはダルシア人の目で、他に誰もいないことを確かめていた。監視カメラも潰したので、安心して本来の力が使えるようになった。
鉄格子を両手で掴むと、それを横に広げた。するとまるで柔らかい飴かロウか何かでできたもののように、簡単に曲がった。それを数回繰り返すと、ゼフィア・シノンがその牢から出るだけの隙間ができた。
「曲げ過ぎたかしら?」
と、彼女は不安そうに鉄格子を見た。まだ自分の力のコントロールが不十分であることはわかっていた。それでも少なくとも力余って鉄格子を千切るようなことはなかった。だから前よりもましになった気がしていた。
鉄格子のはまった牢が、通路の両側にずっと続いていた。外から見ると普通の建物の様だったのに、その地下にこのようなものを作ってあったのだ。ゼフィア・シノンは、通路やほかの牢のある監視カメラも一つ一つ潰しながら移動した。行き止まりに鍵のかかった鉄の扉があったが、それを足で蹴って、大穴を開けると牢のある通路の外へ出ることが出来た。
そこには明かりが点いていた。普通の人の目には薄暗い明かりだった。だが、そんなことは彼女にはどうでもよかった。ただ、他の人間に遭うようなことがあると、面倒だと思った。金属のような無機物を壊すのは容易いが、人間のような有機物を傷つけることはやりたくなかったのだ。
アルネ・ユウキ少佐とジェルス・ホプスキンは一緒に飛ばされていた。
「ここは、どこだ?」
と、ジェルス・ホプスキンは言った。辺りは暗く、どこにいるのかはすぐにはわからなかった。
アルネ・ユウキは周囲を透視すると、
「ここは、どうやらホテルの地下のようだわ」
と、言った。しかも、ここは鉄格子の中だった。元はホテルの倉庫だったようで、周囲には物が沢山置かれている。その倉庫の真ん中に鉄格子は急ごしらえで作られて、置かれたもののようだった。
「今までいたホテルの地下なのか?」
「そのようね……」
「ゼフィア・シノンは、それにダキ・フォルスはどこに?」
「近くにはいないようだわ」
アルネ・ユウキは指を鳴らして明かりをつけると、
「なるほど、お前は魔法使いか……」
と、言う声がした。
「お前は、誰だ?」
明かりが弱く、薄暗くてよく見えなかったが、他に誰かがいるのは分かった。
「そんなことはどうでもいい。お前たちはここから出られると思うな……」
「私を魔法使いだと言うのなら、あなたは何者かしら?」
「私は、ゼノンの魔術師だ」
「ゼノンの魔術師ですって?宮廷魔術師ではないのかしら?」
ゼノン帝国では宮廷魔術師が魔法使いの中では一流なのだった。他には軍にも魔術師はいる。彼らは軍人であるから、戦う魔法を使うことに長けており、宮廷魔術師ほどには呪文も知らず、魔法の力も弱いと考えられていた。
「ふん。昔はそうだった。だが、今は違う」
この帝都ロギノスのゼノンの魔術師は確か大使の傍に宮廷魔術師が一人いると聞いたことがある。だが、こいつはそうではないらしい。かつてはそうだったが、今は違うというのだろう。
「ゼフィア・シノンをどこへやった?」
「ふん。あの小娘は一人だけ、別の場所へ飛ばしてやったわ……」
「なぜ?」
「お前たちが何者か知りたいのでな……」
「で、私達には何の用なのかしら?」
「お前は、その魔法の遣い方から察するにリドス連邦王国の魔法使いだな?」
「そうだとしたら、何なのかしら?」
「帝国はリドス連邦王国を信用していない」
「あら、なぜなのかしら?」
「帝国の大逆人を仲間にしているからだろう」
帝国の大逆人とは、かつての新領土の総督であり、元帥でもあったダールマン提督のことだ。だが、帝国では一般にダールマン提督は死んだことになっている。生きていると言う噂を聞いているのは、おそらく軍の上層部の連中だろう。その連中も噂を半信半疑に聞いているはずだった。確信しているのは、リドス連邦王国の大使から直接聞いている国務卿や軍務卿、それに皇帝陛下自身である。まだその話は一般には流布してはいないはずだった。つまりこの魔術師を雇っている者は帝国でも枢要な地位にある者だということだ。
「大逆人?でも、裁判で有罪とされたわけではないでしょうに」
「同じことだ。この銀河帝国の皇帝陛下はその大逆人を捕まえることをお望みなのだ……」
「へえ、あなたは銀河帝国に仕える魔術師だというの?」
「帝国ではないが、それに近い人物に雇われているのだ」
「で、私に何の用があるのかしら?」
少なくとも、アルネ・ユウキ少佐自身が帝国に来た理由はダールマン提督の件とは何の関係もない。だからその話で恐れる必要はなかった。
「お前たちは、大逆人の仲間だということだ」
「それはあなた方が勝手に思い込んでいることでしょう。私には関係ないわ」
「だから、お前たちはここで死んでもらうということだ!」
「何だと!」
と、ジェルス・ホプスキンは言った。
いや、この魔術師は自分の魔法の力を測りかねているのだ、とアルネ・ユウキは思った。最初は簡単にやれると思ったのだが、そうはいかないことに気づいたのだ。確かに普通の魔法使いなら、ゼノンの魔術師を苦手とするのが当たり前だった。だが、アルネ・ユウキは魔法使いではあるが、ドラゴン・スレイヤーの一人である。
「シュルシ・シュルサ・シュルア……」
と、ゼノンの魔術師は聞きなれない呪文を唱えた。それも発音もよく聞き取れない。ゼノン人の言葉から作られた呪文だからだ。
それがどんな呪文であるか、アルネ・ユウキには推測出来た。それはゼノンの魔術師の呪文の中でも相手を呪う、つまり殺す場合に使う呪文である。それを使うということは相手は単なる魔術師ではなくて闇の魔術師、つまり魔導士であると言うことだ。
アルネ・ユウキは集中した。その呪文で動かされる様々な変化を停止することができれば、呪文は効かないことになる。
呪文を唱えて数分が過ぎた。だが、何も起こらなかった。
「これは、どうしたことだ……」
と、驚愕してゼノンの魔術師は言った。かなり自分の呪文に自信があったようだ。
「ふん。単に、あなたの呪文が効かなかったと言うだけのこと」
魔導士に事実を教えるような愚かなことはアルネ・ユウキはしなかった。呪文が効かないということが、彼の疑問になればその強い自信を崩し、次に打つ手がやりやすくなる。
だが、次に来たのは無数の刃だった。何処から現れたのか、小型のナイフが鉄格子の間を縫って、アルネ・ユウキとジェルス・ホプスキンに襲い掛かった。それは、二人の周囲に生じた魔法のシールドによって瞬時に床に払い落とされた。しかも二度と使えないように、床に払い落とした瞬間にその刃先を熱で丸くしておいた。
「むっ、これは!」
床に落ちた小型のナイフを見て、魔術師はたじろいだ。そして、相手が怯んだのを見て、アルネ・ユウキはジェルス・ホプスキンの腕を掴むと、目の前の鉄格子を蹴って向こう側へ倒すと、牢の外へ出た。
「おまえは……」
ゼノンの魔術師は鉄格子を倒した蹴りにただただ驚き入るしかなかった。これまでこんな相手に遭ったことがないのだ。魔術師は大抵その魔法の力だけで戦うものだが、アルネ・ユウキはとんでもない怪力を見せたのだ。
「あらいやだ。こんなことを私にさせるなんて、……」
と、アルネ・ユウキはマヤって見せた。
その怪力にはジェルス・ホプスキンも驚いた。けれどもすぐに、ヘイダール要塞で見たドラゴン・スレイヤーの事を思い出した。
「これは、まさか、かつてあのガンダルフに居たと言う、ドラゴン・スレイヤーというやつか?」
「珍しいわね。そんなことを知っているなんて……」
ゼノンの魔術師でドラゴン・スレイヤーを知っているとは驚いた、と彼女は言いたかったのだ。
「だが、あれは大昔の話だ。いつの時代の事だ?」
ゼノン人が大昔というのは、数千年か数万年前の事だった。それだけ昔の話なのだから、どれだけドラゴン・スレイヤーというものが現実に実用性があるのかというのだ。
「つまりあなたは本物を知らないということね」
「当たり前だ。そんなもの、竜が存在していた時代の話だ」
「あら、竜ならずっと存在していたわ。もちろん、ゼノン帝国の惑星には随分昔にいなくなったかもしれないけれど……」
「ふん。今はどれだけの力があるというのだ?竜がすでにいなくなっているというのに……」
ゼノンの魔術師は勘違いをしているのだった。ゼノン帝国の伝説では他の古代の国の伝説と同じように、ドラゴン・スレイヤーとは『ドラゴンを倒す者』ではあるが、それはドラゴンを倒した者の称号でもあるのだ。ドラゴンを倒したものが倒されたドラゴンの力を宿して常人にはない、普通の魔法使いにはない力を持つという。それが彼らの理解しているドラゴン・スレイヤーの伝説である。
そのドラゴン・スレイヤーの真実とは、『ダルシア人が生まれ変わって来ていることだ』ということは伝えられていなかった。アルネ・ユウキはもちろん、このことを言っているのだった。すなわち、ダルシア人はコア大使が亡くなるまで存在していたのだから。
「お前がドラゴン・スレイヤーを名乗るのは勝手だ。だが、それで私に勝てるとは思わないことだ」
ゼノンの魔術師の自信はそんなことでは小動もしないようだった。
「もちろん、そんな伝説だけで勝てると思って居るわけではないわ。それよりも、ゼノンの魔術師が銀河帝国に居るということが不思議ね」
「ふん。すでにこの銀河帝国がジル星団の連中とかかわりを持って数年になる。この帝国には魔法使いはいないようだが、我々が来ることは容易い。まして、需要があるのだからな……」
「需要?魔法使いを信じる者がこの帝都にいると言うの?」
「不思議はあるまい。目の前でこの力を見れば、信じざるを得まい」
「なるほど。そうかもしれないわね。でも、ゼノン人が人間族に力を貸して、仲間から裏切り者と呼ばれないかしら?」
「ふん。我々は、すでにゼノン帝国に属してはいない。海賊どもとは違うが、我々にも主を失った者で作られた組織はある」
「魔術師の組織のこと?」
「そうだ。魔術師はゼノン人に限ったものではない。魔法を使う国には白魔法使いよりも今は多いだろう」
「なるほど、確かにそうね。今は昔とは違う。魔術師は白魔法使いよりも多くなっていると聞いているわ」
「おまえは白魔法使いか?」
「そうよ」
「それにしては、攻撃魔法が得意なのだな。珍しいことだ」
「かつては、白魔法使いも戦いに加わったことは多いのよ。攻撃魔法は珍しいことではないわ」
国を離れた魔術師の組織があるというのは、噂では聞いたことがあったが、アルネ・ユウキは詳しくは知らなかった。今回の『死の呪い』の復活にはこのことも関係しているかもしれないと彼女は思った。それにしても、ジル星団の諸国との国交が始まってから数年で魔術師の組織が銀河帝国に入り込んでいたということに驚いていた。
しかも銀河帝国の方では魔法というよりは超常的な能力については排斥する考えがかなり強かったにもかかわらず、そんなことが起きていたのだ。アルネ・ユウキはそうした能力者が帝国では迫害されていたと言うことを聞いていたのだ。
416.
クルム司令官代理とディポック提督は、グーザ帝国の艦隊との作戦を練るために彼の宿舎に戻っていた。とは言うものの、敵の艦隊の規模はわかるが肝心の自軍の持つ強みが今一わからなかった。特に魔法の使い方については二人とも何もわからないのだ。どちらも魔法なんてものがあることも知らない国に生まれ育ったからである。そこで、司令室のダールマン提督――レギオンに連絡して、魔法使いに来てもらうことにした。
そこでバルザス提督はディポック提督とクルム司令官代理が作戦を練っている部屋に来て、まず最新の情報を伝えた。
「すでに、元新世紀共和国の惑星ゼンダの総督府の艦隊と司令部とは通信が不可能となっています。そして、グーザ帝国艦隊は惑星ゼンダに向けて移動中です。場所は我々よりは惑星ゼンダから離れているとだけしかわかりません」
「で、総督府の連中は何を考えているのだ?」
と、クルム司令官代理はイライラして言った。
「総督の副官や側近連中は、何か作戦を考えているようです。ただ、まだ何も決まってはいないようで……」
「総督は何をしているのだ!」
「総督は自室にて休んでいるようです」
「何だと!」
「まあまあ、こんなときに他にどうしようというのです?」
と、ディポック提督が言った。
「では、卿ならどうする?」
「私なら、やはり同じですね。昼寝でもしています」
「……」
クルム司令官代理は、本当は銀河帝国の新皇帝リーダルフ・ゴドルーインだった。だから、総督の行為に呆れ怒りを感じていた。ただその怒りはどちらかと言えば、八つ当たりに近いモノだということを感じてもいた。そこで、矛先をバルザス提督に向けることにした。
「バルザス提督、卿ならどうする?」
「そうですね、私ならちょっとそこまでグーザ帝国艦隊を見物に行きますね」
「……」
バルザス提督はガンダルフの五大魔法使いの一人、銀の月であるからそう言うこともできるのだった。だが、人間の総督にはそんなことはできはしない、と言いたかったのだ。
「魔法使いは便利ですね」
「便利ですよ。少なくとも、相手よりもこちらが技術や力で優っているということが分かっていれば、何の懸念もありませんからね……」
「だが、それを知っているのは我々だけだ。総督も敵もそんなことはわからない」
「だからこそ、我々が救援にやって来たのではないですか。このままこちらの銀河に彼らの根拠地を作られては堪りませんからね。かと言って総督府の連中にそれを言う訳には行きませんから、彼らは不安でいっぱいなのですよ。本国には通信で助けを呼べないし、自分たちで何とかしなければなりませんから……」
そんなことは言われなくても、クルム司令官代理――銀河帝国皇帝リーダルフ・ゴドルーインにも分かっていた。
「作戦を考えろと言うが、こちらはやつらの戦力の四分の一だ。もちろんダルシアの艦隊を使うなら、例え少なくともある程度のことはできるだろう。だが、こちらの数の少なさはどうしようもない」
「そうですね。現在動かせるダルシアの艦は約六千隻です。あと要塞の駐留艦隊が約一万五千隻。あとリドス連邦王国の艦隊が六千隻程ですか。リドスの艦隊はダルシアの艦隊並の戦力になりますがね……」
「魔法で、どんなことができるんです?」
と、ディポック提督が聞いた。
「そうですね、少なくとも通信関係については何の心配もありません。ダルシアの艦隊は、TPで通信できますし、リドスの艦隊にはTPと魔法で通信可能です」
ヘイダール要塞の駐留艦隊にはリドス連邦王国から魔法使いとTPを派遣して、通信関係の任務を担わせることにしていた。すでに人員の派遣を決めている。従って、グーザ帝国側が通信妨害を掛けていても、こちらには何の心配もないのだ。
「その他に何ができるのだ?」
「他には、例えば魔法で艦隊の数を多く見せることが可能です。最大で三倍かな……」
「ほう、三倍か?」
何か思いついたように、クルム司令官代理が言った。
「それなら、数の劣勢は何とかなりますね」
「だが、戦力になるわけではない」
「もちろんです。ただ、惑星ゼンダとその恒星付近には大昔の兵器があるのです。ブレイス少佐の例の報告を読みませんでしたか?」
ブレイス少佐の例の報告とは、彼女が惑星ゼンダに行った時のことを報告したものだった。そこで少佐はダルシア人の霊であるヴォルガスに大昔のアルフ族の兵器を見せられたのだった。もちろん、それはヘイダール要塞のディポック提督の許可を取ってからのことだった。
「なるほど、あれが使えるのなら、少ない艦の替わりにはなる」
「今回ブレイス少佐は一緒に来ていますから、それに他に元ダルシア人もいることですし、あの兵器を使うのに難の差しさわりもないでしょう。特に今回のように他銀河からの侵攻という事態であるからには……」
ディポック提督はバルザス提督とクルム司令官代理の視線を受けて、驚いていた。
「わ、私に何か?」
「それには、もちろんあなたの許可がいるのですよ」
と、バルザス提督は言った。
「私の?しかし、私はそんなものを見たことも聞いたこともないのですが……」
「大昔に、あなたがそれを決めたのです。後のために残しておくことを。それがやっと役に立つ時代が来たのです」
「しかし、覚えていないというのは妙なことだ」
と、クルム司令官代理が言った。
「大昔のことなど、覚えているわけはないでしょう。それでなくても、私は記憶力がないんだから……」
「まあ、ディポック提督自身の記憶ではありませんし、覚えていないのは無理もありません。でも、心の奥深くにそれと感じるものはあるはずです」
ディポック提督は困った顔をして、それでも何とかその感じるものとやらを感じてみようと試みた。
「うーん、わからない、感じない」
「それは今すぐにではなくていいのですよ。その時になればヴォルガスやレギオンが思い出せるようにしてくれます」
「それって、魔法で思い出すということかな?」
「いいえ、そんなことはありません。封印されているので、その封印を解除すると言うことです」
「魔法みたいなことだね」
「魔法とは少し違います。これは霊的な能力の方です」
「それはそれとして、ディポック提督、もう少し艦隊の動きを考えてみたいのだが……」
と、クルム司令官代理は何か思いついたように言った。
「何か思いつきましたか?」
「まあ、多少は……」
と言ったが、クルム司令官代理はディポック提督を見た。彼も何か考えているようだったからだ。どちらの作戦を使うかは、まだ決まっていない。たいてい軍人なら自分の作戦を使うべきだと主張するだろうが、ディポック提督はそのようなことはしなかった。
「今回は攻撃を主力にした艦隊戦にしたいので、できれば司令官代理の考えでやってみてください」
「卿は何かアイディアはないのか?」
「私は、艦隊戦が上手く行かないときのことを考えておきます」
グーザ帝国との戦闘はまだ二回ほどだった。それも大した戦闘はしていない。どちらかと言えば、追い払ったに近い。従って相手のことはまだよくわかっていないのだ。だからこそ、幾つかの手立てを考えるべきだと思ったのだ。
「要するに、二番手三番手を考えるということですね」
「グーザ帝国の艦隊をここで破らなければ、銀河帝国の中まで入られてしまうでしょう。それは阻止しなければなりません」
まだ銀河帝国には知られていないが、元新世紀共和国の惑星で新領土として銀河帝国のものとなった惑星カルガリウムはすでに彼らの影響下にある。それをさらに拡げるようなことはしたくないのだ。
「確かにそうだな。それだけは避けなければなるまい」
クルム司令官代理の脳裏ではかなり具体的な作戦ができつつあった。
あの元新世紀共和国の占領後銀河帝国に戻った時、もうこんな大艦隊と遣り合うことはあるまいと彼は考えていた。だが、その機会がやってきたのだ。彼の心は、本当はこれから起きる戦闘にワクワクしていたのだ。
クルム司令官代理、実体は銀河帝国の皇帝リーダルフ・ゴドルーインである彼は、ある事情で遠く白金銀河へ飛ばされて三年余りになる。そこでは艦隊戦はしたくてもできなかったのだ。白金銀河で艦隊を有していたのは、人類ではなかったからだ。




