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ふたご銀河の物語  作者: 日向 沙理阿
90/153

ダルシア帝国の継承者

408.

 ボルトレッド伯爵邸の使用人の出入り口で、元使用人だと言うダキ・フォルスを、アルネ・ユウキやゼフィア・シノン、それにジェルス・ホプスキンは穴のあくほど見つめていた。幽霊なるものを初めて見るのはジェルス・ホプスキンだけではなかった。

「ええと、それじゃ、あなたは死んでいるの?」

と、ゼフィア・シノン中尉が聞いた。

「そうよ。だって、見たでしょう。道路の傍にあった壊れた地上車を。あの中に乗っていたのが私なの」

 そう言えば死体が有ったのは見たが、その顔までは確認していなかった、とジェルス・ホプスキンは思った。自分たちに関係のないことだと思っていたのである。

「それにしても、どうしてこんなところにいるの?何かこの屋敷に未練でもあるの?」

と、アルネ・ユウキが聞いた。

「別に、そんなこと特にないわ。ここは勤め口としてはまあ、普通だったと思う。他の所はしらないけれど、よくも悪くもなかったもの。でも、ここには私の荷物がまだあるの。それを何とかしたいのよ」

「何か、特別に大切なモノがあるの?」

「それほどでもないわ。高価なものはないけれど、私にだって、大切にしている物はあったから……」

「どんなもの?」

「別に、他の人だったら大切なモノとは思わないようなものだったけれど、私には大切なの」

「だから、どんなものなの?」

と、忍耐強くゼフィア・シノンは聞いた。

 先ほどの男の使用人が戻って来た。そして、また彼らを素通りして屋敷に入って行った。

「あいつ、私が死んでも何とも思って居ないのよ」

と、ダキ・フォルスは突然怒りを先ほどの男に向けた。

「あなたの恋人だったの?」

「そう……、いいえ、私がそう思って居ただけだわ。あいつは私が死んでも別に涙も流さなかったし、今でもあの地上車を見ても平然としているもの……」

 ダキ・フォルスにとっては、それが一番悔しいことなのだった。今まで恋人だと思って居た人にまで無視され、主人でさえただの使用人だと言うことで放って置かれたままなのだ。墓を作ってくれとは言わないが、せめて自分の遺骸を埋めてくれてもいいではないか、と思ったのだ。いつまであの道路の脇に壊れた地上車と共に置いておかれるのだろうか。それが、自分の身分の所為だと思うと、やりきれない思いをしているのだ。

「それは、気の毒なことだ。もしあんたが望むなら、我々の用事が済んだら何とかできるかもしれない。ところで、屋敷を案内してくれると言っていなかったか?」

「まあ、今ならどこでも案内できるわね。私の姿はこの屋敷の連中には見えないから、あなた達も見えないのでしょう。私と同じなのね」

 ダキ・フォルスはアルネ・ユウキ達も自分と同じ幽霊だと思ったようだった。それには同意し兼ねたが、彼らは敢えて異を唱えなかった。今は、ボルトレッド伯爵邸の中に入って、様子を見る方が重要なのだ。

 今回の調査で聞いていたのは、ボルトレッド伯爵家はジェグドラント元伯爵夫人アマンダン・オル・ジェグドラントの実家だということだった。

 使用人の出入り口から入って行くと、炊事場の扉や納戸や食糧庫の扉が廊下に沿って並んでいた。

「ええと、伯爵様の家族はこっちの方にいると思うわ」

と言って、ダキ・フォルスはずんずん奥へと入って行った。

 廊下を奥へ行くに従って、段々装飾が豪華になっていくようだった。廊下には絵画も置かれていて、周りの装飾とともに歳月の重厚さが感じられた。

「この絵画はボルトレッド伯爵家の一族が描かれているの。初代様から、これまでの伯爵家の家族もね……」

 絵画は銀河帝国の貴族の間では非常に好まれているとジェルス・ホプスキンは聞いていた。どこの家でも家族の絵画を描かせて家に掛けるのが貴族としてのたしなみだと言うのだ。それがどうして写真でないのかと彼などは疑問に思った。写真の方が安いし早くできると思うのだ。それに絵と違って似てないなどと言うことがなく、正確だ。だが、銀河帝国の貴族は暇と金を持て余しているので、写真よりも絵画の方を好むと言うのが習慣であり、貴族としてのステータスなのだった。

 しばらく行くと、伯爵邸の大広間についた。二階から階段が左右から二つに分かれて降りて来ていて、途中から一つになって一階まで達している。その踊り場の正面には銀河帝国の前王朝の初代皇帝の絵画が掛けられていた。

「やだわ、まだあのままなんだ。こんなところを憲兵や他の貴族に見られたらどうするのかしら……」

「何がいけないんだ?」

「だから、あの正面の大きな絵のことよ。もう王朝が変わって新皇帝が即位されたから、変えなければならないのよ」

「そんなものなのか?絵なんだから、構わないじゃないか」

「何を言っているの、帝国ではそうなのよ。まして貴族なんだから、権力者の近くにいる者は、少しの瑕も許されないのよ」

「あの絵が掛かっていると言うことは、ボルトレッド伯爵は反皇帝派なのかしら」

と、アルネ・ユウキが言った。

「そう思われるから、よくないのよ。このボルトレッド伯爵家は、中立派のはずよ。どちらにもつかないで、うまくやって来たの」

「なるほど、死んでも主人の家のことは気になるというわけか?」

「そんなことないわ。ただ、他にも使用人がいるから、その人たちの事も考えて欲しいのよ。貴族が取り潰されたら、私たち使用人は職を失うのよ。」

「ダキ・フォルス、あなたはいつからここにいるの?」

「私はそうね、もう十五年くらいになるかしら?」

「それじゃ、ボルトレッド伯爵家の長女アマンダン嬢がジェグドラント伯爵家に嫁いだ時にはいなかったのかしら?」

「あら、覚えているわよ。私が来てしばらくしてだったけれど、私には初めてのお式だったから。もう本当に豪華だった。私なんて結婚さえできるかわからないのに。持って行く荷物も何台の馬車に運ばれたが分からないくらいだったもの……」

「その時ではなくて、その前、婚約式のときは?」

「ええと、その時はそうそう、私はまだ使用人の中で一番若かったから、使用人として着飾ってお嬢様の付き人になったわ」

「婚約式の時に、指輪だけでなくて、ボルトレッド伯爵家にジェグドラント伯爵家からなにか贈答品が来たと思うのだけれど……」

と、アルネ・ユウキが言うのを聞いて、おやっ、とジェルス・ホプスキンは思った。これがボルトレッド伯爵家に来た本当の理由なのか。

「贈り物?何かあったかしら……」

 その時の贈り物の中に、実は重要なものが含まれていたのだ。一見してそれとはわからないが、ジェグドラント伯爵家に伝わる由緒ある物と言われていたもので、その中の一つに実は『死の呪い』の封印に関わる物が入っていたのだ。

 それは長い年月の間に、誰もそれが何に使われているのかわからなくなっていた物だった。しかし、それが無くなったために、ジェグドラント伯爵家の今回の不運の原因となった、と銀の月――ベルンハルト・バルザスは言っていたのだ。

「何が送られて来たのか私は覚えていないけれど、確かその類は二階の端の物置に入っているのではないかしら?」

「そこへ案内して欲しい」

「ふうん、まあいいけれど、もしかしてあなた達はジェグドラント伯爵家に関わりがあるの?」

「まあ、ちょっとだけ……」

「でも、ジェグドラント伯爵家は私がまだ生きていた時に、爵位を剥奪されて、行方不明になったはずよ」

「よく知っているのね」

「そりゃあ、伯爵様や奥方様が心配していたから……」

「それにしては、何の関係もないとジェグドラント家の方に言って来たそうじゃないか」

「私は使用人だから、詳しいことはわからないわ。でもボルトレッド家も同じようになるわけには行かないでしょう。だから、そうおっしゃったのよ」

「実の娘だと言うのにか?」

「それが貴族と言うものなのよ」

「そんなもんなのかね……」

 自分は貴族とは何の関係もなくてよかったと、ジェルス・ホプスキンは思った。

 階段を上り、物置部屋に着くと、

「ああ、そうだ。ここは鍵が閉まっているのだった」

と、思い出したようにダキ・フォルスは言った。

「鍵だって?誰が持っているんだ?」

「わからないわ。でももしかしたら執事が持っているかもしれないわ」

「何を言っているの。鍵なんていらないわ」

と、アルネ・ユウキが言った。

 そして、すっと扉を突き抜けて中へ入って行った。他の三人は慌てて彼女の後を追って物置部屋に入った。

「暗いわ……」

 すると、ポッと明かりが点いた。

「幽霊が暗がりを怖がってどうするの」

「でも、暗いと何も見えないでしょう?」

「さて、何を探すんですか?」

と、ゼフィア・シノンが聞いた。

「確か、置物の入った箱だったと思う。当時は贈答品に紛れて送ってしまったと聞いたわ」

「どのくらいの大きさですか?」

「それほど大きくはないはず。このくらいかな?」

と、両手を開いて少し空間を作って大きさを表した。

「同じような箱がいくつかありますけれど……」

 そこには確かに同じような大きさの箱がいくつも置かれていた。きちんと積まれているのは、この家の使用人が仕事をしっかりとすると言うことを意味している。物置の他の場所も、整然と整頓されていた。

「確か中身は、竜の置物が入っていると聞いたわ」

「竜?ドラゴンのことですよね」

「そう。ダルシア人の姿を模ったものだわ」

 当時、ジェグドラント伯爵家では婚約者の家の贈り物にジェグドラント伯爵家の紋章を置物にしたものを送ったことがある。それがどうしたことか、古いものを送ってしまったのである。それがあの『死の呪い』の封印を強めるためにジェグドラントの家に置かれていた物だったというのだ。それが無くなったために、封印が弱くなったのだという。

「これかしら……」

 ゼフィア・シノンには箱を開けなくても中を見ることが出来た。ダルシア人には透視能力があるからである。

「どれ……」

 アルネ・ユウキは箱を手に取って透かすように見た。

「これかもしれないわ」


409.

 と、その時、物置の部屋の鍵が動いた。カチャリという音の次に扉が開いた。同時にアルネ・ユウキの付けた明かりが消えた。

「むさくるしい所ですが、どうぞ……。暗いので明かりをつけますので、ちょっとお待ちを」

 執事が誰かを案内してきた。物置部屋に入って来たのは少し太めの男性だった。貴族らしく、帝国では立派だと思われる服装をしていた。

 これまで部屋の中を物色していた四人はその途端、口を閉じ固まってしまった。自分たちが見えないと分かってはいても、これは自然にそう反応してしまうのだ。

「しかし、本当にそんなものがありますか……」

と、ボルトレッド伯爵家の執事が部屋の中を見回して、言った。

「いや、確かにそうだと、以前ジェグドラント伯爵に聞いたことがあります」

と、あちこち目をやりながら何かを探している貴族風の男が言った。


「誰だ、あれは?」

と、ジェルス・ホプスキンが言った。

「お客様よ。前に見たことが有るわ。何とか言う男爵だったわ」

「男爵だと?」

 アルネ・ユウキの目がまるで睨むようにその男爵を見ていた。彼女には何か見えるようだった。


 執事と男爵は何かを探しているようだった。

「失礼だが、箱を開けて中を見てもいいだろうか?そうしないと中に何が入っているかわからない」

「もちろんでございます。旦那様が構わないと仰っておられましたから、どうぞお好きなようになさってくださいませ……」

 アルネ・ユウキは先ほど手に取ってそのまま持っていた箱の上をトントンと軽く叩いた。すると、箱の輪郭が薄くなった。魔法で箱を生きている者達には見えなくしたのだ。

「おや?何か音がしたかな?」

と、男爵が言った。

「そうでございますね。やはりネズミでもいるのでしょうか?」

と言って、執事はまたあたりを見回した。

「いや、何もいないようだ。私の気の所為だろう」

「男爵様、どうぞお気をつけてください。もしかしたら、ネズミやほかの小動物がいるかもしれませんので……」

「そうですな。最近は、貴族の住むこの辺りも物騒になって来ましたからな。ネズミだけでなく、別な者もいるかもしれませんな……」

「そう言えば、ドルウズ伯爵邸には三日前に強盗が入ったと聞きました」

「私も聞きました。最近は物騒になりましたな。新皇帝陛下が即位されてから、しばらくはだいぶそのようなことがなくなってきていたのに、どうしたことでしょうかね」

「困った事です。近頃はお金の有るモノは、帝都を離れてどこかの有名な保養地へ行っているようですが……」

「私などは、とてもそのようなことはできません。お金もないし、仕事は忙しいのですがね……」

「男爵様には、ずいぶんな謙遜を仰るようで。近頃は随分お忙しくされていると聞いております」

「いやいや、とてもそんなことは……」

 と言いながら、二人は部屋の奥の方まで入って行った。


 ボルトレッド伯爵邸の外へ出ると、四人はホッとした。もう用は済んだので、物置で探し物をしているボルトレッド伯爵家の執事と男爵をしり目に、アルネ・ユウキが合図してさっさと物置から出て、廊下を歩いて外へ出て来たのだ。

「あれは、一体何者なのかしら?」

と、アルネ・ユウキが言った。

「あれは確か、デオド、デオド男爵様だわ」

「デオド男爵というの?」

 もちろん、他の三人にはデオド男爵など聞いた事も見たこともない。

「ええ。でも、ボルトレッド伯爵邸の物置に何を探しに来たのかしら?」

「さあ、何でしょうね」

 アルネ・ユウキは物置で見つけた箱を持ったまま来たのだった。彼女が推測するに、あのデオド男爵はこの箱の中身を探しに来たのだ。だが、その直前にアルネ・ユウキが見つけたのだ。


 庭を急いで歩いて塀から外へ出ると、あのダキ・フォルスの遺体がある大破した事故車が遠くに見えた。しかも、その傍には一台の地上車が止まっていて、誰かが中を窺っていた。

「あれは?」

と、ダキ・フォルスが言った。やっと誰かに見つけてもらえたのだと言う嬉しさが声に出ていた。

 よく見ると他にもう一人、ボルトレッド伯爵家で見た、四人の目の前を二度程通り過ぎて行った男の使用人がいた。

「これは随分前に事故にあったもののようですね」

と、男がその使用人に言った。

「ええ、実はひと月前でしたが、このダキ・フォルスという女中が車を盗んで逃げようとしたところ、道路がぬかっていたのでハンドルを取られて事故に遭ったのです。憲兵に届けるのはかわいそうに思ってこれまでそのままにしていたのです」

「それはそれは、大変なことでしたな。で、これを伯爵家ではどうなさるおつもりですか?」

「事故車両をいつまでもここに置いておくのは外聞が悪いので、処理したいと考えています。男爵家の執事であるあなたに一任するようにとの伯爵様のお言葉です」

「なるほど。先ほど旦那様より伯爵様のことなら何でも力になってやってほしいと言われました。要するにこれを片付ければいいのですね」

「そうしていただければ、何しろ我々ではどうにも処理し兼ねておりましたので……」

「まあ、近頃は事故や事件が多くて、憲兵の連中も人手不足を嘆いているような状態のようですから……」

「本当に、物騒な世の中になったもので……」


「違うわ、違うわ。私はあの車を盗んだりしていない。旦那様のお言いつけで、出かけたのよ。その帰りに事故にあったのだわ。何で私が盗んだことになるの?」

と、ダキ・フォルスは怒って地団太を踏んで言った。

「それが本当でも、もうそれを誰に言っても分からないでしょう?」

と、ゼフィア・シノンが宥めるように言った。

「だって、何で私が罪を犯してもいないのに、したことになるの?」

「死人に口なしというからな……」

「本当はどうなの?その旦那様の言いつけって、何だったの?」

「それが、ある女の人に手紙を持って行く用事だった。女の人は、どこかの貴族のようだった。会ったのはカルーブル伯爵邸だったと思う。カルーブル伯爵は旦那様の親しい友人の一人なのよ」

「つまり、不倫の手紙だと言う訳か……」

「それは、そのよくわからないわ。だって、そんなことまで話すはずないでしょう。私のような使用人に……」

「で、どこかで事故に遭ったと言う訳ね」

「帰ってくる途中で、急に雨が土砂降りになって、前が見えなくなったのよ。それで、別の地上車にぶつかったんだわ」

「ふうん。相手は随分頑丈だったんだね」

「さあ、相手の車まで覚えていないわ」

「さ、いつまでもここに居たって仕方がないわ。行きましょうよ」

と、アルネ・ユウキが声を掛けた。

 それでも、しばらくダキ・フォルスは名残惜しそうに壊れた地上車を見ていた。

 嫌な予感がする、とアルネ・ユウキは思った。デオド男爵というのは、一体どこの何者なのだろうか?ジェグドラント伯爵家から間違って送られてしまったこの封印の竜の置物を探しに来たというのは、どういうことなのだろうか?どこまで、この物の意味を知っているのだろうか。ここにいると何だか、嫌な予感がますます強くなる気がするのだ。早くこの場所を離れたかった。

 やがて黒塗りの地上車が来た。おそらく憲兵隊本部から派遣されたのだろうと思われた。中から、憲兵や何か装置を持った連中が降りて来た。彼らが現場検証をやるのだろう。それが終わると、大型の事故車両を運ぶための車両が来た。

「何にせよ、検視が終われば、ちゃんとどこかに埋めてくれるだろう」

と、ジェルス・ホプスキンが言った。

「そうね」

と、吹っ切れたようにダキ・フォルスが言った。


 ボルトレッド伯爵邸から離れて行くと、ジェルス・ホプスキンはアルネ・ユウキに近寄って言った。

「ボルトレッド伯爵家のことはもういいのか?目的はその箱の中身だったようだな。それにしても、少しは伯爵家族のことを聞いた方がいいのではないか?」

 元々それが目的のはずだった。口実だとは言え、これではヘイダール要塞に戻った時に困りはしないかと思ったのだ。

「そうね。ダキ・フォルスに聞いてみましょう」

 振り返ると、こちらにやって来るダキ・フォルスが言った。

「何の話をしているの?」

「この置物にばかり目が行って、最初の目的だったボルトレッド伯爵家の家族の事を聞き忘れてしまったと思ったの……」

「伯爵様の家族のこと?」

「ええ。皆さまお元気なのかしら?」

「そうね。私が仕事をしていた時は元気だったと思うわ」

「それは結構なことだわ」

「少しはジェグドラント伯爵家に嫁いだお嬢様のことを気にされた方がいいのではないかと思っていたもの」

「心配しているようには見えなかったの?」

「そうね。もし、ジェグドラント家と関係があるようなことを噂されたら、困ると旦那様は言っていたから。貴族というのは冷たいものね」

「まあ、貴族にとっては家が第一でしょうからね」

「そんなものかしら?」

 アルネ・ユウキが気になったのは、あのデオド男爵とか言う貴族のことだった。

「あの、デオド男爵は昔から付き合いがあったの?」

「いいえ、最近だわ。何でもあの男爵はヴォイド公爵様とお知り合いだとかで、旦那様がどこかの貴族の屋敷で紹介されたと言っていたと思う。何でも、あの男爵はビジネスに詳しくて、裕福らしいわ」

「伯爵様なら、男爵なんてどこかの田舎者に見えるんじゃない?」

「いいえ、あのデオド男爵は特別な感じだったわ。軍関係にも知り合いが多いとか言っていたし、ちょうどジェグドラント伯爵家が取り潰しに会った時だったから、旦那様もお付き合いをしようと思われたのだと思う」

「軍に知人が多く、裕福、ねえ。何か変な感じだわ」

「いいえ、よしてちょうだい。こんな話ではあまり確かなことはわからないと思うから……」

と、ダキ・フォルスは慌てて言った。死んでも、主人の家のことはあまり話をするものじゃないと言う昔からの使用人のしきたりを守ろうとしているようだった。


410.

 元新世紀共和国の首都星ゼンダでは大変なことが起きていた。

 ゼンダにいる銀河帝国の総督の下には至急報が矢継ぎ早に届いて居た。それによると、惑星カルガリウム方面から大艦隊が襲来しつつあるという、速報だった。

 初めはヘイダール要塞にいる元新世紀共和国の元帥だったヤム・ディポック提督が、ヘイダール要塞から反乱軍を率いてやって来たのだと思った総督府は、緊張した。ところが次第に明らかになった大艦隊の威容に、ロル星団の文明とは異なったものを見い出したのだ。そう、よく見ると艦の形からして、元新世紀共和国や銀河帝国のものとは全然違うのだ。

「これはジル星団のどこかの国の艦隊なのでしょうか?」

と、総督府のエリート中のエリートである副官の一人アルマイト・フォル中将が言った。

「もしや、噂に聞く、リドス連邦王国の艦隊なのでしょうか?」

「そうだ。リドス連邦王国には、あの大逆人、ダールマン提督がいると言うではないか……」

 その喧騒の中で、やっとわかった事実は、それが他所の銀河から来た艦隊であると言うことだった。それが分かったのは、相手からの通信によってである。

「総督閣下。ゼンダの周回軌道上の我が艦隊のナーサン・バルホルド提督からの通信です」

「わかった。回線を開け!」

 スクリーンに敬礼をしたバルホルド提督の姿が映じた。

「接近中の艦隊について、最新の情報が入りました。敵は、グーザ帝国と名乗っております。本当かどうかはわかりませんが、他所の銀河から来たと言っております」

「何だと?」

 リューゲル・ブブロフ総督は、その報告の真偽を確かめるすべはなかったが、見たことのない艦の形からそれが嘘だとは思えなかった。

「如何いたしましょうか?」

 部下の問いに、総督はすぐに答えることはできなかった。ふと、こんな時にあのリーリアン・ブレイス少佐がいたらと考えてしまい、すぐにそれを否定した。例え、彼女であってもグーザ帝国のことなど分かるまい。

「ともかく、至急帝都へ連絡を入れるのだ」

「ですが、敵が通信妨害をしております」

「超高速通信もできないのか?」

「それが、できないのです」

「わかった。敵からまた何か通信があったら、すぐに連絡するように」

「了解しました」

 フォルガ・ドル少将にも、これが大変なことだと言うことはわかった。アルマイト・フォルを始めとする総督の副官たちはどうすればいいかを検討しているようだった。フォルガ・ドル少将も何かできないかと考えたが、残念ながら、その話の中には誘われなかった。いつもの事だ。

「ここに居ても仕方がない。何かあったら、連絡してくれ……」

と言い於いて、総督は自室へ戻った。

 敵から何か言ってこなければ、焦っても今はどうしようもない。惑星カルガリウム方面から惑星ゼンダに接近しつつあるということは、いずれゼンダを攻撃目標としているのだろう。こちらもそれに対して十分迎撃態勢を整えつつあるのだが、如何せんゼンダの帝国駐留艦隊はおよそ三万隻である。一方襲来したグーザ帝国を名乗る大艦隊は十万隻だった。とうてい勝てるとは思えない。もちろん、これから銀河帝国本国へ侵攻を進めるつもりかもしれないから、その足をできるだけここで止めて、本国へ何とか知らせる手立てを考えることはできるだろう。敵も詳しいことについては、ゼンダに到着してから通信してくるつもりなのだろうと思われた。

 フォルガ・ドル少将は総督の側近連中から離れて、誰もいない会議室へ密かに移動した。そして、誰も後を付いてきていないことを確かめると、口の中で呪文を唱えた。これは、以前あのブレイス少佐が使っていた呪文だった。ヘイダール要塞と通信した時に使った呪文である。意味はわからないが、それが何をする者かわかっていた。だからその呪文を聞き覚えていたのである。ただ、うろ覚えだったので、本人にはあまり自信はなかった。数度試みて、なかなかうまくいかなかったが、今度はできるだけ、ゆっくりと唱えて見た。

「トゥーレット、トゥーレット、トゥーレット。フレイン・カイト」

 そして、空中に大きく指で円を描いた。

 すると、ブレイス少佐がやったように、魔法陣が浮き上がった。そして、その魔法陣の中に向こうの人物が見えて来た。

「ええと、ヘイダール要塞ですか?」

と、フォルガ・ドル少将は魔法陣に向かって言った。

「お前は、誰だ?」

と、大きな声がした。

「あ、あなたは、ダールマン提督……」

 最初に魔法陣に現れたのは、ダールマン提督の顔だった。彼は確か、ヘイダール要塞にいるのではなかったか?だとすると、呪文が成功したのだと言える。

「何だ、お前は?なぜ通信用の呪文を使う?しかもお前の来ている服は銀河帝国軍の軍服ではないか!」

「そ、そうです。あ、あのブレイス少佐はいませんか?」

「ブレイス少佐だと?お前は誰だ!」

「私は惑星ゼンダ総督府のフォルガ・ドル少将です。ブレイス少佐にお話があるのです」

「しかし、どうしてお前が、この通信用の呪文を知っているのだ?」

「ブレイス少佐の使っているのを見て覚えたのです。お願いです。ブレイス少佐を出してください」

と言うと、少々間を置いて、

「いいだろう」

と、ダールマン提督は言った。

 ダールマン提督はヘイダール要塞の司令室に居た。要塞時間ではちょうど一日の仕事の終わる交代時間で、他の者達はいなかった。彼が残っていたのは、要塞と『レギオンの城』との結合工事が終わったことによる、計器の調整の仕事をしていたからだった。早速ブレイス少佐に連絡すると、慌てて彼女は司令室へやって来た。

「あの、フォルガ・ドル少将から魔法陣の通信が来たんですか?」

と、ブレイス少佐は言った。

「そうだ」

「でも、どうやってそんなことができたのでしょう」

「少佐のやっているのを見て、覚えたと言っている」

「そんな簡単にできるものなのですか?」

と、驚いたようにブレイス少佐は言った。自分の時は、呪文を覚えて成功させるのに少々時間が掛かったように思うのだ。

「まあ、向こうが急いでいるようだから、出て見てくれ」

「わかりました」

 ダールマン提督は指で円を描いた。そしてその円の中を指さした。すると、先ほどのフォルガ・ドル少将の顔がその中に浮かんだ。

「ブレイス少佐!大変なことが起きた」

と言う、その声と顔は、確かにフォルガ・ドル少将だった。

「どうしたんですか?」

「グーザ帝国の大艦隊が惑星カルガリウム方面から惑星ゼンダへ接近中なんだ」

「グーザ帝国ですって?」

「あなたは、グーザ帝国を知っているのですか?我々には初めて聞く名ですが……」

「ええ、前に一度、いえ二度ほどヘイダール要塞へ攻撃を仕掛けて来たから……」

「ヘイダール要塞に二度も攻撃をしたのですか?」

と、驚いてフォルガ・ドル少将は言った。

 ブレイス少佐は、ダールマン提督の顔を見た。

「どうやら、連中は母国から援軍を得て、惑星ゼンダを手中に収めようとしているようだな」

「そんな、どうすればいいんですか?」

 向こうにはまだ、元新世紀共和国の市民たちが暮らしている。その人口は惑星カルガリウムの比ではない。

「司令室の連中を呼び出そう」

と、ダールマン提督は言った。


 緊急呼び出しで、自室に戻っていた要塞司令室の幹部の連中を呼んだ。どうも彼等とダールマン提督などリドス連邦王国の者達は、結合工事が終わってからギクシャクしているように感じられた。

「どうしたのだ?」

と、ディポック提督とやって来たクルム司令官代理が聞いた。

「惑星ゼンダが大変なことになっているらしい」

「らしい?どうしてそんなことがわかったのだ?」

「総督府のフォルガ・ドル少将が魔法陣の通信で連絡してきたのだ」

 彼らにはフォルガ・ドル少将と言うの名は、ブレイス少佐の惑星ゼンダでの報告で聞いた覚えがあった。

「そのフォルガ・ドル少将と言うのは、もしかしてリドス連邦王国のスパイですか?」

と、ダズ・アルグ提督が聞いた。

「いや、違う。彼は立派な、と言うよりは帝国軍人のごく潰しだ。そうだな、ブレイス少佐」

「そ、それは他の人が彼の人となりを知らないのです。彼はとてもいい人です。私に親切にしてくれましたし、とても協力的でした。それは、ゼンダの人々を危険から守ると言うことに置いてです。我々に付いたと言う訳ではありません」

「わかっている。それで、何が起きたのだ?」

と、クルム司令官代理が聞いた。

「惑星ゼンダに、グーザ帝国の大艦隊が接近中だそうだ」

「何ですって!」

 驚いて皆顔を見合わせた。

「とすると、グーザ帝国はとうとう、ふたご銀河を武力征服しようとしているということか」

「さあ、まだこれだけでは連中の意図まではわからない」

「で、そのフォルガ・ドル少将は何と言ってきているのですか?」

「それはこれから聞くところだ。魔法陣の音を大きくするから、聞いてくれ」

と、ダールマン提督が言った。

 通信用の魔法陣はダールマン提督が大きく腕を動かすと、大きくなった。皆の目には、大きな魔法陣に映じているフォルガ・ドル少将の顔が見えた。

「グーザ帝国の大艦隊が接近中だと言うことはわかった。それで、お前はどうして欲しいのだ?」

と、ダールマン提督が言った。

「惑星ゼンダにはあなたがた元新世紀共和国の市民が多数います。彼らも我々同様に大変な被害を受けることになるでしょう。だから、助けて欲しいのです」

「艦隊を送れということか?」

「それは考えましたが、すでに間に合わないと思います」

 もちろん通常のワープ航行を使った場合は間に合わない。艦隊の準備にも時間がかかるのだ。だが、ジャンプ・ゲートを使えば、間に合うかもしれなかった。それをフォルガ・ドル少将は知らなかった。

「確かに今からでは間に合うまい。ではどうする?」

「それはあなた方にお任せします。何か我々を助けられる方策はありませんか?」

「本国からの救援は、それに連絡はどうなっているのだ?」

「敵の通信妨害で、それはできないのです」

「だから、魔法陣の通信を使ったのか」

「はい。これが通じたということは、魔法なら彼らに対抗できるかもしれません」

「そうは言うが、大艦隊と戦う魔法などないぞ」

「何とかなりませんか?」

 他に助けを求めるところはなかった。例え本国への通信が再開されたとしても、すでに救援は時間的に不可能な状態だ。

「こちらで協議をする。少し時間をくれないか?」

「わかりました。こちらもすぐに如何こうと言う訳ではありません。何とか助ける方策を考えて下さい」

とドル少将が言うと、魔法陣が消えた。


 ため息をついて、クルム司令官代理が言った。

「いくら救援を求められても、今からではどうにもなるまい。だが、誰か何か考えはあるのだろうか?」

 ディポック提督は助けたいとは思うのだが、如何せん惑星ゼンダとヘイダール要塞の距離を考えると、どうにもならないと思った。

「ちょっと待ってください。確か、ヘイダール要塞は動けるのでしたね」

と、ダズ・アルグ提督が言った。

 ヘイダール要塞と『レギオンの城』の結合工事が終わった現在、この要塞は重力制御の方法で移動可能だとダールマン提督は言ったのだ。

「だが、いくら何でも、間に合うまい」

と、フェリスグレイブが言った。例え、高速艦程の速度が出たとしても、難しいだろうと彼は思った。

「ですが、一応、聞いてみたいのです。このヘイダール要塞は惑星ゼンダまで行けますか?」

 それにダールマン提督は含み笑いをして言った。誰かがそのことに気づくのを待っていたのだ。

「よく気が付いたな。計算してみよう」

 司令室の奥にある、要塞の新しい制御装置にいるスタッフがダールマン提督に指示されて、結果を報告した。

「急げば、それほど時間は掛かりません。近くにあるジャンプ・ゲートを使えば一時間もかかりません」

「それは、本当か!」

「はい。もちろん、要塞を移動させるのは初めてのことになるので、最初はちょっとかかるかもしれませんが、それほど時間は掛からないはずです」

「それなら、やってみる価値はあるだろう。どうかな、司令官代理?」

「早く行けるというのなら、問題はない。ただ、向こうでどうやってグーザ帝国の艦隊を迎えるのかだ……」

「そうだな、駐留艦隊だけでは足らないだろう。リドス連邦王国の艦隊を加えても十万の大艦隊を迎え撃つのは難しい。だから近くに遊弋しているダルシアの艦隊も連れて行くことにしようか。それなら、艦の数は少なくても、かなりの戦力になるはずだ」

「しかし、ここはどうするのですか?」

「そうだな、留守番として、何隻か残しておいた方がいいだろう」

 そして、グーザ帝国の大艦隊を惑星ゼンダで迎え撃つ計画の練りを始めた。


 フォルガ・ドル少将はもしかして、自分は大変なことをしてしまったのではないかと悩んでいた。ヘイダール要塞は銀河帝国の敵も同然なのだ。それなのに、その敵同然の連中に助けを求めたのだ。このことは誰にも、総督にも話さない、と彼は決めていた。そんなことをしたら、後でどんな結果になろうとも、総督が責任を取らねばならないからである。だから、総督自身には知らせずに、自分が勝手にやったことにするつもりだった。



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