ダルシア帝国の継承者
405.
ディポック提督は司令室の空気が少し変わったと感じていた。
それもこれも、リドス連邦王国がしたヘイダール要塞と『レギオンの城』とかの結合工事の結果である。ただ、元新世紀共和国から来た者たちにもきちんと話し合いをして、どこを変えるかを決定するということをしなかった所為であることはわかっていた。
ディポック提督も他の連中も、ほんの少し要塞の兵器が向上するくらいにしか思って居なかったのだ。それぐらいだったら、甘えてもいいだろうと考えていたのである。まさかダールマン提督の言うような大掛かりな改変に繋がるとは思わなかったのだ。工事と言っても見た目には何かしているようには見えなかったからである。もちろん、工事の所為で、行方不明者が出たことは確かだが、だからと言ってこれほどの事が行われているとは思わなかったのだ。
ただ、今考えてみればダールマン提督を始めとするリドス連邦王国の側は、初めからそのつもりであったことは明らかだった。
兵器だけではなく、要塞の移動装置、記憶装置、中枢頭脳まで断りもなく改変されたとあっては、グリンだけではなく、他の者も警戒心を抱くのは当然だった。改変のための費用を支払う支払わないと言う問題ではない。元新世紀共和国の者達にしてみれば、まるで騙されたように感じるのだった。
当然、クルム司令官代理も司令室の空気が変化したことを感じていた。
その日、ディポック提督の宿舎では、司令室の他の連中が集まって来ていた。
「どうしたんだい、みんな?」
と、ディポック提督はいつもののんびりとして口調で言った。今日は、めったに来ないグリンも来ていることで何かあったのかと彼は思った。
「どうしたもこうしたもないでしょう。あのダールマン提督やリドス連邦王国のやり口は、如何なものでしょうか?」
と、ダズ・アルグ提督は他の連中を代表して言った。
「うーん。彼らを信用できなくなったと言いたいのかい?」
「そうです!」
集まったのは、ダズ・アルグを始めとして、参謀役のフェデラル・グリン、要塞防御指揮官のウル・フェリスグレイブ、ノルド・ギャビ、それにブレイス少佐だった。
「確かに、彼らのやり方では不安になるのは仕方がないかもしれない。だが、リドス連邦王国がこの要塞を欲しがっているとは私には思えない。ダールマン提督にしてもそうだ」
「そうでしょうか。実際、リドス連邦王国は銀河帝国とうまく行っていないとか言うではありませんか。それにダールマン提督にしたって大逆人である事実は隠しようもありません」
だから、要塞を彼らの武器や兵器で固めて、いずれ乗っ取るつもりなのだと言いたいのだ。そして、銀河帝国に対抗する足掛かりにするのだろうと、考えているのだ。
「だが、今回の要塞の改変はかなり根本的だ。銀河帝国と遣り合うとしてもこれほどの改変が必要だろうか?」
そこのところがディポック提督はわからないのだった。銀河帝国と遣り合うにしては。あまりにも要塞や兵器の機能がレベルアップし過ぎている気がするのだ。これまでリドス連邦王国の戦い方は相手によって兵器を使い分けている気がした。強い相手には強力なもので、例えばグーザ帝国の艦隊などにはダルシア帝国の艦隊を向けるが、銀河帝国の艦隊などにはダルシアの艦隊を使わないというだけだが。それを見るともっと強力な兵器を持っているはずなのに、相手が驚くような兵器は使わないのだ。傍から見ると相手を軽んじているような気もするほどだ。
「要塞が強力になったとして、連中にとって困ることは別にないではありませんか」
と、ダズ・アルグは言った。
「それに、いずれ要塞に銀河帝国の艦隊が、皇帝とともに攻撃のためにやって来ると言うのだろう?だとするならば、そう思っても仕方がないのではないかな?」
フェリスグレイブもまさかとは思いながら、要塞を乗っ取られると言う疑念を振り払うことはできなかった。
そこへ、クルム司令官代理がお茶を持って現れた。
「おや?司令官代理。あなたもここに居たのですか?」
と、フェリスグレイブが言った。
司令官代理がディポック提督の部屋にいるのは秘密ではないが、ノルド・ギャビやブレイス少佐以外には話していなかった。
「私は、ディポック提督の護衛も兼ねているのだ」
「なるほど、ディポック提督の監視ですか?」
「本当にそう思って居るのか?」
「他に、どう思えと言うのです」
ブレイス少佐は、フェリスグレイブがまだクルム司令官代理の正体を知らないことに気が付いた。もしかしたら、ダズ・アルグ提督やグリンも知らないのかもしれないと思った。おそらくここにいる者達の中でそれを知っているのは、ディポック提督とノルド・ギャビと自分だけだ。
「まあ、それは冗談として……」
と、ノルド・ギャビが言った。
「待ってください。ここに司令官代理がいることは、我々はほとんど知らなかったのですよ」
と、ダズ・アルグ提督が司令官代理の存在に拘って言った。
「困ったな。司令官代理は、本当に私の護衛を兼ねているだけだ」
と、ディポック提督は言った。
「そうでしょうかね。あのリドスの魔法使いの連中のやることは信用成りませんね……」
と、ダズ・アルグ提督は言った。
「それはあのガンダルフの魔法使いたちとまだ信頼関係が築けないということか?」
と、クルム司令官代理が言った。
「当然でしょう。今回のようなことが起きれば、例え我々が帝国軍の立場で有っても同じように考えるでしょう」
「だが、君たちは元新世紀共和国の軍人ではないのか?」
「ガンダルフはリドス連邦王国に属しています。つまり我々から見れば、帝国と似たようなものです」
「本当にそう思うのか?」
「確かに、これまで我々はリドス連邦王国の魔法使いや軍とは持ちつ持たれつやって来たように思われますが、実際彼らはどうなのでしょうか。本当に信頼に値すると提督はお思いでしょうか?」
と、グリンは言った。
「今、持ちつ持たれつと言っていたようだが、本当はそうではないだろう。ほとんど我々は彼らに助けられてばかりの有様だった。ゼノン帝国やナンヴァル連邦の艦隊と実力でやって勝てると思うかい?私は勝てなかったと思う。勝てたように思えるのは、リドス連邦王国やガンダルフの魔法使いのお蔭と言っていい。彼らにとっては、このヘイダール要塞は特別なのだと思う」
「どう特別なのでしょうか?彼らがこの要塞を乗っ取らないと言うことでしょうか?」
「その特別と言うのがどういうものかわからないが、私は、彼らがこの要塞を乗っ取ることは考えていないと思う。彼らにとって我々はお荷物ではないのかな?リドスの人達がこの要塞を管理したほうが、安全だし、簡単だ。それなのに我々を追い出さずにいると言うことはどういうことなのかはわからないがね」
実際、リドス連邦王国がこの要塞の司令室を占拠した方が、要塞の安全は守られるのではないかとディポック提督は考えていた。
「単に面倒だからでしょう?今銀河帝国と直に遣り合うのは良くないと考えているのではありませんか?」
「果たして彼らは、銀河帝国を敵だと思って居るのかな?」
「だって、現在銀河帝国とリドス連邦王国はうまく行っていないのでしょう?いずれ、ここまで帝国軍がやってくると言いませんでしたか?それほど敵対していると言うのに、彼らは帝国を敵だと思って居ないと言うのですか?」
「これまで要塞に攻撃を仕掛けて来た連中を撃退したのは、ほとんどリドス連邦王国とダルシア帝国のお蔭だ。我々は何の力にもなっていない。それに私が思うに、彼らはまだ本当の力を出してはいない。それは、他にもっと強い敵を想定しているのではないかと思うんだ」
「つまり、銀河帝国を敵だとは思って居ないと言うのですか?」
「そうだ。要するに銀河帝国は彼らにとって、『死の呪い』に掛かった病人と言う訳だ。だから、本当の敵ではない」
「では、本当の敵と言うのはどこですか?あのグーザ帝国ですか?ゼノン帝国やナンヴァル連邦ですか?」
「それはまだわからない。これまでヘイダール要塞を攻めて来た連中ではなく、本当の敵はまだ我々の前に現れていないのではないかな?だからこそ、今要塞と『レギオンの城』との結合工事が必要だったのだと思う」
その話を聞いて、クルム司令官代理はなるほどと思った。
「ところで、司令官代理は彼らリドス連邦王国のことをどれくらいご存じなんですか?あなたは生粋のリドスの者ではないと聞きましたが……」
と、ダズ・アルグ提督が聞いた。
ディポック提督やノルド・ギャビ、それにブレイス少佐は一瞬ドキッとしたが、できるだけ平静を装って黙っていた。
「私は、あまりリドス連邦王国の事は知っているとは言えない。ただディポック提督の言っていることがこの場合一番可能性が高いと思う」
「それはあなたが知っているリドス連邦王国と合うということですか?」
「少なくとも、リドス連邦王国は他の国を取ったり、するようなことは考えていないし、必要だとも思って居ない。彼らはこの宇宙で、銀河で、彼らの持っている高い科学技術文明にあった責任があると思って居るのだ。彼らは隠しているが、リドス連邦王国と言うのは、領土を考えるとかなり広い。本当は他の銀河にまで彼らの領土はあるのだ。それは軍事的に取得したものではない。そこに住んでいる者たちが、困っていて、しばらく助けてほしいと言ってくることが多いと聞いている。だから、全ての人口を含めるとおよそ千億くらいいるのではないかな?」
「困っているからしばらく助けてほしい?そんなことあるのでしょうか?」
「例えば、干ばつで雨が降らず食料が足りないとか、自惑星の属する恒星が年老いて巨大化しそうだとか、様々な理由があるようだ。もちろん、その惑星の科学技術が限界で問題がある場合だ。あのプロキシオン号でやって来た連中も最初は助けを求めて来たのだと聞いている。今でもそうかもしれないが……。ただ、リドスの連中は相手に見合った技術で支援をする傾向がある。あまり、自分たちの科学技術が優れていると感じさせないようにしているようだ。」
「どうしてです?」
「科学技術などにあまりに違いがあり過ぎると、リドスの方に頼り過ぎるようになると考えているようだ。逆に侵略されるのではと恐れる場合も生じる。リドスでは後々、自立できる国を作れるようにと支援するようだ」
「で、それにどんなメリットがあるのです?」
「さあ、それはわからない。私にはあまりメリットがあるとは思えないが……」
「で、あなたの国はどちらなんですか?」
「それは……」
答えに窮して、クルム司令官代理はカップを口に運んだ。一口飲んで、時間を稼ぐと言った。
「彼らの方が科学技術は高いけれども、私の国は彼らに助けを求めてはいない。これからもないだろう。だが、少なくとも彼らのことは理解できると思う」
「ふうん、そう言う人も他所から来ているということですか……」
「私は、そうだな、リドスに来た軍人の留学生とでも言う感じだろうか」
「そう言う人は多いのですか?他所の国から来ているあなたのような人です」
「さあ、それはどれぐらいいるのかわからない。私の近くでは見たことはない」
では、特別なのか、とダズ・アルグは思った。何となく気になる人物ではある。彼の国とリドス連邦王国がどんな関係にあるか興味があるのだった。従って、クルム司令官代理の正体についてはまだ想像しているだけだった。
「もし、リドス連邦王国が言っていることが本当なら、今銀河帝国はその『死の呪い』とか言うものの所為で、上から下まで混乱していると思われます。彼らが銀河帝国を欲しがっているなら、この機を逃すようなことはないでしょう」
グリンは『死の呪い』と言うものがあるのかないのかわからなかった。度々ダールマン提督やバルザス提督などが口にするので、そんなことがあるのか、としか思えなかった。魔法については目の前で使われるので、その存在を否定することはできなかった。
406.
「そう言えば、近々帝都へリドスの者を派遣すると言うことでしたが……」
と、グリンが聞いた。
「そのようだ」
「何をするつもりなのです?」
「確かジェグドラント元伯爵家の夫人の実家がどうなっているか調査を頼まれたと聞いている」
「あの、要塞へ逃げて来た帝国貴族のことですか?なぜ今頃になって、そんなことをするのでしょう」
「何か他の事を考えているのだろうよ」
と、フェリスグレイブが言った。
彼はリドス連邦王国の連中のことを元々あまり信用してはいなかった。だが、要塞を乗っ取るつもりだと確信しているわけではない。何を考えているのかわからないことが不信の原因だった。彼のこれまでの経験や知識だけでは理解出来そうもないと考えているのだ。
「リドスの者というと、誰が行くんですか?」
「ゼフィア・シノン中尉だ。例のドラゴン・スレイヤーとして目覚めた人物だ」
「魔法使いは行かないのですね」
「いや、リドスのアルネ・ユウキ少佐も行くことになったと聞いた……」
「アルネ・ユウキ少佐?つまりガンダルフの五大魔法使いの一人ですね」
「そうだ。しかも最初のドラゴン・スレイヤーだと聞いた。つまり元ダルシア人だと言うことだ」
「元ダルシア人なら、魔法使いでも大丈夫だと言うことですかね?」
「その二人だけではない。このヘイダール要塞を作ったヘイダール伯爵が、ジェルス・ホプスキン刑事に二人と一緒に行ってほしいと言っているそうだ」
「はあ?彼はこの件に関して何の関係もないのではありませんか?」
ジェルス・ホプスキン刑事はもちろん魔法使いではないし特殊能力者でもない。ただ、刑事として長年の経験を持った人物である。人探しの専門家と言ってもいいかもしれない。
「ヘイダール伯爵によると、人を探すのなら、専門家を連れて行くべきだというのだ」
「例の事件の捜査はどうするんです?」
「そちらについては、あの暗黒星雲の種族のリード・マンドとか言うやつをまず、何とか人間の形に戻さなければ尋問ができない。だから、それを何とかしてくれるそうだ」
アルネ・ユウキ少佐が行くのは、誰か人を探してのことだとクルム司令官代理も聞いていた。
「アルネ・ユウキ少佐ですが、確かリドス連邦王国の第十一王女殿下だと聞きました。その彼女が何で帝都に用事があるんです?」
リドス連邦王国と外交を始めたのは最近のことで、以前はほとんど接触がなかったはずなのだ。だから、知り合いを探していると言うことがそもそも変だった。行ったこともないのに知り合いなどいるはずがない。
「何でも昔の恩人を探すためだと聞いた」
「恩人?アルネ・ユウキ少佐は銀河帝国に来たことが有るので?」
「いや、そうではない。何でも昔ガンダルフで世話になったのだと聞いた」
「要するに、昔ガンダルフに生まれた時に、ということですか?」
それしか考えようがない。それにしても、そんな人物をどうやって探すと言うのだろうか。現在の名前などわかるのだろうか。
「そうだ。しかし、その恩人が彼女、つまりガンダルフの魔法使いを覚えている可能性があるのですか?」
「それに関しては、かなり力の強いアルフ族の者だと聞いている」
「誰ですか、それは。我々の知っている人物ですか?」
「そのようだ。かなり重要な人物らしい」
「一体誰です、それは?」
チラリとノルド・ギャビはクルム司令官代理を見た。彼は先ほどそれを聞いたのだ。ちょうど司令官代理がいない時だった。
転送装置の傍で、アルネ・ユウキ少佐・ゼフィア・シノン中尉、ジェルス・ホプスキン刑事が出会った。三人はこれまで顔を合わせたことはなかった。まず、この三人の内一番階級が上だと思われるアルネ・ユウキが自己紹介をした。
「私がアルネ・ユウキ少佐です」
ジェルス・ホプスキン刑事が驚いたのはアルネ・ユウキ少佐があのバルザス提督にとてもよく似ていると言うことだった。まるで双子ではないかと思われるほどだった。
「あの、アルネ・ユウキ少佐、もしかしてあなたはバルザス提督の兄妹なのでしょうか?」
「いいえ、違うわ。少なくとも、今回は血の繋がった兄妹ではないわ」
『今回は血の繋がった兄妹ではない』と言うところを殊更強調してアルネ・ユウキ少佐は言った。だが、それだけではジェルス・ホプスキンには何のことかわからなかった。
「それにしては、そのお顔がそっくりですね」
と、再び彼は言った。
「そのことは、後でゆっくり説明しましょう」
「わかりました。ですが、向こうでバルザス提督とあまり良く似た顔は、何かトラブルの原因になりませんか?」
「そうね。あなたの言うことも一理あるわね」
バルザス提督は、銀河帝国では大逆人とされているダールマン提督の部下として、知られているはずだった。もちろん、一般庶民にまでその顔を知られているとは思わないが、指名手配犯のようにその写真が出回っているかもしれない。それに帝都にいるであろうバルザス提督の知人に会うと、困ったことになるだろうことは予想できた。
少し考えた後に、アルネ・ユウキは言った。
「ええと、最初に言っておきたいのだけれど、もう一人一緒に行く人物がいるのだけれど……」
「誰です?」
と、周囲を見回してジェルス・ホプスキン刑事が言った。
周囲には彼らの他に人はいない。一番上の階にある司令室の方に転送装置を操作する士官がいるが、この中二階になっている場所には今回派遣される者達しか来ていなかった。特に任務に張り切ったわけではないが、初対面の者ばかりだと聞いていたので、三人は早めに来たのだった。
「ジェルス・ホプスキン刑事、あなたには見えないかもしれないけれど、ナルディア・バルザスという銀河帝国出身の婦人が一緒に来てくれることになっているの……」
「その人はどこにいるんです?私の目にはここにもう一人いるようには見えない?なぜです?」
「彼女は、死んでいるから。正確に言うと、帝都ロギノスで事故に遭って無くなった人です。実はバルザス提督の妻だった人なの。つまり霊人よ」
「あなたには、見えるのですね」
と、ジェルス・ホプスキン刑事は確認した。本当かどうかはわからないが、相手が言うことに異を唱えることはしなかった。何しろこの要塞では何が起きるかわからないからだ。魔法使いに、妙な異星人、それに特殊能力者など、これまで見たことも聞いたこともない者たちがここに入るのだ。目に見えない案内人がいても不思議はないかもしれない。
「ええ、それにゼフィア・シノン中尉にも見えると思うわ」
「まあ、別にいいですよ。特に私が必要になるとも思えませんし……」
「彼女には帝都での道案内をしてもらうつもりなの。我々だけで帝都へ行くのは不安なので」
三人とも、生まれてから一度も銀河帝国の帝都などに行ったことはないし、どんなところかもわからなかった。だからこそ、案内人はどうしても必要だった。ジェルス・ホプスキン刑事にしても敵国としてしか認識していない。銀河帝国と新世紀共和国はおよそ二百年、正式の国交はなかったのだ。そのうち百五十年は戦争に明け暮れていたのである。
「なるほど。確かに道案内は必要ですね」
「それに、彼女には探すものがあるのです」
「何を探すのです?」
「彼女とバルザス提督の娘を探しているのです」
「バルザス提督のお嬢さんですか。今回はそのお嬢さんも探すことになるのですね」
「いえ、娘の方はすでに死んでいるので、あなたには探せないと思うわ。母親が亡くなった後に、どこかで病気になったらしいと言うことしかわからないの。だから、それは私とナルディアで探すので、あなたには生きている人の方をお願いするわ。ボルトレッド伯爵と大公妃殿下の方をお願いします」
「どちらも大して変わらないと思いますよ」
ボルトレッド伯爵はともかく、大公妃殿下は帝国で行方不明になったと公式に認めたことであるので、ジェルス・ホプスキン刑事も知っていた。もう行方不明になって数年経つはずだ。生きているか死んでいるかわからないと言われていることも。
「もちろん、向こうでは私たち三人、いえ四人はいつも一緒に行動することになるわ」
「いいでしょう」
「あなたもゼフィア・シノン中尉、これでいいかしら?」
「はい。了解しました」
ヘイダール要塞の転送装置で転送された先は、プロキシオン号の艦内だった。そこの転送装置から出たのだ。そして、すぐに司令室へ案内された。
「初めまして、あなたプロキシオン号の艦長ですね。今回のこと、話は聞いていますか?」
と、アルネ・ユウキが言った。
「よく来ましたね。話は聞いています」
と、プロキシオン号の艦長オルフス・リガル准将が言った。
「下の状況はどうなっているのかしら?」
「あまりよくありませんね。私にはもちろん、例の髑髏は見えないのですが、非常に治安が悪くなっているようです。見て見ますか?」
と言って、スクリーンに帝都ロギノスを映し出した。
アルネ・ユウキには帝都ロギノスの惑星全体を覆っている、真っ黒な骸骨が笑っているように見えた。だが、ジェルス・ホプスキン刑事にはそれは見えなかった。ゼフィア・シノン中尉は帝都ロギノスを見て、黒い骸骨は見えなかったが、惑星自体が真っ黒に見えた。
「確かに、これでは仕方がないわね。できれば、最初にボルトレッド伯爵の方を調べたいのだけれど、貴族の住宅はどのあたりになるのかしら?」
帝都ロギノスでは、宮殿を中心に街が造られていた。その宮殿の周りに高位の貴族から邸宅が配置されているのだった。一般庶民の暮らす繁華街のような場所はその外側にあるのだ。
「貴族の邸宅街はまあまあの治安のようですが、それも一軒一軒離れているので、門を出ると護衛が必要になって来るようです」
貴族たちは自分たちで護衛の者を雇っているのだった。彼らは貴族の私兵とみなされている。高位の貴族になると身内や召使の中から軍へ士官をさせて、その者たちを今度は軍に所属しているというお墨付きを持って護衛として自分に仕えさせていた。
「繁華街は宮殿からは離れているのね」
「そうですね、かなり離れています。それに今街ではかなり治安が乱れていて、特に夜になると窃盗や強盗が蔓延している状態です。昼間はそれよりも多少はましな程度です」
「でも、皇帝陛下はそれに対して何か対策を立てていないのかしら?」
「さあ、どうでしょうか。帝都には帝都の治安を守る憲兵総監がいるようですが、あまり動きはありません。彼らが守るのは帝都ですが、宮殿が中心のようですから」
「憲兵か、すると警察というよりは軍と言う訳ね」
「そのボルトレッド伯爵家と言うのは、どのあたりになるのかな?」
と、ジェルス・ホプスキン刑事が聞いた。
「ボルトレッド伯爵家は貴族でも由緒のある家ですので、宮殿に近い方にあると思います」
と、オルフス・リガル艦長は言った。
407.
三人は朝早いうちに帝都の貴族の邸宅街の林の中に転送装置で降りた。できるだけボルトレッド伯爵家の近くを選んだ。
季節はまだ寒く、春にはあと少しと言う頃だった。雨や雪は降ってはいないが、空には厚い雲が覆っていた。防寒具を身に付けているので、多少歩きづらいのだが、馬車や地上車はプロキシオン号では用意できないし、それで移動すると目立つので歩いていた。ほどなく、新しく舗装されたような道路が見えて来た。この辺りを地上車を使うようになったのは、最近の事だと聞いている。それまでは貴族は馬車を使うのが当たり前だったと言う。
科学文明が発達したが、機械を使うのは貧乏人のすることというのが銀河帝国での習慣だったのだ。だから貴族はみな昔のような馬車を使った暮らしをしていたのだと言う。実はそれは銀河帝国皇帝初代の好みであったのだと言われている。それがずっとこれまで続けられていたのだ。
但、新王朝を開いた若き皇帝はこの習慣を廃し、宮殿や貴族の邸宅街での地上車の使用を急激に進めて居る。その上宮殿の中に、これまでなかった宇宙港を政府や外国の要人を迎えるために造ったという。それまでは商業用の宇宙港さえ、帝都の宮殿近くには造ることを禁じていたのだ。また帝都においては飛行艇を使うことも禁じられていた。従って、これまで外惑星から来た大使たちは、大陸の端にある宇宙港におり、そこから地下の大陸横断高速鉄道ではるばる宮殿近くまでやって来たのだ。
道路を歩いて行くと、突然目の前に事故に遭った地上車が置いてある現場に到着した。何かにぶつかったもののようだが、近くにはぶつかる物もないようだった。
「これは、事故ですよね」
と、ゼフィア・シノン中尉が聞いた。
「多分そうだと思うが、事故が起きてからだいぶ経っているようだ」
「どうしてです?」
「砂埃が結構溜まっている。昨日や今日の事故ではないだろう」
「見て!中に死体がある……」
「うーん。警察、いや帝都は憲兵だったか、何をしているのだろうか?」
と、同じように事故車の中を覗いていたジェルス・ホプスキン刑事が言った。どう見ても、治安関係者が事故の検証をしたとは思えなかった。単に、邪魔だから誰かが道路の端に置いて行ったとしか思えない。
「事故を知らないのでしょうか?それとも、治安が悪化していて、くる暇がないのでしょうか?」
「さあ、どうかな。いずれにせよ、関わりにならないようにした方がいい。我々には関係ないのだから……」
「でも、死体がこのままと言うのは、気の毒で……」
「後で、誰かに気づいてもらうことにしましょう」
と、アルネ・ユウキ少佐が言った。
「気づいてもらう?それはどういうことです」
「何とか魔法で人をここまで引き寄せることにすればいいわ。そう、できれば憲兵などをね……」
「なるほど、そんな魔法もあるのか」
事故の現場からしばらく行くと、ようやくボルトレッド伯爵家の邸宅の門が見えて来た。
「どうします?」
と、ジェルス・ホプスキン刑事が聞いた。
「まず、私たちの姿を見えなくしましょう。それから、その塀から中へ入りましょうか……」
と、アルネ・ユウキ少佐が言った。
「塀を飛び越えるのですか?」
と、ゼフィア・シノン中尉が聞いた。
「本当はあまり使いたくないけれど、私がガンダルフの魔法を使います。だから、大丈夫」
アルネ・ユウキが口の中で呪文を唱えると、三人はふわりと浮き上がって塀を超えて降り立った。
「姿が見えなくなっているのですね」
「ええ。ただ匂いまでは消していないので、動物には注意が必要です。ここには馬や犬などがいるのでしたね。彼らには匂いで我々の存在を知られてしまいます」
ボルトレッド伯爵家の屋敷は門からかなり有りそうだった。
玄関の前に付くと、数台の地上車が置いてあるのが見えた。馬車は端の方に一台おいてあるだけだった。
玄関までの間に、屋敷の中をパトロールしている数人の私兵を三人は見た。彼らは犬を連れていたが、その時は風下にいたので、気づかれることはなかった。
玄関前を通り過ぎて、アルネ・ユウキは屋敷の壁にそって裏手の方に歩いて行った。彼女に付いて行くと、そこに屋敷に入る扉があった。
「あなた達、ここで何をしているの?」
と、突然後ろから声がした。
振り返ると、そこに使用人らしき人物がいた。
「ここは、炊事場の近くにある使用人の出入り口よ。泥棒なの、それとも強盗?」
「いいえ、違います。門から来たのですけれど、ちょっと乗り物が故障したので、助けを呼ぼうと思って来たのです」
と、アルネ・ユウキが言った。
「本当なの?どこに置いて来たの?」
「修理してもらえますか?」
「いいえ、ここには地上車の修理ができる者はいないわ。馬車も、もう馬がいないから使えないわ」
「それは、困りました。それでは、修理工場に連絡を入れてもらえないでしょうか?」
「それは、今はダメ。だってお客さんが来ているから……」
「では、お客様がお帰りになりましたら、呼んでいただけますか?」
「わかったわ。あとで伯爵様にお願いしておきます」
「ありがとうございます」
ジェルス・ホプスキン刑事はボルトレッド伯爵家の堀を越える時に、アルネ・ユウキ少佐が彼らの姿を見えなくしたと言ったことを覚えていた。それなのに、この女は自分たちが見えるのだ。これはどういうことだろうか。魔法が効かないと言うことだろうか。
「それではお客様が来ているので、他の使用人たちに気づかれないように私の後を付いて来て下さい」
と、女が言った。
「あの、失礼ですが、あなたのお名前は?」
「私はここの使用人の一人。名前なんて、どうでもいいでしょう?私もあなた達の名前など聞かないわ」
「でも、せっかく来たのですから……」
「それなら、あなた方も名乗って下さい」
「そうでした。まだ私も名乗っていませんでしたね。私はアルネ・ユウキと言います」
「貴族ではないのですね」
「ええ。あなたは?」
「私はダキ・フォルス。小さいころからこの屋敷に仕えています」
「そうですか」
その時、使用人の出入り口から出てくる者が居た。使用人のお仕着せを来たその男は、四人が立っている方へやって来た。気づかれたか、とジェルス・ホプスキン刑事は思ったが、そのまま何も言わずに素通りして行った。やはり見えていないのだ、と彼は思った。
いや違う、見えなかったのは自分たちだけではない。このボルトレッド伯爵家の使用人だという女も見えていなかった。これはどういうことだろうか?
「ふん。バレたようね」
と、ダキ・フォルスが言った。
「あなたは誰なの?魔法使いなの?」
と、ゼフィア・シノン中尉が聞いた。銀河帝国に魔法使いがいるとは思えないが、一応彼女は聞いてみたのだ。
「何を言っているの。私、嘘は付いていないわ。私はここの使用人だったのだもの」
と、平然と女は言った。
とすると、自分は初めて幽霊を見たことになるのかとジェルス・ホプスキン刑事は思った。




