ダルシア帝国の継承者
396.
マグ・デレン・シャは今回の件について、一体何が起きているのかさっぱりわからなかった。国外追放されて以来、祖国のナンヴァル連邦のこともほとんど情報が入らない状態だったのだ。だから、自分に暗殺者が向けられたなどと言うことは信じられなかった。彼女の大切な祖国であるナンヴァル連邦の人々がそこまで落ちぶれるとは考えることもできなかったのだ。
だが、実際にゼノン人の魔術師士官が暗殺者として差し向けられたと言うことがはっきりすると、裏切られたと言う怒りよりも悲しみの方が強かった。それに、ナンヴァル連邦の大調整官がそのような者に継がれているとなると、本国の人々はどんな目に会っているのだろうと心配もした。惑星連盟の大使を解任された時に、本国に帰ることを拒んでしまったことは正しかったのだろうかと彼女は悩んだのだ。
だから要塞司令室からナンヴァル艦隊がどうやら本国に反旗を翻したようだと言うのを聞いて、まさかとは思うがガンダルフの魔法使いが彼らに何かしたのではないかと思ってしまったのだ。いつもの彼女ならそんな疑いは持たなかったのだが、本国から追放されたということもあって心の状態がいつもとは異なっていたのだった。
「レギオン殿。つい、取り乱してしまいました。あなたを疑って申し訳ないことをしました」
「おや?あなたが何かしましたかな。それよりも、ナンヴァルの第三艦隊の副官で、現在は指揮官であるタ・フォールン・シャと話をして頂けませんか」
「でも、私はできれば彼らが本国に戻ることを望んでいます。このまま、反逆者として祖国から追われることは良いこととは思えません」
「あなたがどちらを選択するにせよ、彼らはあなたと話したがっています」
と、バルザス提督――銀の月は言った。
「わかりました。いいでしょう。話だけはしてみます。でも、結果についてはどうなるかわかりません。まだ私も、彼らにとってどちらが良いのか判断が付かないのです」
スクリーンに映じた前惑星連盟大使マグ・デレン・シャを見て、タ・ドルーン・シャ少将はナンヴァル式の軍人の礼をして話し出した。
「閣下。我々は今回の件で、ナンヴァルの新大調整官であるクラウ・トホス・トル閣下について行くことはできないと考えました。どうか、マグ・デレン・シャ閣下の元へ置いて頂けないでしょうか」
「ですが、そうするとあなた方は祖国を裏切ることになるのですよ。祖国へ帰れなくなるのですよ」
「いいえ、そうは思いません。私はこれまで第三艦隊提督ウル・ヴァトラス・ナン閣下の元で、新大調整官閣下の命令を遂行してきました。ですがもう、これ以上はできないと思ったのです。なぜなら、あなたを暗殺するような命令をする人物を信用することはできないからです」
「ですが、他の者達はどうなのですか?あなた一人がそう考えても、他の者は違う意見があるかもしれません」
「いいえ、これは艦隊中が同じ意見なのです。意見が違うのはウル・ヴァトラス・ナン提督だけです」
「これは軽々しく判断することではありません。もしあなたが私の元へ来るとして、本国はどう思うでしょうか?あなた方が国に対して反逆の意志を持つと決めつけ、討伐するために残りのナンヴァル艦隊をヘイダール要塞へ向けることもあり得ます。そうなったら、どうしますか?」
「もちろん、我々は戦います」
「同じ種族同士で戦うのですか?たかが、一人のナンヴァル人のために……。私はそのようなことをして欲しくはないのです」
「これは正義の戦いです。何の罪もないあなたを殺そうとしたことは、非常に重大な意味を持っていると考えます。もしこのようなことが許されるとしたら、あの新大調整官は自分と意見の異なるものを全て殺すことを認めることになります。それでいいのでしょうか。それでナンヴァルの正義が守られるのでしょうか」
「私は、私のような者のために、多くのナンヴァル人が血を流すようなことはして欲しくないのです」
「この問題はもうすでにマグ・デレン・シャ、あなただけでは済まないことになっていると思います。もし、大調整官の意見と異なることを認められないとしたら、それで命まで奪うようなことが行われるとしたら、ナンヴァルはどうなるでしょうか。それこそ、今我々が立ち上がらねばならないのではありませんか?」
「まさか、そこまで事態が悪化しているとは思えません」
そこにダールマン提督が割って入った。
「そうだろうか。我々の側の情報によるとナンヴァルの新しい大調整官はかなり大掛かりに、政府や軍の上層部の入れ替えをしている。それがナンヴァルに取って有益なことであればいいが、返って社会秩序を混乱させていると聞いている。それだけではなく、この改革にはかなり批判があるそうだ。このままではナンヴァルに新しい秩序を造るのか、それとも元の秩序を回復するのかと言うことになるのではないかな?」
「ナンヴァルに内乱が起きるというのでしょうか?」
「その可能性も十分あるだろう。このナンヴァルの第三艦隊が提督を拘束したように、どうもトップに立った者の中に、人格に問題がある者もいるようだ。それは新大調整官に問題があるからではないだろうか」
「でもまだ、改革に着手してそれほど時間が経ったわけではありますまい」
「確かに……。だが、マグ・デレン・シャ、あなたを国外追放にすること自体間違っている。国内ではそう考える者が多いだろう。新大調整官がどのような批判をあなたにしたとしても、これまでのあなたの行いを多くの国民は知っているから、騙されないだろう」
「マグ・デレン・シャ閣下。我々はすでにウル・ヴァトラス・ナン提督を拘束しております。艦隊中の将兵はあなたの所へ行くことを望んでいるのです。もう戻ることはできません。我々をあなたのおそばに置いて頂けませんか」
「それは、できません。この要塞では私は単なる居候なのです。あなた方の面倒を見ることなど到底できません」
「それなら、ナンヴァル本国の動向を様子見するのはどうだ?第三艦隊提督は拘束したそうだが、死んだわけではあるまい。このまま本国に戻るのが遅れれば、いずれ何か連絡を取ろうとするだろう。その時どう言って来るかで判断するのはどうだ?」
「それは、我々の方は構いませんが……」
「でも、いつそれが来るかどうかもわかりません」
「いや、それほど待つことはないと思うが、……」
「いや待て、そうなるとナンヴァルの大艦隊がこの要塞へ来るようなことになるのではないか?」
と、クルム司令官代理が言った。
もし自分がナンヴァル連邦の指導者なら、派遣した艦隊が国の反逆者側に寝返ったことをそのままにしておけるはずがない。事態を収拾するためには一刻も早く、反旗を翻した艦隊を説得するか恫喝するかして引き戻そうとするだろう。それがだめなら大艦隊を派遣してその艦隊を討伐する以外に道はないと思うだろう、とクルム司令官代理は思った。
「そうなるかもしれないな、だが、まだわからん。だが、来たとしても別にナンヴァルの艦隊など怖れることはない。こちらにはリドス連邦王国の艦隊やダルシアの艦隊もいるのだから……」
と、ダールマン提督は言った。
それまでにヘイダール要塞の工事が終わるといいのだが、とクルム司令官代理は思った。
バルザス提督の宿舎ではウル・ガルが怪我の手当てをしてもらっていた。あのナンヴァル人の魔術師は最初に手当てをしたのだが、かなり重症でもありまだ意識が戻っていなかった。
「大丈夫か?」
と、ナッシュガルが聞いた。
「大丈夫だ」
「しかし、まさかお前が白魔法使いの呪文を使うとは思わなかった」
「あの場合は、それしかないと思ったのだ」
話をしている二人から離れてグーザ帝国の捕虜たちは、今目の前で起きたことについてどう判断すればいいのか迷っていた。
あれは魔法による攻撃が主だった。特にナンヴァル人の魔術師の魔法は彼らの持つ武器のように効果的のように思えた。もっともそれは、ウル・ガルと言う魔法使いによって作られた魔法の防御シールドで防がれていたのだ。それが無かったら、こちら側も負傷者が多くでただろう。
「魔法と言うのは本当に存在するのですね」
と、目の前で繰り広げられた魔法合戦をみたグーザ帝国カルフ艦隊中尉マルボルラは言った。
「まったく、驚きました。魔法は本当にあるのですね」
と、同じくグーザ帝国カルフ艦隊ケルラ大尉は言った。
「もし、あれが要塞の外、宇宙空間でも使えるとすると、この要塞の兵器の他にも注意すべきものがあるということか……」
「でも、宇宙空間で艦隊を相手に魔法を使うなど、可能なのでしょうか?」
要塞の内部での戦闘に使われても、いくら何でも宇宙で魔法を使うと言うことは彼らには想像できなかった。普通の武器だって宇宙で使うには、その仕様を変更しなければならないではないか。しかも、宇宙ではかなり離れた場所から攻撃を加える必要がある。今見たように、すぐ近くで相手を攻撃するのとは違うのだ。しかし、もしできるとしたらどうだろうか?それに、あの件もあった。
「我々がこの要塞を最初に攻撃したとき、突然この要塞の連中が消えたとことがあった。あれは、魔法でどこかへ移動したのではないのか?」
「それは聞いたことがあります。何でも『レギオンの城』とか言うところへ逃げ込んだと言うのです」
彼らが普段食事に使っている一般兵士の食堂では、様々な噂話が聞けるのだ。その中には眉唾だと思う話もかなりあったが、どうやらそれは事実ではないかと、考えていたのだ。
「レギオンの城の話は聞いたことがある。何でも、この要塞と同じ場所にあるが、次元が違うので重なっていることがわからないのだとか……」
「それが本当だとすると、魔法というのはかなり有用なのではないか?」
「しかし、我々の銀河にはそのようなものはなかった。ここで有ったとしても、我々には使えまい」
「そうでしょうか?あそこの怪我の手当てをしてもらっている魔術師でしたか、彼の言ったことを聞きましたか?白魔法使いが魔術師に落ちても、白魔法使いの呪文が使えるとか言っていました。魔法を使うと言ってもいくつか種類があるようです。それに、力の程度にも差があるのでしょう。そして彼の言っていたガンダルフの魔法使い『大賢者』レギオンなる者について、多少の噂を聞いたことが有ります。彼ならこの要塞を艦隊から守ることもできると聞きました」
「本当か?」
「確か、今この要塞は例の『レギオンの城』と要塞との結合工事で兵器は使えないと聞きました。おそらく主砲のようなものが使えないということでしょう。ですが、あの魔術師は彼の本国から要塞攻撃のために艦隊で来たはずです。と言うことは、その艦隊が今この要塞を攻撃していたとしても不思議ではありません」
「しかし、他所の艦隊の攻撃を受けているような感じはしなかったが……」
「私が思うに、その艦隊の攻撃を防御するのに十分な力のある魔法使いがこの要塞にいるのではないでしょうか」
確かに、最初に来た時この要塞の連中が一斉に姿を消したことは事実だ。そして、艦隊が要塞から離れるといつの間にか戻って来ていた。この要塞には少なくとも百万を下らない人員がいるはずなのだ。その数の人間が消えたり現れたりするのは変だった。そのことで魔法を使っているとしたら、ある程度納得できると思えた。
本当に要塞を守るような魔法が使えるとしたら、グーザ帝国の艦隊が最初に来た時になぜ魔法で反撃しなかったのだろうか、とグーザ帝国元カルフ艦隊提督キンドルラ提督は考えるようになっていた。これまではそもそもその魔法自体を信じるか否かが、彼らグーザ帝国の者たちにとって難しい問題だったのだ。
その魔法に付いて、もう少し情報が欲しいものだと、キンドルラは思った。もしここの連中が魔法に長けているとすれば、部下たちの言うように艦隊すらも退ける力を持っているのなら、グーザ帝国の艦隊がヘイダール要塞を攻撃することは危険だった。彼らには同じように魔法を使える者はいないからだ。いないだけではなく、それがどのようなものかさえ想像できない。
このグーザ帝国の連中の話を、アルトラス・ヴィルとウルブル・フェルラー両提督が聞いていた。特に聞き耳を立てていたわけではないが、聞こえてしまったのだ。グーザ帝国の連中は話が弾むと、周囲のことにあまり気を配っていなかった。この部屋で彼らが注目していたのは、竜族であるナンヴァル人達であったからだ。それにこの二人は察するに、詳しくはわからないがその振る舞いや部屋の者達の態度などから、自分たちと同じような身の上だと気づいていたからでもある。
アルトラス・ヴィルとウルブル・フェルラーはロル星団の銀河帝国の上級大将だった。このことはグーザ帝国の捕虜たちは知らない。これは彼らグーザ帝国の連中とあまり変わらない境遇でもある。
「魔法か……」
と、ウルブル・フェルラーが言った。
397.
この要塞に来てからリドス連邦王国のリイル・フィアナ提督の魔法で猫にされて不遇を囲っていたことを、銀河帝国の両提督アルトラス・ヴィルとウルブル・フェルラーは思い出した。
「要塞を艦隊から守る程の力を持つ魔法使いがいると言うことか」
と、アルトラス・ヴィル提督が言った。
「別に不思議はあるまい。我々を猫に変えたような連中だ。その位大したことではないだろう」
「そうだろうか。少なくともガンダルフの五大魔法使いと言われる連中ならそのくらいの力はあるだろう。だが、彼らと同じような力を持つ魔法使いがたくさんいるなら、ガンダルフの魔法使いがそれほど有名になるわけはあるまい」
「もちろん、連中は特別だ。だから数はすくない。だが、リドス連邦王国に魔法使いが数多くいることは確かだ」
「もし、リドス連邦王国が銀河帝国と戦うようなことがあれば、どうなるだろう」
「我が帝国が不利になることは確かだ。おそらく、ガンダルフの五大魔法使い一人で、一艦隊と戦うことが可能だろう。それに、リドス連邦王国の王族のこともある。連中は魔法使いではなさそうだが、力は五大魔法使いを凌ぐくらい軽くありそうではないか」
問題は、銀河帝国とリドス連邦王国があまり良い関係にないということだ。ジル星団の国々とはまだ国交は始まったばかりのはずだが、帝国政府の連中はどうも竜族の国であるゼノン帝国が同じ帝国だということがあるのか、親しみを感じているようなのだ。それに加えてリドス連邦王国には銀河帝国が大逆人としているダールマン提督がいる。
「我が皇帝陛下は賢明ではあるが、どうもゼノン帝国とよしみを通じる輩が政府の中には多いようだ。このままではリドス連邦王国との関係が悪化しかねない」
「そこまでするだろうか」
「いや、この要塞にいるダールマン提督は未だ大逆人だ。ましてその部下もいる。帝国ではガンダルフの魔法使いのことなどはわかるまい。ダールマン提督に対する批判は未だに高い。大逆事件を起したということが本当に真実かどうかを慎重に調査する必要があるというのに、それがきちんと行われているかどうか不安だ。勢いでダールマン提督は大逆人だと決めつけているようにも思える。逆に、リドス連邦王国ではガンダルフの魔法使いと言うことだけで自国の者であることは当然と考えているように思える」
銀河帝国では大方ダールマン提督の大逆罪は事実だとされている。ただアルトラス・ヴィル提督のようにほんの少数だが、その罪について疑念を抱いて再調査を望んでいる者もいた。
「確かに帝国ではダールマン提督が生きていると言えば信じるだろうが、魔法使いだと言うことは信じないだろう。その上、その魔法使いはリドス連邦王国の一惑星に属していると信じられているなど、理解できないだろう」
「それだけではない。あの『死の呪い』という話を聞いたか?」
「噂だけだが、何でも古代のアルフ族という連中が生んだという呪いだと言うことだが……」
「その呪いが帝都ロギノスのどこかに封印されていたのだと聞いた」
「帝都ロギノスにか?」
「そうだ。今は、その封印は解かれてしまったというのだ」
彼らにとってもその情報の出所はグーザ帝国の者たちと同じく、一般兵士の食堂だった。一般兵士たちは魔法で偽装した二人については、その正体を知らない。だから、黙っていれば色々な噂話が聞けるのだ。そうした情報の収集を司令室の連中は知っていて黙認しているようだった。
「ジェグドラント伯爵のことか?」
「何でも、その『ジェグドラント伯爵家』そのものが封印として必要なものなのだそうだ。しかし、今彼らはこの要塞にいる。帝都ロギノスから逃げて来ざるを得なかったそうだ。つまり、ここの連中の考えでは、帝都ロギノスでは『死の呪い』が蔓延しつつあるということだ」
「その『死の呪い』というものがよくわからん。一体何が起きるというのだ。俺が聞いたところでは、恐ろしい宇宙的災害が起きたともいう。帝都だけの災厄で済む話ではないと言うのだ」
「それについて、もう少し調べたいのだが……」
と、アルトラス・ヴィルは言った。
その事象自体がかなり古いことなので、要塞にいるナンヴァル人やタレス人に聞いても確実なことを知っている者はほとんどいない。ただ、言い伝えが残っているということしかわからなかった。
彼らが銀河帝国の高位の軍人であると言うことは公然の秘密なので、誰でも知っておくべき情報は入るのだが、この件についてはあちこち探りを入れてもあまり情報は得られなかった。タレス人のタリア・トンブンなどはジル星団の種族なので、それほど敵視されてはいないのだが、注意はしているようだった。
しばらくヘイダール要塞を留守にしていた要塞司令官の副官を務めるリーリアン・ブレイス少佐が惑星ゼンダから戻って来たのはきっちり予定通りの日時だった。ホランド・アルガイの商船で出港してからおよそ一週間が経っていた。
「航行は全く何の支障もなかった。あのジャンプ・ゲートと言うのは本当に便利なものだ。ワープ航行よりも一段と早く付くのだからな」
と、ホランド・アルガイは上機嫌で言った。
「帝国の連中には気づかれなかったのかい?」
「もちろんだ。帝国の辺境の惑星をあちこち商売して動いたが、その後真っ直ぐに惑星ゼンダに戻ってきた。仕入れをしてから帝国の領内に戻ると言って出港し、ワープ航行の途中にあるジャンプ・ゲートを使って惑星ゼンダに戻り、そこでブレイス少佐を拾ってジャンプ・ゲートを使ってヘイダール要塞に戻って来たんだ」
「長い間留守にして、申し訳ありませんでした」
と、ブレイス少佐は言った。
「それで、御父君はどうしたんだい?」
と、ディポック提督が心配して聞いた。
「それが、うまく行かなかったのです。要するに失敗してしまいました」
と、肩を落としてブレイス少佐は言った。
ダールマン提督は黙っていた。彼は、ブレイス少佐に護衛として付いて行ったダルシア人の霊であるヴォルガスと話をしているのだ。バルザス提督もブレイス少佐よりは彼女、ヴォルガスの方を見ていた。司令室の中でヴォルガスの姿を見ることが出来るのは他に、バルザス提督とディポック提督、タレス人のタリア・トンブンとアリュセア・ジーン、そしてブレイス少佐だった。
そんなダールマン提督をクルム司令官代理はじっと見ていた。
「ダールマン提督は誰かと話をしているように見えるが、卿にはわかるだろうか?」
と、彼はディポック提督に聞いた。
「司令官代理には見えませんか?ええと、おそらくあれはダルシア人の霊だと思うのですが……」
「ディポック提督には見えるんですか?」
と、驚いたようにブレイス少佐が言った。
「見えるよ。ずっと少佐の警護をしてくれていたんだよね。おかげで無事に戻って来られたのだと思う。彼女には感謝してもしきれない」
それが聞こえたのか、ヴォルガスはディポック提督の方を見た。
「こっちを見た。話が聞こえたのかな……」
竜の姿をしたヴォルガスは、大きさは人間ぐらいのサイズに見えた。というのも、霊体なので大きさは自由にできるからだ。司令室の中で本来のダルシア人の姿になっては大きすぎるのだ。
「ブレイス少佐。ヴォルガスから話は聞いた。惑星ゼンダの総督に付いている君の父親の霊はもう少し時間を掛ける必要があると思う。そうすれば、うまく行くのではないだろうか」
と、ダールマン提督は言った。
「でも、どうしてでしょうか。私が戻る前には父が死んだ頃の恨みや心残りはもうないと言っていましたのに」
これで任務も完了すると勝手に思い込んでブレイス少佐は喜んでいたのだ。だから、父が総督から離れようとしないことに失望を禁じ得なかった。任務の失敗と言うだけではなく、父や総督に対しても申し訳ないことをしたと考えているのだった。
「私が考えるのに、彼の心残りは、おそらく少佐だけになったのだろう。彼と総督との共通点は娘を思う気持ちだ。そこのところがリューゲル・ブブロフ総督の思いと一致してしまうのだ。総督にはかつて娘が居たはずだ。その子は銀河帝国と新世紀共和国の艦隊戦に巻き込まれて母親と共に亡くなっている。総督もその娘のことが心残りなのだ。忘れられないのだ。だから、もう少し時間がかかるだろう」
「でも、生きている人間に死んだ霊が憑いているのは良くないと。大いなる罪になると聞きました」
それは惑星ゼンダに行くときにダールマン提督やバルザス提督から聞いたことだった。同じことを惑星ゼンダでもダルシア人のヴォルガスから聞いているのだ。だからこそ、今回の任務の失敗に落ち込んでいるのだ。
「まあ、それはそうだが無理に引きはがすことは誰にもできないのだ。一旦は引きはがしても、すぐに戻ってきてしまうからもう少し様子を見た方がいい。それに、君の父君が総督に何か悪しきことを吹き込むことももうなさそうだから……」
「それはそうですが……」
惑星ゼンダでは、未知の宇宙種族によるゼンダ住人の拉致騒ぎがあった。その時からブレイス少佐はなぜかリューゲル・ブブロフ総督に協力することになってしまったのだ。もちろん、総督に彼女の父親が憑依していることも原因としてある。その父親を連れて帰ることが今回の任務だったのだ。
ブレイス少佐の父親は元新世紀共和国の軍の高官だった。まだ銀河帝国との戦争末期、クーデターを起こして政権を奪った。しかしそれは長く続かず、追われて仲間と共に自殺してしまったのだ。その父親が惑星ゼンダの総督に憑いて、生前の恨みを晴らそうとしているという情報がリドス連邦王国から寄せられた。そのため、実の娘であるリーリアン・ブレイス少佐が急遽ゼンダへ行くことになったのだ。
任務は失敗し、その上ホランド・アルガイが迎えに来るまで、惑星ゼンダの総督邸に厄介になっていたのだ。そこなら、誰も彼女を探しに来ることはないので安全だと言われたためでもある。それについ甘えてしまったことをブレイス少佐は心苦しく思って居た。
「まあ、何もなくてよかった。もし身元がばれたら大変なことになっただろう。だからこそ、君の父親は総督から離れようとしなかったのかもしれない」
と、バルザス提督は慰めるように言った。
「要するに、惑星ゼンダの総督はブレイス少佐の味方になって、帝国軍から彼女を隠していたということか?」
と、クルム司令官代理は言った。
彼にしてみれば、総督の行為は反逆ともとれるものだった。一人の娘に固執して、味方を欺いたからだ。
「そう言う見方もあるだろうが、それだけではないだろう。未知の種族に出会ったそうだが、連中を退けるのにアルフ族の残した武器を使ったり、その種族の宇宙船を破壊するのにアルフ族の力を使ったことを、部下にどう説明するのだ?それにブレイス少佐の協力がなければ、惑星ゼンダの住民や帝国軍もどうなったかわからない。彼らが忽然と惑星ゼンダから消え失せて、それさえも他の連中が覚えていないとしたら、本国にどう報告するのだ。妄想を報告してきたと思われるだけではないか……」
そうなる可能性は大だったと、ダールマン提督は考えていた。ただ、問題は惑星ゼンダのどこかに潜伏していると思われる未知の宇宙人の存在だ。数も分からないし、どうも危険な能力を持っているようだからだ。
「まあこのことは秘密にしても、何かまた同じようなことがない限り、リューゲル・ブブロフ総督は味方にも我々にもそれを知らせることはあるまい」
「だが、……」
まだクルム司令官代理は納得できなかった。彼にしてみれば裏切られたような気分を味わっているのだ。それでも、今回の件を部下に話をしたとしても、もちろん側近だけにしても、果たして理解が得られたかどうかは疑わしいことはわかる。
彼が銀河帝国の皇帝であると言うことは、司令室の中でもディポック提督やノルド・ギャビ、それにガンダルフの五大魔法使いと元ダルシア人で現在はタレス人のアリュセア・ジーンやタリア・トンブンしか知らないのだった。この時ブレイス少佐はそのことを聞いていない。
「仕方がないことだ。確かに判断を下しているのは総督自身だが、やはりブレイス少佐の父君の影響も完全には払拭することはできない。だが、リューゲル・ブブロフ自身がもう完全に支配されているわけではない。」
「それはわかっている」
「私が思うに、リューゲル・ブブロフ自身の帝国や皇帝への忠誠心が足りないわけではあるまい。非常の事が起きたのだ。非常の事で対処しただけではないか……」
部下に秘密を持たれることは気分の良いものではない。それを知っていなければまだしも、それを知ってしまったことが問題なのかもしれない、とクルム司令官代理は思った。ただ、もし自分がその立場だったらと考えられないような人間ではなかった。
「では、聞きたいのだが、惑星ゼンダは妙な種族を退けたのだから、もう安全だと言えるのか?」
「さあ、それはどうかな。今回撃退された連中は来ないだろうが、グーザ帝国のような連中はまだそれほどの目に会ってはいないだろう。それに、必要性が違う。グーザ帝国はあの結晶鉱石が無ければ、エネルギーが不足してしまうのだ。まだ他のエネルギー源についてはそれほど探索してはいない」
「連中には核融合の技術はないのか?」
「彼等もまた、核戦争を経験しているのだ。それも我々よりももっと酷いものを経験している。だから懲りてしまったのだ」
「しかし、それは連中にとってもかなり昔のことになるのではないか?」
「所謂禁忌というモノに成っているのだ。これを無くすことはかなり難しい。だが、こちらの銀河で普通に使っていることが知れ渡れば、多少は変わって来るかもしれん」
だが、それには時間がかかるし、グーザ帝国と話をする、つまり交渉や会談をするような関係まで行かなくては不可能だろうと思えた。
398.
ヘイダール要塞の拘置所に、捕まったゼノン人の魔術師士官ガイゼンダ・ギイル大尉が収容されていた。重傷を負ったナンヴァル人の魔術師は医療室の方へ運ばれ、まだここへは来ていなかった。他に数人のナンヴァル人の魔術師もいた。彼らは艦隊が本国に対して反逆の意志を固めたことを納得しなかったのだ。普通の兵士たちは艦隊がマグ・デレン・シャ側に付いたことを聞き、それに納得して自分の艦へ戻って行った者がほとんどで、拘置所に残ったのは数人に過ぎなかった。
「随分と、妙な連中が増えたものだわ……」
と、牢格子から見える範囲で眺めていたファーダ・アルホ(レイム)が言った。
彼女はロル星団の惑星ゼンダに居たので、ジル星団の種族のことはよく知らないのだった。彼らはちらりと興味なさそうに彼女を見ただけで、人間族の女など無視していた。ここに居ることに飽きていたファーダ・アルホは珍しそうに彼らを見ていた。
扉の開く音がして、ジェルス・ホプスキン刑事がやって来た。一緒に来たのはアリュセア・ジーンだった。
「どうだ?何か話す気になったか?」
ジェルス・ホプスキン刑事は要塞の司令室の者達に頼まれた殺人事件の捜査の他に、ファーダ・アルホについても調査をしていた。こちらは彼のライフワークとでも言うべきものだったから、時間が取れればいつもここへやって来ていたのだ。それに今回はアリュセア・ジーンが一緒に付いて来てくれた。彼女は強力なTPを持っていると言うことだったから、彼の尋問の役に立つはずだった。
「変な連中が増えたようね」
牢の中に飽きたのか、珍しくファーダ・アルホは多弁になっていた。
「奴らは、ヘイダール要塞を襲撃してきた。そして、捕まったのだ」
「一体どこの種族なのかしら。見たこともないわね」
「彼らは竜族だと言うことだ。ジル星団の種族で、人間よりも強靭な体を持っているそうだ」
「ふーん。古くからいる種族の一つなのかしら……」
「ダルシア人の次に古い種族だと聞いた」
「へえー……」
噂には聞いたことがあった。ジル星団にはゼノン人とナンヴァル人という竜族がいるというのだ。彼らは仲が悪く、度々騒動を起こしているのだとファーダ・アルホは聞いたのだ。向かいの幾つかの牢の中をよく見ると、確かにひとりだけ違う者がいた。
「で、何の用なの?また同じことを聞きに来たの?無駄よ無駄。私は何もしゃべらない。何も知らないもの」
「もし、全部話をすれば、刑の減刑についてなら考えてもいいだろう」
本当なら減刑も嫌なのだが、それを言ってはこれまでしてきた捜査が無駄になるとジェルス・ホプスキン刑事は思っていた。これは彼の最大の譲歩でもある。
「ふん。それで、あと何十年入っていろというの?」
「まあ、三十年ほど減刑しても構わないだろう」
「へえー、そうするとあとどれくらい残るのかしら?」
「そうだな、あと二百年ほどだな」
「何よそれ、喧嘩を売りに来たの?」
「だが、内容にもよる。大したことじゃなければ、その程度だが、もっと価値のある情報なら、逆にしてもいい」
「逆にしたって、三十年も喰らうのでは同じだわ」
「聞いたところによると、お前はかなり長命な種族ではないのか?二百年など、大したことではあるまい」
「何を聞いたのか知らないけれど、いくら何でも何万年も生きる種族など聞いた事がないわ」
「つまり、あなたもそろそろ寿命が来そうだということかしら?」
と、突然アリュセアは言った。
ダルシア人でもバウワフルについては、わからないことが多いのだ。それでも、リドス連邦王国によってバウワフルの母銀河が発見されたので、これから調査が進むだろうと思われた。
「な、何なのこの人」
「彼女は私の相棒だ。要塞での仕事で協力してくれている」
「刑事じゃないの?」
「刑事ではない。私の仕事の協力者だ」
「つまり、特殊能力者と言うわけ?もしかして、タレス人なの?」
「まあ、そんなものだ」
元新世紀共和国では銀河帝国と同じく特殊能力者の存在などないとされているが、彼らの存在と彼らが治安当局に協力することは公然の秘密だった。普通の一般市民よりも犯罪に関わった者の方がそのことをよく知っていた。
「特殊能力者だとしても、私に何かできるとは思わないことね」
と、自信ありげにファーダ・アルホは言った。彼女はアリュセア・ジーンがタレス人であるが元ダルシア人だと言うことはまだ知らない。
「でも、あなたは特殊能力者ではないでしょう?」
「そうよ。でも、それに対処する方法は経験で知っているのよ」
それはバウワフルが故郷の銀河から持ってきたものだった。ある物質を使って、特殊能力者のような力を使うことが可能になるのだ。それについては、かのダルシア人でさえ、あまり知らないはずだった。バウワフルの秘中の秘儀なのだ。
「わかった。だが、気が変わったら、言うんだな」
「そうね」
ジェルス・ホプスキン刑事とアリュセア・ジーンが出て行ってしばらくの間は、誰も何も言わなかった。いつものように看守が夕食を配った後、それは起きた。
「お前は、人間とは違うのか?」
と、向かいの牢の中の竜族の一人が聞いて来た。
彼は一人だけ種族が違う竜族で、他の者とは口を聞こうとはしていなかった。
「私に聞いているの?」
「そうだ。お前は人間の女ではないのか?」
「見てくれはそうだわ。でも中身が違うのよ」
「昔の言い伝えに、人間の中に寄生するという恐怖の種族が遠い銀河からやって来たという話がある。もしかして、それがお前なのか?」
「さあ、どうかしら。でも、そうだとしたら、どうだと言うの?」
「その種族が来て後、その恐ろしい性格が判明して、かのダルシア人がふたご銀河の種族に寄生することができないように、我々の遺伝子を変えたと聞いている。そいつらが我々に寄生すると長く生きられないようにしたと言われているが、本当のことなのか?」
「まったく、とんでもないことをしてくれたものだわ。おかげで、どれだけの仲間がその犠牲になったことか。我々の母銀河から来た仲間の過半数がそれでやられたのだ。どれだけ我々があのダルシア人を憎んでいるかしれない。けれど、そのダルシア人もとうとう滅びたと聞いたけれど、あなたは知っているのかしら?」
「確かに、ダルシア人は死に絶えた。だが、本当にいなくなったのかはわからん。彼らの考えでは、死んだとしても霊として、別の次元の世界では存在しているというからな……」
「それは、何のことなの?死んでしまえばおしまいじゃない。だから、我々は他の種族では不可能なほどの長命を保つように遺伝子を改変したのだわ」
「だが、ダルシア人には勝てなかったのだな」
「先に滅んだのは、ダルシア人よ。勝ったのは我々の方だ」
「お前は我々の知らない知識や力を知っているようだな。どうだ、俺と仲間にならんか?」
「何ですって?」
牢の中からファーダ・アルホは竜族の一人を見た。竜族は人間の水準ではとても美しいとは言えない姿をしていた。だが、あのジェルス・ホプスキン刑事が言うように体が人間よりも強いのだろう。これまで、人間の女に寄生してきたが、牢の向こうの竜族に寄生するのも面白いかもしれない。ただ、この竜族にバウワフルを殺す遺伝子が存在する限りそれは無理だろう。
「無理だわ。お前には我々を殺す遺伝子が組み込まれているはずだわ。あの憎きダルシア人によってね」
「それを無効にできるとしたら?」
と、驚くべきことをゼノン人の魔術師ガイゼンダ・ギイル大尉は言った。
その言葉を自分たち以外の種族から聞くのはファーダ・アルホに取って初めてだった。ダルシア人がバウワフルを排除する方法が伝染病ではなく遺伝子によるものであったと知ったのは、多くの仲間が死んだ後だった。ロル星団では科学技術の発達が遅く、遺伝子の研究ができるようになった頃には彼女の仲間は最初にやって来た時の過半数を割っていた。その間は経験でその遺伝子が欠損したと思われる人間を探すしかなかったものだ。
その研究に着手した仲間もいたが、ダルシア人のやり方は巧妙でその遺伝子の発見はなかなかできなかった。その遺伝子が無効にできるとこのゼノン人の魔術師は言っているのだ。




