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ふたご銀河の物語  作者: 日向 沙理阿
85/153

ダルシア帝国の継承者

393.

 ゼフィア・シノン中尉はリドス連邦王国宇宙艦隊に所属しており、駆逐艦マルカイダ号の航宙士だった。歳は若干二十歳。まだうら若き女性士官だった。

 駆逐艦マルカイダ号はリイル・フィアナ提督の艦隊に所属していた。従って、リイル・フィアナ提督がヘイダール要塞に来て以来、ずっと要塞の周囲の警戒に当たっていた。グーザ帝国の襲撃事件以降、要塞の駐機場でリドス連邦王国の艦の整備をする環境が整えられた。そこでマルカイダ号の番になったので要塞に来ていたのだ。

 最初は何か耳鳴りのような音が聞こえていた。それが、何かの呪文ではないかと思った途端、ゼフィア・シノン中尉は目の前にダルシア帝国の光景が浮かび上がった。まるでスクリーンの映像を見ているようだった。そして、そこにかつての自分が、ダルシア人だった自分がいることを知った。

 自分がかつて人間ではなくて、竜――ドラゴンだったと言うことは驚きだったが、受け入れられない程ではなかった。というのも、リドス連邦王国では人間は死んでも生まれ変わるということは当たり前だったからだ。それに、たまに非常に稀なことではあるが、他の惑星種族との間にも生まれ変わりがあるということも聞いていたのだ。

 周囲にはリドス連邦王国の仲間がいたが、誰もそれに気づいた者はいなかった。魔法使いや特殊能力者、それに技術士官はヘイダール要塞の工事で出払っていた。少なくともゼフィア・シノン中尉はそれまでは、特殊能力があることを示したことはなく、また魔法も素人同然であった。

 最初に彼女が感じたことは、懐かしさだった。その風景が人間の彼女にとってはかなり荒んだ風景だったにも関わらず、とても懐かしく思えたのだ。その懐かしさはかつてそこで暮らしたことが有ると言うことだと彼女は気づいた。風景に出てくる人間と比べたら巨大なドラゴン達は、皆友でありライバルであった。しかし、そこには親や兄弟はいなかった。ダルシア人には家族はない。ドラゴンは皆個として独立した存在であった。それに寿命も長く、それが優れた知識の蓄積を有利にしていた。

 ゼフィア・シノン中尉は長い間ダルシア人として何度も生まれ変わって来たが、今回初めて人間として生を受けたのだ。それは、母国でダルシア人の子孫を残すことが出来なくなってしまった所為だった。

 ダルシア人は元々、若い時に多くの卵を産んで、そこから孵化した中で強い生命力を持った者だけが成長し、成人するのが慣習だった。だからこそ、ダルシア人は強靭だったのだ。しかし、科学技術が発達した結果、人工の孵化器の中で生まれ育ち成人するようになった。その方が楽であったからである。その結果、ある時人工孵化のための精子に欠損が生じ、種族としての生存が難しくなったのだ。

 所謂ダルシア人と言うのは他の種族では女性にあたり、卵子についてはいくらでも余裕はあった。男性のダルシア人は女性のダルシア人よりも体格が劣り、弱かった。そのため、いつしかダルシア人の性は女性だけになってしまったのだ。そうした理由もあって、人口の孵化技術が発達したのである。ただ、精子を取るために男性を孵化させることもあったが、その精子自体がゼノン帝国艦隊の攻撃で失われてしまうということが起きたのだ。

 その頃には、ダルシア人はすでに自力で卵を産む能力を失っていた。長い間、機械装置に任せて来た結果である。

 次代の子孫を残せなくなったと分かったダルシア人は、別の種族に生まれ変わることを考えた。ジル星団にはダルシア人の他に多くの種族が居たからである。だが、ダルシア人のように強靭な種族はいなかった。

 そこで、人間と竜の間となる竜族なる種族を作ってみた。それが、ゼノン人とナンヴァル人である。それぞれ、人間よりも強い肉体を持っていたが、出来てみると、彼らの多くはダルシア人に劣等感を感じる種族となってしまったのだ。竜族として人間よりも優れているが、ダルシア人と比べれば、その力の差はいかんともしがたいものだったからだ。ダルシア人としては、人間に生まれる前の練習期間のようなものと考えていたのだが、竜族として生まれてくると、なかなかそうは考えることができなかったのだ。返って、竜そのものであるダルシア人に生まれ変わりたいと言う望みを持つようになってしまったのだ。それでは元も子もない。

 そこで、最終的に直接人間に生まれると言うことを考えるようになった。

 ダルシア人の中で最初に人間として生まれた者は、かなり以前に一人いた。その者はガンダルフの五大魔法使いの一人と言われている『エルレーンのエリン』である。人間として生まれた彼女は魔法使いとなり、火竜の化身と言われるほど炎系の魔法が得意だった。長じて後、強力な魔法使いとなった彼女は、魔法の呪文を使って過去世を思い出し、ダルシア人としての知識と力をも自分のものとした。つまり彼女が最初のドラゴン・スレイヤーと呼ばれる者だった。当時はまだその名はなかったが、人間の住む惑星でダルシア人が暴れるようになった時、ドラゴン・スレイヤーという存在を考え、ダルシア人の指導者にそのことを進言したのは彼女だった。

 とは言え、やはりすぐに人間に生まれ変わると言うことはダルシア人にとってはかなりの冒険に思えたので、多くの者たちが人間に生まれ変わるようになったのは、つい最近のことである。その第一陣がアリュセアであった。だからまだ、年長者としても三十代の者しかいないのだ。

 ダルシア人と言っても、様々だった。力の強い者、知識を蓄積するのを好むもの、あるいは罪を犯すものなど、個性は色々だった。その中で人間として生まれてもダルシア人としての力を発現させるのは、それほど多くはいない。

 まずダルシア人としての力が強くなくてはならない。知識も重要だった。それに少なくとも、罪を犯すような者はドラゴン・スレイヤーとしては適していない。逆に罪を犯したものを捕える側の者が成った方がいいと言う考えだった。従って、人間として生まれ変わり、人間の住む惑星の竜であるダルシア人を狩る者になるのは、ダルシア人の治安関係者が多かった。ただ、それには一定の能力や知識を持っていることを前提にしていた。一番重要なのは、正義感である。何が正義であるかを知っていることだった。


 ドラゴン・スレイヤーであることに目覚めたゼフィア・シノン中尉は、アリュセアの指示でマグ・デレン・シャの居るバルザス提督の宿舎へ向かっていた。

 同じ頃、マルカイダ・ルノイから逃れたガイゼンダ・ギイル大尉がマグ・デレン・シャの居る場所へ向かっていた。彼は、彼女の居る部屋を襲撃したナンヴァル人の魔術師から知らせを受けていたのだ。

「こいつは、仲間を呼んだな……」

と、それを察してウル・ガルが言った。

「何だと。他にも魔術師が来ているのか?」

「いえ、ナンヴァルの魔術師ではありません。こちらに向かっているのは、ゼノンの魔術師士官のようです」

「ほう、お前たちにもわかるのか?」

「だが、お前はゼノンの魔術師士官を信用できると言うのか?」

と、タ・ドルーン・シャが言った。

 だが、その答えを聞く前に部屋の中を一陣の風が吹き抜けた。ガイゼンダ・ギイル大尉の得意な風を使った魔法である。

 ウル・ガルはその風に嫌な匂いを感じた。魔術師は自身の魔法を強力に見せかけるために、様々な危険な物質や武器を使うのだ。その風は古い火薬の匂いを運んで来たのだ。火薬など、現在ではどこの国の軍も使わないが、魔術師は別だった。古い時代の兵器や武器は魔術師にとっては扱いやすく、欠かせないものなのだ。

 次の瞬間大きな炎が部屋の中で上がった。火薬を混ぜて炎系の魔法を強化しているのだ。ウル・ガルは防御の魔法の呪文で対抗するしかなかった。

「つっ……」

 うめき声をあげたのはナンヴァル人の魔術師の方だった。ゼノンの魔術師士官は味方が傷つくことなど構わなかった。味方と言っても、長い間敵対してきた種族である。何のためらいもない。しかし、その熱は術者が考えていたよりも早く下火になった。壁の素材であるダルシアン鋼がその熱を吸収したのだ。

「やれやれ、やりにくい素材で作ったものだ」

と、壊れた扉の方から声がした。魔術師士官は巧妙にその姿を隠していた。

「お前が、ゼノンの魔術師士官か?」

と、姿の見えない敵にタ・ドルーン・シャが聞いた。

「そうだとしたら、どうするのだ?」

「ここには、ガンダルフの五大魔法使い『大賢者』レギオン殿がおられるのだぞ」

「それが、どうしたのだ?私には関係ない。それに、いるとしたなら、なぜここに来ないのだ?」

 ゼノン人の魔術師士官は自分の力に絶大な自信をもっていた。これまで負けたことはなかったからだ。彼は軍服の中から瓶を取り出すと、それを周囲に巻きながら呪文を唱えた。

「火よ、炎よ、この部屋の中を焼き尽くせ!」

 瓶から振りまいた液体から炎が立ち上った。

「油か……」

 その時やっと、ゼフィア・シノンが部屋の外に到着した。足を止めた彼女は行く手の方から熱い空気が漏れてくるのを感じていた。そして、熱を感じるように片手を挙げ、前の方に伸ばした。彼女は熱が生じた原因を解析するために手を挙げたのだった。

 原因が分かれば対処はできる。油が燃焼しているのが分かったので、彼女はまずその化学反応を止めることを考えた。ダルシア人なら燃焼するものを別の物質に変えるか、燃焼するものから直接エネルギーを変換して、逆に熱を奪うようにすることも可能だった。もちろんダルシア人は魔法使いではないから呪文は使わない。強い念で直接物質を形作る素粒子よりも、もっと小さな構成因子に働きかけるのである。彼女は後者を選んだ。すると、しだいにその燃焼している場の温度が下がって来た。下がるにつれて、熱が無くなって行く。

「これは、どうしたことだ!」

と、ガイゼンダ・ギイル大尉は言った。

 目の前のナルゼンの魔術師が何か魔法を使ったかと思ったが、彼は防御の魔法で精いっぱいで、他の呪文を唱える暇もなさそうだった。

「お前が、ゼノンの魔術師か?」

と、ゼフィア・シノンは言った。

「これは、人間ではないか。お前はリドスの魔法使いか?」

 相手が人間のまだ若い女性だと知って、ゼノン人の魔術師は眉を潜めた。その人間から魔法の気配がしないからだ。

「私は魔法使いではない」

「だが、私の炎を消したのはお前ではないのか?」

「そうだ。魔法だけが、特別な力ではない。私は、そうだな、お前が知っているかどうか知らないが、昔のジル星団の人間族の惑星ではドラゴン・スレイヤーと言われたものだ」

「ドラゴン・スレイヤー?そんな古いものがまだいたのか?どこの古代遺跡からやって来たのだ?」

 少なくとも、ゼノン人の魔術師士官はその名は聞いたことがあるらしい。だが、実際にそれがどんなものかは知らないようだった。

「警告する。攻撃を止めよ。そして降伏せよ。さすれば、命だけは助けよう」

と、ゼフィア・シノン中尉は無表情に言った。

「ふん。おまえなどに、私を妨げはしまい。できるなら、やってみることだ」

 軍服の中から素早く補助の武器を取り出すと、ゼノンの魔術師士官は床に力いっぱい投げた。コロコロとそれは転がった。そして口から声を出さずに呪文を唱えていた。

「危ない!対人用の自爆弾だ」

 ウル・ガルは魔法の防御シールドに更に力を込めた。魔法で爆弾のエネルギーを防御するにはかなりの力がいるのだった。

 だが、爆弾は爆発しなかった。ゼフィア・シノンは、今度は爆発の反応を止めてしまったのである。

「何だ、不発か?どうやら、ゼノンの武器は品質が悪いらしいな」

「ばかな!」

 ゼノンのガイゼンダ・ギイル大尉は、確かに要塞に来る前に武器の点検は怠らなかった。このいつも使う古い対人用の小型弾もしっかりと確認したのだ。すぐに我に返った大尉は腰から熱線銃を取り、部屋の中のマグ・デレン・シャに向けて引き金を引いた。

 魔法の防御シールドで現実の武器に対する防御をすることはかなりの力を使うことを知っている彼は、先ほどから魔法の防御シールドに力を使っている魔術師の力がそろそろ尽きかけているはずだと検討を付けていた。

「くっ……」

 ウル・ガルは何とか耐え続けた。マグ・デレン・シャから力を貰っても、シールドを構築しているのは彼なのだった。しだいに、防御シールドが弱まって来ていた。

 だが、ゼフィア・シノン中尉はゼノンの魔術師に直接飛び掛かって行った。ゼノン人よりも強い力で熱線銃を奪い取り、魔術師を組み敷いた。あっという間の出来事だった。

「くそっ……」

 思っても見ない相手の力と速度に魔術師士官ガイゼンダ・ギイル大尉は舌打ちした。

「この人間め!」

 だが、ゼフィア・シノンはその言葉に挑発されることはなかった。

「ゼノンの魔術師、さあ、大人しくするがいい」

 だが、彼はまだあきらめてはいなかった。ゼフィア・シノンはTPでそんなこともお見通しだった。ダルシア人の持つ強力な念力で羽交い絞めにすると、中空で宙づりにした。これなら、何もできまいと思ったのだ。それでもゼノン人の魔術師は抵抗を止める気配はなかった。

「ぐっ……」


394.

 ウル・ガルはホッとして魔法を解いた。

「もう大丈夫なのですか?」

と、マグ・デレン・シャは宙づりになったゼノン人を心配そうに見上げて聞いた。

「大丈夫です」

「あなたは、リドス連邦王国の士官なのですか?」

「そうです。私はゼフィア・シノン中尉です」

「魔法使いではないのですね?」

「そうです。でも、私は魔法を使う必要がないということです」

「そう言えば、昔から竜には魔法は効かないという言い伝えがあります。それと何か関係があるのでしょうか?」

「ダルシア人には魔法は不要ということです。それは、魔法や科学技術の根本の真理を理解しているからなのです」

「つまり、魔法と科学とは同じものということですか?」

「そうです。未発達の科学や魔法ではそれぞれがあまりにも異なったもののように思えますが、本当は両者とも元は同じなのです」

「難しいことはわからないが、ともかく危険が去ったことはよかった」

と、タ・ドルーン・シャが言った。

「皆さん、お怪我はありませんか?」

「大丈夫なようです。ウル・ガルが必死で私たちを守ってくれましたから……」

「済みませんでした。力足らずで、私一人では守り切れませんでした」

と、ウル・ガルが言った。

「半端な魔術師としては、なかなかのものでしょう。私は魔法は詳しくありませんが、あなたは白魔法使いの魔法も使えるのですね?」

と、ゼフィア・シノンが言った。

「白魔法使いの魔法は、ガンダルフの魔法使いのレギオンに教えてもらいました。魔術師であった私でも使えるというので……」

 おやっと言う顔を、宙づりのゼノン人がした。身体は動かないが、耳は聞こえるのだ。彼はあのマルカイダ・ルノイの言っていたことを思い出したのだ。

 それはタ・ドルーン・シャやマグ・デレン・シャなども同じだった。

「魔術師に落ちると、白魔法の呪文は使えなくなると聞いたことがあるが、そうではないのか?」

「私は、もうこれからは悪なることに魔法を使わぬことを聖なるナンヴァルの神々に誓って、この魔法の呪文を授けられました。本当は使えるかどうか不安もありましたが……」

「では、魔術師に落ちた白魔法使いでも、また元に戻れるというのか?」

「多分、レギオン殿は何か新しいことを始めたのではないかと……」

「魔術師に落ちたものが、白魔法使いに戻れるということなのでしょうか?」

「それは、不可能ではありません」

と、ゼフィア・シノン中尉が言った。

「それは、リドス連邦王国の考えなのか?それともダルシア人としての考えなのか?」

と、タ・ドルーン・シャが聞いた。

「両方です。我々はどちらも、それが可能だと知っています」

「そんなことがあるのでしょうか?」

と、マグ・デレン・シャは驚いて言った。

 長い年月、白魔法使いが魔術師に落ちたらもう戻れないと言うことが当然だったのだ。それが、戻れるというのだ。これが、ジル星団中のすべての魔術師に知れ渡ったら、彼らはどうするだろうか。


 要塞司令室ではゼフィア・シノン中尉からの報告を聞いて、安堵していた。

「侵入してきた連中はどうするのだ?」

と、クルム司令官代理が聞いた。

「連中を集めて、ナンヴァルの艦隊に送ってやればいいだろう」

と、ダールマン提督は言った。

「侵入者はすべて捕獲したのだろうか」

「それは、まだわからない。だが、いずれ捕まることは時間の問題だ」

「で、例のナンヴァルの艦隊の連中に反逆を勧める件はどうやるのだ?」

「捕まえた連中を使うのも一つの手だが……」

「捕まえた連中だと?兵士や魔術師までいると言うではないか?そんな連中など信用できるのか」

「先ほどのゼノン人の魔術師はマグ・デレン・シャの部屋で拘束したそうだ。その時に、魔術師に落ちたものであっても、再び白魔法使いに戻れると言う話を聞いたそうだ」

「それがどうしたのだ?」

 魔法使いや魔術師のいないロル星団の者達には、それがどんなに驚くべきことなのか想像もできなかった。魔法と言うものがジル星団で存在するようになってこの方、白魔法使いが魔術師になって、再び白魔法使いとなることはできないと言うことは常識だった。逆の例などあったことはないのだ。そのことを聞いたゼノン人の魔術師の顔を見たいものだ、とバルザス提督――銀の月は思った。

「長い間、白魔法使いと魔術師や魔導士は別のものだった。それにまず魔術師や魔導士は白魔法使いになることはできないと考えられてきたのだ。それが今回可能だと言うことを知ったということなのだ」

「だから、それがどうしたと言うのだ?」

「例えはあまりよくないが、白魔法使いというのは魔法を使う者の中でもエリート中のエリートと言ってもいい。普通の人間からの信頼も厚いのだ。だが、魔術師はそうではない。なぜなら、魔術師は魔法を悪なるものに使ったことがあるからだ。一度そうすると、白魔法使いの呪文の力が落ちてくる。そして、やがて使えなくなるのだ」

「白魔法使いの呪文と魔術師の呪文は違うのですか?」

と、ディポック提督は聞いた。

「もちろんだ。白魔法使いの呪文は私が綴ったものだが、魔術師の呪文はその種族の力のある魔術師が綴った物が多い。もちろん、その元は白魔法使いの呪文なのだが、その呪文を一部変えて使うのだ。要するに呪文のまがい物があると言うことだ」

「それにしては、かなり効果のある呪文のようだが……」

 ゼノンの魔術師については、これまで要塞でも色々やられたからだ。それを考えると、まがい物と言ってもかなり効き目の有る呪文のようにクルム司令官代理には思えた。

「物を壊すと言うことにおいては、かなりの効果があるのは確かだ。だが、逆のことは難しくなる」

「それは例えば、怪我や病気を治すと言う魔法のことですか?」

「それもある。それに攻撃を防御する魔法の呪文もある」

「それで、どうやるのだ?捕まえたナンヴァル人達を使うのはいいが、あまり時間を掛けるのはどうだろうか?」

 現在要塞の外のナンヴァル連邦の艦隊はアルネ・ユウキの炎系の攻撃を受けて、動きが取れないようだった。だが、それはヘイダール要塞に兵士を潜入させるためにそう思わせているともとれるのだ。潜入作戦が失敗したと判断したら、別の攻撃を仕掛けてくる可能性がある。だからその前にこちらが仕掛けなければならない。要塞に侵入してきた連中を捕まえ、説得して使うにはあまりにも時間が掛かるのだ。

「わかっている。だから、それについては、今アリュセアとタリアが下準備をしている」

 タレス人の二人は立ったまま、目を閉じていた。かなり集中の居ることをやっているようだった。

「さて、いいわ。準備ができたわ」

と、タリア・トンブンが目を開けて言った。

「私の方もできたわ」

「よし、アルネ・ユウキ少佐、攻撃は止めていいぞ」

と、ダールマン提督――レギオンは言った。


 ナンヴァル連邦第三艦隊の旗艦では、突然攻撃が止んだことに安堵するよりも警戒の念を強くしていた。

「次には、もっと強い攻撃を仕掛けてくるつもりではないでしょうか?」

と、副官のタ・フォールン・シャ少将が言った。

 最初は遠くの方で声がするように思えた。それがはっきりとした音声で聞こえて来たのは、気になってその音声に集中したからでもある。

(ナンヴァル人に告げる……)

と、聞こえて来たように思えた。

「何か聞こえてきませんか?」

(ナンヴァル人に告げる……)

 それは先ほどよりも大きなって聞こえた。そしてそれは、音声ではなく心の中に聞こえてくることがわかった。それは耳を塞いでも聞こえてくるからだ。

(ナンヴァル人に告げる……。お前たちはマグ・デレン・シャを暗殺しようとした。誰が仕掛けたのか知っているか?)

 それを聞いて、副官のタ・フォールン・シャ少将は慌てた。これを他の連中が聞いたらどうなるだろうか?マグ・デレン・シャは単なる惑星連盟大使、次期大調整官候補ではなかった。司祭階級出身ではあるが、彼女は多くの階級の者達に敬愛されている存在なのだ。

「これは、一体何事でしょうか。何処からこのようなことを仕掛けているのでしょうか?」

「そのようなこと、わかっているではないか。あの要塞にいるガンダルフの魔法使いに決まっている。TPの使い手を呼べ!TPのブロックをするのだ!」

「ですが、これは我々だけに聞こえるのではないのではありませんか?おそらく、この艦隊中の者達の元へ同じことを送っているのではないでしょうか?」

「な、何だと……」

 ナンヴァル連邦では魔法使いと特殊能力者は別物だった。重なる者は稀である。それにTPというのは念力と同じく魔法使いや特殊能力者だけの能力ではなく、誰でも持っているものとされていた。だから、TPブロックはやろうと思えば誰でも可能なはずだが、実際にTPブロックが出来るのはそれなりのTPを持ち訓練された者だけだった。普通はできない。だが、聞こえてくるTPはだんだん強力になり、とてもTPブロックが可能とは思えなかった。それに、もっと重大なことは、TPで告げられることは事実であるとする習慣がナンヴァルにはあることだ。TPでは嘘を付くことはできないとされていた。

(ナンヴァルの新大調整官は、マグ・デレン・シャの暗殺指令をゼノン人の魔術師士官に出した)

 聞こえてくるTPのメッセージに、ウル・ヴァトラス・ナン提督は青くなった。

「どうやら、ゼノン人の魔術師士官は任務に失敗したようですね」

「そのように落ち着いている場合ではないわ。我々だけではなく、他の連中もこのことを知ったらどうなるか!」

と、色を成して提督は怒鳴った。

 今更そのようなことを言ったところで、もう遅いだろうとタ・フォールン・シャ少将は思った。どんなに忠実なナンヴァルの軍人であっても、こんなことを知ったら黙ってはいないだろう。軍の命令だと言っても、例え大調整官閣下からの命令だと言っても聞きはしないだろう。逆に艦隊中の士官や兵士が提督に抗して立ち上がる可能性が大きい。しかも、現提督は皆の信頼を受けるには力量不足だった。若いと言うことだけではなく、艦隊の中には多少の政治的興味を持っている者や、ある程度事情を知っている者もいる。新大調整官になってからのナンヴァル連邦の混乱を憂えている者も多いのだ。

「そう言うことか……」

「何だ?」

「ガンダルフの魔法使いは老練です。若く見えたとしても、彼らは魔法使いの最長老なのです。おそらく、彼らはナンヴァルの現在の状況を知っていて、このことを仕掛けて来たのでしょう」

「つまり、反逆を仕掛けて来ているというのか?」

「他に何があるのですか?」


395.

 その時、旗艦司令室の扉の外から大きな音が聞こえて来た。

「大変です。士官や兵士たちが、怒って扉の前に集まって来ています」

「警備兵はどうしたのだ?」

「彼らもその中に一緒に混じっているのです」

「任務を放棄したというのか?」

「あのようなメッセージを聞けば、そうなっても仕方がありません」

と、通信員が責めるように言った。

「何だと!」

「私もそこまでするとは思いませんでした。これは間違っています。あのマグ・デレン・シャ閣下を暗殺するなど、許されることではありますまい」

「……、こ、交渉だ、外の連中と交渉をするのだ。タ・フォールン・シャ少将!」

「しかし、それが可能でしょうか?」

 見ると司令室の中でも士官たちは提督や副官に咎めるような視線を向けているのだ。

 この作戦そのものが、新大調整官閣下から極秘に受けた命令だった。決して他の者に漏らしてはならないと口止めされていたのだ。大調整官もマグ・デレン・シャ自身の人望は心得て、恐れていたのだ。それが先ほどのTPで作戦の目的が明らかにされてしまったのだ。

「何を考えているのだ!あのTPはどこから来た者かもわからんではないか。それなのに、信じるというのか?」

と、大声でウル・ヴァトラス・ナン提督は怒鳴った。

 しかし誰もその言葉を信じる者はなかった。

「あの潜入部隊の中にゼノン人の魔術師士官が混じっていたことは、すでに皆知っています。どう言い訳すると言うのですか?」

と、若い一人の士官が冷静に言った。

「何だと!」

 ナンヴァルではゼノン人の魔術師士官の悪名は高かった。その任務は、大抵ナンヴァル人の高位者の暗殺や拉致がほとんどを占めていたからだ。その上彼らはナンヴァルの白魔法使いですら、簡単にあしらうほどの魔力を持っていた。魔術師士官に狙われたら助からないのだ。

「お前たちは、我々に逆らうというのか?お前たちは軍人ではないのか?軍人であるのにこの艦隊の指揮官である提督の命に背くというのか?」

「ナンヴァルにはもう正義はないのでしょうか?」

と、ひどく落ち着いた声でその若い士官は言った。

「あの新しい大調整官は正義というのをご存じない様だ。このようなときは例え上官と言えども、その命に従うことは正義に反することです。ナンヴァルの古き建国の神々はどうお考えでしょうか?どちらを正義と思われるでしょうか。他国、いえ長年敵国として対峙してきた連中の手を借りて、我が国の大切なマグ・デレン・シャ様を殺すなど、どんな言い訳も通じますまい」

と、別の士官が言った。

「この者達を捕えよ!命令違反である」

と、ウル・ヴァトラス・ナン提督は命じた。

 だが、誰も動かなかった。副官である、タ・フォールン・シャ少将でさえも動かなかった。

「タ・フォールン・シャ少将、なぜ動かない。お前は我々の側ではないのか?」

「私は確かにナンヴァルの神々とナンヴァル連邦政府に忠誠を誓っております。しかし、もし、どちらかを取れと仰られるのであれば、私はナンヴァルの神々を取るしかありません」

「何だと!」

「ナンヴァルはナンヴァルの神々によって作られた国です。ナンヴァル連邦政府よりも私にとっては上になります。これはナンヴァルの多くの国民が同じように選ぶでしょう」

「何を言っているのだ。お前はこれまで何の反対もしなかったではないか。軍の少将の地位にありながら、そのような答えは言うべきではあるまい」

「私は軍法会議も覚悟しております。そうなった場合は、私はナンヴァルの神々に誓って、新大調整官の間違いを進言するつもりです」

 わなわなと震えながら、ウル・ヴァトラス・ナン提督は周囲を見回して、自分の味方となるものがいないことを悟った。

「こんなことをしておいて、大調整官閣下に対する反逆だ。裏切り行為だ。決して許されることではないぞ!」

と、彼は吐き捨てた。

 タ・フォールン・シャ少将は非常時の宣言をし、司令室内でマグ・デレン・シャの暗殺を命じた提督を拘束した。そして司令室の扉を開け、押し寄せて来た将兵にこの事実を知らせ、旗艦の秩序の回復を図った。


「他の艦の動向は?」

と、タ・フォールン・シャ少将は通信士官に聞いた。

「他の艦でも騒ぎが起きているようです。ですが、そろそろ大勢は決まってくるでしょう。これからどうしますか?」

「そうだな。ヘイダール要塞と通信を再開する。マグ・デレン・シャと話がしたい」

「それは構いませんが、向こうが信用するでしょうか?」

「ふん。ガンダルフの魔法使いがこのようなことを我が艦隊に仕掛けて来たのだ。結果を知りたいだろう」


「ナンヴァル連邦の旗艦から通信です」

「私が出る」

と、クルム司令官代理が言った。

「こちらは、ナンヴァル第三艦隊旗艦のタ・フォールン・シャ少将である。マグ・デレン・シャ閣下と話がしたい」

「マグ・デレン・シャ閣下と話をしたいというのか?お前たちは彼女に暗殺者を差し向けたのではないか。それなのに、何の話をしようというのだ?」

「それは違う。暗殺者を向かわせたのは私ではない。あれは残念ながら新大調整官閣下からの命令だと聞いた。それを知って、我々は第三艦隊の提督に反旗を翻したのだ。その命令は大調整官から提督へ極秘に伝えられたもので、第三艦隊の者達はすべてそれを肯定したわけではない。現在提督は拘束した。命令についてはどうにもならないが、我々第三艦隊の将兵はその命令を遂行するのを拒むものである。従って、第三艦隊は前惑星連盟大使マグ・デレン・シャ閣下の足下に入りたいのだ」

「その話を信用しろと言うのか?」

「そちらにはガンダルフの魔法使いがいるだろう。彼らなら私の話を信用するだろう」

 クルム司令官代理はダールマン提督を見た。

「ま、大丈夫だろう。連中は大体は信用できるだろう。どちらにせよ、連中についてはアリュセアやタリアにTPで真偽を確認してもらうつもりだ」

「ですが、艦隊の反乱と言うのはあまり喜べませんね」

と、ディポック提督は言った。

「私は単に事実をナンヴァル人に知らせただけだ。特に反逆を勧めたわけではない」

「わかっていますが、彼らはこれからどうなるのですか?」

「それを決めるのは、マグ・デレン・シャだ。ここまでは連中が決めた。後はマグ・デレン・シャに決めてもらうしかないだろう」

「あなたは何を望んでいるのですか?」

「そうだな。できれば、ナンヴァル連邦が昔通りの神聖政治をする国となって欲しいと考えている」

「神聖政治?ナンヴァル連邦は神聖政治の国なのか……」

「おや?知らなかったのか。ゼノン帝国は普通の帝国だが、ナンヴァル連邦は神の国を理想として作られた国なのだ」

「いや、しかしそれはいくら何でも……」

「ナンヴァル連邦は建国以来神聖政治をして来た国だ。別に不思議でも何でもない」

 ダールマン提督の言葉に要塞司令室の者達は、半ばあきれていた。ロル星団では神聖政治の国など、遥か昔の話でしかない。古い昔の遅れた政治としか思えなかったのだ。何しろ現在は帝国と共和国がせめぎ合っているからだ。


 マグ・デレン・シャはナンヴァル艦隊の話を聞いて、すぐさま要塞司令室にタ・ドルーン・シャやゼフィア・シノン中尉とともにやって来た。

「これはどういうことなのですか?ダールマン提督、いえガンダルフの魔法使い『大賢者』レギオン殿、あなたはナンヴァル連邦の艦隊に反逆を勧めたのでしょうか?」

と、マグ・デレン・シャにしては珍しく責めるような口調で言った。

「いや、私は反逆を勧めもしないし、唆してもいない。ただ、事実を彼らに知らせただけだ」

「本当にそうなのでしょうか?」

「それは本当だ。私が保証する」

と、クルム司令官代理が言った。

「わかりました。あなた方を信じましょう」



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