ダルシア帝国の継承者
391.
ヘイダール要塞は転送装置を使ってのナンヴァル連邦の兵士たちの侵入に、震撼した。
彼らはナンヴァル連邦の旗艦に据え付けられた転送装置でやって来た。彼らはこの転送装置に一種の改良を施しており、これまでの転送装置とは違って、出現する場所にこの転送装置がなくても目的地に送れるようになっていた。ただ、どこにでも送れるのだが、戻ることはできなかった。なぜなら、ヘイダール要塞の方では転送装置がどこにあるかどうかわからなかったからである。
侵入者はほとんどナンヴァル連邦の兵士だったが、数人の魔術師が混じっていた。
ナンヴァル連邦は正当な白魔法使いの系統だった。しかし最近はゼノン帝国から魔術師の影響がかなりあり、伝統的な白魔法使いが魔術師に落ちることが多くなっていた。そして、それを新大調整官は歓迎していたのである。
魔術師は白魔法使いに比べて、人を傷つけることを躊躇わない。だから、軍が兵士として使い易いのだ。
「ナンヴァル連邦の艦から兵士や魔術師が要塞に侵入して来たようです」
と、バルザス提督の宿舎にいたナルゼンの魔術師ウル・ガルが言った。
まだこの部屋までは来ていないが、いずれ現れるだろうと、バルザス提督――銀の月は仲間の魔法使いや魔術師だけにわかるように密かに知らせを送っていた。この部屋には他に、銀河帝国の提督が二人とグーザ帝国の捕虜が三人、それにナンヴァル人が三人とナルゼンが二人いた。彼らには単に敵に侵入されたのだとしかわからなかった。その目的はまだわからなかったからだ。
「ナンヴァル連邦の魔術師だと?」
タ・ドルーン・シャが驚いて聞き返した。彼にとってナンヴァル連邦には白魔法使いがいるということが自慢でもあった。それなのに、ナンヴァルの魔術師とは、まるでゼノン帝国のようではないかと思ったのである。
「でも、どうしてそんなことを?」
マグ・デレン・シャはナンヴァル連邦の兵士や魔術師がなぜヘイダール要塞にやって来たのか、理由がわからなかった。
「それは、……」
と、言いかけてウル・ガルは黙った。再び、バルザス提督からの知らせが来たのだ。
「どうしました?」
「言ってみるがいい。言いかけて止めるのはよくない」
「それが、その連中はマグ・デレン・シャの命を狙っている恐れがあると……」
「何!」
タ・ドルーン・シャは一言言うと、目を閉じた。
「何と言うことだ。そこまで我が母国は落ちぶれてしまったのか……」
マグ・デレン・シャはまさかと言おうとして、口を閉ざした。そこまでするとは彼女には信じられない思いだった。彼女は、本国の艦隊が迎えに来た時に、戻るのを拒んでヘイダール要塞にいることにした。そのため、迎えに来た艦隊の司令官が、それなら国に帰るに及ばずと国外追放にすると言ったのだ。だからと言って、自分の命までとろうとするとは思いたくなかった。
「ともかく、警戒するようにとのことですので……」
そんな時、外の通路へ通じる扉を叩く音がした。
「誰か来たようですね」
「開けてはいけません。敵が来たかもしれません」
と、ウル・ガルが警戒して言った。
「でも……」
何度か叩く音がしたのち、急に静かになった。
だが次の瞬間、その扉は大きな音を立てて、破壊された。壁と繋がっている蝶番部分も破壊されたが、壁自体は何ともなかった。
「何者だ!」
と、タ・ドルーン・シャが叫んだ。
ウル・ガルは緊張して壊れた扉を凝視していた。
壊れた扉を乱暴にどかすと、ナンヴァル連邦の軍服を着た兵士が一人侵入してきた。
「こちらに、マグ・デレン・シャ様がいると聞きましたが……」
「こいつは、魔術師だ!」
と、ウル・ガルが部屋の皆に警告した。
「何を言っておられるやら。私は、マグ・デレン・シャ様を本国へお連れするように命じられてきただけです」
「ほう、誰の命令なのか?」
「もちろん、我がナンヴァル連邦の大調整官クラウ・トホス・トル閣下の御命令です」
「そのような者は知らんな……」
「ヘイダール要塞におられた方はご存じないでしょうが、ナンヴァル連邦では新しい大調整官が就任されたのです」
「それで、前大調整官閣下は如何したのだ?」
「もちろん、前大調整官閣下は、責任を取って、御自害なされました」
「何と!」
驚愕するタ・ドルーン・シャに代わって、マグ・デレン・シャが言った。本国でもしかしたら、クーデターのようなものが起きたのではないかと思ってはいたのだ。だが、それが、事実だと知ったことになる。
「前大調整官閣下が自害なされた理由を聞きましょう」
「そのようなことを聞いて、どうなされると言うのです?今さら、どうにもなりますまい」
「これは、重要なことです。一国の元首の生死にかかわることです。その理由が重要であることは当然のことです」
「仕方ありませんね。前大調整官は、新大調整官閣下の就任に反対されていたからと聞いております」
「たったそれだけのことですか?」
「それこそ、重要なことではありませんか?そこで、新大調整官閣下が就任するために必要なことをなされたのです。それだけのことです」
実際には前大調整官の死の理由など、ナンヴァル連邦の国民は誰も聞いてはいない。聞きたいと声を上げることもできない状況がナンヴァル連邦では生じていたのだ。
「あなたは、それでいいのですね?」
「もちろんです。軍の一兵士である私には、何の関係もありませんからね」
「そうかな。一兵士ではなくて、単に魔術師だからではないのか?」
と、ウル・ガルが言った。
「と言うことは、おぬしも魔術師ということか?」
「そうだ……」
ウル・ガルの唇がほんの少し震えていた。怖くて震えていたのではない。気づかれないように、すでに呪文を唱えていたのだ。
そこへナンヴァルの魔術師は、
「恐れるがいい、お前のようなナルゼンの半端者など存在することが不快だ。『わが、稲妻よ。行け!』」
と言うと、指をウル・ガルへ向けた。
その指の指す方向へ光が生じ、走り抜けたかに見えた。だが、途中で何かにぶつかったように光は止まって消えた。
「ほう、やるではないか。だが、これはどうだ?『稲妻よ、弾けよ』」
短い呪文だが、それは魔術師の呪文だった。物を壊すだけではなく、生きとし生けるものをも傷つける呪文だった。これまでナンヴァルの白魔法使いが扱わなかった呪文である。
部屋の中の空気の中のあちこちに黄色い球が出現し浮かんだ。ナンヴァルの魔術師が指をならすと、その一つ一つが弾けて、強い電気エネルギーを放出した。
「痛っ……」
ウル・ガルが弾けた球の直撃を受けて顔をしかめた。
攻撃を受けたのは部屋にいた全員だった。だが他の者達はウル・ガルの防御の呪文で作られたシールドで守られ、黄色い球で直撃を受けても、多少熱い思いをしただけで、まだ怪我はしていない。もっとも、彼の力をもってしては完全に皆を守ることはできないだろうというのがわかった。
「だが、本物のゼノンの魔術師には及ばんな……」
と、ナッシュガルが言った。
この魔術師の呪文は、本来ゼノン帝国の言語で綴られていたはずだった。それをナンヴァルの言語に翻訳して、使っているのだ。従って、元のゼノンの魔術師が使用するよりも、どうしてもその効果が減るということになる。呪文と言うのはそれだけ言語に精妙さが必要とされるのだ。だからこそ、呪文はその種族の母語で綴られるのだ。ゼノン帝国の魔術師がナンヴァル連邦の魔術師に呪文を漏らしたのは、自分たちよりも強い魔術師が出ないと言うことを知っているからでもある。
「ふん。これはまだ序の口だ。マグ・デレン・シャ様。もし、あなたが私と来て下さるなら、これ以上の攻撃はしないでおきましょう」
「魔術師の言葉を信じろというのか?」
「お待ちなさい。ナンヴァルの魔術師よ。私をどこへ連れて行こうというのですか?」
「あなたをナンヴァルの艦隊の旗艦へお連れするつもりです」
「旗艦へだと?馬鹿なことをいうな」
「では、このまま続けましょう。『雷よ、生きとし生けるものを滅せよ!』」
ウル・ガルは相手の呪文で生じる攻撃を防ぐため全力で、防御の呪文を掛けた。
「『我が同胞を守りたまえ。そは、ナンヴァルの神に繋がる方の御ために』」
その途端、部屋の中が光の洪水に見舞われた。一体どちらの呪文が効いたのかもわからない程だった。だが、うめき声は聞こえなかった。
魔術師の呪文で生じた一つ一つの光はぽつぽつと部屋の中で残り火のように有った。だが、それよりも大きな眩しい光が、マグ・デレン・シャを中心として周囲に広がっていた。
「これは、何だ?」
と、ナンヴァルの魔術師が言った。
「ふん。お前の魔術の呪文など、この呪文の前では力を持ち得まい」
ナンヴァルの白魔法の呪文でも最大の防御の呪文の一つだった。これは自分の持つ魔力だけで使えるものではなかった。これは他の者の持つ、力をも引き出し、自分の力に加えて使う呪文なのだ。
「おまえは、ナルゼンのくせに白魔法を使うのか?」
「ふん。お前とは違う」
「だが、かつては魔術師だったはずだ。それが、こんな強力な白魔法の呪文を使えるとは、どういうことだ?」
白魔法使いが魔術師に落ちると、白魔法の呪文が使えなくなると言うのが常識だった。使えなくなるというのは、もう白魔法使いに戻ることが出来ないと言うことでもある。それが、目の前のナルゼンは、その常識を覆したのだ。
「お前は知らないのか?このヘイダール要塞にはガンダルフの五大魔法使いの一人、魔法の呪文を綴る『大賢者』レギオン殿がおられるのだ。レギオン殿は、魔術師であっても、悪行を止めると誓った者に白魔法の呪文を新たに授けてくれるのだ」
「そんなばかな。そんなことは聞いたことがない。一度魔術師に落ちたものが、白魔法使いに戻るなんて、そんなことは有りえない」
「だが、お前の目の前にいるではないか?」
ナンヴァルの魔術師は黙った。心の中に迷いが生じたのだ。
391.
要塞司令室では、大スクリーンに映じているゼノン帝国とナンヴァル連邦の艦隊を注視していた。
「で、どうするのだ?」
と、クルム司令官代理は言った。
今はヘイダール要塞の兵器は使えない状態にある。従って、ガンダルフの魔法使い頼みなのだ。その魔法使いの魔法で、ゼノンとナンヴァルの艦隊は現在戦闘不能状態にあると言うことだ。両艦隊のそれぞれの艦に、赤い糸のようなものが蜘蛛の巣のように張り巡らされているのが見える。それはガンダルフの魔法使い『エルレーンのエリン』、つまりアルネ・ユウキがやった炎系の魔法攻撃だった。その糸が付いた艦は次第に艦内温度が上昇して行くというのだ。
とは言っても、竜族は人間族よりも周囲の環境に対する耐性が高い。だからまだ、向こうから降伏の要請はなかった。
「ゼノン帝国の艦隊には消えてもらうことにするか……」
と、ダールマン提督――レギオンは言った。
「消すだって?あのゼノンの艦隊を全滅させるのか?魔法で……」
「いえ、そうではありません。連中の国へ帰すだけです」
「前の惑星連盟の時のようにか?」
タリア・トンブンのダルシア帝国の継承問題の審議をするためにやって来た惑星連盟の諸国の艦隊を、魔法を使ってそれぞれの国へ帰したのを、司令室の者達は覚えていた。だが、あの時は他の国の魔法使いにも支援を求めたのだ。
「今回は一艦隊だけですから、左程のことはありません」
「だが、ナンヴァル連邦の艦隊はどうするのだ?」
「奴らには、政府への反逆を勧めるとしよう」
「反逆だって?」
『反逆』と言う言葉に、思わずディポック提督とノルド・ギャビはクルム司令官代理とダールマン提督を交互に見てしまった。二人は何とも感じないのだろうか。
ダールマン提督がここに居ることになったのは、銀河帝国で新皇帝リーダルフ陛下に反逆したという疑いを掛けられた所為なのだ。最もそれは冤罪だとして、ダールマン提督自身は戦ったが、帝国本国からの征討艦隊に敗れ、今はリドス連邦王国にその身を置いていると言うことになっているのだ。その疑いを掛けられたダールマン提督自身が敵とは言え、ナンヴァル連邦の艦隊に反逆を勧めるというのは、あまりにも無神経な気がした。
これはいくら何でもやり過ぎではないかと、司令室の連中は思った。ただナンヴァル連邦の軍人はゼノン帝国の連中とは違って、利益誘導で簡単に敵になびいたりはしない。これはクルム司令官代理やディポック提督達も感じていた。
「どんな手を使うつもりだ?」
「連中のやったことを、あのナンヴァルの艦隊中に知らせるだけでいいだろう」
「つまり、マグ・デレン・シャを暗殺しようとしたことを知らせるのか?」
「そうだ。末端の兵士までだ。そうすれば、こちらに寝返る可能性がある」
「そうだろうか。マグ・デレン・シャは確か、惑星連盟の大使だったから、ある程度ナンヴァル連邦でも知名度はあるのだろう。だからと言って、軍の末端の兵士にまで彼女に対する敬愛の念があるとは思えないが……」
「マグ・デレン・シャは単に司祭階級の出身の大調整官候補だったと言うのではない。ナンヴァル連邦ではゼノン帝国とは異なって、これまで魔術師はほとんどいなかった。使われる魔法は白魔法だ。実はこの白魔法というのは魔力、つまり念力だけで使われるものではない。大規模な白魔法は、高次元のエネルギーを引いて行われるものなのだ。それを引くことが出来るのが、マグ・デレン・シャの力でもある」
「つまり、マグ・デレン・シャは白魔法使いの主だと言うことか?」
「いや、彼女は白魔法使いではない。だが、彼女の意志で白魔法は大きな力を持つことになる」
「それは、もしかして、私と同じと言うことか?」
と、ディポック提督が言った。
彼は、惑星連盟諸国の艦隊をその母国へ帰す魔法を銀の月が行った時、その力を貸してほしいと言われたのだ。その時は何のことなのか、さっぱりわからなかった。だが、魔法が使われている時、彼を中心に大きな半円のエネルギーの場が出来ていたのを覚えていた。
ディポックは知らなかったが、これは昔ナンヴァルを建国した神々と言われるに等しい力なのだった。ナンヴァルでは特に尊ばれる力でもある。このマグ・デレン・シャの持つ力の事を公にすれば、彼女の権威があがり、これまでナンヴァル連邦で保たれて来た白魔法使いに対する敬愛の念と権威を高めることになるのだ。つまり一石二鳥だった。
「しかし、そのことをナンヴァル連邦の艦隊の兵士たちまで知っているのか?」
「いや、知らないだろう。だから、これからそれを知らせてやるのさ」
「それは返って危険ではないのか?」
「危険かもしれない。だが、現在のナンヴァル連邦はとんでもない奴に牛耳られていると思われる」
「新大調整官クラウ・トホス・トルのことか?」
「そうだ。奴の所為でナンヴァル連邦は大変な危機にある。その警告にもなるだろう」
ダールマン提督――レギオンはリドス連邦王国からの情報で、現在のナンヴァル連邦の混乱ぶりを知っていた。
ナンヴァル連邦がゼノン帝国と同盟を締結したこともとんでもないことであるのに、大調整官にクラウ・トホス・トルが就任してから、軍や議会、そして政庁の官僚に多くの彼の仲間を置いたことで、全ての物事がスムーズに進まなくなっていた。肝心の大調整官がそのことに気づいていないのが決定的で、ナンヴァル連邦はこのままでは混乱したままゼノン帝国に乗っ取られる可能性が出て来たのである。
ゼノン帝国では確かに帝位の継承で多少の混乱はあるが、彼らは元々混乱などいつもことなのだ。権力欲の強い彼らにとって、混乱は逆に歓迎されることもある。それに、ナンヴァル連邦が混乱して弱体していると見れば、例え同盟を結んでいたとしても、いや逆にそれを口実にして力で乗っ取ることも考えられた。そして、それを成功させたものが帝位に付けばいいのだと考えるだろう。
「しかし、どうやってやるのだ?」
艦隊の通信回線だけで末端の兵士まで知らせることはできない。
「ふん。そんなことは通信するまでもない。魔法も使わない。TPで艦隊中にその事実を告げるだけでいい」
「TPだって?しかし、TPを使う能力の有るモノはどれだけいるのだ?」
「TPの能力というのは、念力と同じで、力の大小はともかく、誰でも持っているものなのだ。普通は使うだけの力がないだけだ。こちらから大出力のTPで情報を流せば、大抵の者はそれを受け取ることができるものだ」
ダールマン提督は自身ありげに言うのだが、他の者達は半信半疑だった。元々魔法だって、眉唾物だと思って居たのだ。なかなかその常識というものは抜けないものだった。
「待って……。侵入してきたナンヴァルの兵士の中にゼノン帝国の魔術師が混じっているようだわ」
と、自身のTPで状況を把握しようとTPの感覚を研ぎ澄ませていたアリュセアが言った。
ゼノン帝国には宮廷魔術師と軍の魔術師士官がいた。どちらも力の強いものが選抜されるのだが、宮廷魔術師は余程の事がない限り殺人はしないものだ。従ってまだ多少の白魔法の呪文が使える。だが、軍の魔術師士官は敵の殺戮そのものが仕事だった。ほとんど魔導士に近い。
「ゼノンの魔術師?ナンヴァルの魔術師もいるということだったが、同じではないのか?」
「いいえ、違うわ。ゼノンの魔術師は、奴こそマグ・デレン・シャを暗殺するためにやって来たのよ」
「だが、ドラゴン・スレイヤーがいるのではないのか?」
「マグ・デレン・シャの居る部屋にはいないわ」
「では、すぐにマグ・デレン・シャの部屋にドラゴン・スレイヤーを向かわせてほしい」
「でも、数が足りないわ。ナンヴァル艦からの転送者はかなり数が多い。ドラゴン・スレイヤーが強くても全部までいきわたらないわ」
「待て、ウル・ガルは時間稼ぎならできるだろう。その間に何とか連中を派遣しよう」
ダールマン提督は誰か心当たりがあるようだった。
ゼノン人の肌はナンヴァル人とは違って土気色だった。竜族としての姿かたちは目の色が違う程度で、遠くから見たのではすぐにはわからない。それでも、ゼノン人の方がわずかに背が低かった。
そのゼノン人の宮廷魔術師は目を閉じていた。彼は少し前に来たゼノンの艦からヘイダール要塞へ自分の力で移って来たのだった。ヘイダール要塞へ来て、なぜか一人で『レギオンの城』を探していた。彼の名はマルカイダ・ルノイと言う。
マルカイダ・ルノイの乗って来た艦隊はスワム艦隊で、彼は艦隊司令官付きの宮廷魔術師だった。しかしスワム艦隊はすでにアルネ・ユウキによって、ふたご銀河から遠く離れた場所へと移動させられていた。彼は、艦隊がどこかへ移動させられてしまった後も、一人ヘイダール要塞に残っていた。艦隊に戻ることはできなくなったが、彼の目的は『レギオンの城』へ行くことだった。そこへ行ってガンダルフの五大魔法使いの一人『大賢者』レギオンに会い、新しい呪文を授かりたいのだ。
何か嫌な感じがして、マルカイダ・ルノイは目を開けた。
「こんなところで、お前と会うとは……」
と、聞いた事のある声がした。
声の主はと見ると、自分と同じゼノン人だった。ゼノン帝国の軍服を着た、軍の魔術師ガイゼンダ・ギイル大尉だった。マルカイダ・ルノイは相手を見て、興味なさそうに言った。
「魔術師の士官か……」
「ちょうどいい所であったものだ。お前はヘイダール要塞で何をしている」
「お前には関係ないことだ」
「お前はスワム艦隊の司令官付きの宮廷魔術師だったな。スワム艦隊はどこへ行ったのだ?」
「本国へ帰ったのではないのか?」
「いいや、帝国へ戻って来たとは聞いていない」
「そうか。だが、私は知らない」
アルネ・ユウキによってスワム艦隊がどんな目にあったのか、マルカイダ・ルノイは知らなかったし、今は興味もなかった。なぜなら、ヘイダール要塞にはガンダルフの五大魔法使いがいるが、彼らが常に敵対関係にあるゼノン帝国の艦隊や兵士を殺戮したということは、これまでなかったからである。最悪なことが起きたとしても、生きてはいるはずだった。
「グアスポラス・フォン中将はお前の司令官ではなかったのか?」
「今は離れているのだ」
「その理由を聞きたいものだ。だが、今は私の任務があるので、それを免じてやろう。その代りに、知りたいことが有る」
「おまえなどに、免じられるいわれはない。私はお前の部下などではないからな」
「だが、ここでのことを帝国艦隊に知られるはうれしくなかろう」
「なるほど。で、何を知りたいのだ?」
「マグ・デレン・シャの居場所だ」
「あのナンヴァルの惑星連盟の大使のことか?」
「そうだ」
マルカイダ・ルノイは眉を潜めた。ガイゼンダ・ギイル大尉は魔術師の士官としてはかなりの腕だと聞いている。軍の魔術師の士官は敵の居場所を知ることと敵を屠ることについては強力な力があるのだ。それなのに、敵の位置も分からずにやって来るというのは妙だと思った。
「残念ながら、今この要塞ではうまく呪文が効かない」
「なぜだ?」
「何でも、ここでは重要な工事をしていると聞いた。だから、うまく効かないのだ」
「工事だと?」
「そうだ。ヘイダール要塞と『レギオンの城』の兵器やエネルギーを共有する工事だ」
「そんなことができるのか?」
「できると聞いた。それで、魔法もここでは多少混乱するらしい」
ゼノン帝国艦隊から派遣された魔術師士官ガイゼンダ・ギイル大尉は、ヘイダール要塞についてそのような話は聞いていなかった。今回ナンヴァル連邦の艦から派遣された他の者達も同様である。
「なるほど、だから今回の作戦を考えたわけだ」
「話はそれだけか?」
「だから、お前も俺と一緒に来いというのだ」
「断る!」
「もし、この作戦が成功すれば、我々は出世のし放題ではないか?」
「そうだろうか?宮廷魔術師ならともかく、軍の魔術師士官であるお前は、いずれ危険視されて自滅するだろう。そんな例をこれまでたくさん見て来たものだ」
「今回は違う。こんな機会はめったにないものだ」
「そうかな?お前が考えているほど、うまく行くとは思えんが……」
白魔法使いとは違い、魔術師は信用がない。何をするかわからないと考えられていた。それでも、宮廷魔術師は魔術師の中でも地位が高く、ゼノン帝国政府に忠誠を誓い政府高官や皇帝一族を守ることを務めとしていたので、信用はあった。だが、軍の魔術師士官は出世のためには何をするかわからないと言う見方が常識だった。だから、軍の中でも浮いた存在である。
「確かに、ゼノン帝国の軍の魔術師士官が一人来ているようだ」
と、ダールマン提督は言った。
「今、どこにいるのですか?」
「あのゼノンのスワム艦隊から来たマルカイダ・ルノイという宮廷魔術師と会っている」
「では、二人もゼノンの魔術師がいると言うのですか?」
と、銀の月は言った。
「だが、マルカイダ・ルノイの方はどうするかはわからない」
「では、奴はその軍の魔術師士官と一緒には動かないとでもいうのですか?」
「かもしれない。まだ迷っているようだ」
「そうだとしても、こうなっては早くマグ・デレン・シャを警護するものを送った方がいいだろう」
と、クルム司令官代理が言った。
「一人何とかなりそうだわ」
と、タリア・トンブンが言った。
「ドラゴン・スレイヤーか?」
「ええ。でも、彼女はリドス連邦王国の士官だわ。要塞の駐機場で待機しているリドスの艦隊にいる士官よ」
「わかった。その士官に行ってくれ。私がマグ・デレン・シャの護衛を命じると!」
「わかったわ」
アリュセアが掴んだ情報によると、現在ヘイダール要塞に出現したドラゴン・スレイヤーは五人だった。それにタリアの言ったリドス連邦王国の士官が加わり、六人になった。
392.
ゼノン帝国の艦隊の周囲に巨大な魔法陣が浮かび上がった。
それは、以前惑星連盟の諸国の艦隊を母国へ戻した転送用の魔法陣だった。
「これは、何だ?」
と、ゼノン帝国艦隊旗艦の航法士官が言った。
次の瞬間、ゼノン帝国艦隊はその魔法陣に包まれて消えて行った。
「大変です!ゼノン帝国艦隊が、魔法によって移動させられました」
と、通信士官が言った。
ナンヴァル連邦第三艦隊旗艦のスクリーンにこれまで映じていたゼノン帝国の艦隊が消えていた。
「何が起きたのだ?」
「わかりません。ですが、ちょっと前、惑星連盟のダルシア帝国の継承問題でヘイダール要塞に来た惑星連盟諸国の艦隊がそれぞれ本国へ突然戻されたと言うことが有ったと聞いています」
「それは、魔法でか?」
リドス連邦王国は巨大な物質転送機を持っているという噂があった。もしかして、それを使ったのかもしれないと思ったのである。
「おそらく魔法です。宇宙空間に巨大な魔法陣が浮き上がりましたので」
「魔法陣とな?すると、その呪文は最近のものだな」
「そうかもしれません」
魔法陣が浮き上がるような特殊な魔法の呪文はあったが、それは誰でも使えるものではなかった。それに目に見えるような形で魔法を使うことは、これまではなかったことだ。だが、リドス連邦王国では近頃、魔法陣が浮き上がるような呪文を普通の人々、つまり魔法使いではないと分かる者たちが、よく使うようになったと言うことを聞いたことがあった。それはリドス連邦王国で新たな呪文が綴られていると言うことを意味した。その中には、宇宙空間で使うようなスケールの呪文もあると聞いたことがある。
ナンヴァル連邦の魔法使いを始め、他国の魔法使いはそうした噂を聞くだけで、リドス連邦王国では魔法の呪文について何か新しいことが起きていると言うことを薄々感じていた。特に、ガンダルフの五大魔法使いが生まれ変わって、現在リドス連邦王国にいるという噂が広まってからは、それが本当なのではないかと思い始めていた。けれども、詳しいことは何もわからなかった。
今回、ヘイダール要塞に来て、ガンダルフの五大魔法使いの一人である『大賢者』レギオンに会うことが出来た。これは、昔ならとても考えられないことだった。かつては『大賢者』レギオンと言えば、魔法使いの祖であり、この宇宙でたった一人の魔法の呪文を綴る者だった。その権威は高く、一介の魔法使いや軍人、例え政府高官と言えども、めったに会うことはなかった。
だから、今回すんなりと会えると聞いたとき、驚いたのだ。それに、『大賢者』レギオンと名乗る者の容貌は、とても若く、魔法使いの祖と呼ばれる人物とは思えなかったものだ。心の中では本物なのかと疑う気持ちがあった。
ゼノン帝国艦隊が目の前で消えた時、その疑いは消えた。こんなことができるのはガンダルフの五大魔法使いの他にはいるはずがないからだ。ナンヴァル連邦の白魔法使いでも、ゼノン帝国の魔術師でもこんなことはできない。
「やはり、あのレギオンは本物か」
と、ウル・ヴァトラス・ナン提督は言った。
だとすると、あの若い『大賢者』レギオンは魔法界に何かを起そうとして生まれて来たのではないかと思われた。そうでなければ、今ガンダルフの五大魔法使いが揃う訳はない。これは早く本国に知らせる必要がありはしないかと、ウル・ヴァトラス・ナン提督は思った。
何か感じたように、ゼノンの宮廷魔術師マルカイダ・ルノイは遠い目をした。同じく、ゼノンの魔術師士官ガイゼンダ・ギイル大尉も同じく何かを感じ取ったようだった。
「行ってしまったようだな……」
と、マルカイダ・ルノイは言った。
「だが、ナンヴァルの艦隊はまだいるようだ」
「だが、ゼノン人はお前一人になってしまったのではないのか?」
「ふん。それがどうした、俺の魔術を使えば大したことではない」
「そうかな?お前では一人で宇宙空間を越えられまい」
「そのようなことはどうにでもなる」
元からの計画では転送装置は一方通行であるので、戻る時は要塞のシャトルを強奪する予定だった。その予定が変わることはない。なぜなら、ゼノン帝国艦隊はいなくなったが、ナンヴァル連邦の艦隊はまだいるからだ。
「ナンヴァルの艦から来たようだが、あの連中がお前を再び乗艦させると思うか?」
「それは、目的を果たせばということだ」
「目的を果たせば、尚更のことお前を乗せることは有るまい」
ナンヴァルだけではなく、あのジル星団で貴人として名高い、マグ・デレン・シャを暗殺したなどという者をナンヴァルの艦隊が黙って乗せるだろうか、とマルカイダ・ルノイは言ったのだ。もし、乗せれば誰がマグ・デレン・シャを弑する命令を出したかが、はっきりとわかってしまうではないか。ゼノン帝国の艦ならば、その功績を称えてくれるだろうが、ナンヴァル連邦の艦がそんなことをするはずがない。まして、殺人者である彼を殺してしまえば、ナンヴァル連邦がマグ・デレン・シャを殺したと言う汚名を着なくて済むのだ。
「それもそうだが、祖国を裏切るわけにはいかない」
「そうかな?もし、任務を遂行して、もしナンヴァルの艦が乗艦をゆるしたとして、国に戻ったなら昇進できるとでも思って居るのか?」
「当然ではないか?私は任務を遂行したのだから……」
「それだって、お前の上官の気分しだいだ。もし、戻った時にお前の上官が立ち位置を変えていたらどうなると思う?」
ゼノン帝国では上級者の引きが重要なのだ。もちろん、士官学校や軍での成績や功績も考慮されるが、一番大きいのはどんな権力者を後ろ盾にしているかだった。
「俺に、国を裏切れというのか?」
「そうではない。今のお前の後ろ盾を変えてはどうかと言っているのだ」
「だが、俺には今の後ろ盾の他に知己はいない」
「では、ガンダルフの五大魔法使い『大賢者』たるレギオンを後ろ盾にしてはどうだ?」
「何だと。そんなことできるものか?ガンダルフの魔法使いがゼノンの魔術師を信用するなどあり得まい」
「できるかも知れぬ」
「どうやって……」
つい、ガイゼンダ・ギイル大尉はマルカイダ・ルノイの口車に乗ってしまったと気づいて、舌打ちした。そして、腕を振りかぶって、攻撃呪文を唱えた。
「風よ、この奴の口を止めよ」
一瞬その通路を突風が吹き抜けた。突風は強い気流であちこちに真空状態を作り、金属の軋る様な音を立てた。だが、要塞の壁は傷つきもしなかった。
「これは……」
驚いたのは、ガイゼンダ・ギイル大尉の方だった。彼は強力な風使いだった。風を使い、真空状態を作り周囲を破壊する。そして破壊された破片で敵を打ち倒すのだ。しかし、今それがまるで通用しなかったのだ。
「やはり、そうか……」
「やはり、とはどういうことだ」
「ヘイダール要塞の壁のことだ。お前の魔法の呪文でできた真空でも傷つけることはできなかった。おそらく、この壁はダルシアン鋼でできているのだろう」
「そんなことはあり得ない。ダルシアン鋼を作れるのは、ダルシア人だけだ。しかもダルシア帝国は滅びたと聞いたぞ」
「ダルシア帝国が滅びたと言っても、別に消えたわけではない。ダルシア本国も存在しているし、ダルシア人も消滅してはいない。彼らはまだこの宇宙に存在しているのだ」
「違う。奴らは、皆死んだと聞いた。あの惑星連盟のコア大使が亡くなった時、ダルシア人はいなくなったのだ。奴が最後のダルシア人だったと言うことは、皆知っているではないか」
マルカイダ・ルノイはガイゼンダ・ギイル大尉を憐れむような目をして見た。
「この肉体が無くなったとしても、本来の魂は消えることはないのだ。だからこそ、肉体の無くなったダルシア人は消えてはいない。いるのだ。どこかに。もしかしたら、肉体のないままこの要塞に来ているのかもしれない」
「そんなことあるはずはない」
「だが、ダルシアン鋼があるではないか」
「それは、そうだが……」
それでもガイゼンダ・ギイル大尉は命じられたことをする以外になかった。マルカイダ・ルノイには魔法で敵わないかもしれないが、彼の目を掠めてこの場から移動することはできた。
軍服のポケットから小さな球を出すとそれをマルカイダ・ルノイの足元に投げた。その弾から煙が出ると、ガイゼンダ・ギイル大尉は呪文で煙を濃くして周囲に振りまいた。そして、その場から足早に移動して行った。魔法で移動すると、マルカイダ・ルノイに止められると思ったので、自分の足で逃げたのだ。
「行ったか……」
と、残念そうにマルカイダ・ルノイは言った。




