ダルシア帝国の継承者
385.
ジェルス・ホプスキン刑事は暗黒星雲の種族だという霧状のモノを見て、これでは事情を聴くために尋問することもできないと思った。第一連行することもできない。霧状のものなので捕まえることもできないし、薄くなって消えてしまったら、どうにもならない。まして形状が人間ではないものをどうやって尋問すればいいのだろうか?先ほどは声をだしていたようなので、この霧状のモノはおそらく言葉は通じるように思うのだが、このままではどうにもならない。
「そうね、捜査は連行して尋問をしなければ始まらないわ。この状態ではどうにもならないのは確かね」
と、アリュセアは言った。
「尋問?」
と、タリアは聞き返した。
「ええ、ちょっと彼に聞きたいことがあるのよ」
「聞きたいこと?あいつが素直に答えると思うの?」
「そうだけれど、まあ私のTPを使えば多少は事実がわかるはずだわ」
「そうかしら?」
疑わしそうにタリアは言った。例えTPを使ったとしても、誤魔化したりすることはできるし、TPをブロックされたら使えない。もっとも強いTPでそのブロックを破れるなら話は別だ。考えてみればアリュセアなら、つまりライアガルプスなら可能かもしれない。
このリード・マンドと言うモノは自分のやりたいことが有ったら、何をするかわからない危険人物そのものなのだ。アリュセアがダルシア人の力を使ったとしても、完全に制圧することができるだろうかと思った。完全に制圧することなしに、彼は正直になることはないと思うのだ。
「でも、他に仕方がないし……」
「あいつにしかわからないことなの?」
「そうなのよ。あの事件、今捜査している事件だけれど、彼がおそらく重要なことを知っているはずなのよ」
口では言えないのでアリュセアは、事件の全体像をタリアにTPで送った。
「ふーん。つまり要塞に何か仕掛けられているかもしれないのね」
「そうなのよ。何が仕掛けられているかもわからないの。死体もあることは有るわ。でも死体に何か意味があるとすれば、何か覚えておく必要がある何かのための印ではないかと思うのよ……」
「それで、あのゼンダから来た刑事がいるんですね」
と、ダズ・アルグ提督が口を挟んだ。
「捜査か。事件の捜査は魔法使いにはあまり向かないわね」
魔法と言うのは物事を変化させる『念』がその中心なので、すでに起きたことを捜査すると言うことにはあまり向かないのだ。特殊能力の方が捜査には向いている。だから、タレス連邦でも多少の特殊能力があれば、警察関係者に協力することが多かった。軍に協力するような特殊能力者はかなり力が強いことが要求されるが、事件の捜査ではある程度あれば使えるものだ。だから市井の中に隠れている特殊能力者が警察に協力することはよくあったものだ。それは警察の方でも了解しており、政府には隠れてあるいは特殊能力者であることを黙っていることで協力させることが多かった。アリュセアも最初はそれで協力していたのだ。
「他のタレス人の能力者に声を掛けてみましょうか?」
「何をするの?」
「要塞に何か仕掛けられているとしたら、例えば透視能力者に要塞の隅々まで透視させたらどうかしら。どうぜ探知装置などで見つかる様な仕掛けではないでしょうし、時間が掛かるけれど、一度やってみたらどうかしら?」
「でも、皆何か仕事をしているのではないの?」
アリュセアにしてみれば、そんな暇があるのだろうかと思ったのだ。それに、もし何もなかったら無駄になる。
「この要塞がもし無くなったら、それこそ元も子もないでしょう?みんな協力してくれると思うわ」
タリアは仲間に声を掛けてみるつもりだった。要塞に亡命してきてから、自分の能力が変化していると感じている者が多い。そうした者達の中には自分の特殊能力を試してみたいと思っている者もいるのだ。
だが、声を掛けるにしても誰でもいいと言う訳には行かないとアリュセアは思った。
「でも、……」
アリュセアはタレス連邦政府のスパイのことも心配していた。その何人かは知っているものの、亡命者の中にスパイがどれくらいいるのかまだわからないのだ。その連中に要塞の状況を知られることは危険ではないだろうか。
「でも、何もしなければ何もわからないわ。この事件の捜査の協力で、こちらにも誰が敵か味方かが分かるのではないかしら……」
それに、タリアは未だタレス連邦で身動きできないでいる仲間の事も考えていた。いずれ、彼らについては何とかしなければならない。そのためにも、要塞にいる者達の中で敵味方をはっきりさせた方がいいと思っているのだ。
その時、アリュセアは野菜を見ていた見物人たちの中から声を掛けられた。
「あ、あのアリュセアでしたよね」
見ると若い男性だった。彼女は彼が誰だか覚えていた。
「あら、あなたは確か帝都から来たジェグドラント伯爵家の人ね……」
「いえ、正確には元伯爵家です。それで実はその話があるのですが……」
彼はフェーラリス・オル・ジェグドラントだった。
「あら、おじさんだわ」
と、アリンが言った。
先日、司令室へフェーラリスが行った時に、ジェグドラント家の子供達と一緒にアリュセアの娘たちも付いて行ったのだ。
「子供たちの事を知っていて?」
「ええ、まあ……」
「あなたは子供に好かれるタイプなのね」
「いえ、そんなことは……。それで実は、あなたはあのガンダルフの魔法使いレギオン殿の妹だと聞きました。それで、レギオン殿にあなたから口を聞いて欲しいのです」
「何を言えばいいのかしら……」
「その、レギオン殿の弟子にしてほしいのです」
「つまり、あなたは魔法使いになりたいと言うことなの?」
「そうです」
「でも、あなたの家の人達は何と言っていて?まあ、あなたはもう大人だから構わないかもしれないけれど」
「聞かなくても分かります。おそらく両親や兄は賛成はしないでしょう。それでレギオン殿に話したのですが、今は弟子を取っていないと断られてしまいました」
「ふーん。まあ普通はそうでしょうね」
「普通は?というと?」
「魔法使いと言うのは、案外素直じゃないのよ。だから、最初に弟子にして欲しいと言った時に、すぐに受け入れるようなことは言わないものなの。はっきり言えば、『クソ爺』とでも言えばいいかしら。で、他に何を言われたの?」
「あの、家族の許可は取ったのかと言われました。ないのなら、取って来いと言われました」
「なるほど、いつものやり口ね。要するにあなたの覚悟を試しているのよ。最終的にはあなたの意志が重要になるんだわ」
「私の意志は固いのです」
「で、あなたは私にレギオンに口を聞いて欲しいというのね」
「そうです」
「そうね。でもその前に、一度あなたの家族に魔法使いについて話をしてみましょうか」
「しかし、その、そんなことをして貰っていいのでしょうか」
「ま、あなたも魔法には全然縁がないというわけでもなさそうだし……」
アリュセア――ライアガルプスが見た所、フェーラリス・オル・ジェグドラントは魔法使いだったことがあるのだ。それもかなり腕の良い魔法使いだった。だから、今回これまでの人生で魔法とは縁がなかったとしても、これからその修行をすれば、かなりの所まで行くだろうということはわかった。だから、彼の家族と話をしてみようと言う気になったのだ。
これは特殊能力の一つで霊視能力と言うべきもので、魔法使いの使う念力とは違うものだった。魔法使いは念力を主に使い、他の特殊能力については持っていないことが多い。これはどの種族にも言えることなのだが、念力というのは生きとし生けるものなら、誰でも持っているものなのだ。だが、他のTPとか透視能力や霊視能力や予知能力などはまれにしか持っている者はいない。従って、魔法使いというのは修行しだいで誰にでもなれるし、使えるものだった。だが、特殊能力というのは修行をしても誰にでも使えるというものではなかった。逆に修行をしなくても使える者もいるのだ。
今ジル星団では魔法使いが減って、特殊能力者が増えている。タレス連邦のような新しい勢力は特殊能力者が多いのだった。
ダルシア人のライアガルプスにとって、ジル星団に置いて魔法使いの勢力が弱くなっていることは、良い兆候とは言えなかった。一番困るのは白魔法使いが減っていることだ。魔術師はその数はあまり変わっていない。特にゼノン帝国において魔法の呪文が一般化したことにより、数は減っていない。ただ、優秀な白魔法使いはゼノン帝国にはいなくなっていた。
ナンヴァル連邦には白魔法使いはいるが、その数はかなり減っている。その所為かどうかはわからないが、ナンヴァルの指導者とも言える新しい大調整官クラウ・トホス・トルが魔法使いを排除するような政策をとっていると聞いている。大調整官自身が神や霊などを信じないという愚かな信条を持っているというのだ。これがナンヴァル連邦に蔓延しつつある危機の正体である。単に人口が減ったとか、経済や文明が停滞しているということではない。肝心の文明の要となる部分が腐ってしまったのだ。国のトップにそのような人物が付くまでには、国中に神や霊と信じないものがかなり増えているはずなのだ。
一方、古くから魔法使いの星と呼ばれる惑星ガンダルフにおいては、伝統的な白魔法使いはナンヴァル連邦と同じように、いやもっとひどく数は減っていた。ただ、リドス連邦王国系の魔法使いは増えている。彼らは白魔法使いが中心であるのだ。だからこそ、彼らは遠くの銀河からガンダルフに迎えられたのである。
その上ガンダルフにおいては、唯物的な科学技術文明が発達し始めていた。それと期を同じくして白魔法使いの衰退と魔術師の増加がみられた。その魔術師においてもかなり霊的な知識のないまさに唯物的な考えが蔓延してきている。これは非常に危険だった。力ばかりを求める先にはその反動と言えるものが待っているからだ。そこには闇の魔法への誘惑がある。
ふたご銀河の文明は、現在は非常に危うい事態に来ているのである。それをダルシア人のライアガルプスは憂えていた。全体的に宇宙文明に達したふたご銀河において、唯物的な文明が増えて来ているのである。これは非常に危険だった。
魔法というのは目に見えないものの一つの代表である。特殊能力も同じくその一つだ。それを利用することばかり考えて、その根本の有り方を忘れてしまっているのだ。何のために使うのか、その目的が自分や自分の属する勢力を利するためとなってしまっていた。その属するものが正しい目的をもっていればいいが、間違っていたら大変なことになるのだ。
386.
「ジャンプ・ゲートから艦隊が来ます」
と、通信員が言った。
「どこの艦隊だ?」
と、クルム司令官代理が言った。
「ナンヴァル連邦とゼノン帝国の艦隊です。その数、合わせて約一万隻の艦隊です」
「これはずいぶんと力を入れて来たな。だが、今の時期はまずい。やつらと戦闘状態になっても、要塞の武器が使えない……」
と、ダールマン提督は言った。
現在はまだ『レギオンの城』とヘイダール要塞の結合工事の最中なのである。従って、どちらの武器もまだ使えなかった。
「これは、情報が漏れた可能性があるのでは?」
と、銀の月が言った。
「要塞の中にスパイがいると言うのですか?」
と、グリンが聞き捨てならないと言うように言った。
「まあ、その可能性があるやつはごまんといるようだが……。一番疑わしいのは、やはりあの老人か?」
「まさかとは思いますが、未だにここを出て行こうとしないのは確かです」
ハイレン連邦の魔法議会の議長バルーンガはまだ要塞にいるのだった。彼の陰謀はすべて暴かれて、もう終わったと考えられていた。だが、新たな何かを企んでいる可能性はある。それほど油断のならない相手だった。
「ともかく、連中が呼びかけて来たなら、要求を聞いてみることだな」
と、ダールマン提督は言った。
「ですが、いったい何をしに来たのでしょうか」
しかもナンヴァルの艦隊とゼノンの艦隊を合わせて一万隻にもなるという。これは両国のかなりの艦をヘイダール要塞に向けたと考えられた。彼らの本国で何か大変なことでも起きているのだろうか。
「ダールマン提督、要塞の武器が使えないというのなら、連中が要塞を攻撃してきたらどうするつもりだ?」
と、クルム司令官代理が聞いた。これは司令室の他の者達も不安に思っていることだった。
「ここには今、ガンダルフの五大魔法使いの内三人もいるのだぞ。何を怖れることがあるか」
「つまり、卿が反撃に協力するというのか?」
「そうだ。当然だ」
「わかった」
とは言うものの、クルム司令官代理には魔法使いが大艦隊に対してどれだけの攻撃力を持っているのかはわからなかった。相手を攻撃する力は魔術師や魔導士の方が強いと聞いている。だとすれば、白魔法使いはどれだけ攻撃できるのだろうか。しかし、あのガンダルフの五大魔法使いの一人、『エルレーンのエリン』は以前ゼノン帝国艦隊に対してかなりの大言壮語を履いていたのを彼は思い出した。ゼノンの艦隊を葬るのは大したことではないと言っていたような気がする。その言葉が嘘でないことを、今は祈るしかない。
この要塞に居るのはガンダルフの五大魔法使いの内、『大賢者』レギオンであるダールマン提督と銀の月と呼ばれるバルザス提督、そして『エルレーンの』エリンと言われているアルネ・ユウキである。
「ナンヴァルとゼノンの艦隊が現れたんですって?」
と、突然アルネ・ユウキの声がした。
ガンダルフの魔法使いは移動するのに瞬間移動の魔法を使うことが多く、突然やってくる。その方が要塞司令室に入る時、一々衛兵に停められなくて済むので便利なのだった。グリンはそのたびにため息をつく。彼は秩序を重要に思っているのだ。要塞にいるのは正式な軍ではないものの、ほとんど元軍人であるので、元新世紀共和国にあった軍規を重んじているのだ。
「そうだ」
大スクリーンを見ると、両艦隊が映じていた。
「何しに来たのかしら」
「さあ、それは向こうから言ってこないとわからないな……」
「あ、通信です。ヘイダール要塞司令官に話があるとのことです」
「私に話があるというのか?」
大スクリーンにナンヴァル連邦艦隊の提督が出て来た。
「私はナンヴァル連邦第3艦隊ウル・ヴァトラス・ナン提督である。ヘイダール要塞の司令官に、ジャンプ・ゲートのことで話がある」
「私が、ヘイダール要塞司令官代理、ナル・クルム少佐だ。ジャンプ・ゲートの事とはどんなことだ?」
「現在、ヘイダール要塞近辺を通るジャンプ・ゲートが使用できなくなっている。このことについて話があるのだ」
「使用できなくなっている理由は聞いたのか?」
現在ヘイダール要塞周辺のジャンプ・ゲートは強制的に閉鎖されていた。その理由は銀河帝国において闇の魔法の封印をしていた元ジェグドラント伯爵家が帝都から去った所為なのだった。彼らが去ったため、闇の魔法の封印が解かれ、今や帝都では闇の魔法が急速に広がっているのだ。すでに、帝都では人心に不穏な空気が強まり、犯罪が多発していた。
ヘイダール要塞周辺のジャンプ・ゲートが閉鎖されたのは、この闇の魔法の影響を断つためである。少なくとも、銀河帝国との交流が減れば、影響も少なくなると考えられていた。
「それについては、我々ナンヴァル連邦の白魔法使いに聞いた。だが、我々軍人はそんな話は聞いたことがない」
「だとしても、私ではどうしようもない。大昔に決まったことだと聞いている」
「だが、それでは困るのだ。ゼノン帝国では、皇帝陛下が明日をも知れぬ病床にある。それで、銀河帝国に駐在している大使を呼び戻したいのだ」
「だから、私ではどうにもできないと言っている」
「そちらには、ガンダルフの魔法使い『大賢者』レギオン殿がいると聞いた。それなら、レギオン殿に会わせてはもらえないだろうか?」
「ガンダルフの魔法使いに会いたいというのか?」
「そうだ」
「それなら、少し待っていてもらおうか……」
そこで通信を中断して、クルム司令官代理は後ろを振り向いた。そこにはガンダルフの五大魔法使いの内三人が揃っていた。
ダールマン提督はこれまで黙って話を聞いていた。もし自分に話があるというのなら、ナンヴァル連邦とゼノン帝国両国の、合わせて一万隻にもなる艦隊を送って来ると言うことがおかしいと感じていた。話をするだけなら軍艦一隻で済むはずだった。従って、話をしに来たと言うよりは力づくでジャンプ・ゲートを開かせるという意志が感じられるのだ。
「どうも変ね。ここにレギオンがいると言うことを知っているなら、『レギオンの城』もあることはわかっているはず。ヘイダール要塞だけなら、ナンヴァルとゼノンの艦隊一万隻など必要ないわ。けれど、『レギオンの城』があれば、例え一万隻でもここは落とせないわ。そんなことわかっているはずだもの」
と、アルネ・ユウキが言った。
「だとすれば、連中は新兵器を持参してきたのではないかな?」
と、バルザス提督――銀の月が言った。
「新兵器ですと?」
新兵器があれば、それが通用すると思うなら、連中が一万隻を持って押し寄せて来たのはわかる。ただ敢えて言えば、彼らガンダルフの魔法使い達にはゼノン帝国と一緒に行動するナンヴァル連邦があまりにも情けなく思っていた。かつては多くの白魔法使いを擁し、ジル星団でダルシア帝国とともに正義を守って来た国だというのに。
しかし、もし新兵器があるとするなら、どんなものなのだろうか。
「で、ガンダルフの魔法使いレギオン殿は通信に出てもらえるのか?」
「いいだろう。向こうの言い分を聞くことも必要だ」
司令官代理は通信員に言った。
「通信の再開を……」
再び大スクリーンに音声が出た。
「私が、レギオンだ」
と、ダールマン提督が言った。
「ほう、これはこれは、思ったよりもお若い」
その口調は白魔法使いに対する敬意はかけらもなかった。逆に揶揄するような印象をその場に居た者達に与えた。そのことにダールマン提督――レギオンは何も言わなかった。表情も変えることはない。けれども、驚いているように思えなかった。しいて言えば、ある程度予想していたと言う感じだった。
逆にクルム司令官代理やグリン、ディポック提督、ノルド・ギャビなどが顔には出さないが、かなり驚いていた。以前来たナンヴァル連邦の魔法使いのレギオンに対する態度とは雲泥の差であるからだ。同じ国の者だと言うのにこの差は一体何なのだろうかと驚いたのだ。
ナンヴァル連邦では現在、新任の大調整官クラウ・トホス・トルの息のかかった軍人が次々に昇進して軍の高官に付いているのだった。彼らには白魔法使いに対する尊敬の気持ちはなかった。ナンヴァルの白魔法使いはハイレンにいた白魔法使いのように治癒魔法を得意としていた。それに元来、白魔法使いは攻撃を苦手としていた。できないわけではないが、ナンヴァルの白魔法使いは敵を魔法で攻撃するようなことはめったにしなかったのだ。だから彼ら軍人にとって、艦隊の戦闘時に役に立たない白魔法使いは魔術師にも劣るのだった。そうした考えは前からあったが、考えの足りない一部の者達だけのものだった。それが大調整官の意向もあって、そうした考えがナンヴァルでは大手を奮うようになったのだ。
「私に何の用だ?」
「ガンダルフの魔法使い『大賢者』レギオン殿に申し上げる。ヘイダール要塞近辺にあるジャンプ・ゲートを速やかに使えるようにしてもらいたい。さもなくば、我らナンヴァルとゼノンの両艦隊を持って、ヘイダール要塞を攻撃する」
これは宣戦布告と同じだった。
「つまり、私にジャンプ・ゲートを開けろと命じるのだな?」
「その通り。これまで我々は魔法の呪文を綴るお前に尊敬と敬意を持ってきたが、それはもう過去のことだ。これ以上のお前たちの勝手なやり方に賛同することはできないということだ」
「なるほど。言いたいことは分かった。だが、それはできない」
「断るというのか?」
「そうだ」
「ならば、ヘイダール要塞がどうなってもいいと言うのだな。もちろん、そこに存在しているという、見えない『レギオンの城』も同様だ」
「できるものなら、やってみるがいい」
ナンヴァル連邦艦隊のウル・ヴァトラス・ナン提督はダールマン提督――レギオンの言葉に怒りの表情を見せて通信を断った。
「いいのですか?大丈夫なのですか?」
と、不安そうにグリンが言った。彼は先ほどバルザス提督――銀の月が言った向こうには新兵器があるのではないかと言う話が引っかかっているのだ。それに相手はかなり自信があるような言い方をしていた。
「さて、どんなものを出してくるのか……」
ゼノン帝国の艦隊がジャンプ・ゲートで止められてから、いずれゼノン艦隊がやって来るとは思っていたが、まさかナンヴァル連邦の艦隊と来るとは思っていなかった。現在はゼノンとナンヴァルとの間でかなり外交関係が密になっているのだろう。それはジル星団始まって以来のことだ。もしかしたら、軍事同盟の密約でも出来ているのかもしれない。
ゼノンとナンヴァルは同じ人間型竜族なのだが、ゼノン帝国の方が古かった。ゼノン帝国はダルシア人が、人間に似せた肉体を作って宿った後に試しに造った最初の国である。ただ当時まだ竜族とは言え人間の姿に似た種族に生まれ変わると言うことに抵抗を持つ者が多かった。そのため、ダルシア人でも指導者がゼノン人として生まれることは少なかった。それに、人間が竜族にあこがれて生まれ変わることもあったのだ。なぜなら、小さな人間が大きなダルシア人に生まれ変わるというのは、少々無理があったからである。逆に大きなものが小さなものに生まれ変わるのはそれほど難しくはなかった。それを考えればダルシア人よりも小柄な竜族になら、何とか生まれ変わることが出来ると思えたのだ。
ゼノン人と言う竜族が国を作るまでになった後に、もうひとつ別の国を作ってみようということでナンヴァルが造られた。同じ人間型竜族でも少し形を変えて作ったのだった。ゼノンと言う国を作った実績があるので、ナンヴァルにはダルシア人の指導者たちが、今度は自分たちの描いた理想の国家を作ろうと願ってたくさん生まれて来た。そしてできたナンヴァル連邦は最上位に神の正義を置いた神聖政治を行う国となった。
どちらも元をただせばダルシア人の魂だった。それなのに政治や肉体の形態が違うということで、後々この二つの国は非常に仲が悪くなった。特にゼノン帝国はダルシアとも敵対し、それをいつか征服し支配したいと考えるようになった。一方ナンヴァル連邦はダルシアと心を一つにして、ジル星団の発展に貢献していたのである。
アリュセア・ジーンはフェーラリス・オル・ジェグドラントと話をしている最中に、ナンヴァル連邦とゼノン帝国の艦隊がやって来たことに気づいた。
「要塞に危険が……」
と、他に人がいることに気づいて慌てて、言葉を切った。
「何が起きているんです?」
「え、ええちょっと……」
タリア・トンブンも目を上の方に向けて何かを見ていた。
「ナンヴァルとゼノンの艦隊が来たようだわ」
「ええ、今回は何かありそうだわ」
「でも、今はまだ『レギオンの城』と要塞との結合工事中でしょう。攻撃されたらどうするのかしら?」
「そうね。でも、ここにはガンダルフの五大魔法使いの内三人もいるのだから、何とかなるでしょう」
「何とかなるって、どちらも武器が使えない状態になっていると聞いているが……」
と、ダズ・アルグ提督が言った。
「それでも、ガンダルフの五大魔法使いの力があれば何とかなるでしょう」
今回は要塞や城の武器が使えないので、魔法使いの力を使うしかないのだ。けれども、ジル星団でも強国であると聞くゼノン帝国とナンヴァル連邦の艦隊を前に、ガンダルフの魔法使いがどれだけ使えるのかダズ・アルグには想像つかなかった。
要塞の艦隊の準備に向かおうとするダズ・アルグに、
「行っても無駄よ」
と、タリアは言った。
「なぜだ?」
「要塞から出られないと思う。例の工事のせいよ」
「しかし、連中は艦隊で来たんだ。要塞の武器は使えないのだし、駐留艦隊が出なければ、どうなる?」
「ともかく、司令室へ行ってみましょう」
と、アリュセアは言った。
387.
要塞司令室では、ゼノンとナンヴァルの艦隊の出方を見ていたところだった。そこへ、アリュセア・ジーンとタリア・トンブンとダズ・アルグが現れた。
「どうするつもりなの?」
と、アリュセアが聞いた。
「今、通信が切られたところです」
と、バルザス提督が言った。
「あちらはだいぶ怒っていたようだが……」
「怒っていようとも、ジャンプ・ゲートを開けるわけには行かない」
「しかし、何をしてくるのだろうか?」
大スクリーンに映じている艦隊は徐々に散開して行くように見えた。散開してヘイダール要塞を包囲しようとするつもりなのだろうか。だが、そうするには一万隻では足りない。
「何か来ます。あの艦隊の背後から、これはかなりの速度です。光速に近い速度です。艦隊の出て来たジャンプ・ゲートから出てきた模様」
それまで、ゼノンとナンヴァルの艦隊が邪魔をしていて、それが接近してきているのを探知することを邪魔していたのだった。
スクリーンに映るようになると、その形状がはっきりとして来た。
「あれは、隕石か?」
「隕石にしては、数が多い。流星群のようなものだろう。あれが新しい手か?」
「あの流星群が要塞を直撃したら、大変なことになるのでは?」
「こちらが、動けないものと知った上でやったことなのでしょう」
確かにヘイダール要塞は宇宙空間に浮かんでいるが、動くことはできない。動くには駆動エンジンが無ければできない。最初から、そのようなものは要塞には作られていないのだ。それに防御ためのシールドは今使えないのだ。
「なるほど、この手があったか……」
「どうすればいい」
ダールマン提督――レギオンは深呼吸をすると、聞いたことのない言葉を唱え始めた。
「こんな時に、何をしているんです?」
と、グリンが怒ったように言った。沈着冷静な彼にしては珍しいことだった。
「呪文を唱えているのよ。静かにして」
「呪文だって?」
「どこの言葉です?」
「あれはガンダルフの古代の言葉よ。もう使っていた人達はいないけれど、呪文は使えるものだわ」
要塞には言語フィールドが使われているので、聞いたことのない言葉が聞こえると言うことはこれまでなかったのだ。言語フィールドはかなりの数の言語に対応していたが、さすがにガンダルフの古代語については対応していないのだ。
ガンダルフの魔法の呪文は由緒正しい白魔法の呪文である。白魔法使いはかつて自分の国を守るために、生涯に一度は大きな変動を起こす呪文を使うことが出来た。というのも、その呪文を使うにはかなりの力が必要だからだ。一度使うと、普通の魔法使いはかなりのダメージを受けたのだ。そうした呪文の一つだと、アルネ・ユウキは知っていた。もちろん、ガンダルフの五大魔法使いにとっては一度ではなく、何度も使うことが可能だった。
流星群の来る方角に巨大なエネルギーが生じた。それは目に見える形では白い炎の塊に見えた。要塞司令室からは、流星群がその炎の中に吸い込まれて行くのが見えた。
「流星群が、白い炎に吸い込まれて行く」
だが、その途中で異変が起きた。白い炎が急に小さくなったのだ。
要塞の外に、あの二体の怪物がいるのである。彼らはエネルギーを捕食するのが本能だった。
「レギオン、外にあの怪物が二体もいるのよ。あれに吸われてしまうわ」
と、アルネ・ユウキが言った。
すぐにアリュセアは二体の怪物とTPで接触した。
(あの白い炎を吸収するのは止めてくれない?)
(ナゼダ?アレハ、ワレワレノホッスル、エネルギーダ。シカモ、コレマデイナイキョウリョクデ、オイシイ、エネルギーダ)
(後で、同じものをあなた方にあげるから、今は止めて)
(ワカッタ、ダガモウヒトツノワレワレハ、タブンヤメナイダロウ)
(何ですって!)
アリュセアは目を開けて、大スクリーンを見た。白い炎はまだあった。だが、依然として消えそうだった。そして彼女は、急いでディポック提督に言った。
「ディポック提督、お願いがあるのですけれど……」
「私に?」
突然のことだったが、ディポック提督は何だろうと興味を示した。
「あなたに、少々エネルギーを分けて欲しいのです」
「私のエネルギーを?構いませんが、何に使うのですか?」
「あの二体の怪物にやるのです。あの白い炎を温存するために」
「ちょっと待ってください。あなたの言っているエネルギーというのは、どんなものです?」
と、ダズ・アルグ提督が聞いた。
「もちろん、ディポック提督の持つエネルギー、つまり生命エネルギーのことだわ」
「何だって!そんなものをあんな怪物にやったら、病気なるかも、いや死んでしまうのではないか」
「いいえ、大丈夫。彼の生命エネルギーはとても純度の高い、高エネルギー領域から降ろすことのできるものだから、彼自身のエネルギーが減るわけではないわ」
「それは、どういうことです?」
「ともかく、ディポック提督自身のエネルギーを使う訳ではないと言うことなの。急がないと、この要塞が破壊されてしまうのがわからない?」
と、タリアが怒って言った。詳しく説明しているような時間はないのだった。
「し、しかし……」
「私は構わないよ。相手を傷つけるようなことに使うわけではないし、彼らがおなかを満たせるというのなら、構わない」
「ありがとう、ディポック提督。それじゃ、私の言う方向にあなたの思いを向けてくれますか?」
「思いを向ける?どういうことなのかわからないのだが……」
「そうね、簡単に言うと私の言うことをイメージするということです」
「わかった」
「まず、上の方に金色の光をイメージして、そこから下の方に光が差すようなイメージをしてみてくれますか」
ディポック提督がタリアの言うようにイメージをすると、レギオンが呪文で作った白い炎が再び大きくなった。
「そうそう、その調子で。あと五秒くらいそうしてもらえます……。はい、もういいです」
二体の怪物は純度の高い、彼らの表現によればとてもおいしいエネルギーを貰って、満足したようだった。
(コンナニウマイエネルギーガ、アルナンテ、シラナカッタ。マタ、モラエルカ?)
(そうね、あなた方が大人しくしていれば考えてみましょう)
再び白い炎は大きくなった。ジャンプ・ゲートから出て来ようとしていた流星群はその白い炎によって吸い込まれてしまった。
すると、今度はゼノン帝国とナンヴァル帝国の艦隊が動いた。主砲をヘイダール要塞に向けて発射したのだ。
だが、艦隊からの主砲はヘイダール要塞の手前でバリアのようなもので遮られた。
「あれは、要塞の防御シールドのはずはない。どうやって、やっているのだ?」
と、クルム司令官代理が言った。
「あれは、銀の月の防御シールドでしょう」
と、アリュセアが言った。
バルザス提督を見ると、やはり目を閉じて集中していた。微かに呪文を唱えているような声がしている。
「ふん。次は私の番ね」
と、アルネ・ユウキが言った。
赤い炎が敵の艦隊の一つから上がった。それが、まるで蜘蛛の糸のように見る間に敵の艦隊に広がって行った。アルネ・ユウキは特に呪文を唱えているようには見えなかった。その目は大スクリーンを見据えている。
「敵方からの通信です。どうしましょうか?」
「私が出る。回線を開いてくれ」
と、クルム司令官代理が言った。
「よくもやってくれたな、だが、これでは済まないぞ!」
と、ナンヴァル連邦艦隊ウル・ヴァトラス・ナン提督が赤い顔で言った。今や艦隊は赤い炎に包まれていた。スクリーンに映じた向こうの艦内でも、気温の上昇が起きていることが分かった。そのまま行くと、乗員が気温の上昇で動けなくなるのは時間の問題と思われた。
「そんなことよりも、降伏してはどうだ?今ならまだ、艦隊が全滅するのを防げるだろう」
「我が誇りに掛けて、降伏などはせん。だが、我々の攻撃はまだ可能だ」
最後に不気味な笑みを見せてウル・ヴァトラス・ナン提督は通信を切った。
「奴らの攻撃というのは、まだ何かあるのでしょうか?」
と、グリンが言った。
敵の提督の言葉は単に脅かしには聞こえなかったのだ。
「だが、どんな攻撃をしてくるというのだ?」
アリュセアははっとした。
「何か要塞内に侵入したものがいるわ」
「侵入者か?しかし、魔法でか?」
「いいえ、ゼノンにもナンヴァルにも、この距離を魔法で移動できる魔法使いや魔術師はいないと思う」
「魔法ではない。これは転送機によるものだ」
「何だって!奴らにも転送装置があるのか」
「これまではなかった。だが、どこかに埋もれていたアンダインの転送装置を見つけて研究すれば、可能になるだろう」
「きっと、どこかでそれを発見したのでしょう。それを密かに研究していたとすれば、不可能ではないわ」
ヘイダール伯爵は、それを聞いて自ら警報を鳴らすことにした。侵入者を発見し、排除しなければ危険が増す。現在はまだ工事中なので、要塞の警報はならないのだ。だから、要塞内の空気を振動させて、警報音を出したのだ。
ヘイダール要塞に警報が鳴り響いた。




