ダルシア帝国の継承者
379.
「システムが復旧しました。スクリーンに出ます」
と、要塞司令室のスタッフが言った。
大スクリーンに映ったのは巨大化した野菜とそれを見物している大勢の人々だった。
「あれか……」
と、ノルド・ギャビが言った。
彼は食い入るようにスクリーンを見つめている。あの巨大な野菜の中に彼の妻子が閉じ込められているのだ。助けたいのだが、どうすればいいのか皆目わからない。
「やはり、あれは魔法ではない。おそらく、これは暗黒星雲の種族の仕業でしょう」
と、アリュセアは言った。
彼女の三人の娘も巻き添えに遭って、あの巨大な野菜の中に閉じ込められて居るのだ。しかも、巨大な野菜の近くにいる透視能力の強いタリア・トンブンが見たところ、暗黒星雲の種族も同じくあの野菜の中に閉じ込められているのだと言う。正確に言うと、ノルド・ギャビの娘ジュネシスの持っていた小箱に暗黒星雲の種族の一人リード・マンドが閉じ込められていたのだ。彼がその小箱から出るために色々と試みていて、誤って野菜を巨大化させてしまったというのが事実らしかった。
タリアから聞いたこの事実を司令室へアリュセアが知らせると、驚きの沈黙があった。少なくとも最近ヘイダール要塞に来たジェルス・ホプスキン以外は、暗黒星雲の種族について多少は聞いていたからだ。
ダールマン提督は黙って、スクリーンを見つめていた。何かがおかしい、と思った。先ほど今日の捜査会議が終わったばかりなのだが、今ではあの時とまた意見が変わったのだ。
これまであの死体のない殺人事件の犯人はリード・マンド、つまり暗黒星雲の種族ではないかと考えていた。なぜなら死体が消えてしまったからである。その消え方が普通ではないのだ。死体そのものを処理したというのではなく、時間の流れの違う次元に置いたのである。これは暗黒星雲の種族のような力を持っていないとできない。その動機についてはまだ不明だったが、どうもそれだけではないらしいと気づいたのだ。
暗黒星雲の種族は犯罪などと言う劣等種族の事柄にあまり興味はない。だからと言って簡単に生き物の命を取ったりはしない。だから、これには何かウラがあるのではないかと考えた。あの帝国軍の中尉に扮したハイレン人のスパイはこの要塞で何をしていたのだろうか?
「ふむ。確かに妙だな……」
と、ヘイダール伯爵が言った。そして、
「ジュエルス・ホプスキン刑事、君はどう思うかね?」
と、聞いた。
突然振られたジェルス・ホプスキン刑事は困ったように言った。
「そう言われても、今現在何かを裏付けるような証拠がないので、判断の仕様がない」
ここでは彼がいつも使っているような証拠、指紋やDNAなどの他に犯罪者のファイルなどはない。しかし惑星ゼンダにあるそれを使っても、ここの事件が解決するとは正直思えなかった。
それでなくても彼はヘイダール要塞にきたばかりで、この要塞の状況についてはほとんどわからないのだ。この要塞にいる多くは元新世紀共和国の軍人であり、多少の民間人もいる。それに今はジル星団からの避難民たちもいると聞いていた。
そこへ起きた事件なのだが、事件自体は昔に起きている。五十九年前に起きた殺人事件なのだ。それを今になって捜査しようというのだ。そのためにヘイダール伯爵が彼の力を使って事件の起きた時間に遡ってジェルス・ホプスキン刑事たちを連れて行ったのだが、滞留時間が短くしか取れなかった所為もあって、それだけでは事件の解決に至る事実は何もわからなかった。
ここで致命的なことは証拠が何もないことだった。昔のことなので、何も残ってはいないのだ。残っているのは死体だけなのだ。それも簡単には検死もできない。証拠を提供するような人物も今はわからない。わからないことだらけなのだ。
「証拠か……」
「だが、あそこに我々があの事件に関して何か知っているという人物が確かにいるのなら、何とか捕まえられないだろうか?」
「暗黒星雲の種族を捕まえるだって?」
ノルド・ギャビはため息をついた。それはとても不可能なことに思えたからだ。
「ふむ。ジェルス・ホプスキン刑事、ちょっと聞きたいのだが……」
と、ダールマン提督が言った。そして何を思ったのか、
「元新世紀共和国の首都星ゼンダでは、どんな捜査方法を使っていたのかな?」
と、聞いた。
「捜査方法?私が日常的にやっていたのは、おそらく帝国でも昔から使われているような指紋やDNA、それに事件現場に置いて発見される事件に関する事物の鑑定などですが、……」
一体何を聞きたいのかジェルス・ホプスキンにはわからなかった。
「本当にそれだけか?私がゼンダで総督をしていたとき、聞いたことがある。刑事の中には特殊能力を使って捜査をする者もいるということだが、君はそうしたことをしなかったのかね?」
「それは、あなたがどこから聞かれたかわかりませんが、確かに表向きはないことになっています。ですが、刑事の中にはそのような特殊能力が有る者もいましたし、そうした能力がない場合はそうした特殊能力を持つ者の協力を仰ぐこともあったことは事実です。ですが、ここでは私独自のそうした特殊能力者のコネがありませんので、使えないのです」
ジェルス・ホプスキン刑事自身には特殊能力と言えるものはなかったのだ。ここでは特殊能力というよりは魔法使いがいると聞いてはいた。もちろん特殊能力者の存在も多いと聞いていたが、彼はまだここに来たばかりで、例えばブルーク・ジャナ少佐の子猫くらいしか知らなかったのだ。特殊能力があるから捜査が出来るとは限らない。魔法使いが捜査に協力してくれるとしてもどれだけ役に立つかはわからない。やはり専門的な刑事としての経験や知識が必要だからだ。
「だとすれば、そうした者たちを使うことはできるということか?」
「まあ、相手が素人であるならすぐには難しいでしょうが、私の刑事としての知識や経験があれば可能です」
「なるほど、アリュセア、君は確かタレス連邦でそうしたことに協力したことが有ると言っていたな……」
「ええ」
「帝都から帰ったばかりで疲れていると思うが、ジェルス・ホプスキン刑事に協力してくれないだろうか?」
「わかったわ。私の娘たちも巻き込まれていることだし、やってみましょう」
「ちょっと待ってくれ、つまりこの人が特殊能力者だというのか?」
と、ジェルス・ホプスキン刑事はアリュセアを見て言った。
「そうだ。どんな能力を持っているかは本人に聞くといい。子猫の方も使えるが、そちらは他にも必要があると思うから、アリュセアを専任で使ってくれ」
ジェルス・ホプスキン刑事は戸惑ったようだった。いつもなら協力者は大抵男性だったのだ。その方がやりやすかったからでもある。それに女性の能力者はあまり自分の能力を見せたがらない。警察に協力すると危険も大きいからだ。それでなくても、彼の居た所では特殊能力者は社会にその存在自体が認められていない。これは銀河帝国と似たり寄ったりだった。それでも銀河帝国よりはましだと思われていた。
ジェルス・ホプスキン刑事は司令室から現場に向かった。もちろんアリュセアも一緒に。
歩きながら彼はアリュセアに聞いた。
「ええと、あなたはあのダールマン提督とどのようなお知り合いなのですか?」
「そうね。彼はここでは私の兄になるのよ」
そう言ったのはサンシゼラ・ローアンだった。彼女にとってダールマン提督は兄になるのだ。だが、アリュセアにとっては赤の他人であり、ライアガルプスにとっては昔からの知り合いだった。ただダールマン提督との話にはサンシゼラが積極的に関わって来るので、仕方なく兄と答えることにしている。当のタレス人のアリュセアにとって弟は居るが兄はいない。
「兄?」
ジェルス・ホプスキン刑事は、首都星ゼンダの総督だったダールマン提督は確か兄弟はいないと聞いていた。それに彼女はタレス人だと聞いていた。これまで国交のなかったジル星団のタレス連邦と帝国の臣民である両親を持つダールマン提督は、タレス連邦に兄妹がいるはずがない。何しろジル星団と言うものがあることも最近わかったことなのだ。向こうから交易をするための外交団を送って来たのである。その中にタレス連邦と言う名も有った記憶がある。
彼から見たらアリュセアはおそらくダールマン提督の愛人だろうと思ったのだ。それにしては年を取り過ぎているように思えたのだが。他人の好みはわからないと思っていた。それが二人は兄妹であるというのだ。
「本当に嫌な力だわ」
と、アリュセアは言った。
前と違って彼女には、目の前のジェルス・ホプスキン刑事の考えがTPで手に取るように分かるのだ。自分の評価まで丸聞こえでは居心地が悪いことこの上ない。
「力?特殊能力のことですか?」
「そう。ここへ来てから不思議なことに力が強くなって、それで色々困ってもいるの」
「あなたの能力はどんなものですか?」
「そうね。一番強いのはTPかしら?それから予知とか瞬間移動、霊視に透視に念力とまあ大抵の能力はあるようだわ」
「TP?」
とすると自分の心の中が読めてしまうということか、いや例えTPであっても、周囲の者の心の中を簡単に読むような能力者は少ないと聞いたことがある。彼が前に協力してもらっていた能力者にはTPもいた。だが、その能力者は人の心を読むためにかなり集中する必要があったし、読めてもあまり正確ではなかったと記憶している。
「それはね、TPの力の強さと、どれだけTPを使って理解できるかは人によってかなり差があるからだわ」
と、素早くジェルス・ホプスキン刑事の考えを読んでアリュセアは言った。
「ええと、その私の心を読んですぐ答えるというやり方はちょっと……」
「あら、そうね。ごめんなさい。あなたにとってはやりにくいわね。でも、あなたってあまり悪想念を持つことはないようだし、私にはやりやすいわ」
「悪想念?」
「つまり普段から相手を悪く思ったり、陥れようと考える人もいるってこと」
「なるほど。私は悪人ではないということか……」
「そうね。それから、すぐにあの巨大化した野菜の現場に行くのではなくて、その前にエルシン・ディゴ政治代表が死体を見た場所に行きたいのだけれど」
「しかし、お子さんが巻き込まれていると言っていたようですが……」
母親なのだから、そう思うのが当然だとジェルス・ホプスキン刑事は思った。だからまさか事件の端緒になった場所に行きたいと言うなんて、思わなかったのだ。彼としては、本当はそうしたかったとしても。
「そうだけれど、あちらはすぐに如何こうすることはないでしょう。それよりもこの事件の最初の事から見た方がいいと思うの」
「そういえば、あなたはタレス連邦出身で、前に捜査の仕事を手伝ったことが有るということでしたね」
「ええ。もっとも前は今のようにTPも強くなくて、事件の捜査と言っても本当に補助しかできなかったから……」
二人はエルシン・ディゴ政治代表が死体を見たと言っていた場所に行くことにした。
現在その場所には誰もいなかった。もちろん、人が入らないようにしてはいない。ここはあまり人が来ることのない場所でもあるにすぎない。
アリュセアは目を閉じて、その場所を一周した。そして、おそらく死体が有ったと思われる場所の床を触った。彼女の霊的な目にはそこに確かに死体があるのを見ることが出来た。ただ、時間の流れがそこだけ非常に遅くなっているので、死体が無いように見えるのだ。つまり死体があるのはほんの少し次元の違う空間だということだ。
「なるほど。確かにあのヘイダール伯爵が言っていたように、ここは時間の流れが妙だわね」
以前、タレス連邦で捜査の補助をしていた時はこんなことはできなかったと思いながらも、アリュセアは自分でも不思議な程何をどうすればいいのか迷うことはなかった。
この空間の死体の有った場所だけ時間の流れが違うのだ。それは目に見えないものなので、普通ではわからない。それにこの死体は出現状況があらかじめ設定されているような気がした。エルシン・ディゴ政治代表がここを通った時に死体が現れたのはそのせいなのだ。次にこの死体が現れるのはいつだろうか。
確かにこんなことができるのは、暗黒星雲の種族ぐらいのものだ。ただし、現在あのリード・マンドは自分の霧状の存在を人間化することが出来ずにいる。あれは何かに邪魔されているのだ。ということは暗黒星雲の種族の意志を曲げるほどの力を持つ者がこの要塞にいる可能性がある。
その可能性の有る者が何者であるかも、ある程度アリュセアは気づいていた。だが、まだそれを特定することは控えていた。
「そう言えば、あのヘイダール伯爵は特殊能力者なのですか?我々を、つまり私やエルシン・ディゴ政治代表、それにブルーク・ジャナ少佐を事件の起きる前の時間のこの場所に移動させたのです」
「ふーん。アンダイン種族もなかなかやるじゃない」
「アンダイン種族?彼は銀河帝国の出身ではないのですか?」
「まさか、あのヘイダール伯爵が生きているとしたら、何歳になると思うの?元々彼は遠い銀河から来たアンダインと言う種族の出身なの。彼らはあの暗黒星雲の種族と同程度の文明段階にあると考えられるわ。ただ、暗黒星雲の種族と違って、彼らには自分たちよりも低い文明の種族に関わってはならないという掟を持っているの。だから、彼はアンダイン種族から仲間外れになった漂流者でもあるわ」
「彼らがどう違うのか私にはわかりませんが、この場所で何が起きたかわかりますか?」
「そうね……」
再びアリュセアは集中するために目を閉じた。
事件の時間が特定できないのは非常にやりにくかった。大体の時間はわかるのだが、殺人の起きた時間が特定できない。それほどこの場の時間の流れは変だった。アリュセアは時間の流れに沿って意識をずらせてこの場の状態を見ているのだが、ドルーフ・ジダル中尉の殺された時間がなかなか特定できなかった。と言うことはその時間が特定されると困ると考えている者がいるのだ。それがリード・マンドなのではないか、と彼女は思った。
「すると、そのリード・マンドとか言う暗黒星雲の種族の男がドルーフ・ジダル中尉の殺された時間を隠しているというのですね?」
「そう。たぶんそこらへんに、何か秘密があるのだと思うわ」
「で、死体の方は消えたわけではないのですね」
「ええ、ここにあるわ。ただ、時間の流れが非常に遅い次元にあるので見えないだけ。エルシン・ディゴ政治代表がここに来た時に出て来たのは、何か最初からそうしたプログラムが有ったということではないかしら……」
「プログラム?」
「つまり計画というか、そういう仕掛けになっているということね」
暗黒星雲の種族は自分たちが他の種族よりも非常に優れているという優越感があるので、自分たちの計画したことが推測できるような人物を見つけるということを楽しむ癖があるのだ。普通の人間では例え推測できたとしても、解決することなどできないからだ。
380.
元新世紀共和国のジェルス・ホプスキン刑事とタレス人のアリュセア・ジーンは、野菜の巨大化した商業地区に着いた。
「あ、こっちよ!」
と、タリアが二人を見つけて呼んだ」
巨大化した野菜は動いていないし、あれから更に大きくなってもいなかった。
「あの中はどうなっていて?」
と、アリュセアが心配そうに聞いた。
「狭いけど、苦しくはないようだわ。それに、空気もあるようだし。子供達もギャビ夫人も大丈夫だわ。ただ、リード・マンドが霧状化したままのようね」
一番の窮状にあるのは暗黒星雲の種族であるリード・マンドのようだった。
「どうして、彼は霧状化したままなのかしら?」
本来暗黒星雲の種族は普段見た目が霧状態であるので、それほど困っているとは思えなかった。ただ、本人の意向は別なようだった。自分の思い通りにならないことが非常に腹立たしいのだろう。アリュセアは巨大化した野菜から出てくる電磁波の中に怒りの波長を強く感じていた。
「何か形を固定化するのを阻害する電磁波が出ているのではないかしら」
と、タリアは言った。
アリュセアはその時何か感じるものがあった。彼女の特殊能力の最大の特徴は予知能力を持つことだった。
「あ、何か要塞に近付いてくるものがある」
「宇宙船?」
「いえ、これは危険、危険、危険なもの。以前どこかで見たことが有る気がする。ともかくタリア、子供たちの事を見ていてくれる」
「それはいいけれど……」
「ジェルス・ホプスキン刑事の事もお願い。私は思い出したことがあるから……」
と言うと、アリュセアは姿を消した。
「あっ、どこへ行ったんだ?」
と、間抜けなことを言ったのはダズ・アルグ提督だった。
司令室に瞬間移動すると、アリュセアはダールマン提督見つけて言った。
「要塞に危険が近づいてくる。何か具体的にはわからないけれど。でも、これは前に来た感覚があるわ……」
「何だと?」
ナル・クルム司令官代理もアリュセアの言うことに、何かが起きようとしていることを感じた。
「どこかの大艦隊が近づいてくるというのか?」
「いえ、これは艦隊ではないわ。でも、とても危険なもの。この要塞にとって……」
ディポック提督はアリュセアの言葉に不安を感じた。不思議なことにアリュセアの言っている危険を知っているような気がした。
「ともかく、全ての探索機器を使って要塞に何か近づいているのか調査を……」
と、クルム司令官代理が言ったその時、要塞に大きな衝撃が来た。
「何だ、今のは?」
最初はどこかの艦隊の攻撃かと思ったが、スクリーンにそんな艦隊など映じてはいない。
「一つだけ、ジャンプ・ゲートが開いているわ!」
と、アリュセアが叫んだ。
ジャンプ・ゲートがある場所は要塞の探知機でわかるが、現在はほとんどが閉じられている。要塞の近くにあるゲートの多くが他の銀河へと繋がっているものだからだ。
「しかし、以前すべてのジャンプ・ゲートを閉じたのでは?それに今は例の件で銀河内のゲートも閉じているはずだ」
「そうだ。だが、開けようとすれば開かないことはない。暗黒星雲の種族か、それと同レベル文明を持った種族であれば、開けることは可能だ」
だとすると、今回の危険はかなり大きいとクルム司令官代理は思った。
「何かがあの開いているゲートを通って、実体化しようとしているのよ」
「何がだ?」
と、司令官代理は聞いた。
アリュセアはダールマン提督を見た。
今から五十年ほど前、彼らがこのふたご銀河にやって来た当時いて今でもこの司令室にいるのは、アリュセアとダールマン提督だった。ディポック提督はまだ生まれる前で、居たことはいたのだが今現在記憶がない。だが、その顔色を見ると、何か感じているようだと思われた。
「リドスに緊急連絡を入れてはどうだ?」
「いや、危険だ」
と、即座にダールマン提督が言った。
いつもこのような危険が迫った時は、魔法使いやリドス連邦王国の話が出るが、今はそれも出ないようだった。ということは、彼等でも手に余るようなことが迫っているとしか思えない。
「そうね、TPとかも使うと危ないわ。今外へ連絡を取ることは控えた方がいい。それに、艦隊も外へ出さないほうが安全だわ」
「しかし、それでは相手を攻撃することも、民間人を逃がすこともできないではないか」
危険の意味はわからないが、かなり危険が迫っていることは不思議にわかるのだ。
「まだ、状況を把握していない。もう少し待ってみてはどうだ?」
「待ったとして、今より状況がよくなることはあるのか?」
「少なくとも、危険が明確にわかった方がいい」
まだ何も起きてはいなかった。ただ、皆一様に危険を感じているのだ。
このところレギオンの城と要塞の結合作業の補助で忙しく飛び回っていた銀の月が、異変に気が付いた。まるで肌で感じるほどの不安が迫ってくるように思えるのだ。これが何であるのかすぐにはわからなかった。そう言えば、司令室から要塞の危険を知らせる警報はなかったが、先ほど要塞が原因不明の衝撃を受けて震えたのだ。その時すぐにも司令室に行きたかったが作業上そうもいかなかったのだ。
その時、銀の月の宿舎にいるナンヴァル人のマグ・デレン・シャから魔法で通信があった。
「ヘイダール要塞に何か危険が迫って来ているような気がするのですが……」
マグ・デレン・シャは非常に慎重に言葉を選んで言った。彼女が虚言を弄するようなことはしないことを銀の月はわかっていた。そして、
「皆、何かしら不安を感じています。忙しいとは思いますが調べてはもらえませんか?」
と、遠慮がちに彼女は言った。
「わかりました」
今やっている作業を一応終えてから、銀の月は司令室に魔法で移動すると、大スクリーンに巨大化した野菜が映じているのを見た。
「何ですか、これは?」
と、彼は思わず聞いた。
「バルザス提督、来たのか。ジャンプ・ゲートが一つ開いているそうだ。そこから何かがやって来ると、アリュセアが言っているのだ……」
と、ダールマン提督が言った。
「ライアが?で、そのジャンプ・ゲートは?」
大スクリーンが切り替わり、要塞の外の宇宙空間が映じた。その中の一点が赤く明滅していた。
「あそこか……」
「ただ、危険なので艦を出すわけには行かない」
ダールマン提督は危険がどんなものかある程度分かっているようなのだが、具体的にそれが何なのか言おうとしなかった。
そこへまた一人、やって来た。アルネ・ユウキである。
「何かおかしなことが起きているのでしょう?どうしたの?」
そして、大スクリーンを見ると、急に黙った。彼女には何かが見えたようだった。
「あれは、あいつだわ。あの四十年前に来た怪物ね」
「怪物?」
「そう。彼らを追って来たのよ。逃げて来たザボク族を追って来たの。でも、今頃どうしてやって来たのかしら……」
「アルネ・ユウキ少佐、君はこの危険の正体を知っているのか?」
と、クルム司令官代理が聞いた。
「もちろんよ。あら、兄さんたちは何も言わなかったの?」
「まだ、確認できていないからだ」
「何を言っているの!確認できてからではもう遅いわ。あのとんでもない怪物はあの時、やっとのことで追い払ったのよ」
「要塞が危険なのか?」
「危険どころか、丸飲みされてしまうわ」
「つまり食べられてしまうということか?」
「そう。あれは、そういうものなの。破壊するのに武器を使うのではなく、丸ごと自分の中に入れてしまって解体するのよ。この要塞は三次元宇宙にあるから目を付けられたら終わりだわ。レギオンの城は大丈夫だけれど……」
と言うことは、危険な怪物というのは三次元宇宙に存在しているということか、とクルム司令官代理は思った。だとすれば、要塞そのものを別の次元に移動すればいいのではないだろうか。
「この要塞自体を別の次元に移動するということはできないのだろうか?」
「それはまだ無理だわ。レギオンの城とこの要塞との結合が不充分だから。それに、私や兄さんたち、それにリドスの魔法使いを総動員してもできないわ。パワーが足りないから」
「リドスの王女たちは、助けに呼べないのか?」
「今はダメ。他で必要とされているから。だから私が来たのよ。私達で何とかしなければならないのよ。でも、どうすればいいのかしら。ともかく、私なら艦に乗らなくてもあのジャンプ・ゲートの傍へは行けるわ。でもその後、どうすればいいのかわからない。あれが入って来つつあるのなら、閉じることはもうできないでしょうから……」
これまでいつも、要塞が危険な時はリドス連邦王国の王女たちが助けてくれたのだ。しかし、今回は来られないという。それはどこかで彼女たちが必要とされているということなのだ。
ガンダルフの五大魔法使いの一人、エルレーンのエレンと呼ばれるアルネ・ユウキは、炎の化身である火竜でもあると言われていた。その魔法の力は非常に強く、身を守る力が強い。だから宇宙空間でもその魔法の力で結界を作って存在することが可能なのだった。
「私を連れて行ってくれないか?」
「銀の月を?それはいいけれど、何か良い考えがあるの?」
大スクリーンを見たが、まだそこには何も映ってはいなかった。
「まだ、時間がある……」
と、銀の月が言った時、要塞に再び大きな衝撃が来た。ただし、また警報は鳴らなかった。だが、次の瞬間司令室が暗くなった。そして動力源を切り替えたのか、再び明るくなった。その間、数分のことだった。
「何が起きたんだ?」
と、ノルド・ギャビが言った。
「やはり、あいつが来たのよ」
「あいつとは何だ!」
「まずいな、エネルギーを吸収されている。このままではこちらの動力が枯渇してしまうだろう」
その姿の見えない怪物というのは、手近にあるエネルギーを吸い尽くし、獲物を動けなくしてしまうのだった。
「まだ何も見えないが、その怪物とやらはすでにジャンプ・ゲートを出たということか?」
「おそらく、その一部が出て来たのだと思う。全部出てきてしまうと、このヘイダール要塞よりも大きいものだから……」
「だが、ジャンプ・ゲートをそんな大きなものが通れるのだろうか?」
「まるでアメーバのように変形するの。この要塞だって、一応形があるけれど外側の金属は可変可能な流体金属というのでしょう?それに似ているわ。ただ金属としてはかなり変わっているけれど」
ダールマン提督――レギオンは黙っていた。先ほどからずっとそうなのだ。何を考えているのだろうかと、クルム司令官代理は思った。
「何か手立てはないのだろうか?」
いや、何かあるはずだった。なぜなら、こんな時期にこの要塞がなくなってしまったら、銀河帝国の皇帝がこの要塞を攻撃するためにやって来ることは無くなってしまうのだ。そんなことをしたら、クルム司令官代理もここに存在できなくなる。それはこれまでやって来たことが無駄になってしまうということだ。ロル星団に巣食う『死の呪い』を排除することができなくなるのだ。
381.
「あの怪物は外から攻撃することは不可能に近い。だが、内部からなら可能だと思う」
と、銀の月は言った。
外部からエネルギーを吸収するシステムがあるため、大抵の攻撃はエネルギーとして吸収されてしまうのだ。したがって、エネルギー系の攻撃は相手に利するだけである。これを知っているだけでも役に立つ。これまであの怪物はそれを知らない連中には無敵だったのだ。
「内部から?でもどうやって入るのだ?」
と、クルム司令官代理が聞いた。
「入ろうとしなくても、奴は自分の進路にある固形物は内部に取り込む習性がある。内部に取り込んでから解体しすべてをエネルギーとして吸収するのだ。まるで生き物が食物を飲み込んで消化するようにだ」
と、ダールマン提督が重い口を開いた。
「しかし、ヘイダール要塞はかなり大きいと思うのだが……」
「この要塞の大きさなど、奴には大したことではない。惑星だって、奴には単なる食物にしか見えないだろう」
「惑星も取り込んでしまうのか?」
「そうだ。奴の本体は先ほどアルネ・ユウキが言ったように可変可能な金属でできている。内部に食物となる固形物を取り込むのに簡単にその大きさを変えるのだ」
「だが、その中枢部分はどうなのだ?指令を出す頭脳はどうなっている」
と、クルム司令官代理は言った。その中枢部分を攻撃すれば、機能を停止するのではないかと考えたのだ。
「そこまでは残念ながらわからない。どこかにあるのだろうが、これまでは見つかってはいない」
この怪物が以前やって来た時のことをダールマン提督は思い出していた。あの時は、レギオンの城にガンダルフの五大魔法使いとダルシア人のライアガルプスがいた。当時も突然この怪物は現れたのだ。その出現が明確にわかったのはエネルギーの変化が確認されたからである。エネルギーを吸収されてしまうために、要塞の中で機器の不調が続いたのだ。
その頃、このヘイダール要塞には銀河帝国軍がいた。彼らは何が起きたのかと最初は右往左往していた。彼らには怪物についてはその姿さえわからなかった。最後に単なる要塞の機器の不調だと結論付けたのだ。
この怪物はふたご銀河に避難してきたザボク族を追ってやって来たのだ。彼らの母なる銀河から彼らの敵が放った怪物だった。避難民を受け入れたふたご銀河の側ではこのようなものが来るとは思いもしなかった。
ガンダルフの魔法使いとダルシア人は要塞にいる帝国軍に怪物のことを知られないように、怪物を排除しなければならなかった。その怪物は要塞に使われている流体金属よりももっと可変性の強い、そして破壊しにくいものであることが解析でわかった。それに外部からの攻撃はすべてエネルギーとして怪物の養分になってしまうこともわかった。
「あの怪物は内部からの攻撃でないと、破壊は困難です。ですが、内部に入ってしまうと出られません」
と、銀の月は結論付けた。
「でも、破壊するだけが解決する方法ではないのでは?」
と、エルレーンのエリンが言った。
確かに、怪物を攻撃することを考えると、どうしても帝国軍にわからないようにする、と言う前提が崩れてしまうだろう。攻撃が成功して怪物が破壊されても、その残骸が飛散する。破壊のエネルギーが激しければ要塞にも被害が及ぶだろう。それにその飛散した残骸が要塞の流体金属に交じって何が起きるがわからない。
「では、どうすればいいと言うのだ」
と、ライアガルプスが聞いた。
「どこか遠くへやってしまうというのはどう?」
「そんなに簡単にできることか?」
「やってみなければわからないわ」
そこで彼らは怪物が最も好む餌を造ることにした。怪物の好む餌はエネルギーが巨大で、しかも動くモノ、動かなければ怪物は近づいて行かないからだ。もちろん恒星のようなあまりに巨大すぎるエネルギーでも困る。
銀河間のジャンプ・ゲートを一つ開けて、その向こうに餌を置く。そしてジャンプ・ゲートへ入った途端、それを閉めて、しかも到着地点へ着けないように、入り口と出口を繋ぐホワイトホールを途中で切ってしまうのだ。そうして、銀河と銀河の間にある暗黒の空間に置いてけぼりにするのだ。そうすれば、そこにいるだけで自身のエネルギーがどんどん消費され、怪物が無力化するのではないかと考えたのだ。
例え、無力化するとしても、永遠には無理なのだが。それはまた後に考えればいいと彼らは思った。ヘイダール要塞に銀河帝国軍がいては怪物に対する効果的な攻撃もままならない。彼らが居なくなった後にやることが重要なのだ。それはおそらくそれほど長くはかかるまい、とライアガルプスは思った。彼女は要塞から銀河帝国軍が居なくなる時はおそらく五十年とかからないだろうと、その予知能力で分かっていた。その時にどうするか考えればいいのだ。
今回再び怪物が来襲したのは、どこかから新たなエネルギーを大量に吸収したからだろうと思われた。怪物はこの要塞の位置を記憶していただろうし、そこに自身の好むものがあることも知っているのだから。
怪物というから生物かと勘違いしがちだが、これはザボク族の母銀河の敵対種族から送られた攻撃兵器なのだ。こうした大規模の武器はそれを制御する頭脳に当たる部分はかなり精密なものだと考えられた。例え機械と言えど、規模が大きくなればなるほど頭脳に当たる部分は精密さを要求される。それは知的生物の脳に近くなるのだ。従って、自分で敵を捜索し発見し攻撃することが可能になる。だが、逆に生物の脳に近くなると、感情などの生物の持つ特徴が出てくるものだ。
この怪物はその感情らしきものを常に発していた。すなわち、
(ハラヘッタ、ハラヘッタ……)
と言う、貪欲に餌――すなわちエネルギーを取り込むことを考えるようになっていたのだ。
それを、ライアガルプスは怪物の波長として捕えていた。だから、TPによる探知が可能だったのだ。
だが、今回こそこの怪物を破壊するか無力化しなければならなかった。そうしなければ、早晩この怪物はロル星団やジル星団を襲うことになるだろうからだ。




