ダルシア帝国の継承者
376.
アリュセア・ジーンは、帝都ロギノスの周回軌道上にいるプロキシオン号から、転送装置でヘイダール要塞へ戻って来て休んでいた。向こうではTPなどのダルシア人の特殊能力をかなり使ったので、肉体的にも疲れが出て来ていたのだ。
公式には帝都ロギノスには魔法使いや魔術師・魔導士の類は、最近ジル星団から来た者達以外にはいないはずだった。だが、今回の向こうでの彼女の印象はもしかしたら昔からの何か――闇の魔法を伝える者――が残っている可能性があると思われた。それはおそらく、『死の呪い』を作ったアルフ族の魔導士の力を伝える者だろう。
魔導士はガンダルフの魔法使い達によると、魔法使いの分類ではかなり悪質なものだった。
魔法使いというのは、ガンダルフでは一般に白魔法使いの事を指す。白魔法使いとは、魔法を人のために使う魔法使いの事を言う。だから『呪い』などは掛けない。もちろん『呪い』を使えないわけではない。使わないのは彼らの人のために魔法を使うという信条に反するからだ。
魔法使いの中で一度でも『呪い』に手を染めた者は魔術師と呼ばれた。『呪い』を使ってしまうと、魔法の中でも『ヒーリング』と呼ばれる治癒魔法が弱くなると言われている。まして、強力なパワーを必要とする大きな魔法も使えなくなると言われていた。従って魔術師は白魔法を少しは使えるが、『呪い』などの闇の魔法を使うようになる。そして闇の魔法を使い続けると、白魔法は使えなくなると言われていた。そして闇の魔法しか使えない魔導士となる。
ガンダルフでは白魔法使いがほとんどで、魔術師や魔導士などはいなかったのだ。ただ道を外れた魔法を悪しきことに使う者たちは少数だがいた。どこの世界にも犯罪者はいる。魔法使いであっても、すべて聖人であることはないからだ。ただ、一旦魔法を悪しきことに使った者は、もう白魔法使いには戻れなかった。それが白魔法使いの掟だと言われていた。けれども掟だけではなく実際に白魔法使いの呪文の効力が薄れることが分かっていた。そして多くの魔術師や魔導士が生まれたのは、遠い銀河からアルフ族やって来てからなのだ。
遠い銀河からやってきたアルフ族には、白魔法使いと闇の魔法使いの二種類がいた。そのうち後者がガンダルフでは魔導士と言われるものだった。
どちらもアルフ族の王国での支配権を得ようと苦慮していた。もちろん、元々白魔法使いが王族に多大な影響力を持っていたのだが、時と場合によって、闇の魔法使いの勢力が増大することが有った。それはまさしく国の存亡を掛けた時期になると現れるものだった。
今、そうした闇の魔法使いの存在が明確になりつつある。ということは、一旦新王朝が立った銀河帝国に再び国の存亡の危機が来ているということだとアリュセア・ジーン――ダルシア人のライアガルプスは考えていた。だが、そうした思いをもちながらも、
(子供たちのことも考えなければ……)
と、アリュセア自身は考えていた。
彼女は、今回は一国の指導者ではない。だからこそ、子供の事を一番に考えなければならないのだ。銀河帝国は大国だが、自分の国ではない。そんな国の事にいつまでも関わってはいられない。彼らには彼らのやり方があるだろう、と突き放したくなったのだ。
しかし、彼女の心のなかのダルシア人のライアガルプスは、異なった考えを持っていた。いずれ、銀河帝国に巣食った闇の魔法使いはふたご銀河全域に広がってしまう。その前に、何とかする必要があるのだ。ライアガルプスにとってはそれは自明だったが、タレス人の普通の市民として育ったアリュセアにとっては自分には関係のないことだとしか思えなかった。そんなことを考えるのは政治家の仕事ではないか。
アリュセア自身の子供の問題と闇の魔法使いの問題は、彼女の心の中で大きな葛藤を生んでいた。
「大丈夫かい?」
と、ねこなで声でダルフレイド・ブグマンが言った。
目を開けてダルフレイド・ブグマンを見たアリュセアは、吐き気を催した。
「だ、大丈夫か?」
と、再びダルフレイド・ブグマンが言った。彼にはアリュセアの体調が悪い所為にしか思えなかったのである。
アリュセアが見たのは、ダルフレイド・ブグマンの正体だった。彼は、アリュセアの夫であるロルフ・ジーンの親友であった。しかし親友であるロルフを裏切って死なせ、政府の手先となっていた。今の彼は黒いトカゲのような影が憑いていた。それはおそらく古代の魔導士の成れの果てではないかと思われた。ダルフレイド・ブグマン自身は魔法使いではなくタレス人の特殊能力者であったが、生まれる前、それがいつであるかわからないが、魔導士としてその力を使っていたのだ。アリュセアはそうした物が見えるほど、ダルシア人としての力が戻って来ていたのだ。だがそれでも、まだ本来の力を取り戻すところまでではない。
帝都ロギノスに行ってからアリュセアのTPの能力だけではなく、元ダルシア人として持っていた能力が更に研ぎ澄まされていたのだ。彼女に目にはダルフレイド・ブグマンの本性が丸見えだった。
「今、リゼラたちが買い物に行っているんだ。君のために何か栄養になる物を作りたいと言ってね」
と、恥ずかしげもなく彼は言った。彼にはアリュセアの変化には気づいていなかった。アリュセアは自分より特殊能力は弱いと、以前のままだと思い込んでいた。だから警戒することもなく、自分の本音を心の中で隠すことすらしなかった。
その本音はアリュセアを見下すだけではなく、娘たちごと自分のモノにして意のままにしようとしているのだ。最終的にはその心に描いたように、奴隷の扱いをするつもりなのだ。ブグマンの本音があまりにもあからさまだったので、吐き気がしてアリュセアは何も言えなかった。それが、さらに体調を害しているように感じられて、
「こんなことになっては、結婚式もすぐにはできないね」
と、彼は言った。
結婚?そんな話になっていたのだろうか、と彼女は思った。帝都ロギノスの周回軌道上のプロキシオン号に行く前のことはまるで何十年も前の事の様に感じられた。
「リゼラたちが、あの臆面もない図々しい男を嫌っているようだね」
臆面もない図々しい男?彼女はそんな人物に心当たりはなかった。
「図々しい男?誰のこと?」
「決まっているじゃないか。あの男だよ」
と、彼はわざと名を出さずに言った。彼にはとうてい敵わないと思えるあの男のことは、いくらでも悪く言っても構わないと思っていた。祖国から追い出されたにせよ、現在でも一国の艦隊の提督なのである。そんな人物と普通に比べられたら劣等感を刺激されて堪らないのだ。
「わからないわ」
「だいぶ疲れているようだね。ほら、あのバルザスという奴だ。帝国では大逆人の一人なのだろう?そんな奴に君たち親子を近づけるわけには行かない」
そこでやっとアリュセアは話が分かって来た。
「彼は大逆人の一人ではないわ。皇帝陛下がダールマン提督の冤罪を信じてしまったのよ。バルザス提督は彼の部下だった。大逆人の部下だったに過ぎないわ」
「同じことさ」
例えどんなことを言われても、アリュセアはバルザス提督のことを悪く思うことはなかった。ベルンハルト・バルザスと今回は名乗っているが、本来はガンダルフの五大魔法使いの一人銀の月だった。その銀の月はライアガルプスにとっては昔からの盟友だったのだ。その信頼感は心の奥底から堅固で多少悪口を聞いたくらいでは揺るぎようもない。
それよりもダルフレイド・ブグマンがどうしてそんなことを言うのかわからなかった。銀の月と彼とはほとんど接点がないはずだ。話をしたこともないだろう。
「噂だけで人を判断するものではないわ」
「そんなことを言っているから騙されるんだ!」
と、すかさず彼は言った。
騙されるも何も、銀の月はアリュセアに何も要求してはいない。何も言わなくても、二人の間は通じるのだ。
「それに、リゼラたちが奴を嫌っている」
「嫌っている?なぜ?」
「君が奴に騙されて、結婚を考えているのではないかと思っているんだ」
馬鹿なことをと、アリュセアは思った。そんなこと考えたことはない。
「君はどうなんだ?」
「考えたこともないわ」
「そうかな?」
「それに、あなたにそんなことを言われる覚えはないけれど……」
次第に体の内に力が蘇って来るのを感じていた。それは人間としての力ではなく、ダルシア人の――つまり竜の力だった。
「僕は考えている。だって君はあの僕の親友だったロルフの妻だったし、今大変なんだろう。それを見捨てるわけには行かない」
アリュセアは眉を潜めた。彼女にはブグマンの考えた手に取るようにわかった。だが、彼はそうではないらしい。それがこれまでと違うのだった。以前ブグマンはアリュセアの考えを読むことが出来たのだ。
このヘイダール要塞へ亡命してきたタレス人の中には、ここで自分の特殊能力がさらに磨かれる、強力になる者と全然変わらない者とがいた。ブグマンは後者の方で、アリュセアは前者に当たる。今回帝都ロギノスに行ってからというもの、その特殊能力は飛躍的に向上していたのだ。それに加えて、ダルシア人が持っていた肉体的な能力がアリュセアの身体に備わって来ていた。ダルシア人の非常に硬い皮膚、回復能力、そして最大のものは人間の何十倍にもなる怪力である。
「アリュセア、僕は君の帰りをずっと待っていたんだ」
「何のために?」
「わかっているだろう。それはリゼラたちも望んでいる。僕と君の事だ」
冗談じゃない、とアリュセアは思った。こんな人間如きに関わるなどあってはならない、と心の中で厳しい声がした。今アリュセアの心の中では、タレス人のアリュセア・ジーンとダルシア人のライアガルプスとガンダルフ人のサンシゼラ・ローアンが珍しく同意見で一致した。
ダルフレイド・ブグマンはまだアリュセアが弱っていて自分の力に抵抗できないと考えていた。だから今がチャンスだと行動したのだ。
「アリュセア、僕の気持ちを考えて欲しい」
と言いながら、アリュセアの身体に掛けてある毛布に手を伸ばした。そして、一気に毛布を払いのけ、アリュセアに覆いかぶさろうとした。
アリュセアはすでにブグマンの行動を読んでいた。彼女の動きは的確だった。ほんの少し手を伸ばして、ひょいとブグマンの肩を掴んで軽く押しやった。
すると、まるで体の大きな格闘技の選手に投げ飛ばされたように後ろに吹っ飛んだ。危うく壁に激突するところだった。それでも、その衝撃でブグマンは失神していた。
「あら、力を入れ過ぎたかしら……」
まだ、自分の力の抜き具合がよくわからないのだ。人間と竜とでは力の差があり過ぎる。これでもかなり手加減したつもりだった。ブグマンが失神しているのが分かったので、ちょうどよいタイミングだとアリュセアは寝台から降りて彼の傍により頭に手を乗せてその記憶を読み込んだ。
ほんの少し要塞を留守にしていただけなのに、タレス人の間で困った状況ができつつあった。これはまだタリアも気づいていないかもしれないと、アリュセアは思った。
これまで亡命タレス人たちをこの要塞へ連れて来たリーダーたちが、どうもタレス連邦政府に懐柔されたらしかった。その間を取り持ち連邦政府へ付く様に説いて回ったのが、ブグマンとあの最初にここへ来た船にいたイオ・アグナスだった。この仲間に入っていないリーダーはタリア・トンブンのみである。これは大変なことだった。
アリュセアはブグマンがしばらく失神しているように調整した。そして、司令室にいるダールマン提督――レギオンにこのことを知らせようとした。
(レギオンか?)
強力なTPでダールマン提督と連絡を取った。
(どうした、何かあったのか?)
アリュセアはダールマン提督にタレス人の現在の状況を話した。すると、
(それはわかった。だが、その前にリゼラたちが困ったことになっている)
と、伝えて来た。
(リゼラが?リゼラたちというと、子供達に何かあったの?)
そう言えば、ブグマンが子供たちは彼女のために何か作ろうと買いものに行ったと言っていたことをアリュセアは思い出した。
(ともかく、すぐに司令室に来てほしい。私もすぐに行くつもりだ)
ダールマン提督は捜査会議のために司令室にはいなかったのだ。あれから捜査会議は何度か開かれていた。今日会議に出た者達は知らせを受けて、急いで司令室へ向かっていた。
(わかった)
アリュセアは目を閉じて集中した。この部屋から要塞司令室までは大した距離ではない。ダルシア人であれば……。
377.
要塞司令室では、ノルド・ギャビの妻と子供達やアリュセアの三人の娘たちが商業地区で妙な新種の植物の中に閉じ込められたと報じられていた。
ダールマン提督は魔法でいち早く司令室へ入った。そのダールマン提督の近くに瞬間移動の能力で現れたアリュセアは、
「何が起きたの?」
と、焦って聞いた。何が起きたのか不安で仕方がなかったのだ。
「私もまだ着いたばかりだ。ちょっと待ってくれ……」
司令室にいたクルム司令官代理が、突然現れたダールマン提督とアリュセアに、
「まだ何が起きたのかはっきりとはしていないのだ。少し待ってくれ」
と、言った。
「ノルド・ギャビはどうしました?」
と、ディポック提督が聞いた。彼は今日開かれた捜査会議にも出ていたのだ。
「奴は後から来るだろう、他の連中と一緒に……」
「しかし、こんなことが起きるとは、魔法使いの仕業だろうか?」
アリュセアもその可能性が大きいと考えていた。しかし、あんな魔法が有っただろうか、と疑問も感じていた。
「いや、あれは多分魔法ではない」
と、ダールマン提督もアリュセアと同じ考えを示した。
「魔法ではない?では何であんなことが出来るのだ。報告によると最近要塞にリドスから入って来た野菜が突然巨大化して、人間を中に包んでしまったというのだ。それは魔法ではないというのか?」
と、クルム司令官代理が聞いた。彼には魔法にしか思えなかったのだ。
「単なる感だ」
「感だと?」
それはまた随分とあやふやな根拠だとクルム司令官代理は思った。
捜査会議に出ていた連中がやっと司令室に戻って来た。ノルド・ギャビやフェデラル・グリン、ジェルス・ホプスキン刑事やヘイダール伯爵などだった。
「妻と子供たちは無事なのか?」
と、ノルド・ギャビが聞いた。
「まだ、詳細はわからない」
「しかし、何だって、どこかの魔法使いの仕業か?」
「いや、ダールマン提督によると、これは魔法使いの仕業ではないそうだ」
「どうしてそんなことが分かるのだ?」
「感だそうだ」
「何だって!」
「ともかく、落ち着け!そのうちにもっと正確な報告が来るだろう」
と、ダールマン提督が言った。
すでにフェリスグレイブとその部下たちが現場に向かっていた。もっともそれは他の民間人を避難させるのが目的だった。野菜が巨大化したと聞いたのだが、現地を見なくてはどんな状況かわからない。何しろここはグーザ帝国の機動兵器が暴れた時、建物だけではなく司令室に直通の監視装置が破壊されて、その通信回線がまだ完全に修復していないのだ。音声通信の一部だけは必要があるので急いで修復したのだが、映像通信の方はまだ修復していなかったのだ。
現場に着くと巨大な野菜の周囲に人だかりができていた。野菜が巨大になっただけで、別に危険はないと思っているようだった。
「これはまずいな。あの巨大な野菜は安全かどうかわからないのだが……」
「すぐに避難させましょう」
と、ブルーク・ジャナ少佐が言った。
だが、巨大化した野菜の見物人があまりにも多すぎて、フェリスグレイブの部下達だけではどうにもならなかった。これが巨大化した怪物でもあったら、逃げる民衆でパニックになっているところだ。
「まああまり慌てなくてもいいだろう。後ろの方から少しずつだな……。あの巨大な野菜が動きだしてもしたら、大変だからな」
と、フェリスグレイブ本人もあまり積極的にやる気はないようだった。
「巨大化した野菜は、今の所、動きはないようです」
と、司令室へ報告が来た。
「で、野菜に巻き込まれた者達はどうなった?」
「わかりません。声はしないそうです」
これでは何もわからない。アリュセアは焦ったが、すぐにどうなるものでもなかった。
ノルド・ギャビも気は焦るのだが、どうにもならなかった。
「確か、リュイも一緒に居たはずだな」
と、ダールマン提督が言った。
「リュイもいたの?」
「そうだ。だが、リュイはTPが使えるはずだ」
「そう。わかった」
と、返事をするとアリュセアは目を閉じて、TPを使ってリュイに呼びかけた。
(リュイ、聞こえる?私よ。ママよ。生きているのなら返事をして……)
リュイ・ジーンはアリュセアの三人娘の内一番下だった。だが、彼女は人間であるにも関わらずダルシア人としと同じ能力があることを意味している。つまり人間の姿でダルシア人と同じ力を持っているということだ。それは能力だけではなく、身体能力についてもダルシア人と同じだと言うことだ。
それは億年の昔ほどではないが、ダルシア人がまだジル星団で隆盛していた頃のことだった。すでにガンダルフの最初の人々が他の銀河へと旅立った後の時代でもある。
当時は宇宙航行が可能な種族はダルシア人とジル星団の数種の種族しかいなかった。もちろん宇宙船でしか他の惑星に行ける種族はいなかった。
その頃、ダルシア人の人口は今とは比べ物にならない程多かった。おそらく一億近く居ただろうと言われている。その多くの人口の中には他の種族と同じく、ダルシア人にも犯罪者はいた。その犯罪者の中でも特に凶悪なものや政治犯に類するものは、ダルシアでは遠い辺境惑星への追放刑としたのだ。死刑というのは宇宙時代になってからはほとんど行われなくなっていた。その代りに辺境の惑星へ追放にすることになったのだ。
ただ問題はその辺境惑星にいる文明の低い種族だった。その多くは人間族だったから本国を離れた犯罪者であるダルシア人は辺境惑星でやりたい放題だった。そのため元から住んでいる種族が圧迫され、滅んでしまうこともあった。原住民は大抵ダルシア人達の食料となることが多かったからだ。食料にされることは迷惑だったが、ふたご銀河最強の種族であるダルシア人にはかなうはずもない。例え武器を持った原住民が攻撃したとしても、何の武器も持っていないダルシア人の方が強いのだ。
そのため本国のダルシア人が考え出したのは、自分たちが辺境惑星に行って暴れる竜を退治するのではなく、その地に生まれて、つまりその地の原住民として生まれ育ちそこからダルシア人の能力を身に付け、竜退治をすると言うことだった。辺境惑星には当時宇宙文明に達した文明はなく、そうした文明に接触することはダルシア帝国の法で禁じられていたからでもある。
だが、この方法はダルシア人にとってもかなり難しかった。異種族に生まれ、なおかつ元のダルシア人としての能力や体力を身に付けるというのは不可能に近かった。例えダルシア人の中で力も強く正義感の強いものであっても、大抵異種族に生まれてしまうと、その種族のレベルに留まってしまうのが常だった。何度かの失敗の後に、ダルシア人はガンダルフに新しく起きた魔法文明の力を借りることにした。
ガンダルフの魔法使い達は、遠くの銀河へ旅立った人々の知識を多少とも受け継いでいた。だがそれだけではなく、新しく魔法の呪文というやり方で特殊能力を様々なことに使う方法を考案したのだ。特にその中の五大魔法使いは生まれ変わりをした時に過去世の記憶を取り戻す呪文を持っていたのだ。
色々と呪文を得るために討余曲折があったが、その呪文を得たことにより、ダルシア人は現地の人間族に生まれ変わりダルシア人としての能力を取り戻すことが可能になった。そうした者たちのことをドラゴン・スレイヤー、つまりドラゴン――竜を倒すものと呼んだのである。彼らの活躍により悪い竜は退治されたのだった。
そのドラゴン・スレイヤーも今はほとんど必要なくなったのだが、それを生み出す方法は残っていた。現代の異種族に生まれたダルシア人は力の強い正義感の強いものであれば、異種族に生まれても呪文を使わずに元の力を取り戻すことは難しくない段階に至っていた。
巨大な野菜の中は誰にも見えなかった。だが、タリア・トンブンには見えた。彼女の透視能力はどんなものでも見通せるようになっていた。
「タリア、君も来たのかい?」
と、ダズ・アルグ提督が言った。
偶然、巨大な野菜を取り巻く見物人の中に二人はいたのだ。
「あなたも随分物見高いのね」
「それは言い過ぎだ。あの中に、誰がいるのだか見えるかい?」
「ええ、あれは、リゼラにアリン、リュイ、それにギャビ夫人と子供達がいるわ」
タリアは眉根を寄せて、これはどうしたことだろうかと思った。こんな場所でこんなことが起きるなんて、おかしい。それに一番大事なことだが、この野菜の巨大化には魔法の匂いがしないのだ。魔法で巨大化したのでなければ、どうやってこんなになったのだろうか。そして彼女は誰かが強力なTPで呼びかけているのを聞いた。
「これは、アリュセアが中のリュイにTPで呼びかけているんだわ」
378.
(ママ、私はここよ)
と、アリュセアの呼びかけにリュイの返事が思ったよりも早く来た。
(リュイ!大丈夫なの?)
(野菜に閉じ込められたけれど、他には何も起きていないわ)
(どうして、こんなことになったのかわかる?)
(ううん、わからないわ。急に、そうシターラのママの買い物袋の中の野菜が大きくなったの……)
リュイとアリュセアの二人のTPはタリア・トンブンにも聞こえていた。普通のTPなので、その能力を同じように持っている者なら、誰にでも聞こえるのだ。この会話はヘイダール要塞の中でTP能力を持っている者達には大抵聞こえた。
その時、タリア・トンブンは野菜の中を透視していて、妙なものを見た。ノルド・ギャビの下の娘、ジュネシスの持っている小さな物、それが強い電磁波を放っているのだ。その電磁波は強いがかなり特殊な周波数で、どこかで見た記憶があった。
(ジュネシスの持っている、その小さな箱は何?)
と、タリアは突然リュイとアリュセアの会話の中に割って入って、言った。
(え?誰なの?)
(私はタリアよ。私に見えるものがあるの。そこにあるはずのないものが)
(待って、もう一度言ってみて。ジュネシスの持っている物って何のことなの?)
(小さな箱よ。そこから妙な強い電磁波が出ているの)
巨大化した野菜の中は狭いが体を動かせないほどではなかった。まして、小さな子供なら何とか動くことができた。
リュイはジュネシスに近付いて言った。
「ねえ、あなたの持っている箱は何かしら。そこに何が入っているの?」
「これはね、パパが私にプレゼントしてくれたものなの。でも開かないの」
「パパがプレゼントしてくれた?本当なの?」
「そうよ。だって、今朝起きたら枕元に有ったのだもの」
「ちょっとそれを見せてくれない?」
「うん」
ジュネシスの許可を得ると、リュイはその小さな箱を手に取ってみた。特に重くはない。だが、確かに妙な電磁波が出ている。こんなものが出ると言うのは、中に何かが入っていると言うことだ。
「この箱を開けてもいいかしら」
「いいけれど、開かないのよ」
リュイはすでにダルシア人として目覚めている。だから、その力もかなりのものだ。最初はその力を加減して開けようとした。だが、箱は玩として開かなかった。そのため全力を込めてリュイは箱を開けようとした。すると、箱が壊れる寸前に開いた。
箱の中には黒いガス状のものが入っていた。それは箱が開けられると急激に外へ飛び出して来た。
「きゃっ」
と、リュイは突然のことで驚いて、箱を落としてしまった。
外へ出て来た黒いガス状のものは、灰色に変わって随分大きく拡散した。そして、
「やっと出て来られたか……」
と、その灰色のガス状、と言うよりは霧状のものから声がした。
「お前は何者なの?」
と、リゼラが勇気を出して聞いた。
「ふん、お前は私の事を知っていると思うが……」
そう言われても、顔のないガス状あるいは霧状のものが誰なのかリゼラにわかるはずもない。この野菜に閉じ込められた者の中に、以前この状態のリード・マンドに会ったことが有る者はいなかった。
「なるほど、お前は暗黒星雲の種族ね。たぶんこの要塞にいるリード・マンドとか言ってなかったかしら……」
と、リュイが言った。
「そう言うお前は、元ダルシア人か?」
「そうよ。それにしても、何の冗談なの。こんな小さな箱に入っているなんて……」
「冗談?とんでもない。俺はこの箱に強制的に入れられたんだ」
「おや?お前はそんなに弱かったかしら?」
「何とでもいえ!ともかく、あんな奴は初めてだった。俺たち種族以外に、こんなことが出来るなんて……」
「暗黒星雲の種族は宇宙最強だとでも言いたいのかしら?そんなことあるわけないでしょう。あなた方よりも、強い力を持っている種族はたくさんいるのよ。ただ、あなた方がそうした人々に遭っていないだけ……」
「要するに、私たちがこんな目に会っているのは、その妙な暗黒星雲の種族のリード・マンドとか言う人の所為なの?」
と、ようやく落ち着いて来たギャビ夫人が言った。
最初は子供達とどうなることかと恐怖に駆られていたのだが、段々命に危害が加えられるわけではなく、異常なことに遭遇しているだけだとわかったのだ。
「何を言っている。俺の所為ではない。これは、お前の娘ジュネシスのやった事なのだぞ!」
「馬鹿なことを言わないで。私の娘にこんなことできるわけないでしょう」
「お前は自分の娘が何者かも知らないのか?」
と嘲るように言うと、霧状の物が人型を取り始めた。
だが、人型が完成したと思った瞬間、その人型は崩れてしまった。
「おやおや、どうしたのかしら?」
と、揶揄するようにリュイは言った。
「これは、いったいどうしたことだ。こんなこと初めてだ」
「それは良かったわね。いつも、何か面白いことはないかとうろついているのだから、いい経験ではないの?」
それに答えはなかった。リード・マンドは必死に人型を取ろうと悪戦苦闘しているように見えた。
変だ、とさすがにリュイも思い始めた。このことに関わっているのはこのヘイダール要塞にいる者しかいないはずだと思うと、この暗黒星雲の種族の力を萎えさせるような力を持つ者に心当たりはあまりない。リドス連邦王国の王女たちがこのことに関わっているような感じはないのだ。だからと言ってダルシア人でもないだろう。彼らに対抗できる力を持っているダルシア人はライアガルプスやアプシンクスぐらいのものだ。この二人も何もしていない。
リュイ――ダルシア人のマルガルナスは、ライアガルプス――アリュセアに聞いてみることにした。
(ママ、リード・マンドの力を抑えるような者がリドスやダルシア人の他にいるのかしら……)
(そうね……)
ライアガルプスは思案した。その時、ノルド・ギャビの事を思い出した。今の彼とは多少違うが、どこかで見た記憶がある。
(思い出した!)
あれは、今から五十年以上前、このヘイダール要塞と同じ場所にあるレギオンの城である会議があった。その会合に来ていたのは、ダルシア人のライアガルプスやアプシンクスやコア、それにリドス連邦王国の女王夫妻、それにナンヴァル連邦からもナンヴァル創立の指導者、そしてロル星団からはかのアルフ族をこのふたご銀河へ導いた大指導者、女神と敬われた『テイミス』だった。
その会議の趣旨は他銀河の種族からの移住要請にどう解答するか、と言うことだった。
当時はロル星団ではまだ銀河帝国と新世紀共和国の戦争が続いていたし、ジル星団でもゼノン帝国の他の種族への圧迫が激しかった時である。最初はとても他銀河からの移住を受け入れるような情勢ではないということだった。だが、彼らは非常に切羽詰まった状況で今移住できないと、多くの死者が出る惨事になるということだった。
彼らの銀河では二大勢力が争っている時代から、片方の勢力が非常に強くなり、もうほとんど絶滅に近い状態に陥っていた。そのため生き残った者たちを移住させたいと言うことだった。
ザボク族と称された彼らはすでに数は百万を切っていた。そこで危機的な状況と人数が少数であるということで、急きょ移住が決まったのだ。
ザボク族はふたご銀河にやってきて、十年くらいは彼らの落ち着き先をロル星団にするかジル星団にするかで迷っていた。どちらでもよかったのだが、結局ロル星団の新世紀共和国に移住先を決めた。そして、いまから四十年前に移住先である新世紀共和国から親になる候補者を呼んで来たのだった。最終的に親であることが決まったのはほんの少数だったが、右も左もまだわからない異質な文明の新しい惑星での出生のためにまずザボク族の指導者フォスナが生まれることになった。その後、それぞれ親の決まった者から生まれることになったのだ。
(でも、おかしいわ。確かに、フォスナだったらそれくらいの力はあるけれど、こんな事件を起こすようなことはしないと思う)
と、アリュセアは言った。
(私もそれなら覚えているわ。ザボク族は他に誰が居たかしら?)
と、タリアは言った。
そして二人はようやく思い当たる人物を思い出した。




