表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ふたご銀河の物語  作者: 日向 沙理阿
78/153

ダルシア帝国の継承者

373.

 会った時から何となく気づいていたというディポック提督の話を聞いて、クルム少佐はやはりこれは黙っているべきではないと考えた。

「で、私の事を他の者達に話すのだろうか?」

 ディポック提督とノルド・ギャビは困ったように顔を見合わせた。

 これは重大な秘密である。だが、これを皆に話したら、大騒ぎになることは目に見えていた。

「私は誰にも話すつもりはない」

と、ノルド・ギャビが言った。

「私も同じだ」

「そうか。だが、どうしてだ?理由を聞きたい」

「別にあんたに個人的恨みはないし、これ以上トラブルを抱えたくないと言うのが本音だ」

「そう言うことだね」

 それでなくとも、現在ヘイダール要塞は多種の異星人の侵入を受けている。ヘイダール要塞だけで対峙することはできないだろう。以前のように銀河帝国だけを敵だとしていた頃とはもう違ってしまったのだ。その敵であった銀河帝国についても、いつまでも敵とすることはできない状況になりつつあるのだ。司令室にいる者達は皆この考えを受け入れざるを得ない。

 クルム少佐が銀河帝国の皇帝だと言うことを要塞の他の連中に言ったとして、それを信じる者がどれだけいるだろうか、とディポックやノルド・ギャビは思った。例え、兵士や士官から信頼されているディポック提督が言ったとしても、信じない者もいるだろうと考えられた。何しろ彼は、現在はリドス連邦王国艦隊の士官だと言うことになっているのだ。

 それに、その顔や髪の色、肌の色、体型も違っているように見える。ディポック提督やノルド・ギャビがクルム少佐を本人が認めたからと言って、信じることの方がおかしいと思えた。

「その顔や髪の色や身長はどうして本人と違うのだ?魔法で変えられたのか?」

「いや、これは魔法ではない。魔法だとカメラやスクリーンを通すと本物だとばれる可能性があるというので、私はリドス連邦王国の王女に体の細胞から変化させられたのだ。だから、簡単にはわからないはずだ」

「なるほど。リドス連邦王国の王女は魔法使いではないということですか?」

「いや、そうではないのだが、化学的な生物の細胞段階から変化をさせることができるのだ。以前、確かリドスの第三王女が来た時、海賊連中を鳥に変えたことが有った。あれと同じものだ。あれは魔法ではない。人体の細胞そのものを鳥の細胞に変えたのだ」

「よくわからないが、それも魔法のようなものに私には思えるがね……」

「だが、違うものだそうだ」

 それにしてもこれがヘイダール要塞へ皇帝自身が艦隊を率いて攻撃している時に捕虜にしたとなれば、誰も疑わないだろう、とノルド・ギャビは思った。だが、そうではない。突然、銀河帝国の皇帝陛下が要塞に一人で現れたなどということは、誰も信じないだろう。それが普通だ。

「それに、これまで誰にも気づかれなかったのだから、これからも気づかれることはないだろう。我々が黙っていれば……」

と、ノルド・ギャビは言ってテーブルの上のお茶を見た。今まで自分の話に夢中で気づかなかったのだ。

「これは、誰が?」

「これはクルム少佐が入れてくれたものだよ」

「銀河帝国の皇帝陛下にこんな趣味があるとは思わなかった」

 クルム少佐――銀河帝国皇帝リーダルフ・ゴドルーインは、

「では、新しい客の分も入れて来よう」

と言って、台所に行った。

 ちょうど気分転換によい頃合いだった。まさか、こんな風に自分の正体がばれるとは思わなかったのだ。だが、ばれてしまっても特に危険だとは思わなかった。それでも案外ディポック提督とノルド・ギャビの態度が、あっさりしたものだったことは正直驚きだった。

「確かに事件の解決の方が先だが、一つだけ聞いておきたいことがある」

と、ノルド・ギャビはクルム少佐が入れてくれたお茶を一口飲んで言った。

 彼はまだナル・クルム少佐が銀河帝国皇帝リーダルフ・ゴドルーインだと言うことを完全に信用したわけではなかった。もし、それが本当だとしても、疑問点はまだたくさんあるのだ。

「いいだろう。極秘でない範囲でなら、話をしてもいい」

「もしあなたが本物の銀河帝国皇帝だとしたら、今現在帝国にいる皇帝陛下はニセものなのか?それとも、あなたがここにいるので、向こうにはいないのだろうか?」

 本物がここにいるなら、帝国にいる方はニセものと考えるのが普通である。そうでなければ、不在ということになるし、この世に同じ人物が二人いることになる。そんなことはあり得ない。

 それはディポック提督も悩んだことだった。もし、クルム少佐が本物だとしたら、帝国にいる皇帝はニセものなのだろうか?そうだとしたら、誰がそんなことをしているのか。

「そう思うのも当然だが、私も、帝国にいる方もどちらも本物なのだ」

「そんなことはあり得ない」

「それが、有りうるのだ。これはリドスのように時間のコントロール可能で、時間に関する知識が豊富な種族だからできることだと思う」

「時間のコントロールと知識だって?だとすると、我々の要塞の時間と帝国の時間が違うというのか?」

「私も科学者のように詳しいわけではない。だが、惑星というのは時間と空間が一つの体系として閉じられた世界でもあると聞いた。だから一つの惑星上で同じ人間が二人存在すると危険だが、もう一人が別の離れた惑星にいるとしたら、ある程度危険は回避されるということだ」

「つまり、この要塞は帝国から離れているから、同じ人間が存在していても大丈夫だということか?」

「そうなる」

「しかし、このままずっとこの状態でいることはまずいのではないか?」

「もちろんだ。いずれ私は帝国へ戻ることになるだろう。その時、向こうにいた皇帝は別の場所へ移動することになる」

「それは、これから帝国軍がヘイダール要塞へやって来るという、リドスの連中の話を指しているのか?」

 前々からバルザス提督やダールマン提督は、銀河帝国皇帝自身によるヘイダール要塞への攻撃をほのめかしていた。それは、いずれ必ずあるというのだ。それはリドス連邦王国自身も望んでいると言っていた。それが何を意味しているのかはわからなかったが、どうやら帝国と要塞に同じ人物が二人いることにその原因があるらしい。

「そうだ。私は、つまり現在帝国にいる皇帝はヘイダール要塞へ帝国軍と共にやって来るが、その時、ある事故が起きる。そして、遥かな遠い宇宙へと飛ばされることになるのだ」

 まるで自分の未来を予言するかのようにクルム少佐は言った。もっともそれは予言ではなく、彼自身が体験してきたことなのだ。

「その事故というのは、ガンダルフの魔法使いの言っている宇宙的な大災厄から起きるのだろうか?」

「私の記憶ではそうだった」

「そうだった?」

「私は、その事故で遠い、遠い銀河へ飛ばされていた。最近になって、やっと私の銀河へ戻って来たのだ」

「そうすると、その事故の後であなたは入れ替わるということですね?」

「ガンダルフの魔法使い達の立てた計画ではそうなる」

「しかし、なぜそんなことになるのですか?」

「それは、私が古代のアルフ族の『死の呪い』に囚われてしまったからだ。魔法使い達は、『死の呪い』の解除は帝都ロギノスから遠く離れることで可能になると言う結論に達したのだ。従って想像できないくらい遠くの時間と空間へ移動させようとしているのだ。それについては、『死の呪い』によって生じるとされた宇宙的大災厄のエネルギーも使うことにしたのだ」

 ガンダルフの魔法使い達は『死の呪い』によって生じるふたご銀河のロル星団での宇宙的大災厄のエネルギーを、『死の呪い』の解除に使おうと言う計画だったのだ。そうすれば、宇宙的大災厄自体もかなり規模が小さくなると考えたのである。

「しかし、そんなことをして皇帝陛下は無事に戻って来るの……。そうか、あなたは戻って来たんだ」

「そうだ。私は戻って来た。だから、彼らは自信を持って今回の事を起そうとしている」

 ダールマン提督やバルザス提督達の自信はこれから来ていたのだ、とディポック提督は思った。

 実際にそれがどのようなものかわからないが、『死の呪い』を解く作業はとても困難で危険を伴うものなのだろう。だが、それに関わった本人が現在目の前にいるとしたら、おそらく今回の計画も成功すると踏んだのだろう。

「ところで、話は変わるけれど、その自身の経歴について生まれる前のことまで遡ることができるそうだけど、他の人の分は見たかい?」

「は?ああ、お前さんの分を見たかどうかということか」

「そうそう」

「残念だが、自分の分しかわからなかった。そのことをアルネ・ユウキ少佐に聞いてみたんだが……」

「何て言っていたんだい?」

「大抵、自分の分しか見られないそうだ。生まれる前の事については」

「そんな……」

「だから、そんなに見たければ、自分で行ってみたらどうだ?」

 ディポック提督が気にしているのは、前に自分のことを古代アルフ族の指導者テイミスと言われ、そのテイミスはその後アルフ族の中では偉大な女神として敬われていたというところなのだ。本当に自分がテイミスという人物だったのか、何の記憶もないのでわからないのだが、興味があるのだ。

 もっとものルド・ギャビはアルネ・ユウキの言ったことを全て話したわけではなかった。

 あの記憶装置で辿れるのは普通、生まれてからこれまでのことだった。もちろん、分かるのはこの要塞の関係者に限るのだ。ノルド・ギャビが生まれる前のことを知ることが出来たのは、あの時あの場所で後ろに居た長い銀の髪の少女の助けがあった所為である、とアルネ・ユウキは言っていた。

 しかし、特別な人なら全ての関係者の生まれる前の経歴を辿ることが出来るとも言ったのだ。

「自分のものしか見られないと言うのは、残念だ。しかし、私もそれを見てみたいものだ」

と、クルム少佐は言った。

 クルム少佐にとってはもう起きたことなのだが、これから銀河帝国皇帝に起きる災厄は彼の人生の岐路となるものでもある。そこで彼はある変化をしたのだ。その変化こそが『死の呪い』から皇帝を引き離すものであったのだ。

 リーダルフ・ゴドルーインは若いうちにあまりにも成功してしまった。銀河帝国の皇帝になってしまった時、彼は彼の夢を実現したのだ。もちろんそれだけが彼の夢ではない。皇帝になってからではないとできないことがたくさんあった。それを可能にするために皇帝になったのだ。

 だが、皇帝になった後、彼はどこか虚しさを感じていた。それは自分の生涯の目標にあまりにも早くたどり着いてしまったことが原因でもあったかもしれない。その虚しさが『死の呪い』を引き付けた原因でもある。彼は自分が軍人として皇帝になるしかなかった、他の人生はなかったのだと感じていた。だが、この災厄の所為で、彼は別の人生を歩み掛けたのだ。それも思っても見なかった世界で。もちろんそれは途中までだったが、彼に別の人生を歩むこともできるという希望を抱かせたのだ。それが彼の余裕となっていた。

 クルム少佐は自分の分のお茶を飲むと、ふっと息を吐き出した。ため息とは少し違ったものだが、彼はこの要塞でクルム少佐として存在することを楽しんでいた。ここでは自分を取り繕うことも必要なく、本人としては年相応の日々を暮らしていると考えていた。

「不安はないのですか?」

と、ディポック提督はお茶を飲んで満足そうなクルム少佐に聞いた。

「不安はないと言えば、嘘になるが、その不安は誰でもが持っているものと同じだと思っている」

「で、あなたはあのダールマン提督を信用しているのですね?」

と、しつこいようだがノルド・ギャビは聞いた。

 ダールマン提督は今でも銀河帝国では大逆人扱いなのだ。そもそも、彼を大逆人に認定したのは皇帝自身ではなかったのか。

「信用している。彼は残念ながらもう銀河帝国のダールマン提督とは違う。ガンダルフの五大魔法使いの一人レギオンなのだ。それがどういうことか、私はわかっているつもりだ」

「あともう一つ。今要塞にいるあの帝国軍の提督の二人についてはどうするつもりですか?あなたが皇帝であることを話すのですか?」

「いや、そのつもりはない。彼らにとっても知らない方がいいと思っている」

「わかりました。ともかくこのことは私とノルド・ギャビ、そしてガンダルフの魔法使い達とリドスの王女達しか知らない秘密としましょう」

 この場にガンダルフの魔法使い達やリドスの王女たちはいないが、彼らにはそれがわかっているだと思えた。彼らはわかっていて、ノルド・ギャビやディポック提督、そしてクルム少佐のすることを黙っているのだ。


374.

 ジェルス・ホプスキン刑事は正直なところ、こんな不可思議な殺人事件に首を突っ込んだことを後悔していた。

 最初はちょっと変わってはいるが、確かに普通の殺人事件だと考えていた。ところが、これがとんでもない方向に発展したのだ。

 さて、死体のない殺人事件の捜査会議を、元新世紀共和国のノルド・ギャビからの提案で開いたのだが、そこで開陳されたのはジェルス・ホプスキンがこれまで聞いたことのない内容だった。

 会議に加わったのは、司令室の方からはフェデラル・グリン、ノルド・ギャビ、ダールマン提督、そして捜査を担当しているジェルス・ホプスキン刑事、ヘイダール伯爵、ブルーク・ジャナ少佐だった。エルシン・ディゴは捜査会議には加わらなかった。

 死体は五十九年前の帝国軍中尉、ドルーフ・ジダルと言う人物だった。これはブルーク・ジャナ少佐の子猫の調査によれば、ジル星団のハイレン連邦が銀河帝国へ派遣したスパイだった。そして、ノルド・ギャビの調査によると、彼はこのヘイダール要塞で確かに殺された。当時も死体のない殺人事件として有名になったという。ところが、そのドルーフ・ジダルはエルシン・ディゴとして元新世紀共和国に生まれ変わっており、現在はヘイダール要塞の政治代表として要塞にいる。そして、実はドルーフ・ジダル中尉がハイレン人のスパイとしてこの要塞で当時何をしていたかが、この殺人事件の重要な部分だというのだ。

 それだけでもう、ジェルス・ホプスキンは頭の中が混乱してしまいそうだった。これまで彼のやって来た捜査の事実関係として、異星人や生まれ変わりのことなど出てきたことはない。そんなこと誰にわかるというのだ。それに、その事実関係を証明することは、いったいどうやったらできるのだろうか。指紋やDNA鑑定などで分かるわけもない。それを考えるととても、捜査は不可能としか思えなかった。このような事件がもし彼の居た惑星ゼンダで起きたなら、単に解決不明の不可解な事件として処理されるだろう。

 さらにダールマン提督――ガンダルフの魔法使いレギオンが補足説明をしてくれた。このドルーフ・ジダルの殺される前の行動がこの事件の鍵ではないかというのだ。と言うのも、ドルーフ・ジダルとエルシン・ディゴとの関係がわかったことで、死体が消えたことがどういう意味を持つかが分かったと言うのだ。

 その死体がエルシン・ディゴの前に現れたのは、死体であるドルーフ・ジダルがエルシン・ディゴであったという事実を語っているというのだ。それは、暗に誰かがそうなるように仕掛けたと言うことなのだ。その誰かについてはダールマン提督も明確に語ることはなかった。

「それはあまりにも、飛躍し過ぎてはいないだろうか?」

と、ジェルス・ホプスキン刑事はやっとのことで言った。

 彼がこれまで扱って来た事件で、このような展開はなかったし、有りようもなかったのだ。起きた事件というのは現在のことだけで考えるべきであり、生まれる前などという証明もできないようなことを含めるのはどうかと思ったのである。

「確かに、惑星ゼンダや帝都ロギノスあたりの殺人事件ではそうだろう。だが、ここはヘイダール要塞だ。ここには別のものが働く可能性が高いのだ」

と、ダールマン提督は言った。

 この別のものと言うのが厄介なのだ。

 ここには魔法使いや異星人がいる。その中でも一番厄介な異星人は『暗黒星雲の種族』と呼ばれていた。彼らはどこにいても、問題を起こすので悪名高い種族だということだった。

「気になるのは、ハイレン人が関わっていることだ」

と、ダールマン提督は言った。

 ハイレン人というと、ヘイダール要塞にはあのハイレン連邦の魔法評議会議長だという老人がまだ母星に帰らずぐずぐず居座っているのだ。あの老人もこの事件に関して何か知っているのかもしれなかった。

「わしは、連中が企んでいるのはこの要塞の安全にかかわることではないかと思う」

と、ヘイダール伯爵が重々しく言った。

 このヘイダール伯爵についても、ジェルス・ホプスキンは妙な老人だと思っていた。なぜなら、本物のヘイダール伯爵はこの要塞が完成する直前に亡くなっているはずだからだ。それなのに、ここでは伯爵は生きていると皆思っているのだ。だが、もし生きているとしても歳は二百歳近くではないかと思われた。そこまで生きる者などまだ聞いてことがない。それに、本人も確かに白髭の老人に見えるが、とても二百歳とは思えなかった。

 ジェルス・ホプスキンにとって一番困ったことは、この事件では証拠とするものが何も出てこないことである。いつも彼が本人鑑定に使っている指紋やDNAなどもここではあまり役に立つとは思えない。特にエルシン・ディゴと死体であるドルーフ・ジダル中尉が同じ人物、いや魂をもつ人間であるということはどう立証すればいいのだろうか?

「エルシン・ディゴとドルーフ・ジダルが同一人物である証拠だと?」

と、ヘイダール伯爵はバカバカしいというように言った。そんな必要があるかと思っている様子がありありとしていた。

「今回の件については、私が普段扱っているような証拠があまりないように思います。ですが、そうした証拠というのは大事なことではないでしょうか?」

と、ジェルス・ホプスキン刑事は頑張って言った。やはり、捜査の基本は大切にしなければならない。もっとも彼の居た惑星ゼンダの警察の鑑定でもできないようなことを言うのは、少々躊躇するようなことだった。

「何のためにだ?」

と、ヘイダール伯爵は言った。

「何のためにって、事件の捜査のためにです。間違いなく例えば間違いなく犯人であると突き止めるためにです」

「何か考え違いをしているのではないかな?」

「だから、この死体のない殺人事件の捜査をして、犯人を突き止めるのではないですか?」

「お前は、このドルーフ・ジダル中尉を殺した人物を探しているということか?」

「そうです。違うのですか?」

 ジェルス・ホプスキン刑事の仕事は起きた事件の犯人を突き止めることだった。それは惑星ゼンダに置いてもこのヘイダール要塞に置いても同じだと思っていた。

「殺人犯を突き止めるというのなら、ほれ、ドルーフ・ジダルではない、エルシン・ディゴを呼んで聞けばいいではないか」

と、ヘイダール伯爵が言った。

「エルシン・ディゴ政治代表をですか?なぜ?」

「エルシン・ディゴはドルーフ・ジダルの生まれ変わりだからだ。奴なら知っているだろうよ。自分の殺した相手を……」

 ジェルス・ホプスキン刑事は危うく、納得するところだった。

「ちょっと待ってください。そのエルシン・ディゴ政治代表は生まれる前のことを知っているのですか?」

「さあ、それはまだ聞いてみないとわからんな……」

 エルシン・ディゴが生まれる前のことを思い出したと言うことを聞いたことはない。そんなことが有れば、誰かに話しているのではないかとジェルス・ホプスキンは思った。この前会った時もそんな話はしていなかったし、生まれる前のことを思い出すということは、そんなに有るものではない。

 その時、ダールマン提督が言った。

「いや待て、私のこれまでの経験からすると、殺された方が自分を殺した相手を知っているという確率は半々だ。必ず知っているというわけではない」

「本当か?」

「そうだ。何しろ殺されるということはかなり衝撃的なことだ。だから本人にしてみれば、見間違えたり、錯覚したりすることは結構あるものだ。それに、事件自体が他の者によって仕組まれていることもある。それにこの事件に関してはまだ大体の所しかわかっていないはずだ」

 普通は殺された方が自分を殺した相手を知らないはずはないと思ってしまうが、実はそうでもないのだった。ダールマン提督――レギオンの言うように、殺されると言うことは本人にとってはかなり深刻な事態であり、その時感じたり思ったりしたことに左右されやすい。中には見当違いの事をさも本当に有った事の様に思っていることもある。例えば事件が起きた時にちょうど傍にいた人が自分を殺したなどと思い込む事もあるのだ。あまりにも強烈な印象は間違い易いものだった。

「では、どうすればいいと言うのです?」

「そうだな。まず、そのエルシン・ディゴ政治代表から、本人が死体を見たところから詳しい話を聞くというのはどうだろうか?」

 そうすればもし本人が生まれる前の記憶があれば話すだろうし、もしかしたら生まれる前のことを思い出す可能性もある。

「そうだな、それが良いだろう」

 捜査会議は、ともかくエルシン・ディゴ政治代表を呼んで話を聞くということに決まったのだ。と言ってもすぐと言う訳には行かなかった。

「ところで、……」

と、ヘイダール伯爵が言った。そして、会議の連中を見回して、

「最近、あのリード・マンド、つまり暗黒星雲の種族のリード・マンドを見かけないが、誰が知っている者はいないだろうか?」

と、言った。

「リード・マンド?暗黒星雲の種族か?さあ、そう言えばそうだな」

と、ダールマン提督が言った。

「この事件に連中が関係しているのかもしれないというのなら、奴の意見も聞く必要があるのではないかな?」

「そうだが、奴は本当の事を言うかどうかはわからん」

「どうしてですか?」

と、ジェルス・ホプスキン刑事が聞いた。

 彼にとっては、先ほどから出ている暗黒星雲の種族というのは見たこともない初めて聞く種族だった。

「嘘は付かないかもしれないが、事実とは異なることを言うことは可能だからだ」

「それは、お前さんたち魔法使いと同様ということだろうが……」

「ふん。我々は単に、人を傷つけるような嘘を付かないということだ。それに真実が人を傷つけることもあるだろう。そうした時は仕方あるまい」

「何とでも理由は付けられる。ただ、あのリード・マンドが居ないということは妙だ。こんなことが起きて、興味も示さないということは変だ。異常だ。そう思わないか?」

「そうさな。奴は暗黒星雲の種族にしては人間に興味を持ちすぎる方だからな。あの性格ならこの捜査会議に来るなと言っても無理やり来るはずだ。来ないというのは、何かあったのかそれとも面白がって隠れているのか。だが、隠れられると始末に困る。奴を見つけるのは骨だぞ」

「最後に遭った人物はいないのですか?」

と、ジェルス・ホプスキン刑事はつい習慣で言ってしまった。

「そうだな、聞いてみるか」

 ダールマン提督――レギオンは腕を組んで目を閉じた。何もしていないように見えるが、要塞にいる魔法使い達にリード・マンドを知っている者はいないかと魔法で連絡を回しているのだ。そうすればやがて、知っている者がこの部屋にやってくる。

 すると、捜査会議に集まった者達の前に、突然アルネ・ユウキが現れた。

「あら?私を呼んだ?」

「リード・マンドに最後に会った人物を探している」

と、落ち着いてダールマン提督は聞いた。

「そうね。最後に遭ったと言うか、私とそちらのノルド・ギャビがヘイダール要塞の記憶装置の部屋に行ったとき、あとからついてくるのは知っていたわ。でも、あの後、どうなったかは知らない。部屋を出た時には消えていたから……」

「消えていた?アルネ・ユウキ少佐は何もしなかったというのか?」

「ええ、もちろんよ。相手をするなんて鬱陶しいわ。それに彼らはいなくなる時はいつもそうだったから、別に変だとは思わなかったけれど……」

「まさか、奴に危害を加えられるような存在がいるというのか?」

と、ヘイダール伯爵は驚いて言った。

 リドス連邦王国の王族以外に、そんなことが出来る存在がいるということは伯爵にとっては晴天の霹靂のようなものだった。彼にとってもあの種族は扱いにくいのだ。

「そうとも限らん。だが、いないこともない。我々の他にな……」

「そう言えば、ノルド・ギャビのお嬢さんが来ていたから、もしかしたら……」

「まあ、いずれどこかには出てくるだろう。少なくとも奴は消滅するようなことはないのだから」

「まったく、居なくなってしまえばいいのにと何度思ったかしれんわ。だが、それはできぬことだがね」

と、伯爵は言った。


375.

 その時、ノルド・ギャビの妻は二人の幼い娘を連れて買い物をしていた。長女のシターラは妹のジュネシスと手を繋いでいた。ジュネシスは小さな紐の付いた小箱を振り回していた。

「まあ、ジュネ、危ないわ。振り回すのは止めなさい」

「でも、これ面白いんだもの」

 小箱は金属でできているように見えた。付いている紐はとても頑丈そうだった。

「珍しい紐ね。そんな紐は見たことないわ。どこにあったのジュネ?」

「うんとね。今朝起きたら有ったの。きっとパパが私にプレゼントしてくれたんだわ」

「そうかしら。シターラ、あなたにも何かあった?」

「ううん。ジュネだけよ」

「変ね。そんなことするかしら……」

 二人姉妹の一人だけにプレゼントするというのは、父親であるノルドの日頃のやり方とは違うように思えた。

「その箱の中に何か入っているの?」

と、シターラが妹に聞いた。

「さあ、何の音もしないよ?」

 小箱は固く閉まっていて、とても子供の力では開かないようだった。それに、振り回しても別に音はしなかった。

 イズルカ・ギャビと二人の娘の居る場所は、元新世紀共和国から来た商人やタレス連邦方来た亡命者が様々な店をやっている区画だった。

 ヘイダール要塞に来た時は、最初何もなかった。それは銀河帝国軍が撤退するときにここに居たほとんどの民間人も一緒に去ったからである。彼らはほとんど軍関係の店だったので、ガラガラになった店だけがあちこちに残されていて、店の中には品物も何もなかった。今は賑やかさは以前と同じとはいかないが、店の種類が違ったものとなっていた。

 銀河帝国軍が居た時は兵士たち相手の娯楽店や土産物店が多かったが、今は生活必需品を扱っている店も多い。ただその品物の多くは、リドス連邦王国やタレス連邦から入って来たものになっている。だから、これまで知っていたものと違ったものが多いのだった。

 元新世紀共和国の方は銀河帝国軍がヘイダール要塞への宇宙船の航行を禁止しているので、なかなか要塞には来られない。たまに元新世紀共和国からの亡命者を乗せてやって来るホランド・アルガイのような船だけなのだ。それに対してタレス人の方は亡命者の船が今でも絶えず来るし、リドス連邦王国は艦隊がやって来ているので、母国からの補給物資がそのままお要塞へ入って来るのだ。それに加えて、リドスから商船が出入りするようになっていた。彼らはリドスの艦隊の補給だけではなく、普通の商品も売れると思って持って来ていた。ここではそうした物が不足しているので、一般の商品の売買は黙認されていた。

 イズルカ・ギャビは二人の娘を連れて、今日は食料品の買い出しに来ていた。

 リドス連邦王国の補給品が入って来るようになって、これまで数が少なかった食料関係の商品が非常に増えたのである。ヘイダール要塞は食料や大抵の生活物資も自給自足できるようになっていたが、それは軍関係のものに限られていた。それに食料も種類はそれほどあるわけではない。生活物資も例えば子供用のものなどはもとが軍の要塞だっただけに、ほとんどなく大変困っていた。それが、リドス連邦王国やタレス連邦から子供用品、女性用品などが入って来るようになってきたのだ。

 最もこれまで交渉のなかった国であるのでだいぶ商品の種類が異なり、面食らうことがあったけれども、それはそれで面白かった。

 日用品の店に入ると、目についたのはやはり新鮮な野菜だった。

「奥さん、どうです?」

と、店の主人が言った。

 彼はおそらくタレス人だろうと思われた。一般にタレス人とリドス連邦王国の人と元新世紀共和国の人との人種的差異はそれほどない。それは不思議だったが、特徴的なものはあまりないのだ。角があるとか、手が四本とかそのような差があるわけではないので、イズルカ・ギャビにはあまり気にならなかった。

「これは要塞で作られたものかしら?」

 緑色の大きな葉っぱが特徴の野菜らしかった。元新世紀共和国にも同じようなものがあるが、葉の色の濃さと大きさが違っていた。

「最近新しい種が手に入って、栽培されたのだそうです。種はリドス連邦王国からです」

「珍しいわね。味はどうなのかしら。料理はしやすいかしら?」

「生でも、煮てもおいしいそうです。サラダには最適でしょう」

「新鮮なのがいいわね。他にどんなものがあるのかしら?」

 店には要塞で新しく栽培を始めたと言う野菜がたくさんあった。

「あら?子供たちはどうしたかしら?」

 イズルカ・ギャビは野菜に夢中になって子供の達の事を忘れていた。珍しいことだった。周りを見回してみてもシターラやジュネシスの姿がない。

「今まで近くに居たと思ったのに……」

「ええ、奥さんと一緒に店に入ってきたはずですが……」

 不安になってイズルカは慌ててあちこち見て歩き出した。すると、子供用のお菓子の置いてある棚の所に二人がいた。

「シターラ!ジュネシス!ママから離れてはいけないと言ってなかった?」

と、つい二人を見つけた安心からイズルカは強い口調で言った。

 二人の姿が見えなくなると強い不安に襲われるのは以前、ギアス・リードたちが妙なことをした所為だった。あの時は助かったが、また同じことがあったらと思うと不安になるのだ。

「ごめんなさい。欲しいものがあるというから……」

「それでも、それをまずママにいってから、行きなさい。わかった?」

「わかったわ。ママ」

と、シターラは言った。

 野菜を買って店を出ると、そこでアリュセア・ジーンの娘たち三人が買い物に来ているのと遭遇した。

「あ、ギャビのおばさん、買い物ですか?」

と、リゼラ・ジーンが言った。

「あら、あなたたちも買い物なの?」

「ええ。ママが戻って来たので、何か作ろうと思って……」

「そう、大変ね。でもママが戻って来てよかったわね」

 アリュセア・ジーンは帝都ロギノスの周回軌道上にいるプロキシオン号から戻って来ていた。向こうではかなり忙しかったらしく、疲れているようなので部屋で休ませていた。

 その時、イズルカ・ギャビが先ほどの店で買った野菜に異変が起きた。

 緑色の野菜が、入れてあった袋を破って出て来たのだ。

「お、おばさん、それは何?」

と、リゼラが驚いて言った。

 その野菜はあれよあれよと言う間に大きくなり、イズルカ・ギャビとその子供達やアリュセア・ジーンの三人の娘たちを包んでしまった。

「助けて!」

と、リゼラが声を上げたが、周囲に居た買い物客は驚くばかりで、どうにもならなかった。

 その第一報が司令室に届いたのは、捜査会議が終わる頃だった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ