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ふたご銀河の物語  作者: 日向 沙理阿
77/153

ダルシア帝国の継承者

370.

 元新世紀共和国の中将であったノルド・ギャビ元事務監はジェルス・ホプスキン刑事の話を聞いて、要塞にある記憶装置のすべての軍人記録から検索していた。だが、いくら記録があると言っても生憎詳細な記録はここ十年の単位で残されているのであって、それ以前のものは記憶容量が多量になり過ぎるので削除されることになっていた。その十年内の事件にはエルシン・ディゴが見た死体の事件は見当らなかった。

 もちろん、例えばヘイダール要塞の歴代の司令官などは別である。それに関しては初代の司令官から記録が残っている。ただ、仮装パーティ好きの真面目な要塞司令官については、それだけの情報では検索することはできなかった。

 ダールマン提督はそれを聞いて、

「一度記録されたものなら、他の所に残っているだろう」

と、言った。

「どこにあるのですか?」

と、ノルド・ギャビが聞いた。これまで聞いたことはなかったが、帝国軍の連中が極秘でどこかわからない場所にバックアップでもとってあるのだろうかと思ったのだ。

「要塞の記憶装置から削除されていても、その元、つまり異次元の空間にある元の記録装置を見ればいいのではないか……」

「異次元の空間にある記録装置?なんですかそれは。そんなものを帝国軍が造ったのですか?」

 少なくとも、そんなものは元新世紀共和国では聞いたことがない。

「いや、帝国が造ったわけではない。要するに、この三次元の世界にモノが造られると、それと同じものが別の次元にも存在するようになるのだ。そこなら、記憶容量が多い少ないなど関係なく、この要塞のすべての記録が残っているはずだ」

「そんなことが有りうるというのですか?信じられない。一体それは誰が造って管理しているのですか?」

「特定の国やグループや個人が造って管理しているのではない。この世界に有るモノと同じようなものが異次元の世界にもできる、自然にというか同時に出てくるというか、そんな感じかな?」

「そんなバカなことがあるはずがないではないですか。第一、記憶装置から消してしまったらそれを復活させるというのならわかりますが、そのことさえ現代ではかなり難しくなっています」

「何を言っているのだ。人間の記憶と言うものでさえ、この肉体が亡くなっても消えないのだ。なぜなら、現在の生まれてからの記憶だけではなく、過去世の記憶があると言うことでも証明できるではないか」

「過去世の記憶?つまり以前に生まれた時の記憶が残っているということですか?」

「そうだ。だからこそ、我らガンダルフの魔法使いは魔法を磨き高め、知識を集めることができたのだ」

 そんなおかしな話は聞いたことがないと、ノルド・ギャビは思った。魔法使いはそうかもしれないが、これは人間の記憶ではなくて機械装置の記憶なのだ。それなのに、まるで人間の記憶と同じように異次元に残っているというのだろうか。しかし、他に方法はなさそうだった。

「わかりました。一応仮にあるとしましょう。それであるとしたら、どこにあるのですか?あなたの言う異次元の空間というのはどこにあるのです。どうやっていくのですか?」

「行くと言うのなら、行かせてやらないでもない。ただ、一緒に魔法使いが行かないと、二度と戻って来られなくなるだろう」

「そんな危険な場所なんですか?」

「危険はない。ただ普通の人間では行き来できない場所だと言うだけだ。死ねば別だが……」

「死ぬなんて、縁起でもない。ともかく私が行きます。一緒に行く魔法使いを付けてください」

「いいだろう」

と言って、ダールマン提督――レギオンは魔法使いを呼んだ。

 現れたのは、アルネ・ユウキだった。

「他にいないのか?」

と、不満そうにダールマン提督が言った。

「今は城と要塞の結合工事の最中なのに、行方不明者の捜索、それに例の事件とみんな忙しく出払ってしまって、私しかいないのよ」

 魔法使いの多いリドス連邦王国の艦隊でも、兵士や士官が全て魔法使いではないのだ。それに、こうした仕事をこなすためには魔法も素人程度では役に立たなかった。ある程度の練度が必要なのである。

「それなら仕方がない。では、紹介しよう。彼はヘイダール要塞の事務監をしている、ノルド・ギャビだ」

「初めまして、私はアルネ・カルネ、今は正式にはアルネ・ユウキなのだけれど、ずっとアルネ・カルネだったもので。でもこちらでは、どちらの名前でもいいです」

「あなたの事は聞いています。ですが、リドス連邦王国の王女殿下がそんなことをしてよいのですか?」

「あら、いいのよ。暇なんですもの」

と、アルネ・ユウキは気さくに言った。


 アルネ・ユウキは、ノルド・ギャビにただ自分の後を付いてくるように言っただけだった。

 言う通りに後を付いて行くと、しだいに辺りが妙な雰囲気になって来た。よく見ると周囲に要塞にあるような壁がない。今まで要塞の通路を歩いているのだと思っていたノルド・ギャビは急に不安になった。

「ここは、どこです?」

「ここは、もう異次元空間に入っているわ」

「ここが、異次元なんですか?」

 異次元空間と言っても、息ができないとかそう言うものではないらしい。ただ、何と言うか辺りがしんと静まり返っていて、生き物がいる気配というのが感じられない。そう、生きている者が活動しているという躍動感というか存在感というか、積極的な明るい雰囲気がない気がした。まるで死者の居る空間、墓地のような感じだった。

 気が付くと、誰か自分の後ろから付いて来ているように感じて、ノルド・ギャビは振り返った。

 そこには銀の長い髪を足元まで垂らした十代後半と思える少女が居た。彼女はノルド・ギャビの顔を見ると、微笑んだ。驚いてよく見ようとすると、少女は消えてしまった。

「どうかしました?」

と、アルネ・ユウキが聞いた。

「いや、そこに髪の長い女の子が居たような……」

 アルネ・ユウキを見て、もう一度振り返ると、そこには誰もいなかった。

「ああ、あれはきっとあなたのお嬢さんでしょう」

「私の娘?私の娘は、もっと小さいですよ」

 ノルド・ギャビは妻のイズルカとの間に、九歳の長女シターラと六歳の次女ジュネシスがいた。どちらもまだ子供で先ほど見た少女よりも幼かった。

「あら、そうね。正確に言うと、彼女はあなたの娘の正体というか、本当の姿ということ」

「正体?まるで化け物のような言い方ですね」

「もちろん、化け物ではないわよ。でも、彼女は元は遠くの銀河から来た種族だから」

「え?どういうことですか?」

「うーん。それについては、私が話すよりも、戻って兄から聞いた方がいいと思うわ。誤解があるといけないから……」

「兄というと?」

「もちろんレギオンの方よ。銀の月でもいいけれど」

 またか、とノルド・ギャビはため息をついた。どのくらい秘密があるのだろうか。それとも、知らないのは新世紀共和国や銀河帝国の人々だけなのだろうか。

「でもね、私たちの後を付いて来たのは、たぶんあなたのことを心配して見守ってくれているのだと思うわ」

「見守っている?」

「そう。あなたは彼女にとって大切な父親、家族ですもの」

と、アルネ・ユウキは言った。

 その異次元空間を道もないのに歩いて行くと、やがてヘイダール要塞にあるような通路に出た。壁や天井や床が要塞に有るモノとそっくりなのだ。

「ここが異次元空間にあるヘイダール要塞の中なの。それで、記憶装置のコントロール装置はこっちにあると思うけど……」

 そこは要塞司令室にそっくりの場所だった。大スクリーンが目の前にある。下には様々な要塞司令室の制御装置がある。だが、スタッフは誰もいなかった。通信員やシステム制御係などいつもならたくさんのスタッフがいる場所だが、同じような装置が置いてあるものの、誰もいないのだ。

「ここには誰もいないのか?」

「ええ。私たち以外の者はいないわ。多分ね……」

 アルネ・ユウキが司令室の司令官席の後ろに立って、大スクリーン全体が見える場所で早口に何かの呪文を唱えると、両手を広げて挙げた。

 すると、大スクリーンの前に光る球体が現れた。目の前にある大スクリーンが見えなくなるほど大きな球体だった。

「これが、こちらの世界の要塞の記憶装置です。それで、これを見て下さい」

と、アルネ・ユウキは言った。

 彼女の手には小型の四角い装置があった。

「これは、あの記憶装置の中の情報を取る装置です。ここにあなたの知りたい情報の見出しを入れてください」

「これはこの世界の機械なのか?」

「ええ。これはリドスで作られたものです。我々の普通の世界である三次元とこの異次元を繋いで、翻訳し、情報を取得するのに使います」

 その小型装置は元新世紀共和国で使われている文字の入力ができるようになっていた。そこにノルド・ギャビが試しに適当に文字を入れると、情報が提示された。

「何を入れたんですか?」

「私の名だよ……」

 ノルド・ギャビは自分の経歴が出てくるかもしれないと思って入れたのだ。自分の事ならこの記憶装置に入っている情報が本物かどうかすぐにわかるからだ。すると、彼は驚いてその小さな画面にくぎ付けになった。

「こ、これは……」

 そこには信じられないことが出ていた。小型装置の画面に出て来たノルド・ギャビの経歴は現在から遡って行き、子供時代を経て、自分の両親の名前まで出た。そこまでは自分で判別できる正しい情報だった。ところが、次に生まれる前の情報まで出て来たのだ。もちろん、生まれてからこれまでの経歴は彼の覚えているものと一致していた。だが、生まれる前となると真偽を確かめるすべはない。

「どうかしましたか?」

「い、いや、こんなバカな。私はここへ来たのはディポックがここを占拠してからなのに、生まれる前に来たことが有るようになっている」

「それなら、それが事実だと思います」

「そんなバカな。生まれる前なんて。私は何も覚えていないぞ!」

 生まれる前があるなど、ノルド・ギャビは考えたこともない。巷にある単なる毒にも薬にもならない伝説の一つだと思っていただけだ。もちろん、生まれる前の記憶があると主張するような一部の者の存在は知っていた。だが、それは証明できるようなものではなかったので、彼には信じるに足りないことだとしか思えなかった。

「で、どんなことが出て来たんですか?」

「ザボグとか言う種族が、ふたご銀河に移住する許可を申請し、許可されたとある。それで今から四十年前くらいに、この要塞で移住する種族を迎えるために、親を募集したとある。その時に私がイズルカと共にここへ訪れたとある。これはいったい何のことだ?親を募集というのはどういうことだ?」

「それはつまり、その言葉のままです。新しく移住してきた種族がこちらの銀河の種族として生まれるためには、その親が必要です。だから、親になるモノを募集したのでしょう」

「そんな、馬鹿なことがあるか。生まれる前にそんなことが有るなんて……」

「あら、あなたの国では何の言い伝えもないのですか?生まれてくる子供はまず、両親を決めてから生まれてくるのが普通なのです。だから、他所からの移住者はまず、こちらの銀河で親を募集して自分の親を決めなければなりません。それも、親の方からの承諾もなければなりませんから。子供が勝手に押しかけるわけには行かないのです」

「しかし、そこに私と私の妻までいたなんて」

「もちろん、当然のことです。だって、子供は母親から生まれるのですもの」

「いや、しかし生まれる前に妻のことまで決まっていたなんて、そんなことが有りうるのか?」

「それが普通の事だと思いますけど……」

 アルネ・ユウキはノルド・ギャビの驚き方がおかしいように言った。

 今のアルネ・ユウキ――ガンダルフの五大魔法使いの一人である『エルレーンのエリン』と呼ばれる彼女にとっては、このことは当たり前のことだった。だからと言って彼を批難はできなかった。古くから魔法使いの星と呼ばれたあのガンダルフに置いてさえ、残念なことにノルド・ギャビの言うような考えを持つ者が増えているのだ。だから、魔法使いとしての記憶を取り戻すまで、彼女は彼と同じ考えだった。だから彼の困惑はわからないでもない。だが、これが真実なのだ。それは変えられない。


371.

 霧の中で自らも霧と化している暗黒星雲の種族であるリード・マンドは有りもしない歯で、歯ぎしりをしていた。

 実は、彼はノルド・ギャビとアルネ・ユウキの後をこっそりと付けて来たのである。途中までは大丈夫だった。ところが、司令室に入った途端、彼らの姿が忽然と消えてしまったのだ。

 霧の姿でいれば、この時空間ではほとんど目立たない。それなのに、自分が排除されてしまったのだ。一体誰がこんなことをしたのだ、と彼は冷静になって考えた。

「こんなことをするのは、誰だ?」

と、リード・マンドは霧の中で声を出した。

 しかし、何も起きなかった。彼の声があちこちに木魂しただけだった。

 彼はまさか自分の入れないような場所があるなど、考えても見なかったのだ。だが、そうした場所があったのだ。それもこんなところに。

 しかしまだ方法はある。消えたあの二人が戻って来る時を狙うのだ。その時、その二人からその場所――記憶装置のある場所への入り方をしゃべらせればいいのだ。

 ところが、待てど暮らせどあの二人は戻って来なかった。時間の経過は三次元とは違うので場所が違うと、異なるのはわかる。それにしても、変だった。もしかしたら、自分はこの空間の事をよく知らないのではないかと、思っても見ないことに気が付いた。


 ノルド・ギャビは最初の驚きから戻って、本来の目的のモノを探した。例の殺人事件のことである。

 ただ検索する言葉が見つからなかった。

「そうですね、今回は事件の概要とレギオンの解釈を検索に入れてはどうでしょうか」

と、アルネ・ユウキが助け舟を出した。

「そんなことで検索できるのだろうか?」

 彼のいつもいる空間で使われている記憶装置では、そんな検索はできない。しようとも思わないだろう。だが、ここではそれが可能なようだった。

「やって見て下さい」

 言われた通りにやってみると、情報が出て来た。それもかなり詳細なものだ。

「これは、何だ?」

「その装置は中に記憶できるようになっていますから、出てきたらコピーをしておいてください」

 ノルド・ギャビはコピーしながら出て来た情報を見ていた。そして、次第に不安が増してくるのを感じた。

「急ぎましょう。ヘイダール要塞にかなり危険が近づいているようです」

「確かに……」

 少し離れたところでノルド・ギャビとアルネ・ユウキを見ていた少女は二人がそう言うのを聞いて、再び姿を消した。


 霧状の姿のリード・マンドの前に、青いローブのようなものを身に付けた青年が現れた。銀色の髪に銀色の目が光っていた。

(やっと出て来たか)

と、彼は思った。

 だが、その青年を見て、あの二人とは違うことに気が付いた。

「お前は、誰だ?さっきここへ来たあの二人とは違うようだが……」

と、彼は言った。

 その言葉は霧になった存在から発せられたので、どこに言葉の主がいるのか普通ではわからなかった。だが、青年はその問いに何も言わなかった。黙ったままリード・マンドの霧を指さした。そして目を閉じ、何か集中しているようだった。

 すると霧が薄くなった。

「な、何をする。お前がやっているのか?お前は何者だ。我々の力に対抗できるというのか?」

 この青年が何者であるか心当たりはなかった。リード・マンドですら初めて見る種族だった。

 暗黒星雲の種族が慌てるなど、有ってはならないことだった。だが、リード・マンドは本当に危険を感じていた。死ぬことのない種族であったが、まるで自分の存在が消されるように感じたのだ。暗黒星雲の種族であっても、この大宇宙には彼らの知らないものが多くあるのだ。普段はそのようなことは噫にも出さないが、今はそれが思い出された。

「ま、待ってくれ。俺は、いや私は、お前を傷つけるようなことはせぬ。本当だ」

と、リード・マンドは情けない声を出して言った。

「私はただ、あの二人が何をしに来たのか、何を知りたいのかを知るために来たのだ」

 だが、青年はその答えを一顧だにしなかった。

 霧は目にはほとんど見えないが、霧状の霞のようなものがだんだん薄れていくのがわかった。

「止めてくれ!そんなことをすると……」

と、声がした後、その場は静かになった。

 青年は目を開けて霧が無くなったのを確かめると、その場から姿を消した。


 ノルド・ギャビとアルネ・ユウキが現れたのは、青年が居なくなってからだった。

 眉をしかめて非常に難しい顔をしたノルド・ギャビは、記憶装置のことについて未だに半信半疑だった。

「何か問題でもありましたか?」

と、アルネ・ユウキが聞いた。

「いや、あまりにも信じられないようなことが有ったので……」

 ノルド・ギャビは例の死体のない殺人事件について記憶装置の情報をコピーしていたが、それ以外のことについてもこっそりと情報を手に入れていた。

 それは記憶装置に入っている情報が本当に信頼できるかどうかを知るために試しにやった事なのだが、そこに驚くべき情報があったのだ。もしそれが本当だとしたら、この殺人事件に関する情報も信じられるだろう。だが、そんなことが本当に有りうるのだろうか。

 ノルド・ギャビが必要以上の情報をコピーしていたのを、アルネ・ユウキは知っていた。だが、いずれ分かることばかりだったので、あえて遮ったりしなかったのだ。

 アルネ・ユウキはそのまま彼を仕事場まで送って、帰った。


 ヤム・ディポック提督の同居人であるキルフ・マクガリアン中尉が体調を崩して、要塞内の病院にまだ入院していた。そのため彼は不自由な一人暮らしのはずだった。ところが、どこかで彼が一人暮らしだというのを聞きつけて、リドスのナル・クルム少佐が世話をしたいと言ってやって来たのだ。

 クルム少佐の言うには、ヘイダール要塞の司令官代理としてやっていくのにディポック提督の考えややり方を見習いたいと言うことだった。

 しかし、ディポック提督の見るところ、クルム少佐が要塞司令官としてやっていくには別に自分の意見を見習わなくても十分だと思っていた。だから、断りたかったのだが、少佐がどうしてもと強く言って来たのを断れなく、いつかずるずると居座られていた。

 この件についてダールマン提督と話をしたが、要塞内に色々な連中がいるので身辺警護になるので良いのではないかと言われてしまった。ダールマン提督はディポック提督の戦闘能力について、かなり懐疑的になっているようだった。

 事実、ディポック提督は士官学校時代から戦闘訓練や技能については同級生中最低の成績であったから、彼の意見を翻すようなことはできなかった。

「少なくとも、戦闘能力についてクルム少佐は非常に優れている。だから、現在の状況では、つまりキルフ・マクガリアン中尉がいないのなら、少佐と一緒にいることは望ましいと思う。それとも、スパイとか何かを心配しているのだろうか?」

と、ダールマン提督に言われてしまうと、ディポック提督は言葉を返すことはできなかった。

 もっともナル・クルム少佐については、今はリドス連邦王国の艦隊に属しており、他所の国から来ていることは聞いていた。しかしその理由については聞いてはいない。ただその言動からすると、帝国と言うか独裁政権の国から来ている、とも思えた。もしかしたらどこかの国の皇子かもしれないと、ダズ・アルグなどは勘ぐっていた。例えば国を追われた皇子とか、国を再興するために軍事について学ぶためにリドス連邦王国の艦隊に留学しているのではないかとも話をしていた。

 確かにその命令口調の多い言動や誰に対しても一歩も引かない意見を言うところなどは、どこかの国の皇子と言っても通用するだろう。それにブレイス少佐に由れば、どことなく気品もあると言うことだ。

「お茶をここへ置くがいいか?」

と、クルム少佐が言った。

 結構少佐はまめだった。お茶の入れ方などもわざわざ入院しているキルフ・マクガリアン中尉の所へ聞きに行くなど、プライドの高い所はあるが、仕事に関しては決して手を抜かないところがあった。

「ありがとう」

と言うと、ディポック提督は一口飲んだ。

「うまくなったね」

「そう言ってもらえると、やる意欲が出てくる」

「だが、私にお茶を入れるよりも、もっと他の事をした方がいいのではないかな?」

「どんなことだ?」

「つまり、その……」

「私はこの役割を楽しんでいるのだ。別に悪いことではあるまい」

「それはそうかもしれないけれど、……」

「そう言えば、私のことをあのダールマン提督に相談していたな?彼は何と言ったのだ?」

「ダールマン提督は、君が戦闘能力に優れているから、私に身辺警護を付ける必要がなくて人材の節約になると言っていたが……」

 それでなくても、要塞は現在人手が足りないのだ。民間人はタレス人もいるからたくさんいるが、訓練された正規の兵士が足りないのだ。

「ほう、そうか」

「けれども、私も一応軍人なのだから、自分の身くらい自分で守れる、と思う」

「そうかな?私はここに来る前にダールマン提督からディポック提督の士官学校時代の成績表を見るように言われた」

「え?何だって?」

「そう言えば、その時私の方の分も同じく提督に見せてあるからと言っていたが……」

「見たとも。君は非常に成績が優秀だった。首席だったようだね」

「当然だ。ちなみにブレイス少佐の分も見せてもらった。彼女は非常に優秀だったのだな」

「そうだよ。確か次席だったかな?」

「私はそれを見て、ダールマン提督の言うことはもっともだと思ったのだ」

 それを言われると、ディポック提督は何も言えなかった。しかし、ダールマン提督はどこからいつの間にそんなものを手に入れたのだろうか。


372.

 インターホンが鳴った。

「私が見て来よう」

と言って、クルム少佐が出て行った。

 やって来たのはノルド・ギャビ事務監だった。

 ここに来るために、彼は色々と悩んだ。本来なら要塞司令室ですぐにでもこの話題を話したかったが。もしこれが他の者に知られたら騒ぎが大きくなると思って、仕事が終わるで自重したのだ。

「おや?どうしたんだい。珍しいじゃないか」

 最近は仕事に忙しくて、ノルド・ギャビはディポックに会うことが減っていた。まして宿舎に訊ねてくるのはキルフ・マクガリアンが入院してからはめったになくなっていた。もっとも、入院しているキルフの方にはたまに見舞いに行っているようだった。

 ノルド・ギャビが難し顔をして入って来ると、

「二人だけで話したいのだが……」

と、言った。

 その顔を見て、これは何か起きたなと察して、

「どうしたんだ?要塞に関することなら、クルム少佐が一緒の方がいいのではないか?」

と、ディポック提督は言った。

「私は別に構わない。向こうの部屋に行って居よう」

「いや、そうではない……」

 何か言いにくそうに、ディポックを見ると、

「わかった。いいだろう。まだ真偽はわからないのだからな。クルム少佐もここにいて欲しい」

と、ノルド・ギャビは言った。

「いったい、何があったんだ?」

 その深刻そうな様子に、よほどのことが有ったのだと思われた。だが、その理由にディポックはどうも心当たりがない。

「今日は、例の殺人事件のことで、ダールマン提督の言うヘイダール要塞の記憶装置へ行って調べて来たのだ」

「ヘイダール要塞の記憶装置?司令室ではできなかったのかな?」

 ヘイダール要塞の司令室なら、要塞の記憶装置にアクセスするのに不都合がないはずだった。それなのに、どこへ行ったと言うのか、とディポック提督は思った。

「司令室からではできないと言われた。もともとこの三次元空間に存在している記憶装置ではとっくに削除されているものだったからだ」

「それなら、ないということではないのか?」

「それが、ダールマン提督によると、この要塞には別の次元にこの要塞のできてからの事象すべてを記憶している装置があると言うので、アルネ・ユウキ少佐に案内してもらったのだ。そこへは普通の人間ではいけないというので……」

 ディポック提督もクルム少佐も初めて聞く話だった。

「つまり、その記憶装置というのは銀河帝国が作ったものではないということだろうか?」

「そうだ。ダールマン提督の言うことによると、この三次元に要塞のようなものができると、別の次元、つまり異次元の方にも同じものができる。そちらの方は記憶容量が大きいし、誰も削除するようなことがないので、要塞が出来てからのことが全て残っていると言うのだ」

「それで、行って来たのかい?」

「もちろんだ。それで、私はダールマン提督の行って居ることが本当かどうか確かめたくて、まず自分の情報を出してみたんだ」

「で、どうだった?」

「私の情報は確かに入っていた。ただ、そこに私が生まれる前の情報まで入っていたんだ」

「生まれる前の情報?どうしてそんなものがあるんだ?」

「私は、生まれる前にここへ来たことが有ると言うことだった」

「生まれる前に?そんなことがあるのか」

「実際私には、そんな記憶がないので本当かどうかわからない。ただ、ここへ来たのは私だけではなかった。私の妻や子供達も来ていたのだ」

「生まれる前に?妻や子がいたというのか?」

「そうらしい。ただ、現在と同じ妻と子供たちではないらしいのだが……」

 アルネ・ユウキは簡単にその頃どんなことが有ったかを説明してくれたのだった。とは言え、ノルド・ギャビはその説明に納得したわけではない。

「要するに当時、ここで何かあったらしいのだ。アルネ・ユウキによると、当時他の銀河からの移住の要請があったらしい。それでその移住者の親を探していたというのだ」

「ちょっと待ってくれ、他の銀河からの移住を認めたのは誰なのだ?」

「そのファイルから見ると、テイミスというアルフ族の指導者とリドス連邦王国の女王、ガンダルフの魔法使い、それにダルシア帝国の指導者らしい」

「他の銀河からの移住者なんて、聞いたこともない。それに移住の要請を許可するような組織や機構がこの銀河に存在するということなのか?」

と、クルム少佐は興味深そうに言った。

「何でも、ふたご銀河に移住を要請するということはこれまでにも有ったことらしい」

「そう言えば、その昔にアルフ族と言う種族もふたご銀河に移住してきたと言っていたな」

「そうだ。リドス連邦王国もそうだと言っていた。どれもダールマン提督が言っていたと思う」

「アルネ・ユウキの言うことには、そこで私は他の銀河からの移住者の親になることを承諾したということらしい。つまり私の娘は異星人ということだ」

「そんなはずはない。二人は新世紀共和国の生まれで、君とイズルカとの間に生まれたのではないのか?」

「そうなのだが、つまり身体ではなくその魂が異星人だということらしい」

「面白い。この銀河に移住するのに力で侵略するのではなく、親を探して子供として生まれると言う方法があるのか……」

と、クルム少佐が言った。

「だが、それが本当のことかどうかは私にはわからない。私の記憶にあることではないからな。それで、私は他にも何か証拠となる情報がないかと探したのだ。それで出てきたことがある」

と、そこで言葉を切って、ノルド・ギャビはクルム少佐を見た。

「どうしたんだ?」

 ノルド・ギャビの雰囲気がそれまでとは違って、さらに甚だしい緊張と疑惑を振りまき始めたからだ。

「クルム少佐、あなたに直接に聞きたい。遠回しの答えは止めてもらいたいのだ」

「ふむ。私はそんな遠回しの答えをすることは好きではない。で、私に何が聞きたいのだ」

「難しいことではない。あなたの名前だ。リドス連邦王国ではナル・クルムで通っているようだが、本当の名は何と言うのか、あなたから言って欲しい」

 突然、クルム少佐の事をあなたと言い始めたので、ディポック提督は何があったのかと驚いた。

 しばしの間を置いて、

「わかった。正直に言おう。私の名はリーダルフ・ゴドルーインだ」

と、クルム少佐は言った。

「やはりそうか……」

「なるほどね。そうではないかと思っていた……」

と、ディポック提督がのんびりと言った。

「何だって!お前さんは気づいていたのか?」

 ノルド・ギャビにとっては、こちらの方がショックだった。何故それを言ってくれなかったと言いそうになるのを危ういところで堪えた。

「はっきりとはわからなかったけれども、私はたった一度だけだが、銀河帝国の皇帝陛下に会ったことがあるから。顔は違うけれど、話し方といい、その雰囲気といい、銀河帝国の皇帝陛下にそっくりだったからね」

「なぜ、黙っていたのだ?」

「なぜなら第一、証拠がないし、証明することもできない。証拠がないことを言っても仕方がないだろう」

「まったく、あの連中はこれを知っていて、お前さんの所に彼を寄越したのか。それよりも、もしあんたがあの皇帝だとしたら、ダールマン提督は皇帝暗殺事件の犯人、大逆人ではなかったのか?」

 クルム少佐が銀河帝国皇帝リーダルフ・ゴドルーインだとしたら、なぜここに居るのか、なぜ大逆人と一緒なのか等、ノルド・ギャビにとっては知りたいことがたくさんある。

「私がここに居る理由は、それこそ語り始めれば長いことになる」

「それは構わないと言いたいところだが、それよりも例の死体のない殺人事件の事を解決することが先ではないか」

「わかっている。それで、私の名でその記録が事実だと言うことがわかったということか?」

「おそらくそうだろう。だが、そうなるとまたわからないことが増えることになる」

「どういうことだ?」

「エルシン・ディゴ政治代表のことだ。彼は確かに元新世紀共和国最高評議会の議員だった。だが、その前はどうもあの殺人事件の死体だったらしい……」

「何だと?」

「それでその死体の名前やいつ事件が有ったのかまでわかったのかい?」

「もちろんだ」

 エルシン・ディゴの前に現れて消えたあの死体は、銀河帝国軍ドルーフ・ジダル中尉だった。今から五十九年前のことだ。記録には発見された死体はいつの間にか消えたとあった。

「では、当時も死体が消えたのか?」

「そうらしい」

「ではその死体が今どこにあるのかわからないということか?」

「おそらくその死体はまたこれから先に、つまり時間で見れば未来に現れるのではないだろうか?」

と、クルム少佐は言った。

「それは、どういうことだ?」

「死体の場所の記録がないとしたら、それは未来に現れるからではないか?だから過去の記録に残っていないのだ」

「未来だから、記録にないということか……」

 これはこれまで考えたことのない盲点だったとディポック提督は思った。しかし、その未来とはいつのことなのだろうか?その死体が現れた時に、何か起きると言うのだろうか?ディポック提督は胸騒ぎが次第に大きくなってくるのを感じていた。



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