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ふたご銀河の物語  作者: 日向 沙理阿
76/153

ダルシア帝国の継承者

367.

 事件の捜査を承諾したジェルス・ホプスキン刑事が司令室から去ると、ダールマン提督は顎に手をあてて考え事をしている風だった。

 この世に偶然はない、すべては必然であるという説があるのはふたご銀河だけではない。多くの他の銀河でも同じ考えがあるのだ。ダールマン提督――レギオンも同じ考えだった。従って、エルシン・ディゴ政治代表が見たあの死体は、おそらく『警告』だろうと思っていた。そうでなければヘイダール要塞の政治代表の前に現れる理由がない。

 もちろんいつの時間かわからないが、その死体は本当に存在しているのだ。つまり殺人事件が実際にあったのだ。ただ、その事件が起きた理由に何か重要な意味があるということだ。それに今回の件がヘイダール要塞と『レギオンの城』との結合改装工事で起きていることから、このことに何か関係しているに違いない。

 ダールマン提督であるガンダルフの五大魔法使いのレギオンはこの警告に死体が使われているということに、嫌な予感がした。

 こうした『警告』で厄介なことは、それを解釈することが難しいことだ。どうしてもそれを解釈する人物の力量でこうした『警告』が役に立つか立たないかまで決まってしまうのだ。これを解釈するには様々な知識と経験と感――すなわちインスピレーションと呼ばれるものが必要だった。前者二つは本人が持つものが大きいが、あとの一つはそれを降ろす側の力量にもよる。

 そこでまずダールマン提督はこの『警告』を作ったと思われる人物に当たってみることにした。


 ギアス・リードはエルシン・ディゴ政治代表が部屋に戻って来たのを見て、

「どうかしましたか?」

と、聞いた。

「いや、何でもない」

 最近エルシン・ディゴはギアス・リードのことが少々うるさく感じるようになってきた。元はチェルク・ノイ氏の秘書だったのだが、その頃とは自分に対する態度が次第に変わって来たように思えるからだ。まるで主客逆転しているような気分になることがあるのだ。たまに、何を考えているのかわからないこともある。それに司令室の連中とどこか妙に敵対しているような気もした。自分に対して彼らをよく思わないように、巧みにコントロールしているような感じがして来たのだ。

「でも、何だか顔色が悪いようですわ」

と、フランブ・リンジ副代表も心配して言った。

 フランブ・リンジは議員仲間としてエルシン・ディゴと付き合いは長いのだが、他の同じ歳の女性と比べて権力欲があまりにも強い気がして、深く付き合いたいと言う気が起きない人物だった。

「ところで、チェルク・ノイ氏に会われましたか?」

と、ギアス・リードが聞いた。

「ディポック提督に聞いたが、まだ会えるような状態ではないらしい」

「それはどういうことでしょうか?ディポック提督は会ったと聞いていますのに……」

と、フランブ・リンジが聞いた。

「さあ、よくわからない。それに、今はあまり部屋の外を歩かない方がいいようだ」

「どうしてですの?」

「この間、ヘイダール要塞の武力の強化策として、要塞で『レギオンの城』とやらの武器や動力を使えるようにする工事が行われているので、それが終わるまではあまり出歩かないように言われたのだ」

「それはどういうことでしょうか?私たちが外に出るのが危険というのは変ではありませんか?」

と、フランブ・リンジは言った。どのように変なのかは具体的には言わなかった。それで、

「変とはどう変なのか?」

と、エルシン・ディゴは聞いた。

「だって、まるで外を歩くのは止めて欲しいように聞こえるではありませんか」

「そんなことはあるまい」

「もともと、司令室の連中は我々には冷たかったではありませんか」

「そうかな?」

「我々をこの部屋に押し込んでしまって、あとは自分たちの好きなようにしているではないですか」

 この部屋にいるのは自分たちがそれを選んでいるのだということを、エルシン・ディゴは思い出していた。何しろこの要塞はこれまで敵であった銀河帝国が造ったものなので危険ではないかと、この部屋に来た当初ギアス・リードが言っていたのを思い出す。それにフランブ・リンジも同意していた。

 そのため、ここの実情を知らずにいらぬことをしてしまったのだ。例の問題になったカードのポイントのことである。この要塞は閉ざされた経済なので、自分たちが必要とするならただ必要な分だけポイントを付ければよかったのだ。それを他の人の分を削ればそれだけここで必要とされる額が大きくならない、つまり金銭的に影響が少ないと言う考えでやったのだ。そのために兵士や少数だが普通の市民たちの間に不満がたまり、危なく暴動までに発展するところだった。

 しかし要塞の何が危険なのだろうか、とエルシン・ディゴは思うようになってきた。それで最近外を出歩くことが多くなっていた。要塞は銀河帝国が建設したものであっても、今は元新世紀共和国の兵士たちが維持しているのだ。外にでると、要塞の兵士や士官、それにタレス人たちに会った。彼らは別に政治代表達に悪意を持っているわけではないようだった。ただ、例のカードのポイントについては度々苦情を言っていた。それを是正すると、他に苦情を言うものはいなくなった。

 だからこそ、チェルク・ノイ氏が来たと言う噂を聞いて、会いたくなったのだ。これまでの事で自信をなくしたので、自分が本当に政治代表としてやっていけるのかどうか、聞きたかったのである。


 ジェルス・ホプスキン刑事はまず、死体を見たというエルシン・ディゴ政治代表に会って詳しい話を聞こうと考えた。

「政治代表というのでしたか、ここでは」

と、ジェルス・ホプスキンは部屋に入って来るなり聞いた。

「そうだ。で、君は誰なのかね?」

「私は、惑星ゼンダで警察関係の仕事をしていました。ジェルス・ホプスキンと言います」

「つまり、君はあの事を聞きたいということか」

「そうです。できるならば、政治代表に直接その場所まで案内していただきたいのですが……」

 ギアス・リードもフランブ・リンジもジェルス・ホプスキンが何をしに来たのかわからなかった。まだエルシン・ディゴは自分が邂逅した事件について、話をしていなかったからだ。

「何かあったのですか?」

と、ギアス・リードが聞いた。

「君たちには後で話をするつもりだ。そうだな。それでは、私はこのジェルス・ホプスキンを案内してくることにする」

 ギアス・リードの問いを、敢えて無視するようにエルシン・ディゴは言った。

「それは構いませんが、何かあったらどうしますか?」

と、ギアス・リードが疑い深い視線をジェルス・ホプスキンに向けて言った。

「それなら、大丈夫です。私に護衛を付けてくれていますので……」

「護衛?要塞の兵士ですか?」

「そうです。この件につきましては、司令室の司令官代理に任されています」

「司令官代理に?」

「護衛の兵士がいるから大丈夫だろう。ともかく、重要なことがあるのだ。それについては後で話をしよう」

 そう言って、エルシン・ディゴはジェルス・ホプスキンと部屋を出た。

「最近、政治代表は私たちを避けていませんか?」

と、フランブ・リンジが言った。

「そうですね。何か誤解でもあるのかもしれません」

 だが、それについては二人には何も心当たりはなかった。


 要塞司令室ではダールマン提督の姿がなかった。それに気づいた者もまだいない。

 ダールマン提督、つまりガンダルフの魔法使い『大賢者』レギオンは魔法で黙って司令室を出て行った。

 彼は今回の事件について確かめるために、レギオンの城にいるヘイダール要塞の設計者であり建設者でもあるヘイダール伯爵に会いに行ったのだ。

 あの死体の『警告』について、彼が一番よく知っているのではないかと思ったのだ。たぶん彼があの『警告』を要塞の設計図に入れたのだろう。他にこのようなことをする人物はさしあたって彼しか思い当たらない。

 銀河帝国ではヘイダール伯爵は要塞建設の前に病没したことになっていた。本人は完成するまで生きていたことにしたかったようだが、周囲の情勢がそれを許さなかった。

 一つには要塞を完成させた功績が非常に多大であることに、周囲の軍人や貴族連中からかなり嫉妬されていたことがある。ヘイダール伯爵はあまり人にはいい顔をしなかったのだ。非常に狷介な人物として知られていた。もっともそれは彼がそう演じていたのだったが。

 二つ目は、要塞の設計を任した当時の皇帝陛下の信認が非常に篤かったことにある。これは一つ目にまして周囲の政府高官やら貴族やらの嫉妬が集まったものだ。これには、伯爵自身が自分は人にはない能力があることを密かに皇帝にだけ伝えていたからでもある。また、国政や新世紀共和国との問題について国務卿や軍務卿よりも、伯爵の意見を重視していたことをその両者に知られてしまったことだ。

 三つめは皇帝陛下自身の疑心暗鬼が強かったことだった。信頼できる家臣であったが、その能力故にいつそれを自分に向けてくるかわからないという恐怖に負けてしまったのだ。

 そして、ヘイダール伯爵は軍事要塞の完成を目前に病死、つまり実際は毒殺されたのだった。

「まったく、人間と言うものは……」

と、本人は後でガンダルフの魔法使いレギオンに愚痴を言ったものだ。

 ヘイダール伯爵の正体は白金銀河のアンダイン種族だったので、毒くらいで死ぬことはなかった。だから、死を演じただけである。それが大変だったとまた愚痴を言ったのだ。

 ダールマン提督はレギオンの城でヘイダール伯爵に会って、あの『警告』について聞いてみた。

「警告だと?死体を使ったのか……。いや、わしはそんな警告を要塞の設計に入れてはいないが……」

「本当か?」

「本当だ。掛けてもいい!しかし、そんな『警告』をわしの他に誰が仕掛けたのだ?」

 ヘイダール要塞の設計に関わったのは主にヘイダール伯爵だったが、他にガンダルフの魔法使いやダルシア人の科学者、そしてリドス連邦王国の王族たちも関わっていた。

「そうだな、こんな仕掛けをするのはやはりあの王女ではないかな?」

「やはりそう思うか」

 あの王女とは、六番目を意味していた。リドスの王族の中で一番多くヘイダール要塞の建設にちょっかいを出して来たからだ。ヘイダール伯爵でないとしたら、他に考えられない。

「だとすると、我が要塞にかなり危険が迫っているのではないかな?」

「お前もそう思うか?」

「本人に聞いてみてはどうだ?」

「それが、最近連絡がない」

「あの六番目が危険な目に会っているとは到底想像できないが、ともかくわしもその死体を探す手伝いくらいはしてもいい。何しろここはわしが設計したのだからな。破壊されてはかなわん」

「そうしてもらえると助かる。今、元新世紀共和国のジェルス・ホプスキンという刑事に任せているのだが……」

「元新世紀共和国だと?共和主義者か……」

 眉を潜めてヘイダール伯爵は言った。まるで本物の帝国貴族のような言い方だった。帝国での生活が今は一番身近なことだったので、つい癖が出てしまったのである。

「だが、刑事としての実績は有りそうだ」

と、ダールマン提督は言った。


368、

 ジェルス・ホプスキン刑事は要塞の政治代表エルシン・ディゴと例の死体の有ったと思われる箇所に向かっていた。この時点では要塞司令官代理が言っていた護衛の兵士はまだ到着してはいなかった。

「ジェルス・ホプスキン刑事、探していましたよ」

と、脇の通路から突然声がした。

「君は、確かブルーク・ジャナ少佐では?」

「ええ。フェリスグレイブ指揮官に言われてきました。あなたの護衛とそれから捜査の協力をするようにと。死体があったとか聞きましたが……」

「君が来てくれるのは助かる」

 ブルーク・ジャナ少佐の胸は少々膨らんでいた。あの子猫がそこにいるのである。その子猫の能力についてはジェルス・ホプスキンの知るところだった。

「何だね、君は?」

と、エルシン・ディゴが聞いた。

「彼は、フェリスグレイブ元中将の部下でブルーク・ジャナ少佐です。私の事件の捜査を手伝ってくれることになっているのです。もちろん、護衛も兼ねています」

「そうか。では、行こうか」

 二人が歩いて行くと、通路の先に白いひげのある老人が路を塞いでいた。

「おや?さっきまで誰もいなかったのではないか?あれは誰だろうか」

 二人とも見たことのない老人だった。かなりの高齢に見えるが、どこか威厳があった。

 近付いて行くと、老人の方から声を掛けて来た。

「これこれ、老人に会ったと言うのに、挨拶もせんのかね?まったく、共和主義者と言う連中は礼儀も知らんのだな」

と、彼は文句を言った。

「いったい、あなたは誰ですか?」

「おお、お前さんは私の事を忘れたのかね」

と、老人はブルーク・ジャナ少佐に言った。

「お前さんは忘れたとしても、その胸にいる子猫は私を知っていると思うぞ」

「何?私の猫を知っているのか?」

「わしは、レギオンに頼まれて事件の捜査を手伝うことになったのだ」

「レギオンに?」

 レギオンがダールマン提督であることを知っているのは、ブルーク・ジャナ少佐だけだった。

「レギオンとは誰のことだ?」

と、エルシン・ディゴが聞いた。

「レギオンの城の主のことだ。お前さんたちは知らないのかね」

「思い出しました。あなたはヘイダール伯爵ですね?」

と、ブルーク・ジャナ少佐が言った。

「ヘイダール伯爵だと?この要塞の名の伯爵?もしかすると、この要塞の設計者のことか?だが、この設計者は確かこの要塞が完成する前に死んだはずではないか?ということは、その子孫か?」

「あの、ええと、つまり伯爵は死んだことになっているのですが、本当は死んでなかったのです」

と、ジャナ少佐が言った。

「だが、死んでいなかったとしても、現在伯爵が生きているはずはない。この要塞が出来てもう百五十年にはなるはずだが……」

と、ジェルス・ホプスキン刑事が言った。

「わしは、正真正銘この要塞の設計者のヘイダール伯爵だ。嘘は付いておらん」

「まあ、いいではないですか。協力してくれると言うのなら」

と、ブルーク・ジャナ少佐が言い訳に困って言った。

 彼がやっと思い出したところによると、確かヘイダール伯爵はどこかよその銀河の種族の出で、ふたご銀河のロル星団の普通の人間とは違っているのだ。だから歳などは見た目ではわからない。だが、ここで詳しく話すことはできなかった。

「本当に大丈夫なのか?伯爵なら、銀河帝国の人間だ。敵ではないか?」

「お前は誰だ?随分、小さい奴だが……」

「私はこの要塞の政治代表、エルシン・ディゴという。一体あなたは、どうやってここへ来たのか?この前に来た船に乗って来たのか?」

「そのようなことはどうでもよいではないか。お前たちに協力すると言っているのだから……」

「素人に口を出してもらいたくはない」

「わしがいると便利だぞ?レギオンで分からなければ、ダールマン提督がわしをここへ派遣したのだ」

「ダールマン提督が?あの魔法使いだと言う……」

「そうじゃ。わしはあの魔法使いの知り合いでもあるのだ。奴の替わりだと思えばよい」

「すると、あなたも魔法使いなのか?」

「わしは魔法使いではない。どちらかと言うと、ジャナ少佐の子猫に似ている方だ」

 子猫の存在や能力については、エルシン・ディゴは知らなかったが、ジェルス・ホプスキン刑事は知っていた。

「わかった。だが、余計な口を出さないでもらいたい」

「いいだろう」

 この三人と一匹の中では、ジェルス・ホプスキン刑事がリーダーだと言う暗黙の了解が全員にあった。


 そこは普通の何の変哲もない通路だった。今は何もないし、誰もいない。もちろん死体などはなかった。

「ここに死体があったのだ。血も流れていた。なのに、今はない……」

 不思議そうにそう言うと、エルシン・ディゴは床に膝をついて、死体の有った場所を手で撫でるように触っていた。

 それをジェルス・ホプスキン刑事は黙って見ていた。そして、周囲を見回して、何か手掛かりがないかと探した。長い刑事生活の中で死体のない殺人事件はこれが初めてでなない。ただ、殺人が起きたという時間にあまりにも幅が有り過ぎるのが今回の捜査を難しくしていると考えていた。

 少なくとも、ここ十日は――つまり要塞の改装工事が行われる以前の――殺人事件も、住民の行方不明事件も要塞にはなかったと言うことだ。

 この事件は十日前あるいは十年前かも知れず、もしかしたら百年前かもしれない。そうだとしたらこの場所に事件の証拠など残っていることなど考えられない。ジェルス・ホプスキン刑事にとってはそれが一番困っている点だった。何と言っても現代の捜査は証拠をそろえること、事件現場の証拠を探すことが非常に重要なことだからだ。

 ただ、ここにはブルーク・ジャナ少佐の子猫がいる。その猫が妙な力を持っていることは、ジェルス・ホプスキンもよく知っていた。その力がこの事件の解決に役立つのなら、助かるのだ。だが、まだそれはわからない。

 ブルーク・ジャナ少佐の子猫は少佐の胸から出て来て、床に降りた。

「ね、猫!」

と、エルシン・ディゴが驚きの声を上げた。

「あ、済みません。私の猫なんです。今回の事件の捜査に協力してくれるそうなんで……」

「猫が捜査に協力だと?」

「まあ、お前さんよりも役に立つだろうよ」

と、ヘイダール伯爵が言った。

 伯爵は立ったまま目を閉じて、通路の時間の経過を調べていた。時間の経過が変化した時を探していた。現在から始めて、ずっと時間を遡る。すると、ある時間で突然時間が逆流し、そのスピードを上げた。そして、ある事件の時にたどり着いた。

 そこで目を開けると伯爵は、

「ミリア、力を貸してくれ。わしの考えている場所へこの連中を運ぶんだ」

と、言った。

 猫はヘイダール伯爵を見上げると、

「ニャァ」

と、鳴いた。

 周囲の時空間が変化して、一瞬だが灰色になった。

「な、何だ?何が起きたのだ?」

と、エルシン・ディゴは不安になって言った。

 灰色になった後、再び色彩を取り戻した通路の彼ら三人と一匹がいる場所に誰かが近づいていた。

 その誰かは黒い銀河帝国の旧来の軍服を着ていた。階級は中尉である。

「お前たちは誰だ!」

と、その中尉はジェルス・ホプスキン刑事と他の二人と一匹を誰何した。

 エルシン・ディゴはその男が、あの血を流していた死体だと気づいた。それで、つい指で指して叫んでしまった。

「こ、こいつだ。この男がここで死んでいたんだ」

「何だと!」

 死人呼ばわりされた中尉は怒って言った。そして、

「お前たちは、こんなところで何をしているのだ」

と、もう一度言った。

「ふむ。我々はある事件の捜査をしているのだ。その事件と言うのは、お前さんがここで死体になるという事件だ。何か心当たりはないか?」

と、ヘイダール伯爵が何の遠慮もなく聞いた。

「何だと?妙なことを言うな。俺は死んではいない。ちゃんと生きている」

「つまり、事件はまだ起きていないと言うことだ。これから起きるということだな」

「なるほど。で、あんたは誰かに恨みでも買ってはいないのか?」

と、ジェルス・ホプスキン刑事が聞いた。これから殺される本人に聞けるのだから、貴重である。

「馬鹿なことをいうな。俺はお前たちの事を聞いているのだ。一体何者なのだ?」

「それより、今はいつですか?ええと、このヘイダール要塞が出来てから何年になります?」

と、ブルーク・ジャナ少佐が聞いた。

 それぞれ勝手にかなり失礼なことを聞いてくるので不機嫌な顔をした中尉は、ジャナ少佐の着ている服に気づいて言った。

「お前は、その軍服はもしかして新世紀共和国のスパイか?」

「まさか、スパイが軍服を着てこんなところにいるはずはないでしょう」

「なら、なぜそんなものを着ているのだ」

「これは、つまりそう仮装をしているのです」

「仮装だと?まさか、あの要塞司令官の仮装パーティに出るためか?」

「そ、そうです」

と、適当に話を合わせてジャナ少佐は言った。

「しかし、敵の軍服を着ると言うのは、あまり感心せんな」

「そうですか?私には結構似合うと思うのですが……」

「あの新しい司令官殿にはそうした冗談が通じるとは思えないが……」

「真面目な方のようですね。新しい司令官は」

「そうなのだ。まったく、今時くそ真面目な奴だ。いや、それよりお前たちの事を聞く方が先だ。一体お前たちは何者だ」

 不思議なことにこの中尉にはすぐに司令部へ通報しようとする動きはなかった。見慣れない三人の正体を見極めようとしているようだった。

 だが、ジャナ少佐が何か返事をする前に霧のようなものがあたりに立ち込め、中尉の姿が見えなくなった。中尉の方も驚いて何か言っていたが、消えてしまった。


369.

「どうしたんです?」

と、ジャナ少佐が聞いた。

「あまり長く過去の時間に滞在するのはよくないのでな。滞在時間を短くしているのだ」

と、ヘイダール伯爵が言った。

「で、あそこがいつかわかったのか?」

と、ジェルス・ホプスキン刑事が聞いた。

「仮装パーティの好きな要塞司令官だそうだから、調べればわかるだろう」

「わかったのはそれだけか?」

と、失望したように言ったのはエルシン・ディゴだった。案外この奇妙な経験に動揺してはいなかった。普通なら慌てふためいて、騒ぐところだ。

「いや、死体の顔や属している国や階級もわかった。これはかなりの収穫だ」

 初めてにしては上出来だと、ジェルス・ホプスキンは思った。こちらは自分以外は素人ばかりなのだから。

 この時間を遡ったということは、ヘイダール伯爵がやったことなのか、とジェルス・ホプスキンは思った。そんなことが出来るなんて、聞いたことがない。小説家もしくは学者の仮説として聞いたことがあるくらいなのだ。時間を移動する機械と言われているタイムマシンは、銀河帝国も元新世紀共和国でもまだ開発されてはいないはずだ。それなのに時間の移動を平然と行うと言うところが何とも言えなかった。このヘイダール伯爵はあの子猫の仲間なのだろうか?

「あれ?私の子猫がいない!」

と、ジャナ少佐はあたりを見回して言った。

「ああ、ミリアはあそこに残ったのだ。あの帝国軍の中尉を監視するために」

「何ですって?大丈夫ですか?」

「心配などいるまい。あの子はあれでかの悪名高き『暗黒星雲の種族』なのだからな」

「暗黒星雲の種族?聞いたことがないが……」

と、ジェルス・ホプスキンは言った。

「そりゃ、お前さんたちのようなまだまだ科学技術が未発達な種族には知られていないということだ。このふたご銀河でも、ジル星団の方では有名だ。その悪名がな……」

 エルシン・ディゴは要塞に来て、暗黒星雲の種族という話を聞いたことがあった。あれは誰だったか……。その時聞いたのは、彼らはとてつもない力を持つ強力な種族だということだった。

「それにしても、時間を遡るなど、どうやっているのだ?伯爵はそのような機械や装置を持っているようには見えないのだが……」

と、エルシン・ディゴは不思議に思って聞いた。

「そんなもの、我らには必要とはせんのだよ」

「そのわれらと言うのは、どこの種族かな?」

と、ジェルス・ホプスキンは聞いた。

「まあ、お前さんたちには聞いたことがない種族だ。このふたご銀河からかなり遠い銀河に居た種族のことだ」

「と言うことは、今はいないということか?」

「そうだな。存在としてはもう異次元の存在に移行している。肉体は持っていない種族だ」

「そんなものがいるのか?」

と、エルシン・ディゴが言った。

「そのような種族は他にも結構いるだろうさ。ただ、異次元の存在になると『進化』と言うものが遅くなる」

「進化?」

「そうだ。かの暗黒星雲の種族もそうだが、機械や装置もなく、大抵のことができるようになるとそれ以上の進化がしにくくなる傾向があるのだ。何故かと言うと、自分たちがまるで神近き存在になったのではないかと錯覚してしまうからだ」

「まあ、機械や装置を持たずに時間を遡ったりできるようになれば、そうなるのも已むを得ないのでは?」

と、ジェルス・ホプスキンは言った。自分から見ても、そんな力をもったら、神近いと思うだろう。

「だが、それではつまらんではないか」

と、ヘイダール伯爵は言った。

 ジャナ少佐はそのようなことはどうでもよかった。彼は自分の子猫の心配をしていた。


 ミリア・ヘイスダス――ジャナ少佐の子猫は他の三人が霧の中に消え、元の時空に戻った後、まだそこへ残っていた。

 帝国軍中尉は子猫が居たことなど気づいてはいなかった。

「いったい、今のは何だったんだ?」

と、独り言を言って周囲を見回した後、歩き出した。

 その後を子猫のミリアは警戒を緩めずに付いて行った。

 とある通路の曲がり角で、何かが起きた。

「ワアッ…」

と、叫び声を挙げると、中尉は床に倒れていた。

 ミリアは影の中に身を隠して、倒れた中尉を見ていた。誰かがあの中尉を倒したのだろうか。

 すると、しばらくして中尉はゆっくりと起き上がった。そして、周囲を見回した。

「誰もいないようだ」

 その口調が先ほどとは違っていた。そして服の下から小型の装置を取り出すと、あたりに翳してみた。

「このあたりだろうか?」

「いや、もう少し行った方がいいかもしれないな」

 などと独り言を言いながら中尉は小型の装置を翳しながら歩いていた。そして、その通路の曲がり角まで行くと、また戻って来た。

 子猫のミリアは帝国軍の中尉が何をしているのかわからなかった。

「ここだ!」

と中尉が言うと、装置から妙な音がしだした。そして、彼は装置のどこかを指で捻ると、彼の姿が通路から消えた。

 慌てて物陰から出てくると、ミリアは中尉の居たあたりの匂いを嗅いだ。嗅ぐだけではなく、通路の時空間を走査してみた。

 驚いたことに中尉は『レギオンの城』のある時空間に入り込んでいた。どうやらあの小型の装置は時空間の穴の位置とそこへの移動の両方ができるモノだったようだ。急いでミリアも中尉の後を付いて行った。


 子猫のミリアがブルーク・ジャナ少佐の居る場所へ戻って来た。

 それは三人が元の場所へ戻ってから、間もなくのことだった。三人で今回の事件について意見を言っている時だ。

「大変だわ!」

と、猫の鳴き声ではなくて、言葉で彼女は言った。緊急時なのでそれどころではなかった。

「どうしたんだ?」

と、ヘイダール伯爵は聞いた。

「あの中尉はハイレン人よ」

「ハイレンだと?確かハイレンの魔法議会の議長が来ていたな。奴の仕掛けか?」

「どちらにしても、早くあの中尉の死体を見つけなくては、あの死体にこの要塞を破壊する次元爆弾のスイッチが残されているはず。私は気づかれて撒かれてしまったわ」

「つまり死体が発見されたということは、その爆破の時期が近づいているということか?」

「おそらくそうだと思う」

「だが、要塞を破壊して何をするつもりなのだ?」

と、ジェルス・ホプスキン刑事は聞いた。

「要塞が破壊されれば、ガンダルフの魔法使いレギオンがどこに居てもここに駆けつけてくるだろうと思ったのだろう」

「ではそのレギオンとやらに何の用があるのだ?」

「確か魔法の呪文が欲しいとか言っていませんでしたか?」

「呪文だと?この要塞を破壊するほど欲しいというのか?どんな呪文だ?」

「いや、破壊すると言う脅しなのでは?この要塞が破壊されたとして、その『レギオンの城』への影響はどこまでなのか?」

と、エルシン・ディゴが言った。

「普段ならそれほど影響があるとは思えないが。ただ、今はかなりあると思う。なぜなら、要塞と城との空間の結合工事をしているからだ」

 要塞と城との結合工事の最中に要塞を破壊されれば、きっと城の方まで影響が起きるだろうとヘイダール伯爵は思った。

 まさかあのハイレンの議長が、今この時を前々から狙って来たのだろうか?

 彼は今、リドス連邦王国の艦隊に母国まで送ってもらうことになっている。様々な陰謀をこの要塞に仕掛けて来たが、それが皆失敗に終わって、ハイレン連邦の艦隊まで失って、失意で帰郷することになっているはずだった。だが、これまでのことは全て今回のことのための見せかけだったのだろうか?それとも、計画が全て失敗に終わって、最後の賭けに出たのだろうか。

 しかしこんなことが出来るのは、未来予測が出来なければ不可能ではないか、と彼は思った。ハイレン人にそうしたことができるとは思えない。誰か他の力添えが無ければできないだろう。とすると、その力を与えたのは誰か?

 ヘイダール伯爵はそれが誰か、思い当たることが有った。

「リード・マンドはどこにいるのだ?」

「あの暗黒星雲の種族の男ですか?」

と、ジャナ少佐は言った。

 そう言えば、最近は城の中にも奴の姿が見えなかった。奴はどこへ行ったのだろうか。何をしているのだろうか。やはり暗黒星雲の種族は信用ならない。伯爵は嫌な予感がだんだん大きくなってくるのがわかった。



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