ダルシア帝国の継承者
358.
ダルシア人のヴォルガスはアルフ族が遠い昔に、このふたご銀河のロル星団に初めてやって来た時のことを思い出していた。
ドーナツ型の宇宙船の大船団が、最初にこの惑星ゼンダに到着したのだ。正確にはゼンダの近くのジャンプ・ゲートから出て来たのである。そして、最初に彼らの都市を築いた。
高い塔が幾重にも連なっていたアルフ族の都市は、その残骸が今は大地の地層の間にあるのだろう。それほどアルフ族の文明の末期は恐ろしい宇宙的な災厄に見舞われたのだ。従ってその痕跡さえも、後にできた銀河帝国や新世紀共和国では見つかっていないのだ。
惑星ゼンダがその頃の中心惑星都市の一つだった面影がないのは、その災厄による破壊が凄まじかった所為なのだ。それは現在銀河帝国の帝都ロギノスと呼ばれている惑星も同じだった。
ヴォルガスはアルフ族の文明最盛期の記憶を紐解いていた。霊人である彼女は、長い転生の記憶を思い出すことが出来るのだ。もっともあまり昔のことだと思い出すのは普通は難しいのだが、かつてのアルフ族の主惑星都市の一つに来ているので、思い出すことができそうだった。
当時はドーナツ型の宇宙船が空を覆っていた。彼女は非常に珍しい形だったと言う感想を覚えていた。その中心にあるエネルギー源は核融合炉ではなく、宇宙そのものからエネルギーを抽出することが可能なホワイト・ホール型のエネルギー炉だった。その強大なエネルギーはダルシア人さえも驚かせた物なのだ。その移動速度と防御力や攻撃力を支えるエネルギーはダルシア人の宇宙船と同じくらいか、いやそれ以上のモノかもしれなかった。
アルフ族がふたご銀河に移住してきたのは理由があった。彼らの本来属していた銀河は古く、彼らの住んでいた惑星の属する恒星は左程遠くない未来に、膨張を開始する恐れがあった。すでにその前兆を見せていた。そのため移住先を探していたのだ。
人間型種族のアルフ族は、見た目はふたご銀河のジル星団にあるガンダルフのような人間族に似ていた。それに、科学技術の他に魔法のような力を持っていたのだ。その力は、ガンダルフの魔法使いのように呪文でコントロールされていた。ただその力は強い者になると惑星自体の気象さえ操るようなものだった。そこがそれまでのガンダルフの魔法使いとは異なっていた。後にガンダルフの魔法使いもアルフ族の呪文に倣って、力の強い魔法使いであれば、それが可能になったものだ。
また、アルフ族はその高度な科学技術によって惑星ゼンダなどの主要惑星都市の防衛に強力な防御施設を建設していた。遠い銀河からやって来た彼らには、他所からの侵略があることをよく知っていたのだ。もちろん、防御用の施設は常時存在していては宇宙航行の邪魔になるので、平和時にはその存在を隠すようにしていた。
ゼンダの周囲に置かれていた防御施設や巨大な兵器は、何度かの他の銀河からの勢力の侵入を防いだものだ。中には銀河帝国が近年作ったヘイダール要塞のような防御施設もあった。それも一つではない。ゼンダの属する恒星からエネルギーを引いてそれを放出する巨大な兵器もあった。だが、今はどこにも、そのかけらさえ見当らない。
地上では地殻変動が起きて構造物が破壊されることがある。だから遺物が残っていないとしてもおかしくはない。しかし、宇宙空間では彗星や小さな流れ星がそうした構造物に当たる確率はかなり低い。それなのにないのだ。
その理由は防御施設や兵器の隠し場所にある。それらはあのヘイダール要塞にある『レギオンの城』と同じような場所にあるのだ。つまり異次元の空間に存在しているのだ。その場所はほとんど時間の経過が存在しない。だから損耗も消耗もないのだ。
従って今でも、アルフ族の建造した防御施設や巨大兵器は存在しているが、誰もそれを知らない。それを三次元の宇宙空間に移動させる呪文も技術も長い時間の経過の中で廃れてしまった。だが、そうしたものは今でも存在していた。もちろん普通なら存在を忘れてしまうようであれば、異次元に存在しているものも失われてしまうものだ。だが、アルフ族の中心指導者はそのようなことがないように、時間を閉ざし、鍵を掛けたのだった。
それは例えば、リドス連邦王国の者たちが銀河間のジャンプ・ゲートを閉ざすために、その存在の時間を閉ざす鍵を掛けたのに似ていた。
それは、後代の子孫が何かあった時にそれを使えるようにするためだった。ただその鍵を開けるにはそれなりの条件が必要だった。その条件を満たすのは、簡単なことではない。また子孫がそのことを忘れてしまえば、もう二度と手にできないため、アルフ族はその鍵をふたご銀河のジル星団のダルシア人とガンダルフの魔法使いに託したのだ。
惑星ゼンダの商業用宇宙港には数十隻の三角錐の艦が着陸していた。その艦に市民たちが乗ればすぐに離陸し、次の艦が次々に着陸することになっている。
(さあ、あれが、ゼンダからあなた方を新しい天地へ連れて行く船です)
と、クローブ・ガイン少佐が市民たちの心に呼びかけた。
クローブ・ガイン少佐は他の人間の心を操る特殊能力を持っていた。多くの人々を操ることは彼でも難しいが、多くの人々が同じような欲求を持っている時には、それが容易くなる。この宇宙港へ来れば、新天地に行くことが出来る。銀河帝国の支配のない新しい星へ行ける。そうした暗示で市民たちは我先に宇宙港へやって来たのだ。
ゼンダの市民たちは銀河帝国の新領土になったことをどうしても容認しがたく、今でもどこか別の新たな惑星へ行きたいと思っているのだ。それをガイン少佐は利用した。
ただ、市民たちも三角錐の船の形があまりにも異様に思えたので、その熱が少々覚めて行きつつあった。
最初はすぐに三角錐の艦に乗ろうとした者もあった。だが、宇宙港に生暖かい風が吹き、突然辺りが暗くなって、雷が鳴り始めたのだ。だから、すぐに乗ろうとした者も一時宇宙港の管理棟に待機をせざるを得なかった。そして、雷が収まるのを待っているうちにだんだん見たこともない宇宙船に乗るという熱が冷めて行った。
「あの船は何だ?変じゃないか?」
「変でもいいではないか。この銀河帝国の領土となったゼンダから逃げることができならば……」
「でも、……」
「そうだ、どこへ行くのかわかっているのか?」
我に返った市民たちの中には、三角錐の艦に乗るのに二の足を踏むものが多かった。それで、宇宙港の建物から船の方へ行く人の姿はなかった。迷い、躊躇っている者たちが多いのだ。このままではせっかく集めた市民たちが艦に乗るのと拒むことも考えられた。早くもその心のコントロールが取れてきそうなのだ。そうなったら、この計画は失敗に終わる。ガイン少佐は唇を噛んだ。
窓に映った宇宙港の様子を見て、リューゲル・ブブロフ総督は無力感しかなかった。三角錐の艦が数十隻も着陸しているのだ。けれども宇宙港に居たはずのハルバロイ・バルム少将の艦隊が居なくなっているのを見て、安堵した。彼らはおそらくすでに離陸してゼンダから離れたのだろう。
「で、どうするのです?」
と、フォルガ・ドル少将は言った。
「どうするって、どうすればいいのかわからないわ。こんなことになるなんて、思わなかったから。それにあの三角錐の艦隊はおそらく銀河帝国や新世紀共和国の艦隊では太刀打ちできないし、かと言ってここからでは市民たちに事実が何かを知らせることもできない」
と、ブレイス少佐は言った。八方ふさがりなのだ。
その時、ヴォルガスが言った。
(私に一つ提案があるのだが、……)
その心の中の声に、ブレイス少佐とフォルガ・ドル少将はヴォルガスを見た。だが、声が聞こえないリューゲル・ブブロフ総督はまだ窓に映る宇宙港の様子を見ていた。
ヴォルガスはそのリューゲル・ブブロフ総督を見た。歳は人間であれば、おそらく老年に近い年齢だろう。身体は頑丈そうであり、その頭の中身は床に横たわっている若い人間族よりもまだましかもしれない、と彼女は思った。首をかしげながらリューゲル・ブブロフを見るヴォルガスを、不思議そうに二人は見ていた。
(そこの人間はここの責任者か?)
「そうです。この惑星ゼンダの総督です。銀河帝国の皇帝陛下から任命されたのです」
と、フォルガ・ドルは言った。
(なるほど、では我々の仲間に入ってもらおう)
「それは、どうでしょうか?総督は、その……」
(つまり頭が固くて、この状況を理解できないとでもいうのか?)
「そこまでは言いませんが、……」
「でも、総督に話をして、信じてくれるかしら?」
(もうこうなったら、他にどうしようもあるまい?)
リューゲル・ブブロフ総督は、三角錐の艦の事を考えていた。宇宙港に降りたのは全体のどれくらいだろうか?まだ、派遣した宇宙艦隊は戻って来ないのだろうか?艦隊の大半がゼンダに戻ってきた時、何ができるだろうか?
(ふむ。お前たちの艦隊はともかくあの三角錐の艦隊から離れることが第一だ……)
「何だと!誰だ!」
と、リューゲル・ブブロフ総督は言った。そして、突然聞こえて来た声が誰の声だと探してキョロキョロした。
(私がしゃべっている)
「私とは誰だ?ブレイス少佐、君かね?」
「いいえ、総督の心の中に聞こえてくる声は、このダルシア人のヴォルガスの声です」
「竜の声だと?」
総督はヴォルガスをまともに見た。何処から見ても、竜以外のものには見えない。しかも竜がしゃべるとは、どういうことだ?頭を振りながら、総督は言った。
「本当にそうなのか?しかし、竜がなぜしゃべるのだ?」
竜が言葉をしゃべる程の知性を持っていることが、彼には信じられないのだ。ロル星団に属しているかつてのアルフ族の末裔たちは、人間族以外の種族を宇宙であってもこれまで見たことはなかったのだ。
(必要だと思ったからだ。お前たちではこの事態を収拾することはできまい)
「これは、ヘイダール要塞の陰謀ではないのか?」
「まさか、そんなことはありません。私がここへ来たのは父を迎えるためです。こんな事態になっているとは思いませんでした。ただ、こちらでは反帝国主義のデモや暴動が起きているだけだと思っていたのです」
まさか、他の異星人によって拉致するために扇動されているとまでは思わなかったのである。
(第一、これはお前の部下の中にあの三角錐の艦隊の種族のスパイが紛れ込んでいた所為なのだぞ!)
「スパイだって?いったい誰がこんなことをしたのだ」
「おそらく、クローブ・ガイン少佐です」
「ガイン少佐が?そんなはずはない」
「もしかして、どこかで本物と入れ替わったのではありませんか?」
もしクローブ・ガイン少佐が帝国軍にいたのなら、その可能性は十分ある。殺されているかもしれないが、その名の人物は確かに居たはずだ、とブレイス少佐は思った。
「竜の話はこれまでにしよう。それで、君たちはこの事態に何ができるというのかね?」
竜がしゃべるとしても、今はそれどころではない。まだ派遣した宇宙艦隊は戻ってきていないが、彼らがバルム少将の艦隊と合流したとして、三角錐の艦隊に対抗できるかどうかはわからない。できなかったら、この惑星ゼンダはどうなるのか。そして、これが未知の種族による銀河帝国への侵略に繋がっていくのではないかという恐れもあった。
だが、ブレイス少佐も一人でゼンダへやって来たので、どうすることもできない。フォルガ・ドル少将も秘策があるわけではなかった。顔を見合わせる二人を見て、
(ヘイダール要塞と話をしてみてはどうか?)
と、ヴォルガスは言った。
「ヘイダール要塞とだと?とんでもない、私は反対だ」
と、リューゲル・ブブロフ総督は言った。そして、
「それに、今更ヘイダール要塞に連絡して何かできると言うのか?要塞の駐留艦隊が我々を助けるために、今すぐここへ来られると言うのか?」
「それは、……」
総督の言うことが本当に不可能なことなのかはわからない、とブレイス少佐は思った。あのリドス連邦王国の人達はどんな力を持っているのかわからないのだ。ただ、公に銀河帝国の領土として認知されている惑星ゼンダへ、可能だからと言って、艦隊を派遣するとは思えなかった。銀河帝国を挑発することは、彼らとしても避けるはずだった。
「あの、ヘイダール要塞には魔法使いがいると言っていましたね。魔法で何とかできないでしょうか?」
と、フォルガ・ドルは言った。
「それは、どうかしら。こんなところまで魔法の力を及ぼすことは難しいのではないかしら?」
ヘイダール要塞から宇宙船の普通のワープでは二週間の距離なのだ。遠すぎる、とブレイス少佐は思った。
いや、もしかしたら彼らガンダルフの五大魔法使いなら可能かもしれない。それにリドス連邦王国の王族はどうだろうか?確か、ヘイダール要塞に一人来ていたはずだ、とブレイス少佐は思った。
(要塞と通信するくらいならよかろう。それに、ブレイス少佐、あなたが魔法で通信すればいいのではないか?)
「え?でも、総督の前でやってもいいのかしら?」
(構わないだろう。何しろ、ここの文明は魔法など信じないのだろう?魔法で通信するなら、他の探知装置に引っかかるわけではないし、誰にも迷惑は掛かるまい)
総督の部屋の超高速通信ならヘイダール要塞とも通信出来ると思われるが、もしそれをやったとしたら後で総督自身が、反逆罪で捕まる可能性もあることはダルシア人のヴォルガスにも想像できたのだ。
「魔法で通信をするだと?」
と、目を白黒させて総督は言った。
ため息をついて、ブレイス少佐は銀の月に教えられた呪文を使って魔法の通信を始めた。
359.
ヘイダール要塞の司令室に魔法陣が浮かんだ。
「どうかしましたか、ブレイス少佐」
と、銀の月はすぐに気づいて言った。
「あの、惑星ゼンダの政庁ビルの総督の部屋からです……」
と、ブレイス少佐は断りを入れた。暗に、総督が傍にいると言いたいのだ。
「わかりました。今度は何が起きたのですか?」
「三角錐の艦隊がゼンダの商業用の宇宙港へ着陸しました。銀河帝国の艦隊はすでに宇宙港から脱出し避難したようです。ただ、市民たちが拉致されるのをどうにもできないのに困っています。何とかしたいのです」
「三角錐の艦隊はどれくらいの規模ですか?」
「それは、……」
「それについては、私が答えよう!」
と、リューゲル・ブブロフ総督が言った。
目の前に魔法陣が浮かび、その中にあの大逆人の部下であるベルンハルト・バルザスの顔が浮かぶのを見た。魔法は本当にあるというのだろうか、と思いながら彼は話し出した。彼らがヘイダール要塞にいると言う噂は聞いていた。帝国軍の内部ではいつの頃からか、死んだとされていた大逆人やその部下たちが生きていていると言う噂が囁かれていた。いくら帝国政府がそれを隠そうとしても、噂が広まるのは早かった。
「だが、その前に大逆人の部下であった者がなぜ、ヘイダール要塞にいるのか知りたいものだ」
「つまり、この緊急事態よりも、そちらの方が大事だと言うことですか?」
「それは、……わかった。今はもう言うまい。それなら、何か方策があるとでも言うのか?」
「もちろんです。それではもう一度お聞きします。敵の艦隊の規模は?」
「私に来た報告によると、敵の艦隊は数百隻の規模だそうだ」
「で、帝国艦隊の損害はどうだったのです?」
「敵はこちらの艦隊を全滅させる気はなかったようだ。だから、八割がたは残っている」
「なるほど。では、帝国艦隊はできるだけ惑星ゼンダから離れるようにしてください」
「わが艦隊では無理だと言うのか?」
「はっきり言います。無理です。それよりも艦隊を温存することを考えて下さい」
「その後、卿らの艦隊が来ると言うことはないだろうな」
「そのようなことはしません。後は我々と、ブレイス少佐とヴォルガスに任せてください」
「でも、私は何もできないわ」
自分は新世紀共和国の人間で魔法使いでも、特殊能力者でもない。ただの一介の士官なのだ。もちろん、自分の指揮する艦や艦隊があれば別だが。
「そんなことは有りません。詳しくはヴォルガスに聞くと良いでしょう。私は重要な点だけを話しますから……」
銀の月――バルザス提督は惑星ゼンダを含むロル星団にかつてアルフ族が他の銀河から移住してきたことを話した。そして、まだその頃の防御施設や兵器が存在することを話した。
「でも、かなり昔の話ではなかったですか?それなのに、残っていると言うのですか」
「しまった場所、隠した場所が特別な空間なのです。そこは時間と言うものがほとんど存在しない空間なので、いつまでも当時のまま残っているはずです」
「そんな場所があるの?まるで魔法みたいだわ」
「残念ながら、これは魔法ではありません。彼らアルフ族はそれだけ高度な科学技術を持っていたのです。と言うことはかの三角錐の艦隊よりも高度な科学技術を持っていたと言うことになります」
銀の月は、要塞司令室の中を見回した。通信用の魔法陣は大きく広がっていて、司令室の中の主だったものは大抵見えるし、話の内容も聞こえていた。
ヤム・ディポック提督は、いつのも席で魔法陣の通信を見ていた。その彼に、銀の月は言った。
「すみませんが、ディポック提督、こちらに来ていただけますか?」
「私に何かご用ですか?」
ゆっくりと席から立って、ディポックは銀の月の傍へ来た。
「ディポック提督、ブレイス少佐はあなたの副官でした。彼女を心から信頼できますか?」
と、銀の月はまるで審問でもするかのように真顔で聞いた。
「もちろんだ。私はブレイス少佐を信頼している」
「では、心の中でそれを強く思ってください。それから、向こうのブレイス少佐に話しかけて見て下さい」
妙なことを言うものだと思いながら銀の月の言う通りにして、少しの沈黙の後、
「やあ、ブレイス少佐、元気かい?」
と、ディポック提督は言った。
「はい」
と、嬉しそうに言うブレイス少佐の声が聞こえた。
「では、ディポック提督、心の中で彼女にアルフ族の防御施設や武器を使う許可を与えると思ってください」
「ちょっと待ってくれ、私はアルフ族なんて知らない。彼らの武器なんて、見たこともないのだが……」
「いいんです。私の言ったことをそのまま思ってくれればそれでいいんです」
ディポック提督は首を傾げた。銀の月の言わんとするところが理解できなかったのだ。けれどもその言葉をなぞることはできたので、やってみた。
「これでいいのかな?」
と、不安そうに彼は言った。
「大丈夫です。これで向こうにいるヴォルガスが鍵を開けることが出来ます」
「鍵を開ける?何のことなんだい?」
「それは、あとで説明します」
そして、再び魔法陣に向き合うと、
「ヴォルガス、これでいいはずだ。後のことは君に任せよう」
と、銀の月――バルザス提督は言った。
魔法陣の向こうにいるダルシア人のヴァルガスはその竜の姿の顔を見せて言った。
(了解した)
「え?何を了解したの、ヴォルガス」
(通信は終了する!)
と、ヴォルガスが言うと、魔法陣は消えた。
ヘイダール要塞の司令室では、アルフ族のことや彼らの持っていた防御施設や武器のことを銀の月が説明していた。
「つまり、惑星ゼンダのあるあのロル星団には古代のアルフ族が使っていた防御施設や武器が、まだ残っているというのか?」
と、クルム司令官代理が興味深げに言った。
「そうです。彼らは魔法だけではなくて、非常に高度な科学技術を持っていて、この宇宙には様々な次元の異なる空間があることを知っており、その空間を利用することが出来たのです。彼らの防御施設や武器はある異次元の空間に存在しているのです。今でも、昔の姿のまま、少しも損傷することもなく、いつでも使えるようになったままになっているのです」
「しかし、そんなことが本当にできるのか?アルフ族と言うのは何百万年も前に滅びたのではなかったのか?」
「アルフ族は滅びましたが、彼らは後の子孫のために、そうしたものを残したのです」
「本当にそのようなものがあるとしたら助かるのだが、どうしてこれまでそのようなものがあることすらわからなかったのだ?」
「簡単にわかるようであれば、とっくの昔に誰かによって壊されてしまっています。それに、隠しただけではなくて、それを使えるようになるにはある条件を必要としているのです」
「条件というのは?」
「彼らは、自分たちの文明自体がいずれ滅びるだろうと言うことがわかると、その際に自分たちの持っている武器や兵器で滅びることがないようにしました。自滅するのを避けようとしたのです。それと、隠しても自分たちが滅びた後、誰もそれを利用できなくなる恐れがあります。そうしたことがないように、隠したものを開けるための鍵を付けました。その鍵を持っているのが、ダルシア人とガンダルフの五人の魔法使いでした。つまり我々の事です。ただ、その鍵を開けるにもある条件を付けました。間違えて開けてはいけませんからね。その条件というのが、ディポック提督、あなたが心から信頼する人物であることなのです」
「ちょっと、待ってくれ。アルフ族のことなど聞いた事もない私が、なぜ関係してくるんだ?」
「それは、あなたが遠い昔アルフ族の母なる銀河からこのふたご銀河への移住を指揮した指導者だったからです」
「私が?そんなことはあり得ない。第一、そんな記憶など私にはない」
「それは、当然のことです。しかし、その昔遠い銀河からアルフ族を連れて来たのは『テイミス』と呼ばれていた、アルフ族の指導者、後に『テイミス女神』と呼ばれた、あなたの過去世なのです」
一瞬、司令室の中が静まり返った。銀の月の話があまりにも彼らの常識からかけ離れていたからである。当の本人のディポックも、微妙に困惑した表情で言った。
「テイミス女神?女神だって、この私が……」
自分は男であるのに女神?男神であると言うのなら、それほど困惑しなかっただろう。もちろん、神などと言われるのは、恐れ入ることだった。
「神だと言われると、正直困るでしょうが。それは大宇宙の創造神と言う意味ではありません。何処の種族でも、種族の大指導者になると、後々神と言われて敬われるものです。まあ、別に信じろとまでは言いません。今は、まだあなたは今世に生まれてからの記憶しかないでしょうから。でも向こうにいるブレイス少佐がもし、古代のアルフ族の武器を使ってあの三角錐の艦隊を追い払うか壊滅させたら、それが証拠になるでしょう」
と、銀の月は言った。
ヴォルガスは総督に部屋の窓から、空を見た。その向こうにある、古代のアルフ族の防御施設や武器を見た。彼女には見ようと思えば、いつでもそれが見られたのだ。次元が違うと言ってもほんの少し三次元からずらした空間にあるのだ。そこは時間の流れが非常に遅く、そこに置かれたものは時の流れによる損傷を免れることができた。
時間の流れがないので、その空間にもし人間が入ってしまったら動けなくなってしまう。だから、その空間に入ることは危険だった。そこに入らずにその出入りをコントロールすることができれば、問題はない。それができるのはダルシア人とガンダルフの強い魔法使い達だった。彼らの持つ『鍵』とは、その空間に自らは入らずに直接アクセスする方法を指す。
「了解したというのは、いったいどういうことなの?」
(まず、私が君に何を使うべきかを話そう)
と、ヴォルガスは言うと、彼女の見ているものをブレイス少佐や総督、フォルガ・ドル少将の心の中に映して見せた。
彼らが見たのは惑星ゼンダの近くにあるアルフ族の古代の武器や防御施設で、かなり大きなものだった。
「これは、こんなものが本当に存在するのか?」
と、フォルガ・ドル少将は驚いて言った。
ゼンダの恒星の近くには、大きな鏡の形をした兵器が設置してあった。
(あれは、恒星の熱と光を利用した兵器だ。三角錐の艦隊など、あれを稼働させれば、一気に殲滅できるだろう)
「でも、兵器の位置があそこでは攻撃するものが直線上にないとできないのでは?」
(そんなことはない。例え敵が直線上に居なくても攻撃可能なようにほら、あちこちに大きさの違う鏡のような形をしたものがあるだろう。それにトンネル状の構造物もそうだ。皆、どこでも攻撃可能なように設置されている。他の武器もある。どれも必要な時に必要なだけこちらの宇宙空間に移動させれば使えるものだ)
「こんなものがあるということが、もっと早く分かっていれば……」
そうだ。そうであったならば、新世紀共和国が銀河帝国に敗れることはなかったのだ、とついブレイス少佐は思ってしまった。
(何を言っている。これは同朋に使うものではない。敵に対して使うものだ。以前の銀河帝国と新世紀共和国との戦いで使うようなものではない)
「そうね、そうだわ。ごめんなさい。これは今だから必要だし、使えるのね」
と、ブレイス少佐は言った。
360.
ヴォルガスはまず三角錐の艦隊の方を攻撃することを勧めた。
(地上に降りた艦は、あとでもいいだろう。まず、宇宙空間にいる艦隊を狙うのだ)
「でも、地上に降りた方にはゼンダの市民たちが乗り込んでしまうわ。そうしたら、まずいのではないの?」
(今、宇宙港の映像を送る。見てごらん、市民たちが何か変なことに気づいて、すぐに三角錐の艦に乗ろうとはしていない)
窓に宇宙港の様子が映じた。
まだ市民たちは宇宙港の管理棟の中にいるらしい。それに溢れている市民たちも動いてはいない。彼らはおそらく見たことのない艦に疑問を抱いたのだろう。疑問を抱くだけではなく、自分たちの行動にも妙だと気づいたのではないかと思われた。
(あの市民の数では、いくら心をコントロールする能力を持っていたとしても、そう簡単には行かないと思う)
「なるほど、だからまず艦隊本体を狙う方がいいというのだな」
と、リューゲル・ブブロフ総督が言った。
(そうだ)
「わかったわ」
すぐに窓の映像が切り替わった。
そこに、ゼンダの上空の宇宙空間にいる三角錐の艦隊が映った。
「それではあなたの勧める兵器はどれかしら?」
とブレイス少佐が言うと、窓の映像が再び切り替わった。
窓に映ったのはゼンダの恒星近くに設けられた円形の鏡状の兵器だった。ブレイス少佐にはその兵器の周囲がなぜか灰色でおおわれているようなのが、少々気になった。その兵器の色も黒い輪郭の他は色がなかった。
(これが良いだろう。これなら、一隻残らずうち滅ぼすことが可能だ)
「わかったわ、それで行きましょう。あの兵器がこちらの空間に移動して攻撃を開始するのにどれくらいの時間がいるのかしら?」
(ふむ。時間など、大したことはない。ブレイス少佐、私に力を貸してくれ)
「私の力?どんな力が私にあるというの?」
(あるとも、先ほどディポック提督が通信に出ただろう。あの時、彼は君を心から信頼すると言うメッセージを私に伝えて来た。君はただ、私を信頼するという想いを強く出してほしいだけだ)
「それだけなの?」
(そうだ)
ブレイス少佐は目を閉じて、ヴォルガスが言う通りに強く思った。すると、どこかで鍵の開く音がしたように思えた。
次にヴォルガスは黙って目を閉じた。
すると、円形の鏡状の古代アルフ族の兵器の色が変わった。黒い輪郭はそのままだが、円形の鏡が金色に光ったのだ。同時に三角錐の艦隊の中央で爆発が起きた。
三角錐の艦隊の反応は速かった。ゼンダの恒星近くにある兵器に気づき、すぐに散開すると、十隻程がその破壊に向かった。
「ああ、このままではせっかくの兵器がやられてしまいますよ」
と、フォルガ・ドル少将が言った。
(心配するな)
円形の鏡は何度か金色に光った。しかしその攻撃する光線は円形の鏡から発せられたのに、近づいてくる艦に他の小さな鏡を迂回して別方向から、光線が発せられた。十隻程の艦はそれにやられて爆発炎上して破壊された。
三角錐の本体の艦隊は、同じように様々な方向からの攻撃にさらされていた。艦隊が全滅するのにそれほど時間はかからなかった。艦隊の数は数百隻程だったので、それで済んだのだ。
「ほう、随分早いではないか」
と、リューゲル・ブブロフ総督が言った。
「確かに思ったよりも速いですね」
と、フォルガ・ドルが言った。
ブレイス少佐は二人と同じ思いだった。その効果に驚くと共に、やはりこの兵器があの時あったならば、ということに思いが行ってしまうのだった。
(さて、これで艦隊の方は片が付いた。宇宙港の方を何とかせねばなるまい)
「でも、宇宙港にあの兵器は使えないわ。どうすればいいのかしら」
もし惑星上にある艦にあの円形の鏡状の兵器で攻撃をしたら、とんでもないことになるのは想像できた。宇宙空間だから、艦が一隻ずつやられたのだが、地上ではその爆発で他のものも損傷を受ける。
「それに、艦隊の本体から救難信号か撤退命令が出ているのではないかな?」
それにしては窓に映し出された宇宙港の様子は変わらなかった。
「命令を出す前に艦隊の本体がやられてしまったのでしょう」
「だといいのだけれど、でも、数は少ないけれどあの艦にあそこに居られたら、危険ではないかしら?」
(確かに、あそこに居られては攻撃兵器は使いにくい。だが、方法はある)
「どんな方法です?」
クローブ・ガイン少佐に宇宙港に着陸している三角錐の艦から通信が入っていた。
「艦隊本体からの連絡が途絶えた。何かあったのではないか?」
「そんなはずはない。第一、我々の艦隊の方が帝国軍の艦隊に勝っている」
「ではなぜ、連絡がないのだ?」
「外の雷も収まって来た。もう奴らを乗せることもできる」
「わかった」
クローブ・ガイン少佐はこれで最後だと、自分の持てる力のすべてを使って、市民たちの主だった者に呼びかけた。




