ダルシア帝国の継承者
352.
(これは夢なのだろうか?)
と、リューゲル・ブブロフ総督は思った。
自分には確かに妻と娘がいたが、二十年前に亡くなったはずだった。それが、今自分の脳裏に楽しそうに話している自分自身と妻子の姿があった。だが、よく見ると自分だと思ったのはそうではない。それはつい昨夜見た元新世紀共和国のブレイス大将の顔だった。つまりこれは、そのブレイス大将の家族なのだ。
その情景を静かに見ていると、突然墓が現れた。ブレイス大将の妻の墓らしかった。その墓碑の前にブレイス大将と十代前半だと思われる娘が立っていた。そのあと、二人は再び一緒に暮らした。
(何だ!娘と一緒に暮らしたことがあるとは、幸せな奴だ!)
と、リューゲル・ブブロフは思った。彼には娘と暮らした記憶はない。なぜなら妻と娘を同時に無くしているからだ。
彼には何も残らなかった。それも元新世紀共和国の艦隊が帝国艦隊と交戦した時に、付近を航行していた彼の妻子の乗っている船が民間船だというのに、誤って攻撃を受けたからである。その知らせを受けた時の悲しみと憎しみが再び沸いてきた。自分と相手を比べて、ブレイス大将の方がましだと思ったのだ。
だが情景がクーデターの場面になると、それが変わった。ブレイス大将がクーデターを起こした心情が流れてきて、それはリューゲル・ブブロフにも理解できることだったからだ。そして、その時の思いを娘に理解して欲しいという強い願いが彼の心に響いてきた。
(言えばいいではないか。お前の娘はまだ生きているではないか!)
だが、その問いにブレイス大将は答えなかった。ただ、悲しみが伝わってくるだけだった。
フォルガ・ドル少将は恐る恐る出勤した。
政庁のビルに入るときも自室に入るときも、そして机に座ってからもビクビクしていた。いつ、総督から昨夜の件についてお呼びがかかるかと落ち着かないのだ。
昨夜、ブレイス少佐と竜と一緒に総督の部屋から逃げて、自分の宿舎に戻ったのは明け方だった。宿舎のホテルの警備兵が妙な顔をしたのを覚えている。何しろフォルガ・ドル少将は素行がいいので有名だったのだ。それしか取り柄がないくらいだ。
まったく妙なことになったものだ。まさか竜と元新世紀共和国の少佐と作戦を考えるなんて、夢にも思ったことはない。だが、今は他に方法がないと分かっていた。
竜の言うことには、まず今回の件を策動している人物を特定することが必要だった。それはおそらく総督の側近の一人に違いないという。昨夜ブレイス大将の霊が出てきたとき、総督の部屋にいた人物のことだ。あれは人間だが、本来は人間ではない、と訳のわからないことを竜は言った。人間ではないというのが、異星人のことかそれとも何か別の妙な生物なのかはフォルガ・ドル少将にはわからなかった。
一人一人、総督の側近を思い浮かべるが、心当たりのある者はなかった。少なくとも彼らはフォルガ・ドル少将よりは、忠誠心も実力もある軍人だった。あの総督が選んだ側近だからだ。総督が何かを言えば、すぐに動き出す。のろのろと何をしていいかわからない、彼とはまるで違うのだ。
「それでも、総督があなたを側近にしているのは、どこか認めているからよ」
と、ブレイス少佐は言った。
それは彼女なりの気遣いなのだろう、とさすがにフォルガ・ドル少将は思っていた。おそらく司令部の人事で押し付けられて、断れなかったというのが真実だと前々から考えていたのだ。だから、あまり出すぎないように、失敗しないように努めていたのだ。だが、今となってはどうしようもない。例え、うるさいとか邪魔だとか思われていても、やるしかないと決めていた。
「閣下。今日の昼に、珍しく総督閣下から会食の予定と聞かされております」
と、サインを求めてやってきた部下が言った。
「昼に会食?聞いていないが、いつ決まったのだ」
「先ほどだそうです。珍しいですね。部下と会食なさるなど、それも少将も呼んで……」
と、部下は口を滑らせた。
部下の間でもフォルガ・ドル少将と総督との関係が単に存在するだけで、他の側近たちとは違って、何の意味合いも持っていないことは知れ渡っているのだ。
リューゲル・ブブロフ総督はあまり部下との会食を好むような方ではない。とすると、昨夜の件で何か聞きたいことでもあるのだろうか?それにしては会食というのは、あまりにもいつもの総督らしくない。それに本当に昨夜のことを聞きたいのなら、憲兵に自分を逮捕拘束させて、尋問でもさせそうなものだ、とフォルガ・ドル少将は思った。
きちんと時間に正確に、フォルガ・ドル少将は将官用の食堂へ行った。
リューゲル・ブブロフ総督閣下は、すでにテーブルに着席していた。
「すみません、遅れました」
「いや、私が早く来たのだ」
と、総督は笑みを浮かべて言った。
機嫌は悪くないようだ、とフォルガ・ドルは思った。だが、その笑みが逆に不安を醸しだした。考えてみれば、自分を見る総督が笑みを浮かべたなんてことは、これまで有っただろうか?
食事は何とか喉を通ったが、時折食器が音を立てた。手が、指が、震えているのだ。それに、総督を見る勇気もない。できるだけ食事の間は食器に目を落とすことにしていた。
「気分でも悪いのかね?」
と、総督は尋ねた。
あまりにも下を向いているので、そう思ったのだろう。それがいかにも優し気だったので、フォルガ・ドルは恐怖心からさらに気分が悪くなった。
「い、いえ、何でもありません」
あらかた食事が終わった後で、
「さて、私は少々君のことを知らな過ぎたようだ。出身はどこだったかな?」
と、更に個人的な話を総督は続けた。
フォルガ・ドル少将は思い切って顔を上げた。その目に写ったのは、リューゲル・ブブロフの顔だけだった。そこで勇気を奮い起こして言った。
「そ、それはあの、帝都ロギノスです」
「ロギノス?ほう、でフォルガ・ドルというそのドルと言う名は、ドル伯爵のものかな?」
「は、はい」
「ドル伯爵の長子ではないのだな?」
「はい」
フォルガ・ドルはドル伯爵の末子だった。年取ってからできた息子だった。それも貴族にはよくある、正妻の子ではないということだ。
「だが、よく少将まで昇進できたものだ」
「私もそう思っております」
「士官学校の卒業年次は?」
「あの、私は士官学校へは行っておりません」
「ほう、君は軍へ志願したのか?」
「いえ、はい、そうです」
本当はそうせざるを得なかったのだ。ドル伯爵家は貧乏ではなかったが、あまりにも兄弟が多すぎた。女の姉妹は貴族や金持ちに嫁げばいいが、男の兄弟は長子以外は軍で身を立てるしかなかったのだ。例えでくの坊でも、軍なら伯爵家の威光で多少の出世昇進は期待できる。
「それにしては、あまり武功を上げるという気概がないように思うのだが……」
「そ、そうでしょうか。もう、戦う相手はいないので、その必要もないかと……」
「そうかな?」
と、言った時、リューゲル・ブブロフの顔の他に、突然ブレイス大将の顔が現れた。そして彼は、
「君と似たようなことを言った人物を知っている。……ように思うのだが、はて、誰だったかな?」
と、不思議そうに言ったように思えた。
フォルガ・ドルは急に現れたブレイス大将の顔が話したようも思えたが、一応総督に聞いてみた。
「あ、あの、今何とおっしゃいましたか?」
「うん?私が何か言ったか?」
これはまずい、とフォルガ・ドルは思った。こんなところで総督とブレイス大将の両方と話すことは難しい。しかもブレイス大将については、彼が見えてその話が聞けるのはフォルガ・ドルだけだし、それに答えると総督にも聞こえてしまうのだ。
「あ、あの私と似たようなことを話す人物を知っていると仰いましたが……」
「そんなことを言ったかな?いや、言っていない」
「はあ、そうですか……」
すると、ブレイス大将の顔がだんだん大きくなって、リューゲル・ブブロフの顔と重なった。
「そう言えば、リリーはどうしたのだ?昨夜一緒に逃げただろう……」
「そ、それは……」
さらに困ったことになった。これでは誰と話しているのかわからない、とフォルガ・ドルは思った。
「どうしたのだ、私の問いに答えられないのか?」
と、リューゲル・ブブロフとブレイス大将の顔が重なっている人物が言った。
「あ、あの、済みません。もう一度言ってもらえますか?」
「君は、昨夜私の娘と一緒に逃げたのではないかと聞いたのだ!」
これは、リューゲル・ブブロフ総督とブレイス大将が一緒になってしまっている。昔の言葉で言うならば、総督にブレイス大将が完全に憑依しているということだ。だから、総督の発する言葉がブレイス大将と同じになっていた。
「総督閣下、閣下のお嬢様は二十年前に亡くなったと聞きましたが、……」
フォルガ・ドル少将は必至で記憶を手繰って言った。ここで失敗をしたら、彼自身も終わりなのだ。
353.
彼は、にやりとした。
あのフォルガ・ドル少将は危険な力を持っているようだが、大したことはないようだ。
総督閣下に昼食に呼ばれたのは、彼のアドバイスによるものだった。ちなみに、昨夜のことについては、総督自身ほとんど記憶がない。だから、心配することなど何もないのだ。
それなのに、フォルガ・ドルは昨夜のことを気に掛けてビクビクしている。それが何ともおかしかった。ここの連中には彼の種族の持っているような力などないのだ。そう、物を動かしたり、変化させたりするような神の如き力はもっていないのだ。彼はそのような力に加えて、人の心を操る力も持っている。
彼の種族はそうした力を誰でも持っている。だからこそ、この銀河の種族が彼らにとって有用となりうるのだ。彼らの銀河では労働力の不足に悩んでいた。この銀河はその労働力の供給先として、非常に可能性が高い。ただ、宇宙文明に達しているため用心しなければならなかった。残念ながら特殊な力のあるなしと知的能力とは何の関係もないからだ。
ここの科学技術はうまく使えば、彼らを撃退することが可能だからである。従って、まずその科学技術を後退させなければならない。そうすれば、彼らの優位性は高まり、連中をうまく使うことができるだろう。そしてなによりも、それまで、自分たちの存在を知られてはならないのだ。
それにしても、彼らとこの銀河の種族が肉体的にはよく似ていると言うことがこの際とてもやり易かった。後でその肉体的な相似性は解消することなど簡単だからだ。そうやって、彼らは労働力を他の種族から確保して文明を維持してきたのである。
彼らは、自分たちを『ホーテクスト』と呼んでいた。
彼らの銀河はふたご銀河から三十億光年以上離れている。普通のワープ航法ではかなりの時間が掛かる。だからこのふたご銀河のジル星団で通常使われている『ジャンプ・ゲート』を使って来ているのだった。
「クローブ・ガイン少佐、そろそろ総督閣下の昼食時間が終わる頃ではないか?」
と、彼、アルマイト・フォル中将は言った。
「は、確かに。それではお呼びしてまいります」
「いや、もう少し待て、閣下は珍しく会話を楽しんでおられるようだ」
スクリーンにはリューゲル・ブブロフ総督とフォルガ・ドル少将との会話の風景が映っていた。もちろん映像だけで音声は切ってある。この惑星ゼンダではいつ何が起きるかわからないので、食事中と言えど決して油断できないからだ。
353.
ブレイス少佐とヴォルガスはフォルガ・ドル少将の部屋にいた。
「大丈夫かしら、私たちが居て……」
(ふん。ここは盗聴器も盗撮用の装置もなさそうだから、大丈夫だろう)
「でも、ここは帝国軍の将官用の部屋なのよ」
二人は朝、窓を開けたフォルガ・ドルによって部屋に招じ入れられたのだ。
銀河帝国軍の将官の宿舎に潜むなんて、やり過ぎではないかと思ったのだが、ヴォルガスがそれが一番安全だと言ったのだ。それに、ヴォルガスと共に別次元の存在となって姿を消して窓から入れば、何の問題もないではないかと言うのだ。そうすれば監視カメラに映ることもない。確かにどこぞの安宿よりもこちらの方が安全なように、ブレイス少佐は思えた。
(それよりも、昨夜のことが問題だ)
「どういうこと?」
と、声を更に潜めてブレイス少佐は言った。
(あの時、誰かがおなじ部屋にいたのだ。私もすぐには気が付かなかった。とすると、あれは特殊な能力を持っていると見た方がいいだろう)
「特殊な能力?それは、魔法のようなものかしら?」
(そうだ。魔法かもしれないし、タレス人のような特殊能力かもしれない)
ヴォルガスは嫌な予感がした。かつて、ダルシア人はそのような能力を持った種族を知っていた。それも一つではない。それが問題だった。一体どこの種族が来たのだろうか。もしいるとしたら一人ではないだろう。必ず仲間もいるはずだ。だからこそ、注意をしなければならない。こちらは現在、霊を見る能力の有る普通の人間とダルシア人の霊なのだから。
(途中報告をヘイダール要塞にした方がいいのではないかな?)
「でも、その敵に気づかれないかしら」
(リドス連邦王国の魔法なら、大丈夫だろう)
「わかったわ」
ブレイス少佐はリドス連邦王国の魔法の呪文を銀の月から教えられていた。それは一般人でもすぐ使えるように新しく綴られた魔法の呪文だった。かつて魔法の呪文は長年の修行の後にやっと使えるようになるものだったが、リドス連邦王国ではそうした魔法とは別に、一般人でも気軽に使える魔法の呪文を作ったのである。
呪文を唱えると魔法陣が現れた。この魔法陣が魔法を使う者の不足する力を補助するものなのだという。
魔法陣の中心に、銀の月の顔が見えた。
「ブレイス少佐です。ちょっと報告をしたくて……」
「何かありましたか?」
と、銀の月が聞いた。
「こちらで、どこの者ともわからないおそらく異星人らしき人物が帝国軍の中にいると言うことがわかりました。その人物がゼンダのデモを煽っているのではないかと思われます」
「異星人?ヴォルガスがそう言ったのですか?」
「そうです。彼女の言うには、特殊な能力を持った者ではないかと」
「それはふたご銀河の者ですか?」
「ええと、彼女の言うには、おそらく別の銀河から来た者ではないかと言っています」
と、ブレイス少佐はヴォルガスの言葉を代弁した。
妙なことに思えるのだが、霊であるヴォルガスはこの魔法陣の通信を使えないようなのだ。もっともダルシア人の姿を目に見える形にして、この三次元の世界に出てくれば違うのだろうが。
「何かこちらから助力が必要ですか?」
「いえ、今の所は大丈夫です」
「わかりました。何かあったら、すぐに連絡をしてください」
「はい」
通信が終わると魔法陣は消えた。
惑星ゼンダから百光年程離れた宇宙空間に、あの見たことのある三角錐の艦隊がいた。その数は数百隻だった。その中には三角錐ではない、球形や円筒形などの様々な形をした艦も交じっていた。
三角錐の艦隊の旗艦の司令室には、軍人の他にペットであるふわふわした毛並みの四足の動物がいた。猫を大きくしたような姿で、時折、
「ニュー、ニュー」
と、鳴いた。
司令室にはその大型の猫が五匹ほどたむろしていた。彼ら司令室の将官や士官たちは、大型の猫が寄って来ると頭部や胴体の部分を撫ぜて、気分を落ち着かせていた。大型の猫たちは、ゆったりと動き、司令室の中を我が物顔で徘徊していたが、それを止める者はなかった。この大型の猫たちの存在は、彼らの精神を癒し、落ち着かせる効果があるとして、彼らの世界では推奨されているのだ。だから、司令室の中にいるのは当然なのだった。
三角錐の艦隊旗艦以外のそれぞれの艦には、ここ程の数はいなかったが、大抵一匹は載せていた。それが、彼らの習慣なのだ。
「そろそろ、いい頃合いだろう」
と、旗艦司令室で司令官が言った。
「しかし、ゼンダには銀河帝国の艦隊がいるのではありませんか?」
と、副官らしき人物が言った。
銀河帝国の艦隊は例えたった一艦隊としても、こちらの数百隻をはるかに超え、一万隻以上になるはずだった。
「そのことなら、総督をうまくコントロールしたので大丈夫だとクローブ・ガイン少佐から連絡があった」
「ですが、妙な人物が現れたとも聞きました」
「ふん。そのような者など、大したことではない。どうせ我々のような力はもっていないのだからな。ゼンダの宇宙港と総督を抑えてしまえば、銀河帝国の艦隊など、どれだけ居ようと、物の数ではあるまい」
「そうおっしゃるならば、私もこれ以上反対は致しません」
三角錐の混成艦隊は、数は少なくとも、艦載兵器などは銀河帝国を凌駕するものだった。それは確認済みだ。従って、彼らの隙を狙っていけば、かなりの確率で作戦は成功すると艦隊司令官は考えていた。それに、これ以上時間がかかると、返ってよくない。特に彼らの事情にとっては、条件が悪くなるばかりなのだ。
彼らの銀河は特殊能力を持った種族が支配していた。特殊能力を持っていない種族は例え同族だとしても、奴隷階級だった。彼ら支配種族の人口は少なかった。自然生殖をせず、人工授精をして増やそうとしても、生まれて来た者が特殊能力を持った者とは限らなかったのだ。そうした者は幼児期に廃棄され、力を持った者のみを同族として成長させるのが彼らの社会の決まりだった。
奴隷は支配下級の必要とするあらゆるものを生産するのが仕事だった。かつては奴隷の人口は多かった。支配種族が1とするとその何千倍もの数がいた。例え数が多くても、彼ら奴隷は支配種族の力を怖れて、反乱を企てることもできなかった。ところがその奴隷の生殖能力が次第に失われ、どんなに科学技術を使って増やそうとしても、その数が減っていくばかりになった。そこで、彼らは他から奴隷を調達するようになったのだ。
このふたご銀河のロル星団は、特殊能力者はいないと言う調査結果があった。だから、クローブ・ガイン少佐の言って来た妙な人物が誰であっても、特殊能力者ではない。従って彼らの敵ではないのだ。
危険なのは、ふたご銀河のもう一つのジル星団の方だった。こちらは数は少ないが、魔法使いという特殊能力のような妙な力を持った連中がいることはわかっていた。だから、そちらの方はできるだけ関わらないようにしていた。あの滅びかけたハイレン連邦の連中からの得た情報はかなり正確だと思われた。
いずれにしろふたご銀河に於いてはロル星団とジル星団の間の交流はほとんどない。この宇宙文明にある二つの星団にしてはおかしな状況なのだが、それがどんな理由であるにせよ、別の銀河から来た彼らには関係ないことだった。
銀河帝国が新世紀共和国を併合し新領土とした後、彼らは静かに侵入した。スパイを惑星ゼンダに降ろし、統治するために派遣された総督府に入り込ませた。そうして市民の間にはデモを煽り、総督府の中ではデモに力を使って鎮圧することを勧めさせた。その甲斐あって惑星ゼンダはかなり混乱してきていた。
彼らの中には生物の思考をコントロールする能力を持っている者もいたのだ。そうした者を使って、更に混乱を拡大しようとしたのである。それが徐々に成果を修め最終段階になろうとしていた時、どこからか妙な人物がやって来たのだ。
その人物は元新世紀共和国の軍人であり、しかも大将にまでなった者のクーデターを起こして亡くなった人物の娘だと名乗った。
実は彼らはそのクーデターを失敗した大将の名を使って、ゼンダの市民たちを扇動していたのだ。それは銀河帝国が元新世紀共和国を併合した頃から始められたのだ。それがやっと実を結びそうになったのだ。だからこそ、その程度のことで今回の作戦を滞らせることはできなかった。すでに母銀河からは奴隷とする者達を乗せる船がやって来ていたのだ。
「では、計画通り作戦を実行する。クローブ・ガイン少佐にもその由を連絡するように」
と、艦隊司令官は命じた。
その時、一匹の大型猫が大きく伸びをした。それに合わせて、他の四匹の大型猫が伸びをしたものだった。
フォルガ・ドル少将はやっとリューゲル・ブブロフ総督の昼食会から逃れることが出来てホッとしていた。
副官のアルマイト・フォル中将が惑星ゼンダに所属不明の小艦隊が接近中であるとの報を持ってきたからである。
「今頃、どこの艦隊が来たのであろうか?」
と、総督はその艦隊の方に興味を惹かれて、フォルガ・ドル少将のことなど忘れてしまったようだった。総督にとっては艦隊と言えば、本国から派遣されたとしか思えないようだった。
慌ただしく出て行った総督と副官の後を追いかけるようなことは、フォルガ・ドル少将はしなかった。それよりも、なぜか総督に付いていたはずのブレイス大将がその場に残っていた。その彼が、
(リリーはどこにいるのだ?)
と、フォルガ・ドルに聞いた。
「ええと、彼女は私の宿舎にいます」
(それは、どこだ?)
「それよりも、今夜も総督府に対するデモがあるのですか?」
(当たり前だ!今日は昨夜よりももっと多くの人が集まるはずだ!今夜こそ、決行するつもりだ!)
「決行?何をするのですか?」
(多くの市民たちを、この惑星ゼンダから逃すのだ!ここはもう帝国軍の占領下でしかない。武器や艦隊を持たない我々ではここを取り戻すことはできない)
「しかし、これまでデモをしていたのは、暴動を起こして総督府を襲撃し、ゼンダを市民の手に取り戻すためではないのですか?」
(惑星ゼンダを取り戻すことが出来ないことはわかっている。今ここで帝国軍を追い出したとしても、すぐに本国から増援が来るだろう。だから、無駄だ)
「しかし、この惑星から逃げるためには船が必要です。そんな船がどこにあるというのです?」
(船はある。出してくれるとあの者は私に約束したのだ)
「あの者?それは誰ですか?」
(それは、クローブ・ガイン少佐だ!)
「何ですって?」
クローブ・ガイン少佐は、総督の副官であるアルマイト・フォル中将の部下だった。
「フォルガ・ドル少将、先ほどから何を言っておられるのですか?」
振り返ると、そこにクローブ・ガイン少佐が立っていた。
「クローブ・ガイン少佐。君はアルマイト・フォル中将に付いていないでいいのか?」
「はい。少将閣下は、私にここに残るように命じられましたので……」
また、嫌な予感がした。クローブ・ガイン少佐が笑みを見せながら、その手に神経麻酔銃を構えていたのだ。しまった、と思った瞬間フォルガ・ドル少将の意識が遠のいた。
目を開いたフォルガ・ドル少将は、自分がどこにいるのかわからなかった。
暗い、狭い場所へ押し込められたようなのだった。それに身体も縛られていて自由が効かない。
(こんなところで、何をしているのだ?)
と、困惑したような声がした。
見るとそこにブレイス大将の顔があった。
「ブレイス大将!ここはどこですか?」
(ここは、君が昼食を食べていた部屋だ。そこのモノを置くスペースに君を入れたのだよ……)
「お願いがあります。あなたのお嬢さん、リーリアン・ブレイス少佐の居場所を話しますから、私を助けに呼んできてください」
(君をか?)
「そうです。お願いです」
じっとブレイス大将はフォルガ・ドルを見ていた。昨夜の事から彼にはフォルガ・ドルが娘の味方のように思えたのだ。そして、
(わかった。呼んで来よう。で、どこにいるのだね?)
フォルガ・ドル少将が自分の宿舎を告げると、ブレイス大将の顔が消えた。
354.
リューゲル・ブブロフ総督が政庁の総督執務室に戻ると、続々と報告が来ていた。
「閣下。艦隊はおそらく我が帝国艦隊とは違うようです。艦の形状が三角錐で、他の形状のものも多少混じっていると言うことです」
「本国からの艦隊ではないとすると、これは敵の艦隊だということか?」
「おそらく、正体不明の艦隊です」
「ナーサン・バルホルド提督に連絡。すぐにその艦隊に向かわせるように」
「すでに、提督の艦隊は向かっております」
「いったい、何者でしょうか?」
「わからん」
敵の艦隊なら、すぐに思い浮かぶのはヘイダール要塞の艦隊だった。あそこには元新世紀共和国から逃亡した連中が一個艦隊くらいの勢力を持っているからだ。ただ、今この時にその艦隊を動かす意味がわからない。
元首都星ゼンダは確かに治安が悪化し、デモや暴動が頻発していたが、それがヘイダール要塞の連中をつけあがらせるようなことになるだろうか?いや、まだそのような時期ではない、とリューゲル・ブブロフは思った。
ヴォルガスはその能力に置いて、銀河帝国軍の超高速通信を傍受することも可能だった。
(どうやら、敵の艦隊が来たようだ)
「敵?銀河帝国の艦隊のこと?」
(いや、この惑星ゼンダの治安を乱し、それを利用している連中だ)
「いったい、どこの何者のことなの?」
(それは、……)
と、ヴォルガスが言いよどんだ時に、突然ブレイス大将がその場に現れた。
「お父様!」
半透明に透けた体は元新世紀共和国の大将の軍服を身に付けていた。だが、何か言おうとしているのだが、よくわからない。
(ふむ。どうやら、何か言いたそうだ)
「どうして、聞こえないの?」
(ここに姿を現すだけで精一杯なのだろう。彼はあの政庁からあまり移動できないのだ。ここは彼にとっては遠い場所なのだ)
「何を言っているの、お父様……」
ブレイス少佐には何か重要なことを言おうとしているように思えるのだ。
(ちょっと待て!)
ヴォルガスはじっとブレイス大将の方を見た。その口の形だけでなく、何かに耳を傾けているのだ。
(どうやら、フォルガ・ドルに何か起きたらしい。それで助けてくれるように言いに来たのだ)
「フォルガ・ドル少将を助けにですって?それをお父様が言いに来たの?」
(どうするのだ?)
今ここを出て助けに行くと、どうなるだろうかとブレイス少佐は考えざるをえなかった。移動はどうせヴォルガスが手を貸してくれるだろうから、問題はないだろう。問題は政庁舎に着いてからの事だ。昼間だから、中にはたくさんの帝国軍兵士がいるだろうし、監視カメラも稼働しているはずだ。
(向こうでも、私と同じ次元に居れば問題はない。まあフォルガ・ドルを助ける時だけ、三次元に戻る必要はあるが……)
それに今ここで、フォルガ・ドルを失うことの方が損失が大きい気がした。
「わかったわ。行きましょう」
二人が窓から外に出ると、宿舎の周囲の騒ぎに気づいた。
(あれは、何かしら?)
昼間だと言うのに、昨夜のデモの時と同じように多くの人々が集まって来ていた。その流れは、どこかに向かっているのだ。ただ、昨夜とは違って、人の流れが向かっているのは政庁ではなかった。
(気になるが、フォルガ・ドルの方を先にしよう!)
「大変です!正体不明の艦隊ですが、我が帝国艦隊とすれ違って、多少の交戦はしたようですが、目下この惑星ゼンダをおそらく目指している模様です」
と、副官のアルマイト・フォル中将が報告した。まだ、正確な帝国軍の損害はわからなかった。
「何だと?」
と、リューゲル・ブブロフ総督は立って、大きな窓から外の景色を見ながら言った。この方向に宇宙港があるはずだった。そこに向かって、ゼンダの市民たちが移動しているのが、見えたのだ。彼には、正体不明の艦隊も不安だったが、まだ外の動きについての情報が入って来ないのも不安だった。何かが起きようとしているのだ。
いずれにしろ帝国艦隊は彼らの目的ではなかったということなのだ。この惑星ゼンダに何のために誰がやって来るのか、その時はまだわからなかった。
クローブ・ガイン少佐はフォルガ・ドル少将を狭い場所に押し込めた後、すぐに政庁を出た。そのことを警備の兵士は誰も気づかなかった。クローブ・ガインは人の心を操る能力を持っているからだ。目の前を通っても、その事実を気づかせないようにすることは朝飯前だった。
まだ日は高かった。昼を過ぎたばかりなのだ。それなのに、政庁のビルの外の道路は地上車が走ってはいなかった。多くの地上車が市民を乗せて、宇宙港に向かっている所為だ。
ゼンダの最大の宇宙港には銀河帝国の艦隊がいたが、その多くは今正体不明の艦隊に対応するため、出動している。それに、元新世紀共和国に属していた船は多くが壊され、稼働していても交易船なので、宇宙港に着陸している船はほとんどいない。
それなのに、ゼンダの市民たちは宇宙港に自分たちを乗せてくれる船がいると思って押し寄せてきているのだ。この市民たちの動きはまだ総督府には届いていなかった。別にデモや暴動が起きているわけではなかったからだ。だが、このまま行ったら暴動に発展するかもしれなかった。
「どうしたのだ?」
と、帝国軍少佐の軍服を着たクローブ・ガイン少佐が宇宙港に着いて、そこの職員を捕まえて聞いた。
「それが、突然市民たちが押しかけて来たのです」
「では、彼らが困らないように、空港の中に入らせてやってほしい」
と、クローブ・ガイン少佐が言うと、
「わかりました」
と、宙港の職員が従順に言った。
ヴォルガスとブレイス少佐はフォルガ・ドル少将が押し込まれた場所へやって来た。政庁の中の総督とフォルガ・ドルが昼食を取った部屋だった。今は誰もいない。昼食も片付けられていた。だが、誰もフォルガ・ドル少将が居なくなったのに気づいていなかった。
(この中にいるはずだ)
ブレイス少佐は三次元の存在に戻って、部屋の隅にある壁に隠れている戸棚を開けた。元々この部屋は会議室の一つで、壁には書類や机や椅子などを収納する隠し戸棚が造られていたのだ。
フォルガ・ドル少将が押し込められていたのは、一番下の場所だった。
「た、助かった。どうなることかと思った……」
助かって言った最初の言葉だった。だが、すぐに、
「総督に話さなければ!」
と言って、走って部屋を出ようとした。
「待って!何が起きようとしているのか知っているの?」
「多分、あのクローブ・ガイン少佐の仲間がゼンダの市民たちをどこかへ船で連れて行こうとしているんだ」
「クローブ・ガイン少佐?」
「そう、奴がヴォルガスの言っていた、昨夜総督の部屋にいた誰かなんだ」
「じゃ、外の市民たちは船に乗るために宇宙港に向かっているのね」
「そうだ」
「総督に報告があった。何でも正体不明の艦隊が惑星ゼンダに近付いているそうだ」
「正体不明の艦隊?でも、帝国艦隊がいるでしょう?彼らがそんな艦隊を近づけさせるかしら?」
「わからない。それからは、総督が部屋に戻ってしまったから……」
その正体不明の艦隊が帝国艦隊を全滅させたら、ここはどうなるだろうか、とブレイス少佐は気づいた。宇宙には銀河帝国やジル星団の勢力の他にも、様々な連中が跋扈しているのだ。中には危険な連中もいる。
「じゃ、すぐに、総督に知らせに言って!」
ところが今度は、
「しかし、私だけでは説得する自信がない」
と、フォルガ・ドル少将は言い始めた。最初の興奮が冷めて、自分の現在の立場に気づいたのだ。
「でも、外では市民たちがすでに宇宙港に移動をしているのよ」
「私はあまり信用がないんだ。つまり、その軍務については無能だと思われているから……」
「そんなことを言っている暇はないわ」
(待て!フォルガ・ドルの言うことももっともだ)
「え?どういうこと?」
(君は、これまで武功と言うのを挙げたことはないのだね。おそらく、その門地によって昇進してきたのだろう。それと、君のその特殊な能力が色々と邪魔をして来たのではないか?)
「それはそうですが、たまには分かることもあったのです。ただ、私の信用がない所為で、役に立たなかったのです」
(それは、特殊能力者の少ない種族にはよくあることなのだ)
ヴォルガスはいい知恵はないかと、頭を巡らせた。ここで、焦っても仕方がない。正体不明の艦隊が惑星ゼンダに到着するまでに何かを考えなければならない。




