ダルシア帝国の継承者
349.
元新世紀共和国のリーリアン・ブレイス少佐が惑星ゼンダに降りたのは、惑星の北部大陸に連なる山脈の麓だった。そこなら住んでいる者も少なく、日常のパトロールも緩そうで銀河帝国軍に発見される可能性はおそらく少ないだろうと思ったのだ。
「お気をつけて!」
と、ここまで送って来てくれたホランド・アルガイが言った。
彼の商船はすぐに離陸して、一路銀河帝国領へ向かうべくジャンプ・ゲートを目指して行った。彼の船はおよそ一週間後にここへ戻って来る。そして、ブレイス少佐とブレイス大将を乗せてヘイダール要塞へ戻るという予定だった。
ブレイス少佐にとっては、久しぶりの首都星ゼンダだった。季節は暑い夏を過ぎた時期で、時間は昼前だった。
惑星ゼンダの交通システムは地上車用の自動運転システムを自慢にしていた。だから、都市の中では交通手段に不便はないが、一旦都市を離れて郊外に行くと途端に不便になるのが欠点だった。郊外に出るにはシステム外の地上車を借りるしかない。だから、めったに地上車に会うことはないのだった。
ブレイス少佐は周囲を見渡して、ゆっくりと呼吸した。子供の時も大人になってからも、こういう場所へはあまり来たことがないのだ。だが、船から降りてみると、思ったよりもリラックスできることに彼女は気が付いた。大気が暖かく自分を迎えてくれるように感じるのだ。
(さて、では行くか……)
と、元ダルシア人のヴォルガスが言った。
すると、ブレイス少佐は歩き出した。これから歩いて地上車用の道路に出れば、もしかしたら車が拾えるかもしれないと思ったのだ。
(ちょっと待て、歩いて行くつもりか?)
「道路までよ。だって、乗り物なんてないでしょう?道路で地上車が通るのを待って、乗せてもらうのよ」
だが、都市の交通システムではこうした場所への地上車の運航はほとんどないので、乗れるかどうかは正直わからなかった。
その言葉と思いの両方を受け取った元ダルシア人のヴォルガスが、
(それではいつになったら街に着くかわからないではないか)
と、言った。
二人にある時間はたった一週間なのだ。時間が惜しいのである。それはブレイス少佐も同じだった。
「それはそうだけれど……」
他に方法はないのだ。それに方法としては悪くないはずだった。ただし、こんな場所に車なしでいるという理由を考えなければならないが。
(何のために私が付いて来たと思う)
「それは、私の護衛でしょう?」
(もちろん、それもあるが、私の背にはお前一人くらい簡単に乗れるではないか)
「でも、あなたは霊なのでしょう?どうやって乗るの?」
(私が一時的に、一部を物質化してお前を載せることは可能だ)
「私があなたの背にのるの?でも他の人に見られない?」
(それは物質化の程度による。三次元世界に完全に合わせなければいいのだ)
と言って、ヴォルガス半透明になって自分の背に乗るように言った。
そこでブレイス少佐は宇宙空間でサラマンダーの背に乗ったことを思い出した。
(このまま私の背に乗ったら、お前ともども見えないようにするから……)
そして、ブレイス少佐は元ダルシア人、つまり竜の背に乗って惑星ゼンダの中心部に行くことになった。
空の移動は快適だった。何と言ってもこのおおらかなのんびりした気分は初めてだった。ブレイス少佐はまるで大気の中に溶け込めそうだ、と思った。
惑星ゼンダの中心は惑星最大の大陸、ロズアナ大陸の内陸部にあった。政庁やオフィス街、広大な商業用宇宙港は以前と同じ場所にあった。修理もされていた。もちろん、宇宙港には今、銀河帝国の艦隊が鎮座している。元新世紀共和国の軍港は戦争中に破壊されたので、商業用の宇宙港を代用しているのだ。その戦争の傷跡はまだ完全に修復してはいない。
もっとさびれてしまったのではないかと、ブレイス少佐は危惧していたが、そんなことはなかった。彼女がこの惑星を出て行った時と左程変わっていない。それがいいのか悪いのか、わからなかった。
街の中を歩き回っているブレイス少佐は、ガンダルフの魔法使いの銀の月に姿を変える目くらましの呪文を教えてもらったので、それを変装の代わりに使っていた。ただしこれは、監視カメラは眩ませることはできないので、注意するように言われていた。少なくとも、総督府はヘイダール要塞へ逃亡した元新世紀共和国の軍人として彼女を指名手配しているはずだからだ。
街中は見た目は以前とは変わらないのだが、どこか荒んだ感じがした。大人も子供も目つきや態度が落ち着かない者が多いのだ。それでも昼間はまだよかった。
それが夜になると、どこからか人が湧いて来た。わらわらと集まって来た連中は、身なりは色々だったが、手にプラカードを持っていた。彼らは集まっても、誰も何も言わなかった。沈黙の集団がプラカードを持ってたむろしているのは少々気味が悪かった。
(いったい、何が起きるのかしら?)
ブレイス少佐はビルの間の隙間に身を潜めて、多くの人が集まって来る様を見ていた。
街の中心であるのに、夜になると道路は地上車もほとんど通らなかった。ただ、そこだけ煌々と街路灯が点いている。そこへ人々が集まって来ているのだ。そして、誰ともなく暗い道路を政庁へ向かって集団で歩き始めた。歩き始めると、
「帝国軍は出て行け!」
「総督など出て行け!」
と、口々に叫び始めた。
この集団を指揮している者は誰だろうと見回しても、それらしき者はいなかった。どこか冷めているような感じがして、政治的なデモという熱い雰囲気は感じられなかった。それがおかしいのだ。
目の前を過ぎようとした集団の一人が、ブレイス少佐を見つけて叫んだ。
「お前は誰だ!こんなところで何をしている!」
「わ、私は……」
恐怖を感じてブレイス少佐は後ずさった。相手の顔がまるで悪鬼のように見えたのだ。次の瞬間相手は手を伸ばして彼女を捕まえようとした。
(逃げろ!)
と、心の中で元ダルシア人のヴォルガスが叫ぶ声が聞こえた。その叫びに引かれて、夢中でブレイス少佐は逃げた。
だが、突然何かに躓いて倒れた。
「イタッ!」
相手は驚いたようだったが、すぐに、
「こちらです……」
と言って、ブレイス少佐の手を引っ張って走った。
訳も分からずに走っていたが、かなり群衆から離れたころ、相手も手を放して息を付いた。そして、相手はブレイス少佐の後ろを見ると、
「ワアッ!」
と、また驚きの声を上げて、腰を抜かしてその場に座り込んだ。
それに驚いたのはブレイス少佐だった。
「どうかしたのですか?」
周囲を見回してみて、先ほどの群衆から離れたことを確認したブレイス少佐は、相手が何に驚いたのかわからなかった。
「り、竜だ!」
と、一言彼は言った。
今度驚いたのはブレイス少佐の方だった。
「あなたに、彼女が見えるの?」
「彼女?あの竜のことですか?」
「そうよ」
フォルガ・ドル少将は総督に死んだブレイス大将の噂を話した後、調査するようにと副官に命じていたことを聞いていた。それで、自分も独自に調査してみようと思ったのだ。なぜなら、彼は霊を見ることが出来る能力があったからである。もちろん、それを人に話したことはない。昔、生みの母だった人がそのことを言ってはいけないと強く彼に言い聞かせたからである。後年それが、帝国では危険だとみなされる能力であることを知った。ただ、普通は子供の時だけだと言われるその能力は、フォルガ・ドルにとっては成長して大人になっても消えなかったのだ。
人々がなぜ忌み嫌い恐れるのか、彼にはよくわからなかった。自分にとっては時には邪魔に思えるこの能力は、人を傷つけるようなものではなかったからだ。
しかし、本当のことを知られては困る者がいた場合は別だった。
「あなたは、誰ですか」
竜が見えるということは、銀の月によれば目くらましの魔法の呪文が効かない相手だということだった。それは、相手が魔法使いか、単に霊を見る能力があるかのどちらかだと聞いている。見たところ帝国軍の軍服を着ているし、自分を助けてくれた人物はいったい誰なのだろうとブレイス少佐は興味を持った。
「私が誰だが、あなたに分かる?」
と、ブレイス少佐は逆に聴いてみた。
「ええと、あの、あなたは元新世紀共和国の軍人でブレイス少佐ですか?」
「ええ、そうよ」
「それなら、なぜ、あのデモの群衆から逃げたのですか?」
「あれは、私がやっているのではないからよ。それに、なんだか怖かったし……」
「本当ですか?でも、あなたの父君ブレイス大将が彼らのリーダーではないのですか?」
「父は死にました。だから、そんなはずはありません」
と、きっぱりとブレイス少佐は否定した。
「では、なぜあなたはここにいるのですか」
「それは、妙な噂があることを聞いたから……」
「妙な噂?もしかして、死んだブレイス大将の噂ですか?」
「それよりも、あなたは誰?」
これを最初に聞くべきだったのだ。我ながら、鈍いとブレイス少佐は思った。
「私は、帝国のフォルガ・ドル少将と言います」
「少将?それで、私を逮捕するつもり?」
「そうしたいところですが、その前に聞きたいことがあります」
本当は逮捕したいのであるが、一人でもあるし、彼女の背後にいる竜がなんだか怖かったのだ。
「どうぞ、何でしょうか?」
「この竜は何ですか?」
さて、どう答えようかと考えていると、
(その小僧は私が見えるようだが、TPでも話ができるかもしれない。やってみよう)
と、ヴォルガスが言った。
「何ですって?」
と、フォルガ・ドル少将はキョロキョロとあたりを見回しながら言った。
TPなど彼には初めての体験だった。心の中に声が聞こえてきたのだ。
(私は、ダルシア人の霊なのだ。名はヴォルガスという)
「ヴォルガス?」
瞬きを数度して、フォルガ・ドル少将は言った。それからため息をついてブレイス少佐に向き直ると、
「それから、あなたがここへ来た理由をちゃんと聞かせてください」
と、彼は言った。
「ようするに、亡くなった父がゼンダで起きているデモの指揮をしているとい噂を聞いたのです。それで、いったい誰がそんな噂を流しているのか調査しに来たのです」
それは半分本当だった。誰かが、ブレイス大将の名を借りて、デモをしている可能性も十分あり得たのだ。そして、亡くなったブレイス大将がその中心にいるなら、彼をヘイダール要塞へ連れていくつもりなのだ。そうしなければ、ゼンダのデモはいずれ市民の暴動を引き起こし、帝国軍による市民の虐殺にまでエスカレートするかもしれないというのが、ガンダルフの魔法使い達の意見だった。
「本当に?それだけなのですか?」
「まあ、霊が見えるあなたになら言ってもいいと思うけれど、私は父を連れ出しに来たの」
「死んだブレイス大将をですか?墓を暴いて遺体を持っていくというのですか?」
「いいえ、違うわ。亡くなった父の魂を連れていくために来たのです。今回の噂が本当だったときのことだけれど……」
「つまり、あなたはもしかしたら、亡くなったブレイス大将自身がこのデモを本当に指揮している可能性があると考えているのですね?」
「その可能性もあると聞いただけ」
「わかりました。私も協力します」
「あなたが?私を逮捕しに来たのではないの?」
「あなたが来ていることは知りませんでした。あなたがどうやってここへ来たのか興味がありますが、今はそれよりもあのデモのことを何とかしたいのです。総督閣下もこの件については苦心しておいでなのです」
と、フォルガ・ドル少将は言った。
350.
フォルガ・ドル少将は当然のことながら貴族出身だった。
前王朝時代は貴族だというだけで、士官学校を出なくても貴族の子弟が帝国軍の士官になることが普通に行われていた。賄賂やコネがまかり通ったのである。それに対する反感もあったが、黙殺された。それが前王朝時代だった。
それが新王朝になり、実力主義の時代となった。戦役で武勲を上げることが出来れば、貴族でなくても士官や将官に出世することが可能になったのだ。従ってこれまで賄賂やコネで出世を目論んできた者たちはうかうかできなくなった。
とはいえ、現在は戦役そのものが終了した時代に入ったのである。反乱軍と位置づけられていた元新世紀共和国は新領土として併合されたのだ。ヘイダール要塞にまだ少し残党がいるが、そのようなものは大したことではない。銀河帝国はロル星団を統一したのである。それは同時に、武勲で出世することが難しい時代に再びなったことを意味していた。
それでも、フォルガ・ドル少将は出世というものをそれほど重要視してはいなかった。貴族出身の彼はすでに実力でなったのではないとはいえ少将の地位にいたし、退役してもそれほど困らなかったからだ。ところが彼は新領土の総督のもとへ配属されることになった。総督は彼と同じ貴族出身だったが、貧しい男爵だった。そのため出世のためには何でもしたと陰では言われている。つまり実力を重視する上官だった。彼にとってはやりにくい相手である。
総督府では一応総督の側近の末席の一人として位置づけられていたが、特に任務を言いつけられることもなく、フォルガ・ドル少将はただ机に座るだけだった。彼にとってはやりやすい位置だったが、最近になって困ったことが起きたのだ。
それは彼の霊を見る能力と関係があった。
ある時、総督閣下に呼ばれて執務室へ行き、
「フォルガ・ドル少将であります。何か御用でしょうか?」
と、いつものように彼は言った。
総督閣下が机から顔を上げた時のことだった。その顔が別人に見えたのだ。いや、別人というよりは二重に見えたのだ。総督閣下とは別にもう一つの顔が見え、驚きを隠すのに彼は必死になった。こうした経験は前にもしたことがあるからだ。
「どうしたのだ、少将?」
と、不審に思って総督が聞いた。
「い、いえ、何でもありません」
と、やっとのことで彼は言った。
それからずっと、フォルガ・ドル少将は総督の顔が二重に見えるという不可思議な現象に悩まされていた。その総督のもう一つの顔が調べてみると、元新世紀共和国の亡くなったブレイス大将だったのだ。例の噂について話したものも、この所為だった。総督自身がなにか気づくかもしれないと、思ったのである。その時副官の中将がその噂の調査を命じられていたので、自分もやってみようと思ったのだ。何かわかるかもしれないと。
この話をすると、ブレイス少佐はため息をついて言った。
「では、父が総督自身に憑いていると言うことなのですね」
「おそらく、……」
とすると、やはり噂は本当だったのだ、とブレイス少佐は思った。しかし、どうすればいいのだろうか。
その時、銀の月の言ったことを思い出した。まず、霊に会う必要がある。会って、名を名乗って、説得するしかない、と彼は言った。
「ええとあなたの話によると、つまり昼間は総督に憑いているとして、夜はどこにいるのかしら」
「それはたぶん、政庁の会議室ではないかと、夜分にそのあたりをパトロールする兵士が声を聴いたというのを聞いたことがあります」
その時、あの狂ったような群衆は本当にブレイス大将一人に惑わされているのだろうか、という疑問がブレイス少佐に沸いた。
(あれは、たった一人の悪霊によって動かされるような人数ではない。何か他にも理由があるはずだ)
と、ヴォルガスが言った。このTPのつぶやきはブレイス少佐とフォルガ・ドル少将の二人の心に響いた。
「ほかにも理由があるはず?」
二人は顔を見合わせた。だが、その理由に心当たりはなかった。
「でも、まず父に会うことから始めてみようと思うの」
「そうですね、それがいいと思います。私が案内しましょう」
「あなたが?私を逮捕しないの?」
「そうしたいところですが、できればこの件を何とかした後にしたいと思います」
「そう、それならいいわ」
そうなったら、ブレイス少佐はヴォルガスの力を借りて逃げ出すつもりだった。それまでこの変わった帝国軍の少将に付いていくことにした。
惑星ゼンダのエネルギー事情はあまりよくないようだった。道路以外では街路灯は、あまり点いてはいなかったからだ。それでも、フォルガ・ドル少将が案内してくれたので、比較的スムーズに真夜中の政庁ビルに着いた。
「私だ」
と、フォルガ・ドル少将は言うと、警備の兵士たちの前を通り過ぎようとした。
「ちょっとお待ちを。こちらの方は?」
と、士官が聞いた。
「こちらは、総督閣下がお会いになりたいと呼ばれたのだ」
「我々は聞いてはおりませんが、……」
「後で、総督閣下から話があると思う。今は急いでいるので……」
警備の士官は総督の側近の一人であるフォルガ・ドル少将の言うことなので、一応納得したようだった。
「後で何て、大丈夫なの?」
「仕方ありません。他にいい口実が見つからなくて……」
二人はともかく、夜に亡きブレイス大将が現れると思われる例の会議室へと急いだ。会議室は政庁のビルの最上階にある。会議室は使われてなく警備の兵士もいないので、難なく中へ入れた。暗い部屋の中は誰もいないようだった。
「誰もいないみたいね」
「そうですね。でも、前はこの会議室で夜に人の声が聞こえたと聞いていますが……」
(ということは、やつはもう一人の方に入っているのではないか?)
「総督閣下にですか?」
(夜に動いているあのデモを鎮圧する命令を下すのは総督ではないのか?)
「では、デモを力づくで鎮圧する命令をするということですか?」
(おそらく、……)
二人は今度は急いで総督の執務室へ行った。
総督の執務室に行くと、扉の両側に警備兵が立っていた。ここでもフォルガ・ドルが何とか言いくるめて、やっと部屋の中へ入ることができた。
総督は机に座っていた。
年は亡くなったブレイス大将とそれほど変わらないと思われた。背の高さも同じくらいだが、顔が違う。
しかし、フォルガ・ドル少将にはその顔が、総督の顔と別の顔の二つに見えるのだ。
「閣下!」
と、フォルガ・ドルが呼びかけると、顔を上げた。そして、
「何か用なのか?」
と、不機嫌そうに彼は言った。
「実は、私はデモのことを調査しに行ってきたのですが、珍しい人物と会いました」
「珍しい人物?」
「元新世紀共和国のリーリアン・ブレイス少佐です」
「何?」
と、耳に手を当てて、総督は聞き返した。
「だから、ブレイス大将の娘のブレイス少佐です」
すると、ぐっとブレイス大将の顔が大きく見えるようになった。そうフォルガ・ドルには見えた。驚いて、彼が二三歩あと辞さると、
「で、どこにいるのだ?」
と、食いつきそうに顔を出してブレイス大将の顔が言った。
「私です」
フォルガ・ドル少将の後ろから出てくると、ブレイス少佐は言った。今、彼女は確かに亡き父ブレイス大将の顔が見えるのだ。
「おお、リリー……」
と、ブレイス大将は言った。
だが、もしここにほかの者がいたら、総督自身がそう言っているとしか思えなかっただろう。
「お父様。お迎えに来ました。私と一緒にヘイダール要塞まで行きましょう。向こうで、みな待っています」
それは、本当だった。今回の件でブレイス大将を何とかしたいと、司令室の者たちは皆同情してくれているのだ。
「リリー、いやそれはできない。ここには帝国軍がいる。それを何とかしなければ、ゼンダの市民たちは皆殺されてしまう」
「そんなことはありません」
と、フォルガ・ドル少将は言った。
「君は誰だ?」
と、初めて見るような顔をしてブレイス大将の霊は言った。
「私は、帝国軍のフォルガ・ドル少将です。総督はゼンダの市民を皆殺しにするような方ではありません」
「だが、これまでデモの鎮圧などでどれだけの犠牲者が出たと思うのだ?」
「それは、その、必要なことだったのです」
「そのようなことは言い訳にすぎん!第一、帝国軍など信用できぬ」
怒りに火を点じたようで、ブレイス大将の顔が見にくくゆがんで見えた。そして、
「わが首都星をあまつさえ帝国軍などに蹂躙され、市民が虐殺される。そのようなことは起きてはならぬことだ」
と、続けた。
「そうです。だから、お父様、私と一緒に行きましょう。お父様がここにいれば、市民の虐殺の危険が増すのです」
「何だと!なぜだ!」
「だって、お父様が市民を指揮していると思われるからです」
「ほかにどんな方法があるというのだ!この首都星を奴らから取り戻さなければならないのだ。そうしなければ、私がクーデターまで起こした甲斐がないではないか……」
「でも、お父様はもう死んだのです。そのクーデターの失敗で、お忘れですか?」
「私は死んではいない。この通り、生きている」
と、ブレイス大将の顔が胸を張って言った。
やはり、とブレイス少佐は思った。あまりの怒りと悲しみで死んだことも忘れてしまっているのだ。こうなると、死んだことを納得させるのは容易なことではない、と銀の月が言っていたことをブレイス少佐は思い出した。
351.
ここはどこなのだろうか、と彼は思った。これまで自分は少々疲れたので、休んでいたいと思ったことは覚えていた。だが、現在自分は執務室にいると言うことがわかった。そして、リューゲル・ブブロフ総督は、ようやく今何が起きているが自覚して、驚いていた。
いつのまにかあの仕事の出来ないごくつぶしという評判のフォルガ・ドル少将が部屋に来ていた。それも見たこと無い女性と一緒だった。いや、この女性はどこかで見たことがある、とリューゲル・ブブロフ総督は思った。そうだ、あれは元新世紀共和国の軍人で、しかもヘイダール要塞へ逃亡した連中の一人だった。名は、確かリーリアン・ブレイス少佐だ。
そのフォルガ・ドル少将が自分に向かって、「閣下」と呼びかけ、リューゲル・ブブロフがその女性は誰だと聞くと、リーリアン・ブレイス少佐ですと答えた。すると、どうしたことか、心の奥底から懐かしという感情が溢れ出てきた。まるで長く会えなかった自分の娘に久しぶりに会ったかのようだった。
しかしそれはおかしい、とリューゲル・ブブロフは思った。彼の娘は二十年前に死んでいるからだ。
彼の娘は体の弱かった妻と一緒に有名な保養惑星に行って、戻ってくるときにその船が折あしく帝国軍と反乱軍との会戦に巻き込まれ、大破したと聞いたのだ。そのあと彼は一度も再婚をせずに、今に至っている。
懐かしいという感情が溢れると同時に、何か重いものが自分の体から離れた。不思議に体が軽くなったのだ。そして、彼の体から出たものは人間の形状を取り、それを見てフォルガ・ドル少将は言った。
「だから、ブレイス大将の娘のブレイス少佐です」
少々イラついているようにも思えた。
その答えに驚いたのはリューゲル・ブブロフ総督だった。
ブレイス少佐といえば元新世紀共和国の軍人で指名手配に乗っている人物ではないか。それを知っていて、なぜか総督の執務室に入れ、何者とも知れぬものと話をさせているのだ。
(厄介なことになった)
と、誰かが思った。
総督執務室の中には、総督とフォルガ・ドル少将とブレイス少佐とブレイス大将の霊しかいないはずだったのに、誰かもう一人いるようだった。
それに気づいたのは、ダルシア人の霊であるヴォルガスである。サラマンダー、つまり火竜の一族でもあるが強力なTPの持ち主でもあるからだ。
(誰かほかにもいる!)
と、フォルガ・ドル少将とブレイス少佐に警告した。
総督執務室の隅にある暗がりに何かがいた。本来人間ではないが、特に人間の姿を取っているらしい、とまでヴォルガスにはわかった。ただ、自分のことが何者かに悟られたと知ると、それはすぐに姿を消してしまった。
「ヴォルガス、何かいるの?」
と、ブレイス少佐が聞いた。
(いや、もういない)
「いない?何かほかにいたのか?」
(そうだ。だが、姿を消したようだ。だから、今はブレイス大将の説得に力を注ぐのだ)
「何だ、何があったのか?」
と、ブレイス大将が言った。
「お父様、今お父様が人々を駆り立てると、この惑星ゼンダでは多くの人が不幸になります。お願いです、私とヘイダール要塞へ来てください」
「いやだ!私はここでなすべきことをするつもりだ」
頑固にブレイス大将は言い張った。
私によく似ている、とリューゲル・ブブロフは思った そして、次の瞬間リューゲル・ブブロフ総督は警報を鳴らそうと手を伸ばした。だが、その手は動かなかった。
「私の娘に手を出すことは許さん!」
と、今度はブレイス大将が総督に向かって言った。
「閣下。お気が付かれたのですか?」
と、フォルガ・ドル少将は言った。
「一体、どうなっているのだ少将。私の前にいるのは本物のブレイス大将なのか?それにブレイス少佐もいるのか?」
「閣下。そ、そうです。両方とも本物です」
「それなら、すぐに警備の兵士を呼んで、逮捕し拘束したまえ!」
「い、いえ、それはちょっと、……」
「そんなことはさせんぞ!」
と言うと、ブレイス大将はリューゲル・ブブロフの体の中へ再び入ってしまった。
「あ、しまった!」
「お父様!」
すると再びリューゲル・ブブロフの意識が薄れていった。
総督執務室から消えた得体のしれぬ影は、外にいる警備兵のところへ行って、総督執務室に怪しいものがいると言って、彼らを連れて再び戻ってきた。だがそこには総督が倒れているだけで、フォルガ・ドル少将もブレイス少佐もいなくなっていた。
ダルシア人の霊であるヴォルガスはフォルガ・ドル少将とブレイス少佐を背に乗せて、惑星ゼンダのビル街の夜空を飛んでいた。
(危ない所だった!)
「いったい、これは。私たちは、空を飛んでいるのか?竜の背に乗って……」
と、フォルガ・ドル少将は今の今までの状況など忘れたように放心状態になっていた。竜の背に乗るなどということなど、考えたこともないのだ。
「これから、どうしたらいいのかしら?」
(ともかく、もう一度やってみるしかない。時間ならまだあるだろう)
「そうね」
「それで、私は、どうなるのです?」
と、不安そうにフォルガ・ドル少将は言った。
「あら、あなたは大丈夫だと思うわ。だって、最後には部屋から消えていたのだもの。私を連れて総督のところへ行ったのは自分じゃないと言えばいいでしょう?」
「そうでしょうか……」
少なくとも軍の監視カメラには映っているのだ。どう言い訳を考えたらいのだろう、とフォルガ・ドルは途方に暮れていた。明日、何もなかったように出勤するべきだろうか。
(お前には、あの得体のしれぬ奴のことを調べることを頼みたい)
「そうね。あれはいったい誰なのかしら。総督の執務室にいたということは、いつもいるということじゃなくて?」
「そうかもしれない」
フォルガ・ドルはダルシア人の霊のヴォルガスの言うあの得体の知れぬものに興味を持ったようだった。
もしかしたら、あの得体の知れぬものが、今回の騒動を操っているのかもしれない、とヴォルガスは考えていた。
ロル星団の古代のアルフ族については、ダルシア人であっても知らないことが多くあるのだ。もちろん彼らアルフ族をふたご銀河に呼んだのはダルシア人だったが、彼らの文明はダルシア人ともガンダルフのものとも異なっていた。それでいて高度に発達していたのだ。それは宇宙文明に達した魔法文明でもあったが、どこか異質な部分を持っていたのだ。それは闇の部分である。光と闇の二分法でいう闇の部分を多く含んでいたのだ。
その闇の部分が今大きく息づき、うごめき始めていた。それは帝都ロギノスの封印の解かれた『死の呪い』の復活と時を同じくしていた。それが同じものによってなされたことだとすると、これは大変なことになる。




