ダルシア帝国の継承者
343.
グーザ帝国製の機動兵器は転送され、ヘイダール要塞の外の宇宙空間に浮かんでいた。
「主砲で撃ってはどうだ?」
と、クルム司令官代理が言った。
困ったことにその機動兵器は、要塞の砲台にあるエネルギー砲では破壊できなかったのだ。そこまであの機動兵器が頑丈にできているとは思わなかったのである。そこで今度は主砲で破壊しようと言うのだ。エネルギーが充填されるのを待って、主砲が発射された。だが、更に困ったことに機動兵器は破壊することはできなかった。
クルム司令官代理は、どうすればあの機動兵器を破壊できるか考えた。思ったよりも蛇使い銀河の兵器は頑丈な素材でできている。と言うことは、彼らの艦隊も同じ金属でできているのではないか、と大変なことに気づいた。思い出してみれば、グーザ帝国艦隊を追い出した時、その中心になって動いたのはダルシアの艦隊だった。まだ要塞の駐留艦隊は彼らに対して戦闘経験がない。ダルシアの艦隊と要塞の駐留艦隊では武器の力も速度も違っている。遥かにダルシア艦隊の方が強力だ。
グーザ帝国の艦隊については、その武器がこちらのモノよりも強力で、艦の脚も早いと聞いている。それに加えて、艦体自体も頑丈な金属でできているということだ。これはかなりこちらの戦力が不安なことになる。もし、ロル星団の艦隊と直接戦闘になったとしたら、グーザ帝国の艦隊に勝てるだろうか。すでに元新世紀共和国の惑星カルガリウムは彼らの艦隊に占拠されている。彼らをふたご銀河から追い出すためには、ロル星団の戦力、つまり銀河帝国だけではあまりにも頼りないのではないだろうか。
機動兵器自体はおそらく惑星上の戦闘で使われるのであるから、その頑丈さは大したことはないと、正直言って舐めていた感がある。クルム司令官代理はそこに気が付いた。それにロル星団にはグーザ帝国の機動兵器のようなものはない。
「あの機動兵器について調査をしたデータはあるだろうか?」
「一応、簡単にした調査ですが、今出します」
と、ブレイス少佐が言った。
ここヘイダール要塞では調査すると言っても専門の軍人はいないし、科学技術者もほとんどいないので、通り一遍に装置で走査しただけなのだった。そのデータを見直す者もいない。例えデータを解析したとしても理解できる者がいないのだ。
残念ながらクルム司令官代理も他の者達も科学者ではなかったので、武器よりも使われている金属が気になっているのだが、彼の乏しい科学知識ではその調査データから分かることはほとんどなかった。
ただ、アルネ・ユウキが熱心にデータの映じたスクリーンを見ているので、
「何か気づいた事でもあるだろうか?」
と、司令官代理が聞いた。
「いえ、私はあなた方の文字は読めないので、全然わからないのですけれど……」
言語フィールド発生装置は音声認識については多くの言語の自動翻訳をカバーするのだが、文字についてはどうにもならないのだった。アルネ・ユウキは銀河帝国や新世紀共和国の文字は全然わからないのだ。
「仕方がないわ。ちょっと行ってきますね。そうだわ、ブレイス少佐をお借りしていいですか?」
「ブレイス少佐を?本人が良いと言うのなら構わないが……」
「私ですか?構いませんが……」
アルネ・ユウキはブレイス少佐の腕を掴むと、司令室から消えた。
「あっ、どこへ行ったんだ?」
と、驚いてダズ・アルグ提督が言った。まさか消えるとは思わなかったのだ。
アルネ・ユウキとブレイス少佐はグーザ帝国の機動兵器のある宇宙空間へ出た。
ブレイス少佐は自分が宇宙服を着ていないことに慌てていた。
「く、空気が……」
彼女は意味もなく空気を吸おうと大きく口を開けたが、不思議に苦しくなかった。
「あら?どうしたのかしら。ここは宇宙なのに、息が苦しくないし、それに身体も何ともない」
宇宙空間に宇宙服も着ないで出たら、どんなことになるか士官学校の時に教官に質問したことがある。思えばバカな質問だったが、当時は本気だったのだ。もちろん、冷ややかに、
「即座に死んでしまうだろう」
と、教官に言われたものだ。
ところが、今それをやっているのに、何ともないのだ。ブレイス少佐は首を回してアルネ・ユウキを探した。腕を掴まれてきたはずなのに、彼女の姿が近くにないのだ。
その姿を探すと、アルネ・ユウキは機動兵器の近くへ行っていた。そして、機動兵器に手を翳して、何か呪文を唱えていた。
ブレイス少佐はまるで泳ぐように体を動かした。士官学校時代の無重力空間での訓練を思い出したのだ。宇宙服を着ていても、こうすれば何とか移動ができるはずだった。確かに動いたが、あまり距離を移動できなかった。アルネ・ユウキのいるところまでは、まだある。その時、
(まるで、泳ぎを忘れた魚のようだな)
と、ブレイス少佐の心の中に声がした。
「誰?」
(私は、サラマンダーだ)
「で、でもどうしてあなたの声が耳でなくて、心に響くの?」
(これはTPと言うモノだ。私が直接君に話しかけているから、君にも聞こえるのだ。宇宙空間には空気はないので、TPを使うものだ)
「私は、アルネ・ユウキの傍に行きたいだけなの」
(ふむ。今は呪文を唱えているから、邪魔をしない方がいいだろう)
「何の呪文なの?」
(あれは、物質の構成を知る呪文だ。あの機動兵器とやらの金属が何かを知りたいのだろう)
「金属の構成を知る呪文なんてあるの?」
(当然だ。ガンダルフの魔法使いは、科学技術も知っているからだ)
「魔法と科学はまるで違った分野だと思っていたわ」
(そんなことを思うのは、どちらについても素人だな。本来は、同じものだ。大した違いはない)
「でも、私の居た文明ではそれが本当だと思われていたわ」
(それは、お前たちの文明が未熟だということだ)
「そうかもしれないわね。でも、なぜ彼女は私を一緒に連れて来たの?」
(まだ要塞に来たばかりなので、戻る時に必要なのだ。お前は要塞に所属していると言う認識があるだろう。それが必要なのだ。あの機動兵器があるのは、要塞の傍だ。だから戻る時に微妙に狂いが生じることがある。お前が居なければ、要塞に戻るのに大変なのだ)
サラマンダーの話は、ブレイス少佐にとって少々理解するのに難があるのだが、ある程度は分かった。それにしても、彼女は周囲を見回してみて、生身で宇宙空間にいるということが信じられないと思った。それにTPで話をしているサラマンダーの姿はない。ここでは姿を現していないだけなのか。
(正確に言うと、お前は生身のままではない)
と、サラマンダーの声がした。
「それは、どういうことなの?」
(お前の周囲には魔法で結界が張られているのだ。要するに、バリアのようなものが張られていると思えばいい)
「バリア?でも、そのエネルギーはどこから来ているの?私はバリアの発生装置なんて、背負ってないわ」
(魔法で張られているから、そんなものは必要ないのだ)
「でも、魔法であってもその結界を造るパワーみたいなものがあるでしょう?」
(それは、アルネの、つまり私のパワーを使っているのだ)
「あなたの?どうやって?」
(それはまた後にしてもらいたい。アルネが呼んでいるようだ)
と言うと、宇宙空間に半透明のダルシア人が出現した。そして、
(私の背に乗りなさい)
と、促した。
ブレイス少佐は身体を何とか動かして、ダルシア人の背に乗った。するとサラマンダーはアルネ・ユウキの元へ背にある翼を動かして、宇宙空間を飛ぶように移動した。
「何とか、この機動兵器の金属が何だか分かったと思う」
と、アルネ・ユウキは言った。
「どんなものなの?非常に硬い、宇宙船の外壁に使うような金属なの?」
「それが、これは種類としてはダルシアン鋼の一種に入るものだわ」
「ダルシアン鋼?」
「ダルシアン鋼そのものではないけれど、組成がそれに近いと考えてね。だから、鉄よりも固く、熱にも強い。だから、要塞のエネルギー砲が効かなかったのよ」
「それでは、我々では破壊できないということ?」
「そうでもないわ。力による破壊はできないけれど、念による破壊は案外容易いものなの」
「念?それは、エネルギー砲よりも強力なの?」
「エネルギー砲よりも強力な場合もあるし、何の力もないこともあるわ。ただ、普通の人ではできないけれど、ダルシア人や魔法使いなら、破壊できるはずだわ。でも、あの連中、よくこの金属を発見したものね。なかなかこれは作れないものなのよ」
気が付くと、ブレイス少佐はヘイダール要塞の司令室に戻っていた。
「少佐、大丈夫だった?」
と、心配そうにディポック提督が聞いた。
司令室のスクリーンには、機動兵器の近くに出現してしばらくそのまま浮かんでいたブレイス少佐の姿がえいじていたのだ。
「いえ、大丈夫です」
「本当かい?スクリーンで見たけれど、宇宙服も着ないで宇宙空間に浮かんでいたようだけど……」
と、ダズ・アルグ提督が言った。
「ええ、最初はびっくりしましたけれど、何ともありませんでした。ええと、サラマンダーが、つまりアルネ・ユウキ少佐の守護獣というのかしら、要するにダルシア人ですけれど、彼女が私を守ってくれていたので……」
「それで、機動兵器の金属は何かわかったのかな?」
と、クルム司令官代理が聞いた。
「はい。ええと、それならアルネ・ユウキ少佐に聞いた方がいいのではないでしょうか?」
「いいえ、私はあなた方の言葉に翻訳するほどわからないから、あなたから話した方がいいと思います。サラマンダーの声の通りに言ってくれればいいわ」
「サラマンダー?火の竜のことかな?」
「あの、アルネ・ユウキの本来の姿のことです。彼女は火というか、炎を司る竜なのです。だから、火や熱に非常に強く、それが彼女を傷つけることはできないそうです。それは私も守ってくれているそうです。ええと、それで彼女の言うことには機動兵器の金属は、あのダルシアン鋼の一種だそうです。ただし、本来のダルシアン鋼よりも弱い構造なのだそうです。従って、この要塞のエネルギー砲は効きません。熱にも強いそうです。もっとも、もっと強力なエネルギー砲なら破壊が不可能ではないそうですが。ただし、念には弱いのだそうです。あの金属を破壊するにはダルシア人や魔法使いの念がよく効くそうです」
「念だと?それは、どういうことだ?」
「念というのは、思いです。強い思いの事です。ええと、私にもよくわからないのですが、サラマンダーによると、そういうことだそうです」
「というと、ダルシア人や魔法使いがあの機動兵器に対して、『壊れろ!』と念じれば壊れるということか?」
「簡単に言えばそうです。ただし、普通の人間の念ではできないそうです」
「あの機動兵器を造った連中は、その物質について、どれだけのことを知っているのだろうか」
「おそらく、念で破壊できるということは知らないでしょう。あの程度の構造だと、出来ると強く思うことができれば熱によって形を変えることが可能だからだそうです」
「それは、出来ると信じればエネルギー砲でも破壊できそうだな」
「それだけの強い念を持っていればです。我々はすでに簡単に破壊できないと思っていますから、なかなか難しいのだそうです」
「それなら、我々がまだあの機動兵器を破壊できないと思わないうちにエネルギー砲を撃った時、なぜ破壊できなかったのか?」
それは誰しもが持った当然の疑問だった。
「それは向こうの破壊できないという念の方が強かった所為だと言うことです。つまりそもそもあの物質を作った者の念のことです」
ブレイス少佐は心の中に浮かんでくるサラマンダーの言葉を代弁しているだけだった。それにしても、ダルシア人は妙なものを造るものだと思ってしまった。こんなことが本当にあるとは、数年前までは夢想だにしなかっただろう。生身で宇宙空間に出るようなことも。
344.
ハイレン連邦のバルーンガ議長は機動兵器が突然消えたのを見て、舌打ちした。機動兵器がなくなってしまうと、この場ではレギオンの方が有利になる。
ここに彼の探していたハイレン人を再興する悲願である呪文を蔵している、『レギオンの城』の城門があるはずなのだ。それなのに、彼にはそれが見えないのだ。同じくハイレン人の魔術師たちにも見えないことは、キョロキョロする仕草からわかる。だが、他の例えばナルゼンの魔術師には見えたようだった。もっとも一瞬だったようだが。それに普通人にも見えたようなのだ。これはどういうことなのだろうか、と彼は思った。
かつてガンダルフの魔法使い『大賢者』レギオンがジル星団の様々な惑星に生まれて、長じたのちその地に置いて魔法の呪文を綴ったと言われている。その魔法は惑星ごとに特徴があった。それはその惑星に住んでいる種族の特徴を生かした魔法だったとも伝えられる。
ハイレン連邦で生まれて長じたガンダルフの魔法使いレギオンが綴った魔法の呪文は、怪我や病気を癒すものが中心だった。人を傷つけたりするような魔法の呪文はほとんどなかった。そのため古代においてハイレン連邦は病気治しの惑星として有名になったものだ。
だがそれはハイレン人にとっては迷惑なことでもあった。怪我や病気を癒す呪文を唱えるハイレン人を求めて、何処とも知れぬ遠い惑星からハイレン人を拉致するために来るような連中がいたのである。その上、それに対抗するための呪文はなかった。ハイレン人の最初の人口減少はこのためだった。
またハイレン特有の癒しの魔法の呪文は、肉体的に非常に脆弱な彼らにとって非常に厳しい魔法だった。多くの癒しを求める人々がハイレンにやって来て、癒されて戻って行った。しかし、その所為でハイレン人は長く生きることはなかった。怪我や病気を治すと言うことは、魔力とともに生命エネルギーを直接大量に使う必要があるからだ。なぜあのガンダルフの魔法使い『大賢者』と呼ばれるレギオンがそのような魔法の呪文をハイレンにおいて綴ったのかは誰にもわからなかった。
癒しの惑星と言われる一方で、ハイレン人は嘘つき・ほら吹き・裏切りの種族だと言われていた。これはかなり矛盾のある評判である。
「バルーンガよ。お前がそれほど欲しいと言うのなら、わが城へ来るがいい。そうすればその呪文をお前にやろう」
と、レギオンは言うと姿を消した。だが、姿を消しただけでその場を去ったわけではなかった。
「議長。どうしましょうか?」
と、聞いたのは新世紀共和国の人間の姿をしたハイレン人の魔術師だった。
「そこのタレス人に聞きたい。いやナルゼンのお前たちでもよい。お前たちには『レギオンの城』の門が見えるか?」
「見えたが一瞬だけだ。確か、お前の立っている場所の前にあったようだ。お前には一瞬でさえ、見えなかったのか?」
と、ウル・ガルが言った。
「ふん。白魔法使いどもの考えの何とあざといことか。そうは思わぬか……」
「私はそうは思わぬ。魔術師と言っても、我々は白魔法使いの誓いを破ったわけではない。元々それしか魔法を使う方法はなかったのだ。だから、白魔法使いになろうと思えばなれると聞いた」
ジル星団においての魔術師とは、白魔法使いの誓いを破り、魔術師として呪いの呪文を使った者である。魔術師の呪文は人を傷つけるための呪文が多かった。白魔法使いとは人を傷つけず、助けるために呪文を使うことを誓うものである。従って、魔術師の呪文を使うことがすなわち白魔法使いのとしての誓いを破ることになるのだ。そうなったら、もう白魔法使いではなく魔術師に落ちたと言うことだ。
「誰にそれを聞いたのだ?」
「銀の月だ」
「それを信じるのか?」
「もちろんだ。私は魔術師の呪文を捨てるつもりだ。元々白魔法使いになりたかったのだ」
「それは、本当か?」
と、ハイレン人の魔術師は聞いた。
「本当だ。お前だって、白魔法使いから魔術師に落ちたのではあるまい。初めから魔術師の呪文しか教わらなかったのだろう。そう言う者なら、白魔法使いになれると聞いた」
「そのようなことは、戯言に過ぎん……」
「バルーンガ議長とやら、お前は魔法の呪文を綴る者ではあるまい。魔法について何を知っているのだ?レギオンや銀の月以上に魔法について知っている者があるだろうか」
と、ナッシュガルが言った。
機動兵器がどこかへ転送されてしまったので、公園の奥の方からタレス人たちが戻って来た。
「ロルサム、あの機動兵器はどうした?」
と、タレス人が聞いた。
「もう大丈夫だ。おそらく要塞の外へ転送されたはずだ」
「そうか。危ない所だった。で、ここで何をしているんだ?」
バルーンガ議長は戻って来たタレス人の一人を突然突き飛ばして、魔術師に合図した。魔術師は突き飛ばされたタレス人を羽交い絞めにした。老人であるのにハイレン人にしては力が強い、とロルサム・アキムンは思った。
「何をする!」
「お前たちの中に、『レギオンの城』の門が見える者はいないか?居たなら、早くわしに教えることだ」
「馬鹿な。私にも見えたが、こいつと同じく一瞬だった。もうどこにあるか見えない」
「だが、最後に何処に見えたのかは分かるはずだ」
それを黙って見ていたリュイ・ジーンが仕方なく言った。
「待ちなさい。それなら私が教えましょう」
フェーラリス・ジェグドラントはリュイの言葉を聞いて、
「危ないぞ!こんな奴は信用できない」
と、注意した。
「大丈夫よ、おじさん」
ダルシア人のマルガルナスでもあるリュイには、ガンダルフの魔法使いレギオンがどこにいるのか見えているのだ。何かあればレギオンがサポートしてくれるはずだった。
「レギオンの城の門は、彼が言った通り、あなたのちょうど前にあるの。見えないのは、あなたの心が悪いせいよ」
「何だと!」
「そうやって、自分の事しか考えないで、他人を傷つけても平気なところ、それがあると見えないのよ」
「子供のくせに、生意気な」
「そう?私が子供に見えるの?あなたには真実が見えないのね」
もう少しだった。『レギオンの城』の門をくぐるのは、魔法で針の穴をくぐるよりも難しいという諺があった。かつて魔術師でその城の門をくぐったものはない。だが、バルーンガにはそれが必要だった。何としても、やり遂げないと、ハイレン人はもう終わりなのだった。
今この要塞に来ているハイレン人が、ハイレン人の姿を持っている最後の者達なのだ。後は皆、人間族の姿を持たせた。それが代々のハイレン連邦の魔法議会の議長の考えだった。純粋のハイレン人はほんの少しだけ残せばいいのだ。彼らにだけハイレンの秘術である癒しの魔法を残せばいいのだ。後はそのハイレン人達を生かすために労働させるのだ。そうすれば、ハイレン人は希少価値が高まり、大切にされるだろう。身体が弱いハイレン人には労働は向いていない。癒しの魔法を使うことだけに専念できるように考えたことだった。
だがそれは同時に、純粋のハイレン人がほんのわずかな失敗でいなくなることを意味していた。彼らのハイレン人の肉体を誕生させる装置が、大切な彼らの卵子の細胞を壊してしまったのだ。これはわずかのミスで起きたことだった。それは取り返しのつかないことだった。
バルーンガ議長の心の中に、これまでのことが早回しの映像で浮かんでは消えていた。そして、最後に彼は決断した。
「攻撃だ!」
と、彼は服に付けていた通信機に叫んだ。
同時にヘイダール要塞の外の宇宙空間に、例の得体の知れぬ三角錐艦隊が現れた。それはハイレン連邦の艦隊だったのだ。
ヘイダール要塞が『レギオンの城』へ至ることを邪魔しているのだと、バルーンガ議長は考えたのだ。以前はこのような要塞などなかったのだ。この要塞を攻撃して破壊した方が城へ至るのは容易くなるだろう。
「要塞の外に所属不明の艦隊が出現しました。例の三角錐の艦隊です」
と、通信員が言った。
「こんな時にか!」
と、さすがにクルム司令官代理が唸った。
だが、三角錐の艦隊のちょうど目前に現れた船があった。
「待ってください。あれは、ホランド・アルガイ氏の船のようです!」
「何だって?」
と、ディポック提督が驚いて言った。
345.
ホランド・アルガイはため息をついた。
現在彼の船は、元新世紀共和国の首都星ゼンダの宇宙港から離陸し、銀河帝国方面の航路に乗るために上昇中であった。
周囲には宇宙港の警備のための銀河帝国の駐留艦隊が監視を続けている。もし、ホランド・アルガイの船が銀河帝国領へのワープ航路を外れようものならすぐに通報されて、停船命令が出されるだろう。そうなったら船を没収されて、もう宇宙へは出られなくなる。
「どうしたの?」
と、声がした。
声の主はリドス連邦王国の第五王女殿下、名はアズミ姫と言うのだが、五番目と名乗っている少女だった。のんびりと船の操縦室であくびをした。
「どうにも、銀河帝国へ行くしかないから困っているのです」
「あら、この船はヘイダール要塞へ行くのではなかった?」
「周り中、帝国の艦船が監視する中をどうやって、ヘイダール要塞へ舵を切るんですか」
「なるほどね。それなら、いい方法があるわよ」
「どんな方法です?」
「まあ、ともかくこのまま銀河帝国への航路へ乗って見て」
ホランド・アルガイは他に方法がないので、五番目の言う通りにした。
本来は死んで霊になった元新世紀共和国の元最高評議会議長チェルク・ノイ氏を、五番目が自分でヘイダール要塞へ連れて行くつもりだったのだ。だが、チェルク・ノイがどうしてもそれはできないと頑なに拒んだのだ。彼は生きている時から宇宙での移動は宇宙船でしかできないということしか知らなかったので、他の方法を拒んだのだ。だからホランド・アルガイの船でヘイダール要塞へ行くことになったのである。
問題は、ホランド・アルガイがヘイダール要塞にいるヤム・ディポック提督の知り合いでしかも協力者であるという情報が惑星ゼンダの総督府に届いていたからである。そのため今回のヘイダール要塞行きは非常に困難になってしまった。
仕方なく銀河帝国方面へ貨物を運ぶことにして、彼はゼンダの宇宙港を出港する許可を取った。だが、総督府は彼の行き先が言葉通りだとは信じてはいないのだ。出港したホランドの船の後を、数隻の艦が付いて来ていた。おそらく、監視をするようにと言われているのだろう。
「まったく、うるさいですね。これでは撒くわけにもいかない」
と、パイロットのフルド・アキスが言った。
「かまわないわ。で、ワープはどこから入るの?」
「そろそろです。あの、このまま銀河帝国へ入る航路でいいのですか?」
「もちろんよ。普通にワープ航路へ入って」
ホランド・アルガイの船は通常の商船のワープ航路へ移行した。銀河帝国の艦が付いて来られるのはワープ航路へ入るまでである。
「銀河帝国領へは、だいたい二週間ほどで着きます」
と、フルド・アキスが言った。
「そう、では私の言うポイントに着いたら、教えて頂戴」
「どこですか?」
「ここから一時間ほどのところ。座標は4578、4312、4444」
「了解」
彼にはそこに何があるのかわからなかったが、他に方法はなかった。
銀河帝国新領土駐留艦隊のナーサン・バルホルド提督に、パトロール艦から通信が入った。
「ホランド・アルガイの商船が銀河帝国方面へのワープ航路へ入りました」
「了解した。帰投せよ」
銀河帝国方面へのワープ航路へ入ってしまえば、それ以上追跡しなくてもヘイダール要塞へ行くことは有るまいというのがその理由だった。要塞へはまったく逆のコースの航路になるし、それではあまりにも遠回りだからだ。
このホランド・アルガイという商人の船は、ヘイダール要塞と通じているという情報があった。そもそも彼はかのヤム・ディポック提督の古くからの知り合いだというのだ。そのため総督府が目を付けていたのだ。
「閣下。バルホルド提督からホランド・アルガイの船が銀河帝国方面へのワープ航路へ入ったと報告がありました」
と、副官のアルマイト・フォルが言った。
リューゲル・ブブロフ総督は頷くと、再び机上の書面に目を落とした。
このところ、反帝国勢力が勢いを盛り返していた。一時期、彼らの勢力をかなり削ったのだが、それがほとんど何の成果も生まなかったと言える。ケアード・ゴンドラス高等参事官が帝国へ戻ってしまった今、総督府は反帝国勢力に対する効果的な手を打てないでいた。そこに来てホランド・アルガイの船の出港は総督府もその行き先について不安を抱いていたのだ。
「あ、あの閣下。あの事をご存じでしょうか?」
「あの事?」
遠慮がちに発言したのは副官の内の最年少のフォルガ・ドル少将だった。
「少将、そのようなことは総督のお耳に入れるべきではない」
と、副官筆頭のアルマイト・フォル中将が言った。彼はドル少将が何を言わんとしているのか知っていた。
「申し訳ありません。出過ぎました」
「待て!いったい何のことだ。私に言えないというのは、なぜなのだ」
「それは、あまりにも馬鹿げたことですので……」
「構わぬ。言ってみるがいい」
ちらりとアルマイト・フォル中将の方を見たフォルガ・ドル少将は、意を決して話し始めた。
「あの、元新世紀共和国時代に政庁として使われていたビルの会議室なのですが、そこに幽霊が出ると言うのです。それも、あの元新世紀共和国時代のルザンドル・ブレイス大将の幽霊です」
「ルザンドル・ブレイス?聞いたことはないが、……」
「総督閣下がご存じないのは、その人物は艦隊司令官として有名ではなかったからです。どちらかというと、軍の人事などを担当していたようです」
「で、そのブレイス大将とやらは、幽霊と言うからにはすでに亡くなったのだな?」
「はい。閣下はお聞きになっているかどうかわかりませんが、帝国軍がゼンダを占領する一年ほど前ですか、このゼンダに置いてクーデター騒ぎがありまして、その首謀者とされています。そのクーデターは失敗に終わり、一味は皆自決したそうです。その中の一人がブレイス大将なのです。それが最近、その姿を見かけたと言う者がいるのです。それも複数です」
「つまり政庁の会議室で見かけたというのだろう」
「はい。何でもそこでクーデター一味の最後の会議が行われたところだそうで……」
「ふん。ありそうでなさそうな、どこにでもあるような話だ」
「しかし幽霊騒ぎだけではそれほどのことは有るまい」
「それが、反帝国勢力と同かかわりがあるのだ?」
「あの、それがそのブレイス大将の幽霊が、反帝国勢力を指揮しているのだと言う噂なのです」
「馬鹿な!」
「ブレイス大将は死んだと言うことは公然の事実ではないのか?」
「それが、死んだのは嘘だったのだと。帝国に敗北することを見越して死んだことにして何処かに隠れていたのだと。そして反帝国勢力を助けるために隠れ家から出て来たのだと、言われております」
「そんなことを信じる者がいるのか?」
「しかし、その姿を見かけた者が多数いるのです」
「わかった。フォル中将、そのブレイス大将とやらの生死を確認するように」
例え、噂であってもそれが反帝国勢力に力を与えるようなものは、消し込んで行かなければならない。ブレイス大将が死んでいるか生きているかわからないが、その名を利用することは可能なのだ。もし、本人が死んでいるとしたら、その名を利用した何者かによって、幽霊騒ぎが起こされている可能性もある。これが大事に至る前に処理することが重要なのだ。
「つきましたぜ」
と、パイロットのフルド・アキスが言った。
「そう。では行くわよ」
「ちょっと、待った!」
と、ホランド・アルガイが言った。
「あら、何?」
「いったい何で、どこへ行こうというのです?」
「もちろん、ヘイダール要塞へ行くのよ」
「しかし、方向が違うでしょう」
「方向はこれでいいの。ここにジャンプ・ゲートがあるのよ」
「ジャンプ・ゲート?」
「そう。ちょうど今は、ヘイダール要塞の場所でジャンプ・ゲートから強制的に出るようになっているから、入るだけでいいのよ」
「つまり、我々の船はジャンプ・ゲートのある方へ来たと言う訳ですか」
「そうよ。いくら銀河帝国の連中だって、ジャンプ・ゲートのことは知らないでしょう?」
そう言うことか、とホランド・アルガイは思った。
「すると、ヘイダール要塞へ行くには、このポイントへ来ればいいのですね」
「あら、この船だけではジャンプ・ゲートには入れないわよ。私がいるから入れるのだから」
「そのジャンプ・ゲートに入るには、何がいるんですか?」
「もちろん、そのためには専用の装置がいるわ。でも今回は私が装置替わりと言う訳なの」
「で、ヘイダール要塞にはどのくらいで着くんですか?」
「そうね、このゲートを使うと、10分程かしら」
「10分?そんなバカな。惑星ゼンダからワープできちんとした航路でも、二週間はかかるんですよ」
「ジャンプ・ゲートはもっと早く着くの。それに、このゲートは数あるジャンプ・ゲートの中でもかなり高速だわ。普通のゲートとは違う。ゲートによって種類が違うの。早いものも遅いものもあるの。ジル星団の連中もこのゲートは知らないのよ」
「すると、ヘイダール要塞へ行ってから、またこのゲートで戻って銀河帝国方面へ行けるというのですね」
「そういうこと。ただし、私が居なければできないわよ」
「わかりました」
「もう、ゲートに入ったから、あと10分程でヘイダール要塞へ着くと思うわ」
いつのまにかホランド・アルガイの船はジャンプ・ゲートの中へ入っていたのだ。入る時には特段何の兆候もなかったので、わからなかったのだ。
きっかり10分でホランド・アルガイの船は通常空間に出た。
すると、そこに三角錐の艦隊がいたのである。
「あ、あれは何だ?」
と、パイロットのフルド・アキスが言った。
それと同時に、三角錐の艦隊からエネルギー砲をホランド・アルガイの船に向かって撃ってきた。
「もう、おしまいだ!」
だが、ホランド・アルガイの船は無事だった。何か目に見えないバリアによって船は守られていたのだ。
「大丈夫よ。私がいるでしょう?」
と、五番目が言った。
「要塞から通信だ。何だって?そこから早くどけ?」
とは言うものの、周囲は三角錐の艦隊にすでに囲まれていた。というより、三角錐の艦隊のど真ん中に出てしまったのだ。
「どうしましょう、船長」
「うう、そうだ。五番目、何とかしてほしい、助けてください」
「そうね。まず、あの三角錐の艦隊を誰何してくれる?」
「今ですか?」
「そうよ」
「わかりました」
パイロット兼通信士のフルド・アキスが三角錐の艦隊に向かって、
「お前たちの所属を明らかにせよ!」
と、通信した。
「返信がありません」
「それでいいわ。一応、敵かどうかを確認してから攻撃するようにって、姉上たちに日頃から言われているの」
「そうですか、それで?」
「返事がないということは、敵だと言うことだわ」
「なるほど。それに我々の方が攻撃されていますしね……」
ホランド・アルガイの船の周囲に張られているバリアのようなものが敵の攻撃で発光しているのだ。
「では、……」
五番目は目を閉じて集中すると、指をパチンと鳴らした。
すると、ホランド・アルガイの船に集中していた敵の攻撃エネルギー砲が180度反転して三角錐の艦隊に向けられた。まるでたくさんの花火が打ち上げられたように、明るくなった。その光が消えると、三角錐の艦隊は消えていた。
ついでに、グーザ帝国の機動兵器も破壊されていた。




