ダルシア帝国の継承者
340.
ヘイダール要塞が何やら騒がしくなってきた。
バルザス提督の宿舎では外から戻って来た者たちがヒソヒソと声を落として話しているのだが、同じ部屋なのでどうしても聞こえてしまうのだ。
「二足歩行の兵器が竜と戦っているそうだぞ!」
「竜だって?」
「二足歩行の兵器とは何だ?」
「それは多分……」
そこで言葉を切って、会話の主がグーザ帝国の捕虜の方を見た。要塞にはグーザ帝国が置いて行った機動兵器が二機ある。おそらくそれが動き出したのだと言いたかったのだ。会話の主はリイル・フィアナ提督によって要塞に連れて来られた銀河帝国の二人の提督だった。彼らも捕虜のようなものである。
グーザ帝国の捕虜たちは自分の部屋にいるとき以外は、バルザス提督の宿舎に来ていた。その方が色々な情報も得られるし、気のせいか監視もここでは緩い感じがするのである。
「二足歩行の兵器と竜は、どこで戦っているのだ?」
と、話を聞きつけてキンドルラ提督が聞いた。
「公園だよ。商業地区に現れたんだが、皆公園の方へ逃げて来て、それを追って来ているそうだ」
「まさか、あんたたちがやっているのではないだろうな」
「われわれではない。あれは登録したパイロットしか動かせないはず。それなしに起動させるには、艦隊の旗艦からコントロールしなければならないはず……」
まさか、味方の艦隊が近くに来ているのではないだろうか、とキンドルラ提督は気づいた。それをすぐに思いつかないとは、と臍を噛んだ。
「閣下。公園だと聞きましたが、我々も行ってみてはどうでしょうか?」
と、部下の二人が小声で言った。
「どうかしましたか?」
と、声がした。
ナンヴァル人のマグ・デレン・シャが騒ぎを聞きつけたのだ。この宿舎はバルザス提督が使用許可を得ているのだが、なぜか他の者にここの女主のような存在と見られていた。彼女に対してバルザス提督が一目置いている態度を示すからである。
すると、これまで小声で話していた銀河帝国の提督の一人が言った。
「マグ・デレン、実はグーザ帝国の機動兵器が要塞の中で破壊行為をしているようなのです」
「誰か、見て来たのですか?」
「噂です。でも、本当だと思います。司令室に問い合わせてみてはどうでしょうか?」
いくらなんでも彼らのような捕虜同然の者が、要塞司令室に問い合わせることはできない。マグ・デレン・シャなら、親切に答えてくれるだろうと思われるからだ。
「いえ、もし本当なら、こちらの問いに答えている状況ではないでしょう。それで、その機動兵器はどこにいるのですか?この宿舎にもやって来そうなのですか?」
「聞いたところでは、現在は公園の中で暴れているそうです。まだこの宿舎までやってくる危険はないでしょう」
「それなら、それほど騒ぐことは有りませんね」
「しかし、商業地区にいたタレス人や元新世紀共和国の民間人はかなり危険になっているのではないでしょうか」
「では、誰かに見て来てもらいましょうか?」
部屋の者達は顔を見合わせた。言い出したいような者たちがいる反面、行きたくない者もいるのだ。立場上そんなことをして大丈夫かという思いがあるのだ。その中で、
「俺が行ってきます」
と、ナッシュガルが言った。
彼は元海賊のナルゼンだった。その相棒で魔術師のウル・ガルも頷いた。
「そう。あなた方なら、多少のことは大丈夫でしょう。気をつけて行って来てください」
と、マグ・デレン・シャは言った。
宿舎の外に出ると、魔術師のウル・ガルがナッシュガルを連れて公園まで魔法でジャンプした。バルザス提督の宿舎と公園はそれほど近くはない。通路を急いで行っても30分ほどかかる距離だった。
公園の中は広いので、周囲を見回し騒ぎが起きている方へ彼らは移動した。近付くと、商業地区から逃げて来た人々が大勢やってきた。
「向こうは機動兵器が暴れているから危ない!」
と、逃げて来た一人が二人を見て言った。そして、すぐ公園の奥の方へ移動して行った。
逃げて来た人々が居なくなると、今度は老人と商人らしき人物とリュイを抱えたフェーラリスやロルサム・アキムンがやってきた。
「いったい、どうなっているんだ?」
と、ナッシュガルがその中の一人に聞いた。彼はフェーラリス・ジェグドラントだった。
相手は一瞬驚いて問いを発したナッシュガルを見た。おそらく、ナルゼンを見たことがないのだ。それでも、
「こんなところにいると、危ないぞ!」
と、フェーラリスは警告した。
ロルサム・アキムンはウル・ガルとナッシュガルを見て、
「あなた方は、バルザス提督の宿舎にいるのでしたね」
と、確認した。彼は、何度かバルザス提督の宿舎へタリア・トンブンに会いに行ったことがあるので、二人を見たことがあるのだ。
「そうだ。何かあったというので見に来たんだが、向こうの商業地区はもうだめか?」
「ええ。ただ、機動兵器の動きはあまり早くないようです」
二体の機動兵器は目に見えない、何か大きなものがいるのを探知装置で感知していた。ただ、それが何であるか特定できないし、遠くからのコントロールなのでその障害物を排除する動きがただでさえ鈍くなっているのだ。
「あれは……」
と、ウル・ガルが言った。
彼の眼には半透明の翼を持った昔ながらのダルシア人が機動兵器の動きを止めている姿が映じたのだ。それは普通見えることのないものだった。魔術師とは言え、今は心を入れ替えてあくどいことはしていない。それにレギオンや銀の月から新しい魔法の呪文を授けられているから見えるのだ。
「何か見えるのか?」
ナッシュガルが催促した。
そこへ、要塞司令室から姿を消した通信員とブレイス少佐とアルネ・カルネを連れ去った魔術師がやってきた。
「おい、こっちは危ないぞ!」
と、フェーラリスは言った。
通信員は無言でフェーラリスに近付いて来て、突然リュイ・ジーンを奪い取ろうとした。
「何をする!」
危ないところで、フェーラリスはリュイを守って言った。
「その子供を寄越せ!」
「何だ、何を言っているんだ?」
と、ナッシュガルとウル・ガルが気づいて言った。
ウル・ガルはリュイ・ジーンを見て、機動兵器と戦っている半透明のダルシア人が誰なのかを知った。そして、すぐに守りの結界を機動兵器の周囲に張った。長くは持たないが、これで一応あれは身動きが取れなくなるはずだった。すると、半透明のダルシア人はウル・ガルを見て頷き、消えた。
「これは、どうしたことだ!」
と、通信員が驚いてウル・ガルを見た。魔法の呪文が使われたのをかぎつけたのである。そして、
「お前は、誰だ。元海賊のナルゼンの連中か?」
と、言った。
「それが、どうした?」
「魔術師なら、我々も同じだ。その子をこちらによこしてもらおうか」
「何だと?」
人間の姿をしたハイレン人の魔術師は、自分の力にかなりの自信があるようだった。彼らは老人だけではなく、二人とも魔術師であるのに対し、ウル・ガルの方は彼だけなのだ。
フェーラリスは何が何だかわからなかった。しかし、彼はリュイ・ジーンを守るためについて来たのである。
「お前にこの子は渡すわけにはいかない」
「ほう、ただの人間の癖に、我々魔術師に手向かう気か?」
「何だと……」
後から来た二人の内一人は要塞の士官の服を着ていた。
「お前は、新世紀共和国から来たのではないか?それなら、魔術師のはずはあるまい」
と、フェーラリスはあてずっぽうで言った。
「で、お前はどこから来たのだ?」
そう言われ、フェーラリスは言葉に詰まった。銀河帝国から来たと言ってはまずい気がしたのだ。
「彼は我々と同じタレス人だ。お前こそ、この要塞の者ではあるまい。魔術師と言うからには……」
と、ロルサム・アキムンが言った。
彼はリュイ・ジーンの嘘に気づいていたが、それを黙っていた。理由はわからないが、リュイ・ジーン本人がタレス人だと言ったのである。
「お前たち、そんなことを言っている場合か?あの機動兵器は何をするかわからんのだぞ」
と、老人が言った。
もちろん、ウル・ガルには老人の目くらましは効かなかった。
「なぜ、あなたがここに居るのですか?ハイレン連邦のバルーンガ議長」
「ハイレン人だと?」
「そのようなこと、どうでもいいだろう。あの機動兵器はどうするつもりだ?」
「あの機動兵器は大丈夫です」
ウル・ガルの掛けた呪文で機動兵器の動きは止まっていた。
「だが、いつまでおまえの魔法の呪文が効くかな?あの機動兵器のパワーに魔法の呪文が勝てるだろうか?」
と、老人は疑わし気に言った。
「あなたは、ここで何がしたいのです」
ここにハイレン連邦のバルーンガ議長がいるということは、何か企んでいるということだとフェーラリス以外の者にはわかった。それほどハイレン連邦の良くない噂はジル星団でも有名だったのだ。
「お前たちは何か勘違いをしているのではないか?」
「そうでしょうか?あなたのいた貴賓室はここからかなり離れているはずです。それにそこに居れば、何の危険もないでしょう。そのあなたがここに居る理由を聞きたいものです」
と、ロルサム・アキムンが問いただした。
341.
公園の中で騒いでいる連中は、すでに『レギオンの城』の目に見えない門の前に来ていた。
「お前たちは知るまい。このヘイダール要塞のある場所には遥か昔からあのガンダルフの五大魔法使いの一人『大賢者』レギオンと呼ばれる魔法使いの城、『レギオンの城』があったのだ」
と、ハイレン連邦のバルーンガ議長は言った。
「その伝説なら魔術師は皆知っている。だが、有ったと言うのは遠い昔の話だ。それにその城に入れた者はいないと聞いている」
と、ウル・ガルは言った。
ウル・ガルもナッシュガルも『レギオンの城』のことは、かつてのアゼル・ルマリアであったバルザス提督から聞いて知っていた。しかし、『レギオンの城』はないことにしておけとダールマン提督――レギオンに固く口止めされているのだ。その名は知らなくても、グーザ帝国の艦隊がヘイダール要塞を襲撃した時に、彼も目の前の通信員も、そしてタレス人たちも一度はそこへ行っているのだった。
「その城があるのだ。今でも存在しているのだ。ここにな……」
おそらくハイレン人達は、あの時行ったあそこが『レギオンの城』だと気づいたのだ。それでなければ、こんなことまではしないだろう、とウル・ガルは思った。
「ハイレン連邦の議長はその城に用があるのですか?」
と、ロルサム・アキムンが聞いた。彼の知っている『レギオンの城』とは昔の伝説に過ぎなかった。自分が行ったことがあるとは少しも気づいていなかった。
ブレイス少佐はアルネ・ユウキ――ガンダルフの五大魔法使いの一人であるエルレーンのエリンが大きな竜と話しているのを見ていた。こんな竜が本当にいるのだろうか、と疑いを持ちながらも目の前のことを否定することはできなかった。
(私を見ている者がいるようだな)
と、その竜は言った。
「ふうん。あなたには見えるのね」
と、アルネ・ユウキが声に出して言った。
「わ、私は、いえなぜ見えるのかわからない。でも、その竜は本当に存在しているの?」
「幻覚か何かと思っているの?でも、この竜は本物よ。そして、私を守ってくれているものであり、私自身でもあるの」
「あなた自身?どういうことかわからないわ」
「この竜は所謂、サラマンダーと言われるもので、火や炎の精霊を司る竜なの。私は火や炎を操るのが得意なのよ」
「だから、この部屋が火に包まれても驚かなかったのね。でも、私はあなたとは違うわ。それなのに、どうして何ともないのかしら」
部屋が炎に包まれているというのに、ブレイス少佐は熱さも感じなかったし、やけども負っていない。
「それは、この竜は非常に力が強いために、私の近くの者達にもその力を割くことができるの。友人とか親兄弟姉妹とかね。それだけではんくて、私が大事に思っている人も守ってくれるというわけ」
「それって、私のことも?」
「ええ」
ブレイス少佐は不思議な気がした。先ほど初めて会ったと言うのに、どうしてそんな風に思えるのだろうか。
「そうね。あなたと会うのは、たぶん初めてでしょうけれど、昔どこかで会ったことがあるのかも知れないわ」
「昔?つまり私がガンダルフに居たと言うこと?」
「そうでもないわ。私にはアルフ族にも知り合いがたくさんいるから。ロル星団の惑星ゼンダだったかしら、あなたの出身は。それなら、アルフ族は居なくなっても、その生まれ変わりはたくさんいると思うから」
「そうなの?」
魔法の事も霊のこともほとんど知識のないブレイス少佐には、アルネ・ユウキの話はよくわからなかった。だが、それよりももっと驚くべきことが起きた。
それはもう一体の竜が突然現れたのである。しかも白い竜だった。サラマンダーだと言う竜は赤黒い色をしている。
(久しぶりだな……)
と、その白い竜はTPでサラマンダーに伝えた。
(おお、これはマルガルナスではないか。久しいのう、私は随分長いことダルシアから離れていたからな。しかし、ダルシアではないここでお前に会うとは、ここで何をしているのだ?)
(少々、お前の力を借りたいのだ)
(私の手を借りたい?お前がか?あのマルガルナスとも思えぬ言いようではないか)
(已むを得ぬのだ。私は今、人間族の小さな娘でしかない)
(ほう、お前が人間族になったと言うのか。どういう心境の変化だ?)
かつては、人間に生まれるということを非常に嫌がっていたという記憶がサラマンダーにはあった。長いこと離れていて、考えが変わったのだろうかと不思議そうに感じていた。
(そのようなことを言っている暇はない。ハイレン人が来て色々悪さを仕掛けているのだ。それに、未だ自分が何者かもわからぬ人間族に生まれたダルシアの者もいる。私は、そうした者達を守らねばならぬのだ)
その責任感や義務感は昔通りだ、とサラマンダーはおかしく思った。
(それは大変そうだ。だが、……)
「私のサラマンダー、今は彼女を助けてあげてくれない?」
と、アルネ・ユウキは言った。
(何だと?なぜ、関係のないお前がそのようなことを言うのだ?)
「彼女がとても困っているようだから。それに、このヘイダール要塞を守ることは重要なことよ。ここにはお兄様の城があることだし……」
(それなら、レギオンがやればよいではないか)
「そうはいかないわ。まだ、お兄様はレギオンに戻って余り日が経っていないもの。本来なら私が行くところだけれど、条件は私だって同じだから。大して役に立てないわ」
(わかった、仕方あるまい。だが、これきりだぞ)
と、サラマンダーは念を押した。
「わかっているわ」
(エリン、お前の協力に礼を言おう)
「いいえ、どういたしまして、こちらは大丈夫だから、早く行ってあげて」
すると、二体の竜はジャンプして姿を消した。
「あ、あの、あとから来たあの竜は何だったの?」
と、ブレイス少佐が聞いた。アルネ・ユウキの言葉は聞こえたが、彼女にはTPでの会話は聞こえなかったのだ。
「あれは、マルガルナス、もちろんダルシア人よ。彼女はあなたの知っているアリュセアの娘なの」
「え?あの三人の娘さんのこと?」
「そう。たぶん一番下の娘かな?」
「彼女がダルシア人だったということ?」
「そう。以前はね。昔は人間族には死んでも生まれたくないと言っていた竜なの。だから、サラマンダーがいやそうにしていたでしょう?」
と言って、アルネ・ユウキは声を出さずに笑った。
アルネ・ユウキのサラマンダーはもう何千万年も前に人間に興味を持ち、ガンダルフの人間として生まれたダルシア人なのだった。当時はすでにダルシアにおいて、いずれ人口の減少でダルシアは滅亡することが予想できていた。竜の姿の異星人はジル星団には他に居なかったので、ダルシア人は人間族かそれでなければ他の種族として生まれ変わることを考えていた。
だが、竜の姿であったのに急に人間に替わるというのは、多くの他のダルシア人にとってなかなか心を決めることが難しかった。それに竜の姿に執着する者も多かった。人間と竜とでは肉体をとって見ても、その大きさや能力にあまりにも違いがある。そのため人間に替わる前の段階として人間と竜との間になるようなものを試しに造ってみた。それが竜族、ナンヴァル人とゼノン人の始まりである。最初は経過種族として作ったのが、いざ生まれてみると彼らはそれぞれ自分たちの国を造り始めた。
人間族よりも体格が大きく、それに筋肉が強かったので、彼らは自分たちの方が人間よりも優秀だと思い始め、人間とは別の文化文明を造ったのだ。我欲の強いダルシア人はゼノン人となり、ある程度信仰心のある大人しい性質の者はナンヴァル人となった。それが二つの国の性格となり、前者はゼノン帝国を建設し後者はナンヴァル連邦を建設した。
ただ本家本元のダルシア人は歳月が過ぎるにつれ、竜族を経ないで直接人間に生まれてくることを考える者たちが増えて行った。彼らは惑星ガンダルフやハイレン連邦のような古くからある文明に生まれるよりも、ジル星団の新しい文明を造る人間に生まれることを望んだ者が多かった。そしてその若い文明が宇宙文明に達したころ、ダルシア人達はその文明に生まれて来たのだ。それが、タレス連邦である。
もちろん、他の場所にも生まれていた。数は少なかったが、ふたご銀河のもう一つの星団ロル星団にもダルシア人は生まれることを望んだ者もいた。銀河帝国と新世紀共和国である。
フェーラリス・ジェグドラントは口をわななかせて、やっとのことで言った。
「り、竜だ!」
タレス人やハイレン人の魔術師はその声にやっと何が起きたのか気づいた。
公園の中に現れたのは、昔ながらの黒い肌のダルシア人だった。今度は半透明ではない、本当の肉体を持ったダルシア人だった。大きさはあのグーザ帝国の機動兵器と同じくらいある。
「いい加減にするがいい。魔術師よ、ここで同じ仲間同士で戦うことは止めるのだ」
と、竜が人間の言葉で言った。その声は、公園中に響き渡った。
「こ、これは何が起きたのだ?」
ロルサム・アキムンは竜を見て、恐れるよりも不思議な懐かしさを感じていた。だが、ハイレン人達は一様に非常に恐れていた。ナッシュガルとウル・ガルはあまり恐れてはいなかったが、警戒は解かなかった。
「確か、ダルシア人は滅びたはずではなかったか?」
と、ナッシュガルは言った。
「そうだ。だが、必要とあればこうして出てくることは可能なのだ」
と、竜が言った。
「いったい何の用なのだ。今更、ダルシア人よ!」
と、ハイレン人の老人が言った。
そう、今更往年のダルシア人が出て来たとして、何が変わるのだ、とハイレン連邦のバルーンガ議長は言いたかったのだ。ハイレン人はダルシア人と同じく滅びようとしている。いやもう滅ぶのだ。何をしてももう遅いのだから。
「ハイレン人よ。お前たちは何をしているのだ?すでに、お前たちの文明が滅びることはわかっていたはずだ。なぜ、ここへやってきた?」
と、竜は言った。
「お前たちに何がわかる。元々我々の文明を滅ぼす元を造ったのはお前たちダルシア人ではないか」
「そうだろうか。お前たちだけではあるまい。古い文明の国々は皆同じだった。少なくとも、他の国の方が大きな被害を受けたのではないか?」
「他の国のことはいざ知らず、我がハイレンではお前たちの所為で、人口が減り文明が衰退した」
「そうだろうか?それは単に、お前たちの文明実験の失敗ではないのか?それを我々ダルシア人の所為にするから衰亡を早めたのではないのか?」
「うるさい。どちらにしろハイレンはもう終わりに来ている。純粋なハイレン人はもうほとんどいない」
ハイレン連邦のバルーンガ議長はやけになって叫んでいた。これまでの偽装をかなぐり捨てていた。
「ハイレン人の形態を捨てて、人間族の姿を選んだのはお前たちであろう。その方が頑健な肉体だと喜んでなっていたのではないか?」
確かに最初はそうだった。そのため、ハイレン連邦では純粋なハイレン人と人間族の姿を取ったハイレン人とに分かれ、前者が上位者、後者が下位者とみなされるようになった。下位者であるハイレン人は単に労働者や召使として使われるだけなので、一層母国を去る者が後を絶たなくなったのだ。一時は下位者である人間族の姿を取ったハイレン人によって、かなり文明が進展したように見えたが、上位者と下位者の差別が大きくなり、母星を出ることを禁じても、それは役に立たなかった。
「ハイレンの姿を捨てる奴らなど、すでにハイレン人ではない」
「だが、ほとんどの者がそれを選んで、新世紀共和国へと行ったのではないか?」
「連中はもうハイレン人ではない。ただの新世紀共和国の人間になったのだ」
「だが、こうしてお前に協力している者もいるのではないか?その者達にも同じことを言うのか?」
「私に協力しているのは、私の部下だ。彼らは信用できる」
だが、ハイレン連邦の議長の言葉には一瞬の揺らぎがあった。それは彼の本心を象徴しているように聞いている者には思えた。
「で、いったい何をしようと言うのか?」
と、竜は聞いた。
「レギオンの城にあると伝えられる、再生の呪文を得たいのだ」
「再生の呪文?そんなものを何に使うのだ」
「ハイレン連邦の再興をするのだ」
「それは、不可能だ」
「なぜだ?」
「魔法というのは、何でもできるわけではないのは知っているだろう。たとえ、再生の呪文を得たとしても、肝心のハイレン人はもういないのではないのか?」
「ハイレン人の姿が再生できれば、ハイレン連邦は再興するはずだ!」
「愚かな!私が言っているのは、ハイレン人の魂がもうあの星にはいなくなっているということだ」
「そんなことはない。確かにハイレン人の子孫を作る遺伝子を持つ肉体はもう、母星にはない。だが、再生の呪文はその遺伝子を再生させることが可能なはずだ」
「子孫を作る遺伝子があっても、ハイレン人に生まれたいと思っている魂が居ないと言っているのだ」
「そんなはずはない。我々純粋なハイレン人はどの種族よりも優秀である。そのハイレン人に生まれたいと思わぬ者はないはずだ」
ハイレン人が子孫を作れなくなったのは、現実に卵子を持つ女性がいなくなってしまったからである。男性よりも女性が非常に強かったダルシア人とは違って、ハイレン人は女性が男性よりも弱く、他の文明よりも女性を差別する習慣があったからである。そのため早く女性がいなくなってしまった。その所為で子孫を作ることができなくなったのだ。
科学技術の発達で人口授精やクローンを作ることが可能であったが、どちらも本来のハイレン人ではないと排斥し差別をしたため止めてしまった。せっかくの科学技術の発達も肝心のハイレン人の考えが少しも変わらなかったので、役に立たなかったのだ。
レギオンの城にあると伝えられた再生の魔法は、女性のハイレン人を造るために必要だったのである。ハイレンの実験室に残された卵子の細胞を再生させ、再びハイレン人の肉体を造ることが目的だった。もうそれでしかハイレン文明の再興はできないとバルーンガ議長は考えていた。
342.
要塞司令室では、公園に逃げたタレス人やハイレン人達の様子をスクリーンで見ていた。
「さて、私も行って来るか……」
と、ダールマン提督――レギオンが言った。
「どこへ行くんです?まさか、あそこへ行くんですか?」
と、ダズ・アルグが聞いた。
「さすがにダルシアのマルガルナスでもあのハイレン人の老人を説得するのは難しかろう」
「いえ、そうではなく、あの機動兵器のことはどうしますか?」
ダズ・アルグ提督にとってはハイレン人の企みよりも、要塞の安全を脅かすグーザ帝国の機動兵器の方が重要だった。
「それは、司令官代理に任せる。あれは魔法の呪文で一時動けなくしただけだ。だからそれほど持つまい」
「了解した。だが、グーザ帝国艦隊の方はリドスの艦隊が当たると言っていたようだが……」
その時、司令室にブレイス少佐とアルネ・ユウキが魔法でジャンプして戻って来た。
「リドスの艦隊への連絡は私がします。司令官代理」
と、アルネ・ユウキが言った。
「ブレイス少佐、無事だったのだね」
と、ディポック提督が言った。
「ご心配をお掛けしました。私は大丈夫です」
司令室のスクリーンから見た映像は、彼らの居た部屋が炎で包まれ丸焼けになったように見えた。それが、軍服が焼けた跡もなく、涼しい顔をして戻って来たのだ。これは、あとで話を聞かなければ、とダズ・アルグ提督は思った。
「では、行って来る」
と、ダールマン提督は言った。
公園では巨大な竜とハイレン人の老人との話が続いていた。
「ハイレン人よ、お前たちが滅びようとしていることは随分前から警告していたではないか。それなのに、お前たちはそれを真摯に受け取ることをしなかった。我々がお前たちを騙し、罠に掛けようとしているかのように思い込んだのは、愚かなことだったのだ」
「黙れ!お前に何が分かる。ふたご銀河最強の種族と言われたダルシア人などに、我々の苦悩が分かるものか!」
「そう、それ、その苦悩とやらが単なる妄想に過ぎないということだ。第一、これまでお前たちの国を侵略しようとして軍を勧めた種族がこれまでいたか?いなかったのではないか?」
「そ、そんなことはない。昔は、そうだ昔はお前たちも我々を食べようとしてやって来たではないか?」
「お前たちの歴史にわずかに残る程度のことだ。それに、そのためにお前たちが滅びたわけではあるまい。ともかく、ハイレン連邦が終わりを迎えると言うことを認めるのだな……」
そこへダールマン提督――ガンダルフの五大魔法使い『大賢者』レギオンが現れた。
「ダルシアのマルガルナスよ、ハイレン人のこの老人はそのようなことでは納得するまい」
「ほう、レギオンか。ではお前ならできると言うのか?」
「それはわからぬが、やってみよう」
ハイレン連邦の魔法議会の議長バルーンガと名乗ったハイレン人は、突然やって来たレギオンに驚いていた。
「こんなところに、何しに来たのだ」
「お前が何をしに来たのか、ずっと考えていた。最初から我が再生の魔法の呪文が欲しいと正直に言えばよかったではないか。それが欲しくて、このようなことを引き起こしたのか?」
「正直に言ったなら、教えてくれたのだろうか?」
「教えてやったかもしれない。だが、再生の魔法の呪文があったとしても、もうハイレン人が再び増えることはないだろう」
「なぜだ?」
「ダルシア人のマルガルナスが言っていたではないか。ハイレン人として生まれる者がもういないのだ、と」
「それはどういうことだ?」
「ハイレン人になる魅力がないということだ。考えてみれば分かることだ。お前たちはジル星団で何と言われている?ほら吹き、嘘つき、裏切りの種族と言われているのだろう。そんな種族に生まれてどうするというのだ?ただ、恥じ入るだけではないか」
「そ、それは、我々があまりにも弱いからだ。弱いから他に生きようがなかったのだ」
「そうだろうか?」
弱いからそのような生き方を肯定するというのは、他の種族では恥と思うことだ。だが、ハイレン人にはそのような考えは浮かばなかったのだ。どんな方法を使っても生き延びる、それが彼らの正義なのだった。ただ、他の種族から見ると、それは非常に迷惑なことだった。一惑星上にいるだけなら別に構わないのだが、宇宙文明に達し、他の種族と交易などを行うに際して、それは障害にしかならないことだった。
困ったことに、ハイレン人にはそこのところが理解できないのだった。
「そこの魔術師に聞いたのではないか?ここにわが城の門があることを。その門をお前は見ることが出来るか?」
司令室に居た通信員がハイレン人の傍にいることを見て、ダールマン提督――レギオンは言った。
「そんなことは、我々を謀るための嘘に過ぎぬことはわかっている」
「だから、お前は愚かだと言うのだ。ここにわが城の門があるのは事実だ。ただ、お前には見えないだけなのだ。ただし、わが城の門が見えぬ者は、我が城に入ることはできぬ。それは変えられぬルールだ」
ハイレン連邦のバルーンガ議長はキョロキョロとあたりを見回した。
「そんなものは有りはしない。最初からないのだろう」
と、彼は言うと、渾身の力を込めてある呪文を唱えた。
ズンッと公園の大地が震えた。機動兵器を縛っていた呪文が解けたのだ。
「何をした!」
ウル・ガルが叫んだ。まさか自分の呪文が解かれるとは思わなかったのだ。
だが、すでに司令室ではその状況を見てクルム司令官代理が命じた。
「あの機動兵器を要塞の外へ転送しろ!」
もっと早くしてもよかったのだが、ダールマン提督がなぜかそれを押しとどめていたのだ。それはハイレン人が何を意図してやって来たのかを見極めるためだったのだ。だが、もうそれは分かったので、すみやかに機動兵器を排除するのを止めるものは何もない。
「要塞のエネルギー砲で、あの機動兵器を破壊しろ!」
要塞の外、宇宙空間に浮かんでいるグーザ帝国の二体の機動兵器は、要塞からの攻撃で完全に破壊されたかと思われた。だが、エネルギー砲が機動兵器に当たっても、機動兵器は破壊されなかった。眩しい光が生じただけだった。
「これは、どうしたことだ?」
クルム司令官代理は思わず言った。
近くにグーザ帝国の艦隊が来ているはずだった。この状況を見れば、すぐに回収しにくるだろう。
転送装置が作動する瞬間、発する光が見えた。
「な、何だ?」
最初は何が起きたのかわからなかった。だが、何の衝撃も音もしなくなったので、皆が機動兵器の有った辺りを見た。そこにはもう何もなかった。
「この要塞は、誰が造ったのだ?あの銀河帝国がこのような技術を持っているはずがない」
と、バルーンガ議長は言った。
「当たり前だ。この要塞の建設には我々が関与している」
「そうやって、奴らには色々と援助をしているのか。なぜ我々に何もしなかったのだ?」
「お前たちは我々の話を聞かなかったではないか。援助を拒んだのはお前たちではないか」
「そうだ。我々はお前たちを信じることが出来なかった。だが、なぜ信じられるのか?お前たちは異種族ではないか?同じハイレン人でさえ、信用できぬものをどうしてお前たちを信用できるのだ」
「それは、お前たちの問題だ。例え敵対していても、信用することができるものだ。我々とダルシア人のように。昔の彼らはそれはひどいことをしたものだ。だが、あれから長い時を経て、彼らダルシア人は変わったではないか」
「我々は変わらないというのか?」
「いや、変わりたくないのだろう。だったら、滅びることもそれは自業自得と言うモノだ。他の者の所為にすることはあるまい」
「それは、あまりにもひどい物言いではないか。我々はまだあの惑星に住んでいるのだ」
「もう、大した数ではあるまい。ほとんど仲間割れで死んで行ったことは聞いている」
「ふん。それも我々の性だと言いたいのだろう」
と、自重気味にバルーンガ議長が言った。
リュイが目を覚ました。機動兵器が居なくなったので、竜でいる必要がなくなったからだ。
「リュイ、大丈夫か?」
と、フェーラリス・ジェグドラントが心配そうに言った。
「大丈夫。それより、おじさん、見える?あそこに何があるか?」
「あそこ?」
フェーラリスは目を凝らして、リュイの言った方を見た。
そこに、大きな門があるのが見えた。
「門があるように見えるが、あれは何だ?」
リュイはくすっと笑って、同じ方向を見た。フェーラリスには見えるのだ、あの門が。
フェーラリスの声に、それが聞こえた者たちが同じ方向を見た。
「本当だ、門がある」
と、ロルサム・アキムンは言った。
「どこだ?」
と、ハイレン人の魔術師は言った。彼らにはその門は見えないのだ。
他のタレス人たちにもその門は見えるようだった。だが、ハイレン人には見えないようだった。
「本当にあるのか、レギオンの城の門が……」
と、バルーンガ議長は言った。
だが、その門が見えた者達でもその門はずっと見えることはなかった。
「あれ?急に見えなくなった。どうしたんだ?」
と、フェーラリスが驚いて言った。
レギオンの城の門が見えたのは、この場所にレギオン自身が立っていたからである。普段は見えなくても、レギオンがいることで他の者も少しの間、見えるようになるのだ。ただし、非常に心が良くない場合にはレギオンと共にいたとしても、見ることはできない。それが『レギオンの城』の門なのだった。




