ダルシア帝国の継承者
337.
タレス連邦から来た亡命者は、ほとんどがタレス人の特殊能力者だった。
彼らは一般市民の中の特殊能力者であったので、その能力をどのように使うかと言うことについては、あまり考えたことがなかった。普通の市民のように職業について働いていたのであって、特殊能力を使って働いていたわけではない。
特殊能力者の内、特にその能力が強い者はタレスの政府機関によっては発見されて連れ去られ、一定の成果を出せるまで訓練を受けた。だが、一般市民の間に生活していた者達は、それほど強い力を持つわけではなく、それに訓練を受けたわけでもないので、どれだけの能力であるかも本人は知らない場合が多かった。
タリア・トンブンは実は政府機関によって発見され、連れ去られた一人だった。しかし、訓練してもそれほど成果が出なかったので、使えないとして半ば放り出されたのだった。だが、政府機関の中で自分と同じ能力者が不自由な境遇にいることを知り、何とかしたいと思うようになったのだ。
ただ、彼女の能力はTPでもそれほどではなかった。念力など色々な能力はあったものの、TPと同じく力としては使えるものではなかった。と言ってもそれは政府機関で働く場合の基準に過ぎない。少なくとも、政府機関の特殊能力者をその束縛から解放し、逃亡させるには十分だった。
それが今では、訓練したわけでもないのに、自分の力が以前よりもかなり強力になっていることにタリアは気づいていた。しかしそれは、タリアの力と言うよりも、彼女が以前ダルシア人だった時の力らしいということが分かって来た。
ダルシア人というのは、ジル星団において最古で最強の種族だった。その姿も翼を持った竜、ドラゴンだった。しかもその文明は高度に発達していた。ジル星団で最初に宇宙船を持った文明まで到達したのは、ダルシア人である。
その社会は実力主義の弱肉強食がすべてだった。人間から見れば非常に残忍で、血も涙もない社会だった。ダルシア人には人間のように家族などというモノはなく、一人一人が独立独歩だった。敵対した場合は、実力を持ってその正しさを証明するのが当然の社会なのだった。
その上、ダルシア人は肉食が常態だった。弱い者は食べられると言う社会である。負けた者も食べられた。その食料の項目には人間も入っていた。
ダルシア人の大きさは、一般に人間族の住む惑星にある大樹の数倍から十倍だった。その大きさゆえに、食べる量も多く、宇宙文明に達したダルシア人による食料の獲得で、絶滅した種族も多くあった。
そのダルシア人が今や絶滅したと言うのが、現代の様相である。もっともダルシア人は滅ぼされたのではなく、次第に人口が減少して、滅びて行ったのであった。
竜の姿をしたダルシア人は滅びたが、実は他の種族に生まれ変わっていたというのが真相だった。これまでは、ゼノン人やナンヴァル人として生まれることを選んでいた。彼らは竜ではないが、一部竜だった頃の姿を残していた。それで彼らは自分たちを竜族だと称して誇りに思っていた。この竜だったダルシア人は現代においては、竜族ではなく、人間族に生まれ変わっていたのだ。その人間族の一つがタレス人である。
惑星連盟の審判によって、タリア・トンブンはそのダルシア人の国、ダルシア帝国の継承者となることが認められた。そして、彼女はダルシア帝国の母星に行き、そこでもダルシア帝国の継承者として、認められたのである。彼女は元、つまり過去世においてはダルシア人だったと言うことがその理由である。その時の名が『アプシンクス』と言うのだ。
(グーザ帝国の機動兵器がそちらへ向かっている。できるだけ、皆を避難させて)
と、TPでタリアは仲間に連絡した。
(了解)
返事をしたのは、仲間の一人ロルサム・アキムンだった。彼は、次の仲間へTPで連絡し、次々にタレス人へと伝わって行った。その連絡網はすでに作られていたのだ。そのため彼らはいち早く避難することができた。もちろん、TPのない、元新世紀共和国の民間人にもそれは口伝てで伝えられた。
人々はすぐに避難を開始した。商業地区にはタレス人だけではなく、元新世紀共和国の市民たちもいた。
「何だ?何が起きているんだ?」
と、人々は不安そうに口々に叫んでいた。
「グーザ帝国の機動兵器が動いているんだ」
と、タレス人が言った。
「何だって!グーザ帝国が襲撃してきたのか?」
もしそうなら、逃げても無駄だからだ。この要塞の中ではどこに逃げてもいずれは捕まる。それに、要塞が破壊されれば、どうにもならない。
「いや、奴らが置いて行った機動兵器が二体動き始めたんだ」
「どうしてだ?」
「多分、外からコントロールしているんだ」
「なら、どこへ逃げればいい」
「ともかく、俺たちの行く方へ付いて来てくれ!」
と、タレス人は言った。
「司令室の連中は何をしているんだ?」
「我々に避難するように言っている」
「そんな放送など聞こえないぞ」
「当たり前だ。あの機動兵器があちこち壊しまくっているじゃないか!」
通路から商業地区に入って来た機動兵器は、次々に建物に腕のエネルギー砲を放った。商業地区は早くも炎に包まれて行った。その時にはほとんどの者たちが避難を始めていた。
二体の機動兵器はそこら中の建物にエネルギー砲を当てていた。残った数人の者達はその機動兵器から逃げるように動いて行った。
(だんだん、炎が近づいてくる)
と、ロルサム・アキムンはTPでタリアに連絡してきた。彼は人々が避難を終えるのを確認するために、最後まで残っていたのである。
(わかったわ。ちょっと待って……)
と、タリアはTPを切って、今度は口で話し出した。
「機動兵器が要塞の商業地区で暴れている。市民はタレス人が避難誘導しているけれど、だんだん追い詰められているわ。どうすればいい?」
「商業地区?すると、燃えるものがたくさんあるわけだな」
「要塞には自動消火装置があるはずですが……」
と、グリンが言った。
要塞でなくとも火事になった時のために、自動消火設備があるのが普通である。
「おそらく、ハイレン人の魔術師によって自動消火設備が動かないようにされているのだろう」
「要塞内でも転送装置は使えるはずだな」
と、クルム司令官代理は言った。後はそれしかない、と考えて行った。
「ただ、市民の中に紛れ込んでいる魔術師も移動させてしまうので、移動だけでは新たな危険が増します」
と、バルザス提督――銀の月が言った。
「仕方がない。リュイ・ジーンに頼もう」
と、ダールマン提督――レギオンは言った。
「リュイ・ジーン?アリュセアの娘か?しかし、あまりにも危険ではないか?」
「彼女はダルシア人のマルガルナスでもある。彼女ならその場にあったよい解決策を考えてくれるだろう」
ダルシア人のマルガルナスは、ダルシア帝国の稀代の宰相と言われた人物である。その卓抜した知恵は、多くの難題を解決したものだ。だから、このようなことは大丈夫だろう、とダールマン提督は考えた。ただ、現在のマルガルナスは小さな少女だというのが、少々心配だった。
「リュイ、頼めるか?」
と、スクリーンに出たリュイ・ジーンにダールマン提督が言った。
「私は構わない。ただ、姉たちが心配して私を出してくれない」
リュイの後ろから、姉のリゼラとアリンが怒ったような顔をして立っているのが見えた。
「おじさん、あんまりだわ。リュイは一番下なのよ」
と、長女のリゼラが言った。
「今、要塞が危険なことになっている。外からの攻撃ではなく、中から攻撃されているのだ。だから、リュイの力を貸してほしいのだよ」
「でも……」
「そうだ。リュイはフェーラリスおじさんと仲がよかったな。彼と一緒なら、どうだろう?」
「フェーラリス?ジェグドラント男爵のところのおじさんのこと?」
「そうだ」
「あの人は、あまり頼りになりそうには思えないわ」
「他に人がいないんだ。頼む」
「わ、わかったわ」
しぶしぶリゼラが承知した。
ジェグドラント男爵家では、突然の話に驚いた。まだグーザ帝国の機動兵器が動き出したという情報はここまで来ていなかったのだ。
「それで、ベルンハルトその機動兵器とやらを、破壊するためにリュイ・ジーンとフェーラリスをやるのか?」
と、ジェグドラント男爵が聞いた。
「いえ、市民たちを破壊活動から守るために行ってもらうのです」
と、スクリーンに映じた司令室のベルンハルト・バルザス提督――銀の月が言った。
「リュイは確かに、大変な力を持っていることは認めるが、フェーラリスはどうだろうか?」
「兄上、そのくらいのことはわたしにだってできます」
と、フェーラリス・ジェグドラントは力強く言った。とは言うものの、本当は何が起きているのか知らないから言えたのだ。何しろ彼は軍人ではない。武器さえ手にしたことがないのだ。そのような危険な場に遭遇したこともない。
338.
リュイ・ジーンとフェーラリス・ジェグドラントが要塞の商業地区に入ったのは、もうもうと煙と炎が立ち込めた場所だった。銀の月によって障害になっていた魔法を解き、商業地区ではようやく煙の排気装置と消火装置が作動するようになっていたが、あまりにも煙と炎が強いので、とても間に合わないのだった。
「こ、ここは、何が起きているんだ?」
「だから、あの機動兵器がこの地区を破壊しているのよ」
「そんなこと聞いてない」
「聞いていたわよ。ただ、ここの状況があなたに想像できなかっただけでしょう?」
「私では、なにもできない」
「そんなことわかっているわ。ちょっと、黙っていてくれない」
リュイ・ジーンは煙と炎の中を透視してみた。もし、そこに民間人が残っていたら、危険だと思ったのだ。いないのなら、あの機動兵器の動きを止めるか、止められないなら遅くする方法を考えて、人々があの機動兵器の来ない場所まで避難する時間を稼ぐつもりだった。
「避難はちゃんとできたみたいね。さて、どうしますか……」
と、行っている時、慌ただしくやって来た者がいた。
「ここで、何をしているんだ?早く逃げないと、炎と煙にやられてしまうぞ!」
声の主を見ると、リュイの知らない人物だった。彼女はタレス人なら、大抵の者は記憶しているのだった。
「お前は誰だ?」
と、フェーラリス・ジェグドラントが聞いた。
「私は、新世紀共和国の商人、フォルラ・ドロスレイだ。今他の連中を避難させたところだ」
リュイはすぐに彼の心の中を覗いた。そして、彼が実はグーザ帝国の者だと言うことを知った。
「それで、おじさんはどうしてここに居るの?」
「私は、避難に遅れた者がいないか、見に来たのだ」
それは嘘だった。フォルラ・ドロスレイはあの機動兵器の破壊の様子を確認しに来たのだ。あまり破壊が大きくなると、ヘイダール要塞そのものに甚大な被害を及ぼす。そうなると、自分も危険になるのだ。それに、うまく機動兵器を要塞の外へ出す算段ができないかと考えていた。
「その小さな娘さんは、どうしたのだ?親御さんはいないのかな?」
と、かなり年寄りじみた声がした。
リュイは自身の記憶からそれがハイレン人であることはすぐにわかった。彼女には見た目を惑わす魔法の術は効かないのだ。ただ、フェーラリスやフォルラ・ドロスレイにはハイレン人が普通の元新世紀共和国の市民に見えるようだった。
「あの大きな兵器は何ですか?どこから来たのです?」
と、フェーラリスは何も知らずに聞いた。
「お前さんは、どこの者だね」
「おじさんは、ママの弟なの。タレス人よ」
ちょっと見た目では、タレス人と元新世紀共和国や銀河帝国の者との区別はつかない。リュイは慎重にハイレン人の心の中を覗きながら言った。
「ほう。では、早く逃げることだ」
「おじいさんは、逃げないの?」
「わしは、逃げ遅れた者がいないか見に来たのだよ」
「でも、もう誰もいないみたいだわ」
「そうだ、早くここから出よう」
と、フェーラリスは思い出したように言った。
「でも、私、忘れ物をしてしまったの。きっとあの炎の中だわ」
「お嬢ちゃん。もうそれは忘れることだ。炎の中では、何も残らないからね」
と、フォルラ・ドロスレイが言った。早くこの二人をここから離したいのだ。
「そうかしら。私の大事なものは、火の中でも大丈夫なように作られているの」
次第に炎と煙は減少しているようだった。それは煙の排気装置と火の消火装置が働いている所為だけではない。なぜか、炎の熱があまり感じられないのだ。
「ほら、だんだん火が弱まって来たみたい。大丈夫よ」
「だが、まだわからない。それにあの機動兵器がこちらに向かって来たら危険だ」
グーザ帝国の機動兵器はまだ炎と煙の中にいた。ただ、立っているだけに見えるのはもう破壊するものがないからだろうか。商業地区はまだすべて燃えたわけではない。火事になった時に備えて、商業地区の中でも隔壁が降りるようになっている。その隔壁の中だけが燃えたのだ。
「ちっ、……」
と、声を漏らすとフォルラ・ドロスレイは周囲を見回した。要塞の金属が非常に堅固なことに怒りと焦りを感じていた。何とかしないと、自分までまきこまれてしまうのだ。
「おかしい。この要塞は銀河帝国が建設したのだ。彼らはこれほど堅牢な金属を知っていたとは思えない」
と、老人が言った。
「では、何だと思うの?」
と、リュイが聞いた。
その時、老人は急に目を見張って、
「お前は、何者だ?」
と、低い声でリュイに言った。
「どうしたんです?」
と、フォルラ・ドロスレイが聞いた。
「いや、まさか……」
リュイ・ジーンはその問いに答えようとはしなかった。機動兵器の動きに気を取られていたからである。
機動兵器は再び動き出していた。その動きは先ほどよりは滑らかで、すばやかった。その上、機動兵器はリュイ達のいる方へ進んでいた。
「危ない。もうここを出よう」
と、フェーラリスが恐怖に駆られて言った。
「待って、御爺さんたちも行かないと危ないんじゃない?」
「いや、わしたちは……」
その時、機動兵器の一体がリュイ達のいる方へ腕を伸ばした。
「危ない!」
と、誰かが叫んだ。
機動兵器の動きが止まっていた。何かにぶつかったように止まったのだ。機動兵器の探知装置はそこに何かがあるのを示していた。しかし、その姿は目に見えるモノではなかった。遠くからコントロールしている者にとっては、非常に困った状況だった。
「何が起きたんだ?」
と、フェーラリスが言った。
リュイが近くで倒れていた。
「大丈夫か?」
と、急いでフェーラリスはリュイを抱き上げた。小さな体なので、非常に軽い。非力のフェーラリスでも大丈夫なのだ。
「お嬢ちゃんを連れて行った方がいい」
と、老人が言った。
だが、フェーラリスは機動兵器の方に気を取られていた。機動兵器の前に何かがあるようで、その動きが止まったのだ。
その姿は目に見えなかったが、機動兵器の前に現れたのは竜の姿をしたダルシア人だった。大きさは機動兵器と同じくらいかそれより少し大きかった。背には大きな翼があり、大きな尻尾がゆっくりとたなびくように動いていた。
機動兵器に一撃を与えたのは、そのダルシア人の尻尾だった。後ろから大きく弧を描いて機動兵器にぶつけたのだ。かなりの力が加えられたが、機動兵器は何とか持ちこたえ、倒れなかった。だが、物のぶつかる鈍い大きな音がした。
「何だ、あの音は?」
と、フォルラ・ドロスレイが言った。
ハイレン人の老人が鋭い目つきで音のしたあたりを見ていた。
機動兵器は腕を上げて、エネルギー砲を見えない竜めがけて撃った。機動兵器の探知装置には何かが前にあるのを知らせていたからだ。だが、見えない竜は逆にエネルギー砲のエネルギーを吸い取ってしまっていた。
「何をしているんです?」
と、ロルサム・アキムンが近づいて来て言った。
避難に遅れた者がいないか、彼は確認していたのである。
「いや、その……」
リュイを抱えたままのフェーラリスは困ったように言った。彼にも、リュイがどうなったかわからないのだ。
「それは、リュイじゃありませんか。どうしてこんなところに……」
「いや、何でもあの炎の中に、この子の大事なものがあると言うので、取に来たんだが……」
ロルサム・アキムンはフェーラリスの心を覗いて、驚いた。銀の月からの頼みでこの男はリュイとここにいるのだ。あの機動兵器からタレス人を何とか守ろうとしているのだと知った。
「と、ともかく、向こうへ逃げましょう」
「しかし、……」
「あちらは、要塞の中でも自然の公園風になっているので、人はいません。天井も高く、少しくらいあの機動兵器が暴れてもなんてこともないでしょう」
リュイを抱えたフェーラリスやフォルラ・ドロスレイ、ハイレン人の老人にロルサム・アキムンが商業地区の出口へと向かった。その向こうは彼の言った公園がある。
要塞司令室では、その様子をスクリーンで見ていた。
「自然公園内に入りました」
と、通信員が言った。
「リュイ・ジーンは大丈夫か?」
と、クルム司令官代理が言った。
「大丈夫です。それより、ハイレン人がいますね」
と、銀の月が言った。
「どこに?」
「あの老人だ」
「つまり、目くらましの魔法を掛けているということです」
「そうだ」
「しかし、あそこには確か『レギオンの城』の門があったのでは?大丈夫かな」
と、ディポック提督が他の者も当然知っていることだと思って言った。
すると、皆一斉にディポック提督を見た。誰もあの公園でそのようなものを見たことがないからである。
「そんなものが、あの公園内にありましたか?」
と、ダズ・アルグ提督が聞いた。
「え?他の人は見なかったかい?あそこに行くたびに随分大きな門だな、と思ったんだ。確か、最初にヘイダール要塞を攻略した時は、あのような門は公園にはなかった。門を見るようになったのは、そうだ、ダールマン提督が来てからだと思う」
「おそらく他の者では見えないのではないか。だが、どうしてディポック提督に見えたんだ?」
と、クルム司令官代理が言った。
「あの城の門は、見える者には見える。見えない者には存在しないのと同じだ」
「それは、見える者には城に入れるが、見えないものには城に入ることはできない、ということか?」
「そうだ」
それではディポック提督に『レギオンの城』の門が見える説明にはなっていない、とクルム司令官代理は思った。それに、ディポック提督は白魔法使いではない。魔法使いではなくても、あの門が見えるということなのだろうか。
それにディポック提督に城の門が見えるということは、彼なら『レギオンの城』にいつでも入れるということだ。
「そう言うことか、……」
と、ダールマン提督が突然言った。
「え?何のことです?」
「どうもおかしいと思っていた。ハイレン人のあの老人がなぜ、グーザ帝国の商人を知っているのか……」
「そう言えば、そうですね」
と、ダズ・アルグ提督が言った。そのことについては、司令室の者達は皆同じ思いだった。
フォルラ・ドロスレイについては、この司令室の中でしか話していない。それなのに、どうしてハイレン人がそれを知っていたのだろうかと、皆不審に思っていたのだ。
ダールマン提督は司令室常駐の通信員を見ていた。
「あの、何か私がしましたか?」
と、不安そうに通信員が言った。
「新世紀共和国にはかなりの数のハイレン人の魔術師が入り込んでいるようだな」
「何だって!」
一瞬、バチッと電気エネルギーが切れるような音がした。司令室の中が真っ暗になった。
「どうした?何が起きたんだ?」
「し、静かに!」
と、バルザス提督――銀の月らしい声がした。
次の瞬間、司令室が明るくなると、通信員が消えていた。
「奴が、ハイレン人の魔術師だったのか」
それは元新世紀共和国の者達にとっては驚愕する事実だった。誰もそのことに気づかなかったのだ。
339.
要塞の自然公園は、虫や鳥などの動物がいないことを覗けば、銀河帝国や元新世紀共和国にある自然公園と同じだった。様々な種類の林、大きな池、そしてその間を辿る小道など、本物のように作られていた。
その公園のほぼ中央には草原をイメージした野草のある空き地があった。林と林の間にあるその空き地は普段は民間人の小さな子供達が遊ぶのに使われていた。だが、今は誰もいない。
実はそこに『レギオンの城』の門があるのだ。
その空き地に、司令室から消えた通信員が忽然と現れた。彼は辺りを見回して人のいないことを確認すると、商業地区の入り口方面へ急いで走って行った。
商業地区への入り口は、まるで古代遺跡のような造りだった。長い石畳を歩いて行くと、両側に石の古い門柱があり、そこを行くと商業地区へ入ることが出来た。今そこは、商業地区から逃げて来た者達でごった返していた。
「機動兵器がこちらに来る。もっと向こうへ逃げるんだ!」
と、タレス人が叫んだ。
市民たちは一斉に公園の奥の方へ移動し始めた。
通信員は石畳の脇にある林の中へ急いで隠れた。タレス人たちが行ってしまうと、次にリュイ・ジーンを抱えたフェーラリス・ジェグドラントやロルサム・アキムン、そしてフォルラ・ドロスレイと老人が来た。
機動兵器はその後から、少し遅れてやって来た。リュイ・ジーンがダルシア人の霊体を半分実体化させて、タレス人たちの逃げる時間を稼いだのだ。
商業地区の入り口は横幅も広く、高さもかなりあったので、大きな機動兵器であっても何とか公園側に出られたのだ。
「まずい、このまま行ったら、我々の仲間のいる方へ来てしまう」
と、ロルサム・アキムンが言った。
「では、少し道を変えたらどうかな?」
と、老人が言った。
リュイ・ジーンはタレス人の身体から出て、ダルシア人マルガルナスの霊体と共にいた。リュイはまだ子供なので、完全に自分とマルガルナスの意識を分けられないのだ。どうしてもマルガルナスの意識に引きずられてしまうのだった。
マルガルナスはタレス人が要塞の公園地区の奥へ逃げて行くまで、機動兵器の行動を妨害していた。その後、公園内にジャンプした。そして同時に、
(あの機動兵器は遠くから操られているが、要塞から逃げようとしている。ただ、出口が分からないようだ)
と、司令室のタリア・トンブンに伝えた。
「あの機動兵器をどうするつもりなの?」
と、タリアは聞いた。あまり時間を掛けると、要塞内にいる民間人に被害が出そうなのだ。
「要塞内で処分するのは危険だ。例え外壁がダルシアン鋼であっても、人間が住んでいるのだ。場所によっては人間に被害が及ぶだろう」
と、ダールマン提督が言った。
「では、転送装置で外へ放り出して、主砲で破壊するか」
と、クルム司令官代理が言った。ハイレン人の考えも分かったし、様子見は終わりだということだ。
「しかし、あれはどうしますか?」
と、ダズ・アルグ提督は大スクリーンの中の小スクリーンに映じている、ブレイス少佐やアルネ・ユウキとハイレン人の魔術師を指さした。
「それについては、アルネ・ユウキに任せるのが一番だ」
「しかし、ブレイス少佐は大丈夫でしょうか?」
「人間一人くらいを守ることはできる力はある」
と、心配ないと言うようにダールマン提督は言った。
ブレイス少佐とアルネ・ユウキ――エルレーンのエリンは、元新世紀共和国の人間の姿をしたハイレン人の魔術師に要塞内のどこか別の部屋に連れて来られていた。
「隔壁を上げたそうだけれど、要求はそれだけなの?」
と、アルネ・ユウキは聞いた。
「ふん、すぐ次のことをさせる。お前は黙っていろ!」
おそらくこの魔術師はハイレン人の魔法議会議長バルーンガの命令を待っているのだ。
「大丈夫?」
と、アルネ・ユウキはブレイス少佐に聞いた。
「大丈夫です」
ヘイダール要塞に来て、妙な目に会うのはこれで何度目だろうか、とブレイス少佐は思った。これまで銀河帝国との戦いにおいてはこんな妙なことは起きなかった。あの戦いは宇宙艦隊同士の戦いであって、魔法は使われなかったからだ。何しろ、魔法なんてあるとは思ってもいない頃だった。
それが今は、魔法があると信じる以前に、魔法で様々なことが起きてくるようになってきた。これでは信じざるを得ないではないか。
「あなたって、気丈な人ね」
「どうしてです?」
「だって、あなたの生まれて育った社会というのは、魔法なんてなかったのでしょう?それなのに、目の前で魔法を使われて、パニックにならないなんて、私の方が驚いたわ」
「そんな、でも今回この要塞で魔法を使われるのを見るのは、これが初めてではありませんから」
「そう。それにしても、……」
と、アルネ・ユウキは魔術師に目を転じた。
この魔術師は自分が何をしようとしているのか、本当にわかっているのだろうか、とアルネ・ユウキは思った。
「あなた、魔術師になったのは、自分が望んでなったのではないと言ったわね」
「そうだ」
「それなら、私がガンダルフの魔法使いレギオンに、白魔法使いになれるように頼んであげてもいいわよ」
「本当か?いや、騙されないぞ、おまえも魔術師だろう!」
「魔術師?私は白魔法使いだわ」
「現代に白魔法使いなどはいない」
「いいえ、居るわ。ゼノン帝国にはいなくても、ナンヴァル連邦にはいる。それに他の古い国々にもまだ残っているわ。もちろん、惑星ガンダルフにもね」
「ハイレン連邦には、もう白魔法使いはいない。だから、他の国も同じだ」
「そんなこと、誰が言ったの?」
「もちろん、魔法議会の議長バルーンガだ」
ハイレン連邦では、魔法議会の議長が魔法や魔術師のすべてを牛耳っているのだ。だから、魔術師の誰もバルーンガ議長には逆らえない。バルーンガ議長はハイレン連邦で最大の魔法の呪文の保持者であり、伝える者なのだ。
「でも、どんな時代でも、ガンダルフの魔法使いのレギオンは白魔法使いのはずよ。例え、白魔法が途絶えた時代になったとしても、彼は自分で魔法の呪文を綴れるのだもの」
「魔法の呪文を綴れる?本当なのか?」
「そうよ。だからこそ、『大賢者』レギオンと呼ばれるの。ガンダルフの魔法使い、いえジル星団の魔法使いの中で自ら魔法の呪文を綴れるのは彼だけなのよ」
「それは、知らなかった」
「ハイレン連邦では、魔法の呪文は残っているようだけれど、魔法の歴史や魔法使い達についての言い伝えはあまり残っていないのね」
「魔術師にはそんなものはいらないと言われた」
「でも、それを知ることは重要なことだわ。魔法の呪文だけではなく、魔法の本来の姿を知ることはとても重要なの。ハイレン連邦では、そうしたことは忘れられてしまったのね」
アルネ・ユウキの言葉にハイレン人の魔術師は次第に、考えるようになってきた。バルーンガ議長について疑問を抱くようになったのだ。彼の言っていることは果たして事実なのか?もし、事実でないとしたら、自分は何をしているのだろうか。もし、それが悪であるとしたら、自分はどうなるだろうか?
「だとしても、今の俺にはどうにもならない」
と、ハイレン人の魔術師は最後に言った。
「そんなことはないわ」
と、アルネ・ユウキは言った。
その時、ハイレン人の魔術師は耳をそばだてるような動きをした。
「はい……」
アルネ・ユウキは緊張した。ハイレンのバルーンガ議長が連絡をして来たのだろう。
「それでは、この芝居も幕引きだ!」
と、魔術師は言った。
彼は彼の知っている最大の攻撃呪文を吐き出した。ハイレンの言葉で綴られたその呪文は、その部屋を真っ赤な火の海にした。そして、魔術師は姿を消した。
「こ、これは?」
と、ブレイス少佐は驚いて言った。
これでは、もうどこにも逃げられない。まさか、こんなところで焼け死ぬなんてと思ったが、不思議なことに熱いという感じがないのだ。
「変ね、熱くないわ」
と、ブレイス少佐は言った。
「こ、これは!」
と、司令室ではブレイス少佐とアルネ・ユウキのいる場所が火に包まれたのを見て、行天した。
「いったい、あそこはどこだ」
と、クルム司令官代理が言った。
「今、調査しています」
と、新しく通信員兼スタッフとして代わりに来た士官が言った。
「わかりました。あそこは独身者向け宿舎の一つです」
「消火装置はどうした?」
「動きません」
「また、魔法で動かなくしたのだ」
「何のためだ?」
「バルーンガ議長たちから目をそらすためか?」
だが、ダールマン提督もバルザス提督も驚き慌ててはいなかった。
「あれは、アルネ・ユウキに任せましょう」
と、バルザス提督が落ち着いて言った。
「何だと!あの火が見えないのか?」
と、珍しく声を荒げてクルム司令官代理が言った。
「今我々が出来ることはない」
と、まるで他人事のようにダールマン提督が言った。
ディポック提督はブレイス少佐が心配だったが、この二人の落ち着きようを見て、
「ともかく、今はあの機動兵器の方を何とかしなければならないのでは?」
と、言った。
「卿がそう言うのなら、わかった」
アルネ・ユウキは部屋自体が魔法で結界を張り巡らされ、消火装置を動かすどころか魔法でジャンプをすることもできないことに気づいた。もちろん、普通の白魔法使いならこのままここで焼け死ぬしかないだろう。だが、彼女はガンダルフの五大魔法使いの一人、エルレーンのエリンだった。
「ブレイス少佐、きっと助かるわ。私を信じて!」
と言うと、アルネ・ユウキはブレイス少佐の手を握った。
「あ、あの多分大丈夫だわ。何だか熱くないもの」
「そう?」
にっこりと笑うと、アルネ・ユウキは静かに呪文を唱えた。それは彼女の守護獣であるサラマンダーを呼ぶ呪文だ。今回彼女が生まれてそれを呼ぶのは、この時が初めてではない。
(呼んだか?)
(ええ。私たちをこの炎から守ってちょうだい)
(ふむ。このような炎など、どうと言うこともない)
(それほど長くではないと思うの。本当は壁を壊して出たいのだけれど、この壁はただの金属ではないから)
(こ、これは、ダルシアン鋼ではないか?懐かしい)
(ええ、そうなの。だから、熱が鎮火するまで待つほかないわ)
(わかった。いいだろう。で、その後どうするのだ?)
(もちろん、この部屋から出なければ、……)
(その方が難しいのではないか?)
(そんなことはないわ。私にでもできるわ)
と、自信ありげにアルネ・ユウキは思った。
ダルシア人と同じだけの強い念があれば、ダルシアン鋼を別のものに変えることができるのだ。それをアルネ・ユウキは知っていた。
ブレイス少佐は目を大きく開けて、アルネ・ユウキと現れた竜を見た。彼女には見えるのだ。理由はわからないけれども。




