ダルシア帝国の継承者
334.
ヘイダール要塞の貴賓室は、まるでこれまで誰も使ったことがないようにきれいになっていた。調査した結果、あのハイレン連邦の魔法議会議長バルーンガ氏が居たと言う痕跡は毛ほども残っていなかった。その上彼らがいつ消えたのかもまだわからなかった。貴賓室故に、部屋の内部を監視する装置を設置していなかったのが仇になったのだ。
その報告を受けた要塞司令室のクルム司令官代理は、
「あのハイレン人達はどこへ行ったのだろうか」
と、ダールマン提督――レギオンに聞いた。
「さあ、あの先日の正体の知れぬ宇宙船はハイレン連邦の船だったのかもしれないし、あるいは要塞の民間人の中に潜入したのかもしれない」
「ハイレン連邦の魔法議会の議長が、そんなことをするというのか?」
クルム司令官代理の言葉には、一国を代表するような人物がそのようなことをするとは信じられないという思いが籠っていた。
「他には考えられない」
「グーザ帝国の動きが有るこの時に、こんなことが起きるとは本当に連中は連携していないのだろうな」
と、クルム司令官代理は疑って言った。
「いずれにしろ、危険を考えるならパトロールを増やすことが必要です」
と、グリンが言った。
これまでよりもパトロールを増やすことは、現在の人員では難しかった。だが、フェリスグレイブの新しい部たちを使うならば、何とかなりそうだった。
ハイレン人の件も重要だが、それよりもグーザ帝国の艦隊の方が喫緊の案件だとクルム司令官代理は思った。
「ところで、グーザ帝国の機動兵器だが、あれから動きはどうか?」
「今の所、目立った動きはありません」
おそらく自分たちが機動兵器を動かしたということを、要塞の連中には知られていないと思っているはずだった。要塞にいる捕虜たちにも動きがないことを確認していた。ただ、仲間からの連絡がないことで、いずれ彼らの作戦がばれていることを悟るだろう。その時、再び機動兵器が動き出すはずだと考えていた。
「現在の要塞の防御力と攻撃力について、確認しておきたい」
と、クルム司令官代理は言った。
グーザ帝国の艦隊についてはダルシアの艦隊とリドス連邦王国の艦隊が受け持つと言っても、連中の機動兵器は要塞の中にある。それが動き出したら、やはりかなりの損害が予想されるのだ。
またヘイダール要塞の防御力と攻撃力は、元のヘイダール要塞が持っていたものとは変化していた。それは要塞の外壁をタリア・トンブンによってダルシアン鋼に変えたことからも明らかだった。大昔ダルシア人によって考案されたダルシアン鋼という特別な金属は、エネルギー兵器やミサイルなどの爆撃であっても以前のように簡単に穴を開けることは困難だと言う話だった。
「外壁のことですか?」
と、ダズ・アルグ提督は聞いた。
「それもある。あと、何が以前と変わっていることがあれば……」
この点については、司令室の他の者達も知りたいと思っていた。普通なら防御や攻撃力の変化は要塞の工事をしなければ変わらないから、確認できる。ところが魔法使い達のやり方だと突然変化をするので、理解が追い付かないのだ。
「ちなみに、報告が遅れたが、銀の月の要請で要塞内の隔壁もついさっきダルシアン鋼に変えられたそうだ」
と、ダールマン提督――レギオンは言った。彼はハイレン人の魔術師にチラリと視線を送るのを忘れなかった。まだ、魔術師は司令室にいて、この会話を聞いている。だから、今現在に必要なことしか話してはいない。
「すると、機動兵器からのダメージについては、かなり損害が減るということか?」
「だがまあ、敵の兵器がどれ程のものか、我々はあまり知っていないことを忘れないことだ」
「あと心配なのは、あの機動兵器のコントロールを何光年も離れた場所からしていることだ」
「それについては、リドスの艦から調査船を出している」
正確にはグーザ帝国の艦隊は五光年離れた場所にいた。そこから、要塞内にある機動兵器をコントロールするというのは、距離的に見てかなり難しい。だが、不可能ではないことをダールマン提督――レギオンは知っていた。普通なら五光年と言う距離は考えられないし、それを超えるには光よりも速い粒子をコントロールすることが必要になる。すると時間をコントロールするような高度な技術が必要になってくるのだ。だが、そのような特別な技術はなくとも、ジャンプ・ゲートを応用した技術なら可能だった。それなら、一般の微弱な電波を使用することが可能だ。ジャンプ・ゲートの中を通せばいいからだ。
グーザ帝国が銀河間のジャンプ・ゲートを利用しているからには、それがどんなもので、どのように機能しているか研究しているはずとダールマン提督は考えていた。大距離のジャンプ・ゲートを造るには入り口や出口の詳細なデータがいるし、かなりのエネルギーを使うことになるので、その構築はかなり難しい。だが、短距離のしかも小さなジャンプ・ゲートなら、入り口や出口の場所はすぐにわかる。それを造るのもそれほど難しくないのだった。おそらく彼らの既存の科学技術で造ることは可能だと思われた。
「これは私の推測だが、おそらく小さなジャンプ・ゲートを造ってその中に機動兵器をコントロールする電波を通しているのではないかと思う」
と、ダールマン提督――レギオンは言った。
「小さなというと、どのくらいのものですか?」
「そうだな、目に見えないくらい、小さいかもしれない。探知装置に引っかからないくらいの大きさなのだろう」
グーザ帝国ファドロン艦隊司令官ベルドルラは、次第に焦りを感じて来ていた。
「もうこれ以上は待てない。おそらく奴は、フォルラ・ドロスレイは失敗したのだ。従って次の計画に移行する」
「というと?」
「機動兵器を取り戻すのだ。フォルラが失敗したということは、もうキンドルラ提督たちのことは、残念だが今は忘れるしかない」
「わかりました。ヘイダール要塞の二体の我が方の機動兵器を作動させます」
と、副官のデルフドルラ少将は言った。そして、
「機動兵器を作動させ、要塞から脱出させるように」
と、クウドルラ中尉に命じた。
機動兵器を作動させ、ヘイダール要塞から脱出させるには要塞自体を破壊することになるのは自明だ。そうした時、要塞にいる仲間がその犠牲になる可能性もあるのだった。だが、それを気にしている時ではなかった。
ヘイダール要塞にある機動兵器は、ダルシア人の霊人によって見張られていた。動くとすぐに、司令室のタリア・トンブンにTPで知らせが来た。
「機動兵器が動き出したそうよ」
「周囲に兵士や民間人はいるか?」
と、クルム司令官代理が聞いた。
「いないわ。リュイの報告で、警告が行っているから」
機動兵器は動き出すと、要塞の外壁へ向かって腕を上げ、エネルギー兵器を使って壁に穴を開けようとしているのが司令室のスクリーンに映じた。それと同時に通路を遮断する隔壁が降りるのが見えた。
「どうだ?壁に穴が開きそうか?」
「信じられない。赤くなってもいない。これがダルシアン鋼なのか……」
と、クルム司令官代理が驚きの声を上げた。それは他の者も同様だった。ダルシアン鋼の持つ驚異の耐性機能を目の前で見るのは初めてなのだ。
二体の機動兵器の腕から出るエネルギー砲は、何の役にも立たなかった。次に機動兵器は、胴の部分から小型ミサイルのようなものを発射させた。壁になかなか穴が開かないので、もう破れかぶれになったのだろう。
小型ミサイルは壁に当たると一瞬爆発したような赤い炎が見えた。だが、その炎はすぐに萎んで消え、コロンと爆発して形を変えた小型ミサイルの破片がいくつかが床に転がっていた。
「今のは?」
と、クルム司令官代理が聞いた。
これは彼の想像を超えた事象だった。確かに小型ミサイルは爆発したように見えたのだ。だが、何も起きていないように、壁には傷もつかなかったのである。
「ダルシアン鋼はエネルギー自体を吸収することができる。例えば、生命体に致命的な打撃を与えるような熱や衝撃をエネルギーとして吸収することができるということだ」
「で、では、ダルシアン鋼は破壊することは不可能だということですか?」
と、ダズ・アルグ提督が聞いた。
「いや、そんなことはない。破壊とまでは行かなくても、ダルシアン鋼を使うには変形させることが必要だ。変形させるには、強い念が必要になる。その念をダルシアン鋼に使って、他の弱い金属に変えるか、形を使えないものに変えれば、破壊したのと同じことだ」
「念、ですか?」
「そうだ。思いの力とでも言えばわかるだろうか。ダルシア人は非常に念が強い。だから、彼らにはダルシアン鋼を加工することができたのだ」
「つまり、ダルシア人のような強い念を持った者であれば、ダルシアン鋼を破壊することが出来るということですか?」
「そうだ。だが、そのような種族は、これまでまだ一つしか発見されていない」
「それは、どこにいる種族ですか?」
「リドス連邦王国のことだ」
グーザ帝国ファドロン艦隊司令官ベルドルラだけではなく、機動兵器を操作しているクウドルラ中尉も焦っていた。
「搭載兵器では要塞の壁に穴を開けることはできません」
クウドルラ中尉は視野が狭い小さなスクリーンに映じている、ヘイダール要塞の壁を見て言った。エネルギー兵器も小型のミサイルも、壁を破壊することも穴を開けることもできない。一体どんな金属でできているのだろうか。
「他に何かないのか」
「それが、通路にいつのまにか隔壁が降りています」
「何?すると、こちらの動きが気づかれたのか?」
「いえ、機動兵器が兵器を使ったので、それに反応したのではないでしょうか?」
だが、反応したと言うことは機動兵器が動いているのを知られたことになる。
とは言え、五光年も離れていては詳しくなどはわからない。ただ、作戦が失敗したのは明らかだった。この上、どんな方法があるだろうか。
「通信です」
「どこからか?」
と、怒りを含んだ声でベルドルラ司令官は聞いた。
「それが、ヘイダール要塞からです」
「何?要塞の連中からか?」
「いえ、これはフォルラ・ドロスレイからの通信です」
「何だと、今まで何をしていたのだ」
「閣下、ともかくお聞きください」
と、副官のデルフドルラ少将が言った。
「フォルラ・ドロスレイです。申し訳ありません、閣下。ですが、まだ私はここで敵だと正体を知られたわけではありません。ただ、要塞内にいる別の勢力に捕まってしまったのです」
フォルラ・ドロスレイは司令室に呼ばれて行った途中で、ハイレン人の魔術師に攫われたのだ。そこで彼は初めてハイレン人に会った。そして、協力を申し出られたのだ。
「我々に協力するというのか。その理由は?」
と、ベルドルラ司令官は聞いた。
「はい。彼らはふたご銀河のジル星団にある惑星の出身だと言うのです。彼らはこの要塞の連中とはうわべは味方のように見せて、実は敵対しているというのです」
「それは、信用できるのか?」
「それはまだわかりません。ですが、彼らを利用することはできると思います」
それは、難しい判断だった。単に利用するだけで済むだろうか。しかし今は、他に方法がないように思われた。
「よし、わかった。私が許可する」
と、ベルドルラ司令官は言った。
335.
ブルーク・ジャナ少佐は子猫とジェルス・ホプスキン刑事とファーダ・アルホ(レイム)と一緒に、子猫の力によって、要塞の罪人を入れる鉄格子のある場所へジャンプした。もちろん、ファーダ・アルホは牢の鉄格子の中だった。
「私は、ただの民間人だわ。こんなところへ入れられるいわれはない」
と、ファーダ・アルホは主張した。
不思議なことに、突然別の場所にやって来たことに驚くよりも、牢の中に入れられたことが不満なのだった。
「それは、こちらのジェルス・ホプスキン刑事に話をすることだな」
と、ジャナ少佐は無情に言った。
「私が要求しているのは、ヘイダール要塞の司令官に会わせることだわ。そんなどこの誰とも知れない男と話をするなんて、冗談じゃない」
「すると、お前はファーダ・レイムだとは認めないのだな?」
と、ジェルス・ホプスキンは言った。
「当然よ。私はファーダ・アルホだわ。名前を間違えないで、ファーダ・レイムではないのよ」
「それなら、しばらくそこで、自分の名前を思い出してみることだな……」
案外あっさりと、ジェルス・ホプスキン刑事は言って、ブルーク・ジャナ少佐と通路を歩いて出て行った。
ふと、気が付くと懐のなかに子猫がいないことにジャナ少佐は気づいた。
子猫、ミリア・ヘイスダスは床に降りて、ファーダ・アルホを見た。
「あら、子猫じゃないの。あのハンサムだけど、色気のない士官の猫かしら?」
と言って、ファーダ・アルホは良く見えるようにしゃがんで言った。
「ニャア」
と、子猫は鳴くと、警戒もせずに牢の鉄格子の中へ入った。
「可愛いわね。でも、私の所へ来ても、あなたを満足させるようなエサはないわよ。ここから出ないと、どうしようもないわね」
と、彼女は嘆息した。
近くへ寄って来た子猫に、そっと手を伸ばしてその頭を撫ぜた。
「ニャア」
と、子猫が鳴くと、
「いいわね。私も猫になりたいわ。こんな牢の中に入れられて、あの様子ではそう簡単に出られそうもないし……」
「ニャア」
ファーダ・アルホはジェルス・ホプスキン刑事を知っていた。彼の言っていたことは事実だった。昔、と言っても数年前までのことだ。この要塞に来るような羽目になる前、彼女は新世紀共和国の首都星ゼンダの麻薬組織のボスの一人だった。だが、銀河帝国の侵略にあって首都星ゼンダが陥落した際の混乱に乗じて、彼女はゼンダを出た。これまでの自分の人生を振り返ってみて、やり直したいと思ったのである。それが、このヘイダール要塞まで流れて来た理由だ。ここは、新世紀共和国でもなく、銀河帝国でもなく、特に政治的な勢力ではなかったので、隠れて住み着くには格好の場所だったし、居心地は悪くなかった。ここで人生をやり直そうと思ったのである。
だが、悪いことに、彼女の昔を知っている人物がやがてやって来た。あの元最高評議会議長の秘書だったギアス・リードである。彼とは、古くからの知り合いだった。人間としてではなく、寄生生物『バウワフル』としてのこのふたご銀河に来た時からの知り合いなのだった。
かつては、惑星ゼンダ、以前はラウリヤと呼ばれた惑星の一国の女王として、ファーダ・アルホは君臨したこともある。だが、最近は犯罪組織、しかも麻薬を扱う組織の一員の女ボスとして君臨していた。自分でも落ちぶれたものだと思う。だが、この銀河、いや惑星ラウリヤは以前とは違ってしまったのだ。
ふたご銀河にやってきた当初は、このロル星団では最強の生物、寄生生物として君臨していたのだ。それが、あの邪な竜、ダルシア人によって、人間族の遺伝子が変化し、人間族に簡単に寄生できなくなった。それから、彼ら『バウワフル』の苦難の歴史が始まったのだ。
ファーダ・アルホから見れば、それが真実だった。
しかしダルシア人から見れば、実に邪悪な種族が断りもなく、彼らの縄張りに入り込んできたことになる。ただ幸いにも、ダルシア人の皮膚は鉄のように固く、寄生生物『バウワフル』が寄生しようにも、簡単にはできなかった。それに、非常に強い念を持っているので、例え寄生することに成功したとしても、『バウワフル』の側が思い通りにダルシア人の身体を操ることは難しかったのだ。
その上、ジル星団には妙は力を持つ連中もいた。魔法使いと呼ばれていた彼らは、人間族だったが、『バウワフル』の寄生を魔法で遮断することができたのだ。従って、彼らはロル星団で息を潜めて生きて行くしかなかった。さらに困ったことに、彼らがやってきたロル星団は宇宙文明に達するのに非常に長い年月がかかったのだ。そのため彼らがこの銀河に来て最初に目指した宇宙規模の帝国を造ることができるようになったのは、やっと五百年前のことだった。
ダルシア人による人間族の遺伝子情報の改変は、人間に寄生するのを妨げた。新しい人間に寄生しても、三日程経つと、人間の防御機能が働き、『バウワフル』を殺す作用のある物質を生成するのだ。それでどれだけの数の仲間が死んでいっただろう、とファーダ・アルホは思った。だが、中にはその遺伝子が途中で途絶えたりする人間もいたので、そうした人間を探し、命を繋いできたのである。
今寄生しているファーダ・アルホと名乗る女性も、『バウワフル』を殺す作用の物質を生成する遺伝子が突然変異で消滅した人間の一人だった。そうした遺伝子は無くなると次代に受け継がれなくなるので、もし彼女に子供が出来た時、その遺伝子がない可能性がある。そうしたら、その子供が大きくなった時、次の寄生先として考えることができるのだ。女性に寄生する利点はそこにある。常に子供と共にいるため、寄生を可能にする機会も多い。
「あなたは、ただ次の寄生先を見つけるために、その人に付いているの?」
と、突然子猫がしゃべった。
「何ですって、お前は、何者?」
さすがに驚くだけではなく、ファーダ・アルホはそう聞くだけの余裕があった。
「私は、この銀河の人間族ではない。だが、あなたのような寄生種族でもないわ」
「では、何者?」
「あなたは、この銀河を支配するためにきたと聞いているわ。けれど、私の種族は違う。知識を求めてやって来たのよ」
「そんな、お伽話のようなことを私が信じると思って?」
「宇宙にいるのは、あなた達のような権力を好む種族ばかりではないわ。もっと様々な動機を持って宇宙を旅する者たちがいるのよ」
「ふん。そうかしら?」
「それに、権力を求めるのは、あなた達の力が大したことがないからではないのかしら?」
「何ですって?」
「あなた達は、この銀河であのダルシア人に勝てなかったのでしょう?」
「それは、あの連中があまりにも悪辣だからだわ。我々の生きるための手立てを奪ったのよ」
「でも、あなた達はそれを解決することはできなかった!」
「解決したわ。だから、私は生き残ったのよ」
「それは個人的にでしょう。それを一種族として解決したわけではないわね」
「種族?確かに私たちは寄生種族だと言われているけれど、それぞれ独立した個性を持っている。だから、この銀河にやって来たのは、種族としてだけれど、その後は個々それぞれのやり方をしているわ」
「権力を求めて、自分たちの中で争うだけではなく、他の種族も巻き込んでいたというだけではないのかしら?」
「では聞くけど、力を欲しがらない者がいるというの?あなたの言っていた知識だって、力の一つだわ。私たちと同じじゃないの」
「それで、あなたは今も、それを求めているの?」
「そうね。私たちがこの銀河に来て、随分たつわ。ただここでは計算違いがあった。この銀河の種族の中で宇宙文明に達していたのは、ジル星団の連中の方だった。だから、何とかジル星団へ行きたかったのだけれど、まずこちらの方が宇宙文明に達しなければ、難しかった。それを待っていたのだけれど、まさかこんなに時間が掛かるとは思わなかった」
かれこれ、ファーダ・アルホの属する寄生種族がふたご銀河のロル星団に来てから、一万年の月日が経っていた。
「かつてこのロル星団は、宇宙文明が栄えていたところだった。ただそれを滅ぼした者たちが再び戻って来るのを回避するために、ロル星団全体にある結界が張られていた。あなた達は、それを知らなかったのね」
「そんなものは、私たちの知識にはない。ここで初めて出逢ったのよ。だから、ジル星団からの宇宙船がほとんど来なかったのね」
「それで、あなた達はこれからどうするの?また、他の誰かに寄生するつもりなの?」
「寄生相手を見つけるのは、今は簡単ではないことはあなたも知っているでしょう。私は、この女性から移動しないつもり」
それはファーダ・アルホの本心だった。もちろん、それが一番簡単で、得だからだ。それにまだ子供がいない。
「そして、子供が出来たら、その子に寄生するの?」
「それも可能性としてはあるわ。でも子供ができるかどうかはわからないわ。こんな時代ではね」
「それに、今では権力者に近付くことはできないということかしら?」
「昔はそれほど難しくはなかった。階級社会だと、権力に近付く家は決まっているから。でも、民主主義とか共和制とか言う政治制度では、権力に近付くのは難しい。敢えて近づくならお金持ちかしらね。それさえ、私たちを排除する遺伝子を持っているので、難しいわ」
「では次に寄生する相手は決まっていないということか」
「まあ、すぐには見つからないわ。ここではね」
「ではファーダ・アルホとして生きて行くということになる」
「そう。今はね。あの刑事は私をどうするつもりかしら?」
「さあ、どうでしょうね」
子猫はそう言うと、身を翻して牢の格子の隙間から出て行った。
「私も、猫にでもなりたいわ。そうすれば、ここから出られるから……」
と言う声が、あとから聞こえて来た。
子猫はジャンプして、ブルーク・ジャナ少佐の所へ戻って来た。
「どこへ行っていたんだ?」
「あのファーダ・アルホという女性と話をしていたの」
「で、どうだった?」
「そうね、ちょっと長くなるけれど、そこの刑事さんも話を聞いてくれる?」
と言って、子猫は話し出した。
ジャナ少佐にもジェルス・ホプスキン刑事にも子猫の話には、驚きだった。
「あの女が、君の言う通り寄生種族だとしても、彼女が犯した罪は罪だ。それを無くすことはできない」
と、ジェルス・ホプスキン刑事は頑なに言った。
「あなたは、彼女を憎んでいるの?」
「私が憎んでいるのは、罪の方だ。罪を犯した人間ではない」
「ふーん。私としては、同情する余地はあると思うけど」
「どんなところがだね?」
「そうね。彼ら寄生種族が生きて行く上で非常にやりにくくなったということが一つある。簡単に寄生している身体を変えることはできないから。それともう一つ、本物のファーダ・アルホは彼女とは別だわ」
「それはどういうことだ」
「だから、私やあなたが言っているファーダ・アルホというのは、寄生種族のこと。それとは別に人間として生まれたファーダ・アルホの意識がある。ほとんど表に出てこないけれど。彼女も罪人として扱うの?」
「それは……」
「私は、それがちょっとかわいそうだと思うの。ただ、二人を引きはがすのは、難しいわ。同じ体を占有しているし、霊が憑りついているわけでもないから」
「離すのは不可能なのか?」
「いいえ、不可能ではないけれど、かなり難しい。もしかしたら、あのプロキシオン号で来た連中ならできるかもしれないわ」
「どうしてそうなるのだ?」
「あの寄生種族の母星は、プロキシオン号のやって来た白金銀河にあるから……」
「白金銀河が本拠地なのか」
「だから、プロキシオン号の母星はかなりあの寄生種族に狙われているの。いつ滅ぼされるかわからない状態だわ。だから、ふたご銀河のリドス連邦王国に助けを求めに来ているの」
すると、子猫は突然体を震わせて、
「ニャア!」
と、叫んだ。
「どうしたんだ?」
と、ジャナ少佐が驚いて言った。
「大変、あなた、ええとジェルス・ホプスキン刑事、あなた早く帰らないと首になるわよ!」
と、子猫が言った。
336.
ハイレン連邦の魔法議会議長とフォルラ・ドロスレイの会談は、それほど時間はかからなかった。
「すると、我々に手を貸してくれるというのですね?」
「そうです。うまく行けば、あなたが欲しがっているあの機動兵器を要塞から出すことが出来るでしょう」
「しかし、どうやって?」
「それは我々に任せてください。その代り、もしうまく行ったならば、我々の方に手を貸してくれるでしょうね」
「それは、もちろんです。ですが、それは私が助力できることでしょうか?」
「大丈夫です。難しいことではありません」
そう言って、ハイレン連邦の魔法議会議長バルーンガは微笑んだ。
要塞司令室では、グーザ帝国艦隊を監視しているリドス連邦王国の艦からの報告を受けていた。
「すると、あの機動兵器を動かしているのはやはり極小のジャンプ・ゲートを使った通信なのか……」
だが、ジャンプ・ゲートについては銀河帝国も元新世紀共和国もほとんど無知だった。ジル星団の方では当たり前のように使われているというのに。
「で、フォルラ・ドロスレイは何と言っていたのだ?」
と、ダールマン提督――レギオンは聞いた。
「はい。ハイレン人だとははっきり言ったわけではありません。ですが、内容から、他に考えられません。その連中が協力を申し出たと言うことです」
「協力か。どうせ、お互いに利用するということだろうが……」
「何をするかわからんと言うところか?そう言えば、ここにもハイレン人の魔術師がいたな……」
それは一瞬のことだった。
それまで大人しく話を聞いていたハイレン人の魔術師が動いたのだ。あっという間にリーリアン・ブレイス少佐の腕を掴んで、魔法でジャンプした。
「しまった!ブレイス少佐が……」
だが、その一瞬の目に留まらない程の動きに、アルネ・ユウキはブレイス少佐が消える前に、彼女の腕を掴んでいた。従って、ブレイス少佐と共に、アルネ・ユウキ――エルレーンのエリンの姿も消えた。
ハイレン人の魔術師とブレイス少佐、そしてアルネ・ユウキは一瞬で別の場所へ移動していた。
そこは要塞の司令室ではない、どこか別の部屋だった。
「ここは、どこなの?」
と、気丈にブレイス少佐は言った。
「さあな、だが、心配するな。ここは要塞の中だ」
「何をするつもりなの?」
と、アルネ・ユウキが聞いた。
すると、その言葉で魔術師はアルネ・ユウキの存在に気づき、
「お前は、どうやってついて来たのだ?」
と、驚いて言った。
「あら、私はブレイス少佐と手を繋いでいただけよ」
と、シラッとしてアルネ・ユウキは言った。
「仕方がない。お前が居たとしても、どうと言うこともあるまい」
アルネ・ユウキは、このハイレン人の魔術師がガンダルフの五大魔法使いであるエルレーンの・エリンを知らないことに気づいていた。彼女のその名前にまるで反応を示さなかったからだ。彼の知っているガンダルフの魔法使いはレギオンだけなのだ。これはハイレン連邦の魔法の知識全般が劣化していることを示していると思えた。魔法を扱う者が、ガンダルフの五大魔法使いの名を知らないとは、信じられなかった。
「あら、私はあのゼノン帝国の艦隊を消し去ったのよ。あなたは怖くないの」
「あんなものは、馬鹿げている。おそらくお前たちが見せた幻だろう」
「幻ですって?」
「白魔法使いに、あのようなことが出来るはずがない」
これにはアルネ・ユウキ――エルレーンのエリンが驚いた。いつから白魔法使いは魔術師よりも力が弱いと思われるようになったのだろう。それともハイレン連邦だけがそうなのだろうか。
そして、魔術師は指をパチンと鳴らした
すると、要塞司令室のスクリーンにブレイス少佐とアルネ・ユウキの姿が映じた。
「ブレイス少佐だ!」
と、ダズ・アルグ提督が言った。
「お前の要求は何だ?」
と、クルム司令官代理が冷静に聞いた。
「あの機動兵器の場所の隔壁を上げろ!」
「何だって!」
「待て、要求はそれだけか?」
それだけで済むはずがないことは明らかだった。ブレイス少佐とリドス連邦王国の王女を人質にしているのだ。要塞司令室がどんな要求も拒むことなどできはしないはずだ、とハイレン人の魔術師は考えていた。
しかし、ダールマン提督――レギオンやバルザス提督――銀の月は何も言わなかった。別に慌てている様子もなかった。
「まず、それが手始めだ」
と、冷ややかに魔術師は告げた。
「なるほど。いいだろう。機動兵器の場所の降りた隔壁を上げるように」
と、クルム司令官代理は指示した。
スクリーンに隔壁が上がっていくのが映じた。
「ハイレン人はグーザ帝国と手を組んだということなの?」
と、アルネ・ユウキは聞いた。
「さあ、どうかな?」
と、曖昧に魔術師は言った。
魔術師にとってはグーザ帝国という名など、これまで聞いたこともなかった。彼はただ、行方不明になっているハイレン連邦の魔法議会議長の命令通りに動いているだけなのだ。
隔壁が上がると、機動兵器はゆっくりと動き出した。通路をそのまま真っ直ぐに移動していく。そのまま行くと、民間人の居住区域を通ることになる。
「要塞の市民をあの機動兵器の移動経路から避難させるように、指示してくれ」
と、クルム司令官代理は言った。
「ですが、パニックになりませんか?」
と、ダズ・アルグ提督が不安そうに言った。
「確かに市民の中に、おそらくハイレン連邦の連中もいるはずだ。パニックを起こそうとするに違いない」
と、ダールマン提督が言った。
「で、何をしようとしているのだ?この要塞を乗っ取るつもりか?」
「いや、それは無理だろう。ハイレン人の数は限られている」
例え魔術師が何十人いたとしても、要塞を乗っ取ることは難しい。彼らはいずれ、兵士や市民たちを統制することに疲れてしまうだろう。いつまでも同じ魔力を保ち続けることはできないのだ。体力的にもそれは難しい。それにハイレン人には銀河帝国の技術を使いこなすことはできないだろう。
「しかし、ハイレン人の魔術師は元新世紀共和国の市民として紛れ込んでいる。その数はわかるのだろうか?」
「ハイレン人の魔術師が居たとしても、この要塞を乗っ取る程の人数はいないだろう」
「それで、ハイレン連邦の連中の目的は何だ?」
「おそらく、『レギオンの城』のデータ、つまり知識を盗もうというのだ」
その答えに、他の者達は唖然としていた。クルム司令官代理やディポック提督、グリンやダズ・アルグ提督などと言った司令室の者達にとって、それは考えたこともないことだった。『レギオンの城』の知識が狙われている、などと言うことは誰も想像していなかったのだ。
レギオンンの城がヘイダール要塞と同じ位置にあり、その存在に気づかないのは異次元にある所為だった。その城の中にある知識をどうやってそれを守るというのか、その方法すら考えられない。その方法はガンダルフの魔法使いしかわからないことだ。
「混乱に乗じて、連中は『レギオンの城』へ潜り込む。そしてそこにある知識を盗むつもりだろう」
と、ダールマン提督が言った。
「何だって!そんなことをしようというのか……」
正直、ヘイダール要塞を守ることは考えても、『レギオンの城』を守るなどと言うことをクルム司令官代理は考えてはいなかった。第一『レギオンの城』の存在を知ったのも、最近のことなのだ。しかも、普通の方法では行けない場所なのだ。
「あの、財宝とかはないのかな?」
と、ダズ・アルグ提督が遠慮がちに聞いた。
「そんなもの、『レギオンの城』のこの銀河に関する情報や魔法の呪文の集大成を得ることに比べれば、大した価値はない」
「それは、ジル星団の魔法使い達にとってはでしょう?」
「ふん。目的が分かっているのなら、それに対処することは難しくあるまい。それで、奴らは『レギオンの城』に入ることができるのか?」
レギオンの城については、存在自体あることが分かっていても、ヘイダール要塞では何もできない。そこへ行くにはある条件が必要だと司令室の者達は知っていた。彼らは一度そこへ滞在したことがある。その時は緊急避難だったので、城の主であるレギオンが特別に入れてくれたのだ。だが、普通は簡単に行けるところではないと言うことを知っていた。彼らの他には、あのナンヴァル人の白魔法使いが行けただけである。もちろん、ガンダルフの五大魔法使いは比較的楽に行けるようだった。
「ハイレン人だとて、そう簡単には城には入れはしない」
「そうだろうか。その手立てもなしに、あのハイレン人達はここへやって来たのだろうか」
「それよりも、タリア。君の仲間にあの機動兵器のことを教えて、市民の避難に手を貸すように言ってくれないか?」
と、ダールマン提督――レギオンは言った。
タリア・トンブンは司令室の会話を聞いて、すでに仲間にTPで連絡していた。
(急いで避難をして。パニックにならないように気をつけて……)
(何が起きたのだ?)
あちこちで、TPの声にならない思念が行き交っていた。すでに、機動兵器が民間人の区域に入り込んだのだ。TPで説明するのももどかしかったが、タリアの話を聞くとタレス人たちは動き出した。




