ダルシア帝国の継承者
331.
フェーラリス・オル・ジェグドラントは人のいない場所を探していた。考え事をするに時に必須の場所だ。帝都の伯爵邸においては自分の部屋があったが、考え事をするときには決まって別の場所に籠ったものだ。それは、階段下の物置である。そこには普段誰も入らなかったので、フェーラリスは重宝していた。
だが、ヘイダール要塞に来たことで、彼は籠る場所を失ってしまった。それで籠る場所を探していたのだが、こじんまりとした場所はなかなか見つからなかった。有る時、妙なところに入り込んでしまい慌てたのだが、誰もいないと言うことに気が付いた。要塞の警備兵のパトロールも来ない場所だった。
フェーラリスにとって目下の問題は、これからどうするかと言うことだ。元々将来の設計など大したことではないと軽んじていた彼にとっては、ヘイダール要塞などに流されてきてしまったのは大変な計算違いだった。もとより伯爵家の次男坊だった彼には、継ぐべき家も財産もない。彼の存在価値は家を継ぐ長男が無くなった時にその代わりになることだと考えていた。だから、三男として生まれたベルンハルトとは違うのだった。やつにはジェグドラント伯爵家を継ぐなどと言う可能性はほとんどゼロなのだから。最初から自分の人生を伯爵家とは別物と考えていた。
もっとも伯爵家の次男であっても、士官学校に行って軍人になり出世するか、大学を出て官僚になって出世する道がなかったとは言えない。ただフェーラリスはそうした努力があまり好きではなかったのだ。従って士官学校へも大学へも行かずに、家でのらりくらりとしていた。おそらく、彼は長男が何かあった時の代替であったから、そうしていても父や兄が何とかしてくれるものと考えていた。
フェーラリスは自分が将来したいこと、やりたいこと、成りたいことを考えたことはあった。だが、最終的には長男である兄が何かあった時にそれはすべて台無しになってしまうのだ。不思議なことに、ジェグドラント伯爵家の存続が次男である彼にとっても一番大事なことなのだ。
そのことがフェーラリスにとって謎なのだ。弟のベルンハルトはそのようなことは考えもしたことがないだろう、と思うとなぜか腹が立った。なぜなら、ベルンハルトは自由を持っていたからだ。ジェグドラント伯爵家について、考える必要はないという自由だ。フェーラリスには自由はない、それがなぜなのかわからなかった。
「こんなところにいたの?」
と、声がした。
子供の声だった。しかも女の子の声だ。
「誰だ!」
と聞くと、暗闇にその顔が浮かび上がった。
「お、お前は……」
それはアリュセア・ジーンの末娘、リュイ・ジーンだった。
「ど、どうしてここが分かった?」
「心配していたわ、男爵家のおじさんが。こんなところで何をしているの?」
「どうって、考え事をしていたんだ」
「ふーん。何を考えていたの?」
「そ、それは……」
子供相手に真面目に、自分の将来のことを案じていたなどと言うことは、フェーラリスには少々面はゆいことだった。
「恥ずかしくて言いにくいということ?」
「な、何?」
「だって、自分の将来のことを案じていたのでしょう。こんな祖国から遠く離れたところに流されてきてしまって、どうしたらいいのかって?」
フェーラリスはリュイが子供ながら、タレス人のTPだったことを思い出した。
「私達だって、同じことを考えたものよ。タレス連邦から遠く離れたこんなところに来てしまって、いったいどうなるのだろうってね」
「ふん。お前たちは女ではないか。私は男だ。だから、もっと深刻なのだ。どうやってこれからやって行けばいいのかと考えていたのだ」
「本当?男爵家当主のおじさんが言っていたわ。ジェグドラント伯爵家が男爵になったのだって、ショックだったのに、帝都から命からがら逃げて来なければならなくなったことで、この後どうしたらいいのか、悩んでいるのだろうって……」
「そ、そんなことまでお前のような子供に、兄上は話したのか?」
「見た目は子供でも、私はダルシア人だから。その意識が目覚めているから、あなたよりもずっと経験や知識は豊富だと思う」
「ふん。ダルシア人というのはいくつまで生きたんだ?」
「そうね、平均寿命は三千年くらいかしら?」
「さ、三千年?信じられない」
「ダルシア人は人間ではないのよ。ドラゴン、竜なの。それも翼を持った竜だわ」
じっとリュイを見ていると、竜だったと言う昔の姿が見えてきそうになって、フェーラリスは怖くなった。
「ふん、だが、今はただの子供ではないか」
「そう思う?」
と、含み笑いをしてリュイはフェーラリスを見た。
何だかすべてを見透かされているように感じて、フェーラリスは不快だった。
「要塞は危険になって来ているわ。だから男爵家当主のおじさんは心配なの。銀の月の話を聞いた方がいいわ」
「ベルンハルトのことなど言うな。あいつの所為でこんなところにやって来なければならなかったのだ」
「ふうん。そんなこと思っていないくせに。人間は変だわね。もっと正直になったらいいのに。うらやましいのでしょう?銀の月が……」
「うらやましいだって?馬鹿なことをいうな。昔から奴は我が家のはみ出し者だったのだ。貴族でもないのに、士官学校に入って……」
「そして、優秀な成績を収めて卒業すると同時に軍に入り、あっという間に手柄を立てて、昇進して行った。少将、いえ中将になるまで出世するとは思わなかったのね」
「そうだ。普通は貴族の当主でもない限り、将官にまでは成れたとして、佐官までだ。それなのに……」
「でも仕方がないわ。銀の月は努力したのですもの。あなたはなぜ、士官学校に入らなかったの?」
「私は、軍などに入って共和制力との小競り合いで命を落としたくはなかったのだ」
それは、本当だった。兄の代わりにならなければならないのに、命を危険にさらすような軍などに入ることはできない。
「前よりも正直な答えね。それで、どうしたいのかしら?」
「お前のような小娘に言いたくはない」
「まだ考えてないと言えばいいのに」
フェーラリスはリュイを睨んだ。
その時、何か大きな物音がした。
「何だ?」
「あれは!」
リュイの、と言うよりはダルシア人のマルガルナスの透視能力は壁の向こうを透かし見ることが出来るのだった。
「機動兵器が動いているわ。おかしいわね。あれを動かしているのは誰なのかしら?」
現在その機動兵器にはダルシア人の霊体は入っていなかった。だから、動くはずがないのだ。
司令室ではエルシン・ディゴが出て行ったところだった。
「機動兵器が動いているそうだ」
と、ダールマン提督――レギオンが言った。
リュイ・ジーンがTPですぐに連絡をしたのだ。
「グーザ帝国の連中が乗っているのか?」
と、クルム司令官代理が言った。
「いや、そんなはずはない。置いて行かれたあの二人は、バルザス提督の部屋にいるはずだ」
「では、ダルシア人が乗っていると言うのか」
「多分、近くにいるというグーザ帝国の艦隊が遠隔操作を試しているのではないか?」
近くにいると言っても、グーザ帝国の艦隊は数光年いやもっと離れているはずだった。それなのに、遠隔操作ができるというのだろうか。それなら、思っていた以上に、彼らの科学技術は進んでいると思わざるをえない。
要塞側でその遠隔操作に気づかなかったということは、遠距離通信で使われる超高速通信を使っていないということだ。何か別のこちらにはない、彼ら科学技術特有のものを使っているのだろう。
「タリア、ダルシア人に言って、あの機動兵器の動きを止めさせることは可能だろうか?」
と、クルム司令官代理が言った。
「私ではわからない。でも、話してみる」
タリア・トンブンは目を閉じて集中した。以前はできなかったが、今はTPでダルシア人と話をすることができた。
(動いている機動兵器を止めることはできる?)
と、いつも機動兵器を動かしているダルシア人の霊に聞いた。彼らは機動兵器に入っていなくても、その近くにいるのだった。もちろん、その姿は人の目には見えない。
(可能だ。おそらく、彼らは動くかどうかを試しているのではないか?)
と、ダルシア人の霊は言った。
「可能だそうよ」
「では、要塞を破壊される前に動きを止めるようにいってくれないか?」
「待ってください。現在要塞の外壁と内壁はダルシアン鋼にとって代わっているはずです。ダルシアン鋼なら、あの機動兵器の武器では通用しない。それよりも、機動兵器が動くと思わせた方が良いのでは?」
と、バルザス提督――銀の月は言った。司令室に来る前に、魔術師と遣り合った時、タリアに要塞の内壁をダルシアン鋼にすることを彼が頼んだのだ。
「動きを監視するということか?」
「そうです」
「わかった」
スクリーンに要塞内部が映じた。
「あれか、……」
二機の機動兵器が、ゆっくりと動いているのが見えた。その動きは周囲を破壊しようとしているようには思えなかった。腕や足の部分がちゃんと動くかどうかを試しているような動き方だった。
フェーラリス・オル・ジェグドラントはリュイ・ジーンの背後で、グーザ帝国の機動兵器の動きを見ていた。何かが動いているというので、籠っていた場所から出て来たのだ。
「大丈夫なのか?」
「大丈夫。要塞の外壁や内壁はダルシアン鋼に変えられているから、あの機動兵器の武器では傷もつかないはずよ」
疑わしそうな視線を向けていたフェーラリスは、何だか悲しくなった。あまりにも自分の非力さが分かるのである。今だって、この見た目は小さな少女であるリュイの背後で、まるで保護されているように立っているのだ。
そして、今だってベルンハルトは司令室かどこかで、この様子を見て、この事態の対策を考えているに違いない。あまりにも自分との差があり過ぎるのだ。だからと言って、今さら何をすればいいのだ?
「魔法使いというのは、誰でもなれるのだろうか?」
と、唐突にフェーラリスは言った。言ってしまって、本人が一番驚いていた。こんなことこれまで考えてはいなかった。いや、それは嘘だ。考えたことはある。ただ、それが可能かどうかがわからなかっただけだ。
「さあ、魔法というものの本質を知っていれば、その答えは『なれる』と言うしかないわ。ただ、強力な魔法使いになれるかどうかは、あなたの資質によるでしょうね」
「資質?私に魔法使いの才能があるかどうかということか?」
「そうだけれど、私の言っていることは少し違うわ。資質や才能というのは、かつてあなたが魔法を学んだことがあるかどうかに掛かっているの」
「それなら、ない」
「そんなことはないと思う。ママに、いえライアガルプス陛下に聞かなければわからないけれど、今回あなたが生まれてから魔法を学んだかどうかと言うことではないの。かつて、と言うのはあなたが今回生まれる前の多くの人生の中で、魔法を学んだことがあるかどうかということなの」
「今回私が生まれる前?私にそれがあるというのか?」
「当然よ。あなたは、今回初めて人間として、生まれてきたわけではないのよ。それは、他の人も同様だわ。この宇宙が出来てから、知的生物が生まれて、どのくらいの年月があったでしょうね。それは私にはわからないけれど、このふたご銀河の生物ならば、すでに何億年物歳月を、いえ少なくとも何百万年か何千万年もの間、何度も何度も数限りなくこの世に生まれて来て人生を送っているはずだわ」
と、リュイ・ジーン――ダルシア人のマルガルナスは確信をもって言った。
332.
ヘイダール要塞から五光年程離れた宇宙空間に、グーザ帝国の艦隊はいた。
惑星カルガリウムの艦隊から派遣された彼らは、その数、千隻程だった。この規模では到底ヘイダール要塞を攻略はできないが、置き去りにされた仲間を救出するために隠密裏に行動することはできる。それに、仲間の救出を成功させられなくても、ヘイダール要塞の内部を探ることはできるだろう、とグーザ帝国ファドロン艦隊司令官ベルドルラは考えていた。
もっとも大切なのは、要塞に置いて来てしまった機動兵器を取り戻すことだった。機動兵器にはグーザ帝国の最新の科学技術が詰まっているのだ。それをこの銀河の連中に知られることは避けたいことだった。
「どうだ?」
と、艦隊司令官の副官を務めるデルフドルラ少将が聞いた。
「何とか動くようです」
と、旗艦の遠隔通信装置からヘイダール要塞内の機動兵器が動くかどうか試していたクウドルラ中尉が言った。
「破壊されてはいないようだな」
「それに、動かないように処置もしていないようですね」
「ふん。我々の機動兵器は登録されたパイロットしか動かせないようにしてあるから、おそらく試してみたものの、動かすことが出来なかった、と言うところではないだろうか?」
「そうかもしれません」
これは朗報だ、とデルフドルラ少将は思った。うまく行けば向こうにある機動兵器を使って、ヘイダール要塞を破壊すると脅すことも可能だ。そして相手からどこまで譲歩を引き出すかは、こちらの手腕に掛かっている。
「オルレイア号のフォルラからは連絡はまだないのか?」
と、艦隊司令官ベルドルラは聞いた。
フォルラ・ドロスレイにはオルレイア号にいた要塞を占領するための指揮官が作戦に成功したら、すぐに連絡をするように命じてあったのだ。
「いえ、まだです」
と、副官のデルフドルラは答えた。
「何かあったのではないか?要塞にオルレイア号が入ってから、だいぶたつ。そろそろ連絡が来てもよさそうではないか」
「ですが、もう少し待った方が良いと思います。向こうで何が起きたかわかりませんし、一応、オルレイア号には要塞を占領するのに必要な武器と人数はいたはずです。彼らが要塞を占領するのに難航しているのではないでしょうか?」
「なるほど。ではもう少し待つとするか」
すでに要塞防御指揮官であるフェリスグレイブの部下たちにオルレイア号の連中が拘束されてしまったとは、思わなかったのだ。彼らは、この作戦は絶対成功するだろうと強く希望していたのだ。成功してくれなければ、自分たちの作戦が遂行できないという困った事態になるからだ。
ヘイダール要塞側が何の疑問も持たずに、オルレイア号の入港を許可したことがその根拠になっている。まさかオルレイア号がヘイダール要塞を奪取するために計画されたとは、夢にも思うまいとオルレイア号の連中もグーザ帝国艦隊司令官のベルドルラも考えていた。その連中の要塞奪取の騒動の最中に事を起せば、誰にも気づかれずに、いや気づかれたとしてもそれを制止することは不可能になっているだろう。
彼らにはヘイダール要塞に魔法使いや特殊能力者がいるという情報はなかった。そもそも有ったとしても、それを重要視したかどうか定かではない。グーザ帝国にはそのような者達はいないのだ。
「グーザ帝国の艦隊の様子は?」
と、クルム司令官代理が聞いた。
「まだ動きはない」
と、ダールマン提督が言った。
「グーザ帝国の艦隊が近くに来ているの?」
と、タリア・トンブンが聞いた。
「そうだ。ただ要塞を攻略できるほどの数ではない。こちらには連中の機動兵器があるし、置き去りにされた仲間もいる。それを取り返しに来たのだろう」
「で、どうするの?撃退するの、それとも彼らを捕まえるつもり?」
「さあ、どうするかな?」
と言って、ダールマン提督はスクリーンを見ていた。
グーザ帝国については他の銀河から来た勢力なので、先ほどのゼノン帝国艦隊にしたような寛大な扱いは避けるべきだと彼は考えていた。本格的な侵略軍が来る前に、ふたご銀河の強さを思い知らせた方が、後々の災いを絶つことが出来るだろう。
クルム司令官代理はグーザ帝国について、ほとんど知識がないことに気が付いていた。おそらくロル星団の銀河帝国や元新世紀共和国でグーザ帝国のことを知っている者は誰もいないはずだ。しかし、ダールマン提督――つまりレギオンやリドス連邦王国は、かなり前から彼らの銀河へ偵察のために艦隊まで送っていたことを聞いていた。
「ダールマン提督、グーザ帝国についてだが、卿が知っていることを聞いておきたい」
と、クルム司令官代理は改めて言った。
「そうだな。ハイレン連邦程ではないが、グーザ帝国についてはある程度我々は知っている」
グーザ帝国はふたご銀河からおよそ三億光年程離れた銀河の中にある。彼らがふたご銀河までやって来たのは、偶然というか、おそらく暗黒星雲の種族の一人が銀河間のジャンプ・ゲートの入り口の情報を彼らに漏らしたためである。その目的は、彼らが宇宙航行に使っているエネルギー源であるエネルギー結晶石が彼らの銀河の中で枯渇しつつあるからだった。
ふたご銀河では使われていないそのエネルギー結晶石は、おそらく豊富にあると思われた。将来それを動力源とする宇宙船をこちらで造ることも可能なのだ。
そのエネルギー結晶石を狙ってきているグーザ帝国はすでにふたご銀河の特にロル星団を調査し、惑星カルガリウムにその大きな鉱山があることを発見した。そこで艦隊を派遣し、現在その鉱山からエネルギー結晶石を掘りだしているのだった。
「エネルギー結晶石は、例えばこちらの動力源である核融合炉と比べてどちらが大きなエネルギーを出すことが出来るのだ?」
と、クルム司令官代理が聞いた。
「長く使うことを考えたら、核融合炉の方がいいだろう。ただ、安全で使いやすいということなら、エネルギー結晶石の方だ。動力源としては、一時的には大きなエネルギーを出せるのはエネルギー結晶石だ。だが、そのようなことをすると使える寿命が短くなる」
「しかし、彼らはなぜエネルギー結晶石を使っているのだ?」
「どこでも同じような科学技術の発達がある。グーザ帝国のある蛇つかい座の銀河では大昔、ロル星団で遭ったような核戦争があった。宇宙文明の初期の頃だ。その時、その戦争の惨禍の凄まじさに恐れをなして、核エネルギーを使用することを禁じたのだ。それが今に至っている」
「我々は核戦争を経験したが、核エネルギーを禁じるまでは行かなかった」
と、ディポック提督は言った。
「それは、代替エネルギーを発見するまで行かなかったからだ。彼らは代替エネルギーとして、エネルギー結晶石を発見した。それで、危険な核エネルギーの技術を捨てたのだ」
「しかし、他所の銀河まで来てエネルギー結晶石を掘るなど、それまで他のエネルギーを発見できなかったのか?」
「もちろん、例えば核エネルギーの技術をもう一度使おうという、運動はあった。だが、核エネルギーに熱狂的に反対する勢力があって、中途でとん挫したのだ」
ダールマン提督――レギオンはまるでその時その場に居たような話をした。
「それ、私聞いたことがあるわ。お兄様、昔蛇使い銀河に生まれたことがあったのよね。昔と言っても、そんなに昔じゃないわ。百年かそれ以上前の話だけれど」
「そうだ。私は、ある筋からの相談を受けて、向こうの宇宙に核エネルギ―の技術を再び確立するために生まれたことがある」
「生まれたことがある?他所の銀河にか?」
と、クルム司令官代理が驚いて聞いた。
「別におかしいことではない。このふたご銀河の、特にジル星団のすべての国々に私は生まれたことがある。そして、成長して魔法の呪文を綴る者となったものだ」
「つまり、人間と言うのは死んでもどこかで生まれ変わるということか?」
「そうだ。普通は、一つの惑星上で生まれ変わりをするものだ。ただ、私は様々な惑星に行って、魔法の呪文を綴り、広めたいという目的があった。蛇使い銀河のある惑星に生まれた時は、核エネルギーの技術の再興を頼まれたためだったが、向こうでも魔法の呪文のようなものを綴った。だが、それは向こうではあまりにも異端だったようだ。だから、今では多分忘れられているだろう」
それは、まるで奇抜な小説のような話だった。生まれ変わりと言う話でさえ、ロル星団では絵本の中の話なのだ。
「グーザ帝国の言葉が分かったのも、その所為なのですね」
と、ブレイス少佐が言った。
「そうだ。まだこちらに戻って百年かそこらだから、それほど言葉が変わっていないのだろう」
「すると、こちらに戻ってすぐに、銀河帝国に生まれ変わったと言うことですか?」
と、ダズ・アルグ提督が聞いた。
「すぐにではないが、その必要性を感じたのだ」
「と言うことは、リドス連邦王国では、敵の内情や情報を知るために、相手の国に自分の国の者を生まれ変わらせると言うことか?」
と、クルム司令官代理が聞いた。
「それは違う。敵の内情や情報を知るためではない。第一、その頃はまだ敵とは決まっていなかったではないか。その国に生まれるのは、その必要を感じたからだ」
「どのような必要性を感じたのだ?」
「それは……」
「それは、私から話をしましょう」
と、アルネ・ユウキ――エルレーンのエリンが言った。
「他の惑星に生まれ変わるのは、まず第一に新しい経験を得るためなの。同じ惑星に何度も生まれると経験値が減るということだわ。それと、その惑星の人々の役に立つため。役に立たないのであれば、生まれ変わるというリスクがもったいないですもの。魔法を綴るということは、その惑星に新たな技術をもたらすことでもあるわ。それにもしその惑星の文明が非常にまずい方向に行っている場合、それを修正する意味もある。それに、これが一番大事な理由だけれど、別の惑星や文明に新たに生まれ変わるためには、その地の真の指導者の許可を得ることが必要だわ」
「真の指導者とはどういう者のことを言う?」
「わかり易い言葉で言えば、その地の神様、建国神とでも言ったらいいかしら?」
「神様というと、造物主とは違うのか?」
「そうね。我がガンダルフでは古くからこの宇宙を創造した神様は存在しているというのが正しいことだと言われているわ。ただ、この宇宙を創造した神様となると、普通の人間が遭ったり話をしたりするのはかなり難しいのではないかと考えられているわ。ただ、その創造神の他に、というかもっと人間に近い存在が惑星の文明を指導したりする神や建国神なの。彼らは宇宙の創造神まで繋がっているのだけれど、もっと人間に近く、人間として顕現もする存在なの。人間でも理解できる存在というわけ。そうした存在が、真に惑星や国の指導を司っているということ。だから、この世にいる皇帝だとか王だとか、他に大統領とか議長とか言う存在は、本当の責任者ではないということね。もちろん、そうした建国神に繋がる人もいるけれど、そうでない人もいると言う考えかな」
「すると、そうした神の如き存在の許可を得なければ、他の惑星や文明に生まれ変われないということか?」
「そう。だから、スパイをするためなんて理由では生まれ変われないということ。少なくとも、その惑星や文明に資する貢献するという目的でなければ、許可されないわ」
司令室の者たちにとって、このような考えは聞いた事がなかった。
「なるほど、だからグーザ帝国で、その核エネルギーの復活を謀る技術を伝え、また魔法の呪文という別の文化文明を伝えるために生まれ変わるということで許可されたということか」
と、クルム司令官代理は言った。
「いいえ、お兄様の場合は、向こうのそうした存在からの依頼があったと言うことだわ」
「依頼があった?」
「そう。グーザ帝国は将来のエネルギー問題の解決だけではなく、彼らの文明自体が非常に唯物的になってしまったことを憂えていたの。魔法というのは、それが新たに始まれば唯物的な風潮を変えることができると考えられたからだわ」
「唯物的な考えではなぜいけないのか?」
「だって、この世だけしかないと言う考えでは、あとで非常に困ったことになるのよ」
「エリン、そこまでにしておいた方がいいだろう。今はそれよりも、グーザ帝国の連中にどうするかを考えた方がいいのではないか?」
その言葉で司令室の者達は我に返った。何かとても重要な話だったと思えたのだが、それよりもグーザ帝国艦隊の危険の方が差し迫っていたのだ。
「それには、この要塞にいるグーザ帝国の連中について、どうするかも考えなくてはならないだろう」
と、クルム司令官代理が言った。
「では、あの来たばかりのフォルラ・ドロスレイを呼んでくれないか」
と、ダールマン提督は言った。
「呼んでどうするのです?」
と、グリンが言った。
「奴らが何の目的で来たのかを聞くのだ」
「素直に話をするでしょうか?」
「それは本人次第だ。タリア、ここに居て奴の考えに注意していてくれ」
タリア・トンブンはタレス人の特殊能力者だった。中でもTPの能力に優れている。特にヘイダール要塞に来てから、その能力は強くなっていた。彼女なら嘘を見抜くなどなんでもない。
「それは、構わないけれど、ディース・アルム大尉やほかの人は?ここに居てもいいの?」
「そうだな。そこにいるハイレン人の魔術師は、まずいな」
と、ダールマン提督は言った。
333.
タリア・トンブンはダールマン提督――レギオンが司令室に様々な人間がいるのに、それを何とも思わずに話をしようとしていると思えた。それでそんなことをして大丈夫なのかと、不安に思っていたのだ。
実はこの司令室にはナル・クルム司令官代理が来た時に、ある魔法を掛けていた。司令室の中にどうもあのギアス・リードの仲間がいるようなので、その連中に話が聞かれないようにする魔法である。これはナル・クルムがダールマン提督――レギオンに教えられて掛けたのである。魔法というのは、簡単なものであれば特に魔法使いの修行がいるわけではなかった。つまり、この魔法はそれほど難しいものではなかった。
ただ、同じ魔法を使う者、例えば他の白魔法使いや魔術師などがいると、その魔法はそうした連中には効かない恐れがあった。だから、ダールマン提督はハイレン人の魔術師はまずいと言ったのである。
ハイレン人の魔術師とは、ディース・アルム大尉の仲間で、これまで新世紀共和国の市民の一人だと思われていた者だ。彼はあのダガン・ルグワンのように、その体は新世紀共和国の者だが、ハイレン生まれで、魔術師となり、そしてある目的を持って新世紀共和国に紛れ込んだ者なのだ。
ハイレン人の魔術師は、ダールマン提督を睨んで言った。
「お前は、白魔法使いか?」
「ふん。そうだが、何か言いたいことでもあるのか?」
「惑星ガンダルフには白魔法使いの大魔法使いレギオンという奴がいると聞いた事がある。そいつは、何度もこの世に生まれ変わって、そのたびに強力な魔法使いとなって行くと言う。そんな奴が本当にいるのか?」
「それは、お前が魔術師であるのと同じく、事実だ」
「それなら、俺はそいつに遭って言いたいことがある」
「ほう、言いたいことがある?どんなことだ?」
「お前に言っても始まらないが、魔術師はどんなに頑張っても、なぜ白魔法使いに成れないのか知りたいのだ」
「ほう、お前は魔術師であることに満足しているのではないのか?白魔法使いよりも魔術師の方が力は上だと言われているのだろう。魔術師の方がいいのではないか?」
それが、現代のジル星団の魔法界の定説であるということは、ダールマン提督――レギオンは知っていた。
「そうだ。だが、魔術師と白魔法使いとでは使える魔法が違う。私は、本当は白魔法使いになりたかったのだ。だが、私の生まれた星では、白魔法使いの伝統はすでに消えかかっていた。ほとんど残っていなかったのだ」
その言葉は悔しさに溢れていた。
「お前は、ハイレン人なのだろう?ハイレン連邦にはもう白魔法は残っていないのか?」
「私の知る限り、白魔法はほとんど残っていない。あるのは、魔術師の呪文だけだ」
「それは、知らなかった」
「だから、俺は聞きたい。なぜ、魔術師は白魔法使いになれないのかと」
ダールマン提督――レギオンは珍しくこのハイレン人の魔術師をじっと見つめていた。それは、彼の言っていることが彼の心からの言葉かどうかを考えているように見えた。
「だが、それをレギオンに聞いてどうするのだ?」
と、バルザス提督が聞いた。
「私は白魔法使いになりたかったのだ。魔術師になりたかったのではない。だから、今からでも白魔法使いになれるかどうか、知りたいのだ」
「なるほど」
この魔術師の故郷ハイレン連邦は今どうなっているのだろうか、とダールマン提督は思った。あの貴賓室の御仁ならよく知っているだろう。それにしても、あの白魔法の盛んだったハイレン連邦で魔法の劣化がこれほど進むとは何が起きているのだろうか。
ガンダルフの魔法使い『大賢者』レギオンがジル星団に直近に生まれたのは今から三百年前のことである。もちろん、その頃は惑星ガンダルフに生まれた。その頃ガンダルフではいずれ宇宙文明に至る科学技術が芽生え始めていた。長く魔法に支配されていた星に物質文明が栄える時代が来ようとしていたのだ。それが、魔法の衰退に繋がるとは多くの魔法使いは気づかなかった。
「あの、先ほどのフォルラ・ドロスレイについてですが、こちらに連行してくる途中でいなくなったそうです」
と、ブレイス少佐がフェリスグレイブの部下からの連絡を聞いて言った。
「何だと?」
と言って、クルム司令官代理がダールマン提督――レギオンを見た。
「ふん、そうか」
ダールマン提督は何かわかったように、頷いて見せた。
「あのキンドルラとかいう提督がやったのですかね?」
と、ダズ・アルグ提督が言った。
「いや、奴は今、バルザス提督の宿舎にいるはずだ。それにこちらの動きは知らないはずだ」
「とすると、誰が動いたのでしょう」
「まあ、だいたいわかっている。ただ、奴の本当の目的がよくわからないのだ」
「奴?それは誰のことです?」
「今、この要塞で一番危険な人物のことだ。貴賓室の御仁は健在かな?」
慌てて調べると、ハイレン連邦の魔法議会議長バルーンガは、すでに要塞の貴賓室にはいなかった。
「では、やっと動き出したと言うことか……」
と、クルム司令官代理が言った。
「これは、グーザ帝国とハイレン連邦が繋がっていたということでしょうか?」
と、ブレイス少佐が聞いた。
「いや、そんなことはない。奴は、バルーンガは自分たちに都合の良いことが起きるまで、忍耐強く待っていただけだ。ハイレン人は忍耐力に優れているからな」
「すると、そのハイレン人の魔術師は何か知っているということか?」
と、クルム司令官代理が言った。忘れたように思っていたハイレン人の魔術師に皆の注目が集まった。
「わ、私は、何も知らない。本当だ、何も聞いていない」
「本当のようだわ」
と、タリア・トンブンが言った。もう今は、彼女のTPの能力を騙したりすることは不可能に近かった。
貴賓室には本当に誰もいなかった。ここにはハイレン連邦の魔法議会議長と数人のハイレン人がいたはずだった。
そこにいつの間にか、バルザス提督――銀の月が現れた。魔法でジャンプしてきたのである。
「兄様」
「エリン、君も来たのか?」
「ハイレン人のバルーンガ議長が居たそうね」
「そうだ」
「目的は何?」
「さあ、おそらくは『レギオンの城』を探していたのだろう」
「『レギオンの城』の何が欲しいのかしら?」
「昔から、『レギオンの城』には宝があるとされていた。もちろん、財宝のことではないが……」
『レギオンの城』については、レギオンの他のガンダルフの五大魔法使いたちでもよく知らなかった。なぜなら、魔法を使ってその城まで来られる者は、これまでレギオンしかいなかったからである。他の者達はレギオンと共に何度か来たことがあるだけだ。
「つまり、魔法の呪文をたくさん綴った書物があるということなのね」
「そうだ。だが、現在のハイレン連邦には白魔法使いはほとんどいないと聞いている。魔術師はたくさんいるらしいけれども」
「それなら、白魔法の呪文は役に立たないのではないかしら?」
白魔法使いの呪文は魔術師には使えないと言われていた。使えても、その効力はほとんどないのだ。それがなぜなのか、一般の魔法使いや魔術師にはわからなかった。




