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ふたご銀河の物語  作者: 日向 沙理阿
63/153

ダルシア帝国の継承者

328.

「ゼノン帝国の艦隊から通信です」

「何と言って来た?」

と、クルム司令官代理が聞いた。

 ヘイダール要塞の外、その主砲の到達範囲外にゼノン帝国艦隊はいた。その数、百隻ほどだった。彼らは銀河帝国の首都星ロギノスに駐在している大使に重要な情報をもたらすためにやってきたのだった。ところが、このヘイダール要塞の近辺で、ジャンプ・ゲートが閉鎖されているため、宇宙空間に放り出されてしまったのだ。そのことに怒って、ヘイダール要塞にジャンプ・ゲートを開けるように文句をつけて来たが、要塞側としても自分たちがやっているわけではないので、どうしようもないのだった。

「これ以上、我々を待たすようなら、要塞を攻撃する、以上です」

「痺れが切れたようだな」

と、ダールマン提督が言った。

「どうしますか?」

 その時、要塞の外を映じているスクリーン上に、まるで太陽の光が直接投射されたような光が生じた。

「こ、これは?」

 司令室の者たちが眩しくて目を閉じた途端、何か巨大な力がヘイダール要塞にぶつかって来たように感じた。


「ごきげんよう!」

と、明るい女性の声がした。

 目を開けると、そこに一人の女性が立っていた。これまで司令室にはいなかった女性だ。歳は二十代だろう。黒い髪の美しい女性だった。気のせいか、バルザス提督――銀の月に似ているような気がした。

「だ、誰だ?」

と、少し慌ててクルム司令官代理が聞いた。

「エリン、エリンじゃないか……」

と、ダールマン提督が言った。彼もいつもと違って、少し慌てていた。

「お兄様、お久しぶりです。お元気でしたか?」

と、にこやかにその女性は言った。

「あの、ダ―ルマン提督、お知り合いですか?」

と、ディポック提督が聞いた。

「あら、お兄様はここではダールマンというの?」

「ああ、ここではな」

「ダールマン提督、こちらはどなたかな?」

と、クルム司令官代理が気を取り直して聞いた。

「紹介しよう。私の妹のエリンだ」

「妹?ダールマン提督に兄妹が居たのですか?」

 確か、銀河帝国生まれのオルフ・オン・ダールマン提督に兄妹はいないはずだった。司令室の者達は呆れて二人を見ていた。とすると、血の繋がっていないが特別に扱うという、例のリドス連邦王国の特別法の兄妹に当たるのだろうか。

「それに、もう一人いるはずでしたわね。ディー兄様はどうしました?」

「いや、それよりも、エリン、おまえまさかゼノン帝国の艦隊に何かしなかったか?」

「あら、あの邪魔な連中のことですか?」

 その時、通信員が割って入った。

「司令官代理、ゼノン艦隊旗艦より緊急通信です。ええと、なぜ攻撃したのか、と聞いています」

「何?我々は攻撃などしていない。どうしたのか……」

 スクリーンで外を見ると、これまでゼノン艦隊があった場所に旗艦らしき艦影があるだけで、他の艦の姿はなかった。

「ゼノン艦隊なら、私がどかしたの。だって私の行く場所にいるのですもの。邪魔ものをどかしただけだわ。それがどうかして?」

「……」

 ゼノン帝国の艦隊は総数、百隻は下らないだろうと思われた。それを、いとも簡単に邪魔だからどかしたと言われても、俄かには信じがたいことだった。従って、司令室の者達はダールマン提督の妹という女性の話が理解できなかった。目の前に飛んでいるハエが邪魔だから取り除いただけ、と言う風な言い方だった。

「ええと、つまりあなたがゼノン帝国の艦隊を攻撃したのですか?」

と、ダズ・アルグ提督が聞いた。

「やだわ、攻撃だなんて、ちょっとどかした、つまり移動させただけでしょ?」

 微笑んでいるエリンはどう見ても普通のどこにでもいる女性に見え、一艦隊を攻撃することなど不可能にしか見えなかった。だが、スクリーンで外を見ればゼノン帝国の連中の言っていることは嘘ではない。

「あの、どかしたというと、どうしたのでしょう?」

と、慎重にブレイス少佐が聞いた。

「あら、あなたは?」

「私は副官のブレイス少佐です」

「そう。私はアルネ・カサス少佐だったけれど、今はアルネ・ユウキ、リドス連邦王国第十一王女です」

 リドスの王女と聞いて、司令室の者達は驚いた。王女が来たから驚いたのではない。これまでヘイダール要塞にはリドスの王女と名乗る女性が何人か来た。その誰とも似ていないし、以前は王女ではなかったように話すのが変だったのだ。

「あのう、通信が入っていますが?」

と、通信員が注意深く言った。

「どこからだ?ゼノンからか?」

と、クルム司令官代理が聞いた。

「いえ、リドス連邦王国第十一艦隊だそうです。遠くから来ているようなので、あまりはっきりとはしないのですが、こちらに十一番目が来ていないかと、聞いてきています」

「あら、早かったのね。私の艦隊だわ」

「というと?」

「私が聞いた話では、リドスの王女になると艦隊が新しく編成されるのだそうよ。私は十一番目だから、艦隊も第十一艦隊というの。分かりやすいでしょう」

 その話し方では、まさしく以前は王女ではなかったように聞こえる。

「あの、そうしますと最近リドスの王女になったということですか?」

と、ブレイス少佐が聞いた。

「そうよ。私は今回、ガンダルフの国の普通の市民の両親から生まれたのであって、王女に生まれたのではないわ」

「では、どうして、その普通の市民の両親から生まれたあなたがリドスの王女になったのですか?」

「それはね、私がガンダルフの五大魔法使いの一人だからだわ。それは彼らが、つまりリドス連邦王国の王族のことよ、その彼らがガンダルフに来た時の約束だったそうだから」

「では、あなたはガンダルフの魔法使い、つまり魔女なのですね」

「もちろんよ。ガンダルフの五大魔法使いの一人『エルレーンのエリン』というのが私の名だわ」

「で、先ほど少佐と言っていましたけれど、今回一般市民に生まれて、職業として軍人になったということですか?」

「そう。我がガンダルフは、かつては平和な惑星だったけれど、今は多くの国々に分かれていて、戦争をしているの。私の生まれた国もそうだったわ。私は軍人になって主に兵器の研究をしていたの」

「兵器?魔法ではないのですか?」

「まことに残念ながら、現代のガンダルフは魔法がかなり廃れてしまったの。科学技術が発達すると、大抵そうなってしまうわ」

と、ため息をついてリドスの第十一王女、アルネ・ユウキ、そしてガンダルフの五大魔法使いの一人『エルレーンのエリン』は言った。

「それで、ゼノンの艦隊を攻撃したのではなく、移動したというのは、どういうことなのだろうか?」

と、クルム司令官代理が冷静に聞いた。

「それはね、いずれ、そう二、三年も経てば、彼らは自分の国に戻って来るということだからよ」

「二、三年で戻って来る?」

「ええ、そのくらいの距離を動かしたということ。そうね、彼らは今、おそらくふたご銀河と別の銀河の間の宇宙空間に漂っていると思うわ」

 ほんの瞬きをするほどの時間に、ゼノン帝国の艦隊のほとんどをそんな遠くへやったと言うのだ。これまで魔法使いやリドス連邦王国の連中と関わり合わなかったなら、嘘だと思ったに違いない。

 艦隊を移動させるという魔法なら、バルザス提督、つまりガンダルフの魔法使いの銀の月が以前この要塞でもやったことがある。あの時は惑星連盟の国々の艦隊をそれぞれの国へ戻したのだった。ただ、あの時は銀の月一人でやったのではなく、ジル星団の古い国々の魔法使い達やディポック提督の協力を得てできたのだった。それに、その魔法を使った時は、宇宙空間に大きな魔法陣が浮かんだのを司令室の者達は覚えていた。

 しかし、今回はそのような魔法陣は誰も見なかった。それに、魔法の呪文のようなものも聞いていない。

「だ、大丈夫ですか?」

と、心配そうにブレイス少佐が聞いた。

「何が?」

「その、ゼノンの艦隊の方です」

「大丈夫よ。彼らがそんな目に会うのは、初めてではないから。以前はよくガンダルフの方にも侵略に来ていて、散々同じ目にあって、侵略を断念せざるをえなくなったのよ」

「あの、以前というのは、いつ頃のことですか?」

と、ダズ・アルグ提督が聞いた。

「そうね、今から数千年前のことだから、そう昔ではないわ」

 エルレーンのエリンが話しているのは、惑星ガンダルフの歴史の一部なのだった。


 咳払いをして、タリア・トンブンが言った。

「あの、忘れているようですので言わせてもらいますが、ディポック提督ディース・アルム大尉の話を聞いてもらえますか?」

 突然生じた眩しい光に幻惑されたのは、司令室へやってきた元新世紀共和国の連中も同じだった。

 すると、

「あら?あなたはもしかして、アプシンクスなの?」

と、エルレーンのエリンがタリアを見て言った。

「え?」

 タリアはダルシア人の時の名前を言われて、驚いてガンダルフの魔女を見た。

「ね、そうでしょう?あなたはアプシンクスよね。でも、人間に生まれていたなんて、私気づかなかったわ」

「ええと、私とあなたが知り合い?」

「そうよ。ディー兄様はライアと仲良しだったけれど、私はアプシンクスと友人だったわ」

「そ、そうですか。でも、私はあなたのことは覚えていないわ」

「今に思い出すわよ。私だって、まだ全部思い出したわけじゃないから……」

 そう言うと、エルレーンのエリンはタリアの後ろにいる者達を見た。

「あら、そんなところにいたの?隠れないで出て来て、ディー兄様」

 タリアの後ろから現れたのは、バルザス提督だった。バルザス提督とエルレーンのエリンを見比べると、二人は驚くほど似ているということに気が付かざるをえなかった。もちろん、バルザス提督は帝国に生まれたのであり、エリンはガンダルフに生まれたのであって、種族が違うのだが。

「バルザス提督、あなたがその彼女の言う『ディー兄様』なのですか?」

と、ディポック提督が聞いた。

「ガンダルフの銀の月は、ここではバルザス提督というの?」

「やあ、ロリアン突然来るから驚いた」

 エルレーンのエリンはバルザス提督に飛びついた。

「懐かしいわ、兄様。ずっと会いたかった、だから急いでやって来たのよ」

「ロリアン、ここは人前だから、それにここでは私は元銀河帝国の人間なのだよ」

「それは聞いたわ。サンシゼラもいると聞いたわ。彼女はどこ?」

「今はここにはいない」

「それは、残念ね」

 そこでタリア・トンブンはもう一度咳払いをしなければならなかった。

「あの、こちらも話を聞いて欲しいのですが……」

「あら、ごめんなさい。アプシンクス、あなたを無視したのではないわ。お兄様に遭えてうれしかったから」

「あの、私の名はタリア・トンブンです。こちらを使ってください。私だけではなく、他の人も混乱してしまうので」

「そうなの?それは構わないわ。それで話と言うのは?」

「アルム大尉、先ほどからの話の続きを……」

と、タリアが催促した。


329.

 ディース・アルム大尉はいったいこれはどうなっているのだろう、と驚くばかりだった。この司令室の中での話に付いて行けないのだ。上の連中はともかく、要塞の他の区域で仕事をしている幹部以下の士官や兵士は噂で魔法使いやリドス連邦王国などについて聞いているだけで、事実はどうだかわからないという認識なのだ。

 それが今、その魔法と言うモノを現実に、目の前で見てしまったのだ。しかも、その魔法と言うのは絵本の中で使われているようなものではなかった。その想像だにしていなかった、魔法の規模と効果にアルム大尉は圧倒されたのだ。

「……」

 言葉を考えながらアルム大尉が黙っていると、

「あなた、もしかしてタゴン族なの?」

と、アルネ・ユウキ――エルレーンのエリンが言った。

「な、何だって?」

「あなたに、それが分かるの?」

と、驚いてタリアが言った。

「わかるわ。そう、アルフ族がロル星団に移住してくる前にいた、巨人族のことでしょう?」

「じゃ、彼の守護霊と話ができる?」

「それは無理ね。ディー兄様ならともかく、私には雰囲気で分かるくらいだわ。でも、珍しいわ、タゴン族の人に会うなんて」

「私は元新世紀共和国のディース・アルム大尉だ。タゴン族などではない」

「それは、昔タゴン族として生きていたということよ。そうでしょう、ええと、タリア・トンブンと言うのでしたかしら?」

「そう。彼はアルム大尉は確かにタゴン族だった。私にはわかる」

「何を言っているんだ?」

と、困ったようにアルム大尉は言った。


「あのう……」

と、通信員が遠慮がちに言った。

「どうしたのだ?」

と、クルム司令官代理は言った。

「実は、先ほどからゼノン帝国艦隊の旗艦から司令官代理を出せと言ってきているのです」

「いったい何の用なのだ?」

「それが、要するに他の艦を攻撃した理由を聞きたいと言うのです。何の予告もなしに攻撃するのは卑怯ではないかと……」

「何だと?こちらは攻撃していないと言ったのか?」

「言いましたが、向こうは聞きません」

 それを聞きつけて、アルネ・ユウキ――ガンダルフの五大魔法使いの一人『エルレーンのエリン』は言った。

「失礼ですけれど、司令官代理、私が出てもよろしいですか?」

「あなたが?しかし、……」

「あの艦隊をどかしたのは私ですから、私が直接話した方がいいと思います」

「わかった。いいだろう」

 スクリーンにゼノン帝国艦隊旗艦にいるグアスポラス・フォン提督と副官のアルゼリオ・グノイ少将の姿が映じた。

「お前たちは、何ゆえに我々を攻撃したのか、その理由を聞きたい」

と、グアスポラス・フォン提督が怒りのあまり爬虫類の顔に、普通の人間のように青筋を立てて言った。普通の人間ならその姿に恐れおののくはずだ。このヘイダール要塞の連中がゼノン人を見慣れているはずがなかった。

「それは、私から話をしよう」

と、アルネ・ユウキ――エルレーンのエリンが言った。

「お前は誰だ?」

 初めて見るその人間族の女に、グアスポラス・フォン提督は一瞬不思議そうな顔をした。その女が少しもゼノン人を怖れている風に見えなかったので、怒りが少々削がれてしまったのだ。

 スクリーンに向かって、アルネ・ユウキは腰に手を当てて立った。全身がよく相手に見えるようにしたのだ。

「お前は、ゼノン帝国艦隊の提督か?」

と、最初から相手を見下すように彼女は言った。

「そうだ」

「では、言っておく。攻撃などしてはいない。お前の艦隊は私の行く手の邪魔をした。だからどかしたに過ぎない」

「何だと?邪魔だったというのか?」

 その無礼な言いようは、ゼノン帝国艦隊のグアスポラス・フォン提督の怒りに油を注いだ。

「わが艦隊をそのように言う、お前は何者だ!」

「私はガンダルフの魔法使い、エルレーンのエリンと言う。その名が、お前の低い知性では記憶にあるだろうかと心配だが、名乗ってやろう」

「エルレーンのエリンだと?あの伝説の『ガンダルフの守り手』のことか?そんな者がこの現代にいるはずがないし、こんな辺境にいるわけがない」

「せっかく名乗ってやったというのに、信じられぬというのか?愚かな」

「そのようなことが信じられるか!我々に予告もなしに攻撃したのでさえ、許されることではないのに、邪魔だったからどかしたなどと、たわごとを言うとは。それならば、我々にどれだけのことができるか、思い知らせてやる!」

「それなら、好きなだけやるがいい」

と、アルネ・カルネ――エルレーンのエリンは突き放すように言った。

「あ、あの通信が切られました」

と、通信員が言った。

「かなり怒っていましたけど、大丈夫ですか?」

 ヘイダール要塞が攻撃を受けたらどうなるだろうか、と通信員は心配したのだ。以前攻撃を受けた時は、要塞の外壁に大穴が空いたのではなかったか。

「大丈夫です」

 ふと見ると、スクリーンに映っていたゼノン帝国艦隊の旗艦の艦影が見えなくなっていた。

「あれ?ゼノンの旗艦はどうしたんだ?」

と、ダズ・アルグ提督の声がした。

「探知装置の範囲内には、艦影がありません」

「あのような危険な連中は、どこかへ行ってもらった方がいいのです。これで、静かになりましたでしょう?」

と、アルネ・ユウキ――『エルレーンのエリン』は澄まして言った。

 司令室の者達はそんなアルネ・ユウキを見て、とんでもない怪物がやって来たのではないかと不安になった。


 ディース・アルム大尉は、これはいったい何なんだと思った。外に居たゼノン帝国とか言う艦隊は確かにいない。探知しないというのだ。ということは、本当にこの女があの艦隊をどこかへやったというのか?そんなことがありうるのだろうか?疑問がむくむくと心の中に湧きあがってくる。

「い、いったいお前は誰なんだ?」

と、ディース・アルム大尉は言った。

「私が誰かよりも、あなたはここに用事があって来たのでしょう。それを邪魔したのは悪かったわ。どうぞ、話をしてくださいな」

と、先ほどとは違って、遜るようにアルネ・ユウキは言った。

「そうだった。ディポック提督、私は今の我々兵士たちの生活について、何とかしてもらいたいのだ」

 ディース・アルム大尉は司令室に一般兵士たちの給料となっているカードのポイントが減った件について、話を聞いてもらいに来たのだ。それは政治代表たちが勝手にやっていることだった。

「だが、私はここではただの顧問に過ぎない。私の話では政治代表はおそらく話を聞かないだろう」

「共和制というのなら、お前たちが直接政治代表に会いに行ったらどうだ?」

と、ダールマン提督が言った。

「それは、すでにもうやってみた。だが、連中は我々を無視したのだ。部屋に我々の代表が言っても会おうとしない」

「なるほど。連中のやっていることは共和制とは似ても似つかない独裁だというわけか?」

「そうだ、そう言うことだ。だから、ディポック提督なら連中に遭えると思って、彼に話をしてもらおうとしたのだ」

 話を聞いていたアルネ・ユウキが言った。

「ちょっと、私も話に加わってもいいかしら?」

「どうしたのだ?」

と、ダールマン提督が言った。

「この要塞では兵士の給料をカードのポイントで払っているの?」

「そうだ」

「それって、この要塞だけしか使えないもの?」

「そうだな。おそらく、元本国の惑星ゼンダでも使えないだろう。もちろん銀河帝国でも使えない」

「それならカードのポイントを増やすと誰か困るのかしら?」

「さあ、どうだろうか。何しろ、この要塞は銀河帝国とも元新世紀共和国とも交流はないことになっている。だから、ここでしか使えないのだからな」

「それなら、減らすと言うメリットは何?」

「特にないだろう。減らしても増やしても、誰の特にもならない」

「それならなぜ、カードのポイントを減らしたのかしら?」

「おそらく、他人のポイントを減らさないと、自分のポイントを増やせないと勘違いしているのではないかな?」

「誰が?」

「この要塞の政治代表だよ」

 話を聞いていたアルム大尉は、驚いたように言った。

「すると、我々のポイントを減らされたわけは、特に理由がないということか?」

「単に、勘違いしているだけだ。何しろ、ここでしか使えないのだから、いくら自分の分を増やして溜めて行っても何をどこで買うというのだ?」

 ヘイダール要塞のカードのポイントの数値は、他の国の通貨と価値が連動しているわけではないし、交換もできないのだ。

「それなら、我々のカードのポイントを前と同じようにしても誰も困らないということか?」

「そうだな」

「だが、そうは言っても我々が勝手に戻すことはできない」

と、グリンが言った。

「では、誰に言えばいいのだ?どうすればいいのだ?我々は毎日真面目に要塞で仕事をしている。それなのに、何の理由もなくこんなことが行われていいはずがない。生活が苦しくて困っている連中もいるのだ」

 それまで黙って聞いていたクルム司令官代理が、

「まったく、くだらん。ここは軍事要塞なのではないのか?そこに政治代表がいるということがおかしいのだ。要塞司令官だけで十分ではないか。彼らがいることが間違っているのだ。要塞司令官がすべてを掌握すべきではないか。違うか?」

と、呆れたように言った。

「あなたの国ではそうなのでしょう。ですが、我々は多くの市民の意見を重要視しているのです」

「そうかな?ここでは政治運動などする暇も必要もあるまい。次から次へと敵の攻撃があると言うのに、そんなことできるわけがないではないか。皆言いたいことが言えないだけではないのか?それで我慢できなくなってから、暴動や反乱などが起きると言う訳か?それなら帝国の政治とさして変わらないではないか」

「つまり、問題は今の政治代表を選んだ選挙にあったと言う訳ね」

と、アルネ・ユウキ――エルレーンのエリンが言った。

「そうだ。我々は政治代表に意見を言おうとしたが、まるで聞こうとはしないのだ。だから、司令室の連中も同じだと思っていた」

「それなら、話は速いわ。政治代表を力づくで新しい選挙をすると言わせればいいのよ」

「それは乱暴ではありませんか?」

と、ブレイス少佐が言った。

「なら、いつまでも皆で悩んでいるわけ?これからもどんな敵が、いつ現れるかわからないと言うのに」

 肝心の軍事要塞の中が政治的に混乱しているようでは、新たな敵が現れた時に適切に対応できないというのは、誰もが分かることなのだ。

「ですが、政治代表を新しく選ぶと言いますが、今の政治代表の任期も決まっていないのです」

「と言うと、いつまでも彼らにやらせておくわけ?それでいいのかしら。何も決まっていないと言うのなら、まずそのルールを決めるところから始めなければならないわけね。それを理由にして政治代表とやらと交渉できないのかしら?」

「なるほど、それはやってみる価値があるかもしれない」

と、ディポック提督が言った。


330.

 その時、通信員がひどく言いにくそうに言った。

「あのう、所属不明の艦が要塞に近付いてきているのですが、どうしますか?」

「今度は何だ。艦隊ではないのか?」

と、クルム司令官代理が聞いた。

「艦影は一つだけです。それが、つい先日要塞に来たナンヴァル連邦の艦のようなのです」

「何だって?」

と、ダールマン提督が珍しく驚いて言った。

「通信が入って来ました」

 スクリーンには、確かに先日来たナンヴァル連邦の高速艦のゼルアナン号の艦長デル・タトール・ナンが映じた。かなり疲れている様子だった。

「レ、レギオン殿、助けて下さい。マグ・ゼレン・シャ様とその白魔法使いがゼノン帝国の魔術師に囚われてしまったのです」

「そのマグ・ゼレン・シャというのは、新しい大使のことか?」

「いえ、前帝都駐在大使です。実は、あの帝国へ新大使を護送してきた艦隊司令官が我々を裏切ったのです」

「裏切ったと言うのは、穏やかではないな」

と、ダールマン提督が言った。

 ナンヴァル連邦の軍人が政府の全権大使を裏切るというのは、これまで聞いたことがない。ナンヴァルの軍人は自国の政府に忠誠心の篤いことで有名だったのだ。

「しかし、このままでは新大使の方も安全かどうか不安です」

「いや、そちらの心配はいらないだろう。キリュー・ガトラ・トーラなら大丈夫だ」

 キリュー・ガトラ・トーラは新しい呪文をレギオンから教えられているのだ。

「それで、いったいどうしたいのだ?」

「司令官代理、我が艦にヘイダール要塞への入港を許可してほしい。我々は是非ともレギオン殿の助力が必要なのだ」

「わかった。許可しよう」


 ナンヴァル連邦の高速艦ゼルアナン号の艦長デル・タトール・ナンの話によれば、ナンヴァル連邦の新大使が帝都に到着して後に、前大使がナンヴァル連邦から来た迎えの艦隊の旗艦に乗った。その後、ゼノン帝国の艦隊旗艦に挨拶に行ったまま、戻ってこないというのだった。

「ナンヴァル艦隊のルダ・ハルトス・ナン提督に何度も前大使が行方不明だという話をしました。ですが、そんなはずはないと、私の話を聞こうとしないばかりか、命令違反で私を軍法会議に掛けるというのです」

「軍法会議に掛ける理由と言うのは何だ?」

と、ダールマン提督――レギオンは聞いた。

「新大使付きの魔法使いをナンヴァル連邦に帰すという司令官の命令に反して、再び帝都へ連れて来たことが命令違反であるというのです」

「それは、言いがかりではないか」

「それ以来、私は新大使にも会わせてもらえなくなってしまいました。ですから、新大使やキリュー・ガトラ・トーラは私の窮状を知りません。ですが、部下たちがそれを見かねて私を助けてくれたのです」

「すると、ゼルアナン号の艦長と乗員全員がナンヴァルの軍法会議モノだというのだな?」

「はい。もうしわけありません」

 ナンヴァル連邦の艦隊司令官が勝手にそんなことをするはずはなかった。と言うことは、これはもっと上の方からの方針だと言うことになる。上と言うと、おそらく新しい大調整官だろうとダールマン提督は推測した。にしても、自分の国の大使や魔法使いを使い捨てにするようなことをするなど、ナンヴァル連邦ではこれまでなかったことだった。

「ナンヴァル連邦は、近頃かなり変わったと聞いているわ」

と、アルネ・ユウキが言った。

「変わったというのは、どういうことだ?」

「ゼノン帝国とかなり親しくなっていると聞いているわ。それで、ナンヴァルはリドス連邦王国と貿易や安全保障などについて条約を結んでいるけれど、ちょうどこれからその更新の時期に当たるのよ。けれど、ナンヴァル連邦からその更新をしようと言う話はまるでないそうよ」

「そ、そんなこと話してもいいのですか?」

と、ブレイス少佐が驚いて言った。一国の条約についての情報は、国家機密級ではないのか。

「あら、構わないわ。こちらに来るときに、口止めされなかったもの」

「つまり、リドス連邦王国はこのヘイダール要塞を敵とは思っていないということか?」

と、クルム司令官代理は言った。

「そうね。特に条約を締結した同盟国ではないけれど、それと同等の扱いをしてもかまわないということだわ」

 これはヘイダール要塞にいる者達にとっては、驚きだった。彼らは元新世紀共和国の政府に反旗を翻したつもりはなかった。ただ、ディポック提督への扱い方が不公正であると感じた者達が彼の名声に引かれて集まり、ここまで来てしまったというわけなのだ。独立した政治勢力になろうとしているわけではない。だが、リドス連邦王国では自分たちを一つの国家並みに扱うということなのだ。

「その話は急ぐ必要がありそうだな。帝都のプロキシオン号に通信をして、もちろんアリュセアにも話をして、帝都のナンヴァル新大使の方へ話をしてもらおう」

と、ダールマン提督は言った。

「帝都のナンヴァル新大使へ話をすることができるのですか?」

と、艦長のデル・タトール・ナンは聞いた。

「直接は難しいが、プロキシオン号を介してなら可能だろう」


 その時、司令室の外にいる警備兵から連絡が入った。

「政治代表がお見えです」

「今、忙しいと言え!」

と、クルム司令官代理が言った。

「ですが、ゼノン帝国艦隊のことで話があると……」

 政治代表はすでにゼノン帝国艦隊が居なくなったことは知らないのだった。だが、ゼノン帝国艦隊がいると言う情報はどこから漏れたのだろうか?

「司令官代理、ゼノン帝国の艦隊が来ているそうではないか!」

と、司令室に入って来るなり、エルシン・ディゴ政治代表が怒鳴った。司令室の警備兵では要塞の政治代表の入室を拒否することはできないのだ。

「ゼノン帝国の艦隊?そんなもの、いったいどこにいるというのか?」

と、クルム司令官代理が落ち着いて言った。

 要塞の外を映すスクリーンには、ゼノン帝国艦隊どころか、どこの艦も映じていない。

「な、何?いや、その……」

 怒りの矛先を外されて、エルシン・ディゴは困ったようにあたりを見回した。


「まずいわ、私達がいるところを見られるのは……」

と、タリア・トンブンが小声で言った。

「そうね。でも、大丈夫、彼には私たちは見えないから」

と、アルネ・ユウキ――エルレーンのエリンが言った。

「どうして?もしかして、魔法を使ったの?」

「そうよ。でも、出来るだけ静かにしていてね。そちらのディース・アルム大尉も他の人もね」

「わ、わかった」

 ナンヴァル人のデル・タトール・ナンもいたが、黙っていた。


 エルシン・ディゴ政治代表は司令室を一渡り見回すと咳払いをして、

「ともかく、これからヘイダール要塞に起こったことは逐一私の報告するように」

と、言った。

「わかった。それで、政治代表は何の用でここへ来られたのか?」

「その、ちょっと様子を見に来ただけだ。ともかく、言いたいことはそれだけだ」

「それならば、部屋の方へ戻って頂きたい。こちらはこちらでやることがある。通常の任務を遂行しなければならない」

 要塞は敵の攻撃が無くても、要塞に配備されている兵器のメンテナンス、艦隊のメンテナンス等やることはいくらでもあるのだ。この他に武器の製造もこなすので、その計画も立てなければならない。

 だが、部屋へ戻ろうとする政治代表へディポック提督が言った。

「お話があるのですが、エルシン・ディゴ政治代表」

 ディポック提督の方へ振り向くと、

「何だ君は、私に何の話か?第一、君は司令室の者ではあるまい」

と、エルシン・ディゴは冷ややかに言った。

「私は軍人としてではなく、この要塞の一市民として話をしています」

「なるほど、それで、話とは何だ」

「この要塞の兵士や市民たちの使うカードのポイントについて、お聞きしたいのです。あなたが政治代表になってから、そのカードのポイントが減らされたと言って、困っている者たちが大勢います。なぜ、そのようなことをしたのですか?」

「それはだな、この要塞の政治代表をする我々にもカードのポイントが必要だからだ。そのため、多くの者達から少しずつ我々にポイントを分けてもらったということだ」

 つまり、政治代表たちにとっては他の者達から減らした分は税金と同じだという感覚だった。

「しかし、そのポイントはこの要塞でしか使うことのできないものです。貨幣とは違います。ですから、特に一般人のポイントを減らす必要はないのではありませんか?」

「何?必要ないとはどういうことだ?」

「ですから、政治代表の分を出すために、他の一般人のポイントを減らす必要はないということです」

と、ディポック提督は繰り返して言った。

 だがエルシン・ディゴ政治代表は、首を傾げた。ディポック提督の話が理解できないようだった。

「わからん奴だな。つまり、この要塞は自給自足になっている。他から何かを持って来る必要はない。だから、政治代表の分のポイントを増やすために、他の者のポイントを減らすことはないと言っているのだ。卿らは必要なだけポイントを増やせばいいし、それに対して他の者のポイントを減らすことはないのだ」

と、イライラしてクルム司令官代理は言った。エルシン・ディゴに、早く司令室から出て行ってほしいのだ。

「何だって?」

「要するに、他の者から減らしたポイントを元に戻せと言っているのだ」

「私に命令するのか?」

「別に命令などしてはいない。そうしないと、一般兵士がいずれストライキを起こすことになるだろうと言っているのだ」

「何だと、そんなことを企んでいるのか?」

「違う。それでなくとも、このポイントを減らした所為で、一般兵士の間でかなり混乱が起きている。それを知らないのかと聞いているのだ」

「それを取り締まるのが、お前たちの任務ではないのか?」

「それが正しいことならそれで済むが、そのポイントのことは不平等だという噂がすでに広まっている。このままでは、いずれストライキどころか、暴動に発展する可能性もある。ま、私はリドス連邦王国の者だから関係ないが……」

と、最後は突き放したようにクルム司令官代理は言った。

 エルシン・ディゴ政治代表は、クルム司令官代理とディポック提督を睨んだ。

「どうしろと言うのだ」

「だから、以前の通りにした方がいいと言っているのだ」

「だが、我々の分はどうなるのだ?」

「それは、今のままでいいのではないか?別に誰も卿の分を減らせと言っているわけではない」

「しかし、そんなことをしたら、その、示しがつかないではないか」

「示し?何だ、それは。一つ聞いておきたいが、卿がこの要塞で何か有益なことをしたことがあるのか?他の者に自分たちが上であると示したいのであれば、兵士のポイントを減らすのではなく、もっと有益なことをするべきではないか」

「だが、何をすればいいのかわからないのだ」

「それなら、まず、以前のようにすべてを戻すことから始めたらどうだ?そうすれば、少なくとも一般兵士の不満も無くなるだろう。一つは、有益なことをしたことになる」

「だが、それをすると、ディポック提督を司令官に戻さなければなるまい」

 それが一番嫌だというように、エルシン・ディゴは渋々言った。

「それでいいではないか。何か問題でもあるのか?」

「クルム司令官代理、お前はそれでいいと言うのか?司令官では無くなるのだぞ!」

「構わぬ。私は、特に司令官に成りたいわけではない」


 ディース・アルム大尉はホッとしたように頷いた。

「まったく、どうしようもない人ね」

と、アルネ・ユウキ――エルレーンのエリンは言った。


「何か言ったか?」

と、エルシン・ディゴはあたりを見回して聞いた。

「何かとは?」

「誰か女の声が聞こえたように思うのだが……」

 ブレイス少佐はエルシン・ディゴにアルネ・ユウキの姿が見えていないのに気づいた。他の者達には見えているのだが、エルシン・ディゴの視線の先に確かにアルネ・ユウキの姿があるのに、彼女の姿が捕えられないのだ。これは魔法だと気づいて、ブレイス少佐は言った。

「誰も何も言っていません。気のせいでしょう」

 アルネ・ユウキは、自分をチラッと見たブレイス少佐にウィンクをして答えた。

「ともかく、それについてはよく検討してみることにする」

と、案外素直にエルシン・ディゴは応じて司令室を出て行った。

 クルム司令官代理に要塞の一般兵士や民間人が暴動を起こすと言われたことが、彼にはかなり効いているようだった。



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