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ふたご銀河の物語  作者: 日向 沙理阿
62/153

ダルシア帝国の継承者

325.

 ヴォイド公爵家は銀河帝国が始まって以来ずっと、公爵家だった。ただ、その名はいつの間にか巷間から忘れられて、公爵家自体があるのかないのか誰も知らない、そんな影の薄い貴族だった。

 前王朝の時代には時流に乗れる様な子孫はなく、ただ爵位を得た頃からの資産を食いつぶすだけだった。それはあのジェグドラント伯爵家と大して変わらない。

 新王朝が始まっても、誰もヴォイド公爵家の存在を思い出さなかった。もちろんそんな家であったから、新王朝の設立前の貴族の反乱のような事件に巻き込まれることがなかったのは幸いだった。世間がヴォイド公爵家の存在に改めて気づいたのは、ウォーゲルン公爵家が皇帝陛下に対する反逆罪で帝国軍の奇襲を受けて壊滅の憂き目にあった時だった。

 世間の人々は、ウォーゲルン公爵家しか知らなかったので、もう公爵家は亡くなってしまったのかと残念がった。だが、中にはそうしたことを調べる物好きな連中が居て、ようやくヴォイド公爵家が存在していることが世上に昇ったのだった。

「何とも言えぬものだ。公爵家と言う貴族はもうなくなったのか、残念なことよのう……」

と、国務卿ガラシア・オル・ドレイシア伯爵は部下に訊ねた。

「いえ、確かヴォイド公爵家があったはずでございます」

「ヴォイド公爵家?そんな貴族がいたのか……」

 国務卿が驚いたのは不思議ではない。他の貴族にはその名を知っている者などなかったからである。

「それが、最近家紋を変えたことがございまして、それで、ヴォイド公爵家なる貴族がいることがわかりました」

「家紋を変えた?どのような家紋なのだ」

「それが、黒い髑髏の家紋に変えたのでございます」

「何と、そのような不気味な家紋を望む者がおったとは、ヴォイド公爵は変わった人物のようだな」

「さあ、どうでしょうか。申請に来たのは公爵本人ではなく、執事でございましたので……」

「執事が来たと言うのか?公爵は何か外に出られぬような病気か障害でもあるのか?」

「確か、高齢とのことでございました」

「年寄りか。それで爵位を継ぐ子供はいるのか?」

「さあ、それはどうでしょうか。何しろ、ヴォイド公爵を見たことが有る者は居ないのでございます。ましてその跡継ぎの話は聞いた事がございませぬ」

「だが、調べるように言っておこう。いつ何時、何が起きるかわからぬからな」

「は、御意に添うように致します」

 国務卿はため息をついた。このところ、ため息をつくようなことが無くなって来たと思ったが、どうもそうはいかないらしい。彼の所に来た報告では、帝都において治安が悪化しているとのことだ。その理由は判然としない。ウォーゲルン公爵家やジェグドラント男爵家の廃絶があったせいではないかと言う者もあったが、一般の庶民には貴族の家の興亡などそれほど興味があるとは思えない。それに、治安の悪化は帝都のみのことで、他の惑星都市には波及していないのである。もちろん、新領土となった元新世紀共和国の首都星辺りは治安が悪いと言っても、これはまた別の問題である。

「そう言えば、ナンヴァル連邦の大使から、前大使の件についてお聞きしたいことがあると言ってきておりますが……」

「ナンヴァル連邦?そう言えば、先日皇帝陛下がナンヴァル連邦の大使を宮殿の陛下の居間に招いたと聞いたが、何かあったのだろうか」

「如何いたしましょう」

「ナンヴァル連邦に、なぜか陛下は好感を持たれているようだ。そう無碍にするわけにもいくまい。で、誰が来ているのだ?」

「大使の傍仕えのものと申しておりました。もし閣下の御都合がよろしければ、その日時をお聞きしたいということでした」

「そうか。では明日にでも予定を入れておくように」

「わかりました」

 国務卿にとっては、ジル星団の連中はあまり付き合いたくない者たちだった。まず容姿が人間とは違うし、言葉も違う。もっとも言葉の方は同時通訳の特別な装置があると言うことで、これまで困ったことはない。ただ言葉が違うということは、物の考え方が人間とはかなり違うのではないかと彼は感じていた。その違いがまだあまりよく分かっていないのが困った点である。それに、聞くところによると彼らジル星団からやって来ている者達は宇宙船の航行技術に於いて、銀河帝国にない技術を持っているようなのだ。それが何であるかまだ分かっていないが、それについては多少聞いておきたいと思っていたのだ。


 ヴォイド公爵家は今日も平穏だった。

 その存在すら忘れられていたヴォイド公爵は、貴族の友人知人もなく、さりとてそれを苦にしているようでもなかった。御年八十になったが、子供のいない公爵はこのまま行ったら公爵家は断絶するだろうことも、気にしている様子はない。

 もっとも帝国でただ一人、国務卿がヴォイド公爵家に気が付くよりも早くその存在に気が付いたのは、デオド男爵だった。男爵はビジネスでヴォイド公爵の唯一残った財産である鉱山の経営に興味を持ったのである。その鉱山は銅鉱山で、かなり有望なのだが、資力のない公爵家ではあまりうまく経営することが出来なかったのである。その銅鉱山に目を付けたのがデオド男爵だった。

 今日もデオド男爵はヴォイド公爵にご機嫌窺いに来ていた。

「公爵には、お世継ぎはお出でにならないのでしょうか?」

「おらぬな」

「それでは公爵家が断絶するのではありませんか?それでなくとも、新王朝の皇帝陛下は貴族をあまりよく思っていないと言う噂です」

「そのようなことは、どうでもよいのだ」

「しかし、ヴォイド公爵家が無くなったら、帝国に公爵家が無くなってしまいます」

「それで、誰か困る者がおるのか?」

「少なくとも、私は困ります。ヴォイド公爵家の鉱山のビジネスがしにくくなります故、……」

「そのようなことか。それなら、お前にその鉱山を私が死んだ後、遺言で残してやってもよい」

「公爵、そのようなことは簡単に、口にすべきではありますまい」

「欲しくはないのか?」

「それは、要らないとは申しませんが……」

 デオド男爵はヴォイド公爵の心の内を測りかねていた。一体この無欲さは何なのだろうか。だが、本当に無欲で言っているのだろうか。そこのところがわからないのだ。まだ、ヴォイド公爵家と関わってそれほど経ったわけではない。だから、まだヴォイド公爵についてはわからないことばかりだった。

 デオド男爵が帰った後、執事のズドガス・グリトンはいつものように夕食の準備をして公爵を呼びに来た。

「夕食の準備が出来ました」

「ふむ。あれはどうなっているか?」

「あれでしたら、申し訳ありません。今の段階ではジェグドランド伯爵家の行方は皆目わからないのです」

「おかしいな。確か我々のことは、帝国政府にもジル星団の連中にも気づかれていないはずだった」

「わたくしめも、そう考えております」

「だが、連中は姿を消してしまった。それも完全にだ」

「それに付きましては、調査中でございます」

「時間が掛かり過ぎる。何か我々の知らない勢力がいるのかもしれない」

「この帝都にいるのでございますか」

「他に考えられぬ。だとしたら、その連中を見つけ出さなければなるまい」

「ということは、我々のことを知られていると?」

「そこまではわからぬ」

 小さな妖精の少女が、彼らの目線の少し上に浮かんでいた。宮殿にも軍務省内にも現れたその妖精の少女は、難しい顔をして、ヴォイド公爵とその執事を見ていた。彼らはその妖精の少女がいることには、まるで気付いていないようだった。

「それよりも、あのゼノンの魔術師はどうしている?」

「ゼノン帝国の連中は、うまくナンヴァルの前大使とその魔法使いを捕えたようです」

「ゼノン人を動かすのは簡単だ。だが、あの魔術師が上手くやれるかどうかはわからぬ」

 ヴォイド公爵は年取って動きが鈍くなった体を、やっとのことで動かすと書斎を出た。その後を執事が気をつけながら付いて行った。やがて食堂に着くと、執事がすばやく扉を開け公爵を中に入れた。

 夕食が終わると、ヴォイド公爵はため息をついて言った。

「この身体も随分年老いたものだ。早く次の身体に移りたいものだ」

「確かに、もう少し動きが早くないと、万事に困ることになります」

「そのようだ。では、行くか、しばらくはこやつも動きが取れぬだろうし……」

「わかりました」

 ヴォイド公爵は眠くなったのか、夕食の席で目を閉じ、まるで眠ったように動かなくなった。その傍らで、執事は立ったままだった。


326.

 宮殿の上空に飛んできたのは、ヴォイド公爵の身体から出てきた霊体だった。よく見るとヴォイド公爵とは似ても似つかない人物だ。歳もヴォイド公爵よりも大部若いようだった。それは、皇帝陛下の居間の上に来ると、そのままスーッと降りて行った。屋根を透過し、居間に入ると部屋の中を見回した。

(この時間に居間にいると思ったのだが……)

 銀河帝国皇帝リーダルフ・ゴドルーインは、珍しく寝室にいた。看護婦のファウダノンが傍にいて、熱などの身体の状態を測定する機器を使っていた。

「異常はございませんでした」

と、看護婦は皇帝陛下に告げると、部屋を出ようとした。

 その時、突然若い皇帝は苦しみだした。

「うっ、ま、またか……」

と、胸を掴んで体を前に倒したまま、動かなくなった。

「へ、陛下、如何なされました?」

と、驚いて看護婦のファウダノンが急いで傍に来て言った。

 ファウダノンは数日前のあの時のことを思い出した。まさか、これがその始まりなのだろうか?

「すぐに主治医を呼びます」

と、ファウダノンが言った時、苦しくもだえている皇帝が彼女の腕をつかんだ。起き上がってこちらを向いた皇帝陛下の顔が歪んで、気味の悪い笑みを見せた。まるで別人のような表情だった。そして、大きく息をしながらファウダノンの腕を掴んだままグイと彼女の身体を引き寄せた。

「あっ、陛下……」

 何が起きているのかファウダノンは理解できなかった。数日前と同じく今にも死にそうな様子を見せているのに、この力はどこから来たのだろうか、と驚愕する隙間にその想いが浮かんだ。

「いいではないか。お前は、若く美しい……」

 その声は、皇帝陛下の声とは違っていた。しわがれて気味の悪い声だった。

「あ、あの困ります」

と、やっとの思いで言いながら、皇帝陛下の手を取ろうともがいた。とは言え、相手が病人であると言う意識があるので、あまり強く抵抗できなかった。

「確か、お前はファウダノンと言ったな逃さぬぞ……」

 しかし皇帝陛下の力は強く、しだいにファウダノンは引き寄せられ、グイッと一気に抱き上げた。その時、ファウダノンは本能的に相手を身体全体で力いっぱい押しのけた。

 ドタッと、寝室の床にファウダノンは仰向けに落ちて、頭を打って気を失った。

 その時、何かが起きたのだ。ファウダノンが力いっぱい皇帝陛下の身体を押しのけた時、彼女を抱き寄せていた皇帝が急に体中を小刻みに震わせたのだ。ファウダノンはその寸前で、皇帝を身体全体で押しのけたので、何が起きたのかわからなかった。その時皇帝は、感電したようなショックを受けた。瞬間、まるで息が止まるかと思ったのだった。


 ヴォイド公爵の身体から出て来て、今はまた皇帝の身体から追い出された霊体は、再び宮殿の皇帝の部屋の上空に浮かんでいた。

(何が起きたのだ?)

 こんなことは初めてだった。辺りを見回したが、いつもの宮殿だった。誰が他に居たわけではない。あの看護婦が一人いただけだった。なかなかの美人なのだ。だからこんないい機会はないと思ったのに、と彼は臍を噛んだ。若い皇帝の身体を乗っ取って占めたと思った途端、感電したようなショックが体中を巡ったのだ。それに驚いて、ヴォイド公爵から出て来た霊体の意識は、皇帝の身体から急いで出たのだ。追い出されたに等しい。

 それが偶然なのか、誰かが故意にやったのかわからなかった。しかし、今は慎重にするべきだと考えた彼は急に臆病になって、自分の屋敷へと戻って行った。


 どのくらい時間が経ったのか、気が付くと皇帝陛下は気を失っていた。ファウダノンは落ちた床から起き上がった。

「大丈夫だった?」

と、声がした。

「え?」

 ファウダノンはそこにいつも部屋に現れる妖精の少女を見て、驚いた。だが、それよりも皇帝陛下はどうしただろうと、先ほど使った機器を出して測定した。

「大丈夫のようね。でも、さっきはどうしたのかしら?」

と、ファウダノンはつい声を出して言った。

「あれはね、どこかの誰かが、皇帝陛下の中に入ったところだったの」

「何ですって?」

「でも、私が電気ショックを与えたから、驚いて逃げてしまったの」

「電気ショック?」

 皇帝陛下は、今は静かな寝息を立てていた。あの時のように、突然体調が悪くなって死にそうな様子はなかった。あのようなことがあったのに、安堵してファウダノンは言った。

「ともかく、皇帝陛下が大丈夫なのはあなたのお蔭なのね」

「まあ、そう言うこと」

「と言うことは、もしかして陛下の体調が悪くなるのは、あなたの言ったどこかの誰かが陛下の身体に入って来ようとするからなのかしら?」

「そうよ」

「それって、まるで……」

「まるで、何?」

「その、大昔にあった憑依とか言う現象のことかしら?」

「大昔?それって、今でもあるのよ」

「でも、誰がそんなことを?それに、今の時代に呪いなんて信じている人がいるのかしら。これがあなたの言っていた『死の呪い』なの?」

「普通なら、人に憑依するだけでは相手を死なせることはできないわ。ところがこの『死の呪い』というのは、相手を殺すところまで行ってしまうの。それほど、憎しみが強い者が来ているということね」

「それって、もしかして、前王朝の皇族の誰かか、取り潰された貴族かしら?」

「どちらでもないわ。この『死の呪い』を使っているのは、大昔に王位を望んで果たされず、殺された人物の一人だと言われているの」

「大昔ね。いったい、いつの時代のことなの?」

「何百万年も昔のことだわ」

「そんな昔のことなの?だいたいその時代に、そもそも人類が存在したのかしら」

「居たわ。この帝都ロギノスはアルフ族の首都星として繁栄を極めていた。彼らは他所の銀河から宇宙船に乗って移住してきた人々だった……」

 妖精の少女の話は続いた。


 皇帝陛下から追い出された霊体は、ヴォイド公爵の身体に戻って来るなり、目を開けた。

「如何なされました?」

と、主人のあまりに早い帰還に執事が驚いて言った。

「あの皇帝の寝室に誰かが居た。そ奴に、電気ショックを喰わせられた」

「何と、我々の事が知られたということでしょうか?」

 白魔法使いか、魔術師が居たのだろうか、と執事のズトガス・グリトンは思った。近頃、帝国にジル星団の連中がやって来たので、彼らが宮殿にいたとしても不思議ではない。

「いや、そんなことはないはずだ。それに、魔法使いや魔術師のような感じではなかった」

「電気ショックというと、まさかダルシア人では?」

「あの宮殿に竜などいない。いたら目立つはずだ」

「しかし、他にどんなものがいるというのです?」

「わからない。だが、そ奴は私に気づいて、私を追い出すことができたのだ。この私をだぞ?いったい誰なのだ?」

「まさかとは思いますが、ガンダルフの魔法使いでしょうか?」

「ふん。ガンダルフの白魔法使いなど、私の敵ではない」

「しかし、これは気をつける必要があります。おそらく、我々の正体はその何者か知らぬ奴にはバレたのではないでしょうか?」

「それは十分ありうることだ」

「ではあの件を、急ぎませんと……」

「それが良いだろう」

と、ヴォイド公爵は言った。


 妖精の少女の話を聞いていて、ファウダノンは変だと思った。『死の呪い』が出来た大昔のことと、今の時代のことが繋がらないのだ。それに同じ首都星に住んでいるとしても、大昔のアルフ族とか言う種族と現代の銀河帝国の種族が同じとは思えない。第一妖精の少女の話によると、ロギノスは長い間人の住まない惑星だったという。その上、宇宙船航行の技術が出来てからも、すぐに人が住み着いたわけではない。

「だから、一つ考えられることは、誰かが大昔の遺跡を発掘して、『死の呪い』を復活させてしまったのではないかと言うこと」

と、妖精の少女は言った。

「でも、そんな遺跡が発見されたと言う話はこれまで聞いたことがないわ」

 古代の遺跡がロギノスにあると言う話は聞いたことがない。最初にこの惑星に人類が来たのは銀河帝国が帝都と定めた後だとされている。それは今からおよそ五百年前だ。それ以来、何かの遺跡を発掘した者がいるとは聞いた事がない。最近の出来事にも遺跡の発見など聞いたことがない。

「このロギノスにその遺跡があるのは、事実なの。『死の呪い』を創った魔導士は、おそらくずっと何百万年もそこに存在していたはず。その魔導士は人類が再びこの星にやって来るのを待っていたのよ。人類か、あるいはほかの知的生物が居なければ、この呪いは使うことができないから。そしてそれを使いこなすには、多くの死者が必要だと言われているの」

「死者が必要?それはどうしてなの?」

「それはね、まず死者というのは無念の思いで亡くなった死者のこと。銀河帝国では長い間新世紀共和国と戦争をしていたでしょう。その戦争で多くの軍人が死んでいった。それこそ、昔アルフ族が居た時代よりも多くの死者が出ているはず。その分だけ、『死の呪い』の発動する環境が整っているの。無念の思いが集まって、暗い想念の塊ができてしまっている。つまり以前よりも強力な呪いが使えるということ。そして今それが蘇って、この帝都を覆っているわ。封印が解かれてしまったから。やがて、この呪いは銀河帝国中に広がって行くでしょう。それとも、宇宙船を介して、元新世紀共和国やジル星団に方へ行くか……。この呪いの一番怖い所は、人が呪いで死ぬだけではなくて、そこに存在していた文明ごと滅ぼしてしまうことにあるの」

 ファウダノンは寒気を感じた。これはどういうことなのだろうか?呪いなどと言うものが、この宇宙時代にあるというのか?だが、それでもこの妖精の少女の話を完全に信じるというのは、やはりできない。

「でもその『死の呪い』を解く方法があるのでしょう?」

「さあ、どうかしら。アルフ族の生き残りがこの星を去ったのは、『死の呪い』を解く方法がなかったからだわ。あれから何百万年も経ったのだから、その方法が見つかった可能性はあるかもしれないけれど。あるとしてもここではできないと思うわ。闇の魔法に覆われてしまったこの帝都ロギノスでは……」

「で、では、皇帝陛下はどうなるの?このままでは……」

「そうね。このままでは助からないわ。いくら医学が進歩しても、帝国の医療でこの呪いを解く治療法などないでしょうからね」

「そんな……」

「一番の問題は、皇帝陛下が死ぬのはその始まりに過ぎないということ。『死の呪い』というのは少なくともこの銀河帝国を構成している種族が全ていなくなるまで、消えることはないの。だからかつてのアルフ族はジル星団へと逃げた。それでも追いかけてきたので、ジル星団とロル星団の間に強力な結界を張ったと聞いているわ」

「ちょっと待って、さっき封印が解かれたと言わなかった?それはどういうことなの?」

「それはね。あなたは知っているかどうか、帝国貴族の中にジェグドラントと言う伯爵が居たはずだけれど、実はそのジェグドラント伯爵家が闇の魔法に対する封印をしていたの。彼らは大逆人に関わったと言うかどで、爵位や財産を取り上げられてしまった上、危ういところでジェグドラント伯爵一家は皆殺しにされるところだったわ。帝国の憲兵隊によると、彼らはまるで煙のように消えてしまったそうよ」

「その消えてしまったジェグドランド伯爵家が帝都に戻ってきたら、封印が再び機能するようになるの?」

「さあ、やってみなければわからないわ。たぶん、出来るといいと思うけれど……」

「あなたの言うことが本当だとしても、私のできることは何もないのね」

 宮殿の皇帝陛下の看護婦では、出来ることは何もないとファウダノンは思った。

「そうかもしれない、でもできるだけ皇帝陛下の命を伸ばすことはできるわ」

「どうやって?」

「いつまでもはできないけれど……。そうね多分、あと数週間か数カ月、いえもっと早いかしら。ともかくあと少し時間が経ったら、皇帝陛下はヘイダール要塞の大逆人を征討する命令を発するでしょう。そして自ら帝国艦隊を率いていくでしょう。それまで彼の命が持つようにはできると思うわ」

「でも、行ってしまったら、その先で亡くなってしまうのでは?」

 もし、皇帝陛下が亡くなってしまったら、帝国はどうなってしまうのだろうという不安がファウダノンの心を覆った。今帝国には皇帝陛下が必要なのだ。

「いいえ、うまく行けば、『死の呪い』を解く方法があるかもしれないわ」

「本当?さっきまで呪いを解く方法はないようなことを言っていたのに?」

「ええ。正確にはここ、帝都ロギノスではないということなの。でもそれには、皇帝陛下にヘイダール要塞に来てもらうことが必要なの。そこには多くの強力な魔法使い達が待っているわ。そこでなら、もしかしたら『死の呪い』を解く可能性があるかもしれない。リドス連邦王国と友好関係があれば、そこまでする必要はなかったのだけれど。今現在はリドスにかなり悪意を持つようになってしまったわね」

「仕方がないわ。だって、噂によるとリドス連邦王国にあの大逆人が属しているのでしょう?その部下もいると聞いたわ」

「そうね。でも、あの大逆事件は、本当は冤罪なのよ」

「それなら、ダールマン提督自身がそれを自ら証明すべきよ」

 それが普通の反応だった。何故それをしないのか、ファウダノンにはわからない。

「そんな時間はもうないわ。だから、それを利用するしかないの」

「それで、皇帝陛下を行かせるために大逆人がヘイダール要塞にいるというの?」

「他にも理由はあるけれどもね」

「一体、あなたは何者なの?ただの妖精とは思えないわ。だって、色々なことを知り過ぎている気がするわ」

と言って、ファウダノンは妖精の少女を見直した。

「そう、私のことを知りたいのね。あなたは、私を敵だと思う?」

「それは、わからないわ。確かにあなたに助けられたし、でも、……」

「私の言っていることはどう?本当だと思う?」

「わからないわ。本当とも思えるし、でも私を騙そうとしているのかも……」

「なるほど。でも、私の正体を知ったとして、あなたは信じられるのかしら?」

 それはファウダノン自身にも、自信はなかった。


327.

 ヘイダール要塞司令官代理ナル・クルム少佐は、レギオン――ダールマン提督に言った。

「気になることがある。あのハイレン連邦の魔法議会議長はいつまでヘイダール要塞にいるつもりなのだ?」

「そう言えば、そうですね……」

と、ブレイス少佐が言った。

 ハイレン連邦の魔法議会議長バルーンガが要塞に来てしばらく経つ。彼は、昔作られたという魔法同盟と言う組織を再び作りたいと言う、呼びかけにやって来たのだ。その答えはまだしていない。けれども彼らには要塞に何かを仕掛けてくる連中と繋がっていると言う疑いがあり、また要塞内部で起きる揉め事にも何か関係がありそうなのだ。従って、司令室の中でもハイレン連邦の魔法議会議長の存在は危険だと言う認識が出来てきつつある。

「ハイレン連邦の連中のことか?そうだな、もうそろそろお帰り願おうか」

「お帰り願おうかって、そんなこと出来るんですか?だって、まだあの魔法同盟とか言うものをどうするかと言う答えをしていないのではありませんか?」

と、ダズ・アルグ提督が言った。

「そのようなことはどうでもいいことだ。あのバルーンガも実際はどう思っているか、おそらく本当に魔法同盟などと言うモノを作る気はないだろう。あるならば、これまでに色々と私に話を持って来ることが出来たはずだ。だが、奴は何もしていない。それどころか、逆に要塞内部のことをあれこれ探り、敵対しようとしている可能性がある。それでだ、要塞内部に入ったゼノン人の魔術師、そいつを使ってみようと思う」

「だが、その前にハイレン連邦について少しでいいから、知っていることを話してもらいたい」

と、クルム要塞司令官代理は言った。

「今からか?」

「場所を移す時間はない。私はハイレン連邦について、知っておきたいのだ。私の他にも興味を持っている者もいるかもしれないではないか……」

「それはどうかな。だが、まあいいだろう。必要かもしれないからな」

 ハイレン連邦、ハイレン人というのはダルシア人やガンダルフ人と同じくらい古い種族だった。ただ、その種族の身体的特徴が非常に虚弱だったため、あまり目立った活動はしていない。それに、あの強欲で食欲旺盛なダルシア人から食べられるのを逃れた唯一の種族として、ジル星団では有名だった。その理由はダルシア人の舌に合わなかったためと言われている。

 本来科学技術もそれなりに発達していたのだが、虚弱な肉体を持ったため、ハイレン人は宇宙探検をすることが苦手だった。だから、あまり外に出て行かなかったのである。その上武力も弱かったので、他の国と戦争などしたことがない。従って外から見れば非常に平和的な種族に見えた。だが彼らは弱い自分たちを守るために非常に保守的で、外からの影響を受けることを拒む傾向があり、他の種族が宇宙航行技術を発見して成功させても、あまり交流はなかった。そのため、ダルシア人を除けばどの種族よりも科学技術が高い文明を一時期造ったが、次第に遅れて行ったのである。

 そうした中でハイレン人は最初のガンダルフ人と出会った。だが、ガンダルフ人の文明はかなり精神文明に傾斜しており、宇宙船を造る様な技術を持っていなかったため、ハイレン人は彼らを見下していた。

 次にハイレン人がジル星団の歴史に登場してくるのは、魔法同盟を設立した際に参加したことによる。弱くてもプライドの高い彼らは参加せざるを得なかったのだ。その時にはもう最初のガンダルフ人は彼らの母星を去っていた。その代りに、魔法使いが惑星ガンダルフだけではなくジル星団中に溢れていた。もちろん、その時流に乗ってハイレン人も魔法を取り入れていた。それは、ガンダルフの『大賢者』であるレギオンがハイレン連邦にも生まれたということでもあった。

「ハイレン人を語るに当たって、非常に重要だと思われることは、彼らは肉体的には弱いが、頭脳的には優秀だということだ。従って、彼らの陰謀に嵌められぬように注意することが肝要だ」

と、ダールマン提督――レギオンは言った。

 これは『大賢者』レギオンにとっても非常に苦い経験をしたことによる。優秀な頭脳を持つということが、人格的に優秀であると言うこととイコールではないのだ。

「つまり、悪知恵が働く連中だということですか?」

と、ダズ・アルグ提督が遠慮なく言った。

「そうだ」

「ではやはり、あの貴賓室の御仁は危険だと言うことでいいのですね」

「そう言うことだ」

「彼らは何を目的にしていると考えられるのか?」

と、クルム司令官代理は聞いた。

「さあ、それは正確にはわからない。一つだけわかるのは、ハイレン人、いやハイレン連邦の衰退を防ぐことを考えているということだ。ジル星団の古い国々は程度に差はあるが、あのダルシア帝国のように衰退しつつある。だが、ハイレン人は思ったよりもロル星団に浸透しているようだ」

「それはどういうことです?」

「あのダガン・ルグワンだが、やつはハイレン人なのだ」

 このダールマン提督の言葉は司令室の者達を驚かせた。ダガン・ルグワンは元新世紀共和国でも有名な犯罪者の一人なのだ。

「ですが、姿は普通の新世紀共和国の人間ではありませんか」

「肉体はおそらく、ハイレンの連中が造ったものだろう。そこにハイレン人の魂が宿っているのだ」

「しかし、そのようなことはどうやって証明されるのです?」

「確かに、お前たちには証明することが必要だろうが、我々魔法使いやリドスの者には証明は必要ない」

「つまり、その特殊な力や能力で分かるということか?」

「そうだ。それを持っていない者に説明しても仕方がないだろう」

「では、もう一つ進んで、銀河帝国と新世紀共和国との戦争に彼らが関わっていると言う可能性はあるのだろうか?」

と、クルム司令官代理が聞いた。

「なるほど、考えられないことではない。それを利用することも可能だからな。だが、まだそれは調査していないので現時点ではわからない」

「それと、あの一つ質問があるのだが……」

と、珍しくヤム・ディポック提督が言った。

「何だろうか?」

「ダガン・ルグワンのことだが、私は彼を見たことがある。その、以前に大きな事故に遭って、その時は覚えていなかったのだが、最近思い出したのだ。あの事故はダガン・ルグワンが関わっていた。私の車に遠距離用のレーザーを撃ったのだ」

「では、あの時の事故は、あの男の所為だと言うのですか?」

と、グリンが驚いて言った。

 グリンは憲兵隊の仕事をしていたので、ダガン・ルグワンについての知識はあった。新世紀共和国の裏の界隈では優秀な殺人請負人として有名だった。その彼がやったと言う殺人をいくつか調査したことがあるのだ。だが、ディポック提督もダガン・グルワンの餌食になるところだったとは、初耳だった。

「そのことか、それは調べてある。あれは当時のある政府高官が奴に依頼したのだ」

「何だって!」

と、ダズ・アルグが驚いて叫んだ。

「一体、誰がそんなことを……」

「おそらく、ディポック提督がいるのが邪魔だと思っている人物だ。覚えがあるのではないかな?」

 グリンはリドス連邦王国の調査能力に驚いていた。もしこれが事実だとすれば、どうやってそこまで調査できたのだろうか。彼らの言う、魔法や特殊能力を使ったのだろうか。


 その時、タリアとその一行が司令室にやって来たと、一報が入った。司令室の前にいる警備兵からの連絡である。

「何だ?今、こちらはゼノン帝国艦隊が居るので忙しい、どんな用件なのだ」

と、グリンが言った。

「ですが、ダルシア帝国の代表であるタリア・トンブンが言うには、一般兵士と民間人の代表だという者が、司令官に話があると言うのです」

と、困ったように言う声がした。

「入ってもらったらどうだ?」

と、ダールマン提督が言った。

「しかし、……」

「まだ、ゼノン帝国艦隊が動き出したわけじゃない。それにその問題は早く解決した方が良いだろう?」

「ともかく、会うだけ遭ってみよう」

と、クルム司令官代理が言った。

 タリアとその一行は司令室に入って来ると、ディポック提督の方へやってきた。

「我々はディポック司令官あなたに話があるのです」

と、ディース・アルム大尉が言った。

「私に?どんな話なのだろうか?その前に、一つ訂正してもらいたいことがある。現在私は司令官ではない」

「司令官ではない?では何なのですか?」

「一応顧問ということで、ここに居る」

「わかりました。いいでしょう。司令官ではなくても、我々はあなたに話があるのです」

 ディース・アルム大尉はディポック提督が今はここの司令官ではないと聞いて、少々困惑したが、それでも話は続けた。彼の話は、生活費としているカードの数値が減らされた問題と、この要塞の政治代表のことだった。

「我々は生活が困窮しつつあります。それと言うのも給料であるカードの数値が以前よりも減らされたからです。一体なぜ、このようなことをしたのですか?」

「それについては、私は関与してはいない。給料については政治代表が管轄している」

「では、あなたはこの問題について何の解決もできないというのですか?それでは、あまりにも無責任です」

「そうかな?」

と、突然ダールマン提督が言った。

「あなたは、誰ですか?」

「私か?私はオルフ・オン・ダールマンと言う」

「帝国の大逆人か……」

「おまえは、まるで全てディポック提督の所為のように言うが、あの政治代表のいうことに大人しく従ったのはおまえたちではないのか?つまり、政治代表を選ぶ時にだ、彼らの言うことを本気で信じていたのかということだ」

「信じていました。それがいけないのですか?我々には他に情報を得ることなどできなかった。だから、彼らの言うことを信じざるを得なかったのです」

「そう言うこととして来たから、銀河帝国に敗北して国を失う羽目になるのだ」

「何ですって!」

「お前たちは共和制、つまり選挙で自分たちで代表を選ぶということを自慢していたのだろう。それなら、その代表の言うことが本当かどうかを、見分けることができなければならないのではないか?」

「ですが、我々は仕事持っています、忙しいのです。要塞には敵が常にいるではありませんか。それに対処しなければなりません」

「だが、それをしなければ前と同じことだ。いずれ、この要塞をも失いかねない」

「そんなことは無理です」

「それなら、今の状況を変えることなどできまい。諦めるのだな」

「まあまあ、ちょっと待ってください」

と、ダズ・アルグ提督が言った。

 今の要塞の政治代表については、司令室の者達も不満に思っていた。何といっても彼らが政治代表になった時に、ディポック提督を突然、何の理由もなく要塞司令官から解任したからである。だがその時、彼らもそのことについて異議を唱えたりしなかったのだ。だから、現在リドス連邦王国のナル・クルム少佐が要塞司令官代理としており、ディポック提督は顧問としているだけなのだ。この状態をいつまで続けられるのかさえ、彼らにはわからない。

「リドス連邦王国というのは、王国ですから王様が政治的な権限があるのですよね」

と、ダズ・アルグが聞いた。

「そうだ。だが、リドスは内政においては所謂民主制や共和制の特徴である選挙という制度を取り入れている。国防や外交については国王と王族が独占し、責任を持って対処をすることになっている」

「ほう、それは初めて聞きました」

と、ディポック提督が言った。

「では、リドスでは国王がすべてを独裁しているわけではないのですね」

「その言い方は少し変だ。王制というのは国王親政だけではなく、宰相を任じてことに当たらせることもあるではないか」

「でも、リドス連邦王国で選挙が行われるとは思いませんでした」

「その方が効率的だというのが理由だ」

 国防や外交については宇宙的な幅広い見識が必要であり、簡単にその方針を変えることは良くないのと、多くの予算が必要であるということから、リドス連邦王国では王と王族が独占的に責任を持つことになっているのだった。



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