ダルシア帝国の継承者
319.
軍務卿バレンドン・オルフ・ヴェリウス元帥は、新王朝始まって以来の危機に頭を悩ませていた。このままで行ったら皇帝リーダルフ・ゴドルーイン陛下の御代は長くないかもしれない。若い皇帝はまだ独身で世継ぎもいないというのに。
皇帝陛下の病については、医師がはっきりしないせいもあるが、最大の原因は皇帝陛下自身が病院での精密検査を拒んでいるからだ。どうやったら、それができるのかいい知恵も浮かばない。まさか皇帝陛下に強制するわけにもいかないのだ。陛下は若いが非常に頑固で、だんだん誰の言うことも聞かなくなってきていた。特に姉の大公妃殿下が失踪してからそれがひどくなったように思えた。
先日、ナンヴァル連邦の大使が同じナンヴァル人の魔法使いという得体の知れぬものを皇帝陛下の謁見に連れて来ていた。軍務卿はそれを知って大使の行為を責めようとしたが、魔法使いの中に治癒者という病も直すような術者がいると聞いて、考えが変わった。
もとより、軍務卿バレンドン・オルフ・ヴェリウス元帥はそのような不可思議なことを信じるようなことはしない人物だった。だが、今回はその彼がナンヴァル人の魔法使いの話に光明を見出したのだ。皇帝陛下の病を治すことが出来るかもしれない。これは、彼にとってとてつもない魅力を感じるものだった。普段の彼であれば、一笑に付すようなことを、今回は信じようと感じたのだ。そしてもっと妙なことは、いつもと違う自分に疑問を感じなかったことだ。
「閣下」
と、声がした。
自分の考えに集中し過ぎていて、自室に部下を呼んだことを失念していたのだ。このようなことも、普段の軍務卿バレンドン・オルフ・ヴェリウス元帥とは違うことだった。
「レーク・ハイデスか……」
「はっ」
「例のジェグドラント家についての報告書は読んだ。まさか前王朝の頃にあのようなことがあったとは思わなかった」
「私も初めてその資料を読んだ時、驚きました」
「だが、それで余計にジェグドラント家についての疑問が湧く。あのジェグドラント家はいったい何者なのだ?」
「残念ながら、今はまだそこまではわかりません」
レーク・ハイデス少将は前王朝の初期の貴族の成り立ちについて、調査をしたのだった。驚いたことにジェグドラント家は前王朝の初期に貴族となった十貴族の一つだった。当時からその領地には金山を持っていたようだった。前王朝は貴族が金山を所有することを禁じていた。ただし、王朝の初期に初代皇帝から与えられた領地に金山がある場合は別だった。もちろん、皇帝から後に与えられた領地に金山がある場合も同じである。ただ、その場合、帝国政府によって領地を変えられるというのが普通だった。少将の調査によると、ジェグドラント家はその領地を何回か政府によって変えられていた。だが、そのたびにその領地から金山が見つかっている。そして、元の領地の金山は鉱脈が尽きて閉山してしまうのである。これは偶然なのか、それともジェグドラント家が何か金山を作るような知識や技術を持っているかどちらかとしか思えない。
前王朝の第三代皇帝の御代に度重なる領地変更を終わらせるために、最後の領地変更が行われ、新領地に金山が新たに発見されてもそれはジェグドラント家の所有とすると特別な許可を得たのだった。それが今に至っている。
「金山については確かに妙なことだ。前王朝は金山の貴族による所有を禁じていた。だが、ジェグドラント家は特別に持っていたわけだ」
「ですが、それを知ろうにも、肝心のジェグドラント家の者たちが失踪していまいました。あの執事を除いてですが……」
「その執事は、どれだけのことを知っているのか?」
「憲兵隊による尋問では、何も知らないとだけしかわかっておりません」
「主家の失踪に付いてはどうなのだ?」
「本人によれば、自分がアパートを出た後、居なくなったとしか思えないと言うことでした」
「で、その執事が主家を裏切った理由は分かったのか?」
「今それを調査している最中です」
「わかった。調査を続行せよ。それと、もう一つ調査をしてもらいたいものがある」
「もう一つですか?」
「そうだ。こちらはジル星団のことなのだが、彼らの中には魔法使いという者がいるそうだ」
「魔法使いですか?」
「我々の文明では、絵本や童話の中に出てくるものだ。だが、ジル星団には本物がいるそうだ。それについて調べて欲しい」
「わかりました」
例え、軍務卿が化け物とか幽霊について調査するようにと命じても、それをするのがレーク・ハイデス少将の任務である。とは言うものの、今回の調査対象についてはかなり疑問を持たざるをえなかった。一体、軍務卿はどうされたのであろうか。彼から見て軍務卿は部下の意見を求めるような性格ではなかった。そのような行為は忌むべきことと考えるタイプなのだ。それほど、軍務卿というのは部下にも自分にも厳しい人物だった。だから、軍務卿に異を唱えることは、自分の保身のためにも慎まなければならなかった。
軍務卿の執務室から出たレーク・ハイデス少将は、ため息をついて自室へ戻った。新しく加わった調査対象への疑問にすぐ仕事を始める気にならず、しばらく一人でいた。それでなくとも、近頃軍務省内の様子が殺気立っているのだ。おそらくそれは、軍や政治の混乱が終わった後の、昇進や出世に縁がなかったもの達の一時的な焦りではないかと考えていた。だが、軍務卿の今回の指示について何か妙な違和感を抱いていた。
「ふーん。それで、軍務卿は変なの?」
と、声がした。
レーク・ハイデス少将は目を開けて、部屋の中を見回した。だが、どこにも人の姿はなかった。通信機器も沈黙している。気落ちしているので、声が聞こえたように思っただけではないかと考えた。
「あら、あなたには私が見えないの?」
と、再び声がした。
今度は自分がおかしくなったのか、と自重気味にレーク・ハイデス少将は思った。一体この荒々しく、それでいて暗いこの雰囲気は何なのだろうか。自分までそれに染まってしまったのだろうか。
「違うわ。あなたは案外大丈夫みたいよ」
と、まるで自分の考えに答えるような声がした。
「誰だ!誰かいるのか?」
と、たまらなくなってとうとうレーク・ハイデスは声を上げた。
「困った人ね。外まで聞こえるわよ。そうしたら大変でしょう?」
声のする方を見ると、絵本の中から抜け出して来たような小さな妖精が浮かんでいた。
「こ、これは、何だ?」
「失礼な言い方ね。あなたは誰ですか、くらいは言えないの?」
「い、いや、その失礼した。一体、君は誰なんだ?」
「まあ、いいでしょう。私は多分あなたが心の中で思い出した者よ」
「で、では妖精?」
「そんなものだわ」
「し、しかし、なんでこのようなところにいるのだ?」
「あなたが困っているようだから、出て来たのよ」
「私が困っている?何を困っているというのだ」
「あなた、軍務卿がおかしくなったのではないかと思ったでしょう?」
「ば、ばかな、そんなことを考えるはずがない」
「本当なの?」
「……」
「この帝都ロギノスも、もうおしまいかも知れないわ。でも、そうなっては、ここで暮らしている人たちが気の毒だと思って、出て来たのよ」
「帝都ロギノスが終わりだと?どういうことだ?」
「あなたは魔法使いではないのよね。だから、分からないかもしれないけれど、ロギノスは闇の魔法の封印が解かれてしまった。今その闇の魔法が蔓延して、次第にロギノスの人々の心を荒んだものにしているの」
なるほど、その所為で帝都の様子が暗く荒々しいものになっているのか、と一瞬思ってしまい、レーク・ハイデス少将は頭を振った。そんなはずはない。そんなバカなことがあるはずがない。魔法なんて存在するはずがない。
「闇の魔法の封印が解かれた?そんなものがあったなどと言うことは、私は聞いたことがない」
「当たり前よ。闇の魔法の封印は大昔にやっと出来たものだから。最近、そうたかが五百年前位にやって来たあなた方は知らないでしょう。大変だったのよ。それなのに、封印を解くのはとても簡単だった」
「誰がその封印を解いたのだ?」
「あら、私の言うことを信じるというの?」
「と、ともかく話は聞こう」
少なくとも、レーク・ハイデス少将は妖精の言葉に興味を持ったのだ。もしかしたら、これは今調査している対象の様々な疑問を解く、何かのきっかけになるかもしれないからだ。彼の命じられた調査対象についての別の視点での考察である。もっとも、これが彼の妄想でなければだが。
「ジェグドラント伯爵と言う貴族が居たわよね」
「ジェグドラント伯爵?」
それはレーク・ハイデス少将が調査を命じられ、先ごろ報告書を軍務卿に出した調査対象だった。
「最初は、爵位の剥奪。次に領地の召し上げ。これって、あの若い皇帝陛下がやったことよね」
そのことは、彼が軍務卿から調査対象に関して聞いた事に入っていた。その時、皇帝陛下にしてはどこか変だと感じたことだった。爵位の剥奪も領地の召し上げも、急になされたことだからである。そうした重大なことは、本来ならもっと時間を掛けて慎重にやるはずだと思ったものだ。それに、そうしたことがなされたことについての理由が、あの大逆事件のダールマン提督の部下だったのがジェグドラント伯爵の弟だったからということだった。
すなわち彼には大逆事件に加担した疑惑があるというのだ。ダールマン提督の部下であったからには、少なくとも上司に当たる者が反逆を起そうとした場合に、それを上層部、つまり艦隊司令部へ訴え出る義務があるのではないかというのだ。それをしなかったということは、彼もその大逆事件に加担していたも同然だというのである。
その疑惑についてはすでに、ジェグドラント伯爵家がベルンハルト・ジェグドラントを勘当してベルンハルト・バルザスとしたことで、伯爵家に罪が及ぶことはないことになっていた。少なくとも当時、皇帝陛下はそれで済ますつもりだったのだ。それがなぜ問題が再燃したのだろうか、とレーク・ハイデス少将は疑問に思っていた。
「実は、ジェグドラント伯爵家が闇の魔法の封印になっていたの」
「何だって!」
我が耳を疑った。
「彼ら、つまりジェグドラント伯爵家の人達はそのことを知らなかったけれども……」
「知らなかった?知らないのに、封印になっていたということか……」
「それは、五百年前にあなた方がこのロギノスにやって来た時に新たに作られた封印だったのからよ」
「大昔というのは、五百年前のことか?」
「違うわ。大昔というのは、もう何百万年も前のこと。アルフ族がこのロル星団にから去った後のことよ」
「それがなぜ、五百年前になって、新たに封印が創られたのだ?」
「人間がロギノスにやってきたからだわ。それまで封印されていても誰も住んでいなかったから、それを破る心配はなかった。でも人がやって来たので、封印が破られる危険があった。だから、封印を強化する必要があったの。そのため、ジェグドラント伯爵家が創られた。その伯爵家の祖先は銀の月と呼ばれるガンダルフの魔法使いだったの」
レーク・ハイデス少将は妖精のような少女の話を聞いて、それに納得しつつある自分に驚いていた。これは自分の幻覚か妄想かもしれないのだ。それを証明する手立てはない。自分も皇帝陛下や軍務卿のようにおかしくなってしまったのかと、不安に思うのだった。
「おかしくなったのかもしれない、ですって?」
と言うと、妖精の少女は高らかに笑った。
「何がおかしい。こんなことは、あるはずがないことではないか。そう思うのが当然だ」
その時、レーク・ハイデスはハッとした。この妖精は自分の心を読むことができるのではないか。
「やっと気づいたのね。そうよ。もちろん、あなただけじゃないわ。他の人もね」
「何ということだ。お前は妖精なのか、それとも……」
「さあ、どうかしら。あなたがどう思うと、私は存在しているけれど……」
「こんなこと、私の妄想だ。だから、すぐに消える」
「なるほど、あなたの妄想は、勝手にあなたの知らないことをしゃべると言う訳ね」
「消える。いや、消えろ、消えるんだ!」
と、レーク・ハイデス少将は狂ったように、耳を抑え、目を閉じて言った。
こんなことはあるはずがない。自分がおかしくなってしまったんだ、とレーク・ハイデス少将は思い、何とかまともな自分に戻ろうとして焦っていた。
その姿におかしさをこらえながら、妖精の少女はため息をついた。この人もやはりだめだ。妖精の姿を見て、自分がおかしくなったと思わない人間は、この帝国にはいない。特に男性は。女性はたまに、付き合えるというのに、この人物はまだ若いのに、頭が固いのだ。あの宮殿の看護婦とは大違いだ。
しばらくして、レーク・ハイデス少将が目を開けると、先ほどの妖精の少女の姿はなかった。
320.
その日、銀河帝国艦隊司令長官ギルゼール・アルス元帥は皇帝陛下のいる宮殿へやって来た。彼自ら急ぎ知らせる必要のあることが生じたからである。もちろん、皇帝陛下には直通の通信で会いたい由を知らせていた。
この頃皇帝陛下は健康が不安定で、帝国政府の政庁にもお出ましがないという状態が続いているのは聞いていた。だが、以前のように前王朝を倒すための長として同じ軍司令部にいるわけではない。皇帝という立場では帝国艦隊司令長官といえども、そういつでも会えると言う訳には行かなかった。帝国艦隊司令長官は帝国艦隊を任されているのであり、艦隊は帝国内の重大事件や外からの侵略などがあった場合でないと出番が回ってこないのである。そして、現在は長年の交戦相手であった元新世紀共和国を併合し大逆事件も終結し、戦乱は帝国内にも外にも発生してはいないのだ。
ただ一つ、気になるのはあのヘイダール要塞の動向である。あそこには元新世紀共和国の勢力が残っているのだ。とは言っても、その力はとても帝国を攻める程のものではないと考えられていた。従って帝国艦隊司令長官は、ヘイダール要塞への偵察と監視を主にしている。
だが、この度のヘイダール要塞付近のパトロールに派遣されている小艦隊司令官の報告については、どうしても皇帝陛下の判断を仰ぐ必要があると考えたのだ。なぜなら、この報告書には銀河帝国の大逆人としてその名を知られているオルフ・オン・ダールマン提督とその部下の名が出てくるからである。
本来ならもっと早く知らせがあって良いはずだったのだが、本人がかなりの負傷をしていて、報告書も口頭であってもなかなか作製できなかったと言うことだ。
その小艦隊司令官はセルグ・ドブール提督だった。本人の負傷は何とか口頭での書類作製が可能な程度の回復で、まだ全快したわけではない。その指揮する小艦隊もかなり打撃を受けていて、旗艦の他数隻しか帝国へ帰還してはいない。
セルグ・ドブール提督によれば、ヘイダール要塞にいるダールマン提督は明白に帝国に対して敵意を持っており、着々と帝国本土への攻撃をするために兵を集めているというのだ。その一つがヘイダール要塞だというのだ。
ダールマン提督にしてみれば、数年前彼の度の過ぎた野心で帝位を望み、皇帝陛下を暗殺しようと企んで失敗したという経緯がある。もし、ヘイダール要塞の連中を味方に付けて、帝国に反攻するならば、これは容易ならざる事態になると思えた。ヘイダール要塞にはあの元新世紀共和国の常勝提督であるヤム・ディポックがいるのだ。彼を味方にすれば、例え艦艇の数は帝国に比べて多少の開きはあったとしても、かなりの強敵になる。
「アルス元帥、久しぶりだな」
と、皇帝リーダルフ・ゴドルーインは言った。
ギルゼール・アルス帝国艦隊司令長官には心なしか、皇帝陛下が以前より老けたような面立ちをしているように見えた。
「陛下、すでにお知らせいたしましたように、セルグ・ドブール提督の報告によりますと、ヘイダール要塞にオルフ・オン・ダールマン提督がいると言うことでございます」
「そのことか、それは余も知っている」
「それなら、話が早うございます。数年前に大逆事件を起こし、死んだと思われていたダールマン提督がヘイダール要塞にいるとなると、そこを根城にして帝国本土への反攻を企てるということが十分考えられます」
「確かに、卿の言う通りであろう。ヘイダール要塞には、かのヤム・ディポック提督がいる。このことは十分考えられることだ」
「つきましては、ヘイダール要塞周辺についての情報を得るために現在、偵察艦を派遣しております。その艦からの情報を待って、要塞への警告か攻撃かの御判断を仰ぎたいと思っております」
「それで、よいのか?」
「それは、どういうことでございましょうか?」
「以前、アルス司令長官、卿は余への大逆事件について、何度も再調査を進言していたではないか?今回は、どうなのだ?」
ハッとして、ギルゼール・アルスは皇帝陛下を見た。その面に一瞬かつてのような相手を慈しむ表情を浮かべたが、すぐにその表情を消して、
「いいえ、今回は私の心は決まっております。これ以上、奴に帝国への危害を加えるような企みは決して許すつもりはございません」
と、きっぱりと言った。
もう今となっては、オルフ・オン・ダールマン提督が大逆事件を起したということは、帝国においては既成事実なのだ。それを変えることはできなかった。もちろん、心の奥でギルゼール・アルスはそれを認めるのを拒んでいたが、現実を変えることなどできるわけがなかった。従って、帝国艦隊司令長官として彼は行動するほかはない。まだ、帝国への差し迫った危険があるわけではないが、その危険性を指摘し備えるのが彼の任務だった。
「わかった。ヘイダール要塞への気配りはそれでいいだろう」
「はっ。それでは、私はこれで……」
敬礼をすると、ギルゼール・アルス元帥は皇帝陛下の御前を辞した。
宮殿を出ようとして廊下を行くと、軍務卿バレンドン・オルフ・ヴェリウス元帥が来るのに出会った。軽く会釈をして通り過ぎようとすると、
「アルス元帥、今日はどのような用件でこちらへ来られたのか?」
と、話しかけられた。
「ヘイダール要塞付近に派遣しているパトロール艦が戻って来たので、その件で陛下に報告をしたのだ」
「ヘイダール要塞?すると、そこに大逆人ダールマン提督がいると言うことをご存じか?」
「知っている。そのこともあって、来たのだ」
「では、あの大逆人が帝国へ、要塞の艦隊を向ける可能性はどの程度だろうか?」
「さあ、それはどうだろうか。もう奴の艦隊はない。ヘイダール要塞の艦隊を全て帝国に向けるわけには行くまい。それでは自分たちの艦隊を失う可能性が高いのだからな。もっとも、新しく仲間を集めていると聞くが、新しく艦隊を作ることができるかどうかわからない。それには金と時間がかかる。そのどちらも奴にはないと思うが……」
「だが、ダールマン提督は、今はリドス連邦王国の艦隊に属している。その艦隊を使うとすれば、帝国を攻撃することも可能だ」
「リドス連邦王国?奴はそこの艦隊に属しているというのか?」
「ほう、司令長官はこのことを知らなかったのか?」
「今、初めて聞いたことだ」
「それは残念だ。私はそのことについて、心配しているのだ」
「皇帝陛下はそのことをご存じなのか?」
「当然だ」
「……」
ギルゼール・アルス帝国艦隊司令長官は、軍務卿を睨んだかに見えたが、
「なるほど、軍務卿閣下は、私よりも情報をよくご存じのようだ。できれば、艦隊司令部にもその情報を提供して頂ければ、我々艦隊ももっと状況をよく把握し、的確な戦略を立てられると思うのだが……」
と言って、再び軍務卿に会釈をするとその場を静かに去って行った。
だが、その心の中に不安が芽生えていた。なぜ、皇帝陛下はお会いした時に知っている情報を自分に話さなかったのか。これは、自分が皇帝陛下に不信を抱かれている所為ではないだろうか。
いや、それだけではない。あの冷静沈着な軍務卿が宮殿とは言え、その廊下であのような話をすることは以前では考えられないことだった。何かが変わってきているのだ。それは、戦乱の時代が終わったことに原因があるのだろうか。これから平和な新しい暮らし易い時代が来るものと思っていたのに、どうも違うようだった。
ギルゼール・アルスは宮殿の廊下の大きな窓から空を見た。近頃は晴れ渡るような空を見たことがない。どんよりといつも曇っているのだ。それが今日はいつもよりも暗く見え、何か良くないことの起きる前兆のような気がした。
ナンヴァル連邦銀河帝国駐在大使マグ・ファーロン・シャは、大使館に戻ると魔法使いキリュー・ガルト・トーラに言った。
「一体どうしたのだ?白魔法使いの所業とも思えぬことだが……」
宮殿の皇帝陛下の前でキリュー・ガルト・トーラが行った白魔法使いの治癒の魔法を言っているのだ。咎めているというよりは、皇帝の面前で魔法を使ったと言うことに驚いているのだ。白魔法使いは必要に駆られてではなく、まるで見世物のような魔法を使うことを厳しく禁じている。魔法を軽く扱わぬため、そして呪文の秘密を守るためでもある。
「確かに、以前の私でしたなら、他所の国の皇帝の面前であのような魔法を使うことはなかったでしょう。実はこれは、あのガンダルフの五大魔法使いの一人『大賢者』たるレギオン殿からの依頼だったのです」
「何と、そなたはあの『大賢者』レギオン殿に遭ったと言うのか?」
それは魔法使いキリュー・ガルト・トーラが人前で魔法を使ったことよりも、更に大きな衝撃を大使に与えた。
「実は、ガンダルフの五大魔法使いは今世に生まれ変わってきているようです」
「それは、本当のことか?そのようなことは、私は噂にも聞いたことがないが。しかし、ガンダルフの魔法使いが生まれ変わって来ているとなると、この時代はかなり大変な時代だということか?」
「私はそのことをガンダルフの魔法使い『大賢者』レギオン殿から直接聞きました。大使閣下には、本来ならもっと早くお知らせしたかったのですが、遅くなってしまいました。ところで話は変わりますが、そのレギオン殿によりますと、この銀河帝国の帝都ロギノスはあのかつてのアルフ族の首都星であり、闇の魔法の生まれた星なのです」
「何と、帝都がそのような呪われた星であったとは、それで、現在闇の魔法はどうなっているのだ?」
ナンヴァル連邦の大使マグ・ファーロン・シャは古代についての知識が多少はあった。かつてロル星団にはアルフ族なる種族がいて、科学技術と魔法を使う文明を造っていた。アルフ族自身は、その昔、どこか他の宇宙からやって来た種族だとも言われているのだ。その彼らは、ダルシア人やガンダルフ人とも友好関係を持ち、ナンヴァルやゼノンとも交流があったと記録には残っている。
時が経つとともに、彼らの文明はいつしか堕落し、闇の魔法を創造した。そして、その所為で滅んだと言われている。アルフ族の主だったもの達はジル星団へと逃げて、ガンダルフやその他の惑星に移住したと言われていた。そのロル星団でのアルフ族を滅ぼした闇の魔法については詳しくは伝わっていないが、それ以来、ロル星団との交渉はほとんどなくなったと言うことなのだ。それが最近になって、残された人々が新しい宇宙文明に達したためジル星団とも交流を再開したのである。
「レギオン殿によれば、この帝都ロギノスに置いて、闇の魔法の封印が解かれ、闇の魔法が蘇ったと言うのです」
「それは、レギオン殿本人から聞いたことか?」
「はい、レギオン殿の御自身の口からお聞きしました」
これは大変なことだ。軽率なことをすると、闇の魔法の影響だけでなく、その本体自身がジル星団へとやってくる可能性もありうるのだ。その場合、ジル星団がかつてのロル星団と同じ運命をたどるかもしれないのだ。
「現在、白魔法使いであるならば、帝都ロギノスを離れた宇宙船から見ると、黒い骸骨に覆われているのが見えます。それは、古代から言い伝えられている闇の魔法の印です」
「それは、魔術師には見えないのか?」
「おそらく、見えないでしょう。見えるのは白魔法使いだけなのです」
「しかし、これまで封印されていたのものが、何ゆえに突然封印が解かれたのか」
闇の魔法の封印はアルフ族がジル星団へと移住し、移住に反対して残留した者たちがお互いに潰しあった後、知的生物の住まなくなったことを確認したのちに、封印の儀式が行われたと伝えられている。
「その理由については『銀の月』から聞きました」
「何と、そなたはガンダルフの魔法使い『銀の月』にもあったと言うのか?」
「銀の月によると、封印はロギノスに人間達が移住してきた時、新しく作り直したそうです。そしてそれは、ある帝国貴族の存在で成り立っていたのだそうです。その貴族が皇帝陛下に反逆の意志ありと見られて、帝都を出ざるを得なくなったために、その封印は失われたのです」
「それは冤罪なのか?」
「冤罪だと聞いております」
ジェグドラント伯爵家が帝都を退転しなければならなくなったのは、弟のベルンハルトが大逆人の部下であったためであった。その所為で疑いを向けられたのだ。だからベルンハルト自身も冤罪なのだ。
「で、私はどうすればいいのだろうか」
闇の魔法の影響を受けるとなると、何がこの身に起きるかわからないのだ。だが、戻ったとしてもナンヴァルの母星に闇の魔法をもたらしかねない。マグ・ファーロン・シャ大使は自分の身も大切だが、母国にそのような影響を与えることはしたくはなかった。
「大使閣下には、どうぞこのまま帝都駐在大使をお続けください。私が居れば、大使閣下の闇の魔法による悪影響は取り除くことが可能です」
「つまり、魔術師ではできないが、白魔法使いなら可能だと言うことか?」
「いいえ、白魔法使いでも闇の魔法を取り除くことは不可能なのです。ですが私はヘイダール要塞で、『大賢者』レギオンから直接魔法の指導を受けてまいりました」
「何と、レギオン自身から魔法の教えを受けることが出来たのか?」
ガンダルフの魔法使い『大賢者』レギオンから直接魔法の教えを受けるということは、白魔法使いなら皆夢に見ることなのだ。だが、レギオン自身がその時代に生まれているかわからず、どこにいるかもわからないことが多かった。だから、直接教えを受けることのできることが出来たものは、ほんの僅かしかいなかった。
「はい。私にとってはこの上なくありがたいことでございました。その際に新しい呪文も授かったのです」
「新しい呪文?そのようなものがすでに綴られていたのか」
「はい。その数も、その規模も今までの白魔法の呪文とはかなり違うものでした。しかし、これがあれば例え闇の魔法の蘇ったこの帝都ロギノスに置いても、大丈夫だとレギオン殿は言われました」
「新しい魔法の呪文、他の白魔法使いはどれほどそれを欲しがるだろう。魔術師たちであっても、新しい呪文はのどから手が出るほど欲しいだろう」
「そう言えば、大使閣下に置かせられましては、ゼノンの大使とお会いになられたことはございますか?」
「帝都に赴任して皇帝陛下に謁見した時にゼノンの大使とは会った。だが、その時は特に魔術師は来ていなかったように記憶しているが……」
ゼノン帝国大使はナンヴァル連邦の大使のように、帝都に何か異常なものを感じている様子はなかった。他人事ながら、帝都に闇の魔法が蘇ったと聞くと、ゼノン帝国大使はその影響を受けているのだろうかと案じてしまうのだった。もちろん、帝都にはゼノン帝国だけではない、他にも古い国々から大使は来ている。新興国からも大使はきているはずだった。彼らはどうしているのだろうか。何かこの帝都の異変に気付いているのだろうか。
321.
ゼノン帝国、帝都駐在大使ロガール・ヴァン・ダンはこのところ妙な不安に苛まれていた。
「如何されましたか、大使閣下」
と、ゼノン大使付きの宮廷魔術師ガルリアン・ドノヴは聞いた。
「いや、何でもない」
と言いつつも、心の中ではそろそろ本国から知らせが来ても良い頃だとロガール・ヴァン・ダンは思った。
元々、このような辺境の人間族の帝国などに長くいる気はなかったのだ。本国においては、時の皇帝バルファルハ・グド・ロバンダンがゼノン人の寿命に近付いていた。長くともあと数カ月で崩御する可能性があった。その時、彼ロガール・ヴァン・ダンは皇帝候補の一人として挙げられると約束されていたのだ。だからこそ、このような辺境の帝国へ派遣されることを承諾したのだ。
だが、いくら待っても本国からの呼び出しは来なかった。今では騙されたのでは、と思うことが多くなっていた。
「ところで、大使閣下、あの事は如何いたしましょうか?」
と、魔術師ガルリアン・ドノヴは大使の顔色を窺いながら聞いた。
「あれか?わしは、あのような者たちは知らぬ。見たこともない。だから、お前がどうしようと勝手だ」
と、冷ややかにロガール・ヴァン・ダンは言った。そして、
「そのようなことよりも、本国へ連絡を急がせるのだ。何かあったのかもしれん」
と、続けた。
「本国ですか?」
「そうだ」
「ですが、こちらに残した艦では本国までの通信は時間がかかります」
「わかっている。だから、急いでやれと言っている。そう言えばお前は魔術師だったな。お前の魔法では本国への通信はできないのか?」
「それは、無理というものでございます。例え、白魔法使い、あの有名なガンダルフの五大魔法使いであっても、銀河帝国の帝都からジル星団の本国へ通信を送る魔法などできますまい」
「ふん。魔法というのも案外役に立たぬものだな」
「申し訳ございません」
ガルリアン・ドノヴは、いつもより気短で横柄な態度を取る大使に気づいていた。大使本人が何かを待っているように感じられるのだ。それはおそらく、本国を出る時に聞いたあの噂が事実だと言うことなのだろう、と思った。
銀河帝国駐在大使に任じられたロガール・ヴァン・ダン大使は、いずれ帝位につく可能性が一番あると言うのだ。彼が辺境の帝国へ行かされるのは、本国で起きる帝位の即位争いから遠ざかるためと言うことだった。一番の本命が本国から離れるのは、命の危険があるからである。
本命の次に位置する人物は現皇帝の甥にあたる、ガルドリア公爵家の当主であるエイドリアン・ガルドリアである。ロガール・ヴァン・ダンは実は現皇帝の第八皇妃を母として生まれた。そしてすぐにガルドリア公爵家の親族であるダン男爵家に里子に出されたのだ。本来なら皇帝の皇子として遇されるのに、すでに何人もの皇子が居たので年老いて出来た幼い皇子を他の兄たちとの帝位継承の争いに投じるのは哀れに思っての処置だった。
ところがバルファルハ・グド・ロバンダン皇帝陛下は長生きで、皇子たちはその後病や事故によっていなくなり、今では彼ロガール・ヴァン・ダン一人になってしまったのだ。そのことを知った現皇帝の甥にあたる人物に暗殺されるのを防ぐために、彼はこのような辺境の帝国へ派遣されたのだった。その辺のいきさつを宮廷魔術師ガルリアン・ドノヴは詳しくは知らなかったが、想像することはできた。彼はロガール・ヴァン・ダンを守るために付けられているからだ。
「それならば、例の連中を見てやるのも悪くない」
と、先ほどとは真逆のことをロガールは言いだした。
「お暇でしょうが、ここは一つご自重ください」
「ふん、このような辺境まで暗殺団が来ると言うのか?」
「そうではございませんが、ナンヴァルの大使は司祭階級の出であり、魔法使いも一緒でございますので」
「ほう、そちはナンヴァルの魔法使いを怖がっているのか?」
「いえ、そのようなことはございません。ただ、閣下に何かあっては、私を閣下に付けたお方に言い訳できませんので……」
「ふん、つまらんことだ」
突然興が削いだように、ロガールは言った。それを言われると彼も弱いのだった。今の彼には魔術師を自分に付けてくれた人物が唯一の頼りでもある。
「では、わたくしが行ってまいりますので……」
「勝手にしろ!」
ホッとしてガルリアン・ドノヴは大使の部屋を出た。
ゼノン帝国大使公邸はまだ建てられて数カ月にしかならない。真新しい廊下を歩き、階段を下ると地下室に着いた。地上の建物は銀河帝国の建設業者が入って建てたが、その後ゼノン帝国から技術者を呼び寄せて地下室を作ったのだ。ゼノン帝国はどの国に行っても、大使公邸に密かに地下室を造るのが常だった。
扉を開けると、牢のような部屋がいくつも続いていた。ここは攫って来た者を閉じ込めるための部屋だ。建ってからまだ間がないこの屋敷ではそれほど入っている者はいない。だが、奥の方にナンヴァル人がいた。牢に一人づつ入れてある。これが、前のナンヴァル連邦の大使とその魔法使いであった。
牢の壁や天井と格子には魔法を使えぬように闇の魔法の呪文が掛けてある。従って、白魔法使いと言えども、この牢から抜け出すのは不可能だった。
前のナンヴァル大使マグ・ゼレン・シャは新しい大使が来て挨拶をした後、ナンヴァル艦隊旗艦に乗り帰国するはずだった。ところが艦隊司令官ルダ・ハルトス・ナンは旗艦に乗せた前ナンヴァル大使に、
「ゼノン帝国の艦に挨拶に行こうと存じます。できれば、大使もご一緒に願えれば幸いでございます」
と言われて、何の疑いもせずに付いて行ってしまったのだ。もちろん、その時大使付きの白魔法使いも一緒だった。
ゼノン帝国の艦に付いた時、そこにはゼノンの宮廷魔術師ガルリアン・ドノヴが待っていた。そこで何があったのか、何を言われたのか定かではない。ただ、気が付いた時にはこの牢の中にいたのである。
マグ・ゼレン・シャ前大使はここが宇宙船の中ではないことはわかった。だが、ここがどこであるのかは皆目わからなかった。一緒に捕まって隣の牢に入れられた白魔法使いフロウ・デトラ・ノーラはこの中では魔法が使えなくなっていると訴えた。それは、この牢から抜け出すことは簡単ではないと言うことを物語っている。
この牢に入れられて数日、やっと誰かがやってくるのを前大使マグ・ゼレン・シャと白魔法使いフロウ・デトラ・ノーラは気が付いた。これまで食事や水も何も出すことはない牢の中に、初めてやって来た者がいるのだ。
「これはナンヴァルの大使どの。ご機嫌は如何ですかな?」
「おまえは、ゼノンの魔術師か!」
と、フロウ・デトラ・ノーラは怒りの声を上げた。すぐにゼノンの艦に乗っていたあの宮廷魔術師だと気づいたのである。
「大使と私が牢に入れられたのは、なぜなのか?」
「これは、我々の考えではありません」
「では、誰のだ?」
「これは、あなた方ナンヴァル連邦の新しい大調整官閣下の御望みなのです」
「何と!」
と、フロウ・デトラ・ノーラは絶句した。
「待て、それは本当なのか?お前は魔術師であろう。お前の言うことが真実だと言う証は?」
「あなた方がここに居るということが、その証でございます。新しい大調整官閣下は、あなた方に母国に帰って来られるのは望んで居られないのですよ」
とすると、あの時ゼノンの艦を訪問しようなどと言ったあのナンヴァルの艦隊司令官ルダ・ハルトス・ナンもグルなのだ、とフロウ・デトラ・ノーラは思った。一体いつから、このようなことが起こるようになったのだろうか。
「新しいナンヴァルの大調整官閣下は、ゼノン帝国とナンヴァル連邦のより一層の友好親善をお望みなのです。その証として、あなた方を我々に下さったと言うことです」
「お前たちは何が望みなのだ」
「ナンヴァルの白魔法使いの呪文です。ガンダルフ以外では最古の魔法の呪文が残されているのがナンヴァル連邦です。我々はそれが欲しい」
「だが、お前たちゼノン帝国には魔術師の呪文があるではないか。魔術師たちはナンヴァルの魔法使いの呪文よりも自分たちの呪文の方に力があると自慢していると聞いている」
「そう言われていることは存じています。ですが、ナンヴァルにはナンヴァルの得意とする呪文があるでしょう。我々はそれが知りたいのです」
魔法の呪文は本来ガンダルフの魔法使い『大賢者』レギオンが綴ったものだと伝えられている。『大賢者』レギオンはガンダルフだけではなく、ナンヴァルやゼノン帝国、そして他の古い文明の国々に生まれて、そこでその国の言葉で魔法の呪文を綴ったのだ。その魔法の呪文は様々なタイプのものがあり、例えば、治癒の呪文、攻撃の呪文、守りの呪文、他に生活を便利にする呪文などがあった。もちろん他の系統の呪文もあるのだが、その地に特有の呪文と言うモノがあったのである。ナンヴァルでは特に治癒の呪文が強いと言われていた。ゼノンでは攻撃の呪文が強かった。
こうした呪文はその地の言葉で綴られていたので、他の国の魔法使いがそれを使うことは難しかった。使っても効かないことが多かったのである。魔法の呪文を唱える言葉は非常にデリケートで、正確さを要求するのだ。よその国で育って、他国の魔法の呪文を取り入れるということはほとんど不可能だと言われていた。
だからこそ、ガンダルフの魔法使い『大賢者』レギオンはそれぞれの国に生まれて、その国の言葉で魔法の呪文を綴ったのである。
ただ、魔法の呪文が綴られたと言う時代はすでに何千万年も前のことなので、現在ではその呪文も正確に伝わっているかどうかは疑問だった。正確に残そうという努力もあったが、時代と共に変容して行くものもあったのだ。特に言葉というものは時代の変遷により変化をするものだった。そのため当初よりも魔法の呪文の効き方が変化し、その変化は魔法の力の減退となっていた。
そんな時ゼノン帝国の魔法使いたちは闇の魔法と言うモノを知ったのだ。それも今から何百万年も前のことだった。その闇の魔法はロル星団から来たアルフ族の魔法使いから聞いたのだった。その魔法使いは魔導士と言われる類の、人を呪い、不幸にすることを生業とする者たちだった。ゼノン人はその闇の魔法の呪文に飛びつき、使うようになった。その結果、正規の白魔法使いの呪文の効果が更に減退して行ったのだ。
ガンダルフの『大賢者』レギオンは弟子となり魔法使いの修行を始める者に、魔法を自分のために使うのではなく、その魔法で人を助け、他の人々のために成ることに使い、この世によきものをもたらすために使うことを、必ずレギオンと弟子となる者の出身地の神々の名のもとに誓約させたのだった。その誓約が破られることになったのである。ゼノン人の魔法使いの呪文が効かなくなったのは、その誓約を破った所為なのだった。
白魔法使いとしての誓約を破った魔法使いは魔術師と呼ばれるようになった。彼ら白魔法の呪文を知っているが、その効き目は弱くなり、闇の魔法の呪文の効き目の方が強かったのである。
だが、今でも魔術師のいないナンヴァル連邦では、その魔法の呪文にはそれが創られた時代と変わらぬ力が保たれていると言われていた。
ゼノンの魔術師たちは減退した魔法の力の向上のために、長年研究してきた。まずその呪文の元と成る言葉を研究した。ゼノンとナンヴァルはその言葉は違っても、その元となるのは同じダルシアの言葉だと言われていた。そこから分かれた彼らの言葉は、音や意味の元が似ているのだ。そこからナンヴァルの言葉について研究したゼノンの魔術師は、枝分かれした最初の言葉を発見したのだ。その最初の言葉はナンヴァルの言葉の方が近いものだった。そこで彼らはナンヴァルの言葉を研究し、ゼノン人であってもそれに精通して行った。次に来るのは、ナンヴァルの魔法の呪文を手に入れることだった。
そして、ゼノンの魔術師ガルリアン・ドノヴは、念願のナンヴァルの白魔法使いを手に入れたのである。




