ダルシア帝国の継承者
313.
「要塞の近くのジャンプ・ゲートから所属不明の艦隊が出ます!」
と、ヘイダール要塞司令室の通信や探知装置に付いている通信員が叫んだ。
ジャンプ・ゲートを使う技術を持っているのは、ジル星団の国々の艦隊だった。現在ヘイダール要塞付近のジャンプ・ゲートは全て閉鎖されている。おそらくロル星団へ行こうとしたジャンプ・ゲートを使った艦隊が、ゲートが閉じているのを知らずに使ったのだと思われた。
「どこの艦隊だ?」
「スクリーンに出ます」
スクリーンに出たのは、要塞にこれまで何度か攻撃を仕掛けて来たゼノン帝国の艦隊だった。
「あの艦隊、銀河帝国かジル星団のどちらから来たのだと思われますか?」
と、ダズ・アルグ提督が聞いた。
「そうだな、出現位置から言って、おそらくジル星団から来たのだろう」
と、ダールマン提督――レギオンが答えた。
「まだ、ジル星団全体には、ジャンプ・ゲートが閉鎖されていることが周知されていないのでしょうか?」
と、グリンが言った。
先日ナンヴァル人の魔法使いがヘイダール要塞とジル星団の宇宙都市ハガロンとを行き来したのだが、彼が仲間の魔法使いに廻状を回したことはすでに聞いていた。
「ナンヴァル人の魔法使いが往復してから、左程時間が経ったわけではない。まだジル星団全体に周知されたとは言えないだろう」
これまで黙って聞いていた、惑星ゼンダから来たばかりのオルレイア号の者たちが驚いて聞いた。彼らには見たことない艦隊なのだ。
「あの艦隊はどこの艦隊ですか?」
と、オルレイア号の船長オルノ・ゾラが聞いた。
「おそらく、ジル星団のゼノン帝国の艦隊だ。艦の形から言えばだが……」
と、クルム司令官代理が言った。
「なぜ、そのような艦隊が要塞に来るのだ!」
と、コレル・ブルゾン元新世紀共和国大将が聞いた。彼にはジル星団だのゼノン帝国だのは聞いたこともないのだ。それはオルレイア号の船長も同じだった。船主のフォルラ・ドロスレイは黙っていた。
「あの艦隊から通信です」
「私が出る」
スクリーンにゼノン人の姿が映じた。
体格的には人間に近いが、容貌は確かに竜族だった。爬虫類のような目つきで、顎が突き出ており、皮膚の色も人間とは違う。
「お前たちは、何をしたのだ!ジャンプ・ゲートを使えなくするとは、どういうことだ!」
と、まるで詰問するように言った。
「その前に、卿の名を聞こうか」
と、冷静にクルム司令官代理が言った。
「私は、ゼノン帝国スワム艦隊司令官グアスポラス・フォン中将である。そう言うお前こそ誰だ?」
「私はヘイダール要塞司令官代理ナル・クルム少佐だ」
「ふん。少佐如きが私の艦隊をなぜ止めたのだ」
「私が止めたわけではない。ヘイダール要塞付近では、ジャンプ・ゲートが使用できなくなっているだけだ」
「何だと、いったい、何の権利があって、そのようなことをするのだ!」
「何も、私がしているわけではない。昔から、この辺りにあったと言われている『レギオンの城』では、ある条件が生じた場合にはジャンプ・ゲートを閉鎖することになっていたと聞いている。それが条件によって発動したのだろう」
「レギオンの城だと。そんなものはどこにもないではないか。ここにあるのはヘイダール要塞だけではないか」
「ゼノン帝国には魔術師がいるはずだな。連中では『レギオンの城』というのはわからないのか?ナンヴァルの魔法使いは知っていたぞ」
「ナンヴァルの魔法使いだと?ここにナンヴァル人が来たと言うのか?」
「そうだ。彼らもジャンプ・ゲートが閉鎖されていることに驚いたが、すぐに理由を理解した。お前たちとは違うようだな」
「何だと!ともかく、ジャンプ・ゲートを開けるのだ。開けなければ、攻撃するぞ!」
ゼノン帝国の艦隊司令官グアスポラス・フォン中将は随分焦っているようだった。何か理由があるのだろうか。
「ゼノン人というのは、戦闘的な種族だな。攻撃したければ、するがいい。ただし、どうなっても私は知らんぞ」
と、クルム司令官代理は一応警告した。
ジャンプ・ゲートが閉鎖されているというのなら、目的地までは時間がかかるものの通常のワープ航法で航行すればいいだけだ。それをどうしてもジャンプ・ゲートを使いたいということらしかった。
「ジャンプ・ゲートというのは、何だ?」
と、惑星ゼンダから来たコレル・ブルゾン元新世紀共和国大将が聞いた。初めて聞くことだった。
「ジル星団の種族が使う宇宙航行の技術の一つだ。宇宙空間に存在するジャンプ・ゲートを使った宇宙航行で、通常のワープ航法よりも早く目的地に着く。この要塞から銀河帝国までおよそ一日で着くはずだ」
「何と早い。そんな航法があるのですか」
と、オルレイア号の船長がため息をついて言った。
「だが、今そのジャンプ・ゲートは閉鎖されている。だから、あのゼノン人たちは怒っているのだ。だが、怒っても始まらない。この要塞では閉鎖されたジャンプ・ゲートを開けることはできないのだ。できるのは『レギオンの城』からだからだ」
「その『レギオンの城』というのは、どこにあるのですか?」
と、それまで黙っていたオルレイア号の船主のフォルラ・ドロスレイが聞いた。
「それは私に聞かれてもわからない。先ほど来たナンヴァル人の魔法使いはそこへ行けたようだが、普通の人間ではなかなか行けないと聞いている」
「ちょっと待て!魔法使いとは、どういうことだ?まるで本当にいるような言い方だな」
と、コレル・ブルゾン元新世紀共和国大将が言った。
「本当にいるから、言っているのだ。私が嘘を言っているとでも言うのか?」
「私はこれまで四十年以上の軍人歴があるが、魔法使いなどと言うことは聞いたことがない」
「それは、元新世紀共和国や銀河帝国でのことだ。ジル星団では魔法使いの存在は当たり前のことだ」
と、クルム司令官代理は当然の如く言った。
ゼノン帝国スワム艦隊司令官グアスポラス・フォン中将は、旗艦ズグワムの司令室に魔術師を呼んだ。
「御用と言うのは?」
と、ゼノン帝国宮廷魔術師の一人、マルカイダ・ルノイは不機嫌そうな提督の顔を見て言った。
「お前は、なぜヘイダール要塞の近くにあのガンダルフの魔法使いレギオンンの城があると言わなかった?」
「レギオンの城、でございますか?あの城は、太古の時代にあったとされる伝説の城でございます。今の時代にあるとは思えませんので、言わなかったのでございます」
「だが、今ヘイダール要塞の司令官代理とか言う若造は、『レギオンの城』があると言うのだ。だから、今この付近のジャンプ・ゲートが閉鎖されているそうだ」
「ジャンプ・ゲートが閉鎖されている?銀河帝国によって作られたヘイダール要塞が閉鎖したというのでしょうか?」
「そうではない。『レギオンの城』が閉鎖したというのだ」
「まさか、そのようなことがあるとは思えませんが……」
「我々が来る前に、ナンヴァル人の魔法使いが来て、そのことをすぐ理解したと言っていた。魔術師のお前は、何もわからないのか?」
グアスポラス・フォンの無理難題は、今に始まった事ではなかった。何かあるたびに部下を呼び出し、なぜ事前に注意をしなかったと言って、責めるのである。その性癖を知っているので、宮廷魔術師マルカイダ・ルノイは落ち着いて考えた。
魔術師と魔法使いは、同じではない。呼び方だけの問題ではなく、使う魔法の種類が違うのだ。とは言え、魔術師はもともとガンダルフの魔法使いの流れをくむものであった。それが、闇の魔法と言うモノを知って、それを使ったために、魔術師となったとゼノン帝国の魔術師の歴史は教えている。
すでにゼノン帝国の魔術師の歴史は数万年に及ぶものであり、元のガンダルフの魔法の流れに戻ることはない。今ゼノンの魔術師に残されているガンダルフの魔法の知識の中に『レギオンの城』があるが、それは太古の昔にあったもので、現在の宇宙空間には存在しないものとされていた。
「ゼノンの魔術師とガンダルフの魔法使いとは大昔に分かれたモノでございます。しかし、ナンヴァル連邦の魔法使いはガンダルフの魔法使いの流れを現在も強く受けております。従って、ガンダルフの魔法使いについても、ナンヴァル連邦の魔法使いの方が詳しいと存じます」
と、宮廷魔術師マルカイダ・ルノイは言った。
「そのようなことを聞いているのではない。いいか、我々は急ぎ銀河帝国へ行かなければならないのだ。それなのに、ジャンプ・ゲートが閉鎖されているという。この事態に対して、どんなことができるかと聞いているのだ」
と、スワム艦隊司令官グアスポラス・フォンは気短に言った。
本当の事を言えば、マルカイダ・ルノイの知識には今回の事態に対処できるようなものはなかった。だが、そんなことは言うことはできないし、言うべきでもない。自分の身の安泰を思うのならば。
「では、少々時間をいただけますか。ここで、待っていても何もできません。ですから、私自ら向こうへ行って何とかして来ようと思います」
「ほう、お前にできるというのか?」
「私はゼノンの宮廷魔術師でございます。この私にできなければ、ゼノンのどの魔術師にも出来ますまい」
「わかった。お前に任せてみよう。だが、いつまでも待っているわけには行くまい。時間はどれほど必要か?」
「二、三日は必要かと。向こうが『レギオンの城』があると言うのならば、それを探してみましょう。噂によればガンダルフの五大魔法使いが、現代に生まれ変わって来ていると聞いております故」
「生まれ変わって来ているだと?おまえは、そんな迷信を信じているのか?」
「私は魔術師でございます。ゼノン帝国に置いては生まれ変わりなど迷信と言われましょうが、魔術師の世界に置いてはそれが真実なのでございます」
「わかった。ここで、生まれ変わりが真実か否かを論じても始まるまい。我々は、急いで銀河帝国へ行かねばならないのだからな!」
「御意!」
314.
ホランド・アルガイは何度目かのため息をついた。
元新世紀共和国の首都星ゼンダに戻って来た後、元最高評議会議長だったチェルク・ノイに会うために彼を探しているのだった。
「一体、どこへ行ったんだ?」
総督府がゼンダで頻発するデモで逮捕したリストの中にはチェルク・ノイの名前はなかった。もとより、高齢の最高評議会議長がそのようなデモに参加するとも思えない。だが、それなら一体どこへ行ったと言うのだろうか。
元新世紀共和国の軍や政府の高官たちには、総督府が密かに監視を付けているのだ。だから、もしどこかへ出かけたのならすぐにわかるはずなのだ。だが、総督府にもチェルク・ノイが行方不明になったというような情報はないようだった。だから、総督府は動いていない。しかし、現実にはチェルク・ノイはいない。これは変だ、とさすがにホランド・アルガイにもわかった。
実はホランド・アルガイはヘイダール要塞のディポック提督から密かにチェルク・ノイ宛の手紙を預かって来たのだ。それを渡さなければならない。というのに、本人がどこへ行ったのやら、皆目見当がつかないのだ。
宿泊しているホテルに戻ってきたホランド・アルガイは疲れ切って着替えもせずに、寝台に大の字になって横たわった。
「どうなっているんだか……」
もう彼の人脈もコネも使い果たしてしまった。あと、誰に聞けばいいのだろうか。
すると、突然周囲が灰色に変わった。
ホランド・アルガイは目を閉じていたので、すぐにそれに気づかなかった。
「もし、もおし、ホ、ラ、ン、ド、居たら、返事をしてちょうだい!」
と、声がした。
すぐに目を開けたホランドは、目の前にリドス連邦王国の五番目の王女が浮かんで居るのに気づいた。
「あ、あの……」
慌てて寝台の上に起き上がると姿勢を正し、
「ええと、確かリドスの王女様でしたっけ?」
と、彼は間の抜けた声で言った。
「他に誰がいると言うの?それと、私は五番目よ。そう呼んでって、言ったでしょう?」
「そ、そうでした。そ、それで、何かご用でしょうか?」
「ご用でしょうかですって?困っているのはあなたじゃないの?」
「そうです、そうです!」
と、言いながらホランドは頷いていた。
「あなたの探している人物がどこにいるか、私知っているわ」
「本当ですか?」
半信半疑でホランドは言った。けれど、まだ誰を探しているのか話したわけではない。なのに、どうして知っているのだろうか。
「あのね、あなたの探している人が見つからないのには、訳があるのよ」
「どんなわけですか?何か困った事でも起きたのでしょうか?」
「うーん、困った事と言うよりは、誰にも会えなくなってしまったの」
「それは、総督府によって彼が拘束されたということでしょうか?」
「そんなことはないわ。今は総督府だろうが、何だろうが、彼を拘束することは不可能だわ」
「不可能?」
「あのね、普通の人間には見えなくなってしまったの?」
「それは、あの何か特別な病気でしょうか?」
「違うわ。もう、病気にはならないし、あなたの恐れている総督府にも捕まえることなんてできなくなったの」
まるでなぞなぞをしているようだった。リドスの五番目は、何か肝心なことを言いそびれているようなのだ。
「あの、五番目、私は何を言われても驚きません。何があったのか教えてもらえますか?」
「そう、そこまで言うのなら言うけれど、あの落ち着いて、驚かないでね。人間って、こんなことを言うと大抵驚くから……」
「大丈夫です」
「それなら、あのね、あなたの探している人は死んだの」
「……、何ですって?死んだと……」
あまりのことに、ホランド・アルガイは一瞬惚けてしまったように口を開けていた。
「ほらね、わかっていたわ。大丈夫だなんて、言ってたくせに」
「い、いや、その、確かに驚きました。前に会った時は、病気だったとは思えなかったので……」
「あら、病気で亡くなったのではないわ。あれは自然死。だって、かなりの歳だったでしょう?」
「しかし、死んだなら葬式くらいしてもよさそうではないですか?」
「それはね、彼が死んだと公になると困る連中がいるのよ」
それはまず総督府だった。総督府としてはそれだけでこのゼンダにおいては大暴動の引き金になりかねない、と考えていた。なぜなら現在の状況が状況だけに、単なる自然死と言っても誰も信じないだろうと思われるからだ。それだけではない。惑星ゼンダの反帝国勢力もチェルク・ノイ氏の死はかなりの痛手になるのだ。かつての栄光ある新世紀共和国の代表的な政治家である。できるだけ一般人には知られたくないことなのだ。斯くて、元新世紀共和国最高評議会議長チェルク・ノイの死は、両方の勢力によって伏せられることになったのだ。
「そんなことになっていたのですか……」
五番目の説明を聞いてホランド・アルガイは、呆れてモノが言えなかった。どうりでいくら当たっても、情報が得られないわけだ。それにしても、自分たちの都合を優先するとは、あまりにも勝手すぎる。
「まったく、迷惑な話よね。本人のことを考えたら、葬式ぐらいしてもよさそうなのに」
「しかし、ディポックから預かった手紙、どうしたらいいだろうか」
「手紙?それなら、私が本人に渡してあげるわ」
ホランドは、その言葉に驚いて五番目を見た。
「今、なんて言ったんですか?本人に渡す?死んだ人に、どうやって渡すんですか?」
「何を驚いているの?別に死んだからと言って、消滅したわけではないのよ。元新世紀共和国最高評議会議長、チェルク・ノイは、ちゃんと存在しているわ」
と、怒ってリドスの五番目は言った。
ホランド・アルガイは二度目をこすった。信じられないことが目の前で起きているのだ。場所は同じホランド・アルガイの泊まっている部屋である。
彼の目の前にいるのは、死んだ元新世紀共和国最高評議会議長、チェルク・ノイである。それもまるで生きているかのようだ。
「ホランド・アルガイ、君に会えて安心した。先日はせっかく私の屋敷に来たのに、私が呼び留めるのも聞かずに行ってしまって、失望していたところだ」
「す、すみません。あの時私には、あなたが見えなかったものですから……」
ホランド・アルガイに亡くなったチェルク・ノイ氏の姿が見えるのは、五番目が特別に見えるようにしてくれているせいなのだ。
「ところで、私に会いにきたのは何か用があったのだろう?」
「はい。実はヘイダール要塞のディポック提督からの手紙を預かって来ました」
「そうか、早速見せてくれたまえ」
ホランドは彼の財布のなかから一枚のカードを出した。そのカードにディポックからの手紙が記録されているのだ。それをチェルク・ノイに渡そうとすると、不思議なことに見る見るうちにそのカードが昔ながらの紙の手紙に変わって行った。魔法を使っているかのようだった。
「あ、あの……」
だが、チェルク・ノイは動ぜずに言った。
「私はやはり、昔ながらの紙に書いた手紙がいい。カードというのは、あまりにも情緒がない。それに、ここにはカードを入れる装置もないのでね」
「そ、そうですね」
確かに死者に渡すには、カードではどうにもなるまい。カードから手紙に変化したのは五番目がやったのだろうかとホランドは思った。
チェルク・ノイは手紙の封を破ると、中を取り出して読んだ。
「そうか。エルシン・ディゴ達はヘイダール要塞で困ったことをしているようだな」
「は、はい。首都から遠く離れた場所ですし、仕方がない面もあるかと……」
いつの間にかホランド・アルガイはエルシン・ディゴの擁護をしていた。これまで、散々心の内で悪態をついて来たのに、チェルク・ノイの前ではそのようなことはできなかったのだ。
「私に何かできるだろうか?」
と、顔を上げてチェルク・ノイは言った。
その言葉にホランド・アルガイはすぐに返事が出来なかった。すでに死者となったチェルク・ノイにできることがあるだろうか、と考えてしまったのである。すると、
「それなら、本人に直接会いに行って、叱責するなり助言するなりしたらどうかしら?」
と、リドスの五番目が言った。
ぎょっとしてホランドは五番目を見た。身体もないのに、どうやってヘイダール要塞まで行くというのだ、とつい思ってしまったのだ。
「あら、返って簡単なのよ。生きている人間よりも、死んで霊体になった方が。だって、宇宙船に乗る必要もないでしょう?」
「ホランド、そちらの方はどなたかな?」
「あ、あの、こちらはリドス連邦王国の第五王女殿下なのです、閣下」
「リドス連邦王国?聞いたことはないが、どこにあるのだね」
「あのジル星団にあるのです。閣下はご存じありませんか?こちらの星団ではなく、もう一つの星団です」
「もう一つの星団?あのガンダルフのある星団のことか?」
今度はホランド・アルガイが驚く番だった。
「ガンダルフという惑星をご存じで?」
「私は、昔、そうずっと昔なのだが、その名を聞いたことがある」
と、遠くを見るような目をしてチェルク・ノイは言った。
「多分、あなたはかつてのアルフ族の一人だったのね」
「アルフ族?そうだったかもしれない。まだ、私の記憶はそこまで辿れないのだ。死んだばかりなのでね」
「それで、どうすればいいのでしょうか?」
「私は行けるのなら、ヘイダール要塞へ行ってみようと思う」
「ですが、向こうのエルシン・ディゴ政治代表にあなたの姿は見えないのではありませんか」
エルシン・ディゴに霊の姿を見る特殊な能力があるとは思えない。だが、五番目がチェルク・ノイが連れて行ってくれるのだから、彼にも見えるようにすることは可能だろう。ただ、チェルク・ノイがすでに死んでいるとわかったら、彼は何と言うのだろうか?死んだ者の言葉である叱責や助言を聞くであろうかという心配があった。言葉を変えれば、幽霊なのだ。ただ相手を驚かせるだけではないか。
「そんなことはないと思うわ。このエルシン・ディゴと言う人にとって、チェルク・ノイはかなり重要な人だと思う。だからこそ、ディポック提督も手紙を出したのでしょう」
「そうでしょうか」
と、不安そうにホランド・アルガイは言った。
「決まったのなら、すぐにでも行こう」
「そ、それはちょっと、今ゼンダから船を出すのは、総督府の許可がいるのです」
ゼンダから元新世紀共和国の市民だった者が宙港から船を出すには、あちこちに手を回さなければならない。その上で、総督府の許可がいるのだ。それに、ホランドの船はヘイダール要塞に行っているのではないかと疑念を持たれてきているのだった。
「それなら、大丈夫。私が連れて行くのだから」
「五番目がですか?」
「ええ。私ならすぐにでも行けるし、ヘイダール要塞なんてすぐに着くわよ」
「ちょっと待ってください。もし彼を連れて行くなら、まずディポックに話をしてからにしてください。向こうだって突然、あの亡くなったチェルク・ノイ氏がきたら驚くでしょうから……」
「それもそうだ。何か連絡の手段はあるか?」
「そうね。わかったわ」
五番目、リドス連邦王国の第五王女殿下は部屋の中に立つと、腕を拡げて何かを唱えた。すると、部屋の中に大きな魔法陣が浮かんだ。
「まず、向こうにいるレギオンに連絡をするわね。彼なら、他の人に伝えることが可能だから……」
315.
その時、ヘイダール要塞の司令室にレギオン――ダールマン提督はいた。
惑星ゼンダから来た貨物船オルレイア号に乗って来たコレル・ブルゾン大将、船長のオルノ・ゾラ、そして船主のフォルラ・ドロスレイが司令室を出ようとしていた。彼らはゼノン帝国艦隊の事が気にかかるものの、エルシン・ディゴら要塞の政治代表に会う必要があるという口実を使った。と言うのも、オルレイア号に乗っていたはずのコレル・ブルゾン大将配下の陸戦部隊の連中が船から降りて作戦を実行しているはずなので、それを指揮監督するために行く必要があったのだ。
「では、ゼノン帝国の艦隊については任せる」
と、コレル・ブルゾン大将は言った。
「心配はいらぬ。そちらは、案内を付けなくても良いのだろうか?」
と、親切にクルム司令官代理は言った。
「大丈夫だ。先ほど道筋を聞いたのでな」
案内など付けられたら、その士官を倒すのに時間を取られてしまうとコレル・ブルゾンは考えていた。司令室を出ると、急いで宇宙船の駐機場へと向かった。
「司令官代理、彼らだけで行かせてよろしいのですか?」
と、グリンが言った。
「彼らのことはフェリスグレイブに任せると伝えてある。向こうにはリイル・フィアナ提督もいるから大丈夫だ」
「それよりも、ゼノン帝国の連中はこちらに魔術師を送る算段をしているようだ」
と、ダールマン提督が言った。
「魔術師だと?」
「魔術師は単独で要塞へ来ることができるのでしょうか?」
と、グリンは聞いた。
「来ることができる者もいる。こいつは多分できるだろう」
すでにダールマン提督――レギオンは要塞にゼノン帝国の魔術師が入って来ようとしているのに気づいていた。だが、同時にレギオンの元に惑星ゼンダにいるリドスの五番目から魔法による通信が来ていた。
「ちょっと待て、これは、五番目からだな……」
と、ダールマン提督は言った。
ダールマン提督を中心にして、床に大きな魔法陣が生じた。
「これは、何ですか?」
と、ブレイス少佐が聞いた。
「通信用の魔法陣だ。これはかなり大きい。何かあったのか……」
そして、魔法陣が縦に移動して、そこに向こうの映像を映し出した。
「あれは、ホランド・アルガイじゃないか!」
と、ディポック提督が言った。
「すると、これは惑星ゼンダからの通信ですか?」
と、ブレイス少佐が言った。
「そのようだな」
魔法陣にホランド・アルガイの他に五番目の姿が映じた。
「突然、ごめんなさい。ちょっと知らせることがあって、ディポック提督がチェルク・ノイに当てた手紙のことで……」
「私の手紙?もしかして、本人に渡すことができなかったのでしょうか?」
「いいえ、渡したのだけれど、ちょっと困ったことが起きているので」
「どんなことです」
「ディポック、実はだな、チェルク・ノイ氏は死んだんだ」
このホランド・アルガイの言葉に、要塞司令室の者たちは驚愕した。
「チェルク・ノイが死んだ?」
「殺されたのか?」
「まさか、総督府の連中に?」
「いや、違う。五番目が言うには、自然死だったそうだ。それで、私がいくら探しても見つからなくて、報告が遅れてしまった」
「詳しいことは、後ほどそちらに本人が行って話すでしょう。私が話をするというよりいいと思います」
「本人というのは、誰の事です?」
「あら、もちろんチェルク・ノイのことだわ。私が連れて行くから、少々待っていてね」
司令室の者たちは、五番目の言っている意味が分からなかった。
「あ、あの、それはどういう意味なのでしょうか?」
と、ディポック提督は混乱して言った。
「行けば分かるわ。それじゃ、……」
と言って、五番目は魔法陣の通信を切った。
「さて、この話はそれで終わりか?」
と、クルム司令官代理は聞いた。
「まあ、一応は……」
と、ダールマン提督――レギオンが言った。
「ちょ、ちょっと待ってくれ、我々にとっては大事なことだ。何しろ、元最高評議会議長が亡くなったのだから」
と、慌ててダズ・アルグ提督が言った。
たとえ、元であっても最高評議会議長なのだ。それが死んだとあっては、この要塞に何か知らせがあるべきではないかと、ダズ・アルグは思っていた。
「まあ、向こうにも色々事情があるのだろう」
と、ダールマン提督は言った。
「どんな事情です。人が死んだのですよ。せめて死んだと言う知らせくらいはしてもいいじゃないですか」
「それを今ここで言い立てても仕方あるまい。それよりも今は、ゼノン帝国艦隊の事が心配だ。先ほどの連中はフェリスグレイブが何とかするということだったが……」
と、クルム司令官代理が言った。
「それなら、あの連中は今駐機場へ向かっている。ちょうどフェリスグレイブたちがいる方へだ」
「ふむ。元最高評議会議長が死んでいたということは、この件に関しては彼が関わっていると言うことはないと考えてよいだろう」
「当然です!」
「だったら誰がこのようなことを企んだのだ?」
その問いに答えることができる者は、このヘイダール要塞にはいなかった。
ゼノン帝国の艦隊旗艦から一隻の宇宙艇が出た。乗っているのはゼノンの宮廷魔術師、マルカイダ・ルノイ一人だった。魔法でヘイダール要塞から一定の距離を固定した。ちょうどゼノン帝国艦隊がいる側である。その位置はマルカイダ・ルノイが魔法で瞬間移動できるギリギリの距離だった。
「では司令官、要塞へ移動します」
「気をつけるように」
と、艦隊副司令官アルゼリオ・グノイは言った。
マルカイダ・ルノイが着いたのはヘイダール要塞の中の通路だった。辺りに人はいない。それでも意識を集中して、通路の半径50ピアトルの範囲に人がいるかどうか確かめてみた。1ピアトルはゼノン帝国の距離の単位でおよそゼノン人の歩幅二歩分にあたる。
(よし、誰もいない。)
そこでマルカイダ・ルノイは通路に膝をつき、両手を合わせて祈るように顔の位置へ上げた。
「レギオン、リールワール・フレイブレイダル・アルトゥース、ナダ」
と、ゼノンの魔術師の呪文を唱えた。これはレギオンへの呼びかけである。
その昔ゼノン帝国では魔術師ではなく、魔法使いしかいなかった。その魔法使いの始めはリールワールにあると言われている。リールワール・フレイブレイダル・アルトゥースがガンダルフの大賢者レギオンのゼノン帝国で生まれ変わった時の名前なのだ。彼がゼノン帝国の魔法の呪文を綴ったのだ。レギオンとリールワール・フレイブレイダル・アルトゥースの名を両方唱えることは、すなわち大賢者レギオンに会うための呪文でもあると言われていた。
ちょうどマルカイダ・ルノイが呪文を唱えた時、要塞司令室において、ダールマン提督が何か考えるように目を閉じていた。
「なるほど、ゼノンの魔術師が要塞の中へ入ってきたようだ」
「何?どこにいるのだ?」
と、クルム司令官代理が緊張して言った。グーザ帝国の艦隊が来ようとしている時に、ゼノンの魔術師などに要塞の中を掻きまわされてはたまらないと思ったのだ。
「やつは私に会いたいと言ってきている」
「ダールマン提督にですか?」
と、ダズ・アルグ提督が聞いた。
「いや、ガンダルフの魔法使いレギオンにだ」
ダールマン提督は目を開けると、クルム司令官代理を見た。
「奴の希望にすぐ添う必要はない。しばらくやらせて於こう。それよりも、要塞の下層領域のほうで、暴動が起きそうだ、と銀の月が知らせて来ている」
「暴動だと?こんな時にか?」
「こんな時だからだ」
暴動など要塞を混乱させようとしている連中には、外部から貨物船オルレイア号が着き、ゼノン帝国の艦隊が来たという、このような時が絶妙のタイミングと言う訳だった。
「銀の月が知らせて来たということは、ジェグドラント男爵の子供たちが攫われたことと何か関係があるということですか?」
と、ディポック提督が聞いた。
「おそらく、その連中が関係していると思う」
「しかし、今要塞の中で暴動などを起されたら、困ります」
「わかっている。この暴動に関しては銀の月、バルザス提督に任せてほしい」
「彼一人で大丈夫でしょうか?」
「そのようなことはいつものことだ。慣れているさ」
と、ダールマン提督――レギオンは言った。
一方、貨物船オルレイア号の船長達一行は、要塞の駐機場へ急いでいた。
「あれから何の連絡もない。一体部下たちは内をやっているのだ……」
コレル・ブルゾン大将は彼らの仕事の遅さに不満を漏らした。だが、駐機場へ着くと、そこに部下の姿はなかった。ただ、貨物船から降りて来た民間人がいるのみである。
「フィーガル航宙士、君たちはもう降りて来たのか?」
「はい、船長」
「コレル・ブルゾン閣下の部下たちのことは知らないか?」
「ああ、あの陸戦隊の兵士たちでしょうか?」
「そうだ」
「さあ、我々が降りてきた時には、もう倉庫にはいませんでしたし、こちらにもいないようですね」
「どこに行ったか知らないというのか?」
「我々は、オルレイア号ブリッジの通信で要塞司令室から船を下りる許可が出たと聞いて、降りて来たのです。もちろん、民間人を先に降ろしました」
民間人は荷物を持って降りて来ていたので、まだあちこちにたむろしていた。その数、数百人は居そうだった。みな元新世紀共和国の首都星ゼンダから逃れて来た者たちである。
「要塞から案内の兵士が来ると聞いています。でも、まだ来ていないようですね」
と、周囲を見回してフィーガル航宙士は言った。
そこへ、のんびりとした風情でフェリスグレイブとリイル・フィアナ提督がやって来た。すでにコレル・ブルゾンが探している部下達は捕えられ、要塞の牢へ入れられていた。
「フェリスグレイブ、そうだ、お前に聞いた方がいいだろう」
と、コレル・ブルゾンが言った。
「何か、ありましたか、閣下?」
「私の部下たちを知らないか?」
「大将閣下の部下ですか?オルレイア号に乗っていたのでしょうか?」
「そうだ」
「しかし、そのようなことは、私は聞いてはおりませんが……」
「乗っていたのだ!だから、その連中を探している」
まさか陸戦部隊が乗っていたなどとは言えないので、余計に腹が立ったのだ。
「何人いたのでしょうか?」
「それは、言えん!」
「でも、それを聞かねば、探しようもありますまい」
「フェリスグレイブ指揮官、まあいいじゃありませんか。この方たちを困らせるだけですわ」
すると、
「何だ、その女は?」
と、コレル・ブルゾンが威張って言った。
「私はリドス連邦王国宇宙艦隊のリイル・フィアナ提督ですわ」
「何?リドス連邦王国だと?」
「部下をお探しと聞きましたけれど、きっともう要塞の中へ行ってしまったのではありませんか?」
「そんなことをするはずがない」
「そうですか?では、何のために部下をお連れになったのです?」
まだ、周囲にゼンダから来た民間人がいるので、彼らの手前魔法を掛けるのはどうかと考えていたのだ。もちろん、何か起きたらそのようなことは言ってはいられないのだが。
そこへ、猫にされたコレル・ブルゾンの部下を牢へ連れて行ったフェリスグレイブの部下たちが戻って来た。
「フェリスグレイブ閣下。任務は終了しました」
と、報告した。
「その者たちは何をしていたのだ?」
と、コレル・ブルゾンは聞いた。
「もちろん、ネズミや猫など小動物を捕獲し、処理したのです」
「そ、そうだったな。で、彼らは私の部下達とは会わなかったのだろうか?」
「は?閣下の部下達とですか?どのくらいの人数なのでしょうか?」
「いや、それほどの数ではないのだが、どこにもいなくなってしまったので探しているのだ」
「私は見ませんでしたが、小さな子供ではあるまいし、きっと要塞の中を見物がてら見て回っているのではありませんか?」
「そうかもしれんな。困った連中だ……」
戻って来たのは元新世紀共和国の連中だけではない、ナルゼン達も目立たぬように後方に控えていたが、新たに武器を携えて来ていた。彼らはしばらくオルレイア号の警備にあたることになっていた。要塞の中でもきな臭くなってきていて、オルレイア号についても何もせずに放っては置けない事態になりつつあった。
「おや?あの人たちは誰なのです?」
と、最初に気づいたのはフォルラ・ドロスレイだった。
「何だ?」
と、コレル・ブルゾン元大将が振り向き、唖然とした。
そこには要塞司令室のスクリーンで見たのと似たような連中がいたのだ。
「こ、これは、どういうことだ?」
と、コレル・ブルゾンは言った。
今だ、とフェリスグレイブは部下たちに合図した。
オルレイア号の船長オルノ・ゾラ、元新世紀共和国大将コレル・ブルゾン、そして船主のフォルラ・ドロスレイはあっという間にナルゼン達に取り囲まれ、拘束されてしまった。
「あの、司令官代理の指図か?」
「もちろん、そうです。要塞に危険を招くような輩は残念ながら、客としてはもてなしかねます」
と、フェリスグレイブは言った。




