ダルシア帝国の継承者
310.
貨物船オルレイア号が、ゆっくりと静かにヘイダール要塞の駐機場に入って来た。
すでにフェリスグレイブとその部下たちは配置についていた。ただ、その手に持っているのは熱線銃ではなく、小動物を捕獲する網だった。
リドス連邦王国のリイル・フィアナ提督はフェリスグレイブの傍にいて、オルレイア号から船長を始めゼンダから来た主だった連中が降りてくるのを待っていた。
船長や商人や今回の作戦の指揮を任されている軍人が降りてきたら、船倉が開き例の兵士たちが降りてくる前に彼らを猫に変えてしまう作戦なのだ。猫というのは結構すばしっこい動物なのだ。船倉を出て降りてきてしまったら、捕えるのが大変だからだ。要塞の中で逃げ散ったりされては後で困ったことになる。
「来たぞ!」
と、フェリスグレイブの部下の一人が言った。
その声と同時にフェリスグレイブの部下は一斉に敬礼をして、降りて来たオルレイア号の船長以下の者たちを迎えた。その様子はまるで彼らを迎えに来たように見えたものだ。
「確か、君はディポック提督の部下だったフェリスグレイブ中将だったかな?」
と、元新世紀共和国軍の将官らしき人物が言った。
オルレイア号から降りて来た者たちは、リイル・フィアナ提督の方はちらりと見ただけで、何も言わなかった。そうした無視を普段なら起こる彼女の方も知らん顔をしていて、いつものように文句を言うこともなかった。
「そうです。ヘイダール要塞へようこそ!」
「で、君たちは我々を迎えに来たのかね?」
「いえ、我々はオルレイア号の厨房からの要請で来ました。何でも小動物が増えて困っているとのことでした」
「小動物?」
「おそらく、ネズミか猫かと思われます。あまりに増えてしまったので捕獲するのに手に余るということでしたが……」
「そのようなことに、君たちの手を煩わすとは、困ったことだ」
と、他人事のようにその将官らしき人物が言った。船長も隣の商人らしき人物と顔を見合わせている。本当は自分たちの目的が悟られたのかと、一瞬恐慌に襲われそうになったのだ。それにしてもネズミや猫が増えているとは、彼らには初めて聞くことなのだ。
「いえ、どのようなことでも我々にお任せください」
オルレイア号から降りて来た者たちは、そのことに安心して何の疑問も持たずに、ヘイダール要塞へ案内する兵士と士官について行った。
「さて、これからが本番だ」
と、フェリスグレイブが部下たちに言った。
アルフ族の魔法使いリイル・フィアナ提督は、すでに魔法の呪文を掛ける準備に入っていた。ただ、いつもより多くの人間を動物に変えるので、少々集中力がいるのだった。目を閉じ、口を小さく開け、何かを唱えているように聞こえた。
「もう、いいわよ」
と、目を開けてフィアナは言った。
「よし、やれ!」
と、フェリスグレイブは部下たちに命じた。
これからオルレイア号の船倉にいる陸戦隊の連中を捕獲しに行くのだ。急がないと、どこかへ雲隠れされてしまう恐れがある。本人たちにはまだ自分たちが猫に変えられたという自覚はないだろう。ただ、なぜ武器を持てないのかわからないと言うところだろうか。
司令室に着いたオルレイア号の船長以下の者たちは、そこにスクリーンで見たクルム司令官代理とディポック提督を見た。それにダールマン提督やカトル・ファグル提督の姿もそこにはあった。
「卿らは、オルレイア号から来たのだな」
と、クルム司令官代理は言った。
「左様でございます。それで、こちらは元新世紀共和国のコレル・ブルゾン大将です。お顔はご存じでしょうか?」
と、船長はディポック提督に話しかけた。
「知っています。私はヤム・ディポックです。現在この要塞は、通信でお話ししましたように、こちらのクルム司令官代理が指揮しています」
「クルム司令官代理とは、いったいどこの誰だ?」
相手が若い小僧だと見て、かなり無礼な口調でブルゾン大将は言った。まるでこの要塞は自分たちのものだと言いたげである。
「私はリドス連邦王国の艦隊に属している者だ。卿らはこの要塞に何の用があって来たのだ?」
「リドス連邦王国だと?聞いたこともない。ディポック提督、この要塞は君が占拠したのではなかったのか?」
「その問いには、私が答えよう」
と、クルム司令官代理が割って入った。
「この要塞は、元々ディポック提督が銀河帝国軍から奪取したものだ。従って、ディポック提督が司令官だった。だが、あとから来た政治代表という者たちが、何を思ったか司令官を解任し、こちらのカトル・ファグル司令官に変えた。そして、今は私がこの要塞の司令官代理を務めている」
「政治代表とは誰のことだ?」
「惑星ゼンダから来たエルシン・ディゴ元議員とフランブ・リンジ元議員のことです。こちらで政治代表を選ぶ選挙をして、当選したのです」
と、ディポック提督が言った。
「だからと言って、こんな若造に要塞司令官を任じるとはどういうことだ。彼に要塞司令官の大任が果たせるものだろうか?」
と、コレル・ブルゾン大将が周囲を見渡して言った。一同の同意を得ようとしたのである。司令室にいるのは惑星ゼンダから来た元新世紀共和国の軍人たちなのだ。彼らも自分たちと同意見ではないかと思ったのである。
だが、それに答える者はなかった。ダールマン提督も何も言わず、黙っていた。不思議なことにダールマン提督の姿は、この司令室の中で新来の客人たちにすぐには気づかれなかった。それはカトル・ファグル元司令官も同様だった。
「ディポック提督、君は彼が要塞司令官で良いと思うのか?」
「彼は若いですが、優秀な人物です。私は十分な能力があると思います」
「では、そこの、ええと誰かな?元新世紀共和国では見なかった顔だが……」
と、コレル・ブルゾンは自分の記憶を探しているように言った。やっと、ダールマン提督の姿が目に入ったのだ。
「私のことか?当然だ。私は銀河帝国の艦隊に居た。オルフ・オン・ダールマンという。覚えて置いて欲しい」
「ダールマンだと?聞いた事がある。あの銀河帝国の大逆人のことか?ディポック提督、いやクルム司令官代理とか言ったな。君はこんな男を司令室に入れているのか?」
「そのようなことは、卿にとやかく言われる筋合いはない。気に入らないというのなら、そちらが出て行くがよろしかろう」
「ディポック提督、君は構わないのか?」
「ここの司令官は彼です」
コレル・ブルゾン大将は不満そうな顔をしたが、誰も彼の意見に賛同するものはいないようなので、黙った。
「あの、よろしいでしょうか?」
と、オルレイア号の船長が遠慮がちに言った。
「何だ?」
「あの、船客を要塞に降ろしてもよろしいでしょうか?きっと、皆さん降りる許可を待っていると思うのですが……」
船長はまだ船内にいると考えている兵士を何とか降ろしたいと思ったのだ。そうすれば形成は逆転できる。
「船客?あの亡命者名簿に載っていた者たちのことか?」
「そうです。他にも乗組員など船から降ろして休ませてやりたいと思うのですが……」
「ちょっと待て!」
と言って、クルム司令官代理はダールマン提督を見た。すると、ダールマン提督が頷くのが分かった。フェリスグレイブの作戦が完了したということだ。すでにフェリスグレイブはオルレイア号の兵士達を猫にして捕獲し、船内にある大量の武器を没収していた。
「いいだろう。ただし、要塞の中では軍人も一般人も武器の携行は禁じている。それを守ってほしい。もし、守らなかったなら、こちらが取り締まる。それでかまわないだろうか?」
「もちろんでございます。うちの船は貨物船ですから、武器などあるはずがありません」
「なるほど。もし武器があったなら、こちらで没収してもかまわないということだな」
「それは、当然でございます。そのような物騒なものを、私が運んでくるわけがありませんので……」
オルレイア号の船長は何の衒いもなく言ったものの、心の中ではもし見つかったらどうしようかと恐れていた。
「あの、私が話をしてもよろしいでしょうか?」
と、元新世紀共和国の市民であると言う船主に偽装した、グーザ帝国軍人のフォルラ・ドロスレイが遠慮がちに言った。
「お前は誰だ?」
と、クルム司令官代理が聞いた。リイル・フィアナが見せた映像で彼が誰かは分かっていた。
「私は、オルレイア号の持ち主です。フォルラ・ドロスレイと申します。それで船にはたくさんの日用品が積んであります。こちらで必要かと思い、積んできたのです。それを降ろして、どこかの店に売りたいのですが、許可していただけませんか?」
「商品を持ってきたというのか?それなら、要塞の政治代表の許可を得るがいい。オルレイア号から武器が見つからなかったら、要塞の政治代表の所へ案内しよう」
フェリスグレイブとその部下達、そしてリイル・フィアナ提督はゆっくりと他に異常はないかとオルレイア号の船内を歩いていた。そこへ、リイル・フィアナが前に見た怪しい男がやって来た。
「あなた方は、要塞の士官か?」
「私は、要塞防御指揮官のフェリスグレイブだ。君は誰だ?」
「私は、ジェルス・ホプスキンと言う者だ。この要塞にグリン大佐はいるだろうか?」
「グリン大佐?フェデラル・グリン中将のことか?」
「そうだ。以前、グリン大佐の世話になった者だ。私は彼に会いに来たのだ」
「そうか。それなら、誰かに司令室に案内させよう。ジャナ少佐、彼を司令室へ案内してくれ。グリンの知り合いだそうだ」
「了解」
ジャナ少佐はそう言うと、
「どうぞ、一緒に来てください」
と言って、先に立って歩き始めた。
ジャナ少佐の肩にするすると子猫が登って、あとからついてくるジェルス・ホプスキンを見た。
「少佐の肩にいるのは猫か?」
「あ、すみません。駄目だよ」
と、ジャナ少佐は言って猫を肩から降ろして、腕で抱いた。
「ここでは、ペットを飼ってもいいのかね?」
「ペット?いえ、この子はペットではありません。私の友人です」
「なるほど」
物は言いようだ、とジェルス・ホプスキンは思った。
「急に船内が静かになったが、君たちは大丈夫だったのか?」
「何がですか?」
「船内に居ただろう。元新世紀共和国の陸戦部隊の一部隊が……」
「よくご存じですね」
「彼らとかなり強烈な戦闘をしているのだと思って見に来てみたんだが、もう彼らをどうにかしてしまったのかね?」
「ええ、簡単でしたよ。何しろ、たくさんの猫でしたからね」
「たくさんの猫?何のことだ」
オルレイア号には猫などはいなかった。彼、ジェルス・ホプスキンは見ていない。
「いえ、こちらのことです」
この子猫、ミリア・ヘイスダスは、顔を回してジャナ少佐の肩から首を出し、後ろからついてくるジェルス・ホプスキンをじっと見ていた。
「この子猫は、私に興味があるようだな」
「あ、すみません。駄目だよ。あまりじっと見ては」
だが、ニャアと言う代わりに、
「大丈夫よ。この人悪い人ではないわ」
と、人間の言葉を子猫がしゃべった。
「何だって?」
ジェルス・ホプスキンは幻覚でも見たのかと思って、頭を振った。こんな宇宙の果てのような孤立した軍事要塞に来たので、どこか変になったのかと思ったのだ。
「別にどこもおかしくなんてないわ」
と、また子猫が言った。
「ミリア、普通の人間は子猫がしゃべるとは思わないんだよ」
と、ジャナ少佐が言った。
「き、君にも聞こえるのか?」
「ええ、もちろん。だから言ったでしょう。この子猫は私の友人だって……」
子猫がしゃべったと言うことで、もっと騒ぐかと思ったが、ジェルス・ホプスキンはため息をついて言った。
「なるほど、確かにここは宇宙の果てだと言う訳だ」
「違うわ。ここは宇宙の果てじゃない。ここは、ヘイダール要塞はこのふたご銀河の中心だったのよ。もっとも、ずっとずっと昔の話だけれどね」
「あ、ホプスキンさん、このことは内緒に願います。要塞の連中は知っていますが、オルレイア号で来た方々は知らないでしょうから」
「少佐、ここには、もっと妙なことがあるということか?」
「まあ、ここには色々いますから。銀河帝国の大逆人から、魔法使いまで……」
「それは、大変なことだな」
と、半信半疑でジェルス・ホプスキンは言った。
311.
デーラル・オル・ファウダノンは自室に戻っていた。
いったいあれはどういうことなのだろうか、と彼女は思った。皇帝陛下のことである。まるでこれまでの陛下とは別人のように感じたのだ。あれは、病気の所為なのだろうか。前任者が仕事を辞めたと言うのは、このことが原因なのではないだろうか、とも考えた。
「デーラ?どうしたの?」
と、声がした。あの小さな妖精の少女の声だった。
「い、いいえ何でもないわ」
「あら、そうなの?私、見ていたわよ。皇帝陛下のこと」
「え?でも、あの部屋にはいなかったでしょう?」
「隠れていたのよ。だって、気が付かれたら大変だもの」
「前から知っていたの?」
「まあね。あのせいで、前の看護婦はおかしくなって、辞めさせられたのよ」
「やっぱり!」
ファウダノンは、それで妙に納得できた。気になってはいたのだ。前任者の辞めた理由を聞いた事が無かったことに。
「これであの発作は三度目だわ。これがまだ続くようなら、危ないわね。まだあの皇帝陛下は若いけれども、長くないわ。気の毒だけれど……」
「それは、どういうことなの?」
「あれはね、病気のようだけれど、ただの病気ではないの。あれは呪いを掛けられているのよ。それもかの有名な『死の呪い』という奴だわ。大昔にこの惑星に住んでいたアルフ族が創った闇の魔法。それも超強力なものだわ」
ファウダノンは、信じられなかった。魔法だの呪いだの、絵本の中でしか聞いたことがない。それが現実に力を持っているなんて、考えたこともないのだ。
「魔法なんて、本当にあるの?」
「あら、私のことは信じても、魔法は信じないというの?」
「だって、これまで魔法なんて見たことも聞いたこともないわ」
「でも、大昔この惑星に住んでいたアルフ族は魔法があることをよく知っていたわ。魔法にも良い魔法と悪い魔法があるの。皇帝陛下が掛けられているのは、最悪の魔法、『死の呪い』だわ」
ファウダノンにしてみれば、大昔の話はどうでもよかった。そんなことは聞いた事がないだけではなく、そんな昔のことを検証することはできないからだ。
「でも、医師はそんなこと言ってなかったわ」
「あら?あなた方の医者が魔法なんてわかるの?」
「それは、わからないかもしれないけれど、でも『死の呪い』だなんて、縁起でもないわ」
「そうかしら?あの医者は、あのカプセルに入らなければ危ないと言っていなかった?いずれ、あのカプセルも効かなくなるわ。そうしたら、それで終わりよ」
「そんな!まだ若いのよ、陛下は!」
それに、今王朝が変わったばかりの帝国に皇帝陛下がいなくなったら、また再び戦乱が起きるだろう。そんなことをファウダノンは考えたくもなかった。
「歳なんて、関係ないわ。これまで、あの『死の呪い』を解除した例はないと聞いているわ」
アルフ族にとって、『死の呪い』は解除不可能なものだったのだ。だからこそ遥かな昔、彼らは惑星ロギノスを捨てて、ジル星団へ移住せざるを得なかったのだ。
「誰が、そんなことを言っているの?」
「ガンダルフの魔法使いよ。そして、あのダルシア人もね」
「ガンダルフの魔法使い?ダルシア人?そんな人たちのことは、聞いた事もないわ」
「それは、あなた方が、まだジル星団へ来たことがないからよ」
「待って、ジル星団なら聞いたことがあるわ。最近帝国へも来るようになった異星人たちは、ジル星団から来ていると聞いているわ」
「なら、そのジル星団の異星人に聞いてみるといいわ」
と言うと、妖精の少女は姿を消した。
「あ、ちょっと待って、もう少し話をして!」
だが、いくら待っても妖精の少女は出てこなかった。
リーダルフ・ゴドルーイン皇帝陛下は、寝室で一人休んでいた。医者が今日だけはお休みくださいと言うのを、軍務卿も同意して強く進めたからである。どうしてこんな身体になってしまったのか、彼にはわからなかった。やっと銀河帝国を手にして、あの新世紀共和国を征服したというのに。
それもこれも、姉の失踪事件があった所為だ。あれからどうも調子が良くない。そして、あの大逆事件が起きた。これまで疑うのがおかしいと思って来たが、きっとあの連中が姉の失踪事件を仕組んだのだ。
今はもう、その疑いは皇帝の心の中では既成事実となっていた。実際には彼らが、失踪事件に関わったという証拠はどこにもなかった。だが、いつの間にか証拠はなくとも、大逆事件を起した連中が失踪事件を起こしたに違いないと考えるようになったのだ。
(そうだ。皇帝よ、それが事実なのだ。他にどう考えようがあるのだ?)
と言う、いつもの囁きが聞こえて来た。
「そうだ。それに違いない」
まるで熱に浮かされたように皇帝は口に出して言った。傍で聞くものがあったなら、皇帝の頭がおかしくなったと思ったに違いない。そのささやきは皇帝本人にしか聞こえないからだ。しかもそのささやきは今までよりもはっきりと聞こえ、不思議なことに抗いたいと言う思いは、毛ほども浮かんでは来なかった。
(それと、あのリドス連邦王国だ。大逆事件の犯人たちが身を寄せている。とんでもない国だ。あの国をどうにかせねばならぬ)
ささやきはほとんど命令口調になっていた。皇帝が自分の意のままになると知っているかのようだ。
「だが、リドス連邦王国で、彼らが犯罪者と言われているわけではない」
(それが、どうしたというのだ?お前は銀河帝国の皇帝なのだ。その皇帝がやることに不可能ということがあるのか?あるわけがない。もし、方法がないというのなら、その方法を見つけるか、編み出せばよいのだ)
「見つけるか、編み出す?しかし、私ではそれはできない。リドス連邦王国がどのような国なのかもわからないのだ」
(それならば、聞けばいいではないか。帝都にはゼノン帝国の大使もナンヴァル連邦の大使も来ているはずだ。特にナンヴァル連邦はリドス連邦王国とは長く友好関係を築いている)
「しかし、……」
(ことは早い方がいいものだ。今日にでも連中を呼び出すのだ)
と、心の中の声は皇帝リーダルフ・ゴドルーインに命じた。
ナンヴァル連邦の銀河帝国駐在大使マグ・ファーロン・シャは、突然の皇帝の呼び出しに驚いていた。
「一体何があったのだろう」
と、大使付きの白魔法使いキリュー・ガルト・トーラに言った。
キリュー・ガルト・トーラは、一度は帝都にくる直前に宇宙都市ハガロンへ行ったのだが、再び大使付きの魔法使いとして戻って来たのである。しかも彼は大使とは別行動のため、高速船ゼルアナン号は宮殿の敷地内に新設された宇宙港に着陸することができなかった。そのため宮殿の有る大陸の端にある宇宙港へ着陸せざるをえなかった。そこから地下に作られた高速鉄道によって、ナンヴァル大使館のある大陸中央へやって来たのだ。その上まだ、戻って来たばかりで、詳しく彼の話を大使に聞いてもらう暇もなかった。
「あまり、おすすめは致しませんが、断るわけには行きますまい」
「そうだな。ただ、あの宮殿には、私はあまり行きたいとは思わぬのだ」
「なぜでございますか?」
「何か、こう、重苦しい空気が垂れ込めているような気がするのだ」
ナンヴァル人で司祭階級の大使には、魔法使いでなくても何か感じることがあるようだった。司祭階級の者は魔法使いではなくても、TPなどの特殊能力を持った者が多いと言われていた。
「それは、おそらく帝都全体がそうなっているのだと思われます」
「なぜだ?」
「それは、閣下が皇帝陛下にお会いになって、戻って来られてからのことといたしましょう。あまり時間がないようですので……」
「そうだな。そなたも一緒に来てくれるか?」
「もちろんでございます」
マグ・ファーロン・シャ大使は、白魔法使いの変化に気づいていた。以前よりも力が強くなったように感じるのだ。しかも、それだけではないような気がするのだ。
宮殿の広間で皇帝陛下と謁見するのだと、ナンヴァルのマグ・ファーロン・シャ大使は考えていた。ところが、今日は居間で会いたいと、皇帝陛下が望んでおられると言われて、白魔法使いと共にそこへ案内された。
「よく来てくれた。ナンヴァルの大使よ」
と、皇帝陛下が声を掛けた。
「これは、このような場所でお会いするとは存じませんでした。光栄でございます」
皇帝陛下の私室で会うというのは、かなり親愛の度が深くなければ考えられないことなのだ。もちろん、ナンヴァルの大使は皇帝陛下と会うのは、帝都に着任してこれが二度めであった。だから、普通なら考えられないことである。
「余は、少し気分が優れぬので、こちらで会いたいと思ったのだ」
「それは、存じませんで、申し訳ありませんでした。それで、何かお聞きになりたいことでもございましたでしょうか?」
「ナンヴァル連邦は、ジル星団のリドス連邦王国をご存じだろうか?」
「リドス連邦王国ですか?それは、存じております」
「かの国の成り立ちはどのようなものか?」
「成り立ち、でございますか?」
マグ・ファーロン・シャ大使は、妙な感じがした。なぜ皇帝陛下がリドス連邦王国について聞くのだろうか。大使の本国であるナンヴァル連邦の事ならともかく。詳しく聴きたいのならば、帝都に駐在しているリドス連邦王国の大使に聞いた方がいいと思うのだ。それなのになぜ、ナンヴァル大使である自分に聞くのだろうか。
「リドス連邦王国の大使にお聞きになっては如何でしょうか」
と、マグ・ファーロン・シャ大使は言ってみた。
「リドスの大使など、信用できんのだ」
と、突然強い口調で皇帝は言った。
「……」
これは困ったことになった、とマグ・ファーロン・シャ大使は思った。よその国のもめごとに巻き込まれるようなことは避けるのが、外交官としての重要な仕事である。それにしても、先日会った時とは別人のように感じるのはなぜなのだろうか。
「ふむ。ナンヴァル連邦はリドス連邦王国とは友好関係にあると聞いた。だから、あのゼノン帝国の大使とは違うことを言うと思って聞いたのだが、どうなのだ?」
「はあ、そのゼノン帝国の大使はリドス連邦王国をどのようにおっしゃったのでしょうか?」
「ほとんど悪口ばかりだ。余を舐めておるのだ。余が知りたいのは、事実であって悪口ではない」
「事実をお知りになりたいと、陛下はお考えなのですね」
「そうだ」
「それでは、我々の知っていることで良ければお話しいたしましょう」
白いマントの頭巾を上げて顔を見せていた白魔法使いのキリュー・ガルト・トーラは、表情を変えずに下を向いていた。彼は帝都に来る途中に寄ったヘイダール要塞で、ガンダルフの『大賢者』レギオンに新しい魔法の呪文を授けられていた。と同時に、闇の魔法や『死の呪い』についての知識を与えられていた。それによると、銀河帝国の皇帝陛下は今や『死の呪い』を掛けられて、死の淵にあると言うのだ。だが、皇帝と対面した彼は、呪いを掛けられているにしてはあまりにも元気なことに驚いているのだ。
元々ナンヴァル連邦とは違って、ゼノン帝国はリドス連邦王国とはあまり親しくはない。いや人間族の国だと親しくなろうとはしなかったのである。ゼノン人が恐れ敬い、かつ大いに嫌っているあのダルシア人が宇宙のどこから連れて来たと言う噂だけでも気に食わないのだ。それにもしかしたら、自分たちよりも優れた人間族かもしれないということが、さらにゼノン人を傷つけるのだ。
皇帝の傍らではナンヴァルのマグ・ファーロン・シャ大使が、リドス連邦王国について話をしていた。彼らが宇宙の何処かわからない程遠くから、ふたご銀河へ移住してきたということ、その王族の持っている力等のことを話していた。それはゼノン帝国の大使にはわからないことだった。薄々は気づいていても、それがどんなものか正確にはつかめていないのだ。だからこそ、それが悪口に繋がっているのだ。知らないことが、いや自分たちの力を過信して知りたいとも思わないことがその原因なのだった。
312.
大体リドス連邦王国についての話が終わると、
「もう一つ聞きたいことがある。ダルシア人とは何か?」
と、皇帝陛下は聞いた。
「ダルシア人のことを、陛下はよくご存じですね」
「余が聞いたのは、とんでもない悪辣な種族だということだ」
「それも、ゼノン帝国の大使からお聞きになられたのでしょうか?」
「そうだ。だが、もう絶滅したとも聞いたが、本当の所はどうなのだ?」
マグ・ファーロン・シャ大使はできるだけ真実を話すことを心掛けていた。ナンヴァル人は嘘を付かないことを心情としているものだ。特に司祭階級となるとそれが強い。もっとも商人階級ではその心情が商売上時折邪魔になるので、あまり強くはない。外国との交易では相手との駆け引きがあるので、嘘も必要なことがあるのだ。
「ダルシア人は、ふたご銀河最強の種族でした。それと同時にふたご銀河に於いて最高度の文明を持っていたのでございます」
「ほう、最強で最高度の文明を持っていたとは、随分と褒めるではないか」
「褒めているわけではありません。最強であるとは、誰も勝てるものが無いということでもあります。彼らはかつて人間族を食料としていたので、彼らによって特にこのロル星団に居た巨人族が食い尽くされたと言われています」
「何と、我が星団にそのような種族がいたというのか?」
「もう、遺跡も遺物も残ってはいないと存じますが、確かにかつて巨人族が居たと言われています。ただ、彼らは宇宙文明まで到達してはいなかったと言います。文明がそこまで発達する前に、宇宙船に乗ってやって来たダルシア人によって食い尽くされた。つまり滅ぼされたのです」
「巨人族を滅ぼす、つまり食い尽くすというのは、ダルシア人と言うのは余程巨大な者たちなのだな」
「ダルシア人は小山のような巨体の竜だったのです」
「竜だと?」
「ふたご銀河のどの文明に置いても、竜の伝説があります。それがダルシア人なのです」
「しかし、その竜が宇宙船を持っていたなど想像ができぬことだ」
「そうでしょうが、それは事実です。今はもう、ダルシア人は滅びてしまいました。そのダルシア人がこのふたご銀河を守るために連れて来たのが、リドス連邦王国の人々だと言われております」
「この銀河を守るため?いったい何から守るのだ?」
「それは私にはわかりません。ですが、あのダルシア人がかつて全滅するところまで追い込まれたことがあったと聞いています。それがいつなのか、どのような者たちによってなのか、ナンヴァルには詳しいことが残ってはおりませんが、昔何かがあったと言うことは確かだと聞いております」
「昔、何かがあったと言うことでは、何もわからないのと同じではないか」
ロル星団の現在の文明が宇宙文明に達したのは、今から千年前のことである。銀河帝国が出来たのは今から五百年前の事だった。あの新世紀共和国も銀河帝国から分かれてできたのだから、まだ大して年代が経ってはいない。
「そう言えば、ナンヴァルの大使よ。そなたの傍にいるその従者は何者なのだ?」
「この者でございますか。この者は私付きのナンヴァルの白魔法使いでございます」
「白魔法使い?魔法使いなのか?余は魔法使いなどと言う者は絵本の中でしか見たことはない。本物なのか?」
「本物でございます」
「では、余の前で魔法を使うことができるか?」
「それは、如何でしょうか。魔法と言うのは見世物ではありません。それに白魔法使いは人目に立つような魔法は使わないものでございます」
「どのような魔法を使うのか?」
「例えば、怪我を治したり、主人を敵の攻撃から守ったりするのでございます」
「ほう、人を呪うようなことはしないのか?」
「それは魔術師のすることでございます。白魔法使いはそのような闇の魔法は使いません」
「怪我を治すというと、病気も直すことができるのか?」
「それは、病気の種類にもよります。もとより何でも治すなどと言うことはできません。特に怪我を治したり、病気を治すことを得意とする者は、ヒーラーまたは治癒者と呼ばれる術者でございます」
と、マグ・ファーロン大使は言った。
デーラル・オル・ファウダノンは、軍務卿の突然の訪問を受けた。今朝まで皇帝陛下の部屋で一緒であったので、何が起きたのかと驚いた。
「ファウダノン、皇帝陛下のご体調について、聞きたいことがある」
と、鋭い目でファウダノンを見て軍務卿は言った。
「どのようなことでしょうか?」
「これまで陛下のご体調が変化したことはないと言うことだが、本当か?」
「本当でございます。昨夜、いえ今朝のようなことは、私がここにきて初めてのことでございました」
「陛下から何か口止めされているようなことはないか?」
「いいえ、ございません」
すると、軍務卿は何か考え込むように黙った。そこへ、軍務卿の部下らしき士官が駆け込んで来た。
「何事だ!」
と、看護婦の私室に慌てて来た士官を叱るような口調で軍務卿は言った。
未だ宮殿内の設備は古い儘であることが多い。軍務省と皇帝陛下の私室の直通の通信はすぐに開設されたが、ファウダノンの部屋では外との通信回線はまだ開通してはいなかった。
「陛下が、ナンヴァル連邦の大使を謁見のため、居間の方へ招いているとの事でございます」
「何?今日は確かお休みになると言うことだったが……」
それが医師の忠告だった。自分もそのように進言した。それを皇帝陛下は聞かなかったということになる。
「如何致しましょうか?」
「居間で話をされているのだな?」
「はい。陛下の御体調の方は大丈夫なのでしょうか?」
と、ファウダノンは心配して言った。
「ファウダノン、今の時間はいつもなら陛下の体調を測りに行っているのではないか?」
「はい。その時間でございますが、行ってもよろしいのですか?」
ナンヴァル連邦の大使と懇談している最中にそのようなことをしてもよいのだろうかと思ったのだ。もし皇帝陛下が怒って拒絶されるのは、一緒にいるナンヴァル大使にも悪い印象を与えることになる。
「構わぬ。今朝がたあのようなことが起きたのだ。いつものようにする方がよいだろう」
「でも、お客様がお出でではないのでしょうか?」
「そのことは大丈夫だ。私も一緒に行くつもりだ」
軍務卿が一緒に来てくれるとしても、自分の助けになるだろうかとファウダノンは思った。皇帝陛下の性格を考えると、返ってその怒りに油を注ぐことになるのではないだろうか。
「何だ?」
と、扉から入って来て敬礼した親衛隊の兵士に皇帝は不機嫌な声を出した。
「軍務卿がお出ででございます。それと、あの看護婦のファウダノンも一緒に来ております」
「わかった。入るがよい……」
不快そうな顔をしたが、皇帝は拒絶はせずに入って来るものを睨み付けるように見た。
軍務卿は皇帝陛下に睨まれても平然としていた。看護婦のファウダノンも務めて平静のように見せた。
だが、部屋の中にはナンヴァル連邦の大使とその従者がいるので、皇帝もあまり怒りに駆られた言葉を出すわけにはいかないようだった。
「何の用だ?」
と、皇帝は平静を装って声を掛けた。
「いつもの体調を測る時間でございます」
と、軍務卿は恐れることなく言った。
「いつものか?それなら、仕方があるまい。ファウダノン、卿の仕事をするがよかろう」
軍務卿に促されて、看護婦のファウダノンはナンヴァルの大使に一礼すると、皇帝陛下に近付き、いつも通りに計測器を出した。計測器の数値はこれもいつも通り、異常のない数値だった。
「異常ありませんでした、陛下」
と、ファウダノンは言うと、軍務卿の傍らに戻った。
「で、軍務卿、余に何の用だ?」
「別にこれと言って用はございません。大使を居間に呼ばれるとは、陛下も随分ナンヴァル人を信用なされていると思っただけでございます」
「ふん。なぜ、自分も呼ばぬと考えたのであろう」
「そのようなことは、ございません」
「構わぬ。言うことを許可する。そちらの、看護婦もどうだ?いつも余の体調を測っているようだが、その仕事でそちは満足なのか?」
これは危険なことだった。皇帝陛下は本気で言っているのだろうか、とファウダノンは思った。
「陛下、そのようなことはお客人の前で話すようなことではございますまい」
と、軍務卿が窘めるように言った。
ナンヴァルの大使も困ったような顔をしていた。その時、魔法使いが言った。
「我々は口が軽いようなことはございません。その点は大丈夫でございます」
瞬間、軍務卿が魔法使いをじろりと睨んだ。目下の普通の人間であれば、驚いて固まってしまうような勢いだった。だが、魔法使いは平然としていた。
「それとも、こちらの軍務卿と仰るのでしたか、閣下は我々が信用できないと仰るのでしょうか?」
「そうだ、あの者の言う通りだ」
と、皇帝は面白そうに言った。
看護婦のファウダノンはどうなるかと、緊張した。噂に聞く軍務卿の性格はこのような状況にどう出るだろうか、と思わず手に汗を握った。
「陛下がそうおっしゃるのなら、致し方ございません。しかしくれぐれも後で、お困りになられぬようになさるよう申し上げます」
「そのようなこと、そなたに改めて言われるまでもないことだ。ところで先ほどの続きをしたいのだが、魔法使いというのは、どのようなものなのか。わが国にはおらぬので、どのようなもの知りたい」
「お待ちください陛下、魔法使い?それがナンヴァル連邦にいるというのでございますか?」
と、軍務卿は驚くとともに呆れて言った。
「そうだと、この者は言っている。そなたの名は何と言うのだ?」
「陛下、我々魔法使いというのは、名を名乗ることは控えるものでございます」
「ナンヴァル人よ。皇帝陛下に対して無礼であるぞ。なぜ、名乗らぬのだ」
再びその場の雰囲気が険悪になった。だが、ファウダノンは魔法使いという、まるで絵本の中のもののようなことに興味を覚えた。
「ですが、通称はございます。私はキリュー・ガルト・トーラと申します」
「ほう、それが名ではなくて、通称だと申すのか?」
「左様でございます」
軍務卿は冷ややかな目でナンヴァルの大使を見ていた。なぜこのような妙なものを連れて来たのだ、と詰問したがっているような感じだった。
「先ほど、少しは怪我や病が直せると言っていたが、そなたはどうなのだ?」
「私は、ヒーラーではありませんので、小さな傷を治すことが出来るぐらいでございます」
「ほう、小さな傷だと?では、部屋の扉の警備についているドゥイン少尉を呼べ。確か、今朝ほど珍しく躓いて倒れた拍子に指に切り傷を付けたはずだ」
「陛下!何をされるおつもりでございますか?」
「この魔法使いの力を試したいのだ。本当にそうした力があるのかどうかを……」
仕方なく軍務卿は外の警備についているドゥイン少尉を呼び寄せた。
「私に、ご用というのはどのようなことでしょうか?」
「このナンヴァル人の魔法使いが、卿の指の傷を治すことが出来るというのだ。魔法使い、余にそれを見せてほしい」
「本来なら、魔法は見世物ではありませんので、このようなことはしないのですが、皇帝陛下の御望みとあれば致し方ございません」
魔法使いのキリュー・ガルト・トーラは少尉に近寄ると、
「あなたの怪我をした指を見せてください」
と、言った。
「あ、あの、……」
と、戸惑ったようにドゥイン少尉は言った。
「何も怖がることはありません。ただ、傷を見せてくれればよいのです」
ドゥイン少尉は傷用のテープを張った指を見せると、
「そのテープを取って下さい」
と、魔法使いに言われて、テープを取った。
魔法使いは傷には触れなかった。傷の上に手を広げて口の中で魔法の呪文を唱えた。手をどけると、少尉の傷が消えているのが見えた。
「何と、治りました。傷がありません」
と、驚いたようにドゥイン少尉は言った。
軍務卿は、一部始終をその鋭い目で観察していた。




